ようこそ実力至上主義の生徒会へ   作:まぐまれむ

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Akane of rise ~誇独のグルメ~

突然だが、少し考えてみて欲しい。

 

人は平等であるか否か。

 

現代社会は、平等、平等と訴えてやまない。

 

『だが、時間や社会にとらわれず、幸福に空腹を満たす時、束の間、人は自分勝手になり自由になる。誰にも邪魔されず、気を遣わず物を食べるという孤高の行為。この行為こそが、現代人に与えられた平等――最高の癒しと言える、のかもしれないですよ?』

 

「人のモノローグに勝手に割り込まないでもらえますか、橘先輩」

 

「考えてみてほしいって言ったのは綾小路くんでーす。それよりもっと他に言うことがあるんじゃないですか?」

 

橘の主張ももっともか。ここは素直に認めるしかない。

 

無駄な抵抗を諦め、オレは口を開いた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

事の発端は4時間前。

 

「お待たせしました、綾小路くん」

 

「いえ、オレもさっき来たところです」

 

こちらの姿を確認すると小走りで駆け寄ってきたのは、橘茜。

卒業後だから当然だが、私服姿を初めて目にした。

生徒会役員は生徒の模範であるべきと、休日も外出時は制服着用をしていただけに新鮮なものがある。

 

「馬子にも衣装ですね。少しだけ大人びて見えますよ」

 

「ふふ、これでキャンパスライフもばっちりです」

 

誇らしげに胸を張る橘。

残念ながら一転して子供っぽくなってしまった。

 

 

早いもので橘が学園を去る日がやってきた。

見送りの約束をしたときは夕方に出発するとのことだったが、送られてきた待ち合わせ時間は午前10時。そして場所はここケヤキモール入り口と、立ち去る前に何やら企んでいることがわかる。

 

後輩として先輩を見送る――普通の生活をしていれば誰しも一度は体験するであろう、ありふれた日常の一コマ。

だが、それはホワイトルームを去っていく者や学校を退学になって去っていく者とは違う、言わば前向きな別れ方。

どんなものか興味があったのだが、良くも悪くもこっちはこっちで普通の見送りにはなりそうにない。

 

「まぁ先輩がすんなり立ち去るはずがないですよね」

 

「何か失礼な想像をしていませんか?」

 

「とんでもない。少しでも長く橘先輩と過ごせて嬉しいなと思っていたところです」

 

「そうでしょう、そうでしょう。綾小路くんが寂しくならないように時間はしっかりと確保しておきました」

 

嬉しそうに頷く橘。

自分で言っておいてなんだが、仮にバスの出発時刻が17時だとしても、これから7時間も何をするつもりなのだろうか。

 

「むしろオレにここまで時間を割いてよかったんですか?」

 

交友関係の広い橘は、生徒だけでなく施設内の様々な人物から慕われていた。

そうでなくとも最後の時間は学など、より親交の深い人間と共に居たいと思うものなのではないのだろうか。

 

「その心配は無用です。今日はこれから皆さんに挨拶周りをしていきますから。綾小路くんはそのお供、というわけです」

 

「なるほど……なるほど?」

 

納得しかけたが、その挨拶周りにオレは必要なのか?

 

「さ、ケヤキモールの端からいきますよ。しっかりついてきてください」

 

こちらの疑問などお構いなしに橘は元気よく進んでいくため、仕方なく後に続く。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「茜ちゃんも卒業かぁ。寂しくなるね」

 

「無事に卒業できたのは皆さんの支えがあったからです。3年間ありがとうございました」

 

「こちらこそ。これからも頑張ってな。これ、餞別だ」

 

「ありがとうございます」

 

涙ぐみながら、ケヤキモールのショップ店員と握手する橘。

打算や形式上の挨拶ではなく、お互いに慕っているからこそのやりとりだと伝わってくる。

 

「今後何か困ったことがあった際には、この綾小路くんにおっしゃってください。こんな感じで無愛想ですが、根は良い子ですし、仕事はできますから」

 

我関せずと数歩後ろから眺めていたら、ふいに手を掴まれ隣まで引っ張られる。

 

「えっと……」

 

「キミがウワサの後輩くんだね」

 

「噂、ですか?」

 

「茜ちゃんの後輩自慢はこのモールの名物だったからね。会えて嬉しいよ、これからよろしく」

 

「ちょっ、それは言っちゃダメなやつですッ!自慢なんてしてませんからね、綾小路くん」

 

「へぇ」

 

「へぇ、じゃありませんっ!」

 

「ははは、本当に仲の良い姉弟みたいだな」

 

「もぉー」

 

そんなやりとりをケヤキモールの端から端まで繰り返しては、その先々で紹介されていく。

 

『寂しくならないように』とはこういう意味だったのか。

まったくどこまでも世話好きだなと出会った頃から変わらない姿勢に感心する。

 

それはさておき――。

 

「なるほど、荷物持ちが必要だったというわけですか」

 

「なんだかすみません、こんなことになるとは……」

 

挨拶の度に花束やらプレゼントやら餞別を渡された結果、2人して大量の荷物に埋まっている。

 

「これ、どうするんですか?」

 

このあと1人でバスに持ち込んで新天地へ向かうのは難しい量だ。

 

「花束以外は新居宛に郵送するしかありませんね。郵便局に寄って良いですか?」

 

「オレとしてもその方が助かります」

 

一般学生は利用できない郵便局だが、卒業後は関係ないらしく、着払いの配送伝票に住所を記載して、難なく送ることができていた。

 

「さて、挨拶周りも済んだことですし、少し遅くなりましたが休憩を兼ねてランチにしましょう。お腹が空きました」

 

「素朴な疑問なんですが、橘先輩はもうポイント持っていないんですよね?」

 

「はい。端末は今朝返却してしまいましたから」

 

「……つまり最後の最後で後輩にたかると?」

 

「安心してください。端末返却時に余ったポイントは現金に還元できる仕組みです。今日のランチ分ぐらいは手元にあります」

 

「なるほど」

 

当然のことだが、施設内には学生以外も生活しているわけで、その人たちは現金を使用して買い物をしている。

 

橘が現金に還元してきたというなら問題はないだろう。

仮にも3年間Aクラスにいたのだから、それなりに支給もあっただろうし、無駄遣いするタイプでもない。

 

ひとつ気になる点を挙げるなら、還元のレートは少なくとも1ポイント=1円ではないだろうということ。還元率の詳細は卒業前にしか公開されない情報であるため憶測でしかないが、仮に南雲のような生徒が現れた場合、大量のポイントを持って卒業するだけで、何十年も働かなくて済むほどの資産を形成できてしまう。

そうなると、本来の学校の意図――クラス争いなどそっちのけで、プライベートポイント獲得を優先する生徒が増えてもおかしくない。

それを踏まえると、10分の1、あるいはもっと低いかもしれない。

つまり換金後にこの施設で買い物をすると大損してしまうということだ。

 

「お店はそうですね、美味しいオムライスを出してくれる喫茶店があるので、そこでいかがですか?」

 

「いいですね。ただ、生憎とオムライスにはうるさいですよ?」

 

「それは望むところです。期待しててください」

 

櫛田の影響でオムライスにはオレも一家言ある。

橘のおすすめとやらを試してみるのも悪くない。

 

そうして橘の案内でその喫茶店までやってきた。

なんというか古びた外観が独特の雰囲気を醸し出す、そんな佇まい。

こういった個人経営感のある店は、なんとなく入りづらく、今まで足を運んだことはなかったのだが、丁度いい機会か。

だが、施設内の建物は早くともこの埋め立て地ができてから建てられたもので、周囲の建物との年季に差はほとんどないはず。

となると、あえて古めかしくしているのはこだわりがあるからだろう。外観まで追求する店なら料理の方も期待できるかも知れない。

 

「いらっしゃい。おや、橘ちゃんかい。よく来たね」

 

いかにもな初老の男性がカウンター越しに出迎えてくれる。

ここでも橘は顔なじみのようだ。

 

店内は外観と違わずレンガ調の壁にアンティークな家具や装飾品で整えられ、落ち着きのある雰囲気に包まれていた。

 

「マスター、いつもの2つお願いします」

 

「はいよ」

 

軽くはにかみ準備を始めるマスター。

オムライスを注文するだけなのに、それっぽい頼み方をするのは、橘だからか店の雰囲気がそうさせるのか――両方だな。

 

カウンター席の他にテーブル席が4つほどあったが、今のところ他に客はいない貸し切り状態。

 

奥のテーブル席へ座り、オムライスの完成を待つ。

 

「なんというか、味のあるお店ですね」

 

「ふふ、わかりますか。私もケヤキモールの方に教えてもらったのがきっかけで、そこからは常連というわけです。堀北君ともよく来たんですよ」

 

「学とも?」

 

「不思議なことに学生ウケはあまりしないのか、滅多に学生と遭遇しないので、休日に生徒会のことやクラスの戦略を話すにはもってこいでした」

 

「確かにパレットやケヤキモール内だと誰が聴いているかわからないですからね」

 

ちょっとした隠れ家というわけか。

店の雰囲気も悪くない。ゆっくり1人で過ごしたい時はいいかもしれないな。

 

「あ、できたみたいですよ」

 

カウンター側が見える位置に座っている橘には、マスターがオムライスを持ってくる姿が見えたようで、目を輝かせている。

これが漫画なら『ワクワク』というようなオノマトペが書いてありそうなはしゃぎっぷり。

 

さて、どんなオムライスが出てくるのか、ソースは王道のケチャップか?それともデミグラス?チーズなんて可能性もあるな。いや、橘のことだ、奇をてらって真っ白のオムライスでも出してくるかもしれない。

 

「お待たせ、橘ちゃん、後輩くん」

 

そう言ってマスターはオムライスをテーブルに……ん?オムライスだよな、これ。

 

「ふふふ、驚いているようですね、綾小路くん」

 

それも無理はないだろう。

オムライスと言われ出てきた料理は、形こそオムライスそのものなのだが、予想を裏切り、黄色ではなく真っ赤な何かで包まれていて、ソースもかかっていない。

なぜ赤いんだ?……いや、まさかこの色――。

 

「何を隠そう、これはマスターが作ってくれたオリジナル裏メニュー……」

 

溜めまで作って得意げに語り出す橘。調子が出てきたな。

 

「その名も、『茜色のオムライス』を文字って、『アカネオブライズ』ですっ!!!」

 

「後輩くん、夕陽は沈むものだが、コイツは昇っていく――元気一杯で無茶苦茶する橘ちゃんらしくって粋なネーミングだろ?」

 

「誰が上手いことを言えと?」

 

「おいおい、ウマイのは味の方さ。褒めるのは食べてからにしてくれよ、ハハハハ」

 

「まさに天にも昇る美味しさですよー」

 

残念なことに2人のテンションが上がる度にこちらの期待値はどんどん下がっていく。

本当に美味しいのか疑わしくなり、目の前の未知のオムライスへなかなか手を付けることができない。

 

「……未知は好物だと思っていたんだがな」

 

「どうした後輩くん、騙されたと思って、さぁ」

 

「遠慮はいらないですよー、さぁ」

 

「……」

 

圧が強い。

落ち着いた店内の雰囲気はどこへ行ったんだ?

よし、ここに通うのはやめよう。時には考えを改める必要もある。

 

この茜色は、橘の仕掛けたドッキリ――激辛由来の赤さである可能性も捨てきれないため、どうしても慎重になってしまう。

だが、いつまでもこうしていられないのも事実。

 

古代ギリシャの哲学者、ソクラテスは言った。

 

 

空腹は最上のソースである、と。

 

 

朝から歩きっぱなしで空腹であることには違いない。

きっとどんな味でも受け入れられるはずだ。

 

オレは覚悟を決め、スプーンを入れてみる。

 

すると、表面を覆う茜色の生地が破れ、中から半熟の卵ソースがとろっと溢れてくる。

ライスは王道のケチャップライスのようだ。

 

ごくり、と唾を飲む――音が2人から聞こえてくる。

 

リアクション芸を披露する2人に構わず、掬ったそれを口に運ぶ。

 

瞬間、脳に衝撃が走った。

 

口に含んだや否や、バターや卵の濃厚な味わいが加速度的に広がっていき食欲を刺激する――が、ケチャップライスの味付けがこれまた絶妙で、オレガノやサフランなどのスパイスとトマトの風味が後味をさっぱりしたものにし、しつこさを感じさせないため、いくらでも食べることができそうだ。

パラっと仕上がったライスの食感と卵ソースのとろみ、茜生地の柔らかさが舌まで楽しませてくれるサービス精神も見受けられる。

 

ヘンテコな名前と奇抜な見た目からは想像できない、上品かつ濃縮された旨味で胃が満たされていった――。

 

思わず2口目を味わうべくスプーンを進めそうになるが、ぐっと堪える。

オレがこれを気に入ったように思われるのが少し癪に思えたからだ。

 

なぜ普通に提供してくれなかったのか……。

今、オレには素直に美味しいと認めたくない気持ちが芽生えている。

 

いや、オレはオムライスひとつで何をしているんだ?

どうでもいいことを無駄に思考している気がしてならない。

一度思考をリセットするか。そうだな、この学校に入学したときぐらいまで。

 

突然だが、少し考えてみて欲しい――と冒頭の一幕へと繋がっていく。

 

無駄な抵抗を諦め、オレは口を開いた。

 

「……文句なく美味しいですね」

 

「やりましたー!」

 

橘はマスターとハイタッチしている。

 

「この生地は何かと思いましたが、卵の白身に、トマト、ニンジン、パプリカのペーストを混ぜて色味を出している、といったところですか?」

 

「ああ、よくわかったね。色と味もそうだが、栄養面も考えてあるんだ。学生さんは育ち盛りだからな」

 

「おみそれしました」

 

一発ネタかと思いきや、しっかりと橘のことを考えて作られたメニュー。

……たまになら通ってもいいかもしれない。

 

「では、私もいただきまーす」

 

橘も童心に帰ったようにアカネオブライズを食べ始める。

 

「ゆっくりしていってな」

 

「はーい」

 

マスターはカウンターに戻り、それからは2人でゆっくりと食事を楽しんだ。

 

「バスの時間まではまだありますね。よければ食後の腹ごなしに一勝負いかがですか?」

 

まっさらになった食器が下げられると、橘がカバンから取り出したのは、トランプだった。

 

「確かに橘先輩と言えばこれですね。でも、敗戦記録が伸びるだけだと思いますよ?」

 

「あー!また綾小路くんが言ってはいけないことを言いました。今日という今日は私が勝ちますからね!」

 

「それは楽しみです」

 

こんなやりとりもこれで最後か。マスターから許可をもらってトランプをシャッフルする橘。

 

「2人ですし、勝負はポーカーにしましょう」

 

「それは構いませんが……唐突につけたその腕のリストバンドは何ですか?」

 

「な、何でもありませんよ?それにこれはリストバンドなどではなく、シュシュです。べ、別にカードを忍ばせることなんてできませんから」

 

語るに落ちてないか。

念の為、シャッフルする手元にも注意しておく。

 

「では配りますね」

 

橘が慣れた手つきでカードを配り終えたところで、マスターが背後から声をかけてくる。

 

「後輩くん、お水のお代わりどうだい?」

 

「ありがとうございます」

 

と、水をグラスに注ぎつつ、マスターはちらっとこちらの手元を確認しているようにも見えた。

 

「……」

 

「どうしたんですか、綾小路くん」

 

「いえ、何も」

 

なるほど、ここからが本番というわけか。

上手くいきつけの店に誘導し、食事で油断させ、勝つためにマスターぐるみでイカサマを用意してきた。

 

すでにこちらの手札は割れていると見ていい。

 

「ひとまず3枚ほど交換します」

 

簡単な対策ではあるが、これで様子を――。

 

「これはうちからのサービスだ」

 

「わぁ、ありがとうございます」

 

再びマスターが現れて、デザートのケーキを置いていく。

その際、橘とアイコンタクトを取っていたようにも見えた。

 

「よいしょっと」

 

「どうして貰った花束をテーブルの上に?」

 

「せっかくいただいたんです、見えるところに置いておきたいなぁと」

 

橘の手元に死角ができただけでなく、オレからはラッピングが邪魔をして、花束の中までは見えない。その中にジョーカーなどすり替え用のカードが入っている可能性もある。

 

用意周到ということか。

形はどうあれ、橘もこの最後の勝負に全力を尽くしている。

本来なら旅立つ先輩に花を持たせるところかもしれないが、ここまでされたらこちらも手を抜くわけにはいかない。

 

「全力で行きますよ」

 

「ふふふ、面白くなってきましたね」

 

策でもイカサマでもなんでも仕掛けてくればいい。

それを看破したうえで勝たせてもらう。

 

――と意気込んでいたのだが、特に何事も起こらず普通に勝ってしまった。

 

「あぁ~、また負けてしまいましたぁ。悔しいです」

 

「こちらとしてはちょっと拍子抜けしてるんですが……」

 

「そうですか?」

 

「何が何でも勝ちに来るのかと思っていたので」

 

「もちろん勝てれば良かったですけど、そうでなくても、とても楽しかったですよ」

 

「……楽しかった、か」

 

言われてみればたかがトランプ――ただの遊びに熱を入れ過ぎていた気もする。

 

「あえて理由づけするなら、こうして綾小路くんとワイワイ言いながらトランプをする。それで目的は果たせているので、勝ち負け関係なく楽しいんだと思います」

 

こちらが腑に落ちていないことを察したのか、そう補足してくる。

 

「なるほど……」

 

勝ち負け以外の考え方。

主目的を他に置いて、勝敗はどちらでも構わないという発想はオレにはなかった。

 

「綾小路くんは負けることや失敗をダメなことだと思っていませんか?」

 

「どうだろうな」

 

橘が妙に真剣な顔つきになったためオレも少し真面目に考えてみる。

オレ自身、勝つことだけが全てではないと考えている。

時には敗北も必要だ。

 

ただ、それは点の話であり、線として繋げた際に、どんな勝負であろうと最終的にオレが勝つために動いている。道中どんなに失敗、敗北しようとも、それは最後に勝つための布石や必要経費でしかない。

 

「勝つことが全て、そんな環境で育った影響ってのはあるかもな」

 

ホワイトルームでの敗北は、あの場からの脱落を意味し、死にも等しい。

必然、重要局面で勝つことだけを考えるようになるし、他のことを考える必要性も感じられなかった。

 

「その考えを否定するつもりはありませんが、時にはどうなるかわからないことに挑戦してみてもいいんじゃないかと思うんです」

 

「あまり自覚はないが、比較的自由に生きている方だと思うぞ?」

 

あの頃とは比べるまでもない自由な毎日を過ごしている――はず。

 

「……実はちょっと小耳に挟んだのですが、ホワイトデー前にまた告白されて、断ったとか」

 

突然何かと思えば、六角とのやりとりを言っているのだろう。

小耳に挟んだというより、がっつり後をつけていた気もするが特に指摘する必要はないか。

 

「ええ、まぁ。クラスも違いましたから」

 

「本当にそれだけですか?」

 

「というと?」

 

「綾小路くんは人と向き合うことを避けている――ような気がする時があります」

 

「単純に人付き合いが得意じゃないってだけです」

 

半分は本音だが、もう半分はその必要性を感じないからでもある。

 

「そうかもしれません。かく言う私もそうでしたから」

 

「にわかには信じられない話ですね」

 

「今日は色んな方とお話してきましたが、最初から友好的だった方ばかりではありません。仕事上の付き合いしかなかった方、生徒会に苦情を入れにきた方など……確かに、今となっては信じられないですね」

 

「ええ」

 

ここに来るまでに話した人々を思い出す。

心から橘の卒業を喜びつつ、別れを惜しんでいた。

 

「でもお互いを知っていくうちに、いつの間にか今のような関係になっていました」

 

「それは橘先輩の人柄のおかげでは?」

 

「さっきも言いましたが、あまり人付き合いは得意じゃなかったんです。でも、生徒会に入って……その……堀北君のことを知っていく度に、相手を知ることの大切さと言いますか、自分が偏見で色々判断してしまっていたことに気がついたんです」

 

橘は今日見せたどの表情とも違った顔で、少し恥ずかしそうに振り返る。

 

「そこからは、相手ととことんぶつかってみることにしました。初めはどうなるかわからず、緊張や怖さがありましたし、たくさん失敗もしました。でもその分、お互いに理解するきっかけになって……うまくは言えませんが、そうしていくうちに人付き合いに対する苦手意識もなくなり、もっと相手を知りたいと思えるようになりました」

 

オレが生徒会に入った頃、橘が何かと話しかけてきた根幹部分を知ることができた気がする。

 

「相手のことはこちらから知ろうとしなければ、見えてこないこともたくさんあります。それに気づいて第一歩を踏み出した結果が今なんだと思います」

 

「それは何となくわかります」

 

自分の意思で知らないことを知り、見識を広げることの面白さという部分は理解できる。橘にとってそれが人間関係で、最近のオレにとっては外の世界、という話。

 

「今日のこのトランプも、相手が綾小路くんだからこそ『あっ、今、私がイカサマするんじゃないかと警戒していますねー』というのがわかったりして、知らない相手と勝負するよりも数段楽しくなるというわけです」

 

「おい」

 

あの不審な動きの全てはオレをからかうために行っていたイカサマのブラフだったということか。

 

「逆に綾小路くんも私ならイカサマしてきてもおかしくないと普通ならしないであろう警戒をしたわけです。こんな勝負ができるようになるなんて出会った頃は想像できなかったですよね」

 

「それはそうですね」

 

そもそも生徒会に入ったことがイレギュラー。

あの時断っていれば、橘のことは学の腰巾着程度にしか思っていなかっただろう。

当然、トランプをする機会はなかったし、挑まれても断ったに違いない。

 

「そう考えると、お互いを知ることができて良かったと思いませんか?」

 

「……悪くはなかったですね」

 

他人を知る――それは相手の行動原理や思考を把握し、コントロールするためでしかない。

他人は道具でしかないからこそ、情報の取捨選択をしてきたし、知る必要のないことをわざわざ知ろうとも思わなかった。

 

橘の言うところの『一緒に楽しむために相手のことを知る』という考え方は、オレには斬新に思えた。

……あるいは、本来は人を知るということはそういう目的が大きいのか?

なら一般的な思考を理解するためには、そのことはオレが考えている以上に大事なことなのかもしれない。

 

「何が言いたかったかというと、もう少しだけ相手に歩み寄ってみると、綾小路くんの世界も変わってくるかもしれませんよってことです」

 

これまで受け身の姿勢が多かったことは事実。

他者との交流機会は増えたが、橘のように積極的に関わって来る人間とがほとんどだ。

 

「できるかどうかはともかく、頭の隅には置いておきます」

 

「ええ。今のままだと、いつか綾小路くんを想ってくれる人を悲しませてしまいます。それだけが心残りでした」

 

「高校生活の心残りがそれだけというのも面白いですね」

 

「みなさんのおかげで充実した日々でしたから」

 

本当に悔いは残っていないのだろう、明るい表情で頷く橘。

オレも2年後はこんな顔をして卒業できるだろうか。

 

「あっ!あとひとつありました!!来年度から綾小路くんも先輩になるんですから、しっかりと後輩の面倒をみてあげてくださいね。それも心配です」

 

「そっちもあまり自信はありませんね」

 

ホワイトルームには、厳密にいえば先輩も後輩もいるはずだが、世代を超えた交流は行われなかったため、今に至るまで年下と接した経験はなかった。

 

「大丈夫です。生意気だったり、無愛想だったりする後輩でも、なんだかんだ可愛く思えるものですから」

 

やたら具体的だが誰かのことを指しているのか……ああ、南雲か。

アイツも意外と愛されているな。

 

「綾小路くんなら立派な先輩になれると信じています」

 

「だといいんですが……」

 

後輩と仲良く交流する自分の姿は全く想像できない。

 

「でしたら、これは先ほどの勝負の賞品兼餞別です。これさえあれば口下手な綾小路くんでも後輩と仲良くなれますよ」

 

そういって手渡されたのは、橘がこれまで使ってきた歴戦のトランプ。

 

「いいんですか?」

 

「もちろんです。大事にしてくださいね」

 

「ありがとうございます」

 

トランプを受け取ると、橘は個人で購入したものと思われる携帯端末を取り出し、画面を確認した。

 

「ふぅー、出発前に伝えたいことは伝えることができました。これで心残りはありません。では、綾小路くん――」

 

そうして右手を差し出される。

 

「ああ」

 

別れの握手か。

いよいよ見送りの時間が来たようだ。

終始振り回されてばっかりだったが、少し名残惜しいような気がしてしまうのはなぜなんだろうな……。

 

「そのトランプを使ってもう一勝負しましょう!次はババ抜きなんてどうですか」

 

「……心残りはなくなったのでは?」

 

「それはそれ、これはこれです。勝ち逃げは許しませんよ」

 

「先ほど勝ち負けより楽しさ優先と……」

 

「ゲームは勝つためにベストを尽くすから楽しいんですよ。マスター、次は作戦βでお願いします」

 

「はいよー」

 

「……これまでのそれっぽい時間を返してもらっていいですか?」

 

「えぇっ!?胸に刻んでおいてくれるものじゃないですか、こういうのは」

 

「そのつもりだったんですけどね……」

 

何とも締まらない展開だが、橘らしいと言えば橘らしい。

そんなよくわからない感情に浸っていると――。

 

「調子はどうだ、橘?」

 

「あ、堀北君!いらっしゃい」

 

店の入口が開き、学が入ってきた。

 

「俺たちもいるぜ」

 

「やっほー、綾小路くん」

 

学の後ろから、南雲たち2年の生徒会役員に、一之瀬も顔を出す。

 

「どうしたんだ、みんな揃って」

 

一応聞いてはみたが、偶然では入ってこないであろうこの店に、このタイミングで生徒会役員が揃ったのだから、理由は容易に想像できる。

 

「あれ、ここで橘先輩の送別会をやるって聞いたんだけど、違った?」

 

「いや、その認識で相違ない。俺が声を掛けてみんなに集まってもらった」

 

一之瀬の返事に、学が補足する。

 

「じゃあ皆さん揃ったところで、綾小路くん、お願いします」

 

橘から目配せが飛んでくる。さっそく実践してみろ、ということだろう。

 

「……せっかくなのでババ抜きでもどうですか?」

 

「綾小路から誘ってくるとは珍しいじゃねえか。もちろん、ポイントでも賭けるんだよな?」

 

「南雲、先輩を見送る場で賭け事はよさないか」

 

「桐山、気持ちは有難いが、気にする必要はない。俺たちは負けないからな」

 

「さすが堀北先輩!俺の生涯の目標です!!」

 

「決まりだな。帆波、俺の隣空いて――」

 

「じゃあ私は綾小路くんの隣に失礼するねー」

 

「マスター、皆さんにもいつものお願いますー」

 

「はいよー」

 

賑やかになり、久しぶりにいつもの生徒会といった感じだ。

 

結局、トランプは橘が一番になるまで続き、泣きのもう一回を何度となく繰り返したため、最終バスに駆け込んでの旅立ちとなった。

 

「みなさんお元気でー!また会いましょうねーっ!!」

 

バスの窓から顔を出し、手を振りながら叫ぶ橘が小さくなっていく。

 

「慌ただしいお見送りになっちゃったね」

 

「そうだな。ただ……こういうのでいいんだよって、やつなのかもしれないな」

 

「だね」

 

バスの去っていった先を見つめる一之瀬が頷く。

橘との別れに湿っぽい空気は似合わないからな。

 

ああ、なるほど。

 

そう思えるぐらい、いつの間にかオレは橘のことを知っていたのか。

 

相手を知ったからこそ、違う結末になる。

それも悪くないのかもしれない。

 

本人もああ言っていたことだし、学生時代の想い出として、今日この日のことを胸に刻んでおくか。

 

日が沈みすっかり暗くなってしまったが、目を閉じ耳をすませば、橘のおもしろリアクションが聞こえるような気がして、ポケットの中のトランプを軽く叩いた。

 

 

 

 

後日、何だかんだ例の喫茶店に通った結果、新裏メニューとして『塩の麹キヨタカレー』が追加された。

 

名前の由来は『塩対応の後輩くんと塩で清めるってのをかけてるのさ、ライスにルーをかけるようにさ』とマスターは誇らしげに語っていた。

 

味はともかくふざけたメニューを増やしても仕方がないだろうと思っていたのだが、どこからか聞きつけた諸藤が会報で特集を組んだことで、ファンクラブ内で一大ブームを巻き起こしてしまったのは、また別の話。

 

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