クルージング2日目の朝。
同室で誰かと一緒に眠るというのは何だかとても落ち着かず、少し早めの時間に目が覚めてしまった。
二度寝を決め込んでも良かったのだが、せっかく壮大な海原にいるわけで。朝日でも拝むことにした。
ルームメイトを起こさないよう、静かに部屋を後にする。
高円寺がいなかった気がしたが、あいつのことは考えるだけ無駄だろう。
展望デッキへと足を運び、手すりに体重を預け少し乗り出し気味に海を眺める。
朝日が海面に反射して眩しく輝いていた。風を切る感覚も気持ちがいい。
学校の敷地も東京湾に面した埋め立て地。同じ海なら大差ないと思っていたのだが、こんなにも違うものなんだな。
早朝ということで周りに人影はなく、船の進む音だけが静寂を破りあたりを包んでいた。
早起きも悪くないな。
そうしてしばらく海を眺めていると、コツ、コツ、コツと音が聞こえてくる。
確かに聞こえてきたのだが、気づかないフリをして海を眺め続けることにした。
振り向くとロクなことにはならない。願わくばそのまま通り過ぎて欲しい。
「おはようございます、綾小路くん。いじわるはそのくらいにしていただけませんか?」
やはりオレが目的だったか。声を掛けられたからには観念するしかない。
そうしてオレは声の主——坂柳の方へと振り返った。
「昨日は楽しそうに過ごされていたので、声を掛け損ねてしまいました。よろしければ少しお話しませんか?」
「そうだな、あそこのベンチにでも移動するか」
早朝とはいえ、いつ人が来るかわからない。話をするならあまり目立たない場所がいい。坂柳を立たせ続けるのも気が引けるしな。
「ふふ、お気遣いありがとうございます」
坂柳と話すのは特別棟に呼び出されて以来か。
すぐに夏休みになったこともあり、これまで顔を合わせることもなかった。
大胆な宣戦布告だったため、次の日にでも何かしらのアクションがあるのかと思っていたのだが……
「綾小路くんとお話しできると思うと緊張であまり寝付けなくて。今朝もすっかり目が覚めてしまったので少し散歩をすることにしたんですが……こうして綾小路くんに出会えるなら寝不足も悪くないですね」
ベンチに着くなり、そう口にする坂柳。
まだ坂柳がどんな人物かわからないため、どこまで本気で言っているのか判断できない。直接聞いてみるか。
「どこまで本気なのかわからないな」
「全部ですよ、綾小路くん。本当はこんなクルージングに興味などなかったのですが、あなたがいるとわかりましたからね。無理を言って参加することにしたんです」
身体にハンデを負っている坂柳。クルーズ船は滅多なことでは揺れないが、それなりに広い上に、プールなどの一部施設を使えないとなれば楽しさも半減だろう。
「でも話したいだけじゃないんだろ?」
「もちろんです。綾小路くんと勝負できると思ったからこその参加ですから。こんな機会逃すわけにはいきません」
坂柳はこのクルージングの本当の目的も察している様子。
オレの周りでもそのことを想定し警戒している人物は少数であったため、それだけでも一定以上の実力は見込める。まぁオレの人脈が狭いだけかもしれないが。
「どうしてオレにこだわる?この学校は、いろんな才能を持った生徒で溢れている。いくらAクラスだからと言って、勝負相手が不足するとは思えないな」
「おかしなことをおっしゃるんですね。私は戦闘狂ではありませんよ。勝負相手は『誰でも』ではなく『綾小路くん』でなければならないんです」
「オレがホワイトルーム出身だからか?」
「正確にはホワイトルームの最高傑作だから、ですね。人工的に作られた天才は所詮、紛い物。生まれながらの天才には敵わないことを証明するのが、私の使命ですから」
「……使命か」
使命の話をするのであれば、日本の未来のため、世界各国で活躍する天才たちに勝てる人間を大量に生み出すことがホワイトルームの使命。坂柳とオレは見事なマッチアップだろう。
ただし、それはオレがホワイトルームにいた場合の話。
坂柳には悪いがそんな使命を背負った勝負には興味が持てない。
唯一関心があるのは、本当に坂柳がオレに勝てる可能性を秘めているか、ぐらいなもの。
「すみません、綾小路くん。すっかり熱が入ってしまいました。せっかくお話しできるんです、もっと色々なお話をしましょう」
そうして他愛のない話をする坂柳。
ライバル心をむき出しにしたかと思えば、こうやって無意味とも思える時間を過ごそうとしたりする。会話からこちらの人となりを探り、思考パターンでも読み取ろうという試みだろうか。
適当に相槌を打っているだけのオレと話しても楽しいことはないと思うのだが、坂柳は終始微笑んでいた。
ピンポンパンポン——場内にチャイムが鳴り、船内アナウンスが流れた。
『これより大変有意義な景色をご覧いただけます。生徒の皆さんはぜひご覧ください』
「どうやらここまでのようですね。残念ですが私は無人島には上陸できませんので、次お会いできるのは一週間後になってしまいます」
「そうか」
「今回は機会に恵まれませんでしたが、まだクルージングは続きますから……その時を楽しみに待つことにしましょう。余計なお世話かと思いますが、無人島での活躍を心から期待させてもらいますね」
「さて何のことだ。オレは無人島で楽しく遊んでくるだけだぞ」
「ふふふ、それはそれで綾小路くんにとって大事なことかもしれませんね」
他の生徒がぞろぞろとデッキへ出てくる音がする。
それに合わせて「またお会いしましょう」と坂柳は立ち上がってゆっくりと客室へ帰っていった。
坂柳は流石に無人島での特別試験には不参加か。
1週間後、残りの日程で他にも試験があるかどうかはわからない。
だが、もし対決することになったらバカンス気分ではいられなくなるかもしれないな。
これから上陸するであろう無人島の有意義な景色を眺めながら、1週間後の戦略を立て直すことにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ではこれより、本年度最初の特別試験を行う」
無人島に上陸するなり、Aクラス担任の真嶋先生から発せられた突然の通達。あたりは騒然となる。
本来は無人島のペンションで1週間ほどのバカンスを楽しもうという予定。そんなところに、聞きなれない特別試験という言葉。
混乱もするだろう。
オレも事前に情報を掴んでいなければ少しは動揺したかもしれない。
「期間はこれより1週間。無人島でのサバイバル生活が特別試験となる」
そんな周りの状況に構わず説明は続いた。
要するに
・試験用に300ポイント支給され、この無人島ではそのポイントを使用して、生活に必要なものが購入できる
・1週間後の試験終了時に残っていたポイントは、そのままクラスポイントとして還元される
・リタイアは1人につきマイナス30ポイント
・試験ポイントをすべて使い終わった後、マイナスになることがあっても通常のクラスポイントから引かれることはない
だが、あくまでもこの特別試験のテーマは「自由」だという。
これをどう捉えるかがポイントになりそうだ。
その後、クラスごとに分かれて詳細の説明が各担任より行われた。
ペナルティもあるようで、先ほどのリタイア以外には
・環境を汚染する行為の禁止(マイナス20ポイント)
・毎日朝8時、夜8時に点呼を行い、不在の場合1人につきマイナス5ポイント
・他クラスへの暴力、略奪、器物破損が発覚した場合、その生徒の所属するクラスは失格、対象者のプライベートポイント全没収
そして試験後にクラスポイントになるボーナスポイントについて
・クラスで1人リーダーを決めて、そのリーダーにはキーカードが支給される
・島にあるスポットでキーカードを使用することで、その場所を占有できる
・占有した場所はそのクラス、またはそのクラスが許可した生徒のみ使用できる
・占有1回につき1ボーナスポイントが支給され、8時間毎に占有権がリセットされる
・キーカードはリーダーのみ使用可能で、リーダーは正当な理由なく変更できない
そして大事なのが、最終日7日目の点呼の際に他クラスのリーダーを当てる権利が与えられること。
リーダーを当てれば、当てた数につき50ポイントプラス、外せばマイナス50ポイント。
また、リーダーを当てられたクラスはその分マイナス50ポイント&ボーナスポイントの無効化。
スポットはなるべく占有したいが、安易にリーダーがバレるような行動はできない、ということだ。
ちなみに、生徒の安全を考え、バイタルチェック&GPS機能付きの腕時計が支給されて常時監視されている。
外すとそれだけでペナルティという代物なので扱いには注意が必要だろう。
まさか転んで壊すドジな生徒なんていないよな……
説明を聞きながらマニュアルをめくり、いくつか確認したいことを見返した。
戦略的に問題がないことがわかったため、あとはどう動き出すかだけなのだが……
とそんな時、「やっほ~」とBクラスの星之宮先生がやってきた。
「……何している」
「えー、何って、サエちゃんどうしてるかなーって」
「他クラスの情報を盗み聞きするのは言語道断だ」
「そんなことしないよー。あ!綾小路くんじゃない。久しぶり~」
以前職員室で話したことがあるが、普段は保健医の星之宮先生と顔を合わせる機会は少ない。というか、保健医が担任って結構レアじゃないか?
軽く会釈して答えるとこっちに寄ってくる。
「聞いたよ~、生徒会に入ったんだってねぇ。うちの一之瀬さんを差し置くなんて生意気だぁ」
と、こちらの脇腹を小突いてくる。
「学期末テストも満点だったって〜、先生びっくりしちゃったなぁー」
どうやら、オレに探りを入れに来たようだ。となると逆に利用するのも手だな。
「ちょっと待っててください」
星之宮先生を呼び止め、マニュアルの白紙ページを破り、ペンで必要事項を記載する。
「せっかく来てくださったんです。これを持っていってください」
そうしてメモを星之宮先生に託す。
「んんー、ラブレターかなぁ?」
「当たらずとも遠からず、ってとこですかね」
「うーん、生徒との禁断の恋に憧れないわけじゃないけどぉ、そういうのは卒業してからよ~」
どこまで本気かわからないが、それは置いておいて、周りに聞こえないように顔を近づけてヒソヒソと言葉を交わす。周囲の生徒から注目を浴びているが気にしない。
「そこまでにしろ。これ以上は学校に報告することになる」
「綾小路くんがあんまりにも大胆だったから、ちょっとだけサービスしてあげようかと思ったのに~」
茶柱先生が睨みを効かせると、残念と言った表情で立ち去る。星之宮先生がBクラスに戻ったのを確認したのち、こちらを向く。
「邪魔が入ったが、以上がこの試験のルールだ。後はお前たちで考えて行動するように」
そういって一歩下がる。生徒たちを見ているようで、意識はこちらに集中している。
期待しているぞ、という心の声が聞こえてきそうだ。
だが、こちらにも都合がある。今回はただ勝てば良いわけではない。
そのためにも、そろそろ動きたい。
そう思い周囲を見渡す。
Dクラスは、ルールを聞いても消化しきれずに混乱しているものも多いな。
また、女子がダンボールの簡易トイレは嫌、シャワーが欲しいなどとポイント使用派、池や幸村たちサバイバルでどうにかしてポイント節約派に分かれて言い争っている。
これに関してはいつものDクラスといった感じで、地元に帰ってきたような安心感があるな。例えておいてなんだが、地元に帰った、なんて経験がないので憶測だが。ただ、ホワイトルームに帰ってもそんな気持ちにならないことだけはわかる。
そんな不毛な争いをしている間に、他のクラスの姿が次々と消えていく。
早々と方針を決めて移動したのだろう。
Dクラスには、他クラスのようなまとまりがない。
それは、まとめ役の平田が平和を愛する平等主義者であることも一因だが、一番の問題は意識の差にある。
Aクラスを目指すなら、まずはそこを改善するべきだろう。
Dクラスは、平田や堀北などリーダーになれそうな柱の存在はあっても、不良品の名の通り、土台が崩れている状態だ。
これでは柱を建てて団結するまでに時間がかかる。もちろん、他クラスは待ってくれない。どんどん先に進んでいくだろう。
頃合いだと思い、争いの仲介に入っていた平田を手招きして呼び、こちらの考えを伝える。
「それは本当なのかい、綾小路くん」
「あぁ。平田もさっきの様子は見ていたろ」
半信半疑ではあるだろうが、平田の性格からすると信じるしかない。
なぜならこの提案が一番平和に場が収まる作戦だからな。
「それじゃ後は頼む」
あとは平田が上手くやってくれるだろう。面倒ごとを押しつ——平田を信用して、オレは1人森の中へ消える。
無人島試験初日。
オレたちDクラスは各々森の中を彷徨い歩いた結果、ついにキャンプ地を見つけることはなかった……