私たちがBクラスが用意した種目はシンプル。
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どの教科のテストも参加メンバーの合計得点で勝敗を決める。
司令塔の介入も全て統一し『3分間、予め指定した生徒1名にアドバイスを送ることができる』というもの。試験に挑んだクラスメイトが何問か間違っても私がカバーできる上に、諸藤さんが司令塔のDクラスにとってはあまりプラスにならない、そんな権利。
他にも、国語を現代文と古典に分けたように、普段の試験ではまとまっている科目もあえて細分化することで、相手に的を絞らせず、付け焼き刃の勉強すらさせない作戦。
さらに勉強系だけにしたメリットはもう1つあって、学力はこれまでの積み重ねで身についているものだから、この1週間は相手の種目の対策に力を入れることができた。
あとは相手の種目を予想しつつ、得意な生徒が多い科目を選んでいく。
結果、私が選んだのは
・古典 参加人数9人
・日本史 参加人数4人
・化学 参加人数7人
・数学 参加人数6人
・英語 参加人数3人
の5科目。
Dクラスの選択はどうだろう。
諸藤さんが試験開始前に言ったことが本当であれば、どちらかの種目に偏る可能性もある。
お互いが選択を終え、モニターに向こうの選択種目が表示された。
・しりとり 参加人数13人
・空手 参加人数5人
・柔道 参加人数3人
・ボクシング 参加人数1人
・棒倒し 参加人数16人
えっ!?と思わず驚きの声を上げてしまいそうになるのをグッと堪える。
色々予想をしてきたけど、ほとんど龍園くんサイドの種目ばかり。
それだけじゃなくて、確実に入れてくると思っていた神経衰弱もない。
椎名さんはこちらの学力テスト要員に回ったってこと……?
もしくは本当に龍園くんが仕切ってる?
いや今考えるべきはそこじゃない。
しりとりだって、格闘技だって準備はしてきた。
相手の戦略を看破するのは大事。
でも、それに囚われすぎて仲間たちが全力を出せない采配をしてしまったら本末転倒だ。
私たちは私たちの戦い方で勝つ。そうでなければきっと私は――。
「中央の大型モニターに抽選結果が表示されるので見るように」
真嶋先生から促されて、モニターを見ると画面が切り替わり、抽選中の文字が映る。
そして表示された1戦目は――
『数学テスト』 参加人数6人 制限時間50分
1学年の学習範囲内で学校が用意したテストを解き、合計点が高いほうが勝利。
「まずは私たちの種目だね」
「そうですね」
これまで公表されてきたテストのクラス平均を比べても負ける可能性は限りなく低い。
「それでは制限時間内に参加メンバーを選出するように」
選出の制限時間は参加人数1人につき約30秒。
6人の今回の種目なら180秒与えられる。
格闘技組としりとり組を除き、数学の得意な仲間を数名入れる。
ただ、学力平均の高い私たちのクラスだけど、もちろん勉強が苦手な子もいるため、偏らないように、でもDクラスに負けない組み合わせを考えて調整する。
大変な作業ではあるけど、仲間たちのことは頭に入っているため、スムーズにメンバーを決めることができた。
そうして60秒ぐらいで選び終え、あとは諸藤さんを待つだけ、と思ってメンバーの決定ボタンを押したら選出タイムが終了になった。
つまり、私より先に諸藤さんはメンバーを決め終えていたことになる。
参加者が表示されて、テスト会場へと移動を始めたようだ。
Dクラスのメンバーは、椎名さんや金田くんのような勉強が得意な生徒は選ばれていない。
「随分と決めるの早いんだね、諸藤さん」
「誰が出ても数学であなたのクラスには勝てませんから」
「それはやってみるまでわからないんじゃない?」
「根性論で学力が上がるなら、うちのクラスはもう少しマシな成績のはずです」
「それはそうかも?」
2学期まであの龍園くんに付き従ってきたのだからある意味根性の生徒は多い。
今は無理でも今後もしそのパワーを勉強に向けることができれば……。
そんなやりとりを交わしている間にテストがスタートする。
司令塔としてアドバイスができるため、私も画面越しにテスト問題を確認し、一緒に解いていく。
そうして残り時間が10分になったところで、司令塔の介入を行い、予め指定しておいた墨田くんへ、ヘッドセットを使って、間違いや未解答部分の答えを伝えていく。
こちらの読み通り、諸藤さんは介入権を使用しないようで、黙ってモニターを見つめている。
「集計結果を発表する。Bクラス合計510点、Dクラス合計360点。よって1戦目はBクラスの勝利となる」
まずは手堅く1勝することができた。
思ったよりも点差があったけど、Dクラスは主戦力を温存して、どこかひと科目にヤマを張って投入してくるかもしれないため油断はできない。
2戦目に選ばれたのも私たちのクラスの科目――『日本史テスト』で参加人数は4人。
こちらも数学同様にあっさりと勝利することができて、難なく2勝することができた。
ただ、ここまでは自分たちの種目だから勝って当然。相手の種目で勝利してこそ、初めて安心できる。
各クラス3種目は絶対に抽選されるという仮説が正しければ、確率的にそろそろDクラスの種目がきてもおかしくない。
そんな予想が当たって3種目は『柔道』で参加人数3名が選ばれた。
私の考えでは、ここでの選択が勝敗を左右する。
1番警戒しないといけないのは、アルベルトくん。
神崎くんたちがいくら綾小路くんから特訓を受けたとはいっても1週間で彼を倒せる実力には至っていない。
綾小路くんの話では、約束通りアルベルトくん相手で勝利0%が10%になったぐらい、ってことだった。ただし特訓を受けた全員で総当たりできた場合ってつけ加えてきたのはちょっとズルいなとも思ったけど、現実的なラインだし、無茶を言ったのは私の方だしで文句を言えるはずがない。
素直に予想するなら彼が出てくるのはボクシング。
根拠は以前見たアルベルトくんの格闘スタイルからなんだけど、それは向こうもわかっているはず。
ボクシングをあえて外して、他の格闘技に出てくる可能性も考えられる。
空手でも柔道でも、アルベルトくんの体格と技量があれば無双できるだろう。
もしここで、特訓メンバーを投入してアルベルトくんと当たってしまった場合、1敗するだけでなく残りの格闘技での勝利も遠のいてしまう。
Dクラスとしてはここは確実に1勝しておきたい局面。
諸藤さんの様子はスタート時から変わらずフラットだけど、内心では焦りを感じていてもおかしくはない。
制限時間90秒ぎりぎりまで長考した結果、この柔道には主力を投入しないことにした。
3戦目、Dクラスの参加メンバーは『鈴木英俊』『小田拓海』『山田アルベルト』の3人。
やった!と心の中でガッツポーズを作る。
この1敗は必要経費。
このあとの空手やボクシング、あるいは棒倒しでの脅威を取り除くことができた。
もちろん、まだ龍園くんや石崎くんとか油断できない相手はいるけど、勝率は確実に上がった。
柔道の結果は、アルベルトくんのストレート勝ちで、Dクラスの1勝となる。
4戦目の種目は『化学テスト』参加人数は7人。
ここで勝つことができれば、特別試験の勝利にリーチがかかる。
退学のかかった諸藤さんにはさらにプレッシャーがかかるはず。
ただこれで3つ私たちのクラスから種目が選出されたため、仮説が正しければ残り3試合のうち2つは確実にDクラスの種目が選ばれる。
手放しでは喜べない状況。残りの種目のことを考えながら慎重にメンバーを決めていく。
お互いのメンバーがモニターに表示された。
ここでDクラスは金田くんを投入。
他にもDクラスの中では勉強ができると聞いたことがあるメンバーで固まっていた。
椎名さんがいないのは気になるけど、Dクラスはこの化学を狙って戦力を温存していたってことだと思う。椎名さんは見るからに文系だし、化学はそこまで得意じゃないのかも。
向こうが主戦力できたのなら、私もますます気を抜くことはできない。
司令塔の介入を利用してできるだけサポートする。
「化学テストの集計結果を発表する。Bクラス合計630点、Dクラス合計600点。よって4戦目はBクラスの勝利だ」
これで3勝目。
他の2教科とは違い接戦になったけど勝つことができた。
「さすがBクラスですね。Dクラスとしては学力の最高戦力を投入したんですが、歯が立ちませんでした。一之瀬さんのサポートも大きいように思えます」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「ええ。ただここまではこちらも予定通りですので」
負け惜しみや強がりには見えない。
アルベルトくんはいなくとも、龍園くんたちで残りの種目を勝ち切る算段があるのだろうか。
「へー、そうなんだ。じゃぁこれから諸藤さんたちの策が見れるのかな?」
「策という話でしたらすでに進行中ですが、お気づきではないご様子ですね」
「気づけるほど影響力のある策ではないのかもしれないよ」
「それもそうかもしれません。今の話はお忘れください」
意味深な言葉を残して、諸藤さんは口を閉じる。
……何か見落としがあった?いや、こちらを惑わせるだけの言動?
今日の諸藤さんは、綾小路くん(たち)のことで情熱を注いでいる時とは似ても似つかない落ち着いた……というより、なんだろう、例えるなら貧血気味というか、そんな感じの力の抜け方で感情の起伏が少なく、考えが読めない。
必死に頭を回転させているうちに、5戦目の抽選結果が発表される。
選ばれたのは――『空手』で参加人数5人。
神崎くんたちを投入するのはここしかない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「みんな、この試合で試験の勝ちを決めるぞ!!特訓最終日に綾小路からもらった言葉を思い出せ!!」
「「「おうっ!」」」
モニターの向こうで柴田くんが空手メンバーで円陣を組んで掛け声をかけている。
前日まで特訓を受けていて傷だらけのみんなだけど、心は元気で勝利に向け一丸となっていく空気。
こういう時に柴田くんがまとめてくれるのは助かる。
それはそれとして綾小路くんがどんな激励をしてくれたのかは後で事細かに聞いてみないとだね。
でもそんな彼らの様子をみた対戦相手は私とは違った感想を述べていた。
「見てくださいよ、龍園さん。すでにBクラスの奴らボロボロじゃないっすか。こりゃあ楽勝っすよ」
「はー優等生は負けた時の言い訳作りも優秀ってか」
石崎くんや小宮くんがからかうように笑っているけど、みんなは気にも止めないみたい。
「先鋒の生徒は前に出るように」
「行ってきます」
審判を務める体育教師の言葉を受けて、一番手の米津くんがコートに入っていった。
「みんなお願い」と心の中でエールを贈る。
向こうの先鋒は小宮くん。
お互いに礼をして所定の位置に着いた。
「勝負始め!!」
審判の合図と同時に小宮くんはバスケで鍛えたであろう瞬発力を活かして米津くんへ直進し、右拳を振り上げた。
米津くんは一歩も動けない。
「おらぁぁー」
そんな米津くんに構わず、気合いを入れた小宮くんの拳が振り下ろされる。
思わずモニターから目を逸らしたくなるのを堪える。
米津くんの無事を祈ることしかできないから、せめてその雄姿を見届けるのが私の責務だから。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
綾小路からの空手の指導が始まった日。
「それで神崎、空手は伝統空手のルールでいいんだな?」
「ああ。担任に確認したから間違いない」
「フルコンタクトでなかったのは幸いだったな。耐久力勝負になったら、分が悪かった」
空手は、主に伝統空手と極真空手の2つのルールに分かれている。
伝統空手は、寸止めが基本で、技が決まった際にそれに応じたポイントが入り、1試合3分の間でより多くポイントを取った方、もしくは8ポイント差つけた方が勝者となるルール。
極真空手は、相手を攻撃して実際に倒すフルコンタクトルール。
綾小路の言うように、これまで人を殴ったことがないような人間の集まりであるBクラスには、フルコンタクトルールは厳しかった。
その点で言えばルールに救われたわけだが、Dクラスに有利なルールを採用しなかったことに疑問は残る。
「難しく考えずとも素人がフルコンタクトルールで試合をすれば怪我をすることは目に見えている。学校が許可しなかったんじゃないか?」
綾小路はそう推察していたが、だったらリアルケイドロでボロボロにされる前に学校側にはそっちも止めて欲しかったと思わずにはいられない。
「幸いとは言ったが、神崎以外は格闘技未経験者。1週間でルールを覚え、技を習得し、使いこなすのは土台無理な話だ」
「えっ!?じゃぁどうすんだ?必殺技は?」
と柴田がのんきなことを聞き返す。
必殺技なんてものがあれば苦労はしない。
いつも通りの無表情だが、綾小路も呆れているはず。
次の綾小路の言葉は『必殺技?そんなものはない』だろう。
武道に近道はない。地道な研鑽こそが己の実力を築き上げる。
「必殺技?もちろん用意した」
「あるのか!?」
「おっ、神崎、珍しく良いリアクションじゃーん。やっぱ必殺技はテンション上がるよなっ!」
思わず驚いてしまった俺に対して柴田が嬉しそうにはしゃぐ。
だが、柴田の能天気さもここまでだった。
ここから必殺技を身につけるための地獄の特訓――ひたすら綾小路に試合という名で一方的な暴行を受け続ける1週間が始まることになろうとはこの時誰も想像していなかった……。
加えて、一週間の特訓中で、結局一本どころか、有効すら取ることが叶わなかった不甲斐なさに俺たちは絶望した。
そんな俺たちに綾小路は言った。
「正直ここまでついてくるとは思わなかった。お前たちは落ち込んでいるようだが、試験当日、相手が誰だろうと手を抜いているオレより強い奴はいない。それを忘れるな」
冗談や傲慢で言ってるわけでないことを文字通り痛感していた俺たちは、その言葉で奮い立つことができた。
――米津へ迫る拳。
喧嘩慣れした小宮は決まったと思っただろう。
「せいっ!!」
だが、米津はサッと横にかわし、体勢が崩れた小宮の背面へ突きを入れる。
「技あり!」
米津が先取点を取った。
「いいぞー米津ー!!」
「おい、小宮。遊んでんじゃねーぞ」
柴田、石崎がそれぞれ声をあげる。
綾小路の言った必殺技は『避けて打つ』のシンプルなカウンター戦術。
『え、地味すぎないか?必殺技なんだから相手を1発で倒すみたいな――』
『柴田、このルールで相手を倒したら失格負けだ』
そんな会話を思い出すが、実際にはこれしかないだろうと思える合理的な策。
初心者組は1週間毎日、逆突きを1000本打ち続け所作を身体に覚え込ませ、それが完了したら試合形式で綾小路からの攻撃をひたすら避け続けた。
容赦ない打撃の嵐に俺たちはボロボロになりながらも、生存本能とでも言うのだろうか、少しずつもらうと危険な攻撃を察知して避けられるようになっていった。
他の技や足運びなどは一切練習していない、一点特化の強化。
だが、このルールであれば、背面への突きは技ありで2ポイント稼げる上、3分間相手の攻撃に当たらなければ勝つことができる。
「お利口ちゃんが調子にのんじゃねーよ」
小宮の攻撃が続くが、米津は難なく避けて隙を窺う。
「クソクソ、クソッ!!」
あたらない攻撃に苛立ち、次第に大振りになる小宮。
米津はそれを見逃さない。
「せいっ!」
「有効!」
回避から流れるように拳を放ち、ポイントを稼ぐ。
綾小路の攻撃に比べれば、小宮のそれは癇癪を起こした小学生がポカポカと叩いてくるようなもの。
俺たちに避けられない道理はない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
さすが綾小路くん、本当にすごい……。
米津くんは、小宮くんを圧倒し、そのまま1戦目に勝利した。
米津くんって虫も殺したことがないような大人しいタイプだったのに、この1週間で一体何が起こったんだろう……。
「なるほど、Bクラスも無策ではないようですね」
「悪いけど、この調子で勝たせてもらうよ」
「それはどうでしょう。何せ小宮くんは龍園四天王最弱の男ですから」
突然謎のパワーワードが飛び出す。ツッコむより合わせておく……方がいいかな?
「でも四天王最強のアルベルトくんはもういないよね?」
「彼を出すまでもない、ということです」
変わらず不敵な言葉を残していく諸藤さん。
四天王はよくわからないけど、何か策がある?それとも龍園くん頼み?
考えてみても裏があるようには思えない。
でも、私の見落としで敗北するわけにはいかないから、可能性は模索し続ける。
空手の試合、次の相手は近藤くん。
さっきの試合のように米津くんは上手に攻撃をかわしていく。
ただ、近藤くんも小宮くんの試合で学んだようでなかなか隙を見せない。
両者決定打に欠けたまま時間が経ち、まもなく3分というところで、近藤くんの突きが有効となり、米津くんは敗退。
いくら動きが変わったと言っても元々の体力差は埋めきれず、連戦ということもあって後半から米津くんは疲れがみえていた。
十分に戦ってくれた米津くんを心の中で労って、次の試合の観戦に入る。
その後、近藤くんは倒したものの、Dクラス3番手の石崎くんが前の2人よりも強く、こちらの2番手、3番手が倒され苦戦を強いられる。
でも4番手に登場した柴田くんが石崎くんの連勝を止めてくれて、お互い残りの生徒は2人ずつ。
ここで登場したのが龍園くんだった。
「よお、柴田。元気そうで何よりだな」
「あの時の俺とは別人だから覚悟しとけよ、龍園」
「クク、威勢だけじゃないことを祈るぜ」
開始前から火花を散らす2人。
柴田くんや神崎くんにとっては雪辱を晴らす機会。
一瞬の静寂の中「はじめ!」という審判の合図が響く。
綾小路くんが特訓してくれた作戦はどうやら避けて打つカウンターみたいだから、きっと序盤はにらみ合いになる――と思っていたんだけど柴田くんは合図と同時に龍園くんに突進し素早く拳を放った。
これまでとは違う動きを見せたことで龍園くんの反応がワンテンポ遅れる。
「有効!」
「よっしゃー!」
柴田くんが見事先取点を獲得した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『柴田は攻撃主体にした方が合ってるかもな』
じっとしていられない性質なのか、つい避ける前に手を出してしまいそうになる柴田をみて、綾小路は戦略を立て直した。
そんな綾小路の作戦通り、柴田の突撃は龍園の意表を突くことに成功した。
「どうだ、龍園」
「想像以上にショボい策で逆に驚いたぜ。あまりに可愛そうなんでな、1ポイントぐらいくれてやるよ」
「はっ、言ってろ言ってろ」
明らかに調子に乗っている柴田だが、相手が相手だけに釘を刺しておいた方がいいだろう。
「柴田、相手は龍園だ。警戒を怠るな」
「神崎、心配いらないぜ。油断はしてないからよ」
龍園なら審判の目を盗んで、金的などの反則行為を平然と行ってきてもおかしくない。いや、行ってくると考えて動くべきだ。
そのあたりは柴田にも伝えておいたが、果たしてどこまで理解しているか。
運動能力は学年でもトップクラスだが、良くも悪くも真っ直ぐな柴田は搦手に弱い。
両者とも立ち位置に戻り試合が再開する。
柴田は持ち前のフットワークを使い、果敢に龍園の懐を目指す。
あの速さと反射神経なら、接近戦でも攻撃を捌ききれる。
自由に動き回る柴田に対して、龍園は防戦一方。
これだけ動いていれば、簡単には反則技も仕掛けられないだろう。
柴田も他の3人と同様に基本的な突きしか覚えていないが、持ち前の体力で手数を増やしてカバーしている。
だが、龍園はその突きをギリギリで回避し、拳を振るって反撃を挟んでくる。
柴田はそれをバックステップで交わし、再び距離を詰めながら攻撃を仕掛ける。
その繰り返し。
いつかはその防御を崩せるはずだし、このまま膠着状態が続いても、先取で1ポイント取っている柴田が勝つ。
柴田のギアがさらに上がる。
それを捌く龍園は動きに精彩を欠く。
本来の龍園のファイトスタイルは、なんでもアリの喧嘩殺法。
ルールに縛られた種目では実力は発揮されない。
「いけるぞ、柴田!」
柴田へ声援を送りながら、教室から武道場まで移動する最中の会話を思い出す――。
「俺、この試合に勝ったら一之瀬に告ろうと思うんだ」
「おいおい、やめとけって柴田。どっちに転んでも地獄だぜ」
「これからって時に変なフラグ立てちゃダメだろ、頼むぜー」
決意を固めやる気に満ちた柴田をなぜか他のメンバーがなだめ始める。
「そうでもない。その覚悟はここ1番の踏ん張りに繋がると俺は考える」
「神崎は黙っとけよー。柴田を殺す気か?」
「そうだぜ、このままの関係が1番だって。みんなで楽しくやってきたじゃん」
「そうそう。下手に告ると残り2年気まずくなるかもだしさ」
柴田がフラれることでの変化を恐れているのか?
もしくはコイツらも一之瀬に好意を抱いているのか?
確かに一之瀬は人気者で男女問わずアプローチを受けているらしいが、これまで誰とも交際をしていないのは、意中の相手が身近にいるからなんじゃないか。
しかもまだ告白してきていない相手――それなら柴田も条件に当てはまる。
柴田は明るく人気のある生徒、恋愛ごとに詳しくない俺でも2人はお似合いのカップルのように思える。
これまでフラれたその他大勢と一緒にするのは間違いだし、他人の恋愛を邪魔するのも気持ちの良いものではない。
「お前たち、正常性バイアスにかかっているんじゃないか」
「あーもう。難しい言葉は知ってんのに、ホントそういうとこだぞ」
「どういうところだ?」
結局そこで武道場に着いてしまい、話はうやむやなままだったが、柴田は周りから反対された程度で覚悟が変わる男じゃない。
「柴田!伝えたい想いがあるんだろ!もう一踏ん張りだ!」
「おうよっ!」
こちらの声援に気合いの入った声が返ってくる。
が、他の3人は頭を抱えて「あっちゃぁー」と呟く。
そのリアクションはなんだ?と尋ねようとした瞬間だった。
これまで通り龍園の反撃をバックステップで回避した柴田だったが、その避けた先に龍園の回し蹴りが飛んでくる。
柴田がそこへ回避するとわかっていたかのようなタイミング。
当然避けることができない。
「技あり!」審判が龍園の得点を宣言した。
「クク、命拾いしたな柴田。寸止めじゃなきゃ、また病院行きだ」
「まぐれで調子のんじゃねーぞ、龍園」
「挑発にのるな、柴田。試合はまだまだこれからだ」
熱くなり始めていた柴田をなだめる。これで本当に大丈夫なんだよな、綾小路――。
「だいぶ動きがよくなってきたところで大事なことを伝えたい。この特訓は良くも悪くも反射的に避けることができるようになる、だけだ」
「避けれるんならいいんじゃないのか?」
「反射で避けるということは避け方がパターン化しやすい、つまり相手の力量次第では動きが読まれる」
「それってどうなるんだ?」
「そうだな……4、5手先を読みながら戦えるヤツには歯が立たなくなる可能性が高い」
「マジかよ、ど、どうすりゃいいんだ!?」
「そのレベルの生徒がDクラスに何人いるかという話だが、そうなった場合の対策はある」
「さっすが綾小路だぜ!で、俺たちはどうすればいい?」
「反射じゃなく、考えて避けてくれ」
「……え?そんだけ?」
「あぁ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
考えるって言ってもよ……。
龍園の繰り出す突きが顔面に飛んでくる。
反射で右に避けようとしたところを無理矢理踏み止まり左に避ける。
が、その分、何手か動きが遅れるわけで……。
「有効!」
動きが鈍ったところに龍園からの追撃もらってしまう。
「どうした柴田、迷いが見えるぜ?お前みたいな単細胞が珍しいじゃねえか」
「……」
龍園の挑発に言い返すことができない。
元々難しいことは考えずに突っ走ってきた人生だった。
今回の特訓だって、感覚で避けるのは肌に合ってたけど、考えてどうこうってのは俺向きじゃない。
「おいおい、ボディがガラ空きだぜ?」
「有効!」
考えはじめたことで龍園に良いようにやられている。
綾小路から話を聞いた時はそんなもんかと思ったけど、考えて避けるってのは実際難しい。
「有効!」
なんつーか、窮屈だ。
「有効!」
遠くで神崎たちの声が聴こえる、気がする。
「有効!」
龍園のむかつくニタリ顔も視界に入らなくなってきた。
「有効!」
考えて避けるってなんだよ、綾小路……。
気づけば、1対8の崖っぷち。
あと1ポイント取られたら8ポイント差になり敗退する。
このまま何もできないで終わるなんてクラスメイトや綾小路に申し訳ない。
そしてなによりそんな自分を許せない。
「はじめ!」
向かい合い、試合が再開する。
くそ、これがサッカーならゴール目指して全力で走って、ボールを蹴飛ばせば済むのに。
「どうした、かかってこねえのか?」
龍園はとことん俺をいたぶりたいようだ。
すぐには攻撃してこない。
サッカーなら負けねえのによ。悔しさで目頭が熱くなる。
……いや、待てよ。サッカーと完全に別ってわけでもないんじゃないか。
ドリブルで相手を抜く時、仲間からパスをもらう時、ゴール前でシュートコースを探る時……いつも俺はどうしていたっけ?
小さい頃からやってきたことだから、強く意識したことはなかった。
どんなパスボールだって拾ってみせる。
こちらを狙った際どいスライディングだって予期してかわせる。
それは俺が無意識に考えているから。
いつもやってることで、難しいことじゃないはず……。
今、この瞬間、俺の足元にはボールがあって、龍園はそれを奪いにきたディフェンスだ。
ゴールは目の前で龍園を抜き去ってシュートを決めるのが俺の仕事。
そう考えたとき、不思議と龍園の動きがわかりはじめた。
俺をどう誘導したいのか、俺の動きに合わせてどう攻撃してくるのか、理屈はわかんねえけど見える、気がする。
「なに!?」
龍園の攻撃を掻い潜り、フェイントを入れながら抜き去る。
そして振り向き様、ボレーシュートを打つ感覚で龍園目掛けて蹴りを放った。
「技あり!」
俺のシュートが決まると同時に、掴んだ!と直感した。
何が?と言われたら明確にこれって言えねーけど、とにかく掴んだんだ。
そう認識した途端、窮屈な感覚が消え去り、視界も思考もクリアになった。
もう龍園のやつに好き勝手やらせない。
「みんな心配かけてごめんな!でもよ、もう大丈夫!こっからは俺のターンだ」
今の状態なら龍園を倒せる確信がある。
だが、神崎たちの表情は暗い。
「どうしたんだよ、これから龍園ぶっ飛ばすからさ。見ててくれよ」
神崎が黙って得点や試合時間を映すタイマーを指差す。
「あっ……」
タイマーは『2:59』を表示していた。
それはつまり――。
「試合終了。勝者、龍園翔」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
柴田くん対龍園くんの試合終了が告げられた。
途中から押されっぱなしだった柴田くんだけど、一矢報いることができて、これからってところだったのに……時間が足りなかった。
「一之瀬、頼むっ!」
悔しそうな柴田くんが会場を映すカメラまでやってきて訴えかけてくる。
司令塔は一度だけ試合結果を無効にし、再戦を要求することが可能。
最後の柴田くんの調子が続けば、あるいは龍園くんを倒せるかもしれない……。
ただ戦闘力は格闘技経験者の神崎くんが上。
司令塔権限は神崎くんに使う方が勝率が高くなるし、事前の打ち合わせではその手筈になっていた。
でも、必死で訴えかける柴田くんの目を見ると迷いが生じる。
もちろん、彼のことを信じていないわけじゃない。
かといってそれだけで決断したら、この勝負を落としてしまうかもしれない。
こんなとき、他クラスのリーダーなら即決できるんだろうな……。
ダメダメ、弱気になってる。
ここは私が決断しなくちゃ。
「柴田、一之瀬を困らせるな」
「で、でもよ……」
柴田くんの肩に手を置き、神崎くんが諭すように見つめる。
まだ何か言いたそうな柴田くんだったけど、身体から力が抜けていくのがわかった。
「真嶋先生、ここでは司令塔権限は使いません」
「わかった。それでは、次の試合へ進ませてもらう」
真嶋先生はインカムで武道場の審判へそのことを伝えた。
「俺……また勝てなかった、ちくしょう、ちくしょぅ……」
悔し涙を流す柴田くんの様子を見て、私も胸が痛くなる。
私の判断は正しかったのだろうか……。柴田くんから永遠にリベンジのチャンスを奪い取ってしまっただけなのかもしれない。
「柴田!」
そんな不安が頭をよぎった時、控えに戻っていく柴田くんへ向かって、珍しく大きな声を出した神崎くん。
「俺たちはまだ負けてない。俺が残り2人を倒せばいいだけだ。そうすれば俺たちは勝った、と言える」
「神崎……」
「これは団体戦だ。お前が、お前たちが頑張ってくれたからここまで戦えている。俺がその意志を継ぐ」
神崎くんの言葉を聞いて、控えスペースにいた米津くんたちも立ち上がる。
「ったく、どこまでフラグを立てりゃ気が済むんだよ。あ~、もう、だったらさ、俺も神崎が勝ったら好きな子に告るわ」
「ん?」
「俺もそうするぜ」
「俺も俺も」
「だからさ、フラグ何て俺たちで折ってやろうぜ。もちろん、言い出しっぺの神崎も責任取ってこの種目に勝った時は告れよ」
「……俺にはそんな相手はいないが」
「高校男児だろ、ちょっと気になる子ぐらいいるだろ。ここは黙って頷いとけー」
「……考えておく」
「ホント締まらないけどよ、それも俺ららしくていいかなって思えるよな。俺たちなら乗り越えられる。任せたぜ、神崎!」
「ああ」
「神崎……あと頼んだ」
最後に、複雑な心境だったはずだけどそれでも笑顔を作った柴田くんから背中を押されるように、試合スペースへ進んでいく。
「神崎くんと柴田くんも、なかなか良いですね」
「え?あ、うん。普段から仲良しだし、THE男の友情って感じでいいよね」
「もしや一之瀬さんも話がわかる口ですか?なるほど、なるほど、嬉しい発見です」
「私もわかってもらえて嬉しいよ」
突然諸藤さんから話しかけられて驚いたけど、Bクラスの仲の良さ、結束力をわかってくれたみたいで少し嬉しくなる。
これがBクラスの力なんだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
幼い頃から人との距離をある程度保って生きてきた。
付かず離れずの関係ならトラブルに巻き込まれずに済んで、楽だったからだ。
「友情ごっこの時間は終わったか?」
「悪いが、ごっこでもなければ、終わってもない」
仲間から送り出され、龍園と対峙し、あの人の言葉を思い出す。
『力を持っていながらそれを使わないのは愚か者のすることだ』
ただの傍観者だった俺を変えてくれた言葉。
この学校に来てからは、苦手な人付き合いをしてみたり、クラスのサブリーダーのような役割も務めてみたりと、この一年を振り返ると随分らしくなかったが――なるほど、俺は思っていた以上にBクラスを、この環境を気に入っていたようだ。
「クク、そんな熱くなる野郎だったか。試合前に笑わせてくるとは大した戦術だ」
「それで油断してくれるなら俺のことはいくらでも笑らえばいい」
入学以前の俺ならたとえ勝つだけの力があっても無駄な争いは避け、龍園なんて面倒な相手との対峙は避けただろう。
だが今の俺は、ここで愚か者になりたくないと、心の底から思えている。
「……前言撤回するぜ、神崎。良い面構えだ」
「それを体感するのはこれからだ、龍園」
龍園の表情から笑みが消え、こちらも気を引き締める。
「はじめ!」
俺たちにとっての負けられない戦いが始まった。
空手のルールが想像以上に難しく、付け焼刃の知識ですので、恐らく経験者の方から見ると違和感がありそうですが、温かく見過ごしてくださると幸いです……。