「奇遇ですね、僕もそう考えていたんです。ひとつアイディアがあるんですが、協力しませんか?」
綾小路先輩の同点弾が決まった直後、そう提案してきたのは八神くん。
同じ一年生なのにこの試合、たくさん活躍している眩しい存在。
彼が立てる作戦なら成功するに違いない。役に立ちたいけど、どうしていいかわからない自分にとっては渡りに船だった。
「僕の予想では先ほどのようなチャンスシーンがもう一度来ます。ですが、残念なことに僕は相手チームに警戒されてしまいました。今みたいにゴール際の攻防に参加してもマークされると思うんです」
そう語る八神くんは感情を無理やり抑えて平静を装っているように見えた。
悔しい気持ちはよく分かる。さっきも結果的にゴールになっただけで、本当はもっと綾小路先輩の力になりたかったんだと思う。
「だから同じような場面になったら僕が走り込む反対側の方からゴールに走り込んでください。僕が囮になってできるだけ相手を引きつけるので、波多野くんはフリーで侵入できるはずです」
「でも自分が行っても邪魔になるんじゃ……」
「そんなことはありません。さっきの僕みたいに山田先輩の気を引くこともできますし、綾小路先輩なら波多野くんを上手く使ってゴールを決めますよ。選択肢が増えるにこしたことはありません」
「それもそうっすね」
八神くんみたいにゴールを狙うのはムリでも囮になるぐらいなら自分にもできるような気がした。
「ただ僕が引き付けるのにも限界があります。なるべく相手に気づかれないように直前までゴール手前で大人しくして、ギリギリのところで飛び込むのが良いと思います」
「何から何まで感謝っす。自分、やってみるっす」
「ええ、よろしくお願いします。2人で勝利へ導きましょう」
「うっすっす」
綾小路先輩のバック走を見て反撃の始まりだと感じ、オフサイドに気を付けながらゴール近くを目指して走りはじめ、丁度ペナルティエリアが見えて来た時だった。
八神くんの予想通り、綾小路先輩がゴールを狙うチャンスが訪れた。
あまりに早い展開で、ゴール付近で待機して足を休める算段が崩れたけど、関係ない。
八神くんがゴールに走り込んでいくのに合わせて、反対側から無我夢中で走り込む。
足がもげても、心臓が張り裂けても構わない。
自分だって生徒会の一員、ここでやらなきゃいつやるんだ。
無理だ、不可能だと諦める自分はもういらない。
意識は朦朧としてきたけど、気合いと覚悟のおかげか、ほんの少しだけ限界を超えて走ることができたように思う。
その証拠に、ほら、ギリギリ指定の場所に間に合っ――
「ぐえっ」
突如、顔面に激痛が走った。
なにがなんだかわからず、そのまま倒れ滑り込み、ひりつく顔を上げた時、自分が何をしてしまったのか察し、痛みを忘れるほどの動悸が襲ってきた。
そんな自分の気持ちを余所に時計を確認した審判さんがホイッスルを鳴らしたっす。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
波多野に弾かれたボールが宙を舞いオレの頭上を通過した。
「セカンドボールを意地でも拾うんだ!キーパーがいない相手ゴールに蹴り込むだけでいい」
体力の限界で守備に戻れなかった桐山が全体を見渡しながら指示を飛ばす。
状況は察したが今優先すべきはボール。
ここからボールにたどり着き、ゴールへ繋げる方法、それは――――
「……」
残念ながら思いつかない。
出来ることと言えば、こぼれ球をチームの誰かが拾うことを祈ることぐらいか。
「このボールは俺のもんだ」
ペナルティエリアから少し外れた場所で、周りの選手を押し分け南雲が跳躍し、ボールを胸でトラップした。
こうなるとここでできることはない。
学校に残りたいなら、試合後にオレの敗北宣言をしにくるであろう月城を抹殺する策を検討した方がまだ現実的。
まぁそれも――。
時計を確認した審判がホイッスルを鳴らす。
「南雲選手、反則によりイエローカード。高度育成高等学校のフリーキック」
「はぁっ!?」
「いてててて……南雲生徒会長サイテー」
驚く南雲が声の方へ視線を落とすと、そこには椿が尻餅をついていた。
南雲の跳躍に合わせて着地地点で上手く接触できるように構えていたのだろう。
「天沢さんもやったことです。文句は言わせませんよ」
「この一瞬のためだけにずっと気配を消してやがったのか」
「さぁ、元々影が薄いんで」
椿のファインプレーにより、首の皮一枚繋がる。
あとは椿に頼んでフリーキックを蹴らせてもらうだけ。
「綾小路先輩、私のお願いを聞いてくれたら、このボール差し上げます」
椿もそのつもりだったのか、先にそんな提案をしてきた。
「……退学しろ、とか言わないよな?」
刺客の可能性よりも頭の中で退学狂がチラついた結果の質問。
「いえ、私がお願いしたいのは――」
周りに聞かれたくないのか椿が寄ってきてお願いの内容を耳打ちしてくる。
「そんなことでいいなら」
「交渉成立ですね。ユーキ、ック ディス ボール」
唐突にたどたどしい英語を話し始める椿。
アルベルトにでも触発されたのだろうか。
「ユーキ、ャン ゲット ウィニングゴール」
真剣な表情で拙い英語を話す椿からボールを受け取り、試合後にアルベルトを紹介しようと心の中で誓った。
ボールを審判の指示する場所に置く。
時間的にこれがラストプレー。いつ試合終了のホイッスルが鳴ってもおかしくはないため、直接ゴールを決めるのがベスト。
幸いこの場所はゴールを狙える位置ではあるが、相手もそれはわかっている。壁を6人揃えて徹底的にコースを塞いできた。
助走のため、ゆっくりとボールから離れる。
試合中絶えず歓声に包まれていたスタジアムが静かになっていく。
審判がホイッスルでフリーキック開始の合図を出し、周囲が騒がしくなる。
雑音に気を取られないよう、集中力を高め不要な情報を削ぎ落としていく。
助走を走り切り、ボールに向けて足を振り下ろす。
「清隆、がんばってー!!」
ボールを蹴る瞬間、どこか遠くから名前を呼ばれた気がした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ということでアルベルト、今度時間があるときに椿に英語を教えてやってくれないか?」
「OK!」
「なんで?」
「お礼のつもりだったんだが……」
「そんなことより約束を守ってもらう時間ですから。急がないと」
試合後、早速アルベルトを呼び止め椿を紹介したのだが、椿はオレの提案に興味を示すことなく、フィールドの端の方に引っ張っていく。
試合が終了してから少し経ったこともあり、観客は帰路についている最中。幾人かまだ席に座ったままでいるのは、出口の混雑を嫌ってのことだろうか。
「はい、これ」
椿からボールを渡される。
あの時、椿から出された条件、それは椿の用意したボールを観客席の指定の場所へ蹴り飛ばすことだった。
「あ、ここSDカードを貼り付けてるんで蹴っちゃダメですよ。あー、ついでに綾小路先輩のサインもこの辺にいいですか」
色々と注文が多いが、退学せずに済んだのだから安いもの。
ペンを受け取り、サッと書き上げる。
「やけに書き慣れてません」
「ファンクラブで散々書いてるからな」
「へぇ……会報とかあるんでしたら今度ください」
「まさか会員になってくれるのか?」
「まさかまさか。私は、綾小路先輩のファンじゃありませんから、これっぽっちも。正直あなたを慕う人の気持ちはよくわかんないです」
ちょっとしたからかいのつもりが、ザックリと切り返された。
この調子だと会報を集めてストレス発散のために切り刻むとかそっちの用途を疑いたくなる。
「それでこれをどこに蹴るんだ?」
「T25ブロックの21時の方角、119の席です」
「どこだ、そこは」
存在しない座席を指定された。
「あそこですよ、ほら、いま私に手を振ってる人に向かって蹴ってください」
椿の指差した方向に女性が立っている。
観客席の端の席であるため顔は認識できない。
どことなく遠慮がちに手を振っていて、その脇に座っている男女がそれを見守っている。遠目ではっきりとしないが男性の方にどこか見覚えが――。
「さぁ、ユーキック、ユーキック」
記憶と照合しようとしたところで椿から急かされたため、女性めがけてボールを蹴り飛ばす。
だが、距離が距離。強めに蹴った結果、ボールの勢いはそれなりにあるが、上手くキャッチできるだろうか――などと思っていたのだが、難なく受け止めた女性。
わざわざこんなところまで試合を観戦しに来るぐらいだ、サッカー経験者なのかもな。
「想像以上の結果に満足してます。綾小路先輩。……もう帰る時間ですよね。最後に一緒に手を振り返してあげてくれません?」
「まぁそのぐらいなら」
見ず知らずのオレが手を振っても仕方ないだろうが、拒否する理由もないため、軽く手を振り、椿と共にロッカーへと戻る。
「それで今のはなんだったか聞いてもいいか?」
「昨日の中継を見た家族が私に気づいて応援に来てくれてたんです」
「なるほど。学校にいる限り外部と連絡は取れない、か」
「ご想像のとおりです。家族に向けて『元気だよ』ってメッセージと学校で撮った写真のデータをボールにつけて、綾小路先輩に送ってもらったってわけです」
昨年、葛城が妹に贈り物を届けるためバスケの試合に参加したこともあった。
「椿がすんなり助っ人を了承してくれた理由がわかった。意外と家族想いなんだな」
「自分でも不思議なんですけどね。こんな気持ちになるなんて思ってもみなかった」
椿は名残惜しそうにフィールドへの入り口を振り返る。
オレには理解できない感情だが、親元を離れておよそ1ヶ月、ホームシックのような状態だったのかもしれない。
「この学校に来た甲斐がありました。これからもよろしくお願いしますね、綾小路先輩」
「ああ」
『この学校に来た甲斐があった』などとホームシックなら言わないようなセリフだが、指摘するのは止めておく。
真意を探るよりもほんの少しだけ、椿が初めて見せてくれたこの笑顔を崩すのが惜しいと思えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
2回戦が終わった日の夜。
僕は清隆くんを散歩に誘い、改めて謝罪と自分の過去を話した。
清隆くんは黙って話を聞いてくれた上で、ひとつだけ質問を投げかけてきた。
「過去の出来事を乗り切れたなら、これからはどうするんだ?」
「何も変わらないよ。これからも出来るだけ多くの人を救いたいと思う」
「そうか」
「でも、これは贖罪じゃなくて自分がこうありたいと思えたからなんだ。だから、今後は……」
気持ちは決まっているのに、それを表現する上手い言葉が見つからない。
「その……自分の中で優先したいと思ったことも同じくらい大事にする。そう決めたよ」
「そうだな。少しぐらい自分のために生きてもバチは当たらない」
僕のまとまらない答えにそう返してくれた清隆くんの表情は夜道でよく見えなかったけど、不思議と重みのある言葉に思えた。
「兎にも角にもまだ試合は残っている。明日からもよろしく頼む」
「うん。ここまで来たら何が何でも優勝しよう」
何人かの三年生の先輩方は退学になってしまったけれど、今度は本当に守りたいものを守ることができた。
これでよかったんだよね、杉村くん。
いま隣にいる大事な存在を感じながら、あの日救えなかった友のことを想った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
準決勝の朝。
宿泊施設で移動用のバスを待っている間に洋介と作戦を詰める。
「レッドカードのペナルティで出場できない宝泉のカバーをどうするか」
「そうだね……攻撃は綾小路くんに任せて僕が守備を担うよ。あ、バスが来たみたいだね。続きは中で話そうか」
昨日までのバスとはひと回り大きいバスが駐車場に停まった。
準決勝に進んだからバスも豪華になった、というわけではないのだろう。
「よぉ、お前ら。昨日はぐっすり眠れたか?」
バスのドアが開くと、見慣れたドヤ顔で降りてきたのは南雲。
「南雲先輩!?どうしてここに?」
「まだいらっしゃったんですか?早く学校に帰って退学になる生徒たちに土下座でもするべきでは?」
「バカ言ってんじゃねえよ。これから大事な準決勝だろ」
笑いながら洋介と肩を組む南雲。
昨日の今日で楽しそうに笑えるのは一種の才能かもしれない。
「応援でついて来てくださるということですか?」
「いいや。そんなつまらないことはしないさ」
「……えーと?」
「俺は高育の生徒会所属だぜ?元々サッカー部の連中はもちろんだが、助っ人のアルベルトたち含めて高育生としても選手登録してある」
遮光性のある窓ガラスで気づかなかったが、よく見ればバスの中から天沢がオレに向けて手を振っていて、その後ろの席の櫛田がとても素敵なスマイルでガンを飛ばしてきていた。
うん、あのバスに乗るのはできるだけ避けたいな。
「つまり?」
事態が飲み込めない洋介が続きを促す。
「ルールで明言されているのは、試験の対象が『選手が所属するチームの試合』ってだけで『試験のために作ったチームで』とは記載されてない。俺たち3年の特別試験はまだ終わってないってことさ」
それを見て面白そうに南雲はそう宣言した。
「それは……それは本当に良かったです。誰も退学にならないなら、本当に」
涙ぐむ洋介。覚悟は決まっても、後ろめたさ、罪悪感は簡単に消し切れるものではない。
「もしかして清隆くんはこうなるってわかっていたの?」
驚かないオレの様子に疑問を抱いたのか、あるいは何か思い当たる節があったのか、洋介が半信半疑で尋ねてきた。
「ある程度はな」
南雲は勝負馬鹿ではあるが、愚かな人間ではない。
駒としての戦力はもちろん、存在するだけでプライベートポイントを献上する生徒たちを無意味に消費はしない。
そんな南雲がオールインした上で勝ち確定とまで言い切ったからには、退学者を出さずに済む、裏の策があることは予想できる。
加えてチップの精算が試合敗北時ではなく、大会終了時、という表現だったことも気になっていた。
オレたちに勝てれば良し、負けたとしても高育生として特別試験は続行できる。
まさに負けない賭けだったわけだ。
「一之瀬さんが言っていた意味がやっとわかったよ。確かに僕は清隆くんを信じきれていなかったんだね」
2人の間でどんな会話が交わされていたかは不明だが、洋介のオレを見る目がより変わったことは明らかだ。
「つーことで、これがスタメン表だ。優勝のためにキリキリ働けよ」
南雲が洋介に渡した用紙を覗く。
「なぜオレがキーパーを?アルベルトは?」
「はっはっはっ、面白いことをおっしゃいますね、綾小路副会長は。昨日あれだけスーパーセーブを披露しておきながら他に適任がいるとでも?」
バスの入り口から見計らったように現れたのは月城。
「……月城理事長代理」
「その呼び方は正しくありませんね。今の私は理事長代理兼サッカー部監督代理です」
代理になりすぎだろ。便利屋か何かか?
「すみません、では、サッカー部の監督は……」
月城の唐突な監督代理発言に戸惑う洋介。
「せっかくのGWです。彼には特別休暇を与えてお帰りいただきました。私、こう見えてボーイスカウトやサッカーの経験もありましてアウトドア派なんですよ。安心して任せてください。さぁ皆さん、バスに乗る時間です。試合会場まで親睦を深めようじゃありませんか」
月城は営業スマイルで事態に追いついていない生徒たちを呼び込む。
これ以上何を言っても無駄か。
無茶苦茶な状況だが、どうにかするしかない。
ため息をつきながらバスに乗り込んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
こうして監督代理となった月城の嫌がらせに対処しながら、準決勝はU-20の日本代表が大会前に複数名急に転校してきた
坂柳の買収が財力で負け不発に終わるなどハプニングもあったが、不本意ながら南雲と連携したり、櫛田と撃ったタイガー(ク)シュートが炸裂したりでなんやかんやこれを打倒。
試合後、お前がいれば日本のサッカー界の未来は明るいとプロの世界に勧誘されたが丁重にお断りしておいた。
決勝の
ただでさえ面倒な相手だったが、天沢が急に病欠したり、学が応援に来なかったことで堀北がパワーダウンしたり、鬼龍院が相手のキャプテンに求婚されたりと、てんやわんやの状況だったが、チームメンバーのエゴが爆発してフローな状態となり勝つことができた。
こうして高育サッカー部は無事優勝を果たすことができ、オレも3年生も誰1人として退学になることはなかった。
終わってみればちゃっかり大量のクラスポイントを獲得した南雲の一人勝ちだったと言えるのかもしれない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
後日談。
放課後の生徒会室。
サッカーに特別な技はいらないと言ったが、あれはあくまで勝利だけを追求した場合。
プロのスター選手は時には高度な技を披露して観客を魅了する必要もあるだろう。
つまり、オレもわざわざスカイラブハリケーンを実演したのは、八神の正体を見極めるためでも、試合の流れを変えるためでも、八神の足にダメージを与えるためでもない。あくまでそれは副次的なものに過ぎず、本来の目的は――。
「綾小路くん!見て見てっ!この前の試合の動画めちゃくちゃバズってるよ」
「それは何よりだ」
隣に座った一之瀬が携帯端末で投稿動画の再生数を見せてくる。
あれだけのスーパープレーを観れば話題にならないはずがない。
他に実戦で再現している動画がないこともリサーチ済みだった。
「明らかに反則なのに『嘘だろ?』からの抗議してる2人が面白いってコメントで溢れてる。さすが綾小路くん、ここまで見越しての抗議だったんだね!」
「……あぁ」
なるほど、何が話題になるか予想できないのは確かに面白いかもしれない。
謎に長くなってしまったサッカー編も完結です。
次の章のスタートまでもう少しかかりそうですので、すみませんが気長にお待ちいただけますと幸いです。