前略、彼女ができた。
そして1時間も経たない内に別れ話を切り出している。
「えーと、何か誤解してると思うんだけど。そのホワイトルーム生?ってのがよくわからないし。塾かなんかの名前?」
動揺を見せたのはほんの一瞬で、素早く切り替え、普通の高校生を演じ続ける天沢。
「ならこれから話すことは独り言だ。意味がわからないならそれで構わない」
天沢がどう取り繕おうとも、オレは淡々と事実を述べていくだけ。
「お前の演技は完璧だった。1年前のオレとは違い、普通の高校生として自然に溶け込めていた。その点は評価しているし、普段の様子だけではこの結論には至らなかっただろう」
個性豊かな高育生徒たちの存在が示すように、日頃の生活で見せる一面からホワイトルーム生か判断するのは困難。
外の世界を知らないことで起こるホワイトルーム生らしい齟齬も、上手く教育されたようで、天沢からは感じられなかった。
「だから今回ホワイトルーム生を探す際に、いくつかの目星をつけていた。そのひとつが、身近にいないタイプでオレへ近づく女子生徒だ」
「それ、自意識過剰すぎない?」
「そうじゃない。例えば、刺客を派遣すると決まった時、上からはオレのことをハニートラップで堕とせ、みたいな方針が出たんじゃないか?」
「刺客?上?ハニトラとか、スパイものの観すぎだよ。現実じゃあり得ないって」
内心、ドキッとしたはずだが、警戒しなおした天沢は無関係な一般人としてどこまでも正しいリアクションを見せる。
「以前、あの男とここで遭遇した時の話だが、あいつはやたらオレの女性関係を気にしていた」
気にも止めていなかった『女は怖いぞ』という忠告が、皮肉にも今では実感できるようになったわけだが……。
「あいつがこの学校に来れたんだ。その時点でいずれ刺客を送ってくる可能性があることを想定し始めた」
外部からの干渉が一切できないわけではないなら、相応の備えは必要になってくる。
「そこでひとつの策を講じてみることにした。もしもの話だが、周りに女子生徒を囲っているにもかかわらず、誰とも交際する素振りを見せない人物がいた場合、その理由をどう判断する?もちろん、異性に興味はあるとして」
「……好みの女性がいないとか」
「そういうことだ」
相手の弱点を攻めるのは定石。
あの男ならオレの情報収集を徹底的にさせ、分析し、効果的な手段を取ってくる。
それがわかっていれば、あとは自然な形で付け入る隙をみせておくだけ。
「この展開は最初からオレが刺客を炙り出すために仕掛けたものだ」
ま、ハマってくれれば儲け物ぐらいの感覚で仕掛けたものだったが。
よほどオレの女性関係が気になってたんだな。
「でも、綾小路先輩ってこの学校でも一番優秀だし、言い寄ってくる女の子は私に限らずたくさんいるはずだよ。勇気を出して告白したのに、それだけで変な疑いをされちゃうのは悲しいな」
「なんと言おうと天沢が『黒』だと確信している」
「どうして?あたしが生意気な性格だから?嫌なら直すよ。好きな人のためならできると思う」
天沢は弱々しく泣き出しそうな声でなんとか言葉を絞り出す。
実に上手な演技だ。1年前なら騙されていたかもしれない。
いや、そもそも1年前のオレならこんな場も設けずに――。
「気になるか?後腐れなく別れてくれるなら根拠を話そう」
「先輩、めちゃくちゃクズな発言してるのわかってます?」
「相手は選ぶ」
生き残るために少しでも好成績を、完璧を目指すよう教育され続けたホワイトルーム生の抗えない性質。
失敗をいち早く修正するために、ここで答えを聞かない、という選択をできない。
刺客に選ばれるくらい優秀ならなおさらだ。
「はぁー……あたしの負け。ホワイトルーム生だと認めた上で、綾小路先輩と別れます。これでいい?」
「ああ。しっかりと録音させてもらった」
「素で幻滅するよ?」
「5期生は刺客相手に情けをかけるよう教育されたのか?」
「これが最高傑作『綾小路清隆』かぁ……。想像の何倍も怖い人ですね」
開き直った天沢は枷が外れたとばかりに嫌味をぶつけてくる。
「それで根拠の話だが――」
だが、本題に入ろうとすると、すっと雑念が消え天沢の集中力が高まったことがわかる。
この辺りはホワイトルーム生らしさだな。
「確かに高校生としての演技は完璧だった。だが、恋する女子高生としてみた場合の質は数段落ちる」
それだけ?と言いたげな表情。
オレが適当なことを言っているのではないかと疑ってすらいそうだ。
「そんなので判断できるわけないよ。恋心なんてそれこそ人それぞれのはずだよね」
「そう思うだろ?オレも昔はそうだった」
知識を詰め込むだけでは決して学べない領域はある。
「だが、多くの『本物』に囲まれて生活するうちに、ちょっとした仕草、話し方、視線、表情や反応……相手からの好意を測る指標はたくさんあることを理解した」
この1年の経験を思い出す。
恋する乙女、なんて言葉を使うのは恥ずかしいが、恋愛に一生懸命になる彼女らの姿は眩しいものがあった。
それと比較すれば、天沢の演技は月とスッポン。
オレに惚れている、という言葉に彼女たちのような輝きはなかった。
「だからお前のそれが『偽物』だと自信を持てたわけだ」
「恋なんてする余裕なかったし、必要性も感じなかった。私の演技と本物に違いがあるなんて思いもしなかったな……」
些細なことで喜んだり傷ついたり、底知れない力を発揮したかと思えば、パフォーマンスを下げる要因にもなる。
恋というものは実に興味深いテーマだと彼女たちから学んだ。
オレ自身、形式上の恋愛ではなく、いつかは心の底から誰かに好意を寄せてみたい、その感情を学習したい、と思ってしまうほど。
できるかどうかはともかく。
「ていうか、先輩って朴念仁じゃなかったんですか?」
「逆に聞くがあれだけ露骨に好意を寄せられて気が付かないなんてことがあるのか?」
「まんまと騙されてたってことかぁ。他人を知るって確かに難しいね」
数々の心理学、精神学、行動学、理論に実験データを学習した結果、大抵の人間のことをコントロールできると驕ってしまう。
「だろ?だからオレはこの外の生活をそれなりに気に入っている。日々新しい発見があって飽きもしない。お前はどうだ、外の世界に魅力は感じないのか?」
「……」
「栄養バランスだけを重視した食事よりも、カロリー超過を気にもとめないトルコライスは美味しかったんじゃないか?」
「それは……うん。先輩の言いたいことはわかるよ。ホントは少し馬鹿にしてたんだけど、ここの生活も楽しいなって思うことはあるし」
「天沢が希望するなら、たまに気になる料理を作ってもいい。せっかくいい調理器具も買ったしな」
「もしかしてあたしを懐柔しようとしてます?餌付け?」
「懐柔、か……少し違うな。経緯はともあれ、せっかくあの施設から出られたんだ。『後輩』に少しぐらい楽しんでもらいたいと思うのは『先輩』として当然のことじゃないか」
普通の高校生とホワイトルーム生を区別して考えるなら、俺にとって天沢は本当の意味での『後輩』となる。
「さっき刺客には容赦しないって言ってませんでした?」
「天沢が本気で刺客をやってたならそうした」
オレの退学を優先するのであれば、あのまま宝泉と手を組んでいた方が成功率は高かった。
「手を抜いた覚えはないよ」
「そうだな。ただ、正体を明かしたこの状況でも敵意みたいなものは感じられない。むしろ――」
さっきの指標に当てはめるなら……諸藤やファンクラブのメンバーがオレに向けてくる感情に近いものがある。
「もし交際を迫るんじゃなくて『憧れてます』みたいな言い寄り方だったら信じていたかもしれない」
「……そこまでわかっちゃうんだ。敵わないわけだよ」
意図した発言ではなかったが、天沢の中で何か腑に落ちたようだ。
1年前の俺なら排除以外考えられなかった場面だが、今のオレは不思議なことに、天沢が敵対しないのであれば、選択する機会は与えたい、と思っている。
多少のやんちゃも『後輩』は手間のかかる存在ということで気にするほどでもない。
「それで、あたしを試験のパートナーにして何を企んでるの?」
自分の中で整理がついたのか、天沢は別の話題を持ち出した。
「何も」
「腹いせに0点とるかもよ。もともと先輩の退学が任務なんだし」
「それでも問題ない。もし学力Aの天沢がテストでオール0点をとったのであれば、周りも何かしらの事情があったと思うのは明らかだよな」
「正直ここのレベルなら全問解くのに10分もいらないよね」
「学校が調査すれば、お前の恋心を弄んでひどい振り方をしたパートナー、オレへの報復だと結論付けるだろう」
「まぁ普通なら刺されても文句言えないし、退学にしてやろうと思われても不思議じゃないことをしたよね」
「そうなってくると痴情のもつれとはいえ、試験とは関係のない理由となり、オレへのペナルティは情状酌量の余地が生まれる。即退学にはできない」
結局、月城の介入が何でもありな以上、ペアになった生徒に対し買収や脅迫をするかもしれないし、ペアのテスト結果を改ざんし0点にするかもしれない。
何をされても本気で隠蔽されれば、こちらからは手の出しようがない。
「つまり、何があったとしても学校側に抗議するための材料を用意できる相手なら、ホワイトルーム生であろうとなかろうとパートナーに選んだってわけだ」
「あの人にそんな理屈が通用すると本気で思ってます?」
「試しに帰宅後ありのままを月城に報告してみればわかる」
「どっちにしろ報告はしますけど……」
いま説明した内容は半分以上が方便。
だが、結果が変わらないならどうでもいいこと。
これはあえて伝えなかったことだが、何の成果もなく任務に失敗したとなれば、失敗作の烙印を押されそのまま破棄される恐れもある。
天沢自身は上からの命令通り『オレと交際する』というミッションを達成し、ペアにもなった。
正体がバレた理由も、そもそもが戦略のミスであるため、この一件で天沢自身へのお咎めはないだろう。
そのためホワイトルームに戻りたいと言えば問題なく戻れるはずだ。
「……ありがと、先輩」
天沢もそのことに気づいたのか、今まで見た中で一番柔らかい笑顔でそっと呟いた。
「そう、それだ。さすがあの環境で生き延びてきただけはあるな。さっそく修正してくるとは。今の表情なら80点はつけられるぞ」
「やっぱり朴念仁じゃん」
「ん?」
「なんでもないでーす」
いたずらっぽく舌を出してみせる天沢。
任務が終わったあとでもこうして本物を演じられるよう色々試しているのかと思うと涙ぐましいな。
◇
「そう言えばプロジェクト7に基づいた相対性理論の課題のスコア、あんな点数どうやってとったの?コツとかあるなら知りたいなー」
「特別なことはしてないが、あの時は――」
◇◆
「外の世界でやってみたいこと?あ!夏になったら浜辺でスイカ割りしてみたい」
「あれは意外と難しかったぞ。エコーロケーションは通じない。誰を信じるかが肝だな」
「えーめちゃくちゃ難しそー」
◇◆◇
「映える?っていうのがよくわからないからおしゃれなカフェとか行ってみたいかも」
「映える?かはわからないが、変わったオムライスを出してくれる店なら案内できる」
そうして初めてできた『後輩』と、心ゆくまで意見交換をしながら帰路に着いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『――といった経緯で、一度は恋人になり、ペアも組めましたが、私がホワイトルーム生だと対象に特定されてしまいました』
ホワイトルーム生、天沢一夏から報告の電話が入る。
今回のシナリオを描いていた月城でさえ、勝てないまでも特別試験が終わる前に見つけてしまうとは思っていなかった。
『筆記試験は0点を取りますか?』
「何点取るかはあなたの裁量に任せます。ただし、間違っても彼が退学にならないような点数でお願いしますよ」
『わかりました』
「次の作戦が決まり次第指令を出します。それまではこれまで通り学生として馴染んでおくように」
そうして通話を切る。
報告を聞き、今回の行動は、綾小路清隆からの警告に他ならないと月城は判断した。
ホワイトルーム生を見つけるという勝負は綾小路の戦略勝ち。
見破った上であえて天沢とペアを組み、こちらの出方を観察しているのだと。
ここで方法問わず、点数を0にして綾小路を退学処分にしようものなら、綾小路は今回の勝負のような提案を二度と受けなくなる。その上、お互い実力行使で排除し合う関係に移行してしまう。
そんなリスクを負って退学処分を決行したところで、綾小路はプロテクトポイントを失うだけ。
今後も勝負を受けて欲しければ、最低限ルールを守るくらいの誠意は見せろ、と主張しているかのように感じられた。
子どもらしい、短絡的で挑発的な行為と流せればよかったが、相手が相手。
「我々の方針を探るための必要経費だと割り切った行動なのでしょうね」
こちらが仕掛けて試している立場なのに、私たちの方がいつの間にか試されている。
「全く恐ろしいものです。どうしたらあの年齢であそこまでの怪物が生まれるのか……」
ただそんな怪物が見せた新たな一面――彼がホワイトルーム生を排除しない選択をした変化。
これをどう評価すべきか、束の間、思考を巡らせた月城だったが、それを今後の綾小路次第だと一度棚に上げておくことにした。
そうして今回の勝負の敗北を気にもせず、次の作戦へと準備をはじめるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
第二体育館。
その男はまだ動けずに天井を眺めていた。
完膚なきまでに叩きのめされた。
相手の実力を把握していたつもりだったが、見えていたのは氷山の一角だった。
これまでの戦略をわずか数分で全てひっくり返された屈辱や悔しさ。
本来であればそれを感じているであろう場面で、なお溢れてくるのは一つの感情だけだった。
面白い。
今度こそ綾小路清隆を倒すために、どんな手を用いて挑もうか、いまだ自由の利かない身体とは反対に頭はそのことでフル回転していた。
次こそは必ず、あの余裕の表情を苦悶に変えてやる。
力の入らない拳を無理やり握り締め、闘志を燃やす。
「えーと、誰かいますかー?」
そんな時、体育館の入口が開き、そこから聞こえてきたのは、活発さの中にも柔らかい包容力を含んだ女性の声。
「工事中の体育館が騒がしいって連絡が来て、様子を見に来たんだけどー。今なら反省文で許してもらえるよう、先生に一緒に謝るから、誰かいるなら出てきてくれないかなー」
すっかり日が暮れてしまったため、倉庫入口付近に床に横たわるこちらの姿には気が付いていないようだ。
面倒だからこのまま気づかず去ってしまえ、こっちは構っている暇はない。
そんな想いは通じず、探りを入れる声は近づいてくる。
「わわっ!大丈夫!?」
ツイてないことにこちらに気づいた女子生徒が駆け足で近づいてきた。
追い払うため、痛みを堪え何とか上体だけ起こし、威嚇でガンを飛ばそうとした時だった。
窓から月明かりが差し込み、声の主を明るく照らす。
「酷いケガだね。こんなのしかないけど……」
思わず硬直したこちらに構うことなく、ハンカチで傷だらけの顔を拭き、出血ヵ所には絆創膏を貼ってくる。
「動けないなら、保健の先生呼んでくるよ。まだお酒は飲んでない時間だと思うし」
これまで、こんな自分に対し、恐怖心を見せず、慈愛の心で接してきた人間などいなかった。
「……」
黙っていると心配になったのか、こちらの顔を覗き込んできたので思わず顔を逸らす。
「……チッ、このぐれえ問題ねえよ。ちょっと暇で寝過ごしちまっただけだ」
「ホントに?」
「問題ないって言ってんだろ」
「うんうん、男の子だね。そういうことにしておくよ。でも本当に辛いときはいつでも呼んでね。きっと力になるから」
「あ”?ふざけてんじゃねえぞ」
「ふざけてない。辛いとき、誰にも頼れないのは苦しいよ。……私もそんな経験あるからさ」
あまりに真っすぐな瞳は、力強いはずなのに、どこか儚げにも見え、吸い込まれそうになる。
「それじゃ私はもう行くね。ここで寝過ごしちゃってたこと、学校には黙っておくから、次からはちゃんと寮まで帰ること」
そう言ってにこりと笑うと体育館から去っていった。
「マブいぜ……」
背中を見送り、思わずつぶやくと、先ほどの笑顔が頭から離れなくなる。
さっきまで闘志で満たされていたはずの心に、またひとつ別の感情が誕生し、宝泉和臣はこれ以上考えることをやめた。
【鈍感じゃない綾小路くんについて】
原作でも佐倉の好意に気づいていましたし、綾小路くん、気づいていてとぼけている場面って多いのかなと。本作でもこの策のためにはぐらかしていた部分はあります。※100%とは言えませんが←
ちなみに本作で綾小路くんが朝比奈先輩と気安い関係性を築けているのは、そういったノウハウから判断して、自分に異性としての好意をもっていないことを確信しているためです。一応堀北さんも同様ですね。