ようこそ実力至上主義の生徒会へ   作:まぐまれむ

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信用できない相手

金曜日の朝。

まだ胃に重みを感じるような気がして、朝食は抜くことにした。

 

だが、胃を犠牲にした代償に天沢から証言の約束を得ることができたため、あとは宝泉を生徒会の審議の場に召集すればこの件は解決する。

波多野には天沢から協力を得ることができた旨をメールしておき、いち早く審議会をセッティングするように伝えておいた。

 

思わぬ形でこの一件に関わることになったが、ここからは波多野たちの仕事。

解決へのお膳立ては十分できたということで、オレの方は鬼龍院の事件を片付けなくてはならない。

 

とは言っても、こちらも解決への道筋はできている。

今日の放課後に関係者を呼び出し、いくつか問いを投げかければ、真相にたどり着けるだろう。

 

あとは放置している特別試験のパートナー探しだが、これも宝泉の一件が片付くことで近い内にまとまると考えている。

 

登校の準備をしながら、そんな風にこれからの方針をまとめていると、来客を知らせるチャイムが鳴った。

 

「おはよう、綾小路くん」

 

「ああ。おはよう」

 

玄関のドアを開けると櫛田が気持ちよく挨拶をしてきた。

そしてその後ろには堀北が立っている。

 

先日堀北を撒いて櫛田と登校したため、今日はそのお詫びということで櫛田から堀北を誘ったらしい。

考えるまでもなく、それは建前で特別試験で苦しんでいる堀北を間近で見て楽しもうという櫛田の考えが透けて見える。

飽きもせず櫛田はご飯のお代わりを続けているようだ。

 

ニコニコ笑顔の櫛田とツンツン仏頂面の堀北。

相反する2人を連れて寮を出る。

 

「それで交渉の進捗はどうなのかな、堀北さん。クラスのみんなも不安になってるみたいだし……あ、私は堀北さんのことが心配だなって」

 

「……あなたが心配する必要はないわ」

 

「そうなの?なんかいつもより歯切れが悪いし、無理なら無理って早めにみんなに謝った方が傷は浅くて済むんじゃないかな。あ、言い出しにくいなら私が仲介してもいいよ」

 

案の定、この2人と登校して爽やかな朝となるはずがなかった。

ここぞとばかりに櫛田が堀北を善意の皮を被った嘲笑で殴り続ける。

 

何でもいいからこの空気を変えられないものか。

登校時間ぐらい爽やかな朝を感じたい。

 

「綾小路せんぱーい、おはよーございまーすっす」

 

そんな願いが通じたのか、後ろから届く呼び声に振り返ると波多野が小走りで近づいてきていた。

渡りに舟とはこのこと。

波多野は、鬼龍院が乗り込んできた時も、そのキャラクターで空気を変えた実績を持つ。

これは期待でき――。

 

「昨日はごちそうさまでした」

 

「……何のことだ?」

 

「え、何って、『ト』ぐもっ」

 

爆弾を放り込もうとした波多野の口を高速で塞ぐ。

空気を変えるにしてもオレが櫛田に問いただされる展開に変わるのはいただけない。

 

「と?」

 

だが、時すでに遅し。

櫛田はオレたちのやりとりを不思議そうに眺めている。

 

「あー、こいつは生徒会の後輩で波多野っていうんだが、昨日の放課後、己を鍛えたいと言い出したんだ。オレはその希望に応えて『巴投げ』を喰らわせた、って話だ。わざわざお礼を言いに来るなんてできた後輩だろ」

 

そんな誤魔化しを語りつつ、波多野には話を合わせるようにと目で訴え、その口を解放する。

 

「ソ、ソノ通リッス。綾小路先輩の巴投げ、ハンパナカッタッス」

 

ぎこちない口調でそう答えた波多野。

演技力はともかく、今回はオレの意思が伝わったようだ。

 

「あなた後輩をいびっているの?感心しないわね」

 

「本人の希望だ。いびりじゃない」

 

堀北が呆れた、と言いたげな表情でこちらを睨んでくる。

 

「ご時世がご時世だからそういうのって訴えられると退学になっちゃうよ?そういえば、堀北さんも武術の心得があるんだよね。私に試してみない?」

 

「お断りするわ」

 

「えー、遠慮しなくていいんだよー。腕が鈍っちゃうともったいないからさ。あ、技の検証用に動画も撮って――」

 

全く空気は変わらなかったが、爆弾が爆発するよりはマシだ。

あの2人のことは放置して波多野と話しながら登校することにしよう。

 

「例の件だが、審議会のセッティングは大丈夫そうか?」

 

「はい。南雲生徒会長からの許可はもらったので、あとは担任の先生を通して宝泉くんに通達するだけです。来週頭には実施できると思いまっす」

 

「それなら問題なさそうだな」

 

学校経由での通達であれば、危険も少ない。

宝泉が召集を無視する可能性もあるが、その場合は一方的に判決を出せるため、学校側に宝泉への処遇を委ねることができる。

妨害行為の禁止はもちろんのこと、宝泉自身も少なくとも停学処分になるはずなので、この特別試験は無事に進めることができるだろう。

 

通常であればこれで解決する。

例外があるとすれば、宝泉が普通の高校生ではなかった場合か、強硬手段に出た場合。

まぁどちらもそれをするだけのメリットはないため、問題ないだろう。

 

「今回は綾小路先輩にお世話になりっぱなしでした。自分、生徒会の一員として早く独り立ちできるようにがんばるっす」

 

「そのやる気があれば十分だ」

 

愛嬌のある顔に少し影を落とす波多野。

今はまだ実力が伴っていないが、この向上心があればいずれ気持ちに力が追いつく。

学や南雲のようなカリスマ性はなくとも、波多野は波多野らしく生徒会を率いていける、そんな予感がした。

 

「でも自分がもっと強ければ、宝泉くんにズバッと言えたはずっす。やっぱり悔しいっすね」

 

「暴力行為が黙認されるこの学校の方針が特殊なんだと思うぞ。……いや、そうでもないのか」

 

「?」

 

「生徒会と風紀委員が敵対する場合もあるならどこも似たようなものかと思ってな」

 

「え?漫画かなんかの話ですか?っす」

 

「いや、割と身近な体験かと思ってるんだが」

 

「ふっ、へへへっす」

 

波多野は急に笑い出す。

 

「どうしたんだ?」

 

「あ、すみません。綾小路先輩も冗談を言うんだなって思ったらおかしくなっちゃったっす」

 

「なるほど……」

 

「確かにそうっすね。暴力が日常化している方が異常っす。自分、焦って方向性を見失うところでした。冗談まで言って気づかせてくれるなんてさすが綾小路先輩っす」

 

「……ああ、そうだな」

 

波多野の表情にはすっかり元の熱が戻っていた。吹っ切れたようで何よりだ。

オレとしても得るものはあった。そんな登校となった。

 

放置した後ろの2人がどうなったかはオレの関知するところではない。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

昼休み。

南雲と鬼龍院に話を通すため、3年のフロアに向かった。

 

「解決の算段が立ちました。今日の放課後、生徒会にお越しください」

 

「きみに任せた判断は正しかったな。いい加減、南雲を監視するのも飽き飽きしていたところだ」

 

「それはこっちの台詞だ、鬼龍院。付きまとわれるならもっと可愛げのある女が良かったぜ」

 

どうやらこれ以上南雲が不審な動きをしないよう連日鬼龍院は目を光らせていたようで、2人でいるところをあっさり見つけることができた。

 

「きみの嫌味も聞き納めかもしれないと思うと、存外悪くないものだな」

 

「ハッ、安心しろ。卒業までずっと聞かせてやるよ」

 

仲が良いんだか悪いんだかわからない会話を続ける2人。

 

「記録係としての立ち合いですが、大勢いても仕方がないので桐山先輩、溝脇先輩、殿河先輩の3名にお願いしようと思います」

 

話をいたずらに大きくしないこと、一之瀬のトラウマのことを考慮し、最小限の人数で行いたい、という意向。

 

「異論はない」

 

「俺もだ」

 

「場合によっては証人の召喚もあり得ますので、役員以外が参加することもご了承ください。では失礼します」

 

長居は無用と早々に立ち去り、1年のフロアを目指す。

必要になるかどうかは不明だが、八神と宇都宮にも声を掛けておくためだ。

当事者である山中、もしくは立花賢人を連れて来れれば話は早いが、協力は見込めないだろう。

鬼龍院と南雲のいる場所に呼び出すのも酷だしな。

 

「よぉ、ぱいせん」

 

その道中で声を掛けてきたのは、宝泉。

1年B、Cクラスへの道を塞ぐ形で目の前に立つ。

 

「聞いたぜ、証人見つかったんだってな」

 

「ああ。大人しく裁かれるんだな」

 

「俺はそんな奴いないと思ってんだがな。幻じゃないなら、勇気のある馬鹿はどこのどいつか、いってみろよ」

 

「教える必要はない。焦らずとも審議会の場で会えるだろ」

 

宝泉の考えを察し、余計なことは口にしない。

 

「チッ……なら示談交渉だ。今からツラ貸してもらうぜ」

 

「悪いが急いでいる」

 

「いいぜ、特別に放課後まで待ってやるよ」

 

「放課後も予定がある」

 

どうやら強硬手段の方を選択するつもりらしい。

一体何が宝泉をそこまで動かすのか。

目的は見えても真意は見えない。

 

「逃げんのか?副会長ってのはチキンって意味か?」

 

「生徒会は暇じゃない。それにお前はやり過ぎた、いまさら示談なんて認められない。そういうことだ」

 

「仙人ってのは頭が固いんだな。だったら徹底抗戦してやるよ」

 

「この学校でやっていくなら引き際を見極めることも大事だと思うが?」

 

「説教は有難く頂戴しておく。ま、すぐ投げ捨てるけどよ」

 

安い挑発を繰り返し、オレが乗る気がないことを察したのか。

宝泉はつまらなそうに教室へと入っていった。

 

「宝泉くんがすみません」

 

入れ替わるような形でやってきたのは七瀬。

教室の中から様子を伺っていたのだろう。

 

「七瀬が謝ることじゃない」

 

「いいえ。同じクラスメイトとして彼の行動を止められないんですから同罪だと思っています」

 

噛みしめるように話す七瀬からは申し訳なさや悔しさが伝わってくる。

 

「立派な責任感だと思うが、宝泉を止めるのは簡単なことじゃない」

 

宝泉としてはこの七瀬の行動も気に入らないはず。

それをわかっていて動いた七瀬の覚悟は相当なものだ。

 

「それでもです。あんな策を取らないといけない現状を作り出しているのは私たちの不甲斐なさでしょうから」

 

「クラスの総意ってわけでもないんだろ」

 

「真っ当に戦ってどうにかなるなら、反対したクラスメイトは多いと思いますよ」

 

「そうか」

 

力で支配する宝泉に逆らえないだけでなく、自分たちの実力が他クラスより劣っている点を理解しているため、思うところはあっても勝つために同意するしかなかったのだろう。

実際、このままいけば、学力で劣るDクラスが1番になる可能性が高い。

 

「それで……厚かましいお願いだとは思いますが、宝泉くんにチャンスを頂けないでしょうか。やり方は問題がありましたが、彼もクラスのためにやっただけだと思うんです」

 

「これまでの様子を見る限り、反省して妨害行為をやめるとは思えなかったが」

 

「僕、いえ、私がなんとか説得してみせます」

 

七瀬は力強い目で訴えかけてくる。

本当に宝泉を説得できると信じて疑わないような愚直な目。

 

「どうしてそこまでするんだ?」

 

「高校生活はまだ始まったばかり。ここで宝泉くんに何らかの罰が与えられれば、彼自身もクラスもつまずいてしまいます。それを危惧するのはおかしいことでしょうか」

 

「いや、理解できる。そうだな、七瀬が宝泉を説得できたなら、話を聞いてもいい」

 

「ありがとうございます」

 

七瀬は深く一礼したのち、しっかりした足取りで教室の中――宝泉の元へ向かっていった。

 

この七瀬の真っすぐな姿勢は、一之瀬を連想させる部分があり、生徒会向きの人材だと感じられる。

 

それだけに、このあとオレの予想通りの展開になった場合、残念だと思わずにはいられない。

 

どう頑張ったところで七瀬の説得が無駄に終わることは確定している。

徹底抗戦を宣言した宝泉は近いうちに行動を起こすだろう。

審議会が開催されれば宝泉が状況を覆せる可能性はゼロに近い。

ここから助かるために一番確実なのは、証人を特定し、証言できない状態、もしくは証言を撤回する状況に追い込むこと。

 

念のため天沢に1人で行動しないようにチャットを入れておく。

するとすぐ既読になり、返事が来た。

 

『友だちいないから無理だねー』

 

と、元ボッチとしては他人事とは思えなくなる、哀しい理由。

 

『波多野を派遣する。きっといい友達になれるぞ』

 

『えー、せんぱいがきてー』

 

『悪いが今日は忙しい』

 

『明日から一緒って言質とりましたー。明日は休みだし、何作ってもらおうかなー』

 

最後の一文はスルーして、仕方がないので、波多野には今日一日、天沢を見守るように連絡をしておく。

責任をもって保護する約束をした手前、自分でできればいいが、今日の放課後までは手が離せない。

 

これまでの宝泉の言動から予想できること。

その内の最悪のパターンを想定するならひとつ手を打っておく必要がありそうだ。

 

面倒だと思う反面、この状況を少しだけ楽しみ始めている自分がいた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「――ということなんだが、ここまでの話を聞いてどう考える」

 

「いくつか違和感があります。そうですね、例えば立花先輩の曖昧な回答と時間に関する発言。これはつまり――」

 

これまで集めた情報を話し、そこから何を読み解くかを確かめる。

その結果、相手もおおよそオレの考えと一致していることがわかった。

 

「考えを聞けて安心した。さっきの件だが、もしもの時は頼んでもいいか」

 

「ええ。もちろんです」

 

協力の約束をしたところで予鈴が鳴り、昼休みがまもなく終了することを知らせた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「ではこれより鬼龍院楓花さんを万引き犯にしたてあげようとした事件についての審議を執り行います。進行は私、生徒会副会長の綾小路清隆が務めます」

 

放課後、生徒会室に、鬼龍院と南雲がぐるりと長方形に並べた長机を挟んで対面している。

そして桐山、溝脇、殿河の三名が記録席に。

 

オレは前方正面に立ち、いつかの橘の様に淡々と事件の概要を告げていく。

 

「――以上のことを踏まえ、誰が犯人であるかの真実を見極めさせていただきたいと思います」

 

説明を終え、一度前置きをした後、これから議論に入ろうとしたところで、携帯の着信音が響き渡る。

 

『た、た、大変っす。天沢さんが――』

 

電話越しの波多野の声が途切れる。

 

『よぉ、ぱいせん。今からツラ貸してくれるよな』

 

波多野の携帯から聞こえてきたのは、他でもない、宝泉の声だった。

 

 

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