試験当日。
結果次第ではクラス変動はもちろん、退学者が出る可能性もある、学年最後の特別試験。
「おはよーきよぽん」
「清隆くん、おはよう」
登校のため学生寮のロビーへ降りたところで波瑠加と愛里に遭遇した。
「今日はいよいよ本番だね……」
「そうだな」
「今日まで一緒にリレーの練習とかしてきたけど、結局どの種目に出ることになるんだろう……。私が負けたせいで堀北さんが退学になっちゃったらと思うと……」
愛里が不安そうな顔で俯く。
自分が原因で退学者が出ることへの罪悪感なのか、それとも純粋に堀北を退学にしたくないからなのか。
「愛里、朝からずっとこんな調子でさ。きよぽんからも何か言ってあげてよ」
「せっかくなら2人の歌は聴きたいところだ」
「き、清隆くん」
「こらこらきよぽん。変なプレッシャーかけない」
「2人がいつも通りの力を発揮できれば1勝はもらったようなものじゃないか?」
「おーい、聞いてるー??」
「あぅぅ」
少しからかいすぎたか。
だが、この緊張は良い変化でもある。
これまで自分が退学にならないように取り組む程度だった2人が、試験での結果を強く意識している証拠だからだ。
この前の種目の提案といい、何が2人の意識を変えたのか……。
「今のうちに緊張しておけば、本番までには落ち着くと思うぞ」
「荒療治すぎない?」
「そうか?」
「清隆くんって、意外と攻めるタイプ、だよね。私は、嫌じゃないけど……」
「愛里もこう言ってるし、いいんじゃないか?」
「はぁー、まぁなんだか肩の力は抜けたかも」
「それは何よりだ」
「褒めてないからね?ぶっちゃけ、私たちはきよぽんとは違ってAクラス相手にどこまでやれるかわかんないし、不安に思っちゃうんだよね。……だからさ、きよぽんにちょぉっとお願いがあるんだけど」
「よくわからないが、オレにできることなら遠慮なく言ってくれ」
「さっすがきよぽん。ほら愛里、遠慮しないで言っちゃいな」
「えっとね、頑張るための勇気を貰えたら……なんて」
「勇気?……つまりどうすればいいんだ?」
残念ながら勇気なんてものは所持していないし、譲渡する方法も知らない。
「じゃあ……手を繋いで、くれない、かな?」
「それぐらいでいいなら」
「ありがと……」
このぐらいで勇気を与えることができるかは甚だ疑問だが、ホワイトデーの握手会に愛里は参加できなかったからな。
握手がどんなものだったか気になって試験に集中できない、と言いたかったのかもしれない。
良くも悪くも慣れてしまった手つきで愛里の手を握る。
少しだけ震えていた愛里の手だったが、お互いの温もりがての全体に広がってくる頃には、すっかり収まっていた。
「うん、頑張れる気がしてきたよ」
「それはなによりだ」
手を離す頃には愛里は活気に満ちていた。
数多の握手を経験し、いつの間にかハンドパワーを宿していた、わけはないか。
「愛里大胆ー」
「ほら、波瑠加ちゃんも」
「えっ、私は別に……」
「遠慮はナシだよね。清隆くん、お願いっ」
「あ、ああ」
波瑠加とはこの前、繋いだばかりだが、効果はあるのだろうか。
「……」
「……」
「も、もうダイジョウブ。ワタシモゼッコウチョウ」
愛里とは逆に、緊張が増しているような気がする……。
その後は試験について2人の予想を聞きながら一緒に登校した。
実際、堀北が何の種目を選ぶつもりなのか、オレも把握してない。
この一年で堀北がどれだけ成長したのか見定める機会であると考え、放任することにした。
結果、力及ばず退学になるのであれば、それまでの存在だったということ。
堀北が退学になると巡り巡ってオレの食生活の質が下がることになるが、考えた結果、それは必要経費だと割り切ることにした。
念のため、堀北が認知できない不安要素ということで、櫛田だけはチョコ北を渡すことを交換条件に真面目に取り組むよう買収済み。
ただ、櫛田にとっては活躍することが自分への称賛に繋がるため、何もしなくとも結果は変わらなかったかもしれない。
教室に入ると、特別試験前独特の緊張感が漂っていた。
いつもは教室で賑やかに談笑している麻耶や恵の様子を見てみても、とても静かだ。
目が合うと軽く手を振り笑顔を見せてくるもぎこちなさがある。
また握手の出番か?
そんなことを考えながら席へ向かうと、本日のキーパーソン、隣人堀北はじっと窓の外を眺めている。
「この試験で負けたら私は退学ね」
「らしくないな、負けた時のことを考えるなんて」
流石の堀北も少しナーバスになっているのだろうか。
いや、堀北に限ってそれはないだろう。
「ねぇ綾小路くん、わたし、最後の一歩を踏み出す勇気が欲しいの」
……そんなことあるのか?天地がひっくり返ったような衝撃を受ける。
実に堀北らしくない、潤んだ瞳に少し艶っぽい表情でオレを見つめてくる。
登校中の愛里とのやりとりがフラッシュバックした。
思わぬところで再び握手の出番が来たか。確かに堀北も握手会は不参加だった。
……だが、堀北相手の回答に正解はひとつしかない。
そうだろ、堀北。……そうだよな、堀北?
「勝ったらまた学チョコを作ってやる」
「絶対に勝ってくるわっ!!」
勢いよく教室を出て、多目的室へ向かう堀北。
よかった、天地はひっくり返らず、堀北ロードは兄妹直通の一本道だった。
どうせ櫛田用にチョコ北を作る必要がある。
これぐらいでパフォーマンスが上がるなら安いものだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「帆波ちゃん、いってらっしゃい」
「うん!みんな今日はよろしくね!」
Bクラスのみんなから送り出されて、司令塔の拠点となる特別棟の多目的室を目指す。
今日までやれることは妥協なく取り組んできた。
私たちが勝った場合は――諸藤さんが退学になってしまうけど、それを背負うだけの……覚悟もある。
あとは仲間を信じて戦うだけ。
多目的室の前に到着すると、すでに先客の姿があった。
「おはよー、堀北さん」
「ええ、おはよう」
力強く挨拶を返してくれた堀北さんは、これまで見たことがないぐらい活力と自信に溢れているように見える。
「残念ながら4人揃わないと入室できないそうよ」
「そうなんだ。公平性を保つため……とかかな」
諸藤さんと同様に堀北さんもプロテクトポイントを持っていない司令塔。
それを感じさせない様子に私は思わず尋ねてしまう。
「負けたら退学になっちゃうのに、不安とかなさそうだね?」
これから決死の闘いに向かう相手に対して、実にデリカシーのない質問。
でも、なぜだか聞かずにはいられなかった。
「私は絶対に勝たなくてはいけないの。今は勝利しか見えていないわ」
無粋な質問にも嫌な顔ひとつせずに、そう言い切る圧倒的な自信。
ちょっとしたことで弱って逃げ腰になってしまう私とは大違いで、羨ましく感じる。
私もあれだけの自信を持つことができたら……。
ううん、それはないものねだり。
私には私の武器がある。
この一年でそれに気づかせてもらった。
堀北さんは堀北さん、私は私だ。
退学を恐れず正面から立ち向かうのも、退学を回避するために回り道するのも、それぞれの信念に基づいているのだから、正解も不正解もない。
「よしっ!」
手のひらで両頬を叩き気合いを入れる。
「……一之瀬さん、いい顔をするようになったわね」
「それはお互い様だよ」
他クラスの私からみても、出会った頃と比べて堀北さんは変わった。
もちろん、いい意味で。
彼女自身の努力の成果でもあるんだろうけど、少なからず彼の影響も感じる。
いいな、同じクラスで……。
ほんの少しだけ、じくりと胸を刺す痛みを感じた。
「2人とも随分早く到着したようだな」
「おはよー、葛城くん」
廊下の先に現れたガッチリとした巨体――葛城くんが合流する。
このガタイで頭脳派な上に人望もある葛城くんはまさに強敵だと思う。
「堀北、最初に断っておくが、お前が退学になろうとこちらは手を抜く気は一切ない」
「ええ、そんなことは期待していないわ。Aクラスはいずれ越えないといけない壁。正面から破らせてもらう」
「それを聞いて安心した。今日は互いにベストを尽くそう」
「そうでなければ困るわ」
葛城くんが差し出した手を握り返す堀北さん。
騙し騙されが日常化しているこの学校で、スポーツマンシップのようなものを見ることができるなんて……堀北元生徒会長が目指していた学校はきっとこんな世界だったのだろう。
だったら私もその意志を引き継いでいきたい。
大事な試験前だけれど、そんな風に思えた。
「あとは諸藤さんだけね」
「こうも遅いと何か企みがあるのかもしれん。……例えばだが、龍園が高笑いしながら代理として登場する可能性もなくはない」
「まさかまさかー。そんなことな……いとも言い切れないのが怖いところだね。動揺させるためにそれぐらいならやってきそうかも」
司令塔の代理を認めさせる何らかの手があるなら、龍園くんがその選択をしても――。
「ご安心を。司令塔は私のままです」
気配もなくスッと現れた諸藤さん。
「わわっ、おはよう、諸藤さん」
「はい、おはようございます。今日はお手柔らかに、と言いたいところですが、強敵を倒さなくては意味がありません。情けはいりませんので全力でかかってきてください」
「言うねー。勝敗はともかく私たちはいつでも全力だから安心して欲しいかな」
諸藤さんも覚悟は決まっているようでほっとした。
もし、退学に恐怖し震え泣きじゃくり助けを求められた場合、私は正しい決断ができたかどうか……。
いや、余計なことを考えるのはよそう。
確かなことは、ひよりさんたちはその手の戦略で攻めてくるつもりはない、ということ。
それがわかっただけでもありがたい。
「それじゃ、みんな揃ったことだし入ろうか」
率先して多目的室に入ると、前回来た時にはなかった壁が作られていて、部屋が丁度2つに分けられている。
防音性も高そうだけど、わざわざこんなことに時間とお金をかけるのなら、他の空き教室を2つ使えばいいんじゃないかな?と思わなくもない。
「AクラスとCクラスはあっちに、BクラスとDクラスはこっちに来るように」
中で待機していた真嶋先生の指示で、各々の対戦スペースに移動する。
「試験はこれから5分後にスタートする」
私たちの方は真嶋先生と茶柱先生が担当するみたいで、2人で最終確認らしきことを始めていた。
不意に訪れた諸藤さんと2人きりの時間。
せっかくだから少し探りを入れてみることにする。
「龍園くんと椎名さんとで揉めてたみたいだけど、大丈夫だった?」
「その件でしたらご心配なく」
「ただならぬ空気だったから少し心配してたんだけど、大丈夫ならよかったよ。……そういえばあの日、諸藤さんはいなかったよね?」
取り付く島もない諸藤さんのそっけない返事。
情報を漏らさないために私との会話を避けているのかもしれない。
それならと、あの日――椎名さんと龍園くんの茶番劇中に司令塔の諸藤さんがいなかった点について尋ねてみる。
あのやりとりが何かしらの策で、諸藤さんが裏で画策していたのなら、私が勘づいていることを装えば、そこから崩していけるかもしれない。
「あー、あの辺りは毎日のように王子と一緒に色々してましたから」
「うんんん?毎日?色々?綾小路くんと?」
相手から情報を引き出すつもりが、予想だにしない回答にクロスカウンターをもらってしまったような気持ちになる。
「そんなことより――」
「そんなこと……」
「一之瀬さんは何か勘違いしているようなので正しておきます」
「勘違い?」
「龍園くんと椎名さんは、あなた方を騙すために敵対したわけではない、と言うことです」
「つまり、茶番じゃなく本当に決裂してたってこと?その言葉をそのまま信じろって言うのはいくらなんでも無理があるよ」
「ええ、構いませんよ。どう捉えるかはあなた次第ですから」
諸藤さんは、こちらを挑発するわけでも、自分たちを卑下するわけでもなく、ただ淡々と言葉を並べていく。
決して下に見ていたわけじゃないけど、油断できない相手と認識を改めなくてはいけない。
「それでは試験を開始する。まずは席について、各クラス5種目を選択、決定するように」
席に置かれたモニターには、私を除いたクラスメイト39人と用意した10種目が表示されていた。
情報は引き出せなかったけど、やることは変わらない。
みんなで準備してきた対策を信じるだけ。
そうして私は予定通りの5種目を選択していった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ついにこの日がやってきましたね、綾小路くん。あまりに楽しみで昨晩はなかなか寝つけませんでした」
堀北が出て行った後、少しだけ話せないかと坂柳から連絡が来た。
指定された場所に到着するなり、坂柳は言葉通り嬉しそうに笑みを浮かべてそう切り出した。
「ついに、と言われても、オレにとっては昨日も今日も変わらない1日なんだがな」
「ふふっ、つれないんですから。ですが、その認識はこれから覆ることになります。あなたにとっても忘れられない1日にして差し上げますので」
「そんなことになったら、外の世界に出てきた甲斐もあるのかもな」
人払いは済んでいるようで周囲には誰もいなかったため、少し踏み込んだ話をしてみる。
「ええ。あなたには伝えたいことがたくさんございます。私がいる限りここにきたことを後悔はさせません」
「それはまた随分な自信だ」
「長い間、この瞬間を待たされ続けましたから、言葉に熱も入ります。ただ口だけの誇張ではございませんよ、それをこれから証明してみせます。幸運にも今回はお互いの力を出しきるのに丁度良い試験です。綾小路くんもぜひ全力で向かってきてくださいね」
「それに値する力を見せてくれるんだったらな」
「ええ、それはもちろん。……名残惜しいですが、そろそろ試験開始時刻のようです。次は私たちだけの勝負の場でお会いしましょう」
「あぁ」
勝負前に心理戦のひとつやふたつ仕掛けてくるのかと思ったのだが、簡単な宣戦布告だけで話が終了し特に裏もなさそうだ。
不可解な行動ではあるが、それだけこの勝負を心待ちにしていた、ということなのかもしれない。
教室に戻ったところで、ちょうど試験スタート5分前とモニターに表示されていた。
モニターはこの試験用に2台設置されており、そこに司令塔の選択結果や種目の様子が映し出されるようだ。
表示されていた数字は、4、3、2、1と減っていき、教室のスピーカーから試験開始の知らせが流れた。
まずは5種目の選択だが、堀北はどんな手を見せてくれるのか。
程なくして、互いのクラスが選択した種目が左右ぞれぞれのモニターに表示される。
Aクラスの5種目
・チェス
・英語テスト
・現代文テスト
・数学テスト
・テニス
Cクラスの5種目
・バスケ
・弓道
・水泳
・テント組み立て競争
・男女混合リレー
嘘だろ……。
堀北のヤツ、やりやがった。
リレーはあくまでオレが出ると思わせるブラフと言っていたにも関わらず、なぬ食わぬ顔で本採用している。
どうするんだ、さっき坂柳ウキウキで『次は私たちだけの勝負の場で〜』とか言ってたんだぞ。
今頃教室でどんな顔をしているか……。オレは無関係で堀北の独断専行だと主張しても信じてもらえるかどうか。
たとえ堀北を問い詰めたとしても
『敵を騙すにはまずは味方からよ。あなたほどの人間がそんなことも知らない、なんてことはないわよね?』とか言ってくるんだろうな。
来年度から堀北退学させ隊に坂柳も仲間入りだ。良かったな櫛田、仲間が増えたぞ。
そんな現実逃避をしている間に抽選が始まり、最初の対戦種目が選ばれ、両モニターに表示された。
皮肉にも『男女混合リレー』の文字が大きく映し出されている。
先にチェスが選ばれれば話は違ったかもしれないだけに、坂柳のツキのなさを感じる。
いやあるいは……。
これから参加メンバーを司令塔が選んだのち、選ばれた生徒は着替えを済ませて、種目の会場に向かうことになる。
ああ、試験後の嫌な未来のことは、ひとっ走りして忘れるか……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「うわっ、だから言ったんだよ、姫さん。ヤツらの本命はリレーだって!俺は何度も練習しようぜって進言したよな。あーあ、綾小路爆走で一敗確定かよ」
「橋本、口を慎め」
「でもよ、鬼頭。俺らがみっちり練習して出場すれば勝てたかもしれないんだぜ?お前は納得できんのかよ」
「これも坂柳の策のうちに違いない。向こうは綾小路以外にも足の速い生徒は多い。この種目ははなから捨て種目。俺たちにはそれぞれ負うべき
「いや、でもよ……」
「橋本くん、取り乱すなんて見苦しいですよ。大人しく葛城くんの判断を見守ろうじゃありませんか」
「そう言う姫さんだって、さっきから貧乏ゆすりが酷いぜ?あと杖で床をカツカツすんのもさ――」
「なにかおっしゃいましたか?」
「い、いや、何も……葛城がんばれー」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
体操着の準備をしようとしたところで、リレーに参加する生徒が表示された。
右のモニターに表示されたAクラスのメンバーを見ると、データ上では運動が苦手で、学力も控えめな(それでもCクラスの中堅以上の学力だが)生徒が選ばれている。
堅実な葛城のことだ、捨て種目と割り切ったのだろう。
そもそも、向こうもリレーはブラフだと考えていただろうから特に対策はしていなかった可能性が高い。
つまり相手の裏を突いたという意味では堀北の策は間違っていないわけだ、坂柳の反感を買い、オレが面倒ごとに巻き込まれることに目を瞑れば。
モニターには参加生徒の移動指示が出ている。
オレも行ってくるかと体操服を手に席を立つ。
「どうしたんだ、清隆。急に立ち上がって」
前の席の明人から呼び止められた。
「どうもこうも、これからリレーだろ?」
「そうだけど、清隆は選ばれてないぜ」
「ん?」
明人に指摘されて自クラスの出場生徒が表示されたモニターを見る。
どうせオレが走って終わりだと、こっちの参加メンバーを確認していなかった。
出場メンバーは、愛里、波瑠加、鬼塚、沖谷の4人。
そこでやっと堀北の真意に気づく。ブラフとしての使用はここまで含めて、ブラフだったのか。
「うーん、リレーならまぁどうにかなるかもって感じ」
「テストよりは全然いいよね」
波瑠加と愛里が席を立ったので声をかける。
「2人とも応援してる」
「ありがとう。行ってくるね、清隆くん」
そう返事をした愛里はとても落ち着いていた。
しばらくしてモニターにグラウンドの様子が映し出された。
「観ろよ、佐倉のやつ、雫ちゃんモードだぜ!」
「ひゃっほーい」
画面に釘付けになる男子生徒たちから、ゴールもしていないのに歓声が上がる。
髪を束ね、伊達メガネを取り、準備運動する愛里の姿はなかなか様になっていた。
司令塔の介入で1名だけ選手を変更することも可能だが、両者とも動かない。
現状Cクラスのメンバーの走力が勝っている計算だが、葛城が足の速い生徒を投入すればAクラスにも勝ち目が出てくるかもしれない。ただ、それならこちらも平田など足の速い生徒と交替するだけ。
こちらの生徒の消費を狙ってあえて変更する手もあるが、そのためにはAクラスもそれなりのカードを切る必要があり、残りのスポーツ種目への対抗札を減らしてしまうことになる。
結局、選手の変更はされないままリレーが始まる。
1番手の愛里がAクラス女子を置き去りにして順調にバトンを繋ぐ。
男子の実力は均衡していたが、体育祭から鍛えてきた愛里と波瑠加を前にAクラスの女子生徒では対抗できず、余裕を持ってゴールした。
手を取り合い喜ぶ2人の姿がモニターに映し出され、今度こそ正しい歓声が教室に響き渡った。
結果だけみると、学力の高い生徒、運動能力に特化した生徒を温存したまま、1勝を獲得できた。
オレと坂柳の約束を利用し、司令塔の葛城の性格を踏まえた一手。
堀北ならやりかねないという自分の評価まで勘定に入れているのも面白い。
やるじゃないか、堀北。
こうして一年最後の特別試験――選抜種目試験はは幸先の良いスタートを切った。
握手であり、悪手であり、悪種であり……