春休み最終日――だが、今日は午後から生徒会の仕事で登校する必要がある。
ただ、この休みがない扱いにも慣れてしまったのか、今では当然のことと受け入れている自分がいるため不思議なものだと思う。
支度を済ませ集合時間まで余裕を残し自室を出る。
新学期を迎える前にやっておきたいことがあり、邪魔の入らない場所――例の秘密の部屋で過ごす算段だ。
「ん?」
そうして学校へ向かう道中、ふと小さな桜の木が目に入った。
御室有明と呼ばれる品種で、樹高が2~4mと小さいことが特徴。
昨年はこのあたりになかったため、どこから移植してきたのだろう。
ちょうどいい。静かであれば場所にこだわりはないため、ここで生徒会までの時間を過ごすか。
先日の花見以来、桜を眺めることがマイブームになっている。
咲き誇る桜の実物を見ることができるのもあと数えるほど。貴重な機会を大事にしたい。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「あれれー?綾小路くん、何してるの?」
「一之瀬か。ちょっと勉強中だ」
「仕事前に勉強なんて、さすが綾小路くんだね」
生徒会に向かう途中、少し先に可愛いサイズの桜を見つけ、綺麗だなぁと近づいてみるとその根元にまさかの綾小路くんが座っていた。手には本を持っていて読書中みたい。
ここまで接近してすぐ声を掛けないのも不自然に思われるから、陽気を装って話しかけてみたけど、緊張が伝わっていないか心配になる。
「立ち話もなんだ、よければ座らないか?」
「うん」
ポンポンと座るように促されたので、隣に失礼する。
座れるスペースも限られているし、綾小路くんの近くに座っても不自然じゃない……よね。などと調子に乗っていたら軽く肩が触れてしまう。
「狭くて悪いな」
「ううん、全然だよ。……サクラ綺麗ダネ」
「ああ。そうだな」
嘘デス。すでに桜に対する感動はどこかに吹っ飛んデマス。
そしていつもならスッと出てくるはずの話題もどこかに飛んでいてピンチデス。
一旦落ち着こうと綾小路くんの周りに視線を移す。勉強中という彼の周囲には、たくさんの書物が積んであって……って、あれ?
「これって……漫画に、ライトノベル?」
「ああ。ちょっと色々あって生徒会について学ぼうと思ったんだ」
「生徒会について?」
「これまでなんとなくでやってきたが、今までの考えは一度捨てるつもりだ。オレはこの先出し惜しみするつもりはない」
「そ、それはすごいことになりそうだね」
綾小路くんの実力で生徒会の活動に力を入れたら、きっと歴代のどんな生徒会よりもすごいことが達成できそうだ。
それは私じゃ想像もつかないことに違いないとわくわくする気持ちと……どこか寂しい気持ちのような何とも言えない気持ちが沸いてくる。
「――と思ったんだが、実は一般的な生徒会がどういうものかあまり知らないんだ。そこでこれらの資料を準備した」
「な、なるほど?」
言われてみれば、タイトルに生徒会が入っているものや生徒会がテーマの作品ばかり。
だけど、これらを読んで一般的な生徒会を学ぶのは難しいんじゃ……。
「ところで今日生徒会が終わったあと時間あるか?ちょっと付き合って欲しいんだが」
「え!?う、うん。喜んで」
突然の誘いに鼓動がますます速くなる。
もしかして、春休みの間しばらく会えなかったことを綾小路くんも――。
「助かる。これで風紀委員を倒しに行けるな」
「んんんー?」
んんんー?
「元委員長の一之瀬が頼りだ、風紀委員長のところまで案内して欲しい」
「どういうこと?」
「ん?風紀委員といえば生徒会と敵対するものなんだろ。変なタイミングで邪魔されても面倒だ。新学期に入る前に潰しておきたい」
「えーと、それは……」
案の定、変な影響を受けてしまっている綾小路くん。
「正直なぜ学校の秩序を守る組織同士で対立をするのか理解できないが、敵対するならやむを得ないと思っている」
「あのね、綾小路くん……」
「もちろん、一之瀬が争いごとを好まないのはわかっている。なるべく交渉で済むよう努めるが、相手は生徒会室を爆破するような輩かもしれない。危険だと判断した際にはこちらもそれ相応の対処をすることは承知しておいて欲しい」
「そうじゃなくて……」
「そうだな、さすがに爆破はないとは思うが、なんせこの学校の風紀委員だ。この一年間、まるで存在を悟らせなかったことからも只者ではないと思っている。どんな奴らか楽しみだな」
否定するのは簡単だけど、楽しみにしている綾小路くんの夢を壊してしまうのは忍びない。綾小路くんがたまにみせる純粋さというか、抜けてるところは日頃のギャップもあって私としては大事にしたいと思ってたり……。
「綾小路くん、残念だけど、この学校に風紀委員はいないよ」
「……嘘だろ?ならオレは生徒会として何と戦えばいいんだ。2年生編の目玉として風紀委員は必要なんじゃないのか?」
表情はいつも通りなのに、少なからずガッカリしていることが伝わってくる。
「多分、堀北前会長のときに対立してすでに倒しちゃったんだよ、きっと」
「なるほど。確かに学ならそんな組織を野放しにしないか。残党も残さないとは学らしいな」
「うん、そうだね」
もちろん、そんなわけはないんだけど、綾小路くんが納得してくれたならそれでいいよねと安心する。
「となると、目安箱ぐらい設置してみるか。何かしらのイベントは発生するだろ」
安心したのも束の間、まだまだ綾小路くんの夢は広がっていた。
そんなもの設置しても、誰も入れないか、イタズラに使われるのが関の山。
意気揚々と設置したにも関わらず、いつまでも空っぽの目安箱を見てしょんぼりする綾小路くんの姿が容易に想像できる。
「あー……それも必要ないんじゃないかな。ほら、私たちの学校ってポイントで何でも買えるから、不満があるなら自分の実力で変えていくことを求められてると思うんだ」
「それもそうか。ならちょっと生徒会のことで気になることがあるんだが、一之瀬の意見を聞かせてくれないか」
「うん、何でも聞いて」
少し嫌な予感もしたけど、これでも中学時代から生徒会に所属しているし、きっと答えられ――。
「生徒会男子はハーレムを目指す必要があるのか?」
「ううんんん?」
「所属役員の男女比が偏って、主に男子が1人のケースが多い。恋愛がらみになりがちなのも、そのせいかもしれないな。ただそうなるとオレたちは、橘が引退した今、女子は一之瀬だけと真逆なわけだが人員構成の見直しを検討すべきか?」
「ぜぇえっったい、真似しちゃダメだからね!!!ハーレムはいらないし、別に男女比に決まりはないよ」
「なるほど。1人しかいない男子生徒がハーレムを作ろうとしたりするのはイレギュラーなのか」
危なかった。綾小路くんならそれが普通だと思えば、本当にやりかねない。
「南雲の例もあったから、そういうものかと思ったが違うんだな」
「アレは反面教師にしようね!」
「ハーレムが違うとすれば、女子役員たちが下ネタを披露し、良識のある男子役員がツッコミを入れるスタイルの方が一般的なのか?」
「逆にそんな生徒会にしたいの?私にカラダを張れってこと?」
「……オレが間違っていたみたいだ。なら、明らかに学生の範疇を超えた権力を振りかざして主人公たちの障害となる生徒会は?これこそ南雲っぽいぞ」
「うん、だからこそ存在しないね」
「嘘だろ。これだけ似たような生徒会が様々な作品で書き記されているのに、ひとつたりとも存在しないなんてことあり得るのか」
「あくまで創作物だからだよ。ほら、真面目な生徒会なんて普通だから物語として描いても面白くないよね。あえて常識と真逆を描いてるんだよ」
「弱ったな。ならオレは一体何を参考にすればいいんだ」
困っている綾小路くんの力になりたいけど……。
私はまだ綾小路くんが手につけていない書物の山を漁ってみる。
すると、一冊の漫画が目に入った。
「あっ!私はこれをオススメするよ」
「これは?」
「生徒会長と副会長が、相手に告白させるために恋愛な頭脳戦を繰り広げるストーリーなんだけどね、
「
「うん!」
「……そろそろ生徒会の時間だ、遅れたら南雲がうるさい。移動するか」
「う、うん」
露骨に話を切り上げた綾小路くん。
紹介の仕方が悪かったかな。
そうだよね、綾小路くんは恋愛じゃなくて生徒会について知りたかったわけだし。
申し訳ないことをしてしまったと反省しつつ、ちょっと心残りに思いながら一緒に生徒会室へ向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
この学校の生徒会はかなり無茶苦茶していると思っていたが、それでも他の生徒会に比べればかわいいものだった。
学の言った『生徒会に向き合え』とはこのことだったのかと、ある種の期待感が出てきたのだが、常識人代表の一之瀬がああ言っていた以上、どうもそうではないらしい。
トドメは一之瀬が南雲とオレの恋愛を示唆する作品を薦めてきたこと。
荒唐無稽にも程がある身の毛がよだつ残虐な内容を提示した意図――それは暗にこれらの書物から得られる知識は現実的ではない、ということを伝えたかったのだろう。
だとすると、一般的な生徒会は一体何をしているところなんだ。
他に生徒会を知る方法を考える必要がありそうだな。
「おい、綾小路、話聞いてんだろうな」
なぐもんのご機嫌斜めな声が聞こえてきたため意識を会議に戻す。
「ええ。南雲生徒会長のマネはするな、って話ですよね」
「そりゃぁ俺のマネは誰にもできねーさ。ったく、春休みボケも大概にしとけよ。明日からお前も2年だ。1年になめられる上級生なんて生徒会にはいらないぜ?」
「それは辞任宣言ですか?」
「ハッ、減らず口は健在みたいで安心したぜ」
何が面白かったのかニヤつく南雲。
「それでそろそろ役職を増やす話の続きをお願いしても?」
「この流れでちゃんと聞いてんのかよ。まぁいい。流石に会長、副会長以外は全員書記ってのは普通じゃねえと前々から思っていた」
南雲の口から普通という言葉が出てきたことで少し興味が沸く。
「殿河、溝脇」
南雲に呼ばれ、起立して前方の会長席の右後ろに並ぶ2人。
「2人は俺の右腕として頑張ってくれているからな、試験的に専属の『秘書』という役職を作ってみた。今後は殿河秘書、溝脇秘書だ。よろしく頼むぜ」
2人とも南雲からの紹介に誇らしそうに胸を張っている。
……秘書という役職はどの作品にもなかった気がするが、まぁ創作物が当てにならないなら逆説的に出てこなかったものが一般的なのかもしれないな。
「専属秘書……南雲先輩にしては素晴らしいアイディアですね!」
「だろ。お前もどうだ?帆波なら大歓迎だぜ」
「いいんですか!?私も挑戦したいです!」
一之瀬は意外にも南雲の話を前向きに捉えている様子。
「良い返……一応聞くが、誰の秘書だ?」
一之瀬からの思わぬ好返答に一瞬喜びの表情を浮かべた南雲だったが、さすがにこのパターンはいつもの流れだと察したのだろう、つまらなさそうな顔でそう問い直した。
「もちろん南雲先輩の」
「おぉっ!」
思わず感嘆の声を上げ、立ち上がる南雲。
「――秘書はもう2人もいるので、順番的に副会長の綾小路くんの秘書ですねっ!」
「……やっぱ、秘書ってのも別に書記と差別化できてるわけじゃねぇし、本日を持って秘書制度は廃止する」
「えぇっ!?」
残念がる一之瀬だが、それよりも南雲の後ろにいる物言わぬ殿河と溝脇のしょんぼりとした切ない表情をオレは明日ぐらいまでは忘れないだろう。
「次の議題だが、綾小路、お前に仕事をやるよ」
「当てつけは見苦しいですよ?」
「いや、元からこれはお前にしか任せられない重要な仕事さ。それにお前たちのためでもあるんだぜ?」
こういう時の南雲の提案は大抵ろくなことじゃない。
「なんでも最近こそこそと動画を作ってるらしいじゃねえか」
「わりと堂々と作ってはいましたが、それがどうかしましたか?」
邪魔するつもりであれば、悪の生徒会長と認定して戦う展開になるかもしれない。
生徒会内での下克上か、それっぽくなりそうだ。
「なに、動画の企画提供さ。溝脇書記」
名前を呼ばれた溝脇が企画書を各員に配布して回る。
渡された企画書のタイトルは――
「生徒会紹介動画?」
「ああ。入学直後、新入生向けに実施される部活動紹介に生徒会も参加するのは知ってんな。そこでこれを流して大々的にアピールするってわけだ」
そういえば昨年、他の部活紹介に混ざって学もやってたな。
「南雲会長の熱いトークで十分じゃないですか?」
「それも悪くはないが、さっきも言った通りお前たち2年のためなんだぜ?」
「どういうことですか、南雲先輩」
一之瀬も気になり始めたようで今度は真面目な面持ちで質問する。
「単純な話さ。お前たちの代は、なんだかんだで結局2人しか役員がいない。あとはわかるな?」
「なるほど……ここで新入生を獲得できなきゃ生徒会に未来はないってことですね」
納得した様子の一之瀬。
早い話、このまま人員追加がなされないまま南雲たちが引退してしまえば、生徒会は2人になってしまう。
「これはお前の責任でもあるんだぜ、綾小路。変に入会のハードルを上げちまったから、お前の入会後は俺が入れた帆波しか入ってこなかったじゃねえか」
「あれ?入会できたのは綾小路くんのおかげだったような……」
首を傾げ、きょとんとする一之瀬。
「ともかく、責任は自分で取れ、ってことだ。俺の威厳で新入生を入れてやってもいいが先のことを考えたらお前の力で入れるべきなんじゃないか?」
「一理ありますね。ただ、もう日にちもありません、動画をゼロから作り上げるのは――」
「俺もそこまで鬼じゃねえさ。撮影内容は決めておいた。絵コンテも準備したから見てみろよ」
企画書のページをめくるように促される。まあ、見るだけみてみるか。
1枚目はキャスティング表か。
監督兼プロデューサー 南雲雅
主演 綾小路
ナレーション 綾小路
撮影 桐山
音声 溝脇
照明 殿河
編集 綾小路
メイク 一之瀬
エキストラ 生徒会役員
それっぽいことが記載されているが、目立ちたがり屋の南雲を差し置いて、オレが主演ということが引っかかる。
2ページ目からは絵コンテが記載されていた。
NA)いよいよ始まった憧れの高校生活
(桜の花びら舞う中、校門付近で校舎を眺めるやる気満々の綾小路)
NA)でもスタートダッシュをミスった僕は、友達ができず
(教室のすみで寝たふりをしてやりすごす綾小路)
NA)勉強も微妙な成績で
(50点の答案用紙※実物インサート)
NA)運動でも目立ったところがなかったため
(100m走を南雲監督と走り、圧倒的に遅い綾小路)
NA)ボッチで冴えない毎日を送ることに……
(コンビニ弁当をトイレの個室で食べる綾小路)
NA)そんな僕を変えてくれたのは生徒会でした!
(生徒会室で迎えてくれる素敵な先輩たち)
NA)生徒会に入った途端、テストではオール満点!
(100点の答案用紙※実物インサート)
NA)体育祭でも大活躍!
(体育祭の映像。棒倒しで綾小路が飛んでるところ)
NA)学年問わず友達ができて
(桐山と肩を組む綾小路)
NA)ファンクラブもできて、もうウハウハです!
(ファンクラブ会報を持って喜ぶ綾小路)
NA)さぁみんなも僕……いや、オレと一緒に生徒会で活躍しようZE!
(ジョジ●立ち:キラークイー●のポーズでキメル綾小路)
テロップ:生徒会はみなさんの入会をお待ちしております
END
ふざけた内容ではあるが絶妙に嘘とも言えないところが何ともコメントしづらい。
だが、ともかくこんな映像に出演するのは御免だ。
「丁重にお断――」
「今日の南雲先輩は良いことを言いますね!頭でもぶつけたんですか?」
「南雲、こんな良い役をもらっていいのか」
こちらの断りを遮るように、前のめりな一之瀬と桐山。
お前たち普段止める側だよな?
その他、殿河たちもやる気のようだ。
そもそも、こんな胡散臭い映像を見て入会希望者なんて現れるのか?
「これで生徒会の魅力は伝わるはずだぜ。入会希望者殺到間違いなしだ」
「ですね!」
「ああ!」
「本当にそうなるんですか?」
「安心しろ。仮に動画が滑っても俺のトークでカバーしてやるよ」
つまりわざと滑る動画を作って、それをカバーして見せることで、新入生に対してオレの株を下げつつ、自分の株を上げる作戦ってことか。
「言っておくが拒否権はないぜ。冗談抜きで生徒会の存続に関わる問題だ」
「もっと適した映像があるのでは?」
「なら、ここで具体的な別案を出せば検討してやるぜ?」
「……」
元々ゼロから何かを作り上げることは不得意。
加えて、こちらは生徒会がよくわかっていない状況であり、新入生に対するアピールポイントすら見当がつかない。
参考になるものでもあれば話は違ったが……。こんなことなら葛城にでも生徒会に入りたい理由をしっかりリサーチしておくんだったな。
「わかりました。出演はしますが、仮に新入生が入らなくても責任はとれませんよ」
「ま、その時はその時だろ。これでだめなら新入生の方に見る目がねーのさ」
生徒会と向き合う前に存在がなくなってしまうと困るのも事実。
気は進まないが代替案を提示できない以上、諦めるしかなさそうだ。
だが――。
「んじゃ、早速撮影だ!まずはグラウンドで走るシーンだ。行くぞ、お前ら」
「カッコいい姿を見せて後輩ゲットだよ、綾小路くん」
「そうなるといいんだが……」
南雲に続いて次々と生徒会室を出ていくメンバー。
「ちょっといいですか?」
「どうした、綾小路。心配せずともしっかり撮影してやる」
「ちょっと桐山先輩にお願いがありまして」
カメラマンである桐山にしかできないことを伝える。
「ん?まぁそのぐらいなら構わないが、自分から仕事を増やすなんて綾小路も生徒会の一員として立派になったな」
そうしてこの馬鹿みたいな撮影が始まった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おら、走れ、綾小路。いやいや、最初は手を抜けよ、台本読んだか?」
「綾小路くん速ーい!」
「もっと期待に満ちた顔しろよ、これから入学だぜ」
「残念ながら校門で変なブラコンに絡まれた思い出しかないもので」
「綾小路、俺たちは親友だ。堀北先輩も喜んでるぞ」
「桐山先輩、ちょっとどいてくださーい。綾小路くんの髪を整えますねー」
「……トイレで食事をする意味はあるんですか?」
「静かで落ち着くだろ、お前にぴったりじゃねーか」
「なぁ、カメラをしてたら俺だけ素敵な先輩たちのシーンに入れないんだが……」
「俺たちをかっこよく撮れるのは、桐山、お前だけさ」
「南雲会長、すみません、このジ●ジョ立ちがわからないんですが……」
「は?こうに決まってんだろ。ビシッと決めろよ」
といった具合に、とんとん拍子で撮影は進んでいったのだが……。
「ところで小道具のファンクラブ会報はどこから持ってくるんですか?」
「おいおい綾小路、自分で持ってねーのかよ?俺は自分の会報が出る度にファイリングして携帯してるぜ?」
どこからか分厚いファイルを取り出し、見せびらかしてくる南雲。
「となると、諸藤から借りてくるか。ちょうど新刊を出すとか言ってたしな」
明日の始業式に合わせて特別号を出すとかなんとか。
印刷は学校のコピー機を利用しているため、運が良ければ校舎内にいるかもしれない。
「だったら私が借りてくるよ、ちょうど手持無沙汰だったし。綾小路くんたちは次のシーンを撮ってて」
「悪いな。諸藤には連絡を入れておいた」
「うん、行ってくるね!」
そう言って走り去る一之瀬。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おーい、諸藤さーん」
「一之瀬同志。話は聞いています。今、印刷中ですので少しお待ちください」
職員室入口で待機していた諸藤さんと合流する。
コピー機の操作は先生に任せて出来上がりを待っているのだとか。
本来ならこのあと製本作業があって完成みたいだけど、今回は号外の特別号だから両面印刷の1枚のみらしい。
いつも何気なくもらっていた会報だけど、こんな風に休みを返上して作っているわけで、その労力に感謝しなければいけないなと感じる。
「先に1部だけもらおうかとも思ったんですが、せっかくですので同志とお話したいなと」
「うん。そこまで急いでるわけじゃないから大丈夫だよ」
諸藤さんとは試験以来。今度話そうと約束していたことを思い出す。
「それは良かったです。とは言っても何の話題がいいでしょうか。そうです!お互いのおすすめ本を紹介し合うというのは――」
そういえば、諸藤さんはファンクラブ活動をしているだけあって、人にモノを薦めるのは得意かもしれない。
綾小路くんの魅力はもちろんだけど、ここまで規模が拡大した背景には諸藤さんの手腕もあるはず。
「ちょうどそれ関係で悩んでいることがあってね、よければ聞いて欲しいんだけど……」
「もちろんです。普段関わっている方々には話しにくいこともありますから」
確かにBクラスのみんなにこんなこと話したら、きっと女子トークに花が咲きすぎちゃって、それどころじゃなくなっちゃいそう。
「ありがとう。その……諸藤さんは自分が読んでみて欲しいって作品があった場合、どうやってオススメしてる?」
「布教の仕方ですか。確かに難しい問題ですよね。とは言っても大切なのは私たちの推しというよりもご本人の趣向と言いますか、好みはそれぞれですから、まずはどういったものがお好きなのか伺い、それに合うような要素を考えつつも、自分の好きなポイントも織り交ぜて紹介していく、といった感じで……まぁ私も探り探りですね」
「なるほどー。やっぱり相手の好みを最初に聞いておくのは大事だったよね……」
「余程上手くいかなかったのですか?我々の業界では多々ありますから気にしすぎもよくないですよ」
「実は、綾小路くんにね、生徒会長と副会長が相手に告白させる恋愛な頭脳戦の作品を薦めたんだけど、あんまり気に入ってくれなかったみたいで」
「なんと!!
「ん?うん?」
聞きなれない言葉を興奮気味に早口でしゃべっていて、上手く聞き取れなかったんだけど、なぜか諸藤さんに火をつけてしまったようだ。
「ご本人に直訴する胆力も相当なもの。やはり私の見る目に狂いはありませんでした」
「えーと諸藤さん?」
「今回上手くいかなかったのは一之瀬同志のせいではありませんよ。王子の好みに合わなかっただけ、それだけです」
「そう言ってもらえると、うん、少し気が楽になったよ」
また考えすぎちゃってたみたいだね、諸藤さんから客観的な意見をもらえてよかった。
「なにせ王子の心はもう決まっていますから。結局、王道が一番ということですね。今回の特別号をみれば、同志もご理解いただけると思いますよ」
「ん?」
「諸藤くん、出来ましたよ」
気になるワードが諸藤さんから出たと同時に職員室のドアが開き、印刷物を持った坂上先生が顔を出す。
「ありがとうございます、先生」
「我々教師は生徒の活動に極力口を挟まない方針ですが……ただ、何と言いますか、今回の内容はその――」
「さ、同志。今回は驚かれますよ~」
何か言いたそうな坂上先生をスルーして、笑顔でこちらへ会報を1部渡してくる諸藤さん。
「えーと、なになに。『祝!王子たち結ばれる~エターナルラヴの誓い激写~』!?関係の進展を迫る綾小路王子に、受け入れる平田王子。互いに名前で呼び合う仲へ~、ってえええっっ!!??」
とんでもない見出しに、思考がフリーズする。
「ついにこの日が来た、という感じですね。感激のあまり数日寝込んでしまって、やっと完成までたどり着きました」
「ご、ごめん、諸藤さん。私、綾小路くんのところにいかなきゃ」
とにもかくにも綾小路くんに事実確認を。
こ、これは見過ごすことができないよ。
「ふふ、あんなに興奮されるなんて、作った甲斐がありましたね」
遠くでそんな諸藤さんの感嘆が聞こえてきたような気もするけど、そんなこと気にする余裕もなく、今はただ全速力で綾小路くんのもとへと急いだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「これであとは会報のシーンだけか、帆波待ちだな」
「そうですね」
「ちょっと休憩にするか。ちょっと飲み物買ってくる、付き合えよ、綾小路」
かけていたサングラスを外し、メガホンを置いた南雲に連行され、廊下へ出る。
「わざわざ2人になるなんて何か話でも?」
と言った一瞬、一之瀬が薦めてきた話が頭を過ぎり、血の気が引いていく。
まさかそんな間違いは……。
歩いてちょっとの自販機までの道のりが遠く感じはじめた。
「ハッ、とぼけんなよ。もう理事長代理から話は聞いたんだろ。俺が仲介役をやるってな」
「その話ですか」
身の危険はないとわかり、ホッとする。
「なんで安心してんだ?退学になるかもしれねえんだぜ」
「いえ、退学と貞操の危機であれば比べるまでもありませんから」
「わけわかんねーこと言える余裕はあるみたいだな」
「南雲会長こそ、後輩を売るなんて酷いことをしますね」
「面白い話だったからな。勝負の詳細は知らねえが、どうせお前が負けることはないんだ。良い取引だったぜ」
「そんなことだとは思いましたよ」
「ま、あくまで今回は平等にジャッジしてやるから安心しろよ」
少し含みのある言い方に引っかかりを感じるが、いずれにせよ些細なこと。
「そんなことを言いたかったんですか?」
「逆恨みされてもつまらないだろ?誤解はされたくなかったのさ。ほらよ、これでチャラだ」
そう言って自販機で買ったコーヒーを投げ渡してくる。
「随分安いお詫びですね」
「そのぐらいでちょうどだろ」
「そうかもしれません」
悪びれる様子もなく笑いながらそう言い切る南雲。
この様子ならオレの予想通り、月城に懐柔されることはなさそうだ。
「あやのこうじくーーーん!!!!」
「ん?一之瀬?」
只ならぬ様子でこちらに駆け迫る一之瀬。
「帆波もなんか飲む――」
「これどういうこと!?」
南雲の存在など気にも止めず、諸藤から受け取ってきたであろう会報をバッと顔の前に突きつけてくる。
「……は?」
その会報を見た瞬間、一之瀬の慌てようも理解できた。
こんなものをばら撒かれたら、新学期からの学校生活が危ぶまれる。
「ねえ、綾小路くん、何かの間違いなんだよね、ねえ」
オレの両肩を掴み激しく揺さぶってくる一之瀬。
「間違いに決まっている。一之瀬、よく知らせてくれた。オレは諸藤を止めてくるから離してくれ」
「あ、うん」
明日配布と言っていたが、完成品を手にした諸藤が感極まってこれから配り始めでもしたら……。
いや、今は考えるよりも走るべきだろう、一刻の猶予もない。
「あいつそっちもいけんのかよ、洋介のやつも大変だな」
「なぐもセンパイィ?」
「じょ、冗談だ。安心しろよ、帆波。あいつは根っからの女好きさ」
「それもそれで複雑なんですが……」
「複雑なのは俺もさ、なんで綾小路のフォローをしてんだ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その後は、案の定、我慢できず寮のロビーで会報を配ろうとしていた諸藤を間一髪取り押さえ、配布を中止するように説得するも難航。
なかなか首を縦に振らなかった諸藤に『静かに見守って欲しい』と伝えると一転して鼻から流血しながら快諾してくれた。
こうして配布は阻止できたものの、代わりにとんでもない燃料を諸藤へ放り込んでしまったような……。
ひとまず再発防止のため、今後は配布前に会報のチェックをさせてもらうように約束した。
そしてその足で、洋介のもとへ向かい、なんだか嬉しそうに出迎えてくれた洋介へ誤解を与えたかもしれないと謝罪して事なきを得た。
「疲れたな」
何か忘れているような気もしたが、部屋に戻って休むことにした。
今はただ、無事に明日からの新学期を迎えられることに感謝したい気分だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「戻ってこないな、綾小路」
「メールも電話も反応ないですね、大丈夫かな」
桐山先輩が時計を確認して、周囲を見渡す。
綾小路くんが走り去ってから2時間が経過していた。
「チッ、バックレやがったか。もうこの会報で撮影するか、自業自得だろ」
「南雲先輩?」
この会報はあとで燃やしておこうと思う。
もちろん、映像に残すわけにはいかない。
「はは、冗談だぜ、帆波。まぁこのワンシーンぐらいどうにかなるか」
「ですね、綾小路くんの魅力は他のシーンで十分伝わります」
「いや、生徒会の魅力が伝わらないと意味ないんじゃないか?」
「そこは俺がカバーするから安心しろよ、桐山」
「そういうものか。だったら解散だな。一之瀬、すまないがこのデータを明日にでも綾小路に渡しておいてくれ」
「はい」
こうして生徒会紹介動画の撮影は幕を閉じたんだけど……。
まさかこの動画の上映がきっかけであんなことになるなんて、この時この場にいた誰も予想することはできなかったんだ。
原作11.5巻でだけ、なぜか書記から秘書になっていた溝脇&殿河コンビの理由を作ってみました。該当シーンでアニメでの登場も期待していたのですが、南雲先輩ごとカットされてしまったため、彼ら(彼女ら?)のキャラデザが出てくることはもうなさそうですね……。
これにて1年生編完了ですので(この話がラストで良かったのかと思いつつ)次話から2年生編となります。
それまでに少しまとめ?みたいなものをそのうち活動報告に記載予定です。