ようこそ実力至上主義の生徒会へ   作:まぐまれむ

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微笑みのバクダン

『宝くじが当たれば――』、『埋蔵金が庭から出て――』、『石油王に――』

 

偶然大金を手にする想像を誰しも一度はしたことがあるのではないだろうか。

所詮は与太話だからこそ、自由気ままに妄想することができるそれは、ちょっとした現実逃避、あるいは雑談のネタには適している。

 

だが、いざ本当にそんな事態になれば、人はどんな反応をするのか。

 

己が幸運に歓喜するのか、現実と思えず困惑するのか。あるいは、広がる可能性に夢を膨らませたり、身に余る大金に恐怖したりするのかもしれない。

 

しかし、アイツに限って言えばいずれも当てはまらないのだろう。

 

今頃どんな顔をしているのか、想像がつかないな。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

3月31日。今日は堀北学の旅立ちの日だ。

 

この1年を振り返ってみた時に、オレの学生生活の方向性を大きく変えた人物は誰か、と問われれば悩むことなく堀北学だと答えられる。

当時世間知らずだったこともあり、あいつの目論見に嵌っていった結果、平穏な生活はどこかに行ってしまった。

 

だが、そのおかげで経験できたことも多く、選択肢が増えたことで、結果的にこの学校での最終目標を定めることができたとも言える。

 

「バスの時刻は12時半だったか」

 

時計を確認すると11時半を少し過ぎたところ。

身支度を整え、自宅を出発する。少し早いが、桜が満開中との情報を耳にしたため、道中コンビニに寄って軽食を購入し、せっかくなら花見でもしながら学の到着を待とうという考え。

 

昨年の今頃、入学当時はそれどころではなかったこともあり、花見は初挑戦。桜と日本文化の密接性からもこの体験への期待値は高い。

 

「……は?」

 

異変に気付いたのは、そんな花見へ期待を膨らませながらコンビニで会計を済ませた時だった。

 

ポイントの残高がおかしい。

具体的には桁が一桁増えている。少なくとも昨日確認した時点から約3,000万ポイントの増加だ。他クラスへひとっ飛びしたあとでも、豪遊できるだけの額。

 

コンビニを後にし、正門まで早足で移動する。

周囲を確認した後、送入金の履歴を見てみれば、つい1時間ほど前に匿名の人物から入金があったことがわかる。

 

一之瀬が限界を迎え、発作的にポイントを送ってきたのか?

いや、今のBクラスにこんな資金はない。

 

ただ、そう考えるとこれだけの資金を持っている人間は限られるため、そこから絞り込んでいけそうだ。

 

パッと思いつくのは、南雲の新手の嫌がらせ。

『今後1年間分の勝負の報酬を前金で払っといてやったから、いついかなる時も俺との勝負を拒否する権利はないぜ』などと言ってくるつもりかもしれない。

どれだけ勝負してどれだけ負ける前提の金額なんだ……。

 

あるいは学校側――月城の罠の可能性。

オレが不正を働いて学校のポイントを横領したと主張する気か?

月城は法廷での勝負をご所望なのか?念の為、最新の六法全書を読み返しておくか。

 

ただの学校側のミスだったとしても、役所が莫大な給付金を誤送金し、受け取った側が欲に負け、手を付けてしまったがために刑事事件となった事例もある。出所不明の大金に手を付けるのはリスクでしかない。

 

いずれにせよ、残念ながら呑気に桜を眺めている場合ではなくなってしまったな。

 

「なるほど、こんな顔だったか」

 

携帯画面から目を離し、声の方を向くと、スーツケースを引いた学がゆっくりと歩いてくる。

その言葉と表情からある程度状況が理解できた。

 

「つまり、これはあんたの仕業だったわけだ」

 

「許せ、最後にちょっとしたサプライズだ」

 

「それにしたって、わざわざ匿名で送ってくるなんて手が込みすぎてないか?」

 

「卒業後は在学状態ではなくなる関係で、端末が『誰なのか』を認識しないらしくてな、図らずも匿名になってしまった」

 

「っていう建前だろ」

 

「フッ、そういうことだ」

 

何のことはない、そういう仕様だと把握した上でオレのリアクションを見るために上手く利用したわけだ。

 

「今更ながらあんたたちは兄妹なんだと実感した」

 

妹の方もオレへの嫌がらせに関しては妙に長けている。今にして思えば、オレの意向を無視して何かに巻き込むのも、やり口は違えど、兄妹で似ている部分なのかもしれない。

 

「それは直接鈴音に言ってやれ、泣いて喜ぶぞ」

 

「遠慮しておく」

 

自らブラコンを刺激する必要性は全くない。

特に今後は兄成分が不足するため、下手なことを口にすればどんな暴走をしでかすか想像したくない話だ。

 

「話を戻すが、この大金はどういうことだ?」

 

送金元が学なら出所は予想できるが、なぜこれをオレに送金して来たかの理由がわからない。

 

「主に特別試験対策用で貯蓄していたポイントの余りだが、それ以外にもお前に役立てて欲しいと他の3年から受け取ったものもある、つまり卒業生からの感謝の気持ちだ」

 

「感謝?」

 

「卒業式の一件、お前が思っているよりも多くの卒業生の心に響いたんだろう。この学校を旅立つ前に、現金に換金するのではなく、お前に託すことにした3年は多かった」

 

そういった生徒が学を窓口にして、オレに寄付してきたということ。

 

「意外だな……」

 

少しでも現金を持っていた方がどんな進路であっても新生活の安心に繋がるはず。

それを捨てて、他人に譲るという行為は理屈として理解できない部分。

 

「元々学校から支給されたもので自身の労働で得たものでもない。全員とは言わないが、これからの自分たちのことは自身の手で切り開く、俺たちの学年は最終的にそういった考えに至ることができた。もちろん、それに伴う実力も各々携えている」

 

「3年間のあんたの手腕ってわけか」

 

数々の過酷な試験を乗り越え成長した卒業生たちには、在学生にはまだ見えていないものを見ることができているのかもしれない。

恐らくそこに至ったのは学校教育の賜物だけではなく、堀北学という、学校の伝統を重んじ、品行方正で誠実な人間がトップに立って学年全体を導いてきたことも大きく影響を与えてるのだろう。

 

「そこまで自惚れることはできないな。だが、少しでも生徒の心に残るような生徒会長であったなら、それ以上の喜びはない」

 

晴れ晴れとした表情で遠く――校舎の方を見つめる学。

 

「だから遠慮なく受け取って欲しい。一之瀬と取り組んでいる計画に必要だろ?」

 

「気づいていたのか」

 

「一之瀬の性格と綾小路の実行力を踏まえれば、そんな目標を抱く可能性にも辿り着ける。全く、途方もない話だがな」

 

生徒会でオレたちがポイントを稼げる仕組みを作っていることから、24億ポイント計画に気づいたということ。

 

「だよな。参考までにあんたはこの計画、実現すると思うか?」

 

「少なくとも俺たちの学年では無理だっただろう。クラスで競い合う学校方針と相反するものだからな。実現するためにはその前提を変えた上で、お前たちの様に学校依存でない収入源の確保が必要になる。俺には思いつかないアイディアだ」

 

以前、自由奔放な南雲のやり方を再評価していたように、学校の伝統を守るタイプの学には、そもそもそんな発想がなかった。

 

「だよな、どう考えても学生の領分を超えているからな」

 

「だが、だからこそ挑戦するんだろ。2年後、お前たちの取り組みがどんな結果をもたらしたか、その報告が楽しみだ」

 

24億稼ぐといった馬鹿げた話を聞いても『できない、不可能だ』と否定しないところに、学の変化を感じた。

以前は、妹の成長を諦め、学校から追い出そうとしていたこともあった。

兄なりに妹のことを想って道を正そうとしていた行為ではあったのだろうが、正しさの押し付けとも捉えられる。

 

変わったきっかけは妹か南雲か、はたまた他にあったのか不明だが、今の学はそういった相手の可能性を重んじ見守っているように思えた。

 

だからこそ、3,000万というポイントをオレに託してくれたのだろう。

 

「そういうことなら、ありがたく受け取らせてもらう」

 

「ああ」

 

そんな会話を続けているうちに、バスの時間が刻一刻と迫ってきた。

相変わらず校門付近にいるのはオレたちだけ。

そうなると少し疑問が出てくる。

 

「ところで、他に見送りは来ないのか?」

 

「最後に綾小路とゆっくり話したかったからな、他には声を掛けていない」

 

「……あんたの妹が納得するとは思えないんだが。あとからアイツに恨まれても困るぞ」

 

今日この日に学が旅立つと知っていれば、あのブラコンが見送りに来ないなんてことはあり得ない。

ましては、オレだけ見送りしたと知ったら、学校中からコンパスをかき集め、襲ってきても不思議じゃない。

 

「鈴音なら昨晩遅くまで――正確には朝まで一緒にいたこともあって、今頃は力尽きてベッドで熟睡しているはずだ」

 

「……ん?」

 

妙に含みのある言い回しに変な想像をしそうになる。

いや、流石に兄妹でそんなことはないか。あまりのブラコンシスコンっぷりにオレの感覚が麻痺しているだけだろう。

 

「昨日、鈴音から激しく求められてな。何度も無理だと断ったんだが……『しばらく会えないから思い出にしたいんです』と潤んだ瞳で縋りついてきた。それにも耐えて、大事な道具がないだろうと主張したんだが、恥ずかしそうに『兄さんに合うといいのですが……』と、すっと箱を取り出してきて中身を見せられた時には準備万端なのだと悟った。そこまでの想いがあるなら兄として、いや男として汲まないわけにはいかないと、根負けしたわけだ」

 

「お、おい……」

 

「最初は俺も戸惑ったんだが、慣れてくると熱が入ってな、つい盛り上がってしまった」

 

戸惑うのはこっちの方だと叫びたいところだが、お構いなしに話を続ける学。

 

「俺の攻めにも負けず応えてきた姿にはアイツの成長を感じさせられたものだ。同時に俺も新しい世界が広がったことを痛感した」

 

可能性を信じた結果、開けてはいけない扉を開けてしまったのか。

 

「ただ困ったもので俺が満足した後も、もう一戦、もう一戦とねだられて離してくれなかった。そういうところは小さい頃から変わらないと、俺も疲れを忘れ、つい可愛がってしまった。その結果、気づけば朝になっていた、というわけだ」

 

オレの想像が間違いではないと確信し、冷汗が出始める。もう手遅れだ。この兄妹、ついに一線を超え――

 

「久々のデュエルは楽しかった。引退してからこんなに環境が変わっているとはな。綾小路もはじめたらどうだ?鈴音が準備していた俺のデッキを譲るぞ」

 

「……またわざとか」

 

「存外、からかい甲斐がある男だと思ってな」

 

「橘がうつったんじゃないか?」

 

「それはそれで興味深い」

 

余り冗談を言うタイプでなかっただけに、最後の最後で意外な一面を見せてくる学。

いや、今はこれまで背負ってきた荷を降ろした状態、本来の学はこんな性格だったのかもしれない。

 

「あんた最初の印象から大きく変わったな」

 

「それはお互い様だろ」

 

「かもしれない」

 

少なくとも入学当初のオレたちなら、こんな馬鹿みたいな話をすることはなかっただろう。

 

「今だから言えることだが、お前を生徒会に入れた理由のひとつは、公然の場で大切な妹に痴漢行為を働いた不届き者をいびってやろうと思ったからだ」

 

須藤の事件の審議をする場で、兄に畏縮する堀北妹の意識を覚醒させるため脇腹を思いっきり掴んでくすぐり倒したことがあった。

あの場で学は特にリアクションをしていなかったと記憶しているが、腹の中ではそんなことを考えていたのか?

いや、さすがにもう騙されない。

 

「それも冗談なんだろ」

 

「半分ぐらいな」

 

「おい」

 

眼鏡の奥の目が笑っていない。本当に半分かも疑わしいほどだ。

 

「だが、今では安心して鈴音を任せられる、と思っている」

 

「任されないからな?」

 

一度こちらの不安をあおり、それを否定するような情報を出す事で、それがあたかも良い情報の様にみせる話術。なかなかどうして油断ならない。

 

「あれでなかなか可愛いところもある。お前たちの相性も悪くない……というより、この学校であの愚妹に付き合えるのは綾小路ぐらいじゃないか?」

 

「生憎、重度のブラコンを塗り替えるほどの魅力は持ち合わせてない」

 

「そうか?お前なら出来ると思うが。それに綾小路から『義兄さん』と呼ばれるのも悪い気はしない」

 

「頼むからそろそろ冗談だと言ってくれ」

 

「こっちは割と本気だ」

 

「まじかー」

 

とは言ったものの、姉派、妹派の主張は共感できなかったが、兄なら……などと思わなくもなかった。わざわざ口にはしないが。

 

どんな状況であれ、堀北妹との交際はありえないし、仮に色々と学の言う通りになってしまったら、橘が義理の姉になる可能性まで浮上してしまう。

 

そんなトンデモ展開は回避したい。

 

『それはフラグですよ、綾小路くんッ』と、どこからか聞こえてきそうなのでこれ以上は止めておく。

 

学が携帯を取り出し時刻を確認する。

もうそろそろバスが来る頃合いだろうか。そう考えていると、そのまま携帯を操作し、2つの携帯番号をオレに見せてくる。

 

「この2つの番号を覚えておいてくれ。1つは俺、もう1つは橘の番号だ。卒業後に連絡を待っている。仮に忘れたとしても鈴音経由で一緒に会いに来てくれてもいい」

 

「安心してくれ、番号は完璧に覚えた。絶対に忘れない」

 

オレの記憶力なら忘れることはないとわかっていそうなものだが、どこまでも妹との関係を推すつもりらしい。

 

「3年間色々なことがあったが、お前と過ごした最後の1年は特に印象的なものとなった。礼を言う」

 

そんな総括を述べて、穏やかな表情で右手を差し出してくる。

 

「オレの方こそ、あんたと出会えてよかった」

 

握手に応じ、最後だからか、オレからも素直にそんな言葉が出た。

 

「達者でな、綾小路」

 

「学もな」

 

握っているこの手を離せば、学とはこれっきり。

学が最後にオレから意外な反応をあれこれ引き出そうとしていたように、オレも学がどんな反応をするか気になる事項がある。

 

 

――オレの『本当の計画』を知ったら学はどう思うか、ということ。

 

 

その反応を見れないことが少しだけ心残りに思えた。

 

だったら、今、思い切って伝えてみるか。

明らかに余計なことだが、寄り道を楽しめと教えてくれたのも学だ。

 

手を離し、学と改めて向き合う。

 

「なぁ、最後にあんたの意見を聞いてみたいんだが、いいか?」

 

「こんな時に遠慮はいらない」

 

別れ際の唐突な提案だったが、迷うことなく頷いてくれた。

その様子に一種の安心感のようなものを感じ、現状、鬼龍院にしか話していない、この先の計画の一端を話してみる。

 

学は一瞬驚いたようだが、最後まで黙って聞き届けた。

 

「――というわけだ。南雲の代では、アイツの理想とする個人の実力主義の学校にすることは難しい。だが、この方法なら堀北学の理想、ついでに南雲の理想、どちらも叶うと思わないか?」

 

「確かにそれなら可能かもしれない。だが、お前はそれで後悔しないのか?」

 

「後悔?どうしてだ?」

 

「それは……。いや綾小路、お前らしい結論なのかもしれないな。だからこそ、あえてひとつだけ助言させてもらう」

 

「聞かせてくれ」

 

「その計画を実行するまでに、もっと生徒会と向き合ってみたらどうだ?」

 

「向き合う?あんたと比べたらやっていないようなものかもしれないが、これでもそれなりには取り組んできたつもりだぞ」

 

「確かに通常業務ではお前の働きぶりに助けられた。それだけでなく、コウィケなど新しい試みの実績もある」

 

「なら何が足りていないと?」

 

「それらは自分の意思で生徒のためにやってきたことじゃないんじゃないか?」

 

「否定はできないな」

 

これまでの活動は、仕事として振られたからこなした、いつのまにか巻き込まれていた、あるいは他の目的を達成するために利用した、そんなものばかり。

自らの意思で生徒会として活動したことはなかったかも知れない。

 

「せっかく生徒会に入り、周りからも認められたんだ。お前が生徒会の一員として、成すべきこと、成し遂げたいこと、それらを考え挑戦してみてから計画に移っても遅くはないはずだ」

 

「生徒会に入って良かったと思うことも多いが、自分からわざわざ面倒ごとに首を突っ込んでまでやることなのかは、未だにわからない」

 

「やってみたらわかる。これまでもそうだったろ?」

 

「なるほど……な、よく考えてみる」

 

答えを言うのは簡単でも、他者から聞いたものでは意味がない、ということだろう。

オレとしても見聞きするだけで済む体験なら、貴重な残り時間を割く気にはなれない。

だが、学がここまで言うからには、オレには予想できない何かがそこにはあって、それを得ることで何かしらの変化が生まれる可能性を示唆している。

面白そうだ。

 

「ああ。その上で決断したことなら、お前自身も周囲の生徒もきっと納得できる結果に繋がると俺は考える」

 

「……てっきり反対されると思ったんだがな」

 

「まさか。どんな形であれ、お前がこの学校と向き合う姿勢になったことは好ましいと思っている。それに、これからはお前たちの時代だ。その善し悪しを判断し行動するのもお前たちにしか許されない」

 

「あんたらしいな」

 

学は最後まで学だったことが妙に嬉しく思えた。

 

「さて今度こそお別れだ。またな、綾小路」

 

「ああ」

 

軽く手を挙げ、学は正門を潜る。

 

時刻は間もなく12時30分。

長いようで短かった学との交流も終わりの時が近づいてきた。

あとはバスに乗り込む学の姿を見守るだけ――。

 

そう思ったところで遠くから叫び声が聞こえた。

 

「にぃぃぃさぁぁぁぁぁーん。なぜ、起こしてくれなかったんですかぁぁぁーーーーっ!!!!!」

 

誰かと確認するまでもなく、堀北妹が猛ダッシュでこちらに向かってくる。

 

だが、時すでに遅し。

学は正門の向こう、バス停へと歩みを進めていた。

 

「いま、あなたの鈴音が見送りに向かいまーーす!!」

 

「おい、待て、堀北」

 

正門を越えようとした堀北妹を慌てて羽交締めにして止める。

 

この学校の敷地外に出ることはルールで禁止されている。

正門から先は外という扱い。許可なく出れば、退学まではなくとも少なからずペナルティが加えられてもおかしくない。

 

堀北のせいで来年度も再びDクラススタートになったら笑えない、いや笑うしかなくなるな。

 

「離しなさい、綾小路くん」

 

「火事場の馬鹿力ってやつだな……」

 

オレの想像を超えた力で振りほどこうと暴れる堀北妹。

 

学は到着したバスに乗り込む直前、こちらを振り返ると、オレたちの様子を見て微笑んでいる。もしかしたら、こうなることも計算だったのかもしれない。

 

「他者に強くあれ。そして優しくあれ」

 

そうして、こちらにもはっきり届く芯の通った声で最後にそんなことを伝えて来た。

 

今日のやり取りを含め、尊敬に値する友の言葉として、胸に刻んでおくことにした。

 

「はいっ、兄さん!!」

 

「鈴音、綾小路と仲良くな」

 

「はいっ、兄さん!!……え、兄さん!?」

 

「できないのか?」

 

「その……自信は全くありませんが……善処はします」

 

「それでいい。お前たちのこと、楽しみにしている」

 

「はいっ、兄さん!!2人で協力してAクラスに上がってみせます!!!」

 

その後の兄妹のやり取りは一切聞こえなかった。だからオレが胸に刻んだのは『~優しくあれ』までだ。そう、オレは何も聞いていない。

 

まったく、こちらの余韻を台無しにする兄妹だなと半分呆れながら、学を乗せ発進したバスを堀北妹と2人、見えなくなるまで見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

揺れるバスの中、遠くなっていく学舎を見つめながら、最後に告げられた綾小路の計画に考えを巡らせる。

 

 

あいつは善意も悪意もなく、さも当然の如く言い切った。

 

 

『この先、オレは生徒会を廃止に追いやるつもりだ』

 

 

と。

 

最後の最後にとんでもないことを言い出した後輩に、先輩として、あるいは友として残してやれる言葉は、あれで十分だっただろうか……。

 

「俺はパンドラの箱を開けてしまったのかもしれない」

 

だが、だとしても綾小路を生徒会に入れたことを後悔してはいない。

 

今はただアイツの作る未来の学校を間近で見れないことが残念だ。

もし俺がその場にいたら……。

 

胸の奥から溢れ出してくる熱いものを感じとり、今さらながら、南雲の気持ちが少し理解できた。

 

個人戦では到底勝ち筋の見えない強大な相手に、学校のルールのもと仲間と共に挑む。

生易しい戦いではないだろう、少なからず犠牲も出るかもしれない。

 

それでも、どうしてか、それはとても価値のあるものに思え――――。

 

「いや、それは俺の役目ではない」

 

ひとつだけ方法がないこともないが……すでに卒業した身。

後のことは鈴音に託す。

まだまだ未熟で発展途上ではあるが、光るものをいくつも持っている。

兄の贔屓目かもしれないが、今後の成長次第では綾小路も無視することできなくなる、そんな予感があった。

 

時が来たら、どうするか決めるのは鈴音に他ならない。

 

それにどう転んだとしても次に再会するときは、きっと面白い話を聞かせてくれるだろう。

 

そう考えをまとめる頃には、3年間苦楽を共にし、生徒会として伝統を守ってきた学舎はすっかり見えなくなっていた。

 

 







ちょっとした補足を活動報告に記載しています。
よろしければそちらもどうぞ。


作中の暦上、3月31日が終わりましたが、2年生編まではあと2話(ぐらい)の予定です。
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