ようこそ実力至上主義の生徒会へ   作:まぐまれむ

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データひより 後編

私は高校生探偵、椎名ひより。

お友達の綾小路清隆くんとポチの撮影に行って、親しげな理事長代理と話がある清隆くんに言われ公園で待機していた。

ポチとのじゃれあいに夢中になっていた私は、前方に潜む一つの影に気づかなかった――だけでなく、左右から迫る人影にも気づかなかった結果……ある事件に巻き込まれてしまう。

相棒ポチと一緒に事件解決に挑む、真実はいつも――

 

間を作ってポチをちらっとみるひより。

 

「ポチ、ほら、真実はいつも?」

 

ワンっ((※ひとつ))

 

「よしよし、ポチよくできましたね。ということなんです、清隆くん」

 

「すまないひより、全く話がわからなかった」

 

「ええ。あらすじもネクストなヒントも得てしてそのようなものですから」

 

満足そうにポチの頭を撫でるひより。

 

ことの発端は松下との会話を終えて、公園で待つひよりとポチに合流したところから。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「悪い、待たせてしまった」

 

「いえ、お気になさらず。ポチと楽しく遊んでいましたから」

 

なんだかんだで20分は待たせてしまったことを申し訳なく思いつつ、ひよりを見てみると、よほどポチとじゃれ合っていたのか、フリスビーを手に待つひよりの服には土埃がついており、言葉通り楽しく過ごせていたようなので安心した。

 

「早速で悪いが、撮影の準備に取り掛かりたい」

 

「はい。機材はあちらに置いてあります」

 

「助かる」

 

ひよりが指をさしたベンチには、ひよりの荷物と共に撮影道具一式が置いてあった。

カメラにSDカードを挿入し、撮影の準備を始める。

 

「その前に茶柱宅の動画の撮れ高を確認しておくか」

 

茶柱先生が上手くカメラを設置できていなかったら撮り直しとなる。

その場合、ポチの散歩帰りに再び機材を渡す必要があるため、早めにチェックしておくにこしたことはない。

 

「清隆くん、撮影始めないんですか?」

 

「先に大事なデータを確認しておこうと思ってな。ひよりも一緒に観るか?」

 

「ええ、ぜひ」

 

自宅でくつろぐポチの可愛い姿を見ればひよりの気分も上がり、より良い撮影になるだろうと思い声を掛けた。

隣に並んだひよりと2人でカメラの液晶画面を覗けるように調整する。

どんな画が撮れているか楽しみだな、と再生ボタンを押した。

 

「……ん?」

 

だが、再生されたのは動画ではなく画像。

そう、水着姿でセクシーポーズを決める愛里の写真だった。

次のデータも、その次のデータも、愛里の水着写真で埋め尽くされている。

 

「……」

 

「……」

 

「これが綾小路さんの大事なデータなんですね。ええ、綾小路さんも男の子ですからそういうものがお好きなのは理解できます。ただ、クラスメイトのこのような写真を野外で私と一緒に見るというのは、いくらなんでも……」

 

一歩後ずさり、急によそよそしく苗字で呼び始めるひより。

 

「待て誤解だ」

 

「ですが物的証拠がこのように」

 

「新品未開封のSDカードを茶柱先生に渡して回収し、そのままひよりに預けていたんだ。愛里が出てくるはずがない」

 

「じぃー」「くぅうん」

 

胸に抱えたポチと一緒にじっとオレを見つめてくる。

事実無根であっても状況が状況だけに潔白の証明が困難。

久々に嫌な汗がにじみ始めてきた。

 

「ふふふ、冗談です。清隆くんはそんな人じゃないことはわかっていますから」

 

「勘弁してくれ」

 

「それに実はどうしてこうなったのか、心当たりがあります」

 

「本当か?」

 

「ええ、実は……」

 

何がどうなって茶柱宅のポチの動画が愛里の水着写真集になってしまったのか。

ひよりから真相が語られる――かと思ったら冒頭の小芝居が始まったという経緯。

 

「では具体的にお話ししますね」

 

だったら今の小芝居は必要だったか?とは聞かないでおく。

きっとポチに覚えさせた芸を披露したかったのだろう。気持ちはわかる。

 

「あれは公園に入ってしばらくしてのことでした。急にポチがそこの自販機の奥に向かったかと思ったら吠え始めたんです――」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「ポチ、急にどうしたんですか?」

 

「わんわんわん!!」

 

「っ!?」「きゃっ」「わぁっ」「ええっ」

 

驚いて自販機の奥から出てきた人影に、思わず私も驚いてしまいます。

すると、偶然近くを通りかかっていたのか、左右からも驚きの声が聞こえてきました。

 

「ごめんなさい、ポチも普段は大人しい子なんですが……」

 

「えっと、大丈夫です。こちらこそすみません」

 

目の前の見慣れない女生徒はそう言いながら頭を下げます。

新一年生でしょうか、初めてお会いすると思うのですが、自信はなく……やはり人の顔と名前は覚えにくくていけません。

 

「お二人もすみませんでした」

 

「大丈夫です」

 

「わ、私も前を見てなかったし、ごめんなさい」

 

あとのお二方は私も知っている生徒でした。

1人は先日試験でしりとりをした白波さん、もう1人は綾小路くんのお友だちの……佐倉さんです……おそらく。

一年遅れの高校デビューでしょうか、少し見た目の印象が変わっています。

 

「で、でもワンちゃんなんて珍しいですね、かわいいなぁ」

 

「確かにそうですね。帆波ちゃんの次に可愛いと思います」

 

「可愛いだけじゃなくてポチは賢いので色んな芸もできるんですよ」

 

お二人はしゃがみ込んでポチを見つめています。

ここはこの前ポチと練習した『真実はいつもひとつネタ』を披露する時ですね。

 

「じゃあ、お手っ」

 

そう意気込んでいると先に白波さんが手を差し出してしまいます。

 

「あ、それは……」

 

慌てて止めようとしますが、時すでに遅し。

 

「ひゃっ!?」

「あーれー」

「危ないっ」

「きゃっ」

 

『お手』の合図でポチが白波さんの手を舐め回し、驚き仰け反った白波さんと飛び出してよろけた私がぶつかりそうになり、それを止めようとした佐倉さんが巻き込まれ、私たちを避けたポチの接近に慌てた見知らぬ女生徒も揃って全員転倒してしまいます。

 

「いたたた……」

 

「みなさん、おケガはありませんか?」

 

「だ、大丈夫です」

 

幸いどなたもケガはなかったようですが、みなさんの荷物が散らばってしまいました。

 

「お手でなんで舐めてきたんだろう……」

 

「ちょっと色々ありまして……」

 

清隆くん曰く、正しいお手を覚えさせようとしたものの、一度覚えたお手で舐める習慣が抜けきらず、かと言ってそのままでは茶柱先生に怒られるため、苦肉の策で『待て』をしてから『お手』と言った場合、『手をのせる』という形で覚えさせたとか。

 

「あ、そろそろ行かなきゃ」

 

「私も。バイバイ、ワンちゃん」

 

「わん」

 

春休みですし、みなさんご予定があるのでしょう。急いで散らばった荷物をまとめて、簡単に挨拶を済ませて去っていきます。

 

「オイタはめっですよ、ポチ」

 

「くうぅーん」

 

少しかわいそうですが、ダメなことはダメだと小さいうちからしっかりと教えなくては、ですね。

ポチには立派な成犬に育って欲しいですから。

大きくなったポチに跨って敷地内を走り回る、そんな想像をして少し可笑しくなります。

 

「さ、向こうの広場に行って、清隆くんが来るまでこれで遊びましょう」

 

「わん、わんっ」

 

しっぽを垂らし、しゅんと落ち込んでいるポチに持参したフリスビーを見せると、途端に嬉しそうにしっぽを振り、くるくると回ってはしゃいでいます。

私もまだまだ甘いですね、と思いながら広場へ向かいます。

 

「そういえば……」

 

見知らぬ女子生徒と別れた記憶がないことに気づき、自販機の方を振り返ります。

ですが、そこには変わらず自販機があるだけ……。

そう、初めからそこに少女などいなかったかのように、辺りは自販機の稼働する音だけが「ジー」っと静かに響いていたのでした。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「最後突然ホラーチックになったのはさておき、その時、愛里とオレたちのSDカードが入れ替わった可能性が高いってことか」

 

この施設内に家電量販店は1軒。取り扱っているSDカードの種類も限られるため、愛里と同じものを使用していても不思議ではない。

 

「おそらくそうかと。すみません、私がもっとしっかりしていれば」

 

「いや、ひよりに非はない」

 

元を正せば、オレがポチに誤ったお手を覚えさせたことが原因だしな。

むしろ思わぬところで思わぬ事件に繋がるものだと面白くも感じられた。

ちなみに、茶柱先生には『ポチの教育のため必ず待てをしてからお手をするように』と伝えてあるので、現状お手の修正の失敗はバレてはいない、はず。

 

「相手が愛里だとわかったのもありがたい。本人に連絡して交換すれば事件解決だ」

 

ついでに言うと、第三者が愛里の水着写真をコレクションしていた線も消えたため、2代目ストーカー出没とならなかったことは喜ばしい。

 

そんなことを考えながら、携帯を操作し愛里に電話をかける。

 

「つながらないな……」

 

「何か用事があるようでしたし、お取り込み中なのかもしれませんね」

 

「撮影のこともある。できれば早めに交換したいが……」

 

「そうですね。彼女はあちらの方角――ケヤキモールの方に向かったようでした」

 

「なら、メールを送っておいて、オレたちもそっちに探しに行くか」

 

愛里には『至急伝えたいことがある。気づいたら折り返し連絡を頼む』とメールをしておき、ケヤキモールへ移動する。

 

「ふふ、なんだか事件の予感がしてワクワクしますね」

 

すっかり探偵気分のひよりが微笑む。

 

「いや、これ以上はさすがに何も起こりようがないと思うが……」

 

そんなことを言った後に『ああ、これがフラグってやつか』とオレも少し嫌な予感がし始めた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「うーん、やはり簡単には見つかりませんね。メールのご返事はありましたか?」

 

「今のところはないな」

 

ひよりとポチを連れ、ケヤキモール入口に到着したところで周囲を見渡すが残念ながら愛里の姿はない。

こうなると愛里からアクションがあるまで、打てる手は限られてくる。

 

「ダメもとでもう一度電話してみるか」

 

と携帯画面に目を落とした時だった。

 

「清隆くん、あの方々に伺ってみるのはどうですか?捜査はまず聞き込みからと相場が決まっていますし」

 

「その相場、探偵というより警察側じゃないか?」

 

「ふふ、鋭いですね。助手として頼もしい限りです」

 

そんなツッコミを入れながら顔を上げると、ひよりの視線の先に男女二人が歩いていた。

 

「池と篠原か」

 

つかず離れずの絶妙な距離感を保ってぎこちない足取りで歩く2人。

これから2人で予定があるのか、たまたま近くで出会っただけなのかは不明だが、モールの中へ向かっている。

 

「確か清隆くんと同じクラスの方ですよね」

 

「ああ。篠原は愛里とも仲が良いし、聞いてみる価値はあるかもな」

 

「では参りましょう」

 

なぜだか楽し気なひより。

 

「それで、だ、大事な話って何よ?」

 

「ここじゃなんだからさ、カフェとか入ろうぜ」

 

「別にいいけど……春休みの宿題を見せろとかだったら怒るからね」

 

「バカ、そんなんじゃねーよ」

 

「え、もう宿題終わってんの?」

 

「いや、終わってねーけどさ」

 

「それヤバくない?……見せるのはあれだけど、さ、まぁ教えてあげるぐらいなら――」

 

「ちょっといいか」

 

「「わぁぁっっっ」」

 

過剰なほど驚いて飛び退き、お互いの距離をとる2人。

 

「すまない、驚かせたみたいだな」

 

「綾小路……と椎名ちゃん?と犬??」

 

「ほら、ポチ。こんにち……」「わん」

 

「よくできましたね」

 

胸に抱えたポチをニコニコしながら撫でるひより。

 

「可愛すぎかよっ!」

 

「はぁ?」

 

反射的にツッコミを入れた池を篠原が睨みつける。

途端、顔面蒼白になる池。

 

「いや、篠原、違うって、犬も可愛いなって」

 

「へぇー、そうだよねー、犬()可愛いよねー」

 

本音が漏れた取り繕いにますます苛立つ様子の篠原。

 

「お邪魔してしまったでしょうか……」

 

「クラスではいつもこんな感じだ。大丈夫だろ」

 

「そうなんですね。喧嘩するほどなんとやら、というやつですか。少し羨ましいです」

 

「羨ましい?」

 

「本音でぶつかれる仲と言いますか……いえ、その、忘れてください」

 

険悪そうに見える2人のやりとりのどこに羨むポイントを見つけたのだろうか。

ひよりのことだ、最近ハマっている小説に似たようなシーンでもあったのかもしれない。

 

「あっ、綾小路!そう綾小路ぃ!何の用だよー珍しいじゃん」

 

藁にもすがるを絵に描いたような顔で、こちらへ話を振る池。

少し状況を眺めていたい気持ちもあったが、原因はこちらにもあるため藁ぐらい差し伸べてもいいか。

 

「実は愛里を探してるんだが、見かけてないか?」

 

「雫ちゃん?あんな可愛い子見かけたら覚えてるはずだから、見てねーよ」

 

「いけぇぇえ?」

 

「ひぃぃっ」

 

差し伸べた藁に火をつけた池。

失言が止まらない池の姿に怒りを通り越して呆れつつある篠原。

 

「そうか。邪魔して悪かった」

 

これ以上は火災になりかねない、飛び火する前に立ち去ることを決める。

 

「べ、別に邪魔でもなんでもねーよ。俺たちたまたま一緒にいただけだしよ。何なら一緒に探してやるよ、雫ちゃんはあっちかなー」

 

「あ、ちょっと……」

 

そう言って篠原を残し、火元()はケヤキモールの中に走り去っていった。

 

「はぁ、あのヘタレ、ホントもう」

 

「篠原も悪かった。2人がそういう仲だとは知らず声をかけてしまった」

 

「いや別に綾小路くんが想像してるような仲じゃないけどさー」

 

事もなげに否定したかと思えば、何か言いたげな篠原がオレの袖を掴み、ひよりから少し引き離し小声で尋ねてくる。

 

「愛里ちゃんの場所なら知ってる。さっきまで一緒だったし」

 

「本当か?どこに――」

 

「ただ、教える前に確認したいことがあるんだけど」

 

怪訝な表情の篠原。

こんな顔をされる覚えは……あるな。やはり飛び火したか、それなら甘んじて受ける他ない。

 

「2人は何してる感じ?」

 

「見ての通りだ」

 

想像とは違う問いに肩透かしを喰らった気分になる。

犬を連れて歩いているのだから散歩以外何があるのだろうか。

もっとも今は愛里を捜索中であるため、散歩とも違うが……探偵ごっこあたりが適切か?

 

「つまりデート中ってこと……。2人はいつから付き合ってるの?愛里ちゃんを探してるのは……はっ!!まさか2人で仲良く交際の報告にでも行くつもり!?この鬼畜っ!!」

 

「悪いが何一つ合ってない。友人と犬の散歩をしているだけで、愛里を探している理由は落とし物を渡したい、ってところだ」

 

「へ?あ、そうなの。紛らわしすぎるんだけど……まぁ、それなら、うん、愛里ちゃんのいる場所教えてあげる」

 

と、罵倒から急に手のひらを返し、あっさり場所を教えてくれた。

 

「あのヘタレには私から見つかったって言っとくから。じゃあね」

 

「ああ。助かった」

 

池の去って行った方へ篠原も急ぎ向かう。

 

「あのお二人も中々大変そうですね。やはり申し訳ないことをしてしまいました」

 

「オレもその辺りは疎かった。知っていれば遠慮したんだが……。ただ、おかげで愛里の居場所はわかった。今度2人にはオレから何か埋め合わせをしておくから、ひよりが気にする必要はない」

 

「私にも何かお力になれることがあったらおっしゃってくださいね」

 

「ああ」

 

結ばれたかもしれない2人の関係に水を差してしまったが、どの道このぐらいで上手くいかない間柄であれば交際など長続きしないはず。今回のことは些細なことだろう。

 

と思っていたのだが――

 

「清隆くん、それはダメだったと思うよ」

 

「そうなのか」

 

カフェの隅で顔を真っ赤にしてうんうん唸っていた愛里と合流し『なんでここに清隆くんが!?心の準備がっ』と驚かれたため、篠原たちのことを話したところ、叱責されるという珍しい事態に発展してしまった。

 

「池くんって匂わせるだけ匂わせて、全然関係を進展させようとしないヘタレだってさつきちゃん話しててね」

 

「その話、なんだか他人事に聞こえないですね」

 

「うんうん」

 

ひよりの言葉に愛里が大きく何度も頷く。

お互いあまり話したことはないはずだが、大人しい性格の2人だ、何かしら通じ合うものがあったのだろう。

 

そうして聞いた事情をまとめると、そんなヘタレの池に告白してもらうためここ最近、愛里に相談しながら篠原なりに頑張ってアピールし続けた結果、今日やっと池から『大事な話がある』と連絡がきた。緊張した篠原は事前に愛里と話して心を落ち着かせ、いざ勝負へ向かったところにオレたちが接触してしまった、ということらしい。

 

「でも元はと言えば清隆くんの連絡に気づかなかった私の責任だよね……」

 

「いや、そんなことはない。ちょうど篠原を激励していたタイミングだったんだろ。そこで電話し始めたらそれこそ非常識だ」

 

「その後のメールは見たんだけど……内容が内容だったからびっくりして返事に悩んでいたら今に至ったというか……ごめんね」

 

「それを言い出したら公園での転倒を招いた私のせいでもありますから。誰が悪いというより、ちょっとした事故が重なった不幸な事件なのではないかと」

 

「ありがとう。さつきちゃんたち、なんとか上手くいってるといいんだけど」

 

「素朴な疑問なんだが……お互い好きだと確信しているなら、篠原の方から告白すればいいんじゃないか?」

 

「それは……さつきちゃんは、恋愛は先に告白した方の負けって言ってたよ」

 

「……告白に成功しても負けなのか?」

 

恋愛に勝ち負けがあるとしたら、告白の成否やライバルより先に結ばれるなどそういった類のモノであれば理解できる。

だが、交際が決まったにも関わらず『負ける』という発想はオレには未知の世界。ぜひその理論を聞いてみたい。

 

「説明が難しいけど『惚れた弱み』とか言うのと似てるのかなぁ。うーん、交際後の関係にも関わってくるというか……」

 

「つまり交際スタートした段階で、告白された側は告白した側より優位な立場になる、ということなのか。篠原はその優位性を狙っていると」

 

告白された方は精神的に優位に立てる、というのは何となく想像できる。

なるほど、交際する場合はその後の関係値も気にする必要があるのか。

 

「うーん、そうとも言えるしそうじゃないとも言えそうかなぁ」

 

「どういうことだ?」

 

煮え切らない愛里の反応をみるにオレの考察はあまり的を得たものではなかったようだ。

 

「これはなんというか、うーん……」

 

「佐倉さんのおっしゃりたいことは何となくわかります。女の子であれば、男の子からかっこよく告白してもらうことに憧れるものですから」

 

言語化に苦戦していた愛里の代わりにひよりがまとめる。

 

「そうそれ!さつきちゃんも照れ隠しで言ってるだけで、本音はそっちなんじゃないかなって」

 

「そういうものなのか」

 

「そういうものだよ」「そういうものですね」

 

2人から揃って似たような返事が来る。

 

「ひよりも愛里も告白された方が嬉しいのか?」

 

「「えっ……」」

 

篠原の一例だけではサンプルに乏しいため、どのぐらいの女性に当てはまるのか気になっただけなのだが、2人とも俯き固まってしまう。

 

「う、うん」「そ、そうですね」

 

相変わらず俯いたままではあったが、ちょっと間をおいてぎこちなく肯定する。

しかし告白は男性からが望ましいのであれば、どう転んでも男性側は敗北する、という理屈になる。

現代社会は平等、平等と訴えて止まないんじゃなかったか。

 

「なるほど、参考にさせてもらう」

 

世の中の不条理を垣間見た気もするが、オレ個人としては気にするほどの要素ではない。

 

「あ、でも、これは相手が池くんだから言えることって波瑠加ちゃんは言ってたよ」

 

「池だから?」

 

この手の話題には疑問が尽きないことを実感する。

 

「例えば……平田くんに告白されることを夢みてた女子は多いって聞くけど、実際それを待ってたら軽井沢さんが持っていっちゃったわけで……」

 

愛里の例え話を聞いてみーちゃんを連想した。

隣のひよりも遠い目をしているので、きっと同じだろう。

 

「理屈はわかった。これ以上はみー……池の名誉のため止めておこう」

 

恋愛の市場価値という話。

人気の商品は早い者勝ちでなりふり構っている場合ではないが、在庫の心配のない売れ残りなら焦る必要はないということ。

 

ここまでの話からみても恋愛というものはオレの想像を超えた複雑さがあるようで、少し興味が出てくる。

月城のハーレム発言はともかく、恋愛自体はホワイトルームでは学べないことに違いはないため、いずれ学習したい項目ではあったが……。

 

「さて、清隆くん。ポチを待たせていますし、そろそろ」

 

「そうだった」

 

「私を探してたんだよね?」

 

かなり話が逸れてしまったが、ここに来た目的を果たさなくてはいけない。

カフェの入り口に繋いで待たせているポチも寂しがっているかもしれないしな。

 

「愛里、実は公園でSDカードを取り違えたみたいだ」

 

「え!?」

 

再び顔を真っ赤にする愛里。

 

「……と、言うことは見ちゃった?中のデータ見ちゃった!?」

 

「すまない、悪気はなかった」

 

いくらグラビア慣れした愛里とはいえ、水着写真を身近な異性に見られるのは良い気はしないだろう。

 

「清隆くんは大事なデータとおっしゃっていましたよ」

 

「えぇぇっ!!?」

 

突然のひよりの告白に、増々真っ赤になった顔を両手で覆い隠す愛里。

だが、指の隙間からチラっとこちらを覗く瞳には何かを期待しているような色が見えたような……。

 

「待て、その表現は語弊がある」

 

「そうだよね、私の写真なんか興味ないよね」

 

しゅんとする愛里。

 

「違う、そうじゃない」

 

咄嗟に否定してしまう。

 

「やはり興味があったんですか?」

 

今度はひよりが微笑みながら瞳に闇を宿し覗き込んでくる。

 

「いや……」

 

ひよりと愛里とで板挟みにされる。

これは何と答えるのが正解なんだ……。

 

「ふふふ、ちょっと冗談が過ぎましたね」

 

「だね、こんな清隆くん初めて見たから新鮮だったよ」

 

笑い合う二人。

 

「なんだ冗談か」

 

「ええ。そうですよ」「うん。そうだね」

 

どこか含みのある笑顔。

……冗談、なんだよな。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「何はともあれこれで事件解決だな」

 

「ですね。少し寂しい気もしますが……」

 

「わん」

 

愛里とSDカードを交換し、ポチを連れてケヤキモール入口まで戻ってきていた。

 

「いや、安心するのはデータの無事を確認してからだな」

 

「今度こそ清隆くんの大事なデータなんですね」

 

「ああ」

 

先程は散々な目にあったが、今度こそ自宅でくつろぐ可愛いポチの映像が出てくるはずだ。

カメラをSDカードに差し込み、再生ボタンを押す。

 

「……」

 

「……」

 

「わん?」

 

そこに映し出されたのは可愛い子犬ではなく――犬耳をつけた一之瀬の写真の数々だった。

 

「これが綾小路さんの大事なデータなんですね。やはりこういった女性が好みと……」

 

再びよそよそしくなるひより。

 

「待て、これはさっきと同じパターンだろ」

 

「ですが、こうも魅力的な女性ばかり出てくることがあるのでしょうか?」

 

「それはオレが聞きたいぐらいだ。ともかくこのSDカードの持ち主のところに行ってみるしかない」

 

「持ち主というと……」

 

「疑うまでもなく白波だろうな」

 

おそらくだが、愛里のSDカードをひよりが、白波のSDカードを愛里が、オレたちのSDカードを白波が誤って持って行ったということだろう。

 

「問題は愛里と違って白波の連絡先は知らないことだな」

 

もちろん、一之瀬に聞けばわかるだろうが『なんで綾小路くんが千尋ちゃんの連絡先を知りたいのかな?』と追及される可能性が高い。

そうすると、この一之瀬の写真を見たことを説明しなくてはならなくなり、お互いに気まずい思いをするのは目に見えている。

 

「でしたら、あちらの方々に聞いてみるのはいかがですか?」

 

「この流れ、既視感しかないが……」

 

ひよりが示した方を見ると、案の定、再び男女二人が歩いている。

 

「網倉さんと……なにナベくんでしたか?」

 

「普通そんな忘れ方はしないだろ」

 

「ふふ、冗談です。渡辺くんは純文学がお好きみたいなので一度お話をしてみたいと思っていました」

 

「そうなのか、初耳だな」

 

「この前の試験のしりとりで、たくさん作品名を出されていましたから」

 

「なら話しかけに行くか、紹介する」

 

「ぜひ!」

 

池と篠原の反省もあり、関係性をよく知らない男女なら声を掛けるのは遠慮しようかと思ったが、あの2人なら大丈夫だろう。

一時期頻繁にBクラスを訪ねていたが、2人がそんな関係だとは聞いたことがない。

仲良しクラスらしく、クラスメイト同士で遊びに出かけているだけだろう。

 

「はい、これ、ありがと。面白かった」

 

「お、おう。貸してたテキサス●チェーンソーのブルーレイな」

 

「しりとりの時はこれで助かったけど、はぁ~悔しいよね、やっぱり」

 

「お、おう。で、でよ、せっかくだし、これから飯でも――」

 

「ちょっといいか?」

 

「うわわわっわやおこうじ!?」

 

両手を上げ大きくのけぞりぐるぐる回転する渡辺。やはりこいつのリアクションは安心感があるな。

 

「綾小路くん、どうしたの?」

 

網倉の方は平然としている。

 

「ポチ、こんにち――」「わん」

 

「えっ、あ、椎名さん!?」

 

が、後ろから、ひょこっとひよりとポチが顔を出したことにより多少の動揺が見られた。

よく考えれば特別試験で自分たちを負かした張本人、すぐには割り切れるものではないか。

変に間を作るとお互いのためにならないと判断し、さっそく話を切り出すことにする。

 

「ちょっと2人に聞きたいことがあるんだが、ひよりは別件で渡辺と話してみたいらしくてな」

 

「へ、俺?」

 

「渡辺くんも読書家だと思いましてお話できたらと」

 

目を輝かせながら話しかけるひよりを見て、頬を赤く染める渡辺。

 

「ふーん、良かったじゃん」

 

「え、あ、いや――」

 

渡辺に春の到来を感じたのか網倉が祝福する――が、当の渡辺からは焦りが見えた。

 

「それで渡辺くんの好きな作家、あるいは作品をお聞かせできませんか」

 

「ちょ、えっと、あー」

 

「あ、すみません。いきなり尋ねられても迷いますよね。絞り切れないようでしたらジャンルでも構いません」

 

戸惑う渡辺を余所に止まらないひより。

 

「で、綾小路くんたちは何をしてたの?」

 

そんな2人を尻目に網倉はこちらへ話しかけてくる。

 

「犬の散歩だ。正確に言うと生徒会関係でそこのポチを撮影しようとしている」

 

「なるほど。確か帆波ちゃんもこの前そんなこと言ってたっけ。つまりデートじゃないんだ?」

 

「男女が2人でいたらデートになるならそうかもしれないが、その場合、網倉たちもデートってことになるんじゃないか?」

 

「それを言われちゃうと確かにデートではないね、お互いに。うん、なら別に帆波ちゃんに連絡する必要もないか」

 

「一之瀬に連絡するのは勘弁して欲しいな」

 

この場に一之瀬が現れたらSDカードのことを話さなくてはいけなくなる。

そうなるとわざわざ網倉たちに声を掛けたのに本末転倒だろう。

 

「ん?やましい気持ちはあるんだ?」

 

「そんなものはない」

 

「へえー」

 

にやりと笑う網倉。何か誤解している気がする。

 

「ところでそろそろ本題に入りたいんだが」

 

「あ、聞きたいことがあるんだっけ?」

 

「実は白波を探している。連絡を取りたいんだが、連絡先を教えてもらえないか?」

 

「どういうこと?」

 

オレから白波の名前が出るとは思わなかったようで懐疑的に尋ね返してくる。

 

「簡単に言うと、ちょっとしたアクシデントでお互いの持ち物を取り違えたから交換したい」

 

SDカードを見せながらそんな説明をする。

 

「そういうことなら私から連絡するよ。多分、いきなり綾小路くんが連絡すると驚くというか、なんというか……」

 

「こちらとしてもその方が助かる」

 

オレの返事を聞くと携帯端末を取り出し、電話をかけ始める網倉。

程なくしてダッシュで白波がやってきた。

 

「おーい、千尋ちゃん、こっちこっちー」

 

手を振り白波を呼ぶ網倉。

 

「わたわた私の帆波ちゃんは!!?」

 

「ここに」

 

SDカードを差し出すと素早く手に収め、涙目で安堵した表情を見せる。

 

「はぁあ~、良かった。『私の愛する帆波ちゃん』~第二弾アニマルコラボ編~の参考写真にって無理言ってやっと撮影させてもらったものだったから、なくしたら一大事だったよ」

 

「それは何よりだ。それでオレたちのSD――」

 

「あっ!?でもよりによって綾小路くんに写真を見られちゃった!?」

 

安堵も束の間、血の気が引いていく白波。

 

「その、何というか、とてもいい写真だったと思うぞ。他人に見られて恥ずべきものではなかった」

 

隠すこともできないため、せめて前向きな意見を伝えておく。

 

「帆波ちゃんは素材が良いからねっ!って違うよ!ど、どうしよう……」

 

「大丈夫、他の男子ならまだしも、綾小路くんにだったら許してくれるって。いざとなれば私も『綾小路くんは喜んでた』って証言するしさ」

 

「麻子ちゃん……」

 

取り乱す白波を網倉がなだめていく。

フォローの仕方、それで合っているのか?

 

「そうだ、はい、これ」

 

程なくして落ち着きを取り戻した白波からオレたちのSDカードを渡される。

 

「白波さん、すみませんでした」

 

「ううん、こちらこそ」

 

渡辺とは話し終わったのか、ひよりも顔を出し、お互いに頭を下げている。

渡辺の方はというと、げっそりした様子でこちらに近づき、小声で話しかけてきた。

 

「綾小路、今度埋め合わせしてくれよぉ」

 

「何のことだ?」

 

「とぼけるなって。そのモテテクを俺にも伝授してくれ。後生だ」

 

「よくわからないが、相談になら乗っても良い」

 

「マジで!?男と男の約束だぜ」

 

「ああ」

 

どこかに行こうとしていた2人の時間を邪魔したことに違いはなかったため、ひとまず承諾しておく。

それを聞き渡辺は少し元気になったようだった。

 

「じゃあ俺たちは邪魔しても悪いし、そろそろ行こうぜ、網倉」

 

「そうだね。あ、千尋ちゃんもせっかくなら一緒にご飯でもどう?」

 

「うん。安心したらお腹減ってきちゃった」

 

「えっ!?」

 

「あれ、ダメだった?」

 

「いやいやいや、なんて言うか、この3人で飯も珍しいからさ、楽しみだなぁー。あははー」

 

渇いた笑い声を響かせながら渡辺はケヤキモールの中へ入っていく。

後に続く、網倉と白波だったが、ふいに白波が振り返り、ひよりのもとへと走り寄る。

 

「椎名さん、私、あなたのこと応援しているから、頑張って!」

 

「え?あ……はい」

 

ぐっとひよりの手を両手で包み、それだけ伝えて網倉たちを追って走り去っていく。

 

「……そんなにわかりやすいでしょうか?」

 

「何がだ?」

 

「……秘密です」

 

気にはなるが、秘密と言われたためこれ以上聞くのも野暮だろう。

 

「それよりも、恒例のデータチェックの時間じゃありませんか?」

 

「恒例にはしたくなかったけどな」

 

なぜだろう。無事SDカードは戻ってきたはずなのに、どうも嫌な予感しかしない。

カードをカメラに差し込み、データを再生する。

 

「……」

 

「……」

 

「くううん?」

 

「これは間違いなく清隆くんのデータですね」

 

「そうだな、オレの映ったデータだな……」

 

表示されたのはポチではなく、魅力的な女性でもなく、本当にわけがわからないが、オレの写真だった。

主に外を歩いているときの写真で、遠くからズームして撮られたようなものばかり。

 

「ご自分のことを大事になさるのは良いことだと思います」

 

「言っておくがこれもオレのではないぞ?」

 

これまでと違い、一歩前に出てデータを眺めるひより。

自分の写真を大事なデータなどと言って見せびらかしていたらナルシスト(南雲)も良いところだろう。

 

「だとすると、どなたが……あっ、最初にポチが吠えた方でしょうか」

 

「恐らくな。そう考えると、ポチはオレの盗撮犯を捕まえようとしていてくれたのかもしれない」

 

「偉いですね、ポチ」

 

「わん」

 

ひよりから頭を撫でられポチは気持ちよさそうにしている。

 

「問題はこれまでと違い、その人物が特定できないことだ」

 

「いよいよ事件もクライマックスという感じがしてきましたね」

 

「見覚えがない女子生徒って話だったが、他に何か憶えていることはないか?」

 

「そうですね……髪を結んでいた、ということぐらいしか印象に残っていません」

 

「該当生徒は多そうだな」

 

生徒会活動を通して新入生のデータも顔写真含め記憶している。

だが、流石に髪を結んでいる、だけでは絞り込むのは難しい。

 

「残念ながら今回は聞き込みをできそうな男女も歩いていないですし……」

 

「そうすると『なぜ犯人はオレの写真を撮っていたか』から考えてみるか」

 

「ホワイダニットですね!!」

 

正直、カメラでオレを盗撮と聞くと真っ先に連想するのは諸藤だが――。

 

「念のために聞くが諸藤とはぶつかってないよな?」

 

「ええ。少なくとも今日はお会いしてませんね」

 

「だよな」

 

他の可能性としては、相手がオレを観察していたこと、直前まで月城が近くにいたことを踏まえると例のホワイトルームからの刺客という線も消しきれない。

尻尾を掴ませるような醜態を刺客が晒すかどうかだが、オレ同様、犬なんて見たことがなかったはずで、驚いて隙ができたとしても不思議ではない。

 

そう考えるとひよりを巻き込んでいいものかと思わないでもないが、犯人の顔を把握しているのがひよりだけなので仕方がない。

新1年生ということなら、その場にいた愛里や白波に聞いても似たような証言しか返ってこないだろうしな。

 

「視野を広げてみれば、ひよりの知らない3年生が南雲のスパイとして盗撮していた可能性もあるか」

 

「そうですね。3年生も茶道部の先輩を除けば、ほとんど知らない方々です」

 

南雲なら何らかの悪事に利用するため、オレに向けスパイの1人や2人送り込んでいても不思議ではない。

 

「ただ――あくまで直感ですが、3年生ではなかったように思います」

 

「ひよりの直感は信憑性が高いからな……」

 

ひよりのそれは本人が自覚していないだけで何かしらの違和感を察知、それが直感に繋がっているように思える。

 

「初めて会った、という点からも同級生の可能性は低いか」

 

「そう……だと思います」

 

自信はなさそうだが、普段限られたコミュニティで過ごすひよりでも、特別試験や体育祭などのイベントを通してこれまで他クラスの生徒と接する機会は十分にあった。

流石に同学年で一切見たことがない生徒が存在するとは思えない。

 

「やはり絞り込みは難しいか。いつの間にか消えていたんだったら行先も推測できないしな……」

 

「現場百篇という言葉もあります。公園に戻ってみますか?」

 

「取り違えたことに気づいたら戻ってくる可能性はあるか……」

 

だが、その場合向こうもオレが盗撮に気づいた可能性に行き当たるため、後ろめたいことのある犯人がノコノコと現場に戻ってくる確率は低い。

あるいはホワイトルーム生の犯行だった場合、証拠になるこの盗撮データを抹消するために動くだろう。

今もどこかで近くで機を伺っているかもしれない。

 

「閃きました!」

 

あらゆる危険性の想定し対策を検討し始めた時、ひよりが声を上げる。

 

「ここはポチの力を借りましょう」

 

「ポチの?」

 

「はい、SDカードに付着した犯人のニオイを辿ってもらう作戦です」

 

「……できるのか?」

 

すでに白波やオレたちのニオイで上書きされていないだろうか。

 

「ポチならきっと。ね、ポチ」

 

「わん」

 

「他に当てもないしな、試してみる価値はあるか」

 

「はい」

 

「ただひとつ約束してくれ」

 

「約束ですか?」

 

「何があってもオレの傍から離れないこと、できるか?」

 

刺客が強硬手段に出た際に離れたひよりを狙われては手の打ちようがない。

的はひとつにまとめておいた方が選択肢を絞れる。

 

「え……は、はい。では遠慮なく」

 

ピタッと身を寄せてくるひより。

 

「いや、ここまで密着する必要は――」

 

「さぁポチ、このニオイの主のもとへ出発です」

 

「わんっ」

 

オレの指摘を遮り、近い距離のままポチへ指示を出す。

ポチも慣れているのか、SDカードをクンクンと嗅いだ後、地面に鼻を近づけながらゆっくりと進み始めた。

 

「まさか本当に追跡できるのか?」

 

「探偵犬は伊達じゃありませんから」

 

これができるなら癒し系の動画より、そっちの路線で企画撮影した方が再生数が稼げるか?

 

そうしてポチに連れられて進んでいった結果――

 

「公園に戻ってきたな」

 

「そうですね」

 

日が暮れてきたこともあって見渡す限り公園は無人。

捜索は失敗。遊び足りないポチが公園に戻ってきたのだろう。

まぁダメもとだったしな、と諦めかけた時だった。

 

「わんわんわんっ」

 

「ポチ?」

 

「この反応は、きっと犯人を見つけたに違いありません」

 

突然吠え始めたポチは一目散に自販機の方へ走り出す。

慌てて後を追うオレたち。

すると、自販機の陰から突然人影が現れる。

 

「この方です、清隆くん。お縄を頂戴しましょう!」

 

「探偵なのか刑事なのかブレてないか?」

 

ひよりの発言にツッコミを入れている間に、後ずさった人影が街灯に照らされてその姿をはっきりと視認できた。

 

「こ、こないでください。ケダモノっ」

 

「いくらなんでも愛くるしいポチをケダモノ呼ばわりは酷いと思うんだが」

 

「ち、違います……。ケダモノはあなたです」

 

「は?」

 

逃げ切れないと観念したのか、足を止め縮こまる人影――山村美紀から不躾に不当な評価を下された。

こうして話すのは初めてのはずだが、どういうわけかオレに怯えている。

 

「……綾小路さん、この新入生に一体何をなさったんですか?」

 

肉食獣に追い詰められた小動物の様にプルプルと震える山村の様子を見て、ひよりが疑いの眼差しを向けてくる。

 

「全く覚えがない。山村とは初対面だ。あと新入生じゃなくて同学年でAクラス生だぞ」

 

「え、そうなんですか?その……山村さん、私たちはあなたに危害を加えるつもりはありません。先ほどのお縄に発言も冗談ですし、清隆くんも女性に乱暴を働く方ではありません」

 

「で、でも、その子犬を使って、教師やあなたにセクハラしてますよね。ひ、日頃から色んな女子生徒をとっかえひっかえ侍らせてますし……。それにあの映像も……。わ、私は食べてもおいしくないです、許してください」

 

そういえば、いつか坂柳がオレを脅すために使ったポチが茶柱先生やひよりの手を舐めまわす動画を撮影したのは山村だったな。

不本意ではあるが、あの現場をはじめ、日頃からオレの行動を観察していればこんな誤解が生まれても仕方ないのかもしれない。

 

「それは誤解……いや、一部解釈を間違えている、と思うぞ」

 

「清隆くん?」

 

悲しいかな、ポチに手を舐めさせていたのは誤解ではないため、強く否定できない。

 

「とにかく落ち着いてくれ。ひよりの言う通り、山村をどうこうするつもりはないんだ」

 

「あなたの後をつけて撮影していたことに気づいて、怒りのあまり襲いに来たんじゃないんですか?」

 

「そんなことするはずがない。盗撮も坂柳の指示だったんだろ?なら山村を責めるのはおかしい」

 

「本当ですか?」

 

「ああ、本当だ」

 

坂柳のことだ、再びオレを脅す材料でも探していたのだろう。

ただ、しばらくは不戦の約束をしていたはずだが……まさか個人的なコレクションじゃないよな。

一抹の不安が拭いきれなくなる。念のためにこのデータは抹消しておくか。

だがそんなことをすれば――。

 

「ひとまずこれを返しておきたい。盗撮は歓迎すべきことじゃないが、このデータがないと山村が坂柳から怒られるんじゃないか」

 

思うところはあったが、優先すべきはこちらのSDカードの回収。

安心させるため山村へ先にSDカードを返却する。

 

「……それはそうかもしれません。そうするとあなた方の目的はこちらですか?」

 

先程のやり取りから感じたが、やはり山村もSDカードが入れ替わっていることに気づいていたようだ。

 

「そう、大事なデータなんだ」

 

「大事な……や、やっぱりあなたはケダモノです。用は済んだと思いますので、すみませんが失礼します」

 

サッとSDカードを渡すと足早に消え去る山村。

残念ながら取り付く島もなく関係性の改善はできなかったが、データは戻ってきたので良しとするか。

今後については坂柳に釘を刺しておきたいところだが……。

 

「兎にも角にもこれで一件落着ですね」

 

「ああ」

 

「ではお約束のデータチェックのお時間としましょう。今度こそ清隆くんの大事なデータを観ることができますね」

 

「そうだな」

 

楽しみだと言わんばかりに寄ってくるひより。

これ以上、変なデータが出てくる恐れはないため、オレも安心して再生ボタンを押せる。

ここにたどり着くまで本当に長かったな……。

 

『ん?これは映っているのか?この手の機器はよくわからん』

 

今度こそ、間違いなく茶柱先生が撮った動画が流れ始めた。

仕事終わりに設置し、録画ボタンを試しに押してみたのだろう。自宅と思われる室内で、いつものスーツ姿の茶柱先生が映っていた。

 

『ポチどう思う?ふむ、やはりポチもわからんか……綾小路も面倒な仕事を増やしてくれたものだ。うーむ、ここで確認するのか?いや――』

 

そう言いながら録画中の小型カメラを手に取り、レンズを下向け裏側のモニターを覗き込んでいるのだろう。

言うまでもなくそんなことをすれば、カメラの方は日頃から大胆にはだけた胸の谷間をアップで映すことになり――。

 

「……」

 

「……」

 

「わおぅん?」

 

「やはり綾小路さんはこういうのがお好きなんですね」

 

「……奇遇だな、オレもそういうことにした方が楽かもしれないと諦め始めたところだった」

 

そう言って、そっとカメラの電源を落とした。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

あれからひよりへの弁明に取り組んで、終わる頃には、すっかり夕暮れ時となってしまった。

だが、紆余曲折あったが本来の目的はポチの動画撮影。スケジュール的に延期は好ましくない。

開き直って『夕日と子犬と少女』というテーマで撮影を進めることにして、夕日に向かって飛ばずに転がるフリスビーを追いかけるポチとひよりを撮ることができたので、なんとかなるだろう。

 

「これに関しては問題なく撮れたな」

 

撮影は完了したもののだいぶ暗くなったため、街灯のある明るい場所で撮れ高のチェックを行っていた。

動画の再生が終わり、無事に撮影できたことを確認し、ひよりとポチのもとへと向かう。

 

ところが、待たせていたベンチ付近には姿がない。

どこに行ったのかと周囲を見渡すと、少し離れたところにあった大きな桜の木の根元でポチを抱え座るひよりを発見する。

 

近づいてみたところ、ポチもひよりも気持ちよさそうに眠っていた。

今日は色々なことがあったため、さすがに疲れたのだろう。

 

月明りの照らす夜桜のもとですやすやと眠る姿は、なんだか美しく思え、サムネイルにしようとこっそり写真を撮らせてもらう。

オレも山村を責めることはできないな。

 

「思えばちゃんと花見をしてなかった」

 

ひよりたちの隣にそっと座り、目を覚ますまで、花見と洒落込むのも悪くない。

心地よい夜風に吹き、散っていく花弁を眺める。

 

その内の一枚がひよりの髪の上に落ちたため丁重に取り除く。

 

「ん、んー?」

 

「悪い、起こしたか」

 

「あっ……いえ、私の方こそすみません。いつの間にか眠ってしまったようで」

 

「今日はひよりもポチも頑張ってくれたからな。せっかくならここで少し休憩してから帰るか」

 

「はい」

 

オレからの提案に微笑んで、ひよりは視線を桜の花びらへと移す。

 

「きれいだな」

 

「ええ。桜の木の下には死体が埋まっているからでしょうか」

 

「梶井基次郎か」

 

「フフ、さすが清隆くん、ご存知でしたか」

 

作家、梶井基次郎はその作中で桜が美しい理由を、その下にあらゆる生物の死体が埋まっているからだと表現した。

 

ひより、ここは埋め立て地だから、死体は……と言おうとして止める。

言い得て妙かもしれないと思ったからだ。

 

桜の木が様々な死体から養分を吸い上げて美しく咲き誇るように、この学校で才能を開花させ活躍する生徒たちも、その他の生徒の犠牲のもとに成り立っている。

退学者の屍を越えて成長していく生徒たち、なるほど、桜がキレイなことも頷ける。

 

これはこの学校に限った話だけではない。

ホワイトルームは言うまでもなく、もっと視野を広げれば社会の仕組みにも似たようなことは言えるだろう。

敗者は勝者の養分となる――だから、勝たなくてはならない。勝たなければ満足に咲くことなどできないのだから。

 

だが――。

ふと思考に待ったがかかる。

 

せっかく勝ったとしても、いずれ散っていく運命であれば、何のために咲き誇るのか。

ここで咲くこと自体に果たして価値はあるのか――。

 

静寂に包まれゆっくりと時間が流れていく。

 

しばらくして、ひよりがポツリとつぶやくように尋ねてきた。

 

「清隆くん、今日は楽しかったですか?」

 

「どうしたんだ急に?」

 

「そうですよね、自分でもおかしなことを聞いてしまったと思うのですが……。清隆くんは、なんだか、この学校生活に退屈しているんじゃないか、このままだと……いつか、いなくなってしまうような気がしてしまって、厚かましいとは思うのですが、たまに不安になるんです」

 

今日一日、ひよりにしては少し変なテンションだった気はしていたが、それはオレを楽しませようとした、ひよりなりの気遣いだったことがわかる。

いや、そう考えるとそもそも今回の騒動自体……いや、考えすぎだな。

 

「この話をしてもいいものか悩みました。きっと清隆くんの触れて欲しくない部分、そんな気がしましたから」

 

ひらひらと舞い落ちていく花びらを優しい目で見つめながら、ひよりは話を続ける。

 

「これがきっかけで清隆くんから嫌われてしまったらと思うと……でも、今日色んな方とお会いして私も踏み込まなくてはいけないと思ったんです」

 

本当にこの話題を出すつもりはなかったのだろう。

だが、今日の出来事を通して、何かがひよりを後押しした。

不思議とその勇気を無下にする気にはならなかった。

 

「少なくともそんなことを聞かれたからと言ってひよりを嫌うことはない。今日は十分楽しませてもらった。もちろん、変な意味じゃないぞ」

 

「ふふっ、変態さんではないようで安心しました」

 

「それに……花見も悪くない――今みたいに、そう思えているうちはいなくなることなんてあり得ない」

 

「……でしたら、私もこの桜に負けないようにしなくてはいけませんね」

 

オレの計画が最終フェイズに入った時、誰がどんな花を咲かせてくれるのか、今はそれが楽しみだ。

 

もちろん、いま、隣にいるひよりもその一人。

初めて会った時と比べ、随分と立派な蕾に成長してきた。

 

それを見ずに立ち去るつもりはない。

待ったをかけた思考が再び動き出す。

 

散りゆく桜の花弁にひとつひとつに姿を重ね、できれば少しでも長く宙を舞っていて欲しい、そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

新学期が始まって間もなくの近い未来の話。

学校中で『桜の散る頃に犬を連れた男女に話しかけられると恋愛フラグが叩き折られる』という噂が都市伝説として広まっていたが、オレにはきっと関係のない話だろう。

 

相変わらず口喧嘩の絶えない池と篠原を眺めながらそう思った。

 

 

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