放課後の茶道室。
どこかの生徒会とは違い、茶道部は順調に新入部員を獲得できていた。
新しい顔ぶれに囲まれる形でお茶を点て、朝比奈に差し出す。
「結構なお点前で」
すっと飲み干した後、静かに茶碗を置く朝比奈の所作は、この1年で多くの経験を積んだ成果が出ており、洗練され美しい。
まぁ朝比奈がお茶を点てることはないため洗練されたのは飲む動きだけだが……。
もちろん新入部員はそんなことを知る由もなく、美しい先輩の姿に茶室内には感嘆の声が漏れた。
「さぁ1年生のみんなも遠慮なく飲んで飲んで。作法とかは気にしないで大丈夫だからさ」
朝比奈に促され、オレの点てたお茶に恐る恐る手を伸ばす新入部員たち。
茶碗を慣れない手つきで口元に運ぶと緊張した表情が和らいでいく。
「わぁ、これが抹茶なんだ、感動なんだけど」
「おいしいっ」
「私、茶道部に入って良かったです」
こういった反応をみると、交渉の場で茶会が開かれる理由を実感できる。
満足してもらえたようでなによりだが……何か忘れているような気がしてならない。
「あ、清隆。山中さん、30分後ぐらいに来てくれるってー」
「あー……」
「……もしかして忘れてた?」
「まさか」
無謀にも鬼龍院を万引き犯に仕立て上げようとした事件、その実行犯である山中にコンタクトを取るべく朝比奈を尋ねたところ、丁度茶道部で活動中だったため、山中からの返事が来るまでの間、新入部員の歓迎を兼ねてお茶を点てることになった――という経緯だったな。
このようにしっかりと覚えている。
決してこの茶道部のほんわかした雰囲気に当てられて段々と事件のことが頭から消えていった、などというわけではない。
「それにしてもいきなり女の子を呼び出すとか、清隆も隅に置けないよね。雅の悪いところマネしちゃだめだよ?」
「少なくとも南雲会長のマネにはならないですね」
不本意ながらその南雲を助けようとしているのだが、朝比奈には山中と連絡を取りたい理由を話していないため、変な誤解が生まれている。
「ちなみに山中先輩って朝比奈先輩から見てどんな人ですか?」
「わぉ、よく知らない相手をナンパする感じ?見た目が好みとか?確かにマネどころか雅以上だよ」
「誠に遺憾です。朝比奈先輩へのお茶のおかわりはなくなったものと思ってください」
新しく点てたお茶を引っ込める。
「もぉー冗談だって」
慌ててオレの腕を掴む朝比奈。
「オレもです」
引っ込めたお茶を再び差し出すと、笑顔になる朝比奈。
無意味とも思えるやりとりに付き合って、それなりに楽しめているのは、お茶の席だからか、付き合いが長くなったからか。
「山中さんは、あんまり話したことないけど、うーん、良くも悪くも普通の女の子ってイメージかな、無難に生きてる、みたいな。清隆なら口説くのに苦戦しないと思うよ?」
「なるほど……」
朝比奈のからかいはスルーするとして、山中はOAA上で見る限りどの項目も平均以下の典型的なDクラスの生徒。
今の話と合わせると、自分から犯行を計画するような人物でもなければ、南雲を犯人だと偽るほどの度胸もなさそうだ。
あとは直接本人と話せば見えて来るものもあるだろう。
「清隆くん、先ほどから聞き捨てならないお話をなさっていませんか?」
そう言って、オレの隣にちょこんと腰を下ろすひより。
新入部員への対応がひと段落したようで、一目散にやってきた。
「聞き捨ててないのであれば、話の内容を把握しているはずで疑問形になるのはおかしいんじゃないか?」などと、朝比奈とのやり取りの様に冗談を言える雰囲気じゃないのは残念だ。
「ひよりも気になるよねー。清隆、そろそろはっきりさせなって」
「生徒会の仕事だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「そうでしたか。……いえ、お仕事ということは最初からわかっていました。予想通りです」
ひより、それはわかっていた人が言わないであろうセリフだ。
「まぁそんなとこだとは思ってたけど。清隆には浮いた話のひとつやふたつあってもいいのになぁーって思うんだけどね」
「ひとつならまだしもふたつ以上はいけないと思います、清隆くん」
朝比奈の冗談を真に受けたひよりがいつになく真剣な表情でこちらを見つめてくる。
「心配せずともひとつもないし、今後もそうだと思うぞ」
「その……ひとつはないと困ってしまいます」
「ん?」
「れ、恋愛相談の時間ですか!?だったら、私も平田くんとのことで悩んでてアドバイスが欲しいです……」
ナンパ疑惑のやりとりを平和的に解釈したみーちゃんも話に加わってきた。
そうしてお茶の席とは思えない賑やかな時間となっていく――――。
「ひよりのクラスは特別試験、順調か?暴れ回っている1年がいて大変らしいって話を耳にしたが」
しばらく粘ってみたが、残念ながら女子トークというやつにはついていけなかったため、諦めてひよりに試験の話題を振ってみた。
「そうですね。元々私たちのクラスの学力と財力では上位を狙うのは厳しい試験ですから、今回は退学者を出さないことと1年生と仲良くなる方向で進めています。今のところ、その暴れ回っている?方にお会いしてはいません」
「それは賢明な判断だったな」
宝泉が妨害しているのは1年生の中でも主に学力A−以上の生徒。
信頼関係構築のため、学力に不安のある生徒と積極的に組んでいたことが幸いし、宝泉との対峙は避けられているようだ。
「これも一之瀬スポンサーが交流会を開いて下さったおかげです」
「その辺り、一之瀬クラスとどう折り合いをつけているんだ?」
交流会に参加していた1年生は主にB、Cクラス。
ひよりクラスと違い、一之瀬クラスは全体的に学力が高くペア組に苦戦することはないはずだが、一之瀬の性格から困っている後輩がいれば迷わず救おうとするだろう。
1年生からしてみれば、ひよりたちDクラスと組むよりも一之瀬のBクラスとパートナーになった方が安心できるはず。
そうなると必然的に競争が始まり、より学力に不安のある生徒が割を喰らって、最悪の場合、合格ラインに届かないペアが出る恐れもある。
それは交流会の趣旨に反するため、一之瀬の望むところではないだろう。
「そこも一之瀬スポンサーが調整して、4クラス間でなるべく公平になるようにしてくださっています。このような時は社交性の高い方が羨ましくなってしまいますね」
今回の試験では大きくクラスポイントが変動しないからこそできる、割り切った戦略。
平和的に話をまとめる場合の一之瀬ほど強力な存在もいない。
「反対する1年生はいなかったのか?」
「ええ。交流会に集まった1年生としてもペナルティを避けることが優先だったみたいです」
プライベートポイントが3ヶ月振り込まれない生活も個人視点で見ればそれなりに厳しいペナルティ。
「清隆くんのクラスはまだどなたも決まっていないようですが……」
宝泉が暴れ回っているとはいえ、学力上位者以外はどのクラスもペア組が進んでいる中、堀北クラスだけは決定したペアが0組のまま。
ひよりでなくとも疑問に思う生徒が出て来る頃合い。
「今回、堀北が主体で動いてくれてるんだが、その暴れ回っている1年に手を焼いてるみたいだな」
「それは堀北さんもお気の毒に。清隆くんは様子見ですか?」
「堀北には悪いが、今は生徒会の案件を優先させてもらっている」
「そうですか。学校も新しい試みに熱心なようですし、そのうち清隆くんが楽しめる試験も来ることと思います」
不可解な気遣いだったが、ひよりにはどこか確信めいたものがあるようだった。
何と返事をしたものか考えていると、入口から衝撃音が聞こえ、茶道部員の視線がそちらに集まる。
「おい、綾小路はいるか?」
乱暴に戸を引いて顔を出したのは、3年Dクラスの……立花賢人だと思われる人物。
「お茶の席ですよ、静かにお願いします」
「こんな時に呑気な野郎だ」
女子生徒に囲まれながらお茶を飲む姿が気に入らない、といったような目で睨みつけてくる立花賢人だが、まさかそんなつまらない理由でやってきたわけでもないはず。
「こんな時?」
「お前が山中を呼び出したんだろ、俺はその代理だ」
「あー……」
再び忘れかけていた。
どうもこの捜査は気が乗らない。南雲と鬼龍院を救うという目的だからだろうか。
いや、そもそも――。
「部活動の邪魔になるといけないので、外で話しませんか?」
言うまでもなくこれは建前で、ここでは込み入った話ができないため場所を移したかった。
黙って頷き茶室から出ていった立花賢人を追うために立ち上がる。
「清隆くん。新入部員も入ったことですし、特別試験が終わったらまたいらしてくださいね」
「ああ」
ひよりたちに見送られ、後ろ髪を引かれる思いで茶室から出る。
そこから少し離れた人通りの少ない廊下で立花賢人は腕組みしながら待機していた。
「早速ですが、なぜ立花賢人先輩が山中先輩の代理を?」
「やっぱ覚えられてたか……でも、なんでフルネーム呼びなんだよ」
「生徒会役員として全校生徒の顔と名前、OAAの成績ぐらいは頭に入っています」
相手の口ぶりだと以前会ったことがあるようだが、どうだったか。まぁわざわざ掘り起こす必要もない。なぜか向こうはオレを見る目に恐怖を宿しているためそれらしい返答をしてフルネーム呼びについては説明を省いた。
字が違うとは言え、敬意を持って先輩呼びする『タチバナ』は1人だけでいい。
「チッ、あの時の腕っ節もだが南雲に楯突くだけの実力はあるってことか」
「それで先ほどの質問に答えていただけますか?」
「山中はお前とは話したくないそうだ。なんでも綾小路は鬼龍院ともよろしくやってるそうじゃないか。鬼龍院の差し金だと思って怖かったんだろうよ」
当たらずも遠からず。
山中は鬼龍院に捕まった際、鬼龍院から動機を探られる過程で相当怖い経験をしたであろうことは想像に難くない。実行犯とは言え、少なからず同情してしまう。
「これは鬼龍院先輩に関係なく、生徒会としての正式な調査です。拒否するのはあまりおすすめできませんが」
「だから代理で来てやったんだ。俺も事情は把握している。それで勘弁してくれ」
「それはつまり立花賢人先輩も共犯ということでよろしいですか」
こちらの問いに対して、立花賢人は言葉を詰まらせ、少しの間ができる。
「……確認するが、お前は南雲側ってわけじゃないんだよな。噂じゃ日頃から敵対してるって話だが」
……もしかせずともオレは3年から見て、日常的に鬼龍院と仲良くしていて南雲とは日常的に対決している2年って印象なのか?
そんなトンデモ学生がいるわけないだろ。
「同じ生徒会である以上、職務上の協力はしますし、不要な敵対をしているつもりもありません。ただ、南雲の味方、ましては配下ではないことは断言できます」
南雲から一方的に勝負を仕掛けられている様子は、第三者が見れば敵対しているように見えるということなんだろうな。
「なら俺から言えるのは一つだけ。南雲の指示でやった、それだけだ」
立花賢人たちの目的が南雲を陥れることである場合、南雲側ではないことを主張すれば話に乗ってくると思ったが、その逆だったようだ。
「お二人とも退学のリスクを負ってまで命令に従ったと?」
「とぼけるな。オールA+の副会長サマが、南雲のチケットを知らないとは言わせないぞ」
……知らない。
だが、これまで南雲のやってきたこと、今後やりそうなこと、チケットというワード、退学のリスクに見合うリターン、それらを考慮すれば答えは見えてくる。
「そこまでしてAクラスに上がりたいんですか?」
「悪いかよ。万年最下位の俺たちにはそれしかねぇんだ」
おそらく、卒業までに南雲への貢献度でAクラス移籍へのチケット、つまり2000万ポイントを何人かに渡す、といったような話になっているのだろう。
今回の山中と立花賢人は文字通り南雲のポイント稼ぎをしていたわけだ。
「綾小路、頼むから南雲の邪魔はしないでくれ。下手に掻き回されてこの件が無効になったら俺たちの頑張りが無駄になる」
邪魔をするなという立花賢人の主張と自分は無実だから調査しろという南雲の主張は大きく食い違っている。
単純に考えれば、南雲はシロにも思えるが、この一連の騒動が南雲の罠という可能性も捨てきれない。
その場合の最終的な目的はわからないが、オレをこの事件に巻き込み、生徒会で審議の際に何か仕掛けてくるつもりか。
誤審による冤罪を訴え、オレの立場を悪くする、そんな嫌がらせぐらいならできるかもしれないが……。
いずれにせよ、立花賢人からもう少し話を引き出したい。
「犯罪を頑張りと表現するのはどうかと思いますよ」
「なんでもかんでも持ってるお前たちに何がわかるッ。俺たちはただ必死に生きてんだ」
ちょっとした煽りに対し、声を荒げる立花賢人。
本人の中にも少なからず罪の意識があることが伺える。
ここまで確認できたことで、立花賢人たちが南雲を退学にするために動いている可能性はかなり低くなった。
「ですが、このままだと南雲生徒会長が首謀者となり退学になるかもしれませんよ?」
「そこは南雲に何か考えがあるんだろ。俺らは言われた通りにやっただけだ。報酬さえもらえれば南雲の進退はしったこっちゃない」
3年の中には南雲を崇拝するような物好きな連中もいるらしいが、立花賢人のようにイヤイヤながらも従うしかない人間もいる。
いっそのこと立花賢人が南雲を盲信していたのなら、話はシンプルだった。
今回の事件は忠誠心のない人間に任せるには荷が重い犯行――鉄砲玉になるには発射元の拳銃への信頼が必要不可欠ということ。
どこまでが犯人の思惑通りかは置いておき、現に山中たちは鬼龍院に返り討ちに合い、依頼主を白状するといった、依頼主から見れば愚行を犯している。
ただ、よりにもよって鬼龍院を対象にした上で、山中たちのスペックを考慮すればこうなることは予想できたはず。
あえてこの2人に犯行を依頼した理由が事件解決の糸口になりそうだな。
「では最後にもう一度確認させてください。立花賢人先輩と山中先輩に、鬼龍院先輩を万引き犯にするように指示を出したのは南雲生徒会長、ということで間違いないですね」
証言として使えるように携帯端末のカメラを起動し、立花賢人を問いただす。
「……」
「どうしました?」
「証言してやってもいいが――」
「わかりました。お二人の身の安全は副会長のオレが責任をもって保証します」
南雲が犯人だった場合、この証言が決定的な証拠となる。
つまり南雲から恨みを買う。
真犯人が別にいた場合、南雲を犯人とする虚偽の発言をしたことになる。
つまり南雲から恨みを買う。
強がってはいるものの、どちらに転んでも立花賢人と山中は崖っぷちに立たされている。こちらから手を差し伸べればすぐに飛びついてくるだろう。
「……ああ、南雲からの指示で間違いない。チケットがもらえなきゃ誰がこんなことするかよ」
「ありがとうございます」
「俺は帰る。さっきの約束忘れんなよ」
「ええ。あ、一つ聞き忘れてたんですが、南雲から指示を受けたのはいつですか」
「月曜の放課後、18時頃だ」
長居したくなかったのか、素早く返事をして立花賢人は去っていった。
月曜日の18時頃というと、オレが南雲から引き継いで生徒会の入会希望者と面談をしていた時間。南雲にはアリバイがない時間となる。
「あまりに出来すぎてるな……」
これではまるで――――。
ひとつの可能性に思い至り、より疑問が増えることとなった。
余談ですが、実際の茶道では基本的に「結構なお点前で」って言わないらしいですね……。
やっぱりそれっぽいだけの朝比奈先輩でした。
原作と立花先輩の態度が若干違うのは、綾小路くんの立場が副会長なのとOAA&これまでの実績や鬼龍院先輩との噂などなどが影響し、内心ではビクビクしていたからだと思われます。
→追記:以前屋上で綾小路くんにジャイアントスイングで吹っ飛ばされた人が立花先輩でした。そのため少しだけ内容を変更しています。立花先輩はビビっていて、綾小路くんは屋上で倒したモブその①ぐらいの認識だったので、すでに記憶から消していたのか、データは把握していてもその時の人物だったとははっきりと覚えていない、ということで。