卒業式が終了し、謝恩会のある卒業生以外は一度教室に戻っていた。
ホームルームのあとは帰宅するもよし、部活に行くもよし、謝恩会終了を待って卒業生を見送るのもよしとなっている。
「さて、明日の終業式後に話してもいいことだが、せっかくだ、簡単に今年度の総括をしておこう」
クラス全員が着席したところを見計らい、茶柱先生がイキイキと話し始める。
ご機嫌な理由は考えるまでもなく、種目選抜試験の結果の影響だろう。
生徒よりも喜んでいるようにも見え、どちらが高校生かわからない。いや、生徒目線で一緒に共感し合える教師は貴重とも言える……かもしれない。
「正直なところ、お前たちがAクラスを倒せる日がこんなに早く来るとは思いもよらなかった。本当によくやった。ここまで成長したことを大変嬉しく思う」
「そんなに褒められると逆に怖えな……。これから追加の試験があるとか言わねえよな?」
クラスメイトにとって辛口・毒舌・無愛想の三拍子でお馴染みの茶柱先生の褒め言葉は、いくら須藤でも手放しでは受け取れない様子。
「そんなことはない。純粋にそう感じただけだ」
茶道部やポチの件等々、茶柱先生の別の側面(醜態)を散々見てきた身としては、あれが素直に褒めているとわかるのだが……。
いっそのこと普段から残念な方を全面に出していけば、生徒からも人気が出るんじゃないだろうか。
「だからと言って油断はするな。今回のことを経て、他クラスは今まで以上にこのクラスを警戒するだろう。不良品だったお前たちは、やっとスタートラインに立ったに過ぎない。これからも精進するように」
自分でもおかしいと思ったのか、そんな補足を入れてくる。
「あー、やっぱ先生はこっちの方が落ち着くぜ!おめーら、2年になってもこの調子で他クラスをぶっ倒していこうぜ!」
そんな須藤の好戦的な発言にクラスメイトたちも前向きな反応を見せていた。
普段であれば調子に乗るなと注意する堀北さえ「全く仕方ないわね」とは言うものの、騒ぐ須藤たちを止める様子はなかった。
形はともあれクラスとしてまとまってきた――茶柱先生が言っていたことも頷ける。
それは体感だけではなく、クラスポイントから見ても間違いはない。
生活態度等で多少の前後はあるだろうが、今回の試験結果を反映すると4月からのポイントは
坂柳(A)クラス 1342クラスポイント
一之瀬(B)クラス 997クラスポイント
堀北(C)クラス 680クラスポイント
ひより(D)クラス 365クラスポイント
となる。Aクラスとは倍近くの差があるが、5月にポイントが0になったことを考えれば大躍進と言える。
そしてどのクラスも一つ上のクラスとの差がおよそ300ポイント強と、いつ下剋上が起きても不思議ではない接戦具合。この状況であれば、クラス争いのシステムがうまく機能して、今後も各クラス、成長していくことだろう。
ただ勘違いしてはいけない点は、今回Aクラスに勝利できたのは、あくまで坂柳がオレとの勝負にこだわったため。
極論だが、7戦目を大人数で実施する学力テストに設定されていれば、こちらの勝ちはなかったはず。
そして、その坂柳がしばらくオレとの勝負を控えるということは、その分クラス争いに注力する可能性もある。本気になった坂柳の率いるAクラスに、他3クラスはどう立ち向かっていくのか……。
頭の中で計算をはじめようとしたところで、そんなことに興味を持とうとしている自分に問いかける。
クラス争いなんてどうでもいいことではないのか?と。
以前なら即答できたはずだが、納得できる回答を出力するまでに時間がかかる。
この一年でオレ自身の考え方にもいくつかの変化が生まれたのかもしれない。
将来的には無意味に等しくなる行為とわかっていても、その過程を見てみたい――そんな好奇心が頭の片隅に確かにあった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
程なくしてホームルームは終了し、解散となる。
「清隆、卒業式のアレ、すごかったな」
「わ、私も、なんだか自分が卒業するわけじゃないのに感動しちゃったなぁ」
明人や愛里、綾小路グループのメンバーが近寄ってくる。
「ピアノとか字が綺麗とかは知ってたけどさ、絵もイケるとか、逆にきよぽんは何ができないのって感じだよねー」
「なんでもはできない」
「ふーん……じゃぁ例えばだけど、料理とかは?」
「まさに勉強中だな」
「へぇー、勉強中……ね」
波瑠加は含みのある表情で何かを考えている。
ピンポイントで料理と尋ねてきたあたり、思うところがあるのだろうか。
「どうかしたのか?」
「ううん、なんでもなーい」
少し目を細めぶっきらぼうな返事。
どう見ても、なんでもある時のリアクションを披露してくる。
気にはなるがスルーが正解か。深追いするとやぶ蛇になりそうな気もする……などと考えていると唐突に第三者が乱入してきた。
「友だちから褒めてもらえて有頂天なところ悪いのだけど、ちょっといいかしら?」
「お前にはそんな風に見えているのか?」
綾小路グループでの交流中だというのに相変わらず遠慮のない隣人堀北。
まさか放置されて寂しいのか?いや、コイツに限ってそれはない。
「人類皆妹を愛すべきよ」
「は?」
本当に寂しかったのか、相当愛に飢えているご様子。
兄貴の卒業が受け入れられず壊れてしまったのかもしれない。
それなら納得しかないな。
「わからないの?確かにあの作品は賞賛に値する出来だった。ただし『妹愛』と書かなかったことは不服だわ、と言ってるの」
わかるはずがないだろ、と言うツッコミは無駄なので放棄するとしても、文字をまるっと全て変更したらそれはもう別物なのではないだろうか。
堀北はどの部分を賞賛に値すると思ったんだ?
いや、もしかするとあの手のイベントは文字自体はどうでもいいことで、雰囲気そのものを楽しむものなのか?
「いい加減にしろ、堀北!」
黙っているオレが言い返せないと思ったのだろうか。
啓誠が代わりに声をあげてくれた。
この傍若無人なブラコンに物を申してくれるようだ。頼むぞ、啓誠。
「ここに姉派がいることを忘れるな」
「啓誠?」
援軍かと思ったら第三勢力の介入で思わず声が漏れる。
「ふっ、何かと思えば話にならないわね。とても学力上位組の発言とは思えないわよ、幸村くん」
鏡を見て自分にでも言ってるのか、堀北。
「堀北こそ、愛の重い妹ほど厄介なものはないと勉強し忘れてきたみたいだな」
「なるほど……幸村くん、あなたとは一度白黒つけた方が良さそうね」
「望むところだ」
こうして不毛な言い争いが始まった。
「……そろそろ部活行ってくるわ。またな」
いち早く明人が逃げ出す。
殴り合いの喧嘩であれば身を挺して仲裁しそうな明人もこの場はお手上げか……。
というより、止める意味もなさそうだしな。
触らぬブラコンシスコンに祟りなしだ。オレもこの一年で学習した。
「えっと、どっちの主張も、お兄さんお姉さんが好きってことだから、ほとんど一緒の意味なんじゃ――」
「だめ、愛里。火に油を注ぐ必要はないの。私たちも帰ろ~」
波瑠加も明人やオレと同じ結論に至ったようだ。
健気にも2人をどうにかしようとする愛里に待ったをかける。
「あ、うん……えっと、清隆くんは?」
「オレは少し待って3年生を見送ろうと思う。もちろん、この場からは一刻も早く退散するつもりだ」
「そっか、じゃあまた明日だね」
「ああ」
愛里と波瑠加もそそくさと教室を去っていった。さて、オレも長居は無用だな。
「綾小路くん!」「清隆!」
と、立ち上がったところで2人からそれぞれ腕を掴まれた。
「あなたがいなければどちらの主張が正しいか誰がジャッジするというの?」
「清隆、学年トップの頭脳をここで活用してくれ」
触らなくても祟りをもたらすブラシスコンたち。
「いや、オレは一人っ子だし、どちらがいいかなんてわからない」
簡単には逃がしてもらえなさそうなので、役立たずアピールをしてみる。
「だからこそよ。欲しいなら、妹よね?」
「いいや、姉だよな?」
どうやら回答を間違ったらしい。2人そろってぐいっとこちらに顔を向けてくる。
「……堀北みたいな妹なら遠慮したいな」
「ちょっとッ、綾小路くん!!」
「さすが清隆だ」
オレの心の底から出た本音を聞き、勝ち誇る啓誠とガンを飛ばしてくる堀北。
だが啓誠、姉の方が良いとは一言も言ってないぞ。
「綾小路くんの妹なんてこっちから願い下げなのだけれど、そう、つまりあなたは、鬼龍院先輩みたいな姉が欲しかったと言うのね。本人に伝えてくるわ。きっと喜ぶわよ」
「いや、それも御免だな」
「嘘だろ、清隆……」
「最初からそう言ってくれればいいのよ」
再びオレの心の底から出た本音に、勝ち誇る堀北と落ち込む啓誠。
だが堀北、妹の方が良いとも言ってないからな。
比較対象が極端なだけであり、この選択肢なら他の生徒に聞いてもほぼ全員同じ回答になると思うのだが……。
「清隆、今から姉の良さをプレゼンさせてくれ。それから判断しても遅くはないだろう」
「なら、私も妹の素晴らしさを語らせてもらうわ」
謝恩会の終了まで、まだ30分以上ある。まさかそれまで続くなんてことは――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
続いた。
「幸村くん、実に有意義な時間を過ごさせてもらったわ。姉もいいものね」
「こちらこそだ。堀北のことを誤解していた。妹がいるのも悪くないな」
力強く握手を交わす2人。意気投合したのはクラスの団結という意味では結構だが、2人が得意とする勉学がきっかけでもなければ、特別試験でもない、こんな馬鹿みたいなことで絆が深まるのだから人間関係とはわからないものだとつくづく思う。
そういえば外村とはデュエルで分かり合っていたし、堀北と仲良くなるには普通の方法では無理なのかもしれない。
なるほど、普通をこよなく愛するオレとは理解し合えないわけだ。
「それじゃ見送りに行くわよ、綾小路くん」
「……一緒に行く前提なんだな」
堀北からの誘いに付いて行ってろくな目に合った覚えがない。
「当たり前でしょ。兄さんは人望があって大人気なのだから見送りに来る大勢の生徒で囲まれるはずだわ。そこで綾小路くんが群がる雑兵を蹴散らして、その隙に私は兄さんと2人っきりで熱いひと時を過ごすの。完璧な作戦ね」
やはりろくな話じゃなかった。
「兄貴を慕ってくれている、言わばお前の同志を蹴散らすことに心は痛まないのか?」
「馬鹿ね、綾小路くん。妹より優先されるべき事象はないのよ、覚えておきなさい」
啓誠、なぜこれと和解できたんだ……。
「堀北、無事に兄貴との時間を過ごせることを祈ってる。清隆、よろしく頼んだぞ」
「ありがとう、幸村くん」
すっかりあっち側に行ってしまった啓誠が気持ちよく見送ってくれる。
「抵抗は無意味か……」
結局、目的地が同じ以上、足掻いたところで無駄。
ひとまず返事は濁して大人しくついて行くしかない、か。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
謝恩会の終了予定時間が近いこともあり、体育館の入り口周辺には多くの生徒が集まっていた。
「綾小路くんを連れてきて正解だったわね」
「まだ蹴散らすとは言ってないからな」
兄貴に対してしおらしかった堀北を懐かしむ日が来るとはな……。
この変わりよう、どこかのタイミングでUFOか何かに連れ去られて偽物とすり替えられたのかもしれない。
いずれにせよ、生徒会役員が人畜無害な一般生徒を蹴散らしたなら大事件。
わざわざ月城に退学処置の口実をプレゼントするようなもの。
ブラコンから何と言われようが承諾するわけにはいかない。
「よぉ、綾小路、鈴音。お前たちも堀北先輩の見送りか?」
「まぁそうですね」
ブラコンの相手だけでも胃もたれしそうなところに、余計な
南雲の後方――少し離れたところには殿河、溝脇、桐山の生徒会メンバーに、朝比奈の姿もあった。
「早速出番よ、綾小路くん」
「やっておしまい」とでも言わんばかりの顔でこちらに目配せしてくる堀北。
「だからやるとは言ってな……」
いや、別に南雲なら問題ないか。
南雲は日頃からオレと勝負したがっているわけで、ここで蹴散らしておけば学との約束も果たせ、色んな意味で先輩孝行になる。
加えて、一番厄介な信者を落としておけば、堀北もひとまず満足するだろう。
手始めに隙だらけのみぞおちに一発お見舞いするか、これまた色んな意味での落とし所を見つけ、拳を握りしめる。
そして南雲が瞬きした瞬間を狙い、ひと思いに――。
「やっほー、清隆も来たんだねー!」
ひょこっと南雲の後ろから朝比奈が顔を出したことで攻撃を中断する。
「ええ。3年生にはお世話になりましたから」
「なんか意外かも。あ、でも、あの書道は気持ちこもってなきゃできないよねー。うんうん、自慢の後輩だ、撫でてあげよう」
「遠慮しておきます」
「もぉーつれないなー」
とオレのわき腹を肘でつつきながら、反応をみて楽しそうに笑う朝比奈。
距離感の近い異性には慣れてきたが、ひとつ年上ということもあり他とはまた違った接し方をしてくる。
これが啓誠が熱く語っていた姉、みたいな感じなのだろうか。
「なずな、後輩いじりもその辺にしておけ」
「えー。てか、いじりじゃなくて愛あるコミュニケーションなんだけど」
「似たようなもんだろ。今日の主役は先輩方だ。コイツとはいつでもしゃべれる」
「はいはい。仕方ないなぁ。じゃあ作戦通り私たちで他の生徒の足止めをしている間に、雅が堀北先輩にアタックするってことで大丈夫?」
「おい、作戦をこいつらに聞かせるなよ」
ここにも誰かさんと似たような発想のヤツがいた。
朝比奈もやりたくないからわざと口を滑らせたんだろうな……気持ちはわかる。
「なるほど、どちらが先に兄さんの元にたどり着けるか勝負、ということですね」
「作戦がバレちまった以上、小細工はなしだ。だが、先輩の妹だからって容赦はしないぜ?」
火花を散らす2人。
今日の堀北は噛みついてばかりだな。
「朝比奈先輩、向こうに自販機がありますよね。お茶でもしませんか?」
「奇遇だね。私も誘おうと思ってたとこ」
君子危うきに近寄らず、学たちへの挨拶はほとぼりが冷めてからでも遅くはない。
そんな時、体育館入口のドアが開き始める。と、それを合図に駆け出す堀北と南雲。
単純な走力なら南雲が上だが、ブラコンパワーマックスの堀北はこちらの想像を超えてくるため、勝負の行方はわからない。
他の生徒を避けて進む南雲の後ろに張り付くことで、なんとか引き離されず食らいつく堀北。
そして、まもなく入口に到達するというところで、生徒を躱す南雲の隙を見て横に並ぶ。
ニヤリと笑う両者。
入口からは一人目の生徒が顔を出す、かと思われたが、出てきたのは真嶋先生1人。卒業生の姿はない。
おかしいと思ったのか、2人とも足を止めた。
「えー、卒業生を待っている生徒諸君にはすまないが、今年も謝恩会は盛り上がっており、30分ほど延長することになった」
真嶋先生が出待ちをしている在校生たちに呼びかける。
在校生からは多少の不満の声も出たが――。
「いいじゃねえか。ほりき……先輩方が学校で過ごす最後のひと時なんだ。ゆっくり楽しんでもらって、そのあと笑顔で見送るのが後輩の俺たちができる恩返しだろ、違うか?」
「その通りよ。兄さ……3年生の素敵な想い出になるのなら私たちはいくらでも我慢すべきだわ」
と、つい直前まで他者を蹴散らしてでも学に会おうとしていた奴らとは思えない台詞で、堂々と周りの生徒を諭したことで、皆、納得したようだった。
「なかなかいい走りだったぜ、鈴音。さすが堀北先輩の妹だ」
「南雲先輩こそ、兄さんに勝負を挑むだけの資格は一応あるようですね」
また堀北が普通でない方法で分かり合っている……。
そのまま入口付近にいてくれればよかったのに、2人は談笑しながらこちらへ戻ってきた。
「今は気分がいい、俺に聞きたいことがあれば答えてやるぜ」
卒業生が来るまでの暇つぶし、といったところか。
堀北と一応オレにも投げかけた言葉みたいだが、生憎オレから南雲に聞きたいことなんて一つもない。
「……でしたら遠慮なく。南雲先輩は兄さんに勝負を挑んでいましたよね。その……悔いはないんですか?」
「悔い?」
「兄さんがAクラスで卒業できたということは、南雲先輩は、その、当然とはいえ、兄さんに勝てなかった。その割には、今もイキイキなさっているので」
「そんなことか。お前の言う通り、当然、俺が堀北先輩に簡単に勝てるはずがない。それだけあの人は尊敬できる高い目標だ」
「へぇ、雅も堀北先輩には完敗って認めてるんだ」
南雲の意外な回答に朝比奈は驚きを隠せない様子。
そんな朝比奈に視線だけ向けて、南雲は平然と答えた。
「負け?なずな、何をもって負けなんだ?」
「負けだと思うけど、ねえ?」
「負けですね」
「ええ。完敗も完敗。兄さんの足元にすら及ばない結果です」
こちらに同意を求めてきた朝比奈に、忌憚のない意見を述べるオレと堀北。
「……わかってないな。確かに堀北先輩がAクラスで卒業することを許したが、俺が今回のことで何か評価を落としたか?Aクラスのリーダーで、この学校の生徒会長、つまりトップの中のトップとして絶対的な力を持ってい――」
「落ちてるよね?」
「自覚がないのは怖いですね」
「地に落ちた――いえ、地殻ぐらいまで落ちてると思います。兄さんの評価は空より高く大気圏をも越えていきましたが」
朝比奈が意外とノリが良いせいか、堀北が容赦ないせいか、少し面白くなってきた。
「……なぁ、さすがの俺も凹む時は凹むんだぜ?」
「でもすぐ戻るもんね?」
「凹ませ足りないからですかね」
「兄さんだったらこの程度では一ピコたりとも凹まないのに……」
「……まぁいい。なんにせよ、学年が違えばまともな勝負が成立するはずもない。俺はただ勝敗に関係なくあの人に認めてもらうために、ひたすら勝負を仕掛けていた、ってことなんだろうな」
遠くを見つめ物思いにふける南雲。
「急に乙女みたいなこと言い出しちゃった。ちょっと、やりすぎたかな?」
「いえ、生徒会ではいつもこんな感じなので大丈夫だと思いますよ」
「そっかぁ。雅も学校生活楽しんでるんだね。清隆、本当にありがと」
「お礼を言われるようなことをした覚えも、今後する予定もありませんけどね」
「ううん。清隆と絡みはじめるまでの雅は、堀北先輩との勝負中以外はどこか寂しそうだったからさ」
「にわかには信じられない話ですね」
生徒会にいる時はあんな感じだが、クラスでの南雲がどんな様子かは知る由もない。
ずっと見てきたクラスメイトの朝比奈が言うのであればその通りなのだろう、にわかには信じられないが。
「だが安心しろ、綾小路。お前にはそんな思いはさせないぜ。来年度からはクラス、学年問わずに戦える場を用意してやる」
こちらの話を聞いていたのか、いなかったのか、我を取り戻した南雲が楽しげに話し出す。
「どうやら『安心』って言葉の認識に齟齬がありそうですね」
「それはクラス戦ではなくする、ということでしょうか?」
適当にスルーしようと思っていた話題に、堀北が食いついてしまう。
「それができれば理想だったんだが、どうにも不可能だ。いくら提案したところで学校側は首を縦に振らない。だが、これまで以上に個人の実力が左右する仕組みには変える。優秀な生徒が評価されるのは当たり前のことだろ?」
「そうですね。この学校の仕組みには思うところがないわけではありません」
「鈴音、お前もいつまでも下位クラスに沈んでいるような人材じゃない、違うか?」
「確かに入学当初は、Dクラスへの配属は何かの間違いだとしか思えませんでした」
「だろ」
「ただ……今はDクラスからのスタートで良かったと思っています」
「ほぅ?」
堀北からの回答が予想外だったのか、南雲は続きを話すように促す。
オレとしても少し気になるところではある。
「DクラスからAクラスへ昇格しての卒業は兄さんでも成し遂げられなかったことです。それを私が達成できれば、兄さんも喜んでくれる気がしますから」
「なるほどな、気に入った。鈴音、俺の生徒会に入らないか?」
ブラコンのコイツらしい目標ができたわけだと感心していたところに、看過できない提案が飛び出してきた。
こんなことなら最初に蹴散らしておくべきだった。
今からでも遅くないか?
「兄さんのいない生徒会には微塵も興味がありませんね」
堀北がブラコンで助かった。生徒会でもコイツに振り回されるのは勘弁して欲しい。
「いいのか、生徒会室には堀北先輩が使っていたノート、堀北先輩が発言した内容を一言一句違わず記した議事録、堀北先輩愛用の湯呑みなんていうお宝がたくさんあるんだぜ」
隣からごくり、と唾を飲む音がする。
わかりやすいエサで釣られるんじゃないぞ、いや無理だな。
このままでは針に掛かるのも時間の問題であるため、こちらで阻止させてもらう。
「堀北、二兎を追う者は一兎をも得ずというだろ。まずはAクラスに上がってから考えても遅くはない。優先順位を間違えるな」
「……それもそうね」
「確かに綾小路の言うことも一理あるな。下位クラスがAクラスに上がるのは、生徒会の激務を行いながら成し遂げられるほど甘くはない」
裏もなく素直に南雲がオレの意見に同調するとは思えない。
案の定、不敵な笑みを浮かべながら「だが」と話を続ける。
「綾小路と入れ替わるってのはどうだ?クラスのあれこれをこいつが負担して、その分、鈴音は生徒会の仕事に取り組む。お前も嫌々生徒会をやってるんじゃないか、綾小路。堀北先輩も卒業した今、先輩の顔を立てる必要もないだろ」
こちらを試すかのように、生徒会の退会を促してくる。
最初は確かに嫌々だったが、オレにとって生徒会は――――。
「残念ながら今は生徒会を辞める考えはありませんね」
「そうかよ、ならこれからもこき使ってやるから楽しみにしとけ」
「なに~雅、ちょっと嬉しそうじゃん」
「そんなわけないだろ。これは憎ったらしい後輩とお別れできなくて残念でしかたがないって顔だ」
「そう言うことにしといてあげようかな~。清隆も大変だね」
「はい、それはもう」
「つーことで今回は見送るが、鈴音、お前ができると思ったらいつでも歓迎してやる。ゆっくり考えてみろ」
「ありがとうございます」
そんなやり取りをしているとあっという間に30分が過ぎ、今度こそ3年生が体育館から退出し始めた。
お目当ての先輩を見つけた在校生は各々駆け寄っていき、そんな後輩を卒業生は晴れ晴れとした表情で迎え入れている。
おおよその卒業生が出てきたところで学と橘の姿が見えた。
「兄さぁぁぁぁーん!!」
「ま、一番は譲ってやるよ」
駆け出す堀北へ向け、南雲が投げかける。
「意外ですね」
「別に順番は気にしちゃいない。こんな日に兄妹の時間を邪魔するほど野暮じゃないさ」
南雲なりの学への敬意だろうか。言葉に裏はなさそうで珍しく穏やかな表情で堀北兄妹を見守っている。
そんな南雲を余所に、飛びつかんばかりの勢いで兄に向って突撃する妹。
それを合気道でいなし勢いを殺して落ち着かせた学は、短い言葉を交わし何かを渡した。
かと思えば、妹はダッシュでこちらに帰ってくる。
その間わずか30秒ほど。
南雲が気持ちよく送り出したのが台無しになるようなスピード感だった。
「随分と早い帰還だな」
「見なさい、綾小路くん。家で読むようにと兄さんが手紙をくれたわ」
自慢げに封筒を見せてくる堀北。
「あ、ああ。良かったな」
手紙よりも、こんなに嬉しそうな堀北は初めてなので、そちらの方が気になった。
「後日時間を作るから今日は大人しく帰るようにですって。早く手紙を読みたいからこれで失礼するわね」
そう言って堀北は体育祭のリレーを彷彿させる走りっぷりで去っていった。
「妹の扱い方を熟知してるな……」
あのまま妹を受け入れていたら他の在校生との時間を取れなくなっていた可能性が高い。
帰宅を渋ることまで考慮し手紙を用意することで、すんなりとあの妹を納得させた。
「道理で俺との勝負の躱し方が上手いわけだぜ。妹に鍛えられてたんだな」
変なところで南雲と意見が合ってしまう。
「なずな、俺たちもそろそろ挨拶にいくか。お前はどうする?」
「オレが居たら話したいことも話せないんじゃないかと思うので後から伺いますよ」
「お前も気が利くようになったじゃねえか」
「元からです」
南雲と一緒に行きたくなかっただけだが、好意的に解釈してくれるならそれに越したことはない。
学たちの元へ移動する南雲や2年生メンバー。
オレはせっかくなので、しばらくこの様子でも目に焼き付けておくか。
そう考え、少し離れたところへ移動しようとしたところで、オレが帰ると思ったのか、慌てた様子で数名の女子生徒が集まってきた。
「綾小路くん、卒業式の演出ありがとう」
「私たちファンクラブに入ってて本当に良かった。卒業しちゃうけど、これからもずっと応援してるからね!」
「ここでの思い出、絶対に忘れないよ」
誰かと思えばファンクラブ会員の3年生たちだった。
「よければ一緒に写真いいかな?」
「ええ」
「ではカメラマンは私が」
と、どこからともなく現れたのは立派な一眼カメラを持った諸藤。
「諸藤も来てたんだな」
「はい、ファンクラブ会員の先輩方を見送りに。これまでたくさん支援いただきましたから」
「なるほど」
「写真はあとで印刷して皆さんにお渡ししますね」
「諸藤ちゃん、ありがとー」
そんなこんなで握手や記念撮影を求められたため応じていると、それを皮切りに他の卒業生たちも続々とやってきたため、ちょっとした人だかりができる。
「綾小路ー、ありがとなー」
「最高の卒業式だった」
「私、今日のこと忘れない」
「あと2年大変だと思うけど頑張れよ」
「お前なら堀北にも負けない会長になれるぜ」
ファンクラブ関係なく、在校生と話を終えた卒業生が帰宅前にこちらに足を運んでは口々にそんなことを言って去っていく。
「嘘ではなかっただろ?」
卒業生の列が落ち着いたところで、後ろから声を掛けられた。
振り返ると、学と橘がこちらに近づいてくる。少し前からこちらの様子を眺めていたようだ。
「そうだな。確かにあんたの言った通りだった」
オレを勧誘した時に、生徒会での経験は貴重な学生生活の時間を割く価値があるものだと、学は言った。
学がどこまで想定していたか不明だが、普通に過ごしていたらこんな形で誰かから感謝される機会はなかっただろう。
「綾小路くん、すっかり人気者ですね」
「おかげさまで」
「私も鼻が高いです。今後の生徒会は安泰ですッ!」
言葉通り誇らしそうに胸を張る橘の様子。
こんな顔を見るのもこれが最後かもしれないと考えつつも、橘の何気ない一言が少し気にかかった。
「安泰か……」
「どうしました?」
「いえ。それよりもまだ直接は言ってませんでしたね、卒業おめでとうございます」
「綾小路くんこそ素敵な贈り物、ありがとうございました」
橘は涙ぐみながらオレの右手を両手で包み、上下にブンブンと振り回す。この既視感は――あぁ期末テストで初めてオール満点を取った時か。
「橘。それ以上は綾小路の腕が取れかねない」
「あ、すみません。つい感極まってしまいました」
「気持ちはわかるが、これが永遠の別れではない。綾小路が卒業したらまたいつでも集まれる」
「はい、そうですね!」
学の提案に眩しいくらいの笑顔で応じる橘。
ただ、2人は知る由もないことだが、このメンバーで集まることは二度と
「ところで、2人はいつまで学校にいるんだ?」
卒業後は最大で4月5日まで滞在することもできるが、早い生徒は今日にでもこの施設から旅立つと聞く。
堀北が言った通りなら、学は後日2人の時間を作る予定らしいが……。
「私は29日の夕方に出発します」
「俺は31日の12時30分のバスに乗車予定だ」
つまり橘は5日後、学は1週間後に、本当の別れが来る。
「そうか。あっという間だな」
「ああ。先に社会に出て、お前がやってくるのを待っている」
「そうですよ。2年後ますます大人になった私を見て綾小路くんは大層驚くに違いありません」
「でしたら、その時は大人の財力でまた焼肉でも連れて行ってください」
「ふふ、そうですね。どんとこいですよ」
「ちなみに俺たちの進路は――」
「みなまで言う必要はないぞ」
学が『これから』の話を始めたところで話を遮る。
「ほう、予想がついているのか?」
「もちろんだ。2人で夫婦漫才をするんだろ?」
「「……」」
「お笑いの世界はデビューまで下積みが大変だと聞く。その過程を飛ばせるのはAクラス特典の有効的な使い方と言えるな。だからと言って売れるまでの道は険しいかもしれないが、オレもテレビ越しに応援させてもらうつもりだ」
「それも悪くないかもしれないな」
「ええっ!?」
2人の反応を見るにどうも見当違いだったらしい。
まぁ本気で当てる気はなかったが。
「結構自信があったんだけどな。橘のリアクション芸を世に出さないのは惜しい気がする」
「それは一理ある」
「堀北君まで」
堀北兄が見せた、これまで1番の笑顔。
「あんたそんな笑い方するんだな」
「自分でも驚いている。そうだな、橘にその気があれば将来設計のひとつとして検討しておこう」
「えええっ!?」
学がどこまで本気かわからないが、2人の将来にはいくつもの選択肢がある。
そんな未来があっても悪くはない。
「まったく綾小路くんは、売れるかもわからない芸人にたかるつもりだったんですか……。遠慮のないところはらしいと言えばらしいですね」
橘も2人で漫才をしている姿を想像してみたのだろう。
少し呆れながらも笑っている。
「この後クラスでのお別れ会があってな。そろそろ失礼させてもらう」
「ああ。出発の日、見送りにいっても構わないか?」
「もちろんだ。31日、12時あたり校門で待っている」
「私はまだ詳しい時間を決めていないので後で連絡しますね」
「わかりました」
「またな」
「綾小路くん、またお会いしましょう」
別れの挨拶に、軽く手を挙げる学と勢いよく手を振る橘。
「ええ、また」
『卒業したらいつでも集まれる』遠くなる2人の背を見つめながら学の言葉を思い出す。
「……また焼肉でも連れて行ってください、か」
自分でも馬鹿なことを言ったものだ。
オレには決して叶うことのない未来を想像することはできなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
賑わっていた見送りも、卒業生の数が減ったことで徐々に落ち着いてきた。
オレもそろそろ帰るとするか。
「綾小路くんも今帰り?良かったら一緒に帰らない?」
そんなところで声を掛けてきたのは平田だった。
さすが平田と言ったところで、部活をはじめ3年生との交流があったのだろう、多くの卒業生に挨拶をしていた。
断る理由もないため、そのまま平田と寮に戻ることとなる。
なったのだが……落ち着かない様子の平田。
先程からこちらを向いたり、正面を向いたりと挙動不審だ。
会話のタイミングを伺っているのだろうか。気さくに話をするタイプの平田にしては珍しい。
寮が遠くに見え始めたところで意を決したのか、平田は口を開いた。
「実は――綾小路くんに少し相談したいことがあって、ね」
「相談か……解決してやれるかどうかはわからないが、何でも言ってくれ」
以前、恵のことで学に相談していたこともあったか。
オレも生徒会の端くれ、学を見習って少しぐらいは力になってもいい。
ただ、学にしていたような恋愛相談をされても役に立てる自信はないため、クラスの事や特別試験、来年度の展望などその辺りの話題だとありがたい。
「その……軽井沢さんのことなんだけど」
「あー……」
だめだった。今からでも学を追いかけて一緒に話を聞いてもらった方が平田のためになるかもしれない。
「綾小路くんの目から見て、彼女はどうかな?」
「どうとは?」
「最近の軽井沢さんは、僕という偽の彼氏がいなくても、大丈夫なんじゃないかと思い始めてて」
2人が偽装カップルだと知っているのはオレだけ。
つまり生徒会役員だから相談したのではなく、他に相手はいなかったということか。
「平田の見立ては間違ってないんじゃないか。恵の築いてきたクラスでの地位は簡単に崩れないはずだ」
「……うん」
オレの目からも恵はその過去を感じさせないほど前向きに学生生活を送っているように見える。
それは平田の力に依存したものではなく、むしろ最近は距離を取っているようにも思えた。自立の意思の表れだろうか……。
それにしてもこんな話をするということは、つまり――。
「2年生になることだし、お互いのためにもこの関係は終わりにした方がいいんじゃないかって考えてるんだけど……軽井沢さんが本当に大丈夫か確信が持てなくて」
「なるほど」
恵から頼られて、大切なクラスメイトとして守ると誓っただけに、例え必要がなくなったように感じていても自分から関係の解消を言い出し辛いわけか。
「軽井沢さんが独り立ちできるならそれに越したことはないからね」
「平田としても、偽彼女がいたら自由に恋愛もできないしな」
「あははは……それもそうだね」
軽く笑って俯く平田。
『お互いのため』というのはそういうことだろう。
春になれば新入生もやってきて新しい出会いもある。
そんな時に偽の彼氏彼女の存在は障害になってしまう。
スタートダッシュを失敗するとどうしようもなくなるのはオレも経験済みだ。
とは言っても、どう転んだとしても平田なら新入生からも人気は出るんだろうな……。
ん……待てよ、みーちゃんのことを考えるなら、恵とは別れる方向に持っていき、新入生ではなくもっと身近な相手に目を向けるように誘導するべきじゃないか。
みーちゃんには何かと助けられている部分はあるし、人の恋愛模様を観察するのも面白そうだ。
平田が別れを検討しているこのチャンスを逃す手はない。
「平田、恵は大丈夫だ。もし何かあっても友人として、オレたちで支えてやればいい」
「……そうだね」
「そして平田にも大事なことを伝えたい」
「ん、僕に?何かな」
みーちゃんのためにも平田には次の言葉を心に焼き付けてもらう必要がある。
オレは足を止め、平田と向き合い、両肩に手を置き、目と目を合わせる。
平田の後方――遠くの茂みがざっと揺れた。
「これから新入生が入学して新しい一年が始まる。平田のことだ、学年問わず人気者になるだろう。そんな人気者に恋人がいないとなればアプローチしてくる異性も増えるに違いない」
「……うん」
「だが、平田に必要なのはそんなぽっとでの人間と交友を深めることじゃない。平田のことを心から想ってくれる本当に大事な人間はもっと身近にいるんじゃないか」
「え……?」
驚き、目が泳ぐ平田。
どうやらみーちゃんの気持ちに気づいていないようだ。
それなら、もっと深く切り込む必要があるな。
「例えば、クラスの中――傍でいつも平田を見ている存在をオレは知っている」
「それってつまり、ぁ――」
「それが誰かを口にするつもりはない。言わない方がお互いのためだ」
誰か予想を立てようとした平田の言葉を遮る。
オレが勝手に好意を持っていることを伝えたらみーちゃんも良い気はしないだろうし、オレ経由ではみーちゃんの平田への想いを伝え切れる自信もない。
「だが、忘れないで欲しいのは、その人物は平田との関係の進展を望んでいる。オレがここまでの話をするのは、平田ならわかってくれると信じているからだ」
「あ、綾小路くん……。その、気持ちは嬉しいんだけど、僕にも心の準備が――」
「そうだな、急に悪かった。恵とのこともある。慌てる必要はないがオレの伝えたことは一度考えてみて欲しい」
「……うん。ありがとう、約束するよ」
少し困ったような表情ではにかむ平田。平田の悩みの解消、みーちゃんの恋路にどれだけ役に立てたかは不明だが、一緒に帰宅し始めた時よりは心なしか元気になっているような気もする。
「えっと、それじゃ、返事の代わりってわけじゃないけど、その……綾小路くんのことを名前で呼んでもいいかな?」
「ん?構わないが……」
普段、茶道部の面々や綾小路グループなどをはじめ、名前で呼ばれることは多いため気にすることはないが――。
なぜ急にオレの話が出てきたんだろうか。
「僕のこともできたら洋介って呼んで欲しいな」
ほんのり朱色に染まった頬をかく平田、改め洋介。
「それも構わないが、一応理由を聞いてもいいか」
友情の証、みたいなものだろうか。
「えっと、その……入学したての頃、僕がみんなに提案した自己紹介のことを覚えてるかな?」
「ああ……できれば忘れたい記憶だが」
今でこそ笑い話だが、自己紹介を盛大に失敗し、クラスメイトからお情けの拍手をもらった黒歴史。
「あははは……今思えば清隆くんだって緊張するんだってわかって安心するよ」
「そういうひら――洋介は、非の打ちどころのない自己紹介だったじゃないか」
爽やかな挨拶をするサッカー部入部希望の好青年、こういうやつがモテて、クラスの中心になるんだろうな、と思った記憶がある。
「それが、そうでもないんだ。あのとき、『気軽に下の名前で呼んで欲しい』って言ったんだけど、結局今日までクラスメイトで呼んでくれた人はいなかったよ。軽井沢さんは例外だけどね」
唐突に重い話が飛び出してきた。
言われてみれば、洋介と呼ぶクラスメイトはいないな……。
学校全体で見てもオレの把握している限り、サッカー部仲間の柴田と基本馴れ馴れしい南雲ぐらいしか呼んでない。
「僕自身も、みんなと一定の距離を保ってきたところがあるから仕方ないかなとは思うんだけど、清隆くんには呼んで欲しいなって」
「そういうことなら喜んで呼ばせてもらう」
完璧かと思われた洋介の自己紹介も、蓋を開けてみればクラスメイトには届いていなかったのか。
相手に伝わらなかったという意味では、印象に残らないオレの自己紹介と違いはないのかもしれない。うん、違いは全くないな、オレの自己紹介の質は洋介と同じだったわけだ。
自己紹介の奥深さを感じるとともに、洋介に妙な親近感を抱かずにはいられなかった。
「ありがとう。清隆くんがクラスメイトで本当に良かったよ。2年生になってからもよろしくね」
「こちらこそ、よろしく頼む洋介」
手を差し出されたため、しっかりと握り返す。
先程揺れた遠くの茂みから「とうとしっ!」と聞こえてきたような気もしないではないが、きっと幻聴だろう。
なんと言っても卒業式の後だ、どこかで誰かが『仰げば尊し』を歌っていてもおかしくはない。
寮に到着したことで洋介とは別れ、自室へ向かう。
洋介がフリーになることは、後ほどみーちゃんにリークしておこう。
チャンスが来ると事前にわかっていれば、他のライバルたちを出し抜いてアピールできるはずだ。
明日の修了式が終われば春休み。
相変わらず生徒会の活動は頻繁にある予定だが、ポイントを稼ぐため動画制作なども随時行っていく必要がある。
そして月城――ホワイトルームの本格的な介入に向けての対策もいくつか用意しておきたいところ。
慌ただしい長期休暇になりそうだ。
などと考えていたが、春休みで一番大変だったのは後日諸藤が発行したファンクラブ会報誌の号外『祝!王子たち結ばれる~エターナルラヴの誓い激写~』を配布直前で葬り去り、誤解を与えたかもしれない洋介への謝罪と釈明になるとは、この時のオレは知る由もなかった……。
ちなみに洋介は今回も笑って許してくれた……と思う。