ようこそ実力至上主義の生徒会へ   作:まぐまれむ

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春風吹き強愛繚乱

橘を見送った翌日。

オレは自室である試みをしていた。

 

「こんなところか」

 

形も色も問題なさそうだ。我ながらよく再現したものだと思う。

 

「待たせた」

 

テーブルで待つ櫛田のもとに完成品を運ぶ。

 

「綾小路くん、何かな、これ?」

 

「アカネオブライズだ」

 

「ふざけてんの?」

 

「ふざけているのは名前だけだ」

 

櫛田から料理を教わりはじめて3週間が経とうとしていた。

基礎はある程度身についたため、今日はこれまでの成果を確認するため師である櫛田にランチを振る舞うことになった。

 

肝心の献立は、昨日の今日ではあるが、せっかくなので『アカネオブライズ』を作ってみたのだが――。

 

「はぁー。いるんだよねー、ちょっと基礎ができるようになったからって調子に乗って自己流のアレンジしちゃうヤツ。あーあ、せっかく料理教えてあげたのに無駄骨じゃない。何?もしかして私ともっと一緒にいたいからわざとやってんの?それならそうと素直に言えば、って、え……おいしいっ!?何これ」

 

「アカネオブライズだ」

 

「……何度言われても突っ込まないからね?」

 

「そうか……」

 

名前の由来を尋ねるつもりはないらしい。

語りたかったわけではないが、これはこれで不完全燃焼だな。

櫛田も釈然としない様子だったが、味は気に入ってくれたようでスプーンを持つ手は止まることなく動いていた。

 

その様子に手応えを感じ、オレも自分の分に手を付けてみる。

 

「……まだ何か足りない気がする」

 

「十分美味しいけどね。……いや別に褒めてないし、気に入ってもないけど」

 

気に入っていないという櫛田の評価も仕方のないことで、残念ながらオレの作ったものでは昨日ほどの衝撃は感じられなかった。

流石に一朝一夕で再現できるほど甘い世界ではないか。

今後も研究が必要だな。ここまで来たら料理もしっかりと習得しておきたい。

 

「ごちそうさま……ま、美味しかったわよ」

 

完食するなり、ちょっと不機嫌そうにそう告げた櫛田。

あっという間にたいらげた割には、お気に召さなかったのだろうか。

 

「まだまだ櫛田のオムライスには及ばないな」

 

「当たり前でしょ。ただ、まぁ一応免許皆伝ってことにはしてあげる。この短期間でこれだけできるようになるとか、わけわかんないけど」

 

「櫛田の教え方が良かったんだ。これからも色々教えてくれないか?」

 

「これだけできるならもう必要ないんじゃない?」

 

「いや、オレとしては櫛田の料理の方が口に合う。指導も兼ねて今後も作ってくれるとありがたい」

 

「ふーん、どうしよーかなぁ。まぁ、綾小路くんがどうしてもってお願いするなら考えないでもないけど」

 

「どうしても」

 

「しょうがないなぁー。普通はここまでしてあげないんだから感謝しなさいよ」

 

先ほどとは打って変わってニコニコと笑顔を見せる櫛田だが、櫛田の笑顔ほど額面通りに受け取ってはいけないものはない。

次はもっと腕を上げてから振る舞う必要がありそうだ。

 

「それでこの後何か予定はあるのかな?せっかくの春休みだし――」

 

「そろそろ時間か、悪いがこれから約束がある。試食に付き合ってくれて助かった。次回は櫛田にも喜んで貰えるよう努めるつもりだ」

 

天使モードの櫛田が何か言いかけていたような気もしたが、こちらも約束の時間が迫っていたため、支度を始める。

 

「アンタってホント……。あぁもう、いってらっしゃい。お土産は堀北の退学でいいわよ」

 

「ああ。遅くなるから適当なところで帰っておいてくれ」

 

悪魔な櫛田さんから見送られ、ケヤキモールを目指す。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「お、おはよう、清隆くん」

 

「すまない、待たせたか?」

 

「全然だよっ」

 

モールの入り口付近で待ち合わせ相手――愛里を見つける。

待ったのか待っていないのかよくわからない返事だったが、以前と比べ相手の顔をしっかり見て受け答えできるようになっていた。

当初の愛里からすれば、それだけでも十分な成長だと感じるのだが、それ以上に目に見えて変わった点がある。

 

「今日は眼鏡してないんだな」

 

「あ、えっと、今日……というか、これからは、かな」

 

クラスメイトの言葉を借りるなら雫ちゃんモードの愛里。

通りすがりの男子生徒たちから少なからず視線を集めている。

それを回避するための伊達眼鏡と髪型だったはずだが……。

 

「何か心境の変化でもあったのか?」

 

「そんな大したことじゃないよ。私も変わらなきゃって思ったというか」

 

「この前の試験の時も感じたことだが、愛里はしっかり変わってきてると思うぞ」

 

「えへへ、清隆くんから褒めてもらえると嬉しいな」

 

見た目が変わったというより、心の持ち様の変化。

愛里が一歩を踏み出せた理由はともかく、良い傾向と言えそうだ。

 

「でも目標というかライバル?は強大だから、これからも頑張るって感じかな。だから、その……」

 

「ん?」

 

「私のこと、ちゃんと見ててねっ!……あ、えっと、そ、そ、そ、そういうことだからー」

 

オレの目を見てそう力強く言った途端、ボンっと顔を真っ赤にしたかと思えば、明後日の方向へ駆け出す愛里。

 

「走り去られると見るものも見えないんだが……」

 

目的地とは別方向であるため愛里を止めようと追いかけるが、想定よりも足が速く、追いつくのに少し時間がかかった。

 

「まさか走力が上がったことをこんな形でアピールしてくるとは思わなかった。ホントに成長したな、愛里」

 

「えっと、そんなつもりじゃなかったんだけど、結果オーライ、なのかな?」

 

「何を持ってオーライとするかだが、微妙なところだ」

 

「そっかぁ、難しいんだね」

 

ちょっとした冗談や皮肉でも純粋な愛里は素直に受け取ってしまう。

そこが愛里の美点でもあるが、この学校で生き抜くためにはあまりに不向き。

 

「愛里はこの学校に来て良かったと思うか?」

 

こんな環境でなければ、愛里はもっと輝ける。そのことが少しもったいない気がした。

 

「どうだろう……。でも、清隆くんやグループのみんな、さつきちゃんたちと出会えたことはすごく良かったと思う」

 

「だが、他の学校に通っていた場合も似たような交友関係を築くことはできたかもしれない」

 

「そうかもしれないけど……私が一歩を踏み出せたのは、清隆くんのおかげ。これだけは他の誰にも代わりはできない、そう思うんだ」

 

眩しいくらいの澄んだ笑顔でそう言われ、これ以上の問いは野暮だと感じた。

騙し騙されが日常化しがちなこの空間で、清いままの愛里の存在は、まさしく偶像崇拝の対象として相応しいのかもしれない。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「ということで、オレも愛里のそのアイドル力に頼らせてもらうわけだが」

 

「が、頑張るね」

 

目的地のピアノのあるレストランに到着した。

ここでオレは人気のアニソンをピアノで演奏し、愛里はその作品に合ったコスプレをする。

それを撮影して、動画配信企画のひとつにする計画。

 

「いらっしゃいませ、綾小路様」

 

「今日はよろしくお願いします」

 

愛里を入口で待たせ、オーナーに挨拶を済ませる。

事前に、ランチタイム終了からディナー開始までピアノと場所を借りれないか相談したところ、二つ返事で許可をもらえた。

 

「こちらこそ当店を選んでいただき感激です。奥様の方は……あっ、失礼しました。その……綾小路様、こんなことを伺うのも――」

 

「彼女は今回の撮影のモデルで、それ以上でもそれ以下でもありませんよ」

 

「左様でございましたか」

 

愛里を見るなり動揺を隠せないでいるオーナーにそう伝える。

この店では、一之瀬にピアノサプライズで告白を成功させた、と認識されてしまっている。店側も告白成功のパワースポットとして宣伝しているため、オレが他の女性とどうこうなっていれば死活問題なのだろう。

オレとしてもオーナーに開き直られて、二股スポットとか浮気場所にもオススメなどと宣伝されては面倒なため、誤解のないように説明しておく。

まぁ、そもそもの前提が誤解なのだが……。

 

「お着替えなどはこちらの社員用の更衣室をご利用ください」

 

「何から何まで助かります」

 

愛里を呼んで、オーナーにバックヤードを案内してもらう。

 

「それで私はどんな格好をするの、かな?」

 

「オレもあまり詳しくはないんだが、コスプレ初挑戦ということもある、今回は愛里の素材をそのまま活かせるチョイスをしてもらった」

 

外村に相談し、再生数の稼げそうな曲、かつ愛里がコスプレしやすそうなものという条件で、支度金10万ポイントを渡し、道具関係の準備をしてもらった。

『ムフフフ、つまり巨乳ピンクロングヘアーの幸薄そうなキャラでござるな。お任せござれ』と外村はノリノリだったが、果たしてうまく行くかどうか。

 

「まず、上はピンクのジャージ、下はこのスカートを着て、ヘアゴムをつけ、ギターを抱えて欲しい」

 

外村から託された、衣装、小道具、設定集を愛里に渡す。

 

「あ、私、このキャラ知ってるよ。ちょっと親近感があったんだ」

 

外村曰く、背格好、年齢、大人しい性格など愛里と似ている点が多いらしく、話題性からもイチオシのキャラクターだった。

 

「それはよかった。こっちはピアノの近くで撮影準備をして待っている。着替え終わったら来てくれ」

 

「うん、わかった」

 

そうして更衣室を離れ、ピアノのもとへ向かう。

カメラ、マイク、照明の設置など準備することは多い。

 

段取りを考えながら戻っていると、客席の一角から人の気配を感じた――が、一見すると誰もいないように見える。

 

月城の奇襲にしてはお粗末な潜伏だが、その気配はブラフで、本命が息を殺してこちらの隙を狙ってくる可能性もなくはない。

念には念を入れ、様子を伺いながら慎重に近づいてみる。

 

「やっほー、きよぽん」

 

ワッ!と驚かすように立ち上がり座席の死角から飛び出してきた波瑠加。

 

「波瑠加、どうしてここに?」

 

「はぁー、ノーリアクションかぁ。ちょっとは驚く顔が見れるかと期待してたんだけどなー」

 

「悪い、驚くほどのことでもなかった」

 

「くぅ、その余裕っぷりがきよぽんって感じ」

 

「これでも出てきたのが波瑠加だとわかって安心しているところだぞ」

 

「へっ?なに、口説いてるの?」

 

「そんなつもりはない」

 

「ホント思わせぶりの天才だよね、きよぽんってさ。そのうち誰かに刺されちゃうんじゃない?」

 

「冗談に聞こえないんだが……」

 

仮に刃物を携帯した相手と対峙しても簡単に刺されることはないだろうが、刺された方が都合の良い場合もあるかもしれない。

 

「あれ?波瑠加ちゃん、どうしたの?」

 

そんなやり取りをしていると着替えを済ませた愛里がやってくる。

 

「愛里の晴れ舞台だからねー、応援に来ちゃった。あと、きよぽんが愛里に変なことしないかお目付け役も兼ねてるから安心してね」

 

「き、清隆くんはそんなことしないよ」

 

「可愛い愛里を見てなんとも思わない男がいるわけないって、ね、きよぽん」

 

「なんとも返答に困る問いだな。ただ……」

 

「「ただ?」」

 

「コスプレは似合っていると思うぞ。この動画の成功を確信した」

 

コスプレと言うより、ジャージに着替えた愛里という感じで、似合う似合わないもないわけだが、見た目だけで動画を再生してしまう層はいそうだと感じた。

 

「あ、ありがとう……」

 

「きよぽん、ほんとさぁ……」

 

俯く愛里と呆れる波瑠加――そして遠くでこちらの様子をみてソワソワしているオーナー。

 

「とにかく時間が惜しい。せっかく来たんだ、波瑠加にも撮影の手伝いをお願いできるか?」

 

「別にそれは良いけどさー、貸しイチだよ」

 

「ああ。助かる」

 

そうして波瑠加にも手伝ってもらい準備を完了させ、1曲目の収録を始めようとしたのだが……。

 

「愛里可愛いー。こっち目線ちょうだーい」

 

「えっと……こうかな」

 

「いいよーいいよーさすがアイドル、完璧で究極って感じ」

 

「そ、そんなことないよー」

 

「そろそろ収録を始めたいんだが……」

 

「きよぽんも愛里が可愛く映った方がいいでしょ」

 

「否定はできない」

 

といった具合で、波瑠加が思いの外ノリよくカメラマンを務めた結果、撮影が進まない。

当初はピアノの前に立ってもらうだけの予定が、ハルカメラマンの要望で曲に合わせて動きをつけたり、ポーズを決めたりと様々な要素が加わっていく。

 

「ふぅ、最高の愛里を撮れた。満足、満足」

 

ハルカメラマンもといハルカントクが納得し、1曲目の収録が完了する頃には2時間が経過していた。

 

「会場を使える時間があと1時間と少しだが、動画のストックを考えてあと1~2曲は撮っておきたい」

 

「私はいいけど、愛里は大丈夫?疲れてない?」

 

「うん、全然平気だよ」

 

「なら次はこの衣装で頼む」

 

愛里へ次の衣装の入った紙袋を差し出す。

残り時間は少ないが、同じ衣装で撮影するよりも違う衣装の方が観る方も楽しめるだろう。どんな衣装が人気が出るかなどのデータも取れる。

 

「これって――メイド服?」

 

「ああ。作中でもこのキャラが着たことがある衣装らしい」

 

袋の中を確認した愛里がメイド服を取り出し、まじまじと眺める。

 

「きよぽん、やらしい~」

 

「いや、服のチョイスは外注(外村)だ」

 

「……わたし、これ着ちゃっていいのかな?」

 

どんな感情なのか、少し戸惑った様子の愛里。

もしかしてハードルの高い衣装だったか?

元々自撮りの水着写真等をブログに載せてたぐらいだ、それと比べればおおよその格好は容易いだろうと考えていたのだが……。

 

「いいんじゃない、私も愛里のメイド姿見たいし。それに男はこういう服に弱いらしいよ」

 

「そ、そうなんだ。確かにここで着ないとなんだかもうメイド服って着れない気もするし……うん、思い切って挑戦してみるよ」

 

「うんうん!それでよし!」

 

愛里の決断にご満悦の波瑠加。そこでちょっとした思いつきを提案してみる。

 

「なんなら予備のメイド服がある、波瑠加も着るか?」

 

「なんで!?」

 

「なんとなくだ」

 

コスプレという観点では作品の世界観を無視してしまうことになるが、その点に目を瞑ってでも愛里と波瑠加がメイド服を着て映った方が再生数を稼げるような気がする……。

 

「せっかくだし、波瑠加ちゃんも着ようよ」

 

「えーと、私には似合わないだろうしさ」

 

「そんなことないよ。それに男の子はこういう衣装に弱いって言ってたよね?」

 

「ぬぬ、愛里も言うようになったよねー。……着るだけだよ、映らないからね?」

 

「それでいいよね、清隆くん」

 

「ああ」

 

思惑通りとはならなかったが、動画に映らないなら映らないで他の手はある。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「もぉ愛里が変なこと言い出すから」

 

きよぽんから渡された紙袋からメイド服を取り出し、控室で着替えを始める。

なんで私まで?感が拭えないけど、確かにチャンスかもしれない。

 

「だって私たち協力するんだよね?」

 

「それはそうだけど」

 

いつもとは立ち位置が逆転してしまっていて、なんだか複雑な気分。

そういえば、コウィケでアイドル衣装を着た時に似たようなやり取りをしたっけ。

その時はきよぽんを落すために協力しようなんて軽い感じで話したけど、愛里とちゃんと腹を割って話したのは大体一か月前ぐらいのこと。

 

その日は、学校帰りに愛里と2人でカフェに寄っていた。

 

「波瑠加ちゃん、最近、ずっと何か悩んでない?」

 

「……わかっちゃう?」

 

「うん、友達だもん。その、私なんかで良ければだけど、相談のるよ」

 

「ありがと」

 

愛里の気遣いを嬉しく思いつつ、せっかく2人で遊んでるのに上の空になっていたことを反省する。

実際、あることが気になって、ここ最近はそのことばかり考えてしまっていた。

 

「その……きよぽんのことなんだけどさ」

 

「き、清隆くんの!?」

 

名前を出しただけでわかりやすく動揺する愛里の様子を可愛いと思いつつも、どこか胸が痛む。

 

「最近さ、きよぽん、お弁当持ってきてるじゃない」

 

「そうだね。自炊始めたのかな?」

 

「私も最初はそうかと思ったんだけど……どうも違うんじゃないかって」

 

「え?どういうこと?」

 

なかなか核心を話す決心がつかず遠回りした結果、愛里を困惑させてしまう。

いい加減腹を括るべきなんだろうけど、そのためには言わなきゃいけないことが多い。

 

「その……キョーちゃんのさ、お弁当の中身と……ほとんど同じだったんだよね」

 

偶然かもしれないと何日か2人の弁当を観察した結果、疑念は確信に変わってしまった。一見、別物に見えるように盛りつけてあるけど、おかずの中身は一致していた。

 

「え?ええぇぇぇぇーそそそそそれってつまり――」

 

「きよぽんのお弁当をキョーちゃんが用意してることになるんじゃない」

 

「ふた、ふ、ふたた、ふたりはそういう関係ってこと、なのかなかなかなかなかな?」

 

絵に描いたような動揺で、ひぐらしの鳴き声をマネてるみたいになってしまった愛里。

突然こんな話に巻き込んでしまったことを申し訳なく思うけど、そうしなければ先に進むことはできない――例えどんな結末になったとしても。

 

「そこはまだわかんない。キョーちゃん優しいから、適当なきよぽんの食生活を見かねてボランティア感覚で施してるだけかもしれないし……」

 

「ううう、だとしても、清隆くんの胃袋を掴まれちゃってるかもだよね……」

 

愛里もきよぽんのために料理部の篠原さんから時間を見つけては料理を教わっていた。

まさか他の女子に先を越されているとは思わなかっただろう。

 

「キョーちゃんがどう想ってるかわかんないけど……ううん、あの様子はきよぽんを狙っててもおかしくないって思ってる。お弁当のことも、周囲に関係をさりげなく匂わせてるんじゃないかって。愛人が部屋にわざと痕跡を残して行く的な」

 

「わわわわ……」

 

「それに、キョーちゃんだけじゃなくって、一之瀬さんとか椎名さんとか、きよぽんとただならぬ関係っぽい女子って増える一方じゃない」

 

「むきゅぅぅぅぅ」

 

「愛里、倒れちゃダメ。これは現実として受け止めなきゃ」

 

カフェの椅子にもたれ魂が抜けそうになっている愛里をこちらに引き戻す。

残酷な現実を突きつけている自覚はある。

お互いに別の人を好きになって、幸せになれたらどれだけ良かったか……きよぽんめ。

 

それに、これはまだ本題じゃない。この先を伝えたら愛里はもっと苦しむかもしれないし、私たちの関係も変わっちゃうかもしれない。

でもここで勇気を出さなきゃ、きっと私たちは後悔する。

 

「波瑠加ちゃん……わたし、どうしたら――」

 

「ライバルは強大。だからと言って諦めるのも違うと思う。わたしも愛里のことは応援したい」

 

「うん……」

 

「でも、その……言いにくいんだけど」

 

「うん?」

 

何事かときょとんと見つめてくる愛里の目を直視できず、一度視線を逸らしてから、大きく深呼吸する。

 

「その……私も、きよぽんと付き合いたいの」

 

「え?それは今更だよ」

 

「へ?」

 

今日一番勇気を出した発言だったのに愛里は今日一番平然と受け止めている。

 

「波瑠加ちゃんと清隆くんが結ばれても、それは……うん、やっぱり嬉しいなって」

 

「……愛里はそれでいいの?」

 

「私には2人とも大事な人で、選べないから」

 

屈託のない笑顔でそう答える愛里。

その表情を見た時、私の迷いは吹っ切れた。

私だって逆の立場なら同じ気持ちになる。だからこそ、あえて愛里が口にしなかった気持ち――嬉しい以外の気持ちもあるってわかる。

協力すると言いつつ、お互いに足踏みをしてしまっていた原因はそこにあった。

 

でも、愛里が許してくれるなら、こんな状況を覆す手段が一つだけある。

 

「愛里、もし、どっちかを選ぶ必要なんてなくなる作戦があるって言ったら、どうする?」

 

「そ、そんなことできるの?」

 

「私と愛里できよぽんと付き合っちゃおって提案なんだけど」

 

「ええぇぇっ!?だ、大胆だね、波瑠加ちゃん」

 

「うん。生徒会の一之瀬さん、部活や趣味仲間の椎名さん、みんなの人気者キョーちゃん……強敵だけどさ、私たちが協力すれば勝てない相手じゃないと思うんだよね」

 

「えっと、波瑠加ちゃんと二人なら心強いけど……」

 

戸惑ってるみたいだけど、否定の言葉はない。

それならもう私も突き進むだけだ。押すっきゃないと、今一度、真摯に訴えかける。

 

「愛里がこれまで陰ながら努力してきたことは誰よりも知ってるつもり。でも、見える形で積極的にアピールしてかなきゃ、今回みたいに誰かに持ってかれちゃう。私たちも勝負に出る時なんじゃない?私は覚悟を決めた。愛里はどうなの?」

 

「私は……。うん、そうだね、そうだよね。私も頑張りたい。波瑠加ちゃんと2人だったら、誰にも負けない気がするよ!」

 

両手の拳をぐっと握り締め、力強い返事をくれた。

緊張が抜けていき、安堵感で心が満たされていく。

 

そうしたら、なんだかおかしくなってきて、どちらからともなく笑みがこぼれる。

 

「でも私たちだけで決めちゃっていいのかな?清隆くんがどうしたいのかとか……」

 

「そこは私たちの魅力で押し切る、みたいな?まっ、きよぽんもきよぽんだからさ。私たち2人と付き合うぐらい澄ました顔で難なくやってのけるって」

 

「ふふ、清隆くんならできそうだね」

 

「アメリカには複数婚を認めてる州もあるらしいし、いざとなったらそこに移住するのもアリじゃない?Aクラス特権で上手いことやってさ」

 

「わぁ、素敵だね!3人でずっと一緒に暮らせるなんて夢みたいだよ」

 

常識から外れた絵空事だとしても、愛里ときよぽんをめぐって気まずくなるよりも何倍も幸せな未来を想像できる。

そのことが今はただ嬉しかった。

 

「そうと決まれば早速きよぽんを落とすための作戦を考えよー」

 

「うんっ!」

 

「まず、今後の特別試験の取り組み方だけどさ――」

 

こうして本格的に私たちの共同戦線が始まった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「ど、どうかな?清隆くん」

 

「美女二人のメイド服にきよぽんもメロメロでしょ」

 

メイド姿の愛里と波瑠加が仲良く登場し、これでもかと衣装を見せてくる。

なんだかんだ、波瑠加も乗り気だな。

 

「あぁ、2人ともよく似合っている。見たことはないが、本職も顔負けだと思うぞ」

 

外村がウソかホントかそんな喫茶店の存在を語っていたが、確かにこんな格好の店員が接客してくれるのであれば需要もあるだろう。

 

「やったね、愛里」

 

「うんっ!」

 

嬉しそうに手を取り合う二人。

 

「早速動画撮影を、と思ったが、せっかくだ、2人で記念写真でも撮っておかないか?」

 

「お、気が利くー。撮って撮ってー」

 

携帯端末を取り出し、ポーズを決める2人を撮る。

 

これでいい。

 

あとはこの写真を使って愛里のブログで宣伝してもらうことで再生数は大幅に増えるだろう。

そして愛里の隣に映る仲の良さそうな美人メイドが動画に出てこないことで、視聴者には疑問が生まれ、やがてそれは出演を望む声に変っていく。

それを種火に世論を操作することで最終的に波瑠加も出演せざるを得なくなる。

 

「あとで送っておく」

 

「うん」

 

「じゃ、次は3人で撮ろー」

 

「ん?」

 

さっと両脇を2人に固められ逃げ場を失う。

携帯をインカメラにして三人を画角に収めようと手を伸ばす波瑠加。

 

「うーん、ちょっと入りきれないなぁー。もっと寄って寄って」

 

「そ、そうだねッ!えいっ」

 

「お、おい」

 

過度に密着してくるメイド二人。

精神衛生上、あまりよろしくない事態になりつつある。

 

「うん、いい写真が撮れた。きよぽんさ、いつか執事ごっこしてたし、今度執事とメイドの3人で撮るのもアリよねー」

 

「それいいね」

 

「だんだん企画が逸れて行ってないか?」

 

もはやただのコスプレ会になりつつある。

今回はあくまで作品内の格好を模しただけだったのだが……。

 

「きよぽんは再生数が稼げればいいんだよね?だったらいい線行くと思うけどなぁ」

 

「絶対人気出るよ」

 

「今日の2人はやたら押しが強くないか?」

 

「さぁーどうでしょー、ね、愛里」

 

「だね、波瑠加ちゃん」

 

真意はともかく、2人が楽しそうならそれでいいか。

それで良い画が撮れるなら喜ばしいと歓迎すべきだろう。

 

そんなこんながあったものの、動画撮影は無事に終了し、メイドタイムも終了となる。

名残惜しいわけではないが、動画の人気が出たらまたメイド衣装をお願いしよう、再生数は大事だ、そう、あくまで再生数、ひいては24億ポイントのため、決して名残惜しいわけではない。

 

「このあとだが、夕食でも食べていくか?」

 

この店ならタダでご馳走にありつけるしな。

代わりに何曲か演奏することにはなるだろうが、今更だ。

 

「いいねー。なんかこの店、パワースポットって噂だし気になってたんだよねー」

 

「私も……あ、ごめん、ちょっと出てくるね」

 

返事の途中で携帯が振動し、慌てて出ていく愛里。

 

程なくして戻ってくると申し訳なさそうな表情を浮かべている。

 

「どうしたんだ?」

 

「ちょっとさつきちゃん困ってるみたいで、今から会えないかって」

 

いつの間にか篠原とは名前で呼ぶ仲になっていたようだ。

洋介も名前呼びにこだわっていたし、やはり関係の進展として大事なことなのかもしれない。

 

「そうか、篠原には世話になってたしな、行ってくるといいんじゃないか?」

 

「うん……せっかく誘ってくれたのにごめんね」

 

「気にしなくていい。機会はいくらでもある」

 

「そうそう、行ってきなよ」

 

「ありがとう」

 

荷物をまとめ、急いで篠原のもとへと向かった愛里を店の外で見送る。

それはいいが、こうなると波瑠加と2人ということになる。

直前まで食事でもしようかと話していたものの、思い返せば、波瑠加と2人きりという状況は初めてで妙な気まずさがある。

 

「それでこの後どうする?」

 

「うーん、さすがにここでゴハンって感じじゃなくなっちゃったねー」

 

「そうだな、この店を浮気の名所にするわけにはいかない」

 

「ん?なんか言った?」

 

「独り言だ」

 

「そっか、きよぽんもお疲れだね。とりあえず出よっかー」

 

「賛成だ」

 

波瑠加もオレと似たような感覚なのかもしれない。

どことなく落ち着かない様子だ。

それならこのまま帰宅して解散という形がベターか。

そんなことを考えながらケヤキモールから寮への道を並んで歩いていく。

 

「あのさ、きよぽんにちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

特に会話のないまま寮に着くかと思ったが、しばらく歩いたところで波瑠加が尋ねてきた。

 

「なんだ?」

 

とは言ったものの心当たりがないわけでもない。

最近波瑠加の様子がおかしいことがあった。その答え合わせができるのなら面白そうだ。

 

「きよぽんの弁当をキョーちゃんが作ってるのってなんで?」

 

言葉のキャッチボール程度に思っていたら、豪速球のストレートを投げ込まれた。

ちょっと聞きたいとかそういうレベルの話か?

 

「……なるほど、それでこの前、料理が云々と聞いてきたわけか」

 

「そういうこと。で、付き合ってるの?」

 

どうやら話を逸らすことも難しい。

波瑠加の中で確信めいたものがあるのだろう。

 

「そんな事実はない。この前勉強中と言ったが、実は少し前から櫛田に料理を教わっていた。余った食材や作り過ぎた分をシェアしていたから似たような弁当になっただけじゃないか」

 

櫛田との繋がりを表に出すのは不都合が多い。

事実を織り交ぜつつ、それらしい理由付けをしておく。

 

「ふーん、それって証明できる?付き合ってるのを隠してるとかじゃない?」

 

今の説明で納得してもらえると思ったんだが、殊の外、食い下がってくる。

妙に重い空気感、浮気を疑われ追及される修羅場というのはこんな感じなのかもしれない。

 

「証明しろと言われてもな……。なら、うちで食事していくか?」

 

「え?」

 

だが、波瑠加との付き合いもそれなりになった。対処の仕方も心得ている。

 

「ちょうど人に出せるぐらいの腕にはなってきた。第三者の意見も欲しかったところだ」

 

「そこまで言うならその腕前みせてもらうけど、料理下手だったら言い逃れできないからね」

 

「望むところだ」

 

こうして自宅に波瑠加を招くことになった。振る舞う料理はもちろん――。

 

「きよぽん、この変な色のオムライス的なのは何?やっぱ失敗した感じ?」

 

「アカネオブライズだ。これでも見た目の再現度は高い」

 

「なんて?あかねおぶらいず?」

 

「茜色のオムライス、無茶苦茶なとある茜さんをイメージした一品だ」

 

やっと由来を語れたなとちょっとした達成感を味わう。

だとしたら、あれも言っておくか。

 

「ただ、うまいのは味の方だぞ」

 

「わけわかんないけど、とりあえずいただきます」

 

半信半疑のままアカネオブライズを口に運ぶ波瑠加。

昼に櫛田に作った時の反省を活かし、少し改良してみたが……。

 

「ちょっ……おいしっ!?きよぽん、こんなの作れちゃうわけ」

 

「これで料理の勉強をしてたことは証明できただろ?」

 

「まぁね……信じるしかないかぁ。あ、でも料理得意って話、愛里には秘密にしなよ」

 

「どうしてだ?」

 

「愛里も頑張って料理覚えてるんだから、きよぽんの方が上手だったらショックじゃない?」

 

「そういうものなのか」

 

言われてみれば夏休みに手料理をご馳走してもらったこともある。

あれからずっと研鑽を続けているのであれば、オレよりよほど上達していそうなものなので、杞憂だろう。

 

「てかさぁ、ついに幼馴染まで出てきちゃって、きよぽんの女性周りヤバくない?」

 

胃が満たされたことで落ち着いたのか、雑談でもしようとそんなことを尋ねてくる。

 

そうか?とはぐらかそうかとも思ったが、橘の言葉を思い出し、少しだけこの雑談に付き合うことにした。

自称幼馴染だけでなく、手遅れのブラコンに、退学狂にと常軌を逸した女性が身近にいるのは否定できないしな。

 

「できることなら誰かに代わって欲しいところだな」

 

「とか言っちゃって、内心満更でもないんじゃない?」

 

「どうしてそうなる。基本的に平穏な生活、そうだな、グループでの集まりの方が居心地がいいと思っているんだが」

 

「ヨイショ無効だかんね」

 

一応本心でもあったのだが全く信じてもらえない。

 

「オレが世辞を言えるように見えるか?」

 

「むしろ言いそうじゃない?世辞のひとつで策の成功率が上がるなら安いものだ、とか思ってそう」

 

「波瑠加がオレのことをどう思っているか、よくわかった。今後の付き合い方を再考させてもらう」

 

「冗談じゃん」

 

「ああ、わかってる。こっちも冗談だ」

 

「くぅ、やられたー。きよぽんもすっかり口が達者になっちゃって」

 

「相手が波瑠加だからだろ」

 

「えー、私の扱い雑ってこと」

 

「遠慮のいらない関係ってことだ」

 

「……」

 

じぃーとこちらを睨む波瑠加。

ちょっとからかいが過ぎたか。

 

「じゃあそんな仲ってことで遠慮なく聞いちゃうけどさ、きよぽんの女性の好みは?」

 

「そんなこと聞いてどうするんだ?」

 

「ただの恋バナ、友だち同士なら普通にするでしょ」

 

「なるほど……」

 

それが普通の友人関係と言われれば、判断基準に乏しいオレはそういうことにして応対するしかない。

 

女性の好みか……クリスマスに麻耶からも同じ質問をされたことがあった。

あの時は『元気系』と答えたところ、麻耶と恵から妙な反感を買ってしまった記憶がある。回答は慎重に選ぶべきだろう。

 

「元気系でも大人しい系でも構わないが、オレはあまり話題が豊富な方じゃないから、よく話しかけてきてくれる性格か、話さない時間があっても気にしない性格だとありがたいな。他に強いてあげるなら、一緒に居て色々学べる相手だとなおいいと思っている。とは言っても、ブラコン系だけは遠慮させてもらいたい」

 

こんなところだろうか。不特定多数に当てはまる無難な回答ができたはずだ。

 

「堀北さん以外なら誰でもいいってこと?」

 

「そうは言っていないが、そうとも取れるかもな」

 

「なーんかはぐらかしてない?」

 

「こだわりは特にないってことだ」

 

「ふーん、恋愛に関してこだわりはない、と。言質取ったからね」

 

ニヤリと企み顔で微笑む波瑠加。

こんな言質に何の価値を見出したのかは不明だが、本人が満足そうにしているのでそれに越したことはないか。

 

「そういえば今日の撮影機器とか衣装とか気合入れ過ぎじゃなかった?収支マイナスになるんじゃない」

 

「再生数が見込める企画だけに、力も自然と入ったんだ。決して愛里のコスプレ目当てで気合を入れたわけじゃないと主張しておく」

 

「なにそれー。語るに落ちてない?」

 

といった具合に、その後は本当に雑談といった感じで、アカネオブライズを食べながら、たわいのない話を続けた。

 

「今日はごちそうさま。美味しかったけど、やっぱりきよぽんなんでもできるんじゃんって思ったかなー」

 

帰宅する波瑠加を見送るため玄関まで来たところで、そんな総括をもらう。

 

「いや、何でもはできない。料理にしたって初めは包丁の使い方もままならなかった」

 

「まぁいいけどさー。私たちにくらい弱いところ見せてくれたっていいんだけど?」

 

「十分見せていると思うんだが」

 

綾小路グループで活動しているときは、普通の学生らしさを楽しもうと、普通を心がけて過ごして来たつもりだ。

 

「きよぽんはそれで辛くないの?」

 

「辛い?」

 

波瑠加の問いの意味するところがわからない。

 

いや、理屈では理解できている。

人は時に弱音を吐きたくなる生き物、それを聞いてくれる相手がいることは救いになる。

現にそんな人間を何人も観察して来た。

 

ただ、オレ自身の実感として乏しいだけ。

 

そして少なくとも波瑠加にはオレが普通には見えていなかった、ということ。

 

「うーん、辛いまでいかなくてもさ、ストレスとか溜まんない?抱え込んでたりしないのかなって」

 

「それなら、堀北の愚痴にでも付き合ってもらうか。アイツのブラコン被害の武勇伝を語らせたら、この学校でオレの右に出るやつはいない」

 

「前言てっかーい。その苦労を背負うのはきよぽんの役目です。よっ、ブラコン補佐官!うちのクラスはきよぽんの尊い犠牲で成り立ってます、ありがとう」

 

茶化すように祈るポーズをとって笑う波瑠加。

 

「でも本当に辛くなったら、私も愛里もそばにいるからね。それだけは覚えといて」

 

「ああ」

 

直前までのふざけた雰囲気とは違い、ちょっとだけ真剣なトーンで伝えられたため、気の利いた返事をすることが出来なかった。

 

「それじゃお邪魔しましたー。春休みはまだまだこれからだし、また集まろーね」

 

その当人も何故だか慌ただしく去っていき、部屋には久方ぶりの静寂が訪れた――が、それも束の間のこと。

 

一通のメールを送ると、程なくしてチャイムが鳴り、鍵の開く音がした。

 

呼び出した相手――櫛田がやってきたことを察する。

 

「すまない、土産の堀北退学なら品切れだった。また次の入荷まで待ってくれないか?」

 

「ったく、油断も隙もないんだから。他の女に食わせるために教えたんじゃないんだけど?」

 

入ってきた時はご機嫌だったが、テーブルに置いたままだった2人分の食器を見るなり、ご立腹状態の櫛田さん。

そのため残念ながら退学ジョークはスルーされてしまった。

それならこちらも櫛田の問いはスルーして話を進めてもおあいこだろう。

 

「なぁ、櫛田もオレの好みの女性のタイプとか気になるか?」

 

「はぁ?べ、べつにぃ、どうだって良いわよ。……ただ人の秘密とか知るのは好きだから、そういう意味では気にならなくないこともなくはないかなぁってぐらいよ」

 

なんとも素直じゃない返答が面白く思えた。

 

「話しても良いが、代わりに櫛田のことも教えて欲しい。堀北の退学を熱望するわけとかな」

 

こちらの問いに一瞬の動揺を見せるも、すぐに天使モードに切り替わる。

 

「うーん、ごめんね、教えてあげない」

 

「オレが信用できないか?」

 

「それ以前の問題だよ。秘密を知っている人間がいることが許せなくなっちゃうと思うんだよね。綾小路くんを嫌いにはなりたくないかな」

 

秘密を知ったら最後、オレも退学の対象になるということ。

やはり、そうなってしまうか……。

 

「それなら無理に聞き出そうとは思わない。オレも櫛田には嫌われたくないからな」

 

「うんうん、綾小路くんは話が早くて助かるよ」

 

「ただ、もし、櫛田の過去が学校中に知れ渡るようなことになっても、オレなら生徒会権力でもみ消すことができる。どんな秘密だったとしてもオレはいつでも櫛田の味方だ、それだけは覚えておいてくれ」

 

「……だから堀北退学をやめろって言うんじゃないわよね?」

 

「もちろん言わない。堀北退学はオレたちのライフワークだろ?それを奪ったりはしない。ただ、安心して学校生活を楽しんで欲しい、と思っただけだ」

 

「そっか、うん……ありがとう」

 

ニコリと笑う櫛田の顔にこちらも安堵しそうになった、が、表情は変わらぬまま悍ましい雰囲気だけを放ちはじめた。器用だな。

 

「んで、それよりもそこの食器についてなんだけど――」

 

「櫛田が嫉妬するかどうか試したかった、って言ったら信じるか?」

 

「喧嘩売ってんの?」「すみません、冗談です」

 

間髪入れずに謝る。

予想通りの反応で、謝罪の準備は整っていた。

 

「今朝、もっと喜んでもらえるよう努めると言っただろ。そのために第三者の意見が欲しかっただけだ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

「ホントかなぁ」

 

今日は疑われてばかりで、自分の信用のなさに少し悲しくなってくる。

普段、意図的に伝える情報量を調整しているだけで、嘘をついているわけではないんだが……。

 

「そんなことよりひとつ提案があるんだが」

 

「露骨に話題を逸らすわね」

 

不服そうな櫛田のことは気にせずにじっと目を見て、なんのことでもないように次の言葉を準備する。

 

「今度から桔梗って呼んでも構わないか?」

 

「はぁ?まだふざける度胸があることだけは褒めてあげる」

 

「今のは本気だ。そういうのわかるんだろ?」

 

「と、突然、意味わかんないんだけど」

 

「池は呼んでいるんだから今更一人増えたところで大差ないんじゃないか?」

 

「アレは悪い意味での例外。ドブでネズミが『ニャー』とか『ワン』とか鳴いても誰も気にしないでしょ?」

 

「絶対気になるだろ、それ」

 

池がネズミ程度の評価しかされていないことは置いておいて、オレならそんなネズミが居たら捕獲を試みる。

だが、今気にすることはそんなことではなく、櫛田の返事。

 

何かしらの回答をもらえるまで、黙って櫛田の様子を伺う。

 

「はぁ~、わかったわよ。そんなに呼びたいなら勝手に呼べばいいじゃない。ただし、2人の時!限定!!だから!!!」

 

「ありがとな、桔梗」

 

「……」

 

「どうした?」

 

わなわなと震える櫛田。

 

「……用事ってそれだけ?だったらもう帰るからっ」

 

「ああ。これだけだ、またな桔梗」

 

「馬鹿バカばかーきよたかばかたかぁぁ!」

 

そんな罵倒を残し、ご乱心の様子で部屋を飛び出し走り去っていった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

今度こそ静かな時間が流れ始める。

 

 

 

わざわざ出しっぱなしにしておいた食器を洗わないとな。

汚れた皿を洗い場へ運び、水を出し、洗剤をスポンジへしみ込ませ、泡立てる。

 

 

恋人を作るとして、その最大の条件は、好みなどではなく、何があってもオレを裏切らないと断言できる相手であること。

 

 

櫛田であれば駒としての性能を含め、申し分ない相手ではあるのだが、そのためには櫛田の秘密を本人の口から聞く必要があると考えている。

それがどんな話であれ、世渡りに長けた櫛田が、あらゆるリスクを度外視で堀北退学へ突き進むほどの熱量を生む弱み。

 

それを話すことが一つの信頼の証であり、それさえ聞ければあとはどうとでも料理できる。

逆にオレが把握していない状態でその弱みを誰かに握られでもすれば、こちらを裏切る材料にもなる。

 

切り捨てる必要性が生まれた場合にも、不確定要素はなるべく排除しておきたいため、その情報の入手は交際条件の必須事項。

 

少し前までのオレであれば、今回話さなかった時点で見切りをつけたところだが、橘や波瑠加の言葉を振り返り、わずかばかり考えを改めた。

 

相手を知るためにはこちらからの歩み寄りも必要だろう。

その第一歩として名前呼びの提案をしてみた。

先程の反応からも今後櫛田がどのように変化していくのか、楽しみの一つとなりそうだ。

 

その過程で運良く、本当に存在するかも疑わしい恋だの愛だのを知ることができたのなら、オレにも何か変化が起こるのだろうか。

 

 

期待とも疑問とも言えない問いが浮かんでは消え流れていく。

 

 

確率の変動とそこから生まれる新たな選択肢。

 

 

……オレ自身はどっちを望んでいるんだろうな。

いや、考えるまでもないか。

 

 

 

結局は道中の寄り道にしか過ぎないのだから。

 

 

 

そんな結論に至るまでに、茜色の夕陽で彩られていた食器は洗い上がり、元通りの真っ白な輝きを取り戻していた。

 






サブタイトルは、今回登場したヒロイン3人の名前を入れつつ話に沿ったものを目指したつもりでしたが、落ち着いてみてみると伝わらなさそうだと思い、あとがきで補足を。

そんな事情で無理矢理なので、強愛繚乱(きょうあいりょうらん)は造語です。見た目のままの意味で解釈いただければ幸いです。

『名前』と『恋』をテーマに11.5巻部分っぽいオマージュを入れてみたところ、盛り込み過ぎの長文となってしまい申し訳ない限りです……。
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