ようこそ実力至上主義の生徒会へ   作:まぐまれむ

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真意

「以上が今回の特別試験の全容だ。あとは資料を確認するように」

 

坂上先生から特別試験のルールが説明されました。

この内容であれば、私たちのクラスが勝利する可能性も十分ありそうです。

 

「椎名氏、まずは司令塔を決めるべきかと思いますが、いかがいたしますか」

 

「そうですね……」

 

金田くんがこちらへ問いかけてきます。

これでもクラスリーダーを任された身。

大勢の前でお話をするのはあまり得意ではありませんが、引き受けたからにはしっかりと責務を果たすことにします。

 

「勝ち筋は見えています。ただ……そのためには司令塔は私以外の方に務めていただきたいのですが、どなたか立候補なさいませんか?」

 

正確には私を含めた主力のメンバー以外が司令塔になるのが好ましいです。

潤沢な戦力のあるクラスならまだしも、私たちのクラスでは司令塔に戦力を割くのは得策とは思えません。逆に、勝ち星を狙える生徒が少ない分、配置する司令塔の負担は少ないとも言えます。

 

ただそれも気休めで、総合力対決になれば負けたも同然。

 

つまり、この試験のポイントは如何に主力を使い回すかにあります。

 

そのためにも、司令塔の方は学力面、運動面でも主力にならないような方、ただし、本番の緊張感に飲まれないだけの覚悟を持った方でなければ務まりません。

 

この条件に当てはまりそうな方はおひとりなのですが、ご自身で立候補してくださるでしょうか。

 

このクラスにしては珍しく教室に静けさが訪れます。

 

俯くクラスメイト達。

 

立候補がないようでしたら、敗戦覚悟で私が出るしかありません。

 

「私に……司令塔を任せてくれませんか」

 

そう言って諸藤さんが立ち上がります。

 

「よろしいのですか?負けてしまった場合は退学になる以上、無理強いはできないとも考えています」

 

「退学は覚悟の上です。元より救ってもらった命。私が司令塔で勝って、志保ちゃんが間違ってなかったって証明してみせる、それだけですから」

 

「そうですか。それでは諸藤さんにお願いしたいと思います。みなさんもそれでいいですね?」

 

山下さんと藪さんが心配そうに諸藤さんを見つめていますが、他に反対意見は出ないようです。

客観的に見て私たちのクラスが他クラスに勝てる確率は低い。私の勝ち筋がある、という言葉もどれだけ信用してもらえているか。

下手に司令塔になれば退学になりに行くようなもの、誰かが引き受けてくださるのであればそれに越したことはないのでしょう。

 

「では、司令塔は諸藤さんということでよろしくお願いしますね」

 

諸藤さんは無言で頷きます。

 

「では具体的な戦略については、対戦相手決定後ということで」

 

「ひより姐さん!その対戦相手はどこを狙うんっすか?」

 

「現状対戦して1番勝率が高い――Bクラスを考えています。反対意見はございませんか?」

 

「ないっす」

 

石崎くんは素直で話が進めやすくて助かります。

 

「なぁ、椎名。本当にBクラスで大丈夫か?あのクラスは団結力なら随一だ。学力の平均も高い。まだCクラスの奴らの方が穴がありそうだが」

 

「時任くんの懸念は理解できますが、穴と思って飛び込んで行ったら一網打尽にされる、そんな不気味さがあのクラスにはあります。敵に回すのは危険かと」

 

「姐さんの言うとおりだろ、時任よぉ。体育祭とかでやり合ってやばかったろ、あのクラスはよぉ」

 

「石崎、てめえには聞いてねえ。……つまり何をするかわからない相手より、正攻法が主体の相手の方が作戦を立てやすいってことか?」

 

「ええ。おっしゃる通りです」

 

綾小路くんにポイントの借りがあることは公にはしていません。

特に龍園くんなどは良い顔をしないでしょうし。

 

それに、期限も定められていませんので慌てて返済する必要もないと思っています。

その方が綾小路くんに敵対しないという姿勢を示せます。

 

時任くんも納得してくれたようで、それ以上の反論は出てきません。

 

「では諸藤さん。指名権を得られたらBクラスをお選びください」

 

「わかりました」

 

その後は特に話し合うこともなく、授業開始まで各々自由に過ごすこととなりました。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

昼休み。

図書館の隅で本を読みながら、約束した相手の来訪を待ちます。

 

今回の試験で勝つために必要不可欠な人物。

お声かけはしましたが、来てくださるかどうか。

 

「こんな時にも読書とは余裕だな」

 

「お越しいただきありがとうございます、龍園くん」

 

周囲を確認したのち、正面の椅子に足を組んで腰掛ける龍園くん。

 

「それにしても容赦ねえな、ひより」

 

「何のことでしょうか?」

 

「諸藤を司令塔にした件だ。あのあまちゃん一之瀬なら、例え対戦相手だろうと退学のかかった生徒相手に本気を出せるわけがねえ。本人は認めないだろうが、試合が決する局面で少なからず動揺し隙ができる」

 

「それは副次効果でしかありません。一之瀬スポンサーも最終的には優先順位をつけられる方だと思いますから」

 

「その考えで諸藤を司令塔にするなんざ、退学しろって言ってんのと同じだろ。真鍋の犠牲も無駄だったな」

 

「そうでしょうか?勝てる勝負に必要な人材を当てただけです」

 

「大層な自信だ。Bクラス相手なら負けはないと?」

 

「ただの仲良しグループに後れは取りません。ただしそれも龍園くんのご協力があればの話ですが」

 

「クク、俺を利用するつもりとは面白え。内容次第じゃ考えてやってもいいが、その前に一つ聞かせろよ」

 

「なんでしょう?」

 

「今回やけに熱を入れてる理由だ。お前はもっと冷めたヤツだと思ってたんだがな」

 

「たまには青春モノの物語も悪くはないと思っただけです」

 

「あ”ぁ?」

 

怪訝な顔をした龍園くんでしたが、こちらの発言が冗談でないとわかるとすぐに表情が戻ります。

 

「私たちのクラスには必要なことだと思いませんか?」

 

「俺からすればくだらねえことだとは思うが、今のリーダーはお前だ。好きにしろよ」

 

「ええ。そうさせていただきます」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

多目的室に4人の司令塔が揃った。

すでに部屋にいた葛城くんも一之瀬さんも私たちの登場に少なからず驚いている様子。

かく言う私も、諸藤さんが司令塔になるとは微塵も思っていなかったから人のことは言えない。

 

「クラスの中心人物であるお三方に比べて力不足なことは重々承知です。ですが、私も負けるつもりはありませんので」

 

今まで綾小路くんと妙なことをしている印象しかなかった諸藤さんだけれど、その言葉から決死の覚悟が伝わってくる。間違っても格下だと侮ってはいけないだけの凄味があった。

 

でも、覚悟なら私も負けはしない。クラスの代表として立候補してきたのだから。

 

茶柱先生の呼び出しから戻ってきた後の綾小路くんとのやり取りを思い出す。

 

 

 

「わかった。何を言っても決定は覆らないんだろ」

 

「ええ、もちろんよ」

 

綾小路くんが無表情ながら何かを諦めたような空気を出している。

やはりこの決定は不服なのね。

だとしても、私は彼にも認めてもらわなくてはならない。

 

「何か言いたげな様子だけど、私が司令塔を引き受ける、それだけは譲れないわ」

 

「ん?」

 

「たしかにこれまで私がクラスのためにしてきたことなんてたかが知れている。Aクラスを目指すと言いながら実績を残せなかった私に不安を覚えるのは仕方がないわ」

 

「……」

 

「でも、今回の試験で私はAクラスを倒し、その気持ちが嘘ではないってことを、あなたを含めクラスのみんなに示したい。そのチャンスを与えてくれないかしら」

 

クラス内投票では自分の不甲斐なさを痛感した。

体育祭でクラスのみんなとは打ち解けられたと思っていたのだけど、過信しすぎていた。

 

今私には、これまで人間関係を疎かにしてきたツケが回ってきている。

私とクラスメイトの間にあるのは、櫛田さんの誘導で揺らいでしまうぐらい軽薄な信頼関係。もし、私が綾小路くんや平田くん、櫛田さんぐらい信頼されていれば、クラス内投票であんなに揉めることはなかったはず。

 

このままではリーダーとしてみんなを率いていくのは不可能。

 

来年度以降のことを考えれば、ここが正念場だろう。

 

「必ず勝つわ。お願い」

 

最後の砦の綾小路くんに向かっても頭を下げる。

同様の話をした際に、クラスメイトたちからは綾小路くんの方が相応しいのではと反対意見もいくつか出た。ただ、高い勝率が期待できるジョーカーのような彼を司令塔にするのはもったいないと主張して、最終的には了承を得ることができた。

 

「綾小路くん、僕からもお願いするよ。このクラスにはAクラスに対して意欲的なリーダーが必要だと思っていたんだ」

 

「私も賛成だよ。堀北さんがこんなにお願いするなんて余程のことだと思う」

 

平田くんはともかく、反対しそうな櫛田さんがいつも以上にニコニコしながら食い気味で賛成してくれる。クラス内投票の一件を気に病んでくれているのかしら。

 

そんな彼らの後押しもあり、綾小路くんは黙って頷いてくれた。

 

「てっきりオレに司令塔を擦り付けるものだと思っていた」

 

「そんなわけないでしょ。私はクラスのためにこの試験を勝ち抜いてAクラスで卒業するの」

 

話し合いを終え、席に戻るなりそんな嫌味を言ってくる。

 

「本音は?」

 

「そんなの決まってるでしょ。私は兄さんのためにこの試験を勝ち抜いて安心して卒業してもらうの」

 

「……そういうことにしておく」

 

「含みがあるわね」

 

「気のせいだろ」

 

綾小路くんも変なところで聡くなってきた。

入学当初の彼なら絶対に気づかなかったはず。

 

 

 

「ではこれからくじを引いてもらう。順番は現時点でのクラスポイント順、つまり葛城から引いてもらう」

 

真嶋先生が進行を始めたため、意識をこちらに戻す。

 

「む、ハズレか」

 

「次は一之瀬だ」

 

自分でも不思議でならないのだけど、今回は兄さんのことよりもクラスのために戦いたい、それが本音だったりする。

 

「ありゃ、私もハズレです」

 

「堀北の番だ」

 

そのことを彼はなんとなく察してたみたいだけど、クラス内投票で私を信じてくれたみんなの為に勝ちたい、なんてらしくないこと口が裂けても言う気はないわ。

 

「当たりですね。私たちはAクラスとの対戦を希望します」

 

上っ面の言葉じゃだめ。勝利を届けることだけが私の示せる覚悟なのだから。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

放課後。

多目的室に向かった堀北を見送り、簡単にクラスで今後の試験の方針を話し合った後、オレは生徒会室を訪れていた。

 

「ちょっと用事があるんで帰ります」

 

今朝は生徒会に来るように言っていた南雲だが、予想通り欠席となったため、オレも遠慮なく帰宅させてもらう。

 

堀北たちは、多目的室で対戦相手を決めている頃合いだろうか。

 

事前に坂柳にはオレが司令塔にならない旨は伝えておいた。

 

オレが司令塔でないなら坂柳も司令塔にはならない。

ケガのことやプロテクトポイントのことを考えると、Aクラスからは葛城が選ばれているだろう。

 

葛城も優秀な生徒ではあるが、相性を考えれば堀北が対峙しても十分に戦える相手だと見ている。

 

学校を出て寮には帰らずに待ち合わせのケヤキモールへと直行する。

 

「清隆、遅いわよ」

 

「悪いな、生徒会に顔を出す必要があった」

 

「ふーん、ま、その間にも色んな子から祝ってもらったから別にいいんだけど」

 

本日、3月8日は軽井沢恵の誕生日。

友人として何かしらの贈り物をと通販サイトを漁ったが、これというものを見つけられなかった。

 

本人が欲しくないものを贈ってもポイントの無駄遣いかと思い、恵に直接欲しいものがないか聞いたところ、当日一緒に買いに行く約束になった。

 

「佐藤さんにはサッカーでカッコいいところ見せたらしいじゃない」

 

「麻耶は恩人だからな」

 

何が気に入らないのか少し不機嫌そうな恵。

 

「それなら私だって、水筒外してあげたし?」

 

「感謝しているから今ここにいるんだが」

 

「わかってるわよ。でもさ、ほら、私にもサプライズとかないわけ?」

 

なるほど。誕生日にサプライズがないことにご立腹だったのか。

学生の価値観として誕生日にサプライズは必須なのかもしれないな。

だが、何も意地悪でサプライズを用意しなかったわけじゃない。

切実な理由がある。

 

「正直ネタ切れだ。特に、恵には平田サプライズが通用しないからな。オレとしても伝家の宝刀を抜けなかった……」

 

「平田サプライズ?デンカノホートゥ?」

 

「つまりとびっきり自信のある作戦を封じられていたんだ」

 

「よくわかんないけど、さすが私ね。清隆が私を喜ばせるのは100年早いんだから、今後一層精進しなさいよね」

 

「そうだな」

 

オレからの返答を聞き、恵は満足そうに微笑んだ。

とにかくご機嫌が戻ったのならよしとするか。

 

「それで何が欲しいんだ?」

 

「ちょっと、せっかくここまで来たんだから、少しはエスコートしてくれてもバチは当たらないと思うんですけどぉ?」

 

「……」

 

「今日の主役は?」

 

「恵さんです」

 

「よろしい。じゃあ清隆、まずは私にスイーツをご馳走するように」

 

「仰せのままに」

 

これは誕生日を盾にどこまでもたかるつもりだな。

サプライズを企画しないとこうなるのか、しっかりと記憶しておこう。

 

その後、恵にケヤキモール内を散々連れ回され、最終的には雑貨屋に到着した。

 

「そろそろプレゼント買ってもらおうかなぁ」

 

「そうしよう」

 

「そこは、もっとデートしたかったって残念がるのが正解だからね?」

 

「……覚えておく」

 

「でもまぁ……色々エスコートしてくれて楽しかったし、清隆も中々やるじゃん」

 

改善点はあるものの及第点には到達できた、と言ったところだろうか。

なんだかんだ恵との会話は一般的な異性を学ぶ上で参考になる。

 

「うーんと、これとかどう?似合う?」

 

恵がハート型の飾りがついたネックレスを手に取り、首元に当ててみせる。

 

「似合うんじゃないか」

 

正直この手のことに関しては学習不足であるため回答含めてよくわからない。

 

「ホントにぃ?じゃあこっちは?」

 

「そっちもいい感じだ」

 

先程のネックレス同様、恵がつけていても違和感はなさそうだ。

 

「あ、これも可愛いかも。ね、清隆、可愛い?」

 

「あー、可愛いんじゃないか?」

 

シンプルなこの手の質問は受けたことがなかったことに気づく。

なるほど、咄嗟に気の利いた返事は出てこないな。

 

「疑問形は減点」

 

「可愛いです」

 

半ば強引に言わされているが、疑問形でなければ満足らしい。

ニコニコしながら次のアクセサリーへと手を伸ばしている。

うーん、これが女心というやつなのだろうか。

サンプルが少ないため断言はできないが勉強にはなるな。

どうやら何かを問われた場合、曖昧な回答はせずにはっきりと伝えた方がいいらしい。

 

「あーでもこれもいいかも。うーん、あ、ちょっとこれは似合わないよね、清隆?」

 

「そうだな、微妙かもしれない」

 

「はい、また減点!女の子がこういう聞き方をした時は否定して欲しい時なの」

 

「なるほど……」

 

この場合は本音とは違うことをあえて述べているのか。

こちらに否定させることで、それを口実に肯定へと転ずる技術。奥が深い。

 

その後もオレに意見を求める割に何を言っても決定打にはならない。

結局あれこれ試して長考した末に選んだのは最初のハート形のネックレスだった。

 

「ありがと。……大事にする」

 

「なぁオレが言うのもなんだが、こういうのは友人相手に贈るものなのか?」

 

自分が世間の常識に疎いのは自覚しているが、それでもこれまでの経験から、ハート形の贈り物、しかも身につけるものを異性に贈る行為は、それなりの関係で行われるものなのではないか、という気がした。

 

「ん?そりゃそうよ。友だち同士でもこのぐらい贈るって。気にしないでダイジョーブ」

 

「そうか、考えすぎか」

 

「そうそう。私が喜ぶプレゼントを贈ってくれたんだからそれでいいじゃない」

 

「それもそうだな。オレだけで決めていたら最悪菓子折りになっていた」

 

「さすがにそれはなし。でも清隆らしいって言えばらしいかも……」

 

半分呆れた様子の恵だったが、オレが菓子折りを持ってきた姿でも想像したのか、面白おかしそうにしている。

 

「あーぁ、こんな毎日が続けばいいのに。明日からしばらく特別試験対策かぁ……」

 

「それがこの学校の学生としての本分だろ」

 

「だって、相手が相手よ。ぶっちゃけ、勝てるわけ?あのAクラスに」

 

恵に連れ回されている間に、クラスの全体チャットに堀北から、各クラスの司令塔の情報、そして対戦クラスがAクラスに決まった旨が送られてきた。

 

「現状では何とも言えない」

 

「珍しく弱気じゃん」

 

「例えば7種目中5種目がAクラスが作ったものになれば敗戦濃厚だからな」

 

「なるほど……」

 

とは言え、この学校の平等理念からすると、極端にどちらかのクラスの種目に偏ることはないはず。ただ最低3種目は自クラスのものが選ばれるとしても、1勝分不足するため相手の種目をどう攻略できるかが争点となる。

 

「逆もまた然りだが、結局のところ相手の用意してきた種目によるだろうな」

 

「要は相手の種目がわかる来週以降が大事ってこと?」

 

「そうなるな」

 

「ふーん。ま、こっちには清隆がいるんだし、大船に乗ったつもりでいるから」

 

「それ、大船本人が言うセリフだからな?」

 

「そ、それだけ信用してるってことだから、いいでしょ」

 

軽井沢と気の抜けた会話をしながら寮に戻る。

 

クラスの勝利には執着はないが、負ければ堀北が退学になる。

堀北が退学になると櫛田との関係も崩れる。

櫛田との生活が崩れるとオレの食生活も崩れる。

気づけば面倒な連鎖が引き起こるようになっていた。どうしてこんなことに……。

 

最低限の準備はしておくに越した事はないか。

 

仕方がないので、櫛田にメールを送ることにした。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

夜の8時を回った頃、綾小路くんから部屋に来て欲しいとメールが届いた。

 

今日はご飯いらないとか連絡しておきながら、結局淋しくなって会いたくなったってこと?

うんうん、綾小路くんが私の魅力に堕ちるのも秒読みだね。地道に料理を作って胃袋を掴んだ成果が出てきたのかも。

 

まっ、それも当然か。

退学よりもオレを選んでくれ、なんてプロポーズみたいなこと言われたわけだし。

全く仕方がないんだから。

 

ただ、呼び出せば会える軽い女とか思われても癪よね。

でもまぁ、たまたま偶然奇跡的に多忙な私も時間空いてたし、堀北退学チャンスで気分も良いし、別に会いたいとかじゃないけど、恩ぐらい売っておいて損はない。

ってことで、今回だけ特別に文句も言わずに部屋に向かってあげることにした。

 

「急に悪いな」

 

「ううん、気にしないでいいよ」

 

チャイムを鳴らすと綾小路くんはすぐに顔を出してくれた。

いつもはご飯作って出迎えることが多いから何だか新鮮。

なんとなく綾小路くんを直視できなくなって目を逸らしてしまう。

 

「今度の試験対策で、クラスメイトのことを知りたい。もちろん、堀北退学の策にも繋がる」

 

部屋に入るなりそう切り出してきた綾小路くん。

 

ふーん、建前なんか用意しちゃって。そうだよね、素直に会いたかったなんて言えないよね。

ま、せっかくだし、話を合わせてあげようかな、うんうん。

 

「確かにそれなら私に聞くのが1番だね。退学が関係するなら喜んで手伝うよ」

 

「助かる。クラスメイトの特技や性格、交友関係を中心に把握している限り教えて欲しい」

 

「お安い御用だよ。あ、堀北と高円寺君と佐倉さんだけはちょっとわかんないけど、別にいらないよね?」

 

「問題ない」

 

そうしてクラスメイトの情報を綾小路くんへ伝えていく。

私を含め35人分の話を完了したところで、素朴な疑問が出てくる。

 

「あのさ、特にメモとかしてないけど、一度聞けば忘れないってこと?」

 

「大体そんなものだな。見聞きしたものはもちろん、一度経験したことは大抵覚えていられる」

 

「へー、経験もなんだ。すごいね」

 

瞬間記憶とか映像記憶とかテレビで見たことがあるけど、そんな感じの能力なのかも。

……あれ?ってことはもしかして感触とかもいけたりする?

え、じゃぁ私の本性がバレたときに弱みを作ろうと触らせた私の……胸の感触もばっちり覚えてるってこと!?

 

「えっと、それってさ、視覚、聴覚以外で体験した経験も覚えておけるの?」

 

「そうだな。味覚や触覚もやろうと思えば直前の出来事のように思い出せるな。例えばいつかの櫛田のお――」

 

「この変態っ!!」

 

「何が変態なんだ?」

 

おっぱいなんて言わせないわよ。

思いっきり枕を投げつけてやったが、華麗に躱し、あろうことか表情ひとつ変えず、晩御飯の献立でも話すかのようにサラッと聞き返してくる。

 

「ええっ!?……た、確かに私からした事だし、正直他の子と比べても自信はあるんだけどさ」

 

「ああ、あのとろけ具合、正直毎週味わいたいぐらいだ」

 

「ま、毎週!?……そんなに良かったんだ」

 

毎週って頻度が高校男児にとって多いのか少ないのかわかんないけど、やけに積極的なアプローチ。

しかも相変わらず澄ました顔で言ってくるからとんでもない。

もしかして相当経験豊富なの?大人の余裕ってやつ?

 

ば、バカにして!!舐められたままじゃ気がすまない。

こっちにだって考えがあるわよ。

 

「それなら今度もっとすごいサービスしてあげてもいいけど?」

 

綾小路くんが大好きな胸を寄せ、できるだけ色っぽく蠱惑的に振る舞ってみせる。

ドーテーコージくんの化けの皮を剥いでやるんだから。

 

「本当か。なら早速明日の晩、頼む」

 

「ほえっ!?」

 

即答!?曖昧に濁したりせずにしっかり伝えてくる綾小路くん。

いやいやいや、え、なに、私たちの仲ならそのぐらい朝飯前みたいに思ってんの?しかも明日って。

一回触ったことがあるからって何回も触れると思ったら大間違いだよ。

でも目を逸らさず真っ直ぐこっちを見てくる。経験でわかるけど、あれは嘘や冗談を言ってる目じゃない……え、もしかしてホンキ?そういう誘い?

いや……でも、高校生の恋愛なんて自分の価値を下げるだけだし……でも……。

 

「えっと、明日はちょっとなぁ、心の準備とかもあるし難しいかもなぁ」

 

「それは残念だ。だが、話に出たことでますます身体が欲してきた。いつならいける?」

 

もーっ!!!なんなの!?

遠回しに断ったつもりが、全く通じない。

こんな話題の時だけなんで積極的なの?あ、こんな話題だからか。

でも一生懸命口説いてくるのは悪い気もしないっていうか、私の魅力に夢中になってる証拠だし。

 

顔が熱くなってきて思考がぼやけてくる。

 

「あ、明後日なら……」

 

「本当か。また味わえるのは嬉しいな。今後気に入ったものがあったらどんどんリクエストしてもいいか?」

 

気に入ったもの!?いくつかプレイを考えてるってこと?それをどんどんリクエスト?

私、一体何をされちゃうの……。

 

「うん、おいおいね。まずは、ほら、明後日でしょ」

 

「それもそうだな。明後日の晩御飯、櫛田のオムライス楽しみにしてる」

 

「はい?」

 

「この前作ってくれたオムライス――スプーンを入れた時のあの卵のとろけ具合、口に運んだ時に広がるバターとケチャップの香りのバランス、学食のものとは比較できないクオリティだった。今回はもっとサービスしてくれるんだろ、どんなアレンジを加えてくるかも楽しみだな」

 

あー、味覚も思い出せるって言ってたっけ。

ギリギリになって日和った……わけじゃなさそうね。

緊張が解けてドッと疲れが押し寄せてくる。

 

「話は終わりかな?今日はもう帰るね」

 

「ああ。遅くに悪かったな。助かった」

 

澄ました顔で玄関まで見送ってくれる綾小路くん。

この朴念仁に変なこと期待した私が馬鹿だった。……いや期待なんてしてないけど!!

 

久しぶりにフェンスを蹴りに行くことにした。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

玄関で櫛田を見送る。

 

ひょんなことからあのオムライスを作ってもらえることとなった。

ついでに作り方も教えてもらって自分でも作れるようになっておこう。

 

それにしても、流石コミュニケーションの達人、櫛田だな。

直前に恵から女心の基礎を学んでいたが、それを応用したかのような駆け引きを行ってきた。

 

昨日までのオレなら櫛田にオムライスを作ってもらうところまでたどり着けなかっただろう。

恵には感謝だな。

 

意外なところで自分の成長を感じることができ、少しだけ満足感のある一日となった。

 

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