ようこそ実力至上主義の生徒会へ   作:まぐまれむ

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更新できずにいたら、奇しくも高校サッカーの時期になってしまいました……。


敵の正体

「僕は……どうすれば……」

 

信じがたい現実を前に思考がまとまらない。

いや、答えを決めてしまえば自分の中のなにかが崩れ去ってしまうような忌避感が邪魔をしている。その自覚はある……。

 

「成績も人間性も良好であったあなたがDクラス配属だったことも納得できるというもの。今の姿は欠陥品そのものではありませんか」

 

坂柳さんから厳しい言葉を投げつけられる。

反論の余地はなく言い返すことができない。

 

フィールドには、2回戦の相手、思わぬ強敵を前に苦戦するチームメイトたち。

1対7の大差をつけられた前半。後半が始まってからも点差は埋まらない。

 

チームを機能させるために一手足りていないことは明白だった。

近づいてくる敗北の刻は自分が望んでいた展開のはず。

 

それでも本当は――。

 

「僕には、戦う選択は……できないよ」

 

あの時と同じく勇気を持てない僕は、答えを掴めず一歩も動けなかった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

初戦を難なく突破したオレたちは、一夜明けた早朝、2回戦出場のため宿泊地からバスに乗り込もうとしていた。

 

「俺はよぉ、生まれてこの方、他人に同情なんてしたことはなかった」

 

宝泉が青く晴れた空を見上げながら、半ば独り言のように語り始める。

 

「けどよ、今は天沢に心から同情してんだ。確かにあいつはむかつくアマだが……いつかあんなブツを相手にすることになるとかよ、正気の沙汰じゃないぜ……」

 

力なくバスに乗り込む宝泉。

洋介はそんな宝泉の哀愁漂う背中を不思議そうに見送った。

 

「彼に関しては少し心配してたんだけど、予想に反して大人しいね。清隆くんが何かしてくれたのかな?」

 

「いや……反抗期でも終わったんじゃないか」

 

少し尊敬の念が込められた問いに、こんな返事でははぐらかされたと思われるだろうが、イチモツで黙らせた、なんて事実であっても誤解しか生まない話を説明する気にはなれなかった。

 

「スタメンは昨日と同じでいく。情報のない相手だ、昨日勝ったからと言って油断しないように」

 

バスの中で監督からの話を受け、各々が力強く返事をする。

 

「みんな今日も俺たちの全力をぶつけて勝とうぜ!!」

 

「「「「おう!!!」」」」

 

昨年負けた相手に完勝できたことで、柴田を中心にサッカー部員たちのモチベーションは高まっていた。

 

これが運動部のノリというやつなのだろう。

勝利に燃えている生徒たちのテンションには、残念ながらついていける気がしないため、巻き込まれないようにそっと視線を窓の外へ移し、景色を眺める。

 

新緑の季節。のどかで何の変哲もない田園風景が広がっていた。

殺風景と言ってしまえばそれまでだが、見慣れぬ風景の連続は世界の広さを感じさせてくれる。

 

そんな実感を他所に、思考は次の対戦相手ネームスパイダーズについて巡っていた。

はっきりとはしないが、どうにも嫌な予感がする。

 

どんな低い可能性でも備えておくに越したことはない。念には念を入れて、ひとつ策を用意しておくことにした。

 

信号待ちでバスが停車したタイミングを見計らい静かに席を立ち、目的の人物の近くに座ると、外を眺めていた顔をこちらに向けてくる。

 

「八神、ちょっとお願いがあるんだがいいか」

 

「なんでしょう?」

 

大した話ではないように用件を伝えて反応を待つ。

 

「……本気ですか?突拍子もないことをおっしゃっているように感じますが」

 

「この学校の生徒会なら日常茶飯事のレベルだ。このぐらいで驚いていたら身がもたないぞ。オレだけでなく、前生徒会長はもちろん、南雲でもできるだろう。試しにチャットで聞いてみたが、この通りだ」

 

携帯の画面を見せ南雲からの返事を表示する。

 

『お前にできて俺にできないわけないだろ』

 

「そういうものですか……。わかりました、僕も生徒会の一員になったからにはこなしてみせます。必要な時はお声かけください」

 

「ああ」

 

そのまま2人で話していると、程なくしてバスは会場に到着した。

 

「僕たちのロッカーはあっちだね」

 

洋介の案内のもと、全員で控え室へと移動を始める。

すると先頭集団から外れて一之瀬が近づいてきた。

 

「あのね、ちょっと気になることがあるんだけど、いいかな?」

 

「どうしたんだ、改まって」

 

少し困ったような戸惑っているような珍しい表情をしている。

 

「2回戦の相手についてなんだけど……ネームスパイダーズを単語別に訳すと『名前』『蜘蛛』になるよね」

 

「まぁ……そうだな」

 

一之瀬が言いたいことに思い当たり、返答が遅れる。

 

「つまり『名』と『蜘蛛』……な、ぐも、なぐも……南雲……なんちゃって」

 

「……悪い冗談だな」

 

そんなことはあり得ないと笑って切り捨てることができないのは、日頃の南雲の行いの成すところ。

 

「だよね。うん、私の考えす――」

 

「そんなに名前を連呼されると照れるぜ、帆波。俺に会えなくてそんなに寂しかったか?」

 

お互いに嫌な想像を消し去ろうとしたタイミングで、後方から非常に聞き覚えのある声がしてくる。

 

「うん、私の考えすぎだね。さあ2回戦も頑張ろう!」

 

聞こえなかったことにした一之瀬。

確かに幻聴の可能性も捨てきれない。主に悪い意味で印象に残るヤツだからな。

 

「さすが帆波だ。俺のちょっとした遊び心に気づいてくれるなんて嬉しいぜ。クソみたいなチャットをしてくる綾小路とは大違いだ」

 

声の主もスルーされていることをスルーするようだ。

 

「私、1回戦はボールに触れなかったから2回戦はもっと走り回るよ」

 

「そうだな、せっかく試合に出るからにはボールに触れたいよな」

 

幻聴の可能性は0になったが、オレも一之瀬の方針に乗ることにした。

 

「サウスクラウドズにするか迷ったんだけどよ、それじゃ捻りがないかと思ってな。どうだ、粋な演出になったろ」

 

声の主が近づいてくるのがわかるが、オレも一之瀬も振り返らない。

 

「え!?南雲先輩!?どうしてここに……」

 

「「あー……」」

 

哀しいかな、不審者の接近に気づいた洋介が反応してしまった。

一之瀬と思わず落胆の声が漏れる。背けていた現実を受け入れるしかないようだ。

 

「よぉ、洋介。少しは上手くなったか?」

 

「え、えぇ。まだまだ南雲先輩には敵わないですが、僕たちなりに頑張ってます」

 

「なら、楽しみにしてるぜ。次の試合、一方的に勝っちまったらつまんねえからな」

 

「え?それはどういう……」

 

洋介が注意を引いている間に、どさくさに紛れてオレたちは先に進もうと試みる。

 

「ごめん、綾小路くん。私が変なフラグを建てちゃったから」

 

「いや、遅かれ早かれこうなっていた。一之瀬が気に病むことじゃない」

 

「いつまでやってんだ。綾小路、帆波」

 

先回りをされてロッカーまでの通路を塞がれた。

残念ながら潮時か。一之瀬と顔を見合わせて頷く。

 

「あれれ、南雲先輩、こんなところで偶然ですね」

 

「試合前で緊張していて全く気が付かなかったな。では、次の対戦相手ナグモンズ?でしたか、を叩き潰すためのミーティングがあるので失礼します」

 

これまでの経験から、どう考えても面倒な話になるのは見当がつく。

早々に立ち去るに限るな。

 

「まあ待てよ。サプライズはまだ用意してあるんだ。ネームスパイダーズのメンバーを紹介するぜ」

 

南雲の台詞に合わせて南雲のやって来た後方から姿を現した敵チームの面々。

案の定、サッカー部の3年をメインとした3年生たちがぞろぞろと現れる。

 

「驚かせてすまないな。綾小路、一之瀬」

 

丸くなった頭で声を掛けてきたのは桐山。

 

「桐山先輩までこんな茶番に付き合ってるんですか?」

 

「まあ南雲がアレなのは否定しないが、これは立派な特別試験なんだ」

 

桐山は一之瀬の疑問に答える形で試験の内容を説明し始める。

 

 

 

特別試験名は『サッカー賭博試験』。

 

3年生は特別試験として国の開催するサッカーの大会に出場する。

全クラスの中から代表選手を選出して1チーム作るが、その際に各クラス最大10人まで選手以外から『チップ』にする生徒を選べる。

 

チップはOAAの総合評価別に価値が変わり、総合力Aの生徒は5ポイント、Bの生徒は4ポイント……Eの生徒は1ポイント分のチップとなる。(評価の+-は加味しない)

 

選手が所属するチームの試合開始前に、選手でもチップでもない残りの生徒は、クラスが所持しているチップを任意の枚数『ベット』することができる。

 

その試合に勝利すれば、ベットしたチップのポイントの合計×10クラスポイントを得る。

 

勝ち上がるごとにレートが上がり、準決勝で勝てば得られるクラスポイントは1.5倍、決勝で勝てば2倍となる。

 

「すごい試験ですね……。下位クラスの逆転も夢じゃなさそう」

 

「ああ。だが相応のリスクもある」

 

美味しい話には裏がある、か。

桐山はそのリスクについても説明した。

 

大会終了時にチップとしてベットされていた生徒は勝敗に関わらず退学となる。

ただし、以下の条件を達成することでその退学を免除できる権利を得る。

※この権利は大会終了まで累積されるが、いかなる場合でも他クラスへ譲渡はできない。

 

・チップとなった生徒の所属するクラスの選手がFWの場合

→ゴールを1点決めるごとに一人退学免除となる。

 

・チップとなった生徒の所属するクラスの選手がMFの場合

→ゴールを決めるか、相手のゴールチャンスを防いだときに一人退学免除となる

 

・チップとなった生徒の所属するクラスの選手がDFかGKの場合

→相手のゴールチャンスを防いだときに一人退学免除となる

 

※選手には活躍次第で個別にプライベートポイントでの報酬もある。

 

またポジションはプライベートポイントによる落札制度で決まるが、各クラス2人分の出場枠は確保されている。

 

退学のリスクはあるがリターンも大きいルール。

例えばだが、総合評価Aの生徒を10人ベットして、2回戦から決勝までの3試合すべて優勝すれば、

 

2回戦:50×10×1

準決勝:50×10×1.5

決勝:50×10×2

 

となり、合計2250クラスポイントを稼げる。

もちろんこれは机上の空論で、総合評価Aの生徒が10人いるクラスは存在しないし、寄せ集めのチームで出場校のレベルが高いこの大会で勝ち上ることは難しい。

もし勝てたとしても、クラスの選手が一切活躍しなければ、ポイントと引き換えにチップの生徒は退学となる。

 

大量のポイント欲しさに目が眩み、優秀な生徒を何人もベットした結果、敗北しクラスが崩壊する結末もあり得る。

試合で活躍できる生徒を選手にすればチップの総ポイントが減り、逆に高得点を狙いチップに変換しすぎると試合で活躍できないかもしれない。その上、賭けるタイミングを見極めるための生徒も残さなければならなかったり、他クラスのことを考えたりと、シンプルながらも戦略を試される試験だな。

 

そして、退学のリスクがある以上、クラスのためにチップ役を引き受ける生徒がどれだけいるのか。3年生の試験らしく、これまでの年月でクラスで培った信頼性も重要な要素になる。

 

だが……。

 

「惜しむらくはこの試験が南雲先輩の学年で実施されてしまったことですね」

 

「そうだな。全クラス、ベットされる生徒も、選手も、ベットのタイミングも南雲の指示通りだ」

 

戦略も駆け引きもない展開。

南雲に逆らえない以上こうなるわけだが、リスクを最小限にクラスポイントを増やすという観点では、全クラスの方針を統一して挑めることは悪い話ではない。

判断する南雲さえ状況を見誤らなければ――。

 

「当然、次の試合は全クラスオールインだ。勝ち確なんだ。荒稼ぎさせてもらうぜ」

 

「3年生の皆さん、ご愁傷様です。最大で40人退学ですか」

 

「安い挑発だな、綾小路」

 

南雲は減らず口だと思ったようだが、オレ自身の退学もかかっているため、3年がどうなろうと勝ちを譲るつもりはない。

 

「先輩方が退学になるかもしれない……」

 

だが、特別試験のルールを聞き、洋介の顔色が目に見えて悪くなった。

今回の勝負、月城がこちらの戦力になる洋介をなぜ残していたのか疑問だったが、このためか。

 

真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方である、とはよく言ったもの。

 

洋介が、今、何を考えているのかは容易に想像できたため、一之瀬に目配せをする。

 

「あ、監督に用事を頼まれてるんだった。平田くん、私じゃわからないことも多くて……一緒に手伝ってもらえないかな」

 

「……え。あ、うん」

 

一之瀬はこちらの意を察し、洋介を半ば強引に引っ張る形で連れて行ってくれた。

ただ、一之瀬も方針としては洋介側のはず。他学年とはいえ退学者が出ることを好ましくは思わないだろう。

 

「ま、そういうわけだ。綾小路には散々煮え湯を飲まされてきたが、今回は俺の得意分野での勝負。これまで通りとはいかないぜ」

 

「大人げないとは思わなかったんですか」

 

「勝負は結果が全て。勝てる内容で挑むのは当然だろ」

 

「ごもっとも」

 

嫌いな考えではないが、サッカーの試合を利用した特別試験の実施は南雲一人の意向で実現できる話ではない。

どちらが発案かは不明だが、南雲の裏には月城がいると見ていいだろう。

 

「それにしても数名、3年生以外がいるみたいですが」

 

南雲は置いておいて解説役の桐山に話を振る。

 

「ああ。その説明がまだだったな」

 

サッカーという種目に限定した以上、経験者の有無で不平等が生まれるため、その措置として、クラス内にサッカー部のレギュラーがいない場合は、2人まで他学年から助っ人を呼ぶことができる。(※生徒会所属の生徒を除く)

 

「それで選ばれたのが――」

 

「HEY!Brother!」

 

「どうしても外せない予定ってこれのことだったのか……」

 

アメリカンスマイルを見せながら近寄ってきたアルベルトに肩を叩かれる。

 

「アルベルトはバスケの時も大活躍だったからな。早めに声を掛けておいたのさ。3年Dクラスの助っ人として登録してある」

 

得意げに語る南雲。

オレも真っ先に誘った手前、文句は言えない。

 

「南雲、そろそろアップの時間だ」

 

「次に会うのはピッチ上だ。覚悟しとけよ、綾小路」

 

南雲、桐山、アルベルトに続き、3年生の集団が相手側の控室へと移動を始める。

南雲にアルベルト、サッカー部の3年レギュラー、ついでに桐山か。

 

一筋縄ではいかないだろうが、それよりも問題は女性陣だな。

3年の特別試験ということで、当然――。

 

「こんな状況でも眉ひとつ動かさないとは流石だな。キミはどんなサプライズなら驚いてくれるんだ?」

 

3年Bクラスの鬼龍院がいる。

身体能力はA+。サッカーの実力は不明だが、これまで観察してきた限り、こちらの女性陣では歯が立たないだろう。

 

「鬼龍院先輩はこの手の試験は興味がないものだと思っていました」

 

「通常ならその認識で間違いない。だが、南雲じゃないが、私もキミと対戦する機会を得て高揚している。フィールドでは全力でぶつからせてもらうよ」

 

余計なタイミングで、いつになくやる気を見せる鬼龍院。

 

「こちらとしてはお手柔らかにお願いしたいんですが……」

 

「足が主体のサッカーで手を柔らかくしても仕方がない。つまり『遠慮なく掛かってこい』というメッセージと受け取っても構わないな?」

 

構うんだが?

オレの願いは曲解され「その挑発、確かに受け取った」と鬼龍院は笑いながら去っていく。

 

「変な先輩だよねー。まぁあたしも綾小路先輩にリベンジできる機会は嬉しいんだけどさ」

 

次に話しかけてきたのは、天沢。

やけにあっさり勧誘を断ると思ったら、しっかり刺客としての役割があったわけだ。

 

「元カレのよしみで手を抜いてくれたりは……」

 

「寧ろ、元カノとしてはボロ雑巾のように捨てられた恨みを晴らす方が自然じゃない?」

 

「ボロ雑巾を捨てたというよりは注文した新品を即クーリングオフしたって感じじゃないか」

 

「先輩、デリカシーは学習してないの?」

 

「どっちだと思う?」

 

「そうやってすぐ人を試す。確かに読み合いでは綾小路先輩に分があるけどさ、今回はサッカーだし。経験はないけど、ここ数日練習してきたから、せんぱいをちょこっと困らせるぐらいはできると思うよ」

 

「正直、誰よりも厄介だと思っている」

 

「なら、せんぱいの期待に応えられるように頑張るねー」

 

オレの期待は何もしないでいてくれることなんだが……。

ニコニコと手を振りながら、天沢も控え室へ向かっていった。

月城からの命令ならホワイトルームで培った運動能力を存分に発揮してくるはず。オレ個人が負けることはなくとも、他のメンバーがどれだけ対抗できるか……。

 

桐山からルールを聞いた時点で今の2人の参戦は想像できた。

ただ、この人物の登場は予想の範囲外。

 

「櫛田はどうしているんだ?」

 

「安心して。私は綾小路くんの味方だよ?」

 

天沢と入れ替わる形でゆっくり近づいてきたのは、櫛田だった。

天使モードの素敵な笑顔だが、この表情の時ほど裏で何を考えているのか想像するのも恐ろしい。

 

「実は、私と鬼龍院先輩、天沢さんは、南雲生徒会長から取引を持ちかけられてるの」

 

「取引?」

 

「経緯は省くけど、この大会で一番活躍した人に、綾小路くんの部屋の合鍵をプレゼントする、ってことになっててさ」

 

「なんだそれ……」

 

訳の分からない状況だということがわかった。

 

「多分、山……えっと、クラス内投票で退学した奴が持ってた合鍵をどうにかして入手したんだと思う」

 

今更ながら山内が大量のポイントを持っていた理由もわかった。

周りに聞こえないようにするためか、櫛田は距離を詰め、耳元で囁く。

 

「あの2人はそれで張り切っちゃって。でも、私は元から持ってるじゃない。だから、私が活躍してアイツらには渡らないようにしてあげる」

 

「それは頼もしいな」

 

「だよね、うんうん」

 

オレも周りに聞こえないように小声で尋ねる。

 

「……見返りは堀北退学とか言わないよな」

 

「やだなぁ、そんなわけないよ」

 

「それを聞いて安心――」

 

「でもさ、元カノって何かな?かなぁ?」

 

「……」

 

一気に空気が凍る。

2度目の『かなぁ』にはありったけの殺意が込められていたように感じられた。

 

「いつでも料理作ってあげてるんだって?」

 

「……いや、誤解がある。まだ一度作っただけだ」

 

「まだ?」

 

「……」

 

「綾小路くんってさぁ、あーゆー女がいいわけ?」

 

「好みかどうかの話で言えば否定させてもらう」

 

「でも付き合ったんだよね?」

 

「……試験攻略のため仕方なくだ」

 

「へえー、試験のためなら誰とでも付き合うんだ」

 

「形だけだ。特に恋人らしいことはしていない」

 

「ふーん。形だけねえ」

 

なぜオレはこんな浮気の言い訳みたいなことをしているのだろうか……。

 

「逆に聞くが、池と数時間交際すれば堀北が退学になるならどうする?」

 

貴重な経験と開き直って打開策を検証してみる。

 

「……たぃがくぅ」

 

「だろ」

 

「はぁ……わかったわよ。別に元々そんな気にしてないし。アンタが誰と付き合おうが知ったこっちゃないけど?からかってやっただけっていうか。せっかく初の彼女ができた話に触れないのも可哀そうだと思っただけっていうか――」

 

イマイチ要領の得ないことをぶつぶつと述べる櫛田。

 

「ま、今回は許してあげる。確かに方法を選べないってときはあるしね」

 

「それは何よりだ」

 

「えっ!?櫛田先輩?やっぱりそうだ」

 

話がまとまりそうになったところで後方から八神の驚く声が聞こえてきた。

八神が接近するまでにサッとオレとの距離を取り、瞬く間にしおらしくなる櫛田。

 

「あっ……」

 

「櫛田先輩!その節は大変失礼しました。どうしても先輩と仲良くなりたくて、咄嗟に嘘をついてしまって……」

 

「ううん。その気持ちは嬉しいから気にしなくて大丈夫だよ。その……八神くんさえよければ、これからは先輩後輩として仲良くしてくれると嬉しいな」

 

「こちらこそ、こんな優しいお言葉をかけていただけるなんて思ってもみませんでした。これから櫛田先輩に僕のこと知っていただけるように頑張ります」

 

八神は力強く宣言して、控室へ去っていった。

 

「知り合いだったのか?」

 

「え、気になるんだ?あれよ、いつか話した中学が同じだったとか嘘ついてナンパしてきた身の程知らず。まさか生徒会に入るなんてね。箔をつければ好きになってもらえるとか勘違いしちゃったかなぁ。無駄な努力お疲れ様だねっ」

 

「なるほど……」

 

容赦ないコメントはさておき、八神が櫛田に接近していた事実が発覚する。

 

「なに、難しい顔して。文句でもあるの?浮気小路ウワキヨタカくん」

 

「文句ではないんだが、今後はなるべくあいつには関わらない方がいい」

 

櫛田は大きく目を見開き、こちらの顔をじっと見てくる。

 

「ふーん、そっか、そっか。清隆くんも可愛いところあるんだね。うんうん、あのナンパ野郎にも感謝しなきゃ」

 

「オレとしても大事なことに気づく機会になった」

 

「えっ……え!?だ、大事なことに気づいたって……」

 

急に頬をほんのり赤く染める櫛田。

どうしたのか聞いてみたい気持ちもあったが、試合の時間が近づいてきた。

 

全員控室に向かったのだろう。

周りにはすっかり人がいなくなってしまっている。

いや、少し離れたところでおろおろした様子の波多野と穏やかな表情でない椿が覗いているな。

 

「そろそろ集合時間だ。確認しておくが、次の試合はオレたちの味方をしてくれるってことでいいのか?」

 

試合中、さりげなく櫛田が手を抜いてくれれば、そこを突破口に攻める戦略を取れる。

 

「最初に言った通り、ここには清隆くんを助けるために来たんだよ」

 

「ああ。やはり桔梗は頼りにな――」

「ここに来るまでは、の話だけどね」

 

急に雲行きが怪しくなり、慎重に尋ねる。

 

「……というと?」

 

「んー?清隆くんともあろう人がわからない?」

 

「……皆目見当がつかないな」

 

「私も鬼じゃないからさ、浮気のひとつやふたつぐらい寛大な心で許してあげられるよ。でも……」

 

そもそも鬼というより悪魔では?

いや英語にすれば、どちらも“demon”になるなら似たようなものか。

 

「でも?」

 

鬼だか悪魔だかわからない退学デーモンに勇気をもって続きを促す。

 

「な・ん・で・ここに堀北がいるのかな?」

 

溢れる殺気――いや、退学気。

あぁ、目の前の存在感を表現するのには鬼や悪魔では足りない。

これは鬼神とか魔王とかそういう手合いだろう。

 

なるほど、手強いし逃げられないわけだと現実逃避していると、さらにグイっと距離を詰めてくる。

 

先ほどと違い、一刻も早く離れたい気持ちが押し寄せる。

だが、戦闘状態の魔王からは逃げられない。

 

「私より堀北を頼ったってことだよね。許せないことだよね」

 

「深い意味はない。OAAで堀北に軍配が上がっただけだ」

 

こういう時は冷静に、客観的データで根拠を示し相手を納得させ――。

 

「試合ではギッタンギッタンにして、どっちを頼るべきだったか、清隆くんにわからせてあげる。たいがくぅうう!」

 

女神のような魔王の笑顔を振りまき、右手でサムズダウンを決めて、去っていった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

準備を済ませ控室へ入ると、柴田と七瀬の話声が聞こえてきた。

 

「まさか3年生が特別試験で参戦してくるなんてなー」

 

「ええ、驚きました」

 

2人だけでなく、程度の差はあれどほとんど全員が次の対戦相手の話題で持ちきりの様子。

 

「全く、登場して欲しいのは今の生徒会長じゃなくて前生徒会長よ」

 

そんな中、堀北だけは別の角度からモノを申していた。

 

「みんな、聞いて欲しいことがあるんだ」

 

どことなく疲れた表情の洋介が控室中に響き渡る声を出し、正面に立つ。

 

「次の試合、僕たちが勝ってしまうと先輩方の多くが退学になってしまう。だから、なるべく先輩方に点を取ってもらって、僕たちは負けるのが正しい判断だと思うんだ」

 

「洋介、それマジで言ってんの?」

 

八百長してわざと負けることを提案してくる洋介。

驚いた柴田が咄嗟に尋ね返した。

 

「うん。申し訳ないけどみんなにも協力して欲しい。3年生と違って僕たちは負けても何のペナルティもない。元々この大会で1勝できただけでもすごいことだから、胸を張って帰ろう」

 

「……まぁ先輩たちが俺たちのせいで退学になるってのは嫌だよな」

 

「確かに勝っても心から喜べないや」

 

サッカー部の面々は洋介の意見に同意する。

このまま洋介の提案が通るかと思われた時だった。

ここまで黙って聞いていた宝泉が大声で笑いはじめる。

 

「何かおかしい事を言ったかな?」

 

馬鹿にしたような宝泉の態度に、洋介にしては珍しく険しい表情で釘を刺そうとした。

 

「おかしいも何も、あまちゃん思考もここまで来れば笑うしかねえだろ。こりゃ綾小路パイセンをどうにかできれば良い子ちゃん集団の2年を潰すのは楽勝だ」

 

「宝泉くんにとって納得できないこともあるかもしれないけど……お願いだ。今回は足並みを揃えてくれないかな」

 

「最初に言っただろ。俺が出てやるんだ。優勝以外はありえねえ」

 

「そんな勝手で先輩方が退学するなんて許されないことだよ」

 

「勝手はどっちだ?どんな勝負だろうと自ら負けを提案する馬鹿に付き合う義理はない。そんなやつは肝心な勝負どきでも日和って負けんのさ。勝ちに貪欲になれない奴が生き残れると思うなよ」

 

「それとこれとは――」

 

「これ以上話しかけるな。負け癖が移るだろうが」

 

宝泉は洋介に興味が失せたと言わんばかりに立ち上がって控室を出た。

 

「まだ話は終わっていない」

 

宝泉を追いかけようとする洋介を制したのは七瀬。

 

「宝泉くんが失礼しました。私が試合までには連れ戻してきます。ただ、すみませんが私も宝泉くんの意見には賛成です。3年生も覚悟の上で試験に臨んでいるはずです。平田先輩の考えはこの学校でやっていくには甘すぎます」

 

そう言って宝泉の後を追っていく。

 

「1年生にここまで言われてしまうとは情けないものですね」

 

「坂柳さん……」

 

「まだ入学して間もない彼らの方があなたよりもこの学校を理解しているようです」

 

「キミも僕の意見には反対なんだね」

 

「ええ、当然でしょう。ただ、反対意見は他にもあると思いますよ?」

 

そうですよね、と坂柳は堀北へと視線を移す。

 

「平田くん。あなたの考えは立派だわ。でも、博愛主義も行き過ぎればただの傲慢よ。他学年の心配までしていたらキリがない。残念だけど今の私たちにできること、手を差し伸べられることには限りがある。理想や綺麗事だけじゃ勝ち残れないの」

 

「なら、いま手を差し伸べ救うべきは3年の先輩たちだ」

 

「もし兄さんならそんな愚かな選択はしない。私も私にできるベストを尽くすだけ。正解はわからないけど、少なくともわざと負けることじゃないわ」

 

堀北からも反対され、控え室の空気はより重くなる。

だが、こんな混沌とした状況の解決を時間は待ってくれない。

 

『まもなく第二試合 高度育成高等学校 対 ネームスパイダーズの試合時間です。出場選手はフィールド入口に集合してください』

 

アナウンスが流れ集合の指示が出る。

 

「清隆くん……」

 

救いを求めるようにかすれた声で洋介に呼ばれる。

確かにオレが洋介に賛同すれば生徒会メンバーも続くかもしれない。

 

「悪いな、洋介。オレもこの試合に負けるわけにはいかないんだ」

 

「そんな……」

 

洋介は力なく膝から崩れ床にへたり込んだが、放置して集合場所へと向かうことにした。

 

「えーと、このままじゃマズいと思うから、試合に出たい人は集合場所へ、出る意志がない人は落ち着いたらベンチに向かうってことでどうかな?」

 

「一之瀬さんは僕の考えに賛同してくれると思ってたんだけど」

 

「そうだね、私も3年生に退学になって欲しくないよ」

 

「なら――」

 

「そっか。平田くんは綾小路くんを信じてないんだね」

 

「え……」

 

「少し意地悪な言い方だったかも、ごめん。でも友達からそんな目でしか見られてないなんて綾小路くんが可哀そうだったから」

 

「清隆くんのことは僕だって信じてるよ。だからって今回はどうしようもないじゃないか」

 

「それは本当に信じてるって言えるのかな?」

 

「逆になんで一之瀬さんがそんなに落ち着いてるのか、僕にはまるで理解できないよ」

 

「何を信じるか、何を一番に守りたいかは決まってるから。私は迷わない」

 

「……」

 

「そろそろ行かなくちゃ。平田くんも出場しないなら止めないけど、結末はちゃんと見届けるべきだと思う」

 

「……どうしてみんなわかってくれないんだ」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「綾小路くん、あちらを。面白いものが見れますよ」

 

ギリギリだったがスターティングメンバーの変更も間に合い、本部でチェックを受けたあと、ベンチに戻ると先に座っていた坂柳が相手チームのベンチを指差す。

 

「……確かに面白いな」

 

集まる南雲たちに何かしらの指示を出している監督は、他でもない月城だった。

 

「理事長代理直々にご参加とは向こうも余裕がなくなっているのかもしれませんね」

 

「どうだかな。負けた瞬間、問答無用であの施設に連れて帰るつもりなのかもしれない」

 

「やはり今回もそういう話になっているのですね。存外、綾小路くんも人付き合いが良いようで」

 

「好き勝手に攻め込まれるよりはマシだからな」

 

「ふふ、そういうことにしておきましょう」

 

月城の狙いはともかく、まずはこの試合に勝たなくては始まらない。

結局、サッカー部の大半は平田の意を汲みこの試合に出るつもりはないらしい。

 

ただ中にはそうでないメンバーもいる。

 

「ったく、洋介も甘いんだよな。龍園さんだったら、喜んで勝ちに行く場面だぜ。だろ、綾小路?」

 

話しかけてきたのはひよりのクラスのサッカー部員、園田。

 

「もしくは負ける代わりに多額のプライベートポイントを請求するんじゃないか」

 

「あり得るな。どっちにしろ、ただで負けてやる必要はないって俺も思うわけ」

 

「それでこっちに手を貸してくれるってことか」

 

「ま、俺としては万年補欠だからよ。この機会に活躍して監督にアピールしたいってのが本音だけどな」

 

確かに1回戦でも園田は控えだった。残念だが戦力としては期待できないか。

 

「足の速さには結構自信あるんだ、大船に乗ったつもりでいてくれ」

 

こちらの内心とは真逆だったが、やる気があるだけで今はありがたい。実力不明の園田はともかく洋介がいない以上、アテにできるのは柴田だろう。

 

「柴田がいるのは意外だ。洋介の意見に同意してなかったか?」

 

「俺、難しいことはわからないけどよ、一之瀬が大丈夫って言ったんだから大丈夫に決まってるって」

 

「随分信頼してるんだな」

 

「当たり前だろ。一之瀬がいたから俺たちはやって来れたんだ」

 

頼れるリーダーを信じ従うことは間違いではない。クラスが一致団結している証拠でもあるからだ。

だが柴田のそれは盲目的にも感じられた。

 

「それにたとえ間違ったとしても、仲間が支えてやればいい。綾小路も俺たちのクラスによく来てんだからわかるだろ?」

 

「そうだな」

 

これも『支える』の意味を正しく理解しているかどうかによって変わってくる。

安定しているようで不安要素が見え隠れする一之瀬クラス。

 

だが――。

 

「柴田くん!試合に出てくれてありがとう」

 

「と、当然だろ、一之瀬」

 

「活躍楽しみにしてるね。南雲先輩とかコテンパンにしちゃっていいから!」

 

「任せとけ」

 

今の一之瀬なら、そんな駒でも上手く扱えてしまうのではないだろうかと、ある種の期待を抱かせてくれる。

 

審判の指示に従い、入場、挨拶を済ませ、対戦相手と握手をする。

 

両チームのキャプテン(こちらは七瀬、向こうはなぜか桐山)が場に残り、コイントスでボールかコートを選択している間に、残り選手はポジションに着く。

1回戦のスタメンから平田の代わりに園田、サッカー部のDFの1人は葛城になっている。

そしてGKは――。

 

と、南雲が近寄ってきた。

コイントスを桐山に任せたのはこのためか。

 

「洋介と大半のサッカー部員は辞退か。ま、こうなるわな。負けた時の言い訳にはちょうどいいだろ」

 

「ハンデとしてちょうどいいの間違いですね」

 

「ハンデにしちゃアレは気前が良すぎないか?」

 

南雲が見ているのはこちらのチームのゴールキーパー。

 

「じ、自分には荷が重すぎるっす」

 

元々GKだったサッカー部が試合放棄したため、波多野にはこのチームの守護神になってもらうことにした。

 

「うちのキーパーと比べたら月とスッポンだぜ」

 

「catch catch catch kick &catch」

 

相手のゴールにはご機嫌で何やら歌を口ずさんでいるアルベルト。

 

「アルベルトがキーパーとは思いませんでしたよ」

 

こちら波多野の守るゴールと比べて、サイズが2回りぐらい小さく見える。

 

持久力、体力面に課題があるアルベルトが試合時間(90分間)を全力で走り回ることは難しい。

 

開き直って、体格や瞬発力を活かす方向にしたわけか。

他に鬼龍院はFW、天沢がMF、櫛田はDFのポジションの様だ。

 

「俺はこの試験の実施を早めにしていたからな。ここ何週間は放課後アルベルトを鍛えてやった。見掛け倒しじゃねえから安心しろよ」

 

「それはこちらの守護神も似たようなものですよ」

 

「はっ、よく言うぜ」

 

コイントスを制した七瀬がボールを選択し、こちらのキックオフでいよいよ試合が始まることとなった。

 





サッカー編3話目にしてボールすら出てこない始末……。


来年もよろしくお願いいたします。
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