部活動説明会から土日を挟んで4日が経過した。
結局、波多野以外に生徒会への入会希望者は現れなかったが、これは南雲やオレにとっては予定通り。むしろ、波多野が入会してきたことの方がイレギュラーと言える。
「葛城、生徒会はもういいのか?今なら歓迎されると思うぞ」
「ベンチプレスで150kgをコンスタントに上げられるようになったら願書を出す、そう決めている」
「生徒会はボディビルダーの集まりじゃないんだが……」
「フッ、ひとつぐらい武器がなければお前たちと肩を並べて活動できないからな」
週明けの月曜日の登校は、そんなむさ苦しい会話から始まった。
「そんなことよりも綾小路くん、動きがあるとすればそろそろかと」
「だろうな」
葛城の上から聞こえてくる坂柳の忠告。
先週は様子見だったのか、ホワイトルーム側が何かを仕掛けてくることはなかった。
だが、向こうにしてみれば一刻も早くオレを連れ戻したいはず。このまま悠長に構えているとは思えない。
そして、これまで準備してきたOAAが今日から導入される。
何かを仕掛けるならここが絶好のタイミングだろう。
「無用な心配かもしれませんが、学校を相手にするようなもの。お困りの際は遠慮なくおっしゃってください。幼馴染が助け合うのは当然ですから」
「俺も同意見だ。文字通り力にならなれる」
「ああ。その時はよろしく頼む」
葛城の手前、ホワイトルーム事情を表に出すことはできないが、幼馴染設定を活かし他クラスのオレを助ける理由にしている、ということらしい。
意外と考えられた発言だったんだな……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ねえ、きよぽん。ちょっと納得できないんだけど」
「朝から随分な挨拶だが、何かあったのか?」
教室へ入るなり、すでに登校していた綾小路グループの面々に捕まる。
少しふくれっ面の波瑠加に、おろおろする愛里、付き合いきれないと言った様子の啓誠、明人はなんだか面白そうにしている。
「この前、公開された動画だけどさ」
「その話か」
先週の土曜日から学校公認の高育チャンネルを動画配信サイトに開設し、第一弾の公開をスタートした。
学校のホームページに特設ページを作ったり、SNSでの告知(一之瀬が担当している)など宣伝の効果と、そもそも政府肝入りの学校施設であるにもかかわらずこれまで実態が公にされてこなかったこともあり、それなりに注目を浴び、チャンネル登録者数は2日間で3万人を超えていた。
一概に比較できるものではないが悪くないスタートだったように思う。
視聴者のデータを分析すると、意外なところではOB・OG、現役生の親世代なども視聴していることがわかり、まだまだ企画の幅は広げられそうだ。
今後もコンテンツを充実させていけば登録者数は増えていくだろう。
活動自体も、校長は『学校のアピールに繋がり出世の材料に~』といった話で懐柔済み。その上のポジションである理事長代理の月城がどう動くかは懸念点ではあったが、特に邪魔することはなさそうだ。
まぁ長い目で見たら、向こうとしても悪い話ではないからな。
「順調な滑り出しだと思うんだが」
そんな状況だったため、波瑠加が何に対して不満を抱いているのかはわからなかった。
「なんで愛里の動画が一番再生数低いの?」
「あー……」
今回投稿した動画は3本。
そのうちコスプレ&ピアノの企画の再生数は一番下だった。
ちなみに2番目はポチ。
そして1番再生数を稼いだのが――
「なんでこんな動画に負けてるの?」
波瑠加が示した携帯端末に映し出されたのは『マッスル、マッスル』と謎の歌いながらバーベルを上げる高円寺と葛城のショート動画。
「ジャンルの違い、いや、相手の企画力が一枚上手だったってところだろうな」
会員しかジムに入室できないとのことで、高円寺と葛城の筋トレ動画は一之瀬に任せていた。
尺の短いショート動画で持ってくるとは思わなかったが、その戦略が当たり、再生数は他2本を圧倒していた。
「手軽に見れるってのも大きいが、同じ男から見てもこの筋肉はヤバくて見入っちまうな」
「みやっちの裏切り者。そんなこと言ってどーせ鏡に映り込んでる一之瀬さん目当てなんじゃない?」
「そりゃ言いがかりだ」
この動画の巧みなところは、波瑠加が指摘したように、携帯でマッチョ2人を撮影する一之瀬の姿が奥の鏡に映っていること。
自然と映るスポーツウェア姿の一之瀬は再生数に貢献していることだろう。
さりげなく出演する事で幅広い層への需要を見込んだ良い手法だと評価せざるを得ない。
やるな、一之瀬。
「せっかく愛里が頑張ったのに……」
正直、ピアノ企画に関しては徐々に再生数が伸びていくと見込んでいるが、ちょうどいい。
「相手は3人。こちらも対抗するために波瑠加の出演が必要なんじゃないか」
「へっ?」
「お、いいアイディアだな、清隆。それなら負けないと思うぜ」
オレの提案に明人が賛同する。
「ちょ、いやいや。それはないって。ね、ゆきむーからも何とか言ってやって」
「そうだな、論理的に考えて美女が増えれば再生数も増える」
「ホントに論理的に考えてる?」
いつもからかわれる側だからか、ここぞとばかりに啓誠も乗ってくる。
「私も波瑠加ちゃんが一緒だと嬉しいな」
「愛里まで……もう、わかった、わかったから。出ればいいんでしょ。煮るなり焼くなり映すなり好きにして」
オレたちとは違い、純粋に意見した愛里の一言がトドメとなり、波瑠加から承諾が出る。
「助かる」
「でもここまで来たら2人も道連れだから。きよぽん、バンド動画とか良いと思わない?」
「悪くないな。元々コウィケでの反応をみて始めた企画だ」
「みやっちもゆきむーもいいよね」
「いや、勉強の邪魔にな――」
「お姉さんが動画を観てくれるかもよ?」
「やるぞ、清隆、明人!」
波瑠加がいつの間にか啓誠の扱い方をマスターしていた。
「俺も部活の合間でいいなら問題ない」
「よし、じゃあ決まりっ」
綾小路グループでの動画企画が決まったところで予鈴が鳴り、程なくして茶柱先生が入室してくる。
「全員揃っているな」
朝のホームルームにしては真剣過ぎる表情。
「もしかして特別試験ですか?」
たまらず池が尋ねた。
「気になるところだろうが、その前にお前たちにはやってもらうことがある。これからの学校生活を送る上でとても重要なことだ」
試験でなければ何の話だろうかとクラスの注目が茶柱先生に集まる。
「全員、携帯を取り出すように。これからあるアプリケーションをダウンロードしてもらう。アプリの正式名称は『over all ability』で、インストール後は『OAA』と表示される」
そうして茶柱先生から『OAA』についての説明が始まった。
発案が南雲で開発はオレなので改めて聞く必要はない。
要は全校生徒の能力値が顔写真つきで記載されているアプリだ。
これまでの生活態度や成績などを数値化し、現状、優秀な順から『A~E』までのアルファベットに『+』と『-』を加えた15段階での評価。
その項目は全部で5つ。
・学力……主に年間を通じて行われる筆記試験での点数から算出される
・身体能力……体育での授業や部活動、特別試験等の評価から算出される
・機転思考力……友人の多さ、コミュニケーション能力など社会への適応力を数値化し算出される
・社会貢献性……授業態度、遅刻欠席をはじめ、問題行動の有無、生徒会所属などの学校への貢献度、様々な要素から算出される
・総合力……上記4つの数値から導き出される。ただし社会貢献性に関しては影響力を半減とする
更新はプライベートポイントの振込と同じく月初めに行われる。
OAAを確認することでこれまで曖昧だった個々人、各クラスの戦力が一目瞭然となる。もちろん成績確認の便利ツールというだけではなく、今後はOAAを活かした特別試験や戦略が出てくるだろう。
南雲の目指す、個人の実力至上主義の学校への第一歩というわけだ。
そして――。
「おいおい、マジかよ」
池の声が教室に響く。
茶柱先生が説明を終え、操作に慣れるため自由に閲覧してみろ、と指示があった矢先だった。
「うっせーぞ、寛治」
「だってよ、綾小路のヤツのデータがやばいんだって」
そんな声に釣られ、多くの生徒が携帯を操作し、画面を確認すると瞬間的に静寂が訪れた。
2年Cクラス 綾小路清隆
学力 A+(99)
身体能力 A+(99)
機転思考力 A+(99)
社会貢献性 A+(99)
総合力 A+(99)
「か、カンストしてるでござるー」
「いくらなんでもこれはねーって。全学年見ても、オールA+なんていねーじゃん。なんか不正したんじゃねーの」
外村の言ったカンストが気になったが、周囲の様子がそれどころではなかった。
「はぁー、池君なんかの基準で語られても困るっていうか、綾小路くんならこれぐらい当然だよね」
と、小声で話しかけてきたのは、ちゃっかり席替えでオレの隣の席に来た松下。
「まったくわかってないよね」と物知り顔で呆れている。
ちなみに呆れられた池の成績は
学力 D−(21)
身体能力 C−(41)
機転思考力 C+(60)
社会貢献性 D (32)
総合力 D+(39)
であり、クラスで最下位。松下の態度も妥当かもしれない。
だが、当然オレの成績にも種はある。
学力に関してはこれまでの筆記テストでオール満点(入学試験、最初の中間、テストペーパーシャッフルの国語を除く)。
身体能力も体育祭やバスケの助っ人、混合合宿のリレーなどの実績から妥当なところ。
社会貢献性も、生徒会での活動を考えれば当然だろう。
茶道部の指導員を務めたり、そもそもOAAなんていう学校のシステムに関わる部分の仕組みを作り上げた生徒が貢献度で低くなるはずがない。
問題だったのは機転思考力。
単純な友人の数、コミュニケーション能力で評価されればここまでの成績にはならない。
これに関しては一般生徒には公にしていない部分で評価の仕組みを工夫させてもらった。
友人(交友関係)はクラスメイトよりも他クラス、他クラスよりも他学年、他学年よりも学生以外で評価ポイントが上がる仕組みになっている。
つまり、同じ人数の友人がいても、クラス内にしかいない生徒より、クラス外にもいる生徒の方が評価ポイントが高い。
友人の判定基準は交流時間の長さがキーとなっており、他者からの評価で加点減点もある。
そして重要なのは、他者からの評価も評価する人物の機転思考力、社会貢献性の能力値で変わってくること。
簡単に言えば、普段の何気ない会話で、機転思考力、社会貢献性がどちらもD‐の高円寺がオレを「褒めた」もしくは「貶した」際に発生するポイントの増減が+2、−2だとすると、どちらもAの櫛田が「褒める」もしくは「貶した」際に発生するポイントの増減は+5、‐5となる。
このように数値化した合計点を評価基準値と照らし、機転思考力を算出している。
その結果、頻繁にBクラスに通い、生徒会や茶道部、ファンクラブで学年問わず交流があり、櫛田や一之瀬(昨年までの成績であるため学や橘からも含む)などから評価されるオレの評価がA+になった、ということ。
ちなみに同様の理由で、他学年の一之瀬から散々な評価を受けてきた南雲の機転思考力の成績は本来よりも低くなっている。
まぁ独裁を強いている南雲に関しては、同学年から陰で何と言われているか想像するまでもないため、この仕組みでなくとも結果は同じだったかもしれないが。
ただ、システムの基盤は監視カメラの映像音声から評価基準を学習させたAIによって計算、評価しているため、多少の穴はある。
例えば、表では他者を罵倒せず、嘘でも褒める櫛田のおかげで堀北の機転思考力はEにならずに済んでいる。
恐らく櫛田お気に入りのフェンスの近くやオレの部屋に監視カメラがあった場合、櫛田と関わる多くの生徒の機転思考力はEになっていただろう。
他にも、この評価の仕組みを知るオレと南雲に関しては、不正防止のため誰をどう評価しても相手の機転思考力の項目に変化はない。
こういったことからOAAを全てA+(99)にすることに成功した。
「クラス内で総合力2位の平田君でもA‐だから、やっぱりこのクラスは綾小路君ありきだね」
自分の目に狂いはなかったと得意げな松下。
そんな松下も手を抜いていたと言っていた成績で総合力はBであるため、優秀な部類に入るだろう。
だが、元々の能力から成長していないオレなどよりも評価すべき人材は他にいる。
例えば、愛里。
学力はオレや啓誠との勉強会の成果が実を結びB。
苦手だった運動に関しても体育祭の時期に堀北が言った無茶苦茶なメニューをこなし続けた結果、飛躍的に上昇。1学期までの成績が足を引っ張ったにもかかわらず、身体能力はC。種目選抜試験のリレーで結果を出したことも大きかったのだろう。
機転思考力は、コウィケでライブをやった結果、学年問わず雫人気が爆発し、多くのファンから絶賛された影響でB+まで上がっている。
社会貢献性も、元々生活態度は良く、生徒会が学校公認で行っている活動(動画撮影)に協力していることから加点もあり、Bとなっていた。
堀北のように、勉強や運動ができても、友人が少ない影響で機転思考力が低いなど、どこかしらに弱点を抱える生徒は多い。
そのため一点特化の生徒よりも欠点が少ない生徒の方が総合力は高くなる傾向になる。
そのこともあるだろうが、愛里の成績は、クラス内でTOP10に入る快挙を成し遂げていた。
一番驚いているのは本人だろうな。
先程から画面を見ては周りをきょろきょろと見まわしたり、首を傾げたり、携帯を振ってみたりと奇行に走っている。
そんな愛里を隣の席の波瑠加や後ろの席の篠原が温かく見守っていた。
「でもこんなアプリ作ってきたってことは、なんかあるよね」
「だろうな」
松下が懸念した答えはすぐに出てきた。
「OAAの操作には慣れたか。ここからは今年度初の特別試験について説明する」
茶柱先生の言葉に驚きの声は上がらなかった。
集中して茶柱先生の話の続きを待っている。クラスメイトの大半がそろそろだと予想し覚悟していたのだろう。
学年末の特別試験を乗り越え、クラスがひと回り成長し、試験に対する心象が変わってきた。
だが、茶柱先生の続く一言でその集中はあっけなく霧散してしまう。
「今回は1年生とパートナーを組み行う筆記試験となっている」
「い、1年生と!?」
各々の大なり小なりの驚きがあったようで教室中がざわつく。
学年でクラスポイントを競う関係上、混合合宿など一部例外はあれど、学校側が他学年との共闘を強制する試験はほとんどなかった。
「驚くなとは言わないが、学校はこれまで他学年との交流が限定的になっていた点を問題視していた。実際に社会に出てからを想像してみるといい。年齢に関係なく多くの人間と関わり、時には協力し、時には競い合うことになるだろう」
この方針の転換は、南雲か月城、あるいはどちらともの影響か。
いずれにせよ、刺客にとって絶好の機会を用意してきたわけだ。
「理解したということにして試験のルールを説明する。この試験では学力とコミュニケーション能力が試される」
茶柱先生の説明をまとめると
試験期間は約2週間。
月末の筆記試験前日までに1年生の中からパートナーを選びペアを作る。
※ペアが決まらなかった生徒は、当日抽選を行い、ランダムにペアが決まる。ただしペナルティとして、合計点数から5%が引かれる。
ペアの申請方法はOAAを使用して行われる。
1日に1度パートナー申請を送ることができ、相手が承認すればペアが決定する。
ただし、1度決定したペアは変更することができない。
申請は承諾されなければ、24時にリセットされる。
パートナーが決まったペアは翌日の朝8時に情報が更新され、申請を受け付けることができなくなる。※誰が誰とペアを組んだかは表示されない。
勝敗についてはクラスと個人(ペア)に分けられ
クラスの結果は、クラス全員とそのパートナーの点数から平均をとって、高い順に1位50ポイント、2位30ポイント、3位10ポイント、4位0ポイントのクラスポイントが与えられる。
個人の結果は、パートナーとの合計点数で競い、上位5位までには各10万プライベートポイント、上位3割までのペアには各1万ポイントが支給される。
筆記試験の科目は5科目で、ペアの合計点が500点以下の生徒にはペナルティがあり、2年生は退学、1年生はプライベートポイントが3ヶ月振り込まれなくなる。
ただし、意図的に点数を操作し下げたと見なされる場合は、学年問わず退学となる。
また、第三者が低い点数を強要するなどした場合も不正とみなし、その生徒も退学処分。
その他、通常の試験と同じく、カンニング行為等も一発退学。
と言うのが、主なところか。
「先生、質問があります。僕たちの学年は157人で、新入生は160人ですよね。3人ほどペアを組めない1年生はどうなるのでしょうか」
1年生のことが気になったのか洋介がそんな質問をした。
他学年の心配までするとは洋介らしいといえばらしい。
「残った生徒に関しては、自身の点数を2倍にすることで対応する。ただし、こちらも合計点数から5%が引かれることになる」
「なるほど……」
この試験、オレが500点満点でもパ-トナーの1年生が0点であれば退学になる。
刺客のホワイトルーム生はオレとペアを組めれば、目的が達成できるわけだ。
通常ならわざと0点を取った不真面目な生徒のパートナーは温情で退学処分は免除されるかもしれない。
だが、ことオレの場合は月城の介入がある。適切にパートナーを選べなかったオレの責任ということで無理やり退学にするだろう。
今、説明を受けた限りでは、試験で意図的に手を抜いた生徒が退学になると言うペナルティはあっても、そのパートナーについての言及は無い。
臨機応変に対応できるよう、わずかに穴があるルール。
春休みに接触してきた際には、オレを退学にするルールを作るのは骨が折れるから避けたいなどと言っていたが、本当に信用のできない相手だ。
オレにはプロテクトポイントがあるが、月城とは別途勝負の件もある。
プロテクトポイントで無効になるとは言え、オレが刺客に気づかずに退学処分を受けた点に違いはないため、自主退学を強要してくるはず。
無視することも可能だが、この短期間でオレを倒す刺客を育成できるほどホワイトルームが変化したのであれば、それはそれで興味深い。
諸々のリスクを回避するためには、刺客以外の1年生と組むしかないように思えるが、刺客が1人とは限らず、極論、1年生全員が買収済みの可能性も考えられる。
つまり、誰と組んでも退学にならない策が必要ということ。
確実な攻略法ならないこともないが……。
「私からもいいでしょうか。この筆記試験の難易度はどのくらいになりますか」
「あくまで目安だが指標を見せよう」
堀北からの質問を受け、タブレットを操作する茶柱先生。
程なくして液晶モニターに学力別の目安が表示された。
学力E 150~200点
学力D 200~250点
学力C 250~300点
学力B 350点前後
学力A 400点前後
「学力Aの生徒でも400点前後ということからわかるように、今回の試験は満点はおろかどの教科も90点を超えるような生徒はまず出てこない、最難関と言えるものだ」
わざわざオレの方を見ながら言わないで欲しい。
「だが、それは高得点を狙った場合の話だ。見ての通り、学力E判定の生徒でも予習なしで150点は取れるように作られている」
今度は池の様子を見ながら話す茶柱先生。
「喜んでいいとこなのか、わかんねー。えっと俺はD‐だから200点は取れるとして、学力C以上の1年を狙えってことだよな」
「池くんの成績だとB以上の生徒と組まないと安心できないわね。先生、ありがとうございました。パートナー選びの参考にさせて頂きます」
この表示の通りであれば、当日予想以上に振るわなかった場合も考え、学力Dの生徒はB以上の生徒と組まなければ退学の恐れがある。学力D以下とB以上の比率を考えるとシビアな戦いになる可能性もあるな。
試験の説明が終わり、休み時間になると多くの生徒が洋介の周りに集まり始めた。
「さっそく綾小路くんにアピールするチャンスかな。OAAで学力が優秀な1年生に声かけてみるね」
松下は向こうには興味がないのか、迷うことなくオレに話しかけてきた。
麻耶や恵からの視線が痛いので少し控え目にして欲しい。
「そうだな、オレはお世辞にも後輩と上手く話せる自信はない。なにかあったら共有してくれ」
「もちろん」
このやる気が空回りする可能性はあるが、先日の部活動紹介のことを考えると、この手のやりとりにオレが向いていないのも事実。
意外な手札になる場合もある。
やるだけやらせてみて動向を眺めるのも悪くはない。
「まったく、機転思考力がA+の生徒とは思えない発言ね、綾小路くん」
「げ、堀北さん」
オレの気持ちを寸分違わず松下が代弁してくれる。
席替えで最前列の真ん中という教壇の目の前で一番不人気の席を獲得した堀北が、わざわざ一番後ろの端の席までやってきて小言を突き刺してきた。
ちなみになぜそんな席にしたかというと、2年次に学が座っていた位置らしい。
本人曰く「兄さんと同じ景色を見ていると思うだけで身が引き締まるわね」とのこと。
だが、そもそも学の教室はAクラスだったため、位置が同じでも場所が違えば意味はないんじゃないだろうか。
「松下さんのやる気は評価させてもらうけど、今回の試験、余計なことはしないで欲しいわ」
「どういうこと?」
「このクラスには満点小路君がいる。他にもOAA上で学力A評価の幸村くんや私、平田君を中心として、学力の高い生徒を交渉材料に1年Aクラスとクラス単位で交渉する予定なの」
「あー、お互いのクラス全員でペアになるってこと……」
「個人戦を度外視すれば、組み合わせ関係なく、学力上位の生徒が多ければ多いほどクラスが勝つ確率は高くなる。私たちのクラスが1年Aクラスを全員押さえてしまえば、2年の他クラスは残り3クラスの上位陣大半を獲得しない限り、勝つことは難しいでしょうね」
過去の例に違わず、今年の1年Aクラスは、少なくともデータ上では優秀な生徒が多い。
交渉の難易度に目を瞑れば、このクラスと提携する方針は間違いではない。
そして残り3クラスにいる優秀な生徒は、争奪戦がより激化するため、どこかひとクラスが独占することは叶わないだろう。
「なるほど。1年Aクラスにも同じことが言えるから、悪い話じゃないと……。これなら退学者がでないように調整するのも楽だしね。ただ、うちのクラスの学力で話を聞いてもらえるかな?」
「確かに学力の平均値ではAクラス、Bクラスに劣るわ。でも、クラス単位で早々に話がまとまれば、ペア探しの時間が不要になる分、試験勉強に打ち込む時間も増える。それに今回は伊集院君にも活躍してもらう予定だから盤石よ」
「……誰?」
松下の気持ちはわかるが、伊集院は一応クラスメイトだぞ。
1年次は堀北のオレじゃない方の隣に座っていた生徒で、学年末試験の合計点数ではオレ、啓誠、堀北、高円寺についで5位の成績。
実は、平田や櫛田、みーちゃんよりも勉強ができる……が、その割に存在感がない。
オレの理想とする事なかれ主義の体現者なのかもしれないな。
……そんな学力なら種目選抜の時は一体何をしていたんだ、というのは気にしてはいけないのだろう。
「OAAで成績が出てしまった以上、秘密兵器として他クラスに隠しておく必要はないわ。試験だけでなく勉強会でも存分に力を振るってもらう予定よ」
「そのなんとかインくんは置いておいて、他クラスも似たようなことを考えるんじゃない?」
「そこで綾小路くんの出番よ。どうせ次の試験でも満点を取るんでしょ?だったら、彼と組んだ生徒は、優秀なら100%に近い確率で5位以内に入れる。それにここまでの実力を持った生徒が他にいない以上、私たちのクラスと友好関係を結んでおくことは、今回の試験結果以上にメリットになる。そこを売りにするわ」
「90点取るのも難しいって先生言ってたような……。でも、綾小路くんならいけちゃう?」
松下が堀北を追い払ってくれないか期待していたが、逆に乗せられてきているため、諦めて話に参加する。
「悪いがオレの組む相手は自分で決めさせてもらいたい」
「そう、タダでは引き受けてくれないと。随分と出世したものね。だったら、私が手料理を振る舞うというのはどうかしら。新しい麦味噌を仕入れたわ」
「料理は間に合っている」
「だったら、私のコンパスを喰らってもらうのはどうかしら。針を研いでおいたわ」
「刺されるのは小言だけで間に合っている」
「強情ね。なら他に何を……言っておくけれど私の心も体も兄さ――」
何を言ったところで堀北は折れないため、変なことを言い始める前に落とし所を提案する。
「仮に1年Aクラスとの交渉が成功したなら、その中からパートナーを選ぶ、譲歩できるのはそこまでだ」
ここで考える点は堀北のこの行動を月城は想定しているか、ということ。
パートナーをAクラスだけに絞ってしまうのは一見危険にも思えるが、オレが月城ならこういう場合も想定して最低各クラスに1名は刺客を入れておく。
であれば、160人の中から選ぶのも、40人の中から選ぶのも大差はない。
それに、交渉成立が難しい堀北の案で1年Aクラスが簡単に了承した場合、Aクラスの中で交渉成立へ導いた人物が刺客である可能性が高まる。
逆に他クラスでこの交渉を妨害してくる人物が出てくればその人物も刺客候補として動向を注視できる。
もちろん、堀北案が成立すれば1年Aクラスがこの試験で有利になるため、交渉に乗ることも、それを妨害することも不自然ではない。
それでも刺客を特定するひとつの材料くらいにはなる。
「それでいいわ。あなたは交渉が成立すると思ってないみたいだけれど、どうなってもあとから取り消しはなしよ」
「ああ。その代わり交渉には立ち会わない。クラスを率いていくつもりなら、自分の手で勝ち取ってきてくれ」
無事堀北を説得でき安堵した時だった。全員の携帯が一斉に振動する。
確認すると、OAAの全体チャットに一之瀬からメッセージが入ってきた。
「放課後に体育館で1、2年生の交流会を開催します。どなたでもご自由に参加ください、ですって……。綾小路くん、あなたこのことを知ってて――」
「いや、初耳だ。生徒会関係なく、一之瀬の策だろうな」
年末の年越しパーティーといい、気軽に職権濫用して体育館を借りる一之瀬。
いや、その点を誰も疑問に思っていないことから、普通の生徒会はこれぐらい平常運転なのかもしれない。
「まずいわね。ここで1年Aクラスの誰かがペアを作ってしまったら前提が崩れる」
「見事に先手を打たれたな」
「いえ、まだよ。私はこれから1年Aクラスに乗り込んでくる。綾小路くんは放課後、1年Aクラスの参加者がいたらペアを作られないように全力で阻止してちょうだい」
「は?」
「交渉以外では協力してくれるんでしょ、任せたわよ」
こちらの条件を都合よく解釈したあげく、堀北はオレに反論する隙も与えず、急いで教室を出て行った。
「綾小路くんも大変だね」
「そう思うなら放課後手伝って欲しいんだが……」
「あー、ごめんね。後輩からヤバい人って思われるのはちょっと遠慮したいかな」
「そうか……」
協力すると言いつつ、やることやらないことの線引きをしっかりとしている松下に見捨てられる。
まぁ変に妨害をしなければ交流会に参加しているだけの生徒。
サボると後から堀北がうるさいので、行くだけ行って力及ばずパターンでやり過ごすか。
だが、2年生が1人だけで交流会に参加していれば、後輩からも同級生からもかわいそうなものを見る目で見られそうな気がする。
放課後までに誰か誘ってみるか……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ひゃぁー、結構いるねー」
「ちょっと緊張するかも」
「1年生ほどじゃないだろ」
「そうだな。俺たちは先輩としてどんと構えてればいい」
「さすがみやっち。男らしー」
「からかうな」
ということで、放課後の交流会へは、綾小路グループで参加することにした。
クラスには堀北の方針は伝えられたため、その成否がはっきりするまではペアを決めないように通達されている。
今回はあくまで様子見ということで、4人に声をかけた。
「ぱっと見た感じ、2年生は一之瀬のクラスを中心に、後は……椎名と数名のDクラス生徒がいるな」
啓誠が体育館を見渡し分析したように会場に来ていた。
2年生の大半は、Bクラス生徒。一之瀬を中心として1年生と楽しそうに話している。
一之瀬はやってきたオレたちに気づいたようだが、ニコッとこちらに向けて微笑んだだけで、すぐに一年生との交流へ戻った。
また、体育館の奥の方にひよりの姿も見られ、こちらも新入生たちとうまくやっているようだった。
「あ!あそこにいるの、雫さんじゃないですか!?」
「えっ、雫ちゃん!?この学校にいるって本当だったんだ」
一部の1年生がオレたち、正確には愛里に気がつき近づいてくる。
「ペア探しですか?だったら僕と」
「いや、わたしとお願いします」
「えっと、あの、違くて……」
「先輩、可愛くって勉強も運動もできるってすごいですっ!」
「抜け駆けはずるいって。俺、雫さんの写真集全部持ってます!コウィケのライブ中継も見ました」
ちょっとした人だかりとなって質問攻めに合う愛里。
だが、クラスの方針を話すわけにもいかず、あたふたしている。
「はいはーい、話したい人は一列に並んでくださーい。はい、そこ、近づきすぎない」
そんな愛里に波瑠加が助け舟を出す。
「マネージャーみたいだな」
「なら、みやっちは警備スタッフ。見てないで手伝って」
「はいよ」
明人も人だかりの中へ飛び込んでいった。
「握手券付きのCDでも売れば一儲けできそうだな」
「清隆もだいぶ俗っぽくなったな」
残された啓誠と2人で様子を見ていると、後ろから声をかけられる。
「よぉ、誰かと思えば、綾小路軍団じゃねーか」
「なんだその呼び方」
近づいてきたのは、2年Aクラスの生徒、橋本だった。
「OAAの実績見たぜ。綾小路は言わずもがな、学力トップレベルの幸村に、肉体派の三宅、人気者の雫、まとめ役の長谷部と隙がない。見た目の偏差値も段違い。クラス内で、いや、下手したら、学年で見ても、グループ単位じゃお前たちに敵う奴らはいないんじゃないか?」
「おだてても何も出ないぞ」
「おだてる?幸村、俺は客観的な意見を述べただけさ。今回の試験、お前たちがペアに困ることはなさそうで羨ましいぜ」
「それを言うなら橋本もだろ」
フランクに話しかけてくる橋本に警戒心を崩さない啓誠。
だが、話術という点では橋本に軍配が上がる。
下手に長引かせても得はないため、こちらから切り込んでおくか。
「橋本の方はパートナーを探しにきた、というよりは偵察みたいだな」
「姫さんには不要だって言われたんだが、一応な。だが、あまり意味はなかったぽいな」
「そうだな」
ここにいる1年生の大半は学力C以下の生徒。
試験の勝利を目指すなら組むことがマイナスになりかねない。
「あれじゃ、一之瀬も椎名も勝負を捨てたようなもんだ」
「あの2人らしいと言えばらしいけどな」
「今回はAとCの一騎打ちで決まりってわけだ」
「どうだろうな」
「まぁ真面目に答えちゃくれないわな。それはそうとアレ、ほっといていいのかよ?」
橋本が指さす方向を見てみると、愛里を囲む集団以外にも、軽い人だかりができており、その中心にいたのは――諸藤だった。
嫌な予感しかしない。
「1年生の皆さん、よろしいですかッ!この世には光あるところに影がある。相反する存在なれど、一方がなければもう一方は存在し得ない。陰と陽が調和することで自然の秩序が保たれるのですッ」
周囲の1年生に向けて、なぜか陰陽論のようなものを語って聞かせる諸藤。
あまりに声を張るのでここまで聞こえてくるほど。
陰陽が今回の試験と何の関係があるのだろうか。
先輩と後輩で助け合う必要性とかか?
「つまり、この学校には陰の王子と陽の王子が存在し、お互いに支え合い、混じり合っていくという事ッ!!さぁあなたもファンクラブに入って王子たちを共に見守ろうではありませんか」
ただのファンクラブの勧誘だった。
入会のビラを渡しては力説している諸藤を面白そうに眺める橋本。
「今年もファンクラブは安泰だな、陰キャ王子」
「誰が陰キャ王子だ」
「陽は平田の方だろ、性格的にも名前的にも」
そもそも陰陽の考え方では陰は女性を指すんだが……。
深い意味はないよな、諸藤。
「帰るか」
「止めなくていいのかよ?」
「無駄だからな。あの中に入っていく方が危険だ」
「ごもっとも」
この場に長居は無用と判断し、橋本と別れ、体育館の入り口まで戻る。
「俺はアイツらを待ちながらもう少し様子を見ていく」
「ああ。オレから誘っておいて悪いが、あとは頼んだ」
愛里たちは未だに1年生に囲まれている。
雫人気は想像以上だな。
コウィケのライブで、この学校に所属していることがオープンになったことが大きいのか、OAAの結果なのか。
いずれにせよ、愛里にとって良い環境の変化だろう。
体育館を出たところで、携帯が着信を知らせる。
電話の主は桐山。
「綾小路、大変だ、至急生徒会室に来てくれ」
余程のことなのか、口早にそれだけ告げるとすぐに通話を切った。
元々交流会後に顔を出すつもりだったため、そのまま生徒会室へ向かうことにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お疲れ様です」
「待ってたぞ、綾小路」
生徒会室に入ると状況を理解した。
ざっと15人ほどだろうか、桐山の声に反応し、生徒会室に待機していた1年生から、一斉に挨拶される。
軽く会釈しておき、桐山のもとへ向かう。
「全員、入会希望者ですか?」
「ああ。これでも半分は面談が済んで帰った状態だ。だが、南雲があとは綾小路にやらせておけ、と匙を投げてな」
「なるほど」
こうなることは予想通り。
例の紹介動画で生徒会のハードルを下げた状態で、OAAが導入され、生徒会メンバーの能力が確認できるようになった。
ふとインパクトだけはあるあの映像を思い出した1年生は、実際はどれぐらいの実力なのかと興味本位で検索してみたことだろう。
そして、そこで出てきた成績を見て目を疑ったかもしれない。
生徒会長の南雲が、学力、身体能力A、機転思考力B+、社会貢献性A+で総合力A。
副会長のオレはオールA+。
他の役員たちも総合力はB以上だ。
こんな成績を見せられれば、あのふざけた内容が実は嘘ではなかったのだと勝手に解釈し、自分も入会すればもしかしてという期待感や早く入会しなければ定員になるのではという焦燥感が出てきたはず。
おまけに今回の試験内容が後押しした。
オレや学力Aの一之瀬とペアを組むきっかけ作りとして、生徒会への加入は手堅い手段だと言える。
その結果、入会希望者がこのタイミングで押し寄せてきたということ。
「それにしても多いですね」
「嬉しい悲鳴ってやつだな。堀北先輩にお見せしたかった」
学は南雲対策で入会審査を厳しくしたぐらいだ、特に喜ばないとは思うが……。
「この人数だ。即採用する必要はない。ひとまず話を聞いて、後日結論を出す形になっている」
「わかりました」
オレとしてもこの中に刺客が紛れ込んでいる可能性もある。
慎重に見極めていきたい。
「綾小路先輩、自分もお手伝いするっすです」
「波多野、来てたのか」
「はい、自分も生徒会の一員ですから。こうなってみると自分、タイミングよく入会できてラッキーだったっすね」
波多野の入会をあの場で即決できたのは、他に候補がいなかったため。
本人の言う通り、今、入会希望を出しても採用されなかったかもしれない。
波多野に書記を任せ、隣の準備室を利用して早速面接を始める。
クラス、名前、簡単な志望動機や特技などを聞いていく。
「今の1年、見所があったな」
すでに数名の面談が済んだが、隣に座らせておいた桐山は同じことしか言わないため参考にならない。
かく言うオレも、生徒会に相応しい人物像を掴めていないため、客観的な情報を記憶しておくことしかできない。
学を基準にすると今のところ入会に適した人材はいないことになる。
逆に桐山あたりで妥協すれば全員見込みがあるように思える。
そうしているうちに最後の入会希望者が入室してきた。
「……来てくれたんだな」
「ボク、いえ、私自身は生徒会の活動には興味がありましたから」
暗にあの時はオレに興味がなかっただけと言い切ったのは、外村の言うところのボクッ娘七瀬だった。
「綾小路とは顔見知りのようだが、自己紹介と志望動機から頼む」
妙な空気を察したのか桐山が面接の進行を促す。
「失礼しました。私は1年Dクラス七瀬翼と申します。生徒会の活動に興味があって志望しました」
「ふむ。OAAの成績は総合力Bで全体のバランスもいい」
「ありがたいことにそのような評価をいただきました」
「唯一社会貢献性だけC+だが、生徒会で活動すればいずれ上がっていくだろう。これは期待できそうだな」
七瀬の成績と謙虚な姿勢に桐山は好感触のようだ。
ただ油断できない部分はDクラス所属ということ。
優秀な生徒ほどDクラスにいるからには何かしらの理由があるはず……。
例えば七瀬も、裏では退学狂かもしれないし、重度のブラコンかもしれない。
1年前、オレが生徒会に入会した時に微妙なリアクションだった上級生の気持ちが少しわかった気がする。
「ひとつお伺いしたいのですが、Dクラスの私でも生徒会に入会する資格はあるのでしょうか?」
こちらの懸念が伝わったわけではないのだろうが、タイミングよく七瀬の方からそんなことを聞いてきた。
「Dクラスは不良品の集まり――恥ずかしながら俺も昔はそんな偏見を持っていた。だが、そうとも限らないということを俺の尊敬する先輩が見抜き、入会させたこの綾小路が活躍していることで考えを改めた。今ではクラスに関係なくやる気のある人材は大歓迎だ。それこそ元Aクラスでクラス落ちした人間でもやっていけてるからな……くっ」
自分で言っていて虚しくなったのか、天を仰ぎ始める桐山を不思議そうに眺める七瀬。
「桐山先輩のことは置いておいて、なぜ説明会から日が経ったこのタイミングで入会しようと思ったのか、聞いてもいいか?」
他の志望者にも投げかけた、少し意地の悪い質問をしてみる。
この問いへの対応の仕方で見えて来るものもあるからだ。
「そうですね、特別試験のことやOAAのことなどもないと言えば嘘になりますが……」
他の志望者は濁すことの多かった部分をさらっと認めた七瀬だったが、言葉を選んでいるのか、続きを話す前に少し考えるそぶりを見せる。
「ボクは知りたくなったんだと思います」
そうして発したのは抽象的な言葉。
だが、オレとしては妙に納得できる言葉でもある。
「詳しく聞いても問題ないか?」
「失礼を承知でお話しすると、興味はあったものの、この学校の生徒会に対する信用があまりありませんでした。綾小路先輩はその……女性関係に問題がありそうでしたし、生徒会長の振る舞いにも思うところがありました。ですが、OAAで実際の能力を拝見したことや、1年生のために交流会を開いてくださった一之瀬先輩の存在を考えると、私の認識が誤っていたのかもしれない、そう思えてきたんです」
「なるほど。それならタイミングとして理解できる」
「女性関係の部分、否定はしないんですか?」
「言葉で取り繕っても結局信じるか信じないかは七瀬次第だからな。それこそ、これから知っていってもらう部分なんじゃないか」
「はい、そうですね!そうさせていただきます」
オレの返事を聞き、これまで険しい表情しか見せなかった七瀬が嬉しそうに頷いた。
こんな表情もできるんだな、と意外な一面をみせてもらった。
こうして生徒会を訪れた一年生の面談は全て完了した。
「これからどうやって選んでいくんっすか?」
帰り支度をしていると波多野が目を輝かせて尋ねてくる。
波多野にとっては同期の仲間になる人物の選定、気になって仕方がないのだろう。
「そうだな、今の面接結果と南雲が面接した方の生徒たちの資料をまとめて、後日生徒会内で審議しながら候補を絞っていく、のが妥当なところだが……」
「?」
オレが言葉を濁したことでは首を傾げる波多野。
「綾小路の言いたいことはわかる。結局、南雲が独断と偏見で好みの生徒を抜擢する可能性が高いからな」
「ということだ」
「はへぇ~、生徒会は民主制じゃなくって独裁なんっすね」
気の抜けた声を出す波多野。
「独裁は言い過ぎかもしれないが、やろうと思えばそれだけの権力はあるからな。この学校の生徒会長はそれだけ力がある。波多野も将来会長を目指すならその責任の重さを覚えておくことだ」
「はいですっす」
桐山の力説を真面目に受け止め敬礼までしている波多野。
案外この2人は相性が良いのかもしれない。
「そういえばっすけど……綾小路先輩は、今度の試験、パートナーはどうするんっすかです?……そのまだ決まっていないようでしたら自分と……なんて」
波多野の学力はA。
相手としては申し分ない。むしろ波多野が評価通りの成績を出せば1位も夢じゃないだろう。
「まだあてはないが、クラスの方針でしばらくペアを決めるつもりはないんだ」
だが、波多野が刺客でないと断定するには至っておらず、一応堀北との約束もあるため、二つ返事で承諾することはできない。
「そうっすか……」
「気持ちは嬉しかったし、波多野の学力なら心強いぐらいだ。クラスの方針が変わってその時波多野がフリーであれば相談させてくれ」
「もちろんっす!!」
きっと人に好かれる後輩とはこういう感じなんだろうなと、一年前の自分と比較してみると色々と発見があり面白かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝。
「無事に撒けたみたいだね」
「ああ」
今日は堀北と櫛田との登校日。
だが、案の定、櫛田がそれを認めるはずもなく、堀北に伝えた約束の時間の30分前に寮を出た。
「堀北のことだからこれを見越して、もっと早くからロビーで待ち構えている可能性も考えていたんだがな」
「何?堀北のヤツが居た方が良かったってこと?」
「そうは言ってない。今日は桔梗と2人で登校したいと思っていた」
「ば、ばか……」
ストーキング力のある堀北が見逃すとも思えないため、オレたちよりも特別試験の対応を優先したんだろう。
試験のことで櫛田に意見を聞いてみたいことがあったため丁度良かった。
「退学の申し子である桔梗に聞いてみたいことがあるんだが」
「ん?なにかな?」
「例えば、試験本番までに1年生を最低でも4人退学させようと思ったらできるか?」
「うーん、1年生かぁ。まだ情報も集まってないし、少し厳しいかなー」
「やっぱり無理か」
「無理とは言ってないよ、ちょっと強引だけどやり方ならあるしさ」
「……無理矢理手を掴んで、自分の胸を触らせる、とか?」
「あれれ、清隆くんが退学したいの?やだなぁ、それならそうと言ってくれればいいのに。もしもし、警察ですかー?」
「おい」
携帯を取り出して電話をはじめる櫛田を止める。
「冗談だよ、でも先に酷いことを言ったのは清隆くんだからね。警察、警察ー」
口癖が退学から警察になっていることから半分は冗談じゃなかったことを察し、このネタでからかうのは封印することにした。
「まぁでも、方向性はそんな感じだよね。そういうことしたら一発退学だと思うし。それでそんなこと聞いてどうしたの?」
「今回の特別試験で確実に1位を獲るなら、1年生を156人以下にして、あえてオレはペアを作らなければいいと思ってな」
「なるほどー、退学を活かした最高の戦術だねっ!」
どこまで本気にしたか不明だがそれはそれは素敵な笑顔で返事をしてくれた櫛田さん。
だが、この試験に必勝法があるならこの策ぐらいだと考えている。
洋介が質問していた、学年の人数差が原因でパートナーがいない場合は、自分の得点を2倍にするルール。
ペナルティで点数は5%引かれるが、一般生徒が90点を取るのがまず不可能なレベル試験であれば、100点が95点になったところで何の問題もない。
もちろん本当の目的は順位ではなく、ペアを作らないことで刺客をスルーしてしまうこと。
だが、櫛田の言うように真っ当な手段でまだ交流の少ない1年生を数名退学させるのは難しい。
「1年生と言えばさ、昨日ナンパされちゃってさー」
「桔梗なら珍しいことでもないんじゃないか?」
自宅で食事する際の話題として、櫛田が学年問わず色んな生徒から告白された話は割と鉄板で、今日は誰それから告白されたと話しては「身の程知らずだよねー」と愚痴っていた。
「そうなんだけどさー。ナンパの手口があまりにも古典的で笑いを堪えるのがやっとだったよ」
「古典的?」
「うん。『もしかして櫛田先輩ですか?僕のこと覚えてませんか?』みたいな、どこかで会ったことありませんかーって言ってくるヤツ」
「あー……」
それが古典的なのかどうかはわからないが、異性に声を掛ける理由付けとしては便利そうだな。
「そんな過去に接点があった風のナンパなんて無駄なのにね。本当に会ったことあるんだったらどんなクズでも私が忘れるわけないじゃん」
「ちなみに昨年度退学したうちのクラスの生徒の名前は?」
「あんなクズ忘れるわけないよ、山川でしょ」
「流石だな」
ボケているのかどうか判断に悩まされるが、山内への対応ならこんなもんだろうと訂正はしないことにした。
「それで、そのナンパはどうなったんだ」
「もちろん『ごめんね、ちょっと覚えてないかな』ってスルーしたよ。ま、見た目もそこそこだったし、あとでOAAみたら勉強もできたみたいだけど、興味なかったからさ」
「条件がいいなら話を聞いてみても良かったんじゃないか?」
「清隆くんは私がナンパされてても何とも思わないのかな?」
「ナンパ相手が無事でよかったな」
「ケイサツ?」
「桔梗が無事でよかったと心の底から思う」
「うんうん、素直が一番だね。何があっても守ってくれるんだもんね」
「そうだな」
否定するとややこしくなるのは目に見えているので合わせておいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「今朝はまんまとやってくれたわね、綾小路くん」
「まさか待ち合わせ時間が間違って伝わっているとはな」
学校に到着した後、しばらくして登校してきた堀北は一目散にこちらに詰め寄り、有無を言わさず人通りの少ない廊下まで引っ張られた。
「白々しいわよ」
「誤魔化すつもりもないってことだ。それで、わざわざこんなところに引っ張り出したのは、置いてきぼりにされた文句を言うためじゃないんだろ?」
「……まぁいいわ。単刀直入に言えばAクラスとの交渉がまとまりそうなの」
「よかったじゃないか。正直断られると思っていた」
「ただちょっと問題が起きてまとまる直前で保留になっているのよ」
「問題?」
「昨日の昼休み、1年Aクラス代表を名乗る高橋くんと話をさせてもらって、前向きな返答をもらえたのだけど、席を外していたもう1人の代表石上くんと相談したいから放課後もう一度きて欲しいという話になったの」
「妥当な提案だ。まだ入学して間もない。独断で決めれるほどリーダーシップを持った生徒も珍しいだろうしな」
一応昨年のAクラスも、坂柳派と葛城派で分かれていた。
Aクラスと言えどクラスがまとめるのは容易なことではない。
だからこそ、昨年早々にクラスを統一していた一之瀬や龍園の手腕は評価できる。
「だから私も承諾して、放課後、再びAクラスの教室に向かったの。ただ、到着した時にはすでに先客がいて、高橋くんと揉めているようだった」
「他クラスの1年生か?」
「そうよ。どこで聞きつけたのか、1年Dクラスの宝泉という生徒が私たちとの協力は認めないって騒いでいたわ」
「情報がどこで漏れたかはともかく、妨害すること自体は当然と言えば当然じゃないか」
1年Dクラスからしてみれば、Aクラスが有利になる状況は見過ごせない。
「でもやり方が強引というか、高橋くんを突き飛ばしていたから、私も止めに入ろうとしたの。でも、これは1年生の問題だから自分たちでなんとかする、と石上くんから止められてしまって。昨日はそれっきり」
「なるほど」
「あの様子だと宝泉くんが簡単に承諾するとは思えないわ。強引に交渉成立させて1年Aクラスを危険にさらすのは私としても望むとこじゃない」
「玉砕覚悟の暴力制裁か……。学校側が放置するとも思えないが」
「どうかしら。宝泉くんは暴力を振るうことに躊躇がなかったし、高橋くんたちが学校へ言いつける様子もなかったことが引っかかっているの」
「だとすると、このままズルズルと日数だけ消費することになるかもな」
「ええ。遅延行為だけでも1年Dクラスにはメリットになる。私たちの交渉は早めにペア組を終わらせることが前提だから」
つまり、宝泉は堀北が具体的にどんな交渉をして1年Aクラスと組もうとしているかまで把握していたことになる。
暴力行為が容認されていることも気になるが、月城あたりがバックにいると考えれば納得できる範囲。
これは一筋縄ではいかないかもしれないな。
「それで、オレに話を持ってきたのはどうしてだ?」
「どうしても何も、クラス間のいざこざを解決するのは生徒会の仕事でしょ?副会長の威厳を見せつける時よ」
「……」
「あなたが解決すれば1年Aクラスへの心証も良くなって一石二鳥じゃない」
理屈はわかるが、できることなら首を突っ込みたくはない。
目立ちすぎる宝泉の行動はオレを誘い出しているようにも思える。
「生徒会としては、1年Aクラスから訴えがあったら考える」
「ちょっとそれじゃ――」
何か言いたそうな堀北だったが、ホームルーム前の予鈴が鳴ったことで、話を切り上げ教室に戻ることに。
ひとまずこの件は堀北を上手くやり過ごしてうやむやにするつもりでいたのだが――。
「急に集まってもらって悪いな」
その翌日の昼休み、南雲から生徒会役員に召集の連絡があった。
「実は1年Dクラスの宝泉って生徒の行動が問題になってるみたいでな、生徒会に相談がいくつも来ている」
「どんな問題なんだ?」
桐山が尋ねる。
「簡単に言えば、1、2年の特別試験の妨害だ。学力優秀者にまとわりついてペアを組もうとすると悉く邪魔しているらしい」
どうやら宝泉にとって1年Aクラスとの交渉だけが妨害対象というわけではなかったらしい。
「実は自分も昼休み付きまとわれたっす」
「私のクラスメイトからも学力の高い1年生に声を掛けようとしたら、強面の1年生が近づいてきたから止めたって話を聞きました」
波多野と一之瀬が事実であることを裏付けする。
「ルール違反とは言わねえが、生徒から苦情が来ている以上、生徒会としても見過ごせない。そこでこの件を同学年である波多野に一任する」
「じ、自分っすか!?」
「不安になる気持ちはわかるぜ。1年一人じゃ荷が重いのは承知の上だ。補佐として頼りになる綾小路副会長をつけてやるから、生徒会初仕事としてやり遂げてみせろ」
「それなら、はい、自分頑張るっすです!宝泉くんのやり方は見過ごせません。ご指導ご鞭撻よろしくお願いします、綾小路先輩」
不安そうな顔から一変、闘志を燃やす波多野。
ここは慎重に方針を定めるべき部分だが、何らかの強制力が働いているように感じられ、宝泉という生徒を一度この目で確認しておくのは悪くないかもしれない。
「あぁ、こちらこ――」
波多野に返事をしようとした時だった。
前触れもなく生徒会室の扉が力強く開かれた。
「邪魔させてもらうぞ南雲」
そうして一方的に入室してきたのは3年Bクラスの鬼龍院だった。
本作のOAAについての補足
綾小路くんが介入したことで原作と若干設定が変わっています。
が、基本的には同じです。
ただ、堀北クラスに関しては、スズーズブートキャンプの影響で、取り組み度合いに比例して大なり小なり身体能力が上がっています。
また、体力が上がった分、勉強する余力も生まれるのでは?という理屈と、付け焼刃だけれど適切な勉強会を綾小路くんが作中で何度かしたことがあり、見かけ上、原作より学力が向上した生徒が増えています。
平田くんなど元々体力もあり勉強もできた生徒については、綾小路くんが勉強会をしたことで教える負担が減り、自分の勉強時間をより確保できた、ということで考えています。
※平田くんに関してはクラス内投票で原作より暴れなかったため、減点も減っているだろうという予測の元、原作の総合力B+からA-になっています。
伊集院くんについて補足
アニメ化で、クラスのテスト結果が描写されるのは恩恵のひとつだと思っていたり。
その中でも注目は伊集院くんでしょう。テスト結果の描写があるのは、過去問ありの中間テスト、体育祭後の中間テスト、学年末試験ぐらいですが、当初からそれなりに上位にいたものの、ついに学年末試験では平田君、櫛田さん、王さんを破って、幸村くん、高円寺くん、堀北さんについでの4位。しかも合計点が900点台なのはこの4人だけ。彼の陰ながらの努力が伺えますね←
ちなみに原作ではクラス内投票の時にしれっと名前が出たのが初登場だと思われます……。
細かいことですが、過去問有とは言え、中間テストで佐倉さんが現代文100点取っている描写もあり、それを踏まえれば原作でのOAAの学力Cも妥当なのかもしれません。(←ここに当初誤ってC+と表記してましたが、よく確認したらCでした。C+はデータベースの方でした……)
本作の佐倉さん&長谷部さんは、恋のライバルが多すぎることに危機感を持ち、綾小路くんに振り向いてもらうため早い段階で色々頑張っているので、2人ともパワーアップしているイメージです。