ようこそ実力至上主義の生徒会へ   作:まぐまれむ

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更新大変お待たせしました。
サッカー編終了まで連日更新予定です。



ホンキ

ゆっくりと目を閉じて自分の心と向き合う。

 

僕が誰かを助ける理由、それは決して善意や正義感からではない。

言ってしまえば自分のため。過去の贖罪。どこまでも自己満足に過ぎないんだ。

 

当時中学2年生だった僕はいじめられていた幼馴染の友人を見捨ててしまった。

庇った自分もターゲットになるかもしれないと勇気を出せず、誰かが助けてくれるだろう、そのうち飽きて終わるだろうと言い訳をして目を逸らし続けた。

そんな僕の都合の良い幻想は最悪の形で霧散し、彼は飛び降り自殺の末、一命は留めたものの今も意識は戻らない。

 

それでも、重たい犠牲を払って、いじめはなくなった。

そうであればまだ救いはあったかもしれない。

 

信じられないことに、いじめはターゲットを替えて続いた。

突然、傍観者がターゲットにも加害者にも変わる。

 

 

彼の犠牲は何だったのか。

 

 

絶望した僕は、二度といじめなんて起こらないように暴力によって学校を支配した。

そうして、いじめはなくなったけれど、同時に生徒たちの表情も消えた。

 

 

僕はずっと後悔している。

 

 

でも他にどうしようもないじゃないか。

僕がやらなきゃ、また誰かが傷つく。もう誰にも傷ついて欲しくない。傷つけることで傷つけないようにする矛盾に苦しみながらも僕は支配者として君臨し続けた。

 

あの時の、いや今の僕もどうすればよかったという明確な答えを見つけることはできていない。

 

だから高校では困っている人みんなに手を差し伸べてきた。

クラスの調和を何よりも重んじて、暴力に頼らない方法を模索し続けた。

 

あんな悲劇を起こしたくない気持ちもあったけど、贖罪の気持ちが強かったのだと今になって思う。

 

もし誰かを見捨てるようなことがあれば、彼を見捨ててしまった自分を肯定してしまうようで怖かった。

代わりの誰かを救い続けることでずっと言い訳をして逃げている。

 

 

それが僕、平田洋介というどうしようもない人間の本性だ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

前半40分の戦いが終了し、10分のハーフタイムに入った。

ベンチに集まる選手一同は終了間際に1点返せたことで戦意は失っていないように見えた。

だが、それとは関係なくひとりだけ足取りの重い人物がいる。

 

「大丈夫か、一之瀬」

 

「うん。私は、大丈夫。まだ走れるよ。でも……」

 

一之瀬を庇い退場になった宝泉はどこかに行ったままベンチに戻っていない。

 

あの宝泉が一之瀬を庇うとは考えていなかったため、そこを突いてみせた天沢にはオレに見えていないものが見えていたということ。

 

「宝泉くんなら心配いりません。今頃どこかで暴れ回っているだけだと思いますので、落ち着いたら戻ってきます」

 

「それは別の意味で心配になるんだけど……」

 

平然と語るポチ、もとい七瀬だったが、宝泉が暴力事件やら器物破損やらで大会本部や被害者から訴えられて、チームが失格になったら笑えない。

 

「彼は粗暴なところはありますが、しっかり考えていますので、足がつくようなヘマはしません」

 

「嫌な信頼だな」

 

宝泉の行動を許容している七瀬の器が大きいと評価すべきか、物ともしない姿勢に何かあると警戒すべきか。

 

未だに読めないところのある七瀬への対応を思案していると、坂柳が面白そうに尋ねてくる。

 

「綾小路くんにしてはだいぶ苦戦なさっているようですが、後半はどうなさるおつもりですか?」

 

「大したことはしない。少し守備を強化してチャンスを伺うつもりだ」

 

「……なるほど。それでしたら、私も幼馴染としてできるだけサポートさせてもらいます」

 

思うところがなくもない返事だったが

 

「そうか。楽しみにしておく」

 

幼馴染を自称するなら、どこまでオレの思考を理解しているのか試してみるのも面白い、そう考えることにした。

 

オレの返答を受け、満足そうに頷く坂柳。

 

「その……清隆くん、僕は――」

 

「悪いが今ここで話すことは何もない。監督、すみませんが、後半のポジションで相談があります」

 

試合中はベンチで大人しく観戦していた洋介から声を掛けられたが、時間の無駄だと判断し置き去りにして監督に後半の戦略を伝える。

 

「……」

 

こちらの投げ捨てるような対応に沈黙した洋介が、何を考え、どんな表情をしていたのかは、本人を見ていないため、想像しかできない。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

ハーフタイムが終了し、後半はナグモンズのキックオフからスタートする。

 

「後半もガッチリマークさせてもらうぜ、綾小……って、おい、また消えたぞ、あの野郎」

 

「いいやよく見てみろ。1番目立つ場所に突っ立っている。なかなかどうして面白くなりそうだ」

 

「ハッ、俺はそうは思わないぜ、鬼龍院。何のつもりか知らないがあれは悪手だろ」

 

キックオフ直前、センターサークル内で南雲と鬼龍院がこちらを見ながら会話をしている。

距離が離れているため会話の内容を聞き取ることはできなかったが、だいたいの予想できる。恐らく悪手だとでも言われている今の状況――オレは後半戦、ゴールキーパーとしてゴール下に立っていた。

ちなみにGKを任せていた波多野はDFとして入ってもらい、守備の人数を増やした形。

 

「前半動かなかった分、後半は走りまくるっす」

 

そう意気込んだ波多野には、そのやる気を見込んでとにかくボールを追いかけるように指示してある。

 

「綾小路くん、先に言っておくけど、ゴールポストを蹴って反対側に跳ぶのも反則だからね?」

 

「……あぁ」

 

ゴールに近づいてきた一之瀬からそんな心配をされたが、一瞬の判断が結果を左右するゴール際のプレイングでわざわざポストまで走って蹴って跳躍するステップを踏む必要性は感じられないため問題はない。

……ちょっと面白そうだとは思っていたが。

 

そうしているうちにお互いの準備が整い、後半スタートのホイッスルが鳴った。

キックオフと同時に動き出す各選手。

ゴール下から全体を眺めるのは、実際に駆け回るのとはまた別の視点で見ることができて、少し新鮮だな。

 

「綾小路をマークしなくて良いなら攻め放題だ」

 

言葉通り、南雲、桐山、鬼龍院がフィールドを縦横無尽に動き回る。

前半のナグモンズはオレを徹底して封じることに専念していた。それは言い換えれば、南雲たちが自由に攻める機会をある程度抑制していた、ということでもある。

 

南雲、桐山、鬼龍院、そして天沢でパスを回し、プレスをかけに行った柴田、七瀬、園田のMF陣があっという間に突破される。

 

「カウンター狙いの守備固めだろうが、無駄無駄無駄無駄ァァー」

 

桐山からパスを受け、ノリに乗っている南雲がDF陣を派手なフェイントを混ぜた軽快なドリブルで抜き去る。

 

「は、速すぎて反応できなかったっす……。まるで時間が止まっていたような気分っす」

 

「ぐぅ、パワー勝負なら負けないのだが、触れることすらできんとは」

 

フリーの状態でペナルティエリアに突入した南雲と目が合う。

 

一之瀬たちDF陣のカバーは間に合わない。

 

1対1の勝負。

 

「付け焼き刃のキーパーで俺のシュートを止められるかッ」

 

南雲は強烈なシュートをゴールの右上隅のギリギリを狙って放ってくる。

ボールの速度から計算して、撃たれた後の反応では手が届かない絶妙なコース。

 

だが、よく観察すれば、視線、ボールの位置、シュートまでの動き、足の軌道、筋肉の使い方など多くの情報をシュートモーションに入るまでに得られる。

そこに相手の思考パターンやクセ、得手不得手を考慮すれば早いタイミングでどこを狙っているか判断するのは難しいことではない。

 

「ッ!?」

 

南雲の『俺のシュートが~』あたりでコースの目星をつけ、南雲に悟られないように跳躍の準備はできていた。

 

よって、このシュートを止めるのは造作もないこと。

タイミングを合わせて跳び、両手でキャッチして見せる。

 

「マグレにしちゃ上等じゃねえか。だが、いつまでも運が続くとは思うなよ」

 

「そうかもしれませんが、学なら絶対に決めていた場面でしたよ」

 

せっかくなので櫛田の煽りをマネしてみる。

堀北のようにわかりやすい反応こそなかったものの、目を細め黙って下がっていく南雲。

やはり似た者同士。効果はバツグンのようだ。

 

「カウンター警戒ッ!」

 

桐山の指示で相手のDF陣は中盤まで下がってきた柴田をマークする。

 

「八神、頼んだ」

 

キャッチしたボールを前線へ走り込んでいる八神へ向けて蹴り出す。

 

「逆サイド狙いで意表を突いたつもりかもしれないが、そんな強烈なロングパス、素人に取れるわけがない」

 

桐山の分析通り、八神の向かう先に迫るボールは、守備が整う前に攻めるため弾速がそれなりに鋭く速い。

 

「はい、受け取りました」

 

「そんな……八神の足は緩衝材か何かか!?」

 

桐山の予想に反して、着弾地点まで走り込み、難なくトラップした八神が左サイドからゴールを目指す。

 

「チッ、八神のヤツ、サッカー経験者だってことを隠してやがったな」

 

南雲の悪態が飛ぶ中、素人離れしたドリブルでDFの最終ラインを超えた八神はペナルティエリア内で絶好のシュートチャンスを作り出した。

 

いつでも撃ってこいと言うようにアルベルトが両手を広げ構える。

アルベルトの守備も完璧ではない。八神なら撃てば入る可能性は十分にある場面だったが……。

 

「ラストは堀北先輩お願いします」

 

「わかってるじゃない」

 

八神が選択したのは右からシュートポジションへ走り込んでいた堀北へのパス。

右アウトサイドでキックし、堀北がシュートしやすいようゴール正面の空いたスペースに緩やかに転がした。

 

堀北がゴールを決めれば3点を得られるため、一見、選択肢として間違いではないようにも思えるが――。

 

「今度こそ兄――」「させない、よっ」

 

案の定、堀北に渡る前に櫛田によってカットされてしまう。

 

宣言通りマンマークでコテンパンにしているな。

 

櫛田が蹴り上げたボールは天沢が拾い、再び守りの時間となる。

 

「ゴールに繋がらなかったのは残念ですが、僕のボールをカットしたのが他でもない櫛田先輩だったのは嬉しくもあります」

 

「キモッ……ちはありがたく受け取っておくね」

 

何やら遠くで櫛田がすごい顔をしていたように見えたが気のせいだろう。

 

ボールを持った天沢が速さで翻弄し、どんどん攻め込んで来る。

今はカウンターで上がっていた味方が戻るまで時間稼ぎをしたい場面。

 

七瀬が天沢に対し距離を保ちながら進路を塞ごうとする。

 

「行かせませんっ!」

 

「櫛田先輩だけに活躍されるわけにはいかないんだよねぇ」

 

急に加速した天沢に対応しようとした七瀬だったが、それを見た天沢は瞬間的にボールを止めて急停止、その後、さらに加速する。

 

そのフェイントに七瀬は再び足を絡ませ転倒した。

 

「天沢、俺にボールをよこせ」

 

「いいですけどぉ、貢献ポイント次第かなぁ」

 

「10ポイント追加だ」

 

「はい、どーぞー。のし付きですぅ」

 

先ほどの煽りが響いているようで、強引にマークを外し、天沢からパスを受け取った南雲。

数的不利な状況関係なく、DF陣が今の南雲を止めるのは難しいだろう。

 

再び南雲がペナルティエリアに侵入するが、先ほどと違い、正面からの南雲だけでなく、左から桐山、右からは鬼龍院が走り込んできており、パスという選択肢もある。

 

だが、南雲はここでパスを選択しない、というのが満場一致の見解。

 

いくら南雲でも通常ならその裏をかいてくる可能性もあるが、自分たちがリードしている試合で、あの煽りが効いている状況ならシュート一択とみていい。

 

「今度こそッ!」

 

シュートモーションに入った南雲。

 

しかし、その意気込みすらフェイントで振り下ろした右足をボールの左側に置き軸足とし、代わりに左足を交差させ左足でシュートを放つ。いわゆるラボーナという高難易度の技。

 

大した技術ではあるが、利き足でのシュートと比べると威力は劣る。

これもキャッチは難しくないと跳躍しようとした瞬間、足を止めた。

 

ボールはゴールからわずかに外れ、上のポストに当たり、勢いそのままフィールドに戻っていく。

 

そのボール目掛けて走り込んできた南雲。

 

「さっきのに飛び込まなかったのは流石だがこれでチェックメイトだ」

 

再びシュートモーションに入る南雲。

先ほどよりもゴールとの距離が近いため、コースを読んでもキャッチは難しい。

 

「いいやこのボール、私がもらい受ける」

 

「おいッ、邪魔すんな、鬼龍院」

 

走り込んできていたのは南雲だけでなく鬼龍院も同じだった。

すでに鬼龍院もシュートモーションに入っている。左に南雲、右に鬼龍院が構える中、ボールは二人の間に到達する。

 

どちらが撃つかわからないため、シュートコースがどうこうの状況ではなくなる。

 

こちらが取れる選択肢は主に2つ。

オレも前進してシュートコースを塞ぎつつ撃たれる前にボールを奪う。これは間に合うか微妙なところ。

 

もうひとつはこのまま構えて、勘を頼りにシュートと同時に跳ぶ。追加点を与えたら巻き返しが厳しくなる場面で運という要素は可能な限り排除したい。

 

オレの選択は――。

 

日頃の態度とは裏腹に息の合った二人が同時にシュートし、不規則な回転のかかったボールはゴールの右隅を目指して猛烈なスピードで飛んでいく――。

 

 

が、そこにはオレの両手が待ち構えていた。

 

シュート直前。

南雲も鬼龍院をボールを譲るはずがないため、タイミングから見て二人同時に蹴ることになると判断。

そこからオレは重心を移動させ、運に任せて左へ跳ぶ、ように見せた。

 

僅かな動作だったが、あの二人なら見逃さない。

どこを狙うつもりだったか関係なく、直感的にコースをオレの右側へと変更した。

もし、どちらかがあえて左を狙うなどした場合は2人のキックで反発したボールは明後日の方向へ飛んでいき儲けもの。

息が合った場合もコースはわかっているため、傾けた重心を戻す反動を利用して、跳躍すれば間に合う。

 

そうしてキャッチは出来たが球威が強く手が痺れている。

仮に手にナイフが刺さって数日後などで負傷している状態だったら勢いに負け取りこぼしていただろう。

それだけ強力だった。

まぁ、学生生活を普通に送っていて手にナイフが刺さるなんてことはないだろうから無駄な想定ではあるが。

 

「まんまとやられたな……。あっぱれだ」

 

「……チッ」

 

讃える鬼龍院と言葉が出ない南雲。

南雲にしてみれば、ラボーナでポストに反射させるフェイントを混ぜた渾身の一撃だった。それを防がれたのだから、落ち込むのも無理は――。

 

「俺のシュートは百八式まである。これで終わると思ったら大間違いだぜ!」

 

勢い良く言い捨てて自陣へ下がっていく姿を見て、それでこそ南雲雅だと感じた。

 

「八神もう一度頼む」

 

「南雲たちが戻って来るまで時間を稼げ」

 

八神に向けてロングパスを蹴り出すと、一之瀬がゆっくり近づいてくる。

 

「さすが綾小路くんだね。さっきのはアンクルブレイクの応用なのかな?」

 

「それがわかるようになったなら大したものだと思うぞ。それに――」

 

「それに?」

 

「ポストを蹴ってまで跳躍する必要はなかっただろ」

 

「うん、そうだね」

 

こちらの冗談に笑ってみせる一之瀬。

だが、その表情には明らかに疲労があった。

試合中にも関わらず近寄ってきたのは、話しかけるためではなく、攻撃のために走り出す力がなくなっていることを誤魔化すためではないだろうか。

 

「それよりも大丈夫か?」

 

「ん?なんのことかな?」

 

「いや、勘違いならいい」

 

女子の交代枠は坂柳と椿。

坂柳は言うまでもなく、椿も戦力としては期待できない。

一之瀬が弱音を吐かない選択をしたのなら、尊重しようと思う。

 

そこからは南雲の108の技のうちいくつかが披露されたが結果は変わらず。

かと言ってこちらの八神を軸としたカウンターも決まることはない。

そんな一進一退の攻防を続け、後半も半分の20分が過ぎようとしていた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

南雲先輩たちからの猛攻をスーパーセーブでなんとか防ぎ続けている清隆くん。

日頃の彼の姿からは考えられない程、泥だらけになりながら必死に耐えている。

 

そこまでして勝ちを掴もうとしている相手に向かって僕は負けて欲しいと言ってしまったのだと、後悔の念が押し寄せてくる。

 

友だちとして、尊敬する人として、清隆くんを応援したい、協力したいという気持ちと、先輩たちが退学になるという現実との間で感情が揺れておさまらない。

 

このまま試合が終わってしまえば……。

いや、終わってしまったら、僕は清隆くんに何と声をかけるつもりなんだ?

 

きっと彼は言葉に詰まる僕を見て責めることはない。

だけどそれは同情からでも優しさからでもなく……。

 

「僕は……どうすれば……」

 

「成績も人間性も良好であったあなたがDクラス配属だったことも納得できるというもの。今の姿は欠陥品そのものではありませんか」

 

「僕には、戦う選択は……できないよ」

 

喉元まで出かかった本音を飲み込む。

 

「全く、綾小路くんも浮かばれませんね」

 

「それはどういう……」

 

試合前に一之瀬さんからも似たようなことを言われた。

彼女たちに見えていて僕に見えていないものでもあるというのだろうか。

 

「この試合、負ければ綾小路くんは退学になります」

 

「えっ……」

 

予想もしていなかった言葉を受け頭が真っ白になる。

坂柳さんが嫌がらせのために嘘をついたと言われた方が納得できるし、そうであって欲しい。

 

「そんなことあるわけ――」

 

「心当たりはございませんか?例えば、理事長代理と綾小路くんが何か取引をしなくてはいけなくなるような状況があったとか」

 

「あっ……」

 

真っ先に思い当たったのは助っ人の人数の変更。

助っ人のお願いをしに行った日、月城理事長代理から呼び出された清隆くん。話の内容は聞いていないけれど、帰って来た彼は事もなげに人数増員に成功したと言ってくれた。

考えてみれば学校のルールを変更するのに代償がいらないはずはない。

この学校はポイントで何でも買える――けれど、ポイントがない場合はどうなるのか。

 

頭の中で月城理事長代理と交渉して自分の退学を条件に変更してもらった、という仮説が組み立てられていく。

 

「でも、部外者の彼がサッカー部の大会でそこまでする理由がないよ」

 

「困っている友だちを助けるのに理由がいるのですか?」

 

「……」

 

「幼馴染の観点から言わせてもらえば、小さい頃から綾小路くんは1人でした。中学まで友と呼べる友などいなかったでしょう」

 

入学当初の清隆くんを思い出すと想像に難くはない。

 

「大袈裟なようですが、あなたの存在は綾小路くんにとってかけがいのないものなのだと思います。だから自分の退学を賭けてまでこの大会に臨んだ」

 

思い返せば清隆くんは絶対にこの大会で勝つのだと意気込む場面が多かった。

 

「……だったら一言そう言ってくれればよかったんだ。そうすれば僕だって……」

 

「変に気負って欲しくなかった。今のあなたの様子を見れば、取り乱すことは容易に想像できますからね」

 

「それは……」

 

否定できない。

結局、僕がどっちも天秤にかけることができないだけ。

 

「綾小路くんはそこまでの覚悟を持ってこの大会に挑み、今現在も懸命に戦っています。その姿を見てもあなたはまだ甘いことをおっしゃるつもりですか」

 

「僕だって、僕だって本当はッ」

 

「なら、あなたが本当に守りたいものは何ですか?3年生の先輩方ですか?綾小路くんですか?それとも甘ったれたご自身の心ですか?」

 

「……」

 

「私は違います。幼馴染として命をかけても綾小路くんを守る覚悟があります」

 

「そこまで言うならやってみせてくれよ。キミに何ができるって言うんだッ!」

 

完全な八つ当たり。坂柳さんが病いで激しい運動が禁止されていることは知っていたのに、つい言葉が出てしまった。

 

「いいでしょう。その目でしっかりと見ておいてください」

 

「えっ……?」

 

坂柳さんは立ち上がると監督の元へと歩き出した。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

メンバー交代のボードが掲げられた。

 

「何の冗談だ?」

 

一之瀬に代わり坂柳がフィールドに入ってくる。

 

「ふふっ、綾小路くんにも予想できないことはあるんですね。身体を張る甲斐があるというものです」

 

実際、一之瀬の限界は近かった。

天沢からダメージを受けた後も走り続けたことが原因だろう。悔しそうな表情を浮かべながらも、ベンチへと下がっていった。

 

「言っておくが葛城に乗るのは反則になるぞ?」

 

八神を発射台にしただけで反則を取られたんだ、肩に乗って走り回るのは言語道断だろう。

 

「ご安心ください。悪いようにはいたしません。それにそろそろリミットだったのではありませんか?」

 

「そこまで言うならお手並み拝見させてもらう」

 

「ええ、喜んで。そのためにひとつお願いがございます。次にボールをキャッチしたらボールを蹴り出して欲しい場所があります」

 

「わかった」

 

坂柳から場所の指示を受け、承諾する。

 

試合が再開し、南雲の108種類ある技の13個目をキャッチしたところで、間髪入れず坂柳の指示した場所――相手ゴールの目の前にボールを大きく蹴り出す。

 

「自棄でも起こしたか?」

 

「オレにもわかりません」

 

ゴールからゴールまで蹴ることはできても、相手キーパーがいる状態ではキャッチされるだけの無意味な行為。

 

坂柳は何を見せてくれるのか。

 

ボールはセンターラインを越え、相手ゴールを目指し緩やかな放物線を描き飛んでいく。着弾地点は注文通りのゴール前になりそうだ。

 

その着弾地点を目指し一直線に進んでいく男がいた――葛城だ。

 

南雲からの攻撃の際に守備に回らずに相手のフィールドへ走り込んでいた。

 

「そうはさせない」

 

桐山をはじめ、3年のDFが肩をぶつけチャージをかけるが、びくともしない葛城。

 

そのまま前進していき、ゴール手前、一度かがんだ後に、落下してくるボールに向かって大きく跳躍する。

このままヘディングでゴールを狙うつもりなのだろう。

 

だが、DF陣では抑え込めないと判断したアルベルトがすでに前進してきており、葛城と同タイミングで跳躍しボールへと手を伸ばす。

 

流石の葛城も手を伸ばしたアルベルトの高さに競り勝つことはできない。

よってアルベルトの手が先にボールに触れる――ことはなかった。

 

なぜなら葛城の肩には、いつの間にか坂柳が乗っていたからだ。

 

迫り来るアルベルトの手よりも、葛城に乗った坂柳の方がボールに近い。

 

「はぅっ」

 

狙い通りかはわからないが顔面でしっかりとボールを打ちつけた坂柳。

 

ボールは軌道を変え、キーパー不在のゴールネットを揺らした。

 

「ば、バカな!?」

 

「いや、馬鹿だろ。審判、今のは明らかな非紳士的行為だ。ゴールはもちろん取り消しだよな」

 

唖然とする3年と共に、南雲が審判へ抗議に向かう。

 

「いや、今のゴールは有効だ。君たちも見ただろう。葛城選手による搭乗者の少女を第一に考え洗練された動き。身体の不自由な少女をフィールド中、自由に走り回らせるあの行為のどこが非紳士的と言えるのか。彼ほどの紳士を私は知らない」

 

涙を流し力説する審判。

明らかに無茶苦茶な理屈だが……。

 

「……チッ、そういうことか。やりやがったな坂柳」

 

南雲はそれ以上の追求をやめる。

 

「いかがでしたか、綾小路くん」

 

ゴール後、葛城はオレの近くまで坂柳を運び、声の届かないところまで距離をとる。

 

「随分力技だったな。あの審判は根回し済みか」

 

「ええ。もちろん買収済みです。身辺調査でホワイトルーム関係者じゃないと分かりましたので、逆にこちらからお声掛けさせていただきました。来年度から高育の特別指導員として採用するよう父に進言する、とお約束したらコロリでしたよ」

 

「手段はともかくこれでだいぶ楽になる」

 

「それは何よりです。とは言っても少々無理をし過ぎましたね。すみませんが、私はここまでのようです。ご健闘を祈っています」

 

倒れそうになる坂柳を受け止める。

相当無理をしていたようだ。受け止めた後、オレの胸の中でより呼吸が荒くなっている。

 

慌てて葛城がやってきたので受け渡すと、安心したようで、呼吸が正常に戻っている。

 

「悪いが俺の使命として、坂柳を救護室まで運ばねばならない」

 

「あぁ、こっちの事は気にするな」

 

救急車(葛城)はうなずくと坂柳を抱えて、ベンチの方へ向かっていった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「坂柳さん、大丈夫?」

 

坂柳さんがベンチに運ばれてくると、一之瀬さんが心配そうに尋ねた。

 

「少し横になって休めば回復します。それよりあなたこそボロボロではありませんか。一緒に救護室に向かいますか?今ならマイカーに相乗りもできますよ」

 

「ううん。私は最後までこの試合を見届けるよ」

 

坂柳さんのゴールで4対7。3点差だけど女子のゴールが決まれば一気に同点になる。

 

「これが私の覚悟です。あなたはどうするのですか、平田くん?」

 

文字通り命を懸けて清隆くんの助けになってみせた彼女。

それに対して僕は……。

 

「彼の助けになる、そんな資格は僕にはないんだよ……」

 

清隆くんが退学を賭けてまで僕らのために戦ってくれているのに、僕のしたことは彼の気持ちを踏みにじる行為。

 

今更どうしろというのだろう。

 

「彼の真意、あなたにはわかりませんか?」

 

「……」

 

「自らキーパーとなり粘っているのはなぜでしょう。他の誰でもない、あなたが来てくれることを待っている――私にはそう思えます」

 

「でも僕と話す事は何もないって……」

 

「正確には『今ここで話すことは何もない 』とおっしゃっていたはずです。では、いつどこでなら話せる、と、いうことなのでしょうか」

 

「それは……」

 

「私が伝えたいことは以上です。あとはご自身で判断してください」

 

段々と顔色が悪くなっていく坂柳さん。

少し前までいがみ合っていた椿さんですら心配そうな表情をしている。

 

「そして、椿さん。私のことを『自称』幼なじみなどと罵ってくださったのですから、あなたも相応の活躍を見せてくださるんですよね」

 

そんな椿さんに向け、おそらく精一杯の強がりを見せた坂柳さん。

 

「その挑発、確かに受け取りました。後は任せておいてください。自称幼なじみさんが私の活躍を見て悔しがる顔を見れないのは残念ですが、救護室まで歓声を届けてみせます。だからさっさと行ってください」

 

「はい。楽しみにしてます」

 

坂柳さんを抱えた葛城くんが救護室へと安全運転で向かっていった。

 

――ゆっくりと目を閉じて自分の心と向き合う。

 

中学時代のこと、高校での1年間を振り返る。

 

僕がすべきことは目に止まる全ての人を救うことなのか?それが本当の気持ちなのか?

 

いいや違う。

 

心の底から後悔していることは――あの時、一番大切な存在に手を差し伸べられなかった自分自身の弱さだ。

 

だったら僕がするべきことは決まっている。

 

『平田が求めている答えを他人が決める事はできない』

 

ふと、クラス内投票の前日、清隆くんがかけてくれた言葉を思い出す。

まったくその通りだ。ずっと前から提示されていた答えにやっと目を向けることができた。

 

「高度育成高等学校、交代の選手を早く決めるように」

 

「今決めます。女子は椿。あー、男子は……」

 

審判から促され、監督が交代選手の指示を出そうとする。

 

「監督!僕に任せてください」

 

色んな人から後押ししてもらわないと本心にすら向き合えない僕だけれど、もう後悔はしないと、友を救う覚悟を決めた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「清隆くん、みんな、ごめん」

 

フィールドに入って来るなり洋介はこちらの選手に向けて深々と頭を下げた。

 

「いくら謝っても謝りきれないとは思うけど――」

 

「覚悟は決まったのか?」

 

「僕はこの試合、何が何でもこのチームを勝ちに導くよ」

 

「そうか。だったらあとは行動で示してくれ」

 

「うん!」

 

ベンチでどんな会話があったかは知る由もないが、洋介からは一切の迷いがなくなっていた。

つまり、洋介の弱点を克服するためにこの機会を利用しようとした計画を坂柳は読み切ったということ。オレが手を出すまでもなく、うまく誘導してくれたようだ。

 

チームの精神的な柱であった洋介の復活は柴田や他のサッカー部員の志気も上昇させた。

 

試合時間も残り15分あまり。仕掛けるならここだろう。

 

洋介をMFに、椿はDFのポジションにつき、南雲たちのキックオフで試合が再開する。

 

「洋介が入ろうが、DFがザルじゃ意味ねーな」

 

ボールをキープした南雲が波多野や椿を抜き、瞬く間にペナルティエリアまで侵入してくる。

 

「いえ、結局ゴールにならなければシュートはパスと同じですから」

 

南雲の14つ目の技、タイミングをずらしたトーキックでのシュートを受け止める。

相変わらずあの手この手でシュートしてくる南雲。

悔し紛れかと思ったが本当に108種類の技があるのかもしれない。

 

「平田、八神、柴田をマーク。全員下がれ!」

 

桐山からの指示にロングパスからのカウンターを警戒したナグモンズが急いで自陣へ戻っていく。

だが、すでにロングパスの必要はない。

 

オレはボールを手前に転がし、ドリブルを始める。

守りの時間は終了。

ここからはオレも攻撃に加わる。

 

「はぁ?どこまでも舐めた野郎だ」

 

センターラインまで下がっていた南雲や鬼龍院が足を止める。

 

「オレとしては合理的な判断をしているんですけどね」

 

パスをカットされる可能性、パスした相手がボールを奪われる可能性、ゴールへ繋がらないプレイをする八神の存在などを考慮した結果、自分でゴールまで運ぶのが一番安全という判断。

代わりにこちらのゴールはがら空きだが、相手にボールを取られなければいいだけの話。

 

「何か企んでいたとしてもボールを奪えばこっちのゴールになるんだ。全員死ぬ気でかかれ」

 

南雲からの掛け声で真っ先に突撃してきたのは天沢。

 

「もうひとファールで退場なの忘れてませんよね?」

 

下手に接触すれば天沢の演技も合わさって2枚目のイエローカードを渡される可能性がある。

 

「綾小路先輩、今のうちにっ!」

 

天沢のそんな狙いを読んでいた七瀬が天沢とオレの間に入り接触を阻む。

 

「人の恋路を邪魔するなんて七瀬ちゃんいけない子だねー。まだ転び足りないのかなぁ?」

 

「たとえ転んだとしても立ち上がればいいだけです。()()まだやり直せるんですから」

 

「じゃぁ遠慮な――」

 

「『頭が高いぞ』」

 

「うそっ」

 

尻もちをついた天沢はキョトンとしていた。

仕組みを理解している自分なら転ばされないと思っていたのだろうが、七瀬に気を取られているようで同時にオレも警戒し続けたことが仇となったな。

七瀬の動きにオレの動きを連動させ、アンクルブレイクを仕掛けることができた。

 

「助かった、七瀬」

 

「え、は、はい」

 

この試合、ずっと天沢をマークし続けてくれた。ホワイトルーム生を相手によくやってくれたと思う。

七瀬に労いの言葉を残し、ドリブルを続ける。

天沢の先には桐山、南雲、鬼龍院が待ち構えていた。

 

「だから単騎で突っ込むなと言ったんだ、天沢」

 

「だが、俺たちには通用しないぜ」

 

「まさに上級生の壁というやつだな、私も随分先輩らしくなったものだ」

 

「ツッコミ待ちか、鬼龍院?」

 

ゆるい会話内容に反して臨戦態勢の3人をどうやって抜き去るか思考していると

 

「清隆くん!」

 

右前方、空いたスペースに洋介が走り込む。

 

瞬間、ドリブルからパスへと切り替えた。

洋介に蹴り出したのち、南雲たちを走り抜く。

 

「逃げんのか、綾小路」

 

「先輩方の壁を友だちと協力して乗り越えていく、実にそれっぽいじゃないですか」

 

「一理あるな」

 

「絆されんな鬼龍院」

 

南雲たちもボールを追うが、洋介は素早くオレに戻し、オレもまたダイレクトキックで洋介に返す。

ダイレクトでのショートパスを繋ぎ前進していくと、南雲たちの陣形は徐々に崩れていく。

 

「いいんですか?ついてきているのは南雲先輩だけですよ」

 

パスカットを狙い洋介の近くに残っている鬼龍院、スピードに追いつけなくなった桐山、追ってきたのは南雲だけだった。

 

「しまっ……」

 

あえて警告することで隙を作り、すかさずアンクルブレイクをお見舞いする。

 

地に伏す南雲。

自分でも不思議だが、なんだかノルマを達成できたような気持ちになる。

 

残りのDF陣も洋介との連携で難なく抜き去り、ペナルティエリアに到達。

構えるアルベルト。

 

オレは右足でシュートを撃つようにみせ、ボールの左側に軸足として置き、交差させた左足でボールを蹴る。

要は南雲のやったラボーナのコピー。

 

フェイントに釣られたアルベルトだったが、踏み止まり、崩れた体勢にもかかわらず、セービングできるポジションまで身体を持っていく。

だが、南雲と違うのはオレが狙ったのはゴールポストでないことだ。

 

「信じてたよ、清隆くん」

 

ループ上に浮かせたボールはシュートではなく、洋介へのパス。

 

アルベルトがフェイントにかかり、ボールを見上げた隙に、走り込んでいた洋介が跳躍。

 

「はぁぁぁっ!!」

 

洋介は、らしくなく気合いがこもった叫びを響かせ、ダイビングベットを決めた。

死角から急に飛び出した洋介にアルベルトの反応が一手遅れる。

 

ゴールを知らせるホイッスルと共に、涙を流しながら声にならない雄叫びを上げ、両拳を強く握り締める洋介。

 

「やったな、洋介」

 

「いいとこ取りかよ!でも、かっけーよ、おめー」

 

そんな背中に、柴田や園田が飛びついていく。

 

「清隆くん……」

 

「待った甲斐があった。お帰り、洋介」

 

オレを見つめる洋介にハイタッチで応えた。

 

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