「一之瀬はこの試験の説明を聞いた時、どう考えた?」
突然の質問に、一之瀬も空気が変わったことを感じたのか、真剣な顔つきになる。
「この試験はクラス対抗だけど対抗じゃない、かな。試験とは言ってるけど順位による報酬はないよね。正直、どのクラスもリーダーを当てられるようなミスはしないと思うし、そうなるとポイント差もそこまで生まれない。少なくともこの試験でクラス順位が逆転しちゃうってことはないし」
Dクラスの87ポイントは論外だが、Aは1,004ポイント、Bは663ポイント、Cは492ポイントとそれなりに差が開いている。
今回の試験、もしリーダー当てが行われない前提で考えれば獲得できて120ポイント前後だろう。スポットを上手く占有したとしても、広がる差は数十ポイント以内には収まる見込み。加えて順位報酬もないのであれば、何が何でも勝たなければいけない試験ではないだろう。
「つまり学校は競わせるより、クラスの絆を深める機会としてこの試験を用意したんじゃないかな。まさに最初の特別試験、ってことで」
だから勝ちにこだわりすぎず、みんなで楽しんで乗り切る方針を取ったということ。一之瀬は学校の意図を正しく汲み取っている。これが普通の高校であればそれでいいのだが……
「私、何か間違ってるかな?」
こちらの返答がなかったためか、少し不安そうにこちらを見つめてくる。
「いや、間違ってはいない。そこまで学校の意図を察することができる生徒もそんなにいないんじゃないか。だが、そこが一番の落とし穴でもある」
「落とし穴?」
「全クラスが一之瀬と同じ考えをもって試験に挑めば、まず間違いなくBクラスは負けないし、Aクラスに上がるのも夢じゃない」
「……うん」
「しかし実際はどうだ?今回、龍園の戦略は学校の表側の意図とは全くの逆を行っている」
「でも、それは私たちにとってプラスだったんじゃないかな?勝手に脱落してくれたわけだし」
「龍園が勝ちを諦めているようには見えなかった。いや、それすら関係ない。勝つ方法があるから奇怪な行動をしたという前提で考えるべきだ」
「念には念をって事かな」
「いや、念じゃなくて大前提だな。一之瀬の考えは、専守防衛に近いものを感じる。もちろん、それ自体は戦略として間違っていない。だが、守りきりたいのであれば相手の攻撃をすべて防ぐための予測は常に続けなければならない」
「そうだね……」
オレからの容赦ない指摘に少し表情が曇る一之瀬。簡単に消化できる話ではないのだろう。だが、だからといって手を緩めることはしない。
「この学校は表向きのルールを用意しながらも、裏のルールや抜け道をいくつも用意している。今回の試験もそうだ。もし、表向きのルールで戦うのであれば、抜け道をすべて塞がなくてはならない。塞ぐためには抜け道を見つける必要がある」
正々堂々を貫きたいならそれだけの実力が必要だ。でなければ、ただの理想論の域を出ない。
「例えば、この試験のペナルティを聞いた時、一之瀬はどう考えた?」
「ルールを破らないように注意をしなくちゃ、だったね」
「じゃあ龍園はどう考えたと思う?」
「うーん、どうやったら破ってもバレないか……とか?」
「そうだ。まず抜け道を探す。加えてどうやったら相手に破らせることができるか、も考えているだろうな。そうすることで、ただルールを守っている人間よりも一つ上のステージからモノを見ることができる」
「別の視点からのアプローチができるようになるってことだね」
「そう考えると龍園がなぜ0ポイントにしたのか、その意図も予測できる」
「なるほど。ペナルティの回避かな。点呼の減点がないなら行動の自由が広がりそう」
「ここまで話せば龍園の勝ち筋がわかるんじゃないか?」
「……3クラスのリーダーを当てること」
「そうなるな。そしてそれを可能にするもっとも簡単な方法は、スパイを送り込んでリーダー情報を調べることなんじゃないか?」
「否定……できないね」
「それだけならまだいいが、最悪の場合、オレたちの共闘に対抗するためにCクラスはAクラスに盗んだリーダー情報を売る可能性もある。そうするとマイナス100ポイントが確定し、最終的にはBとCのクラスポイントの差は100を切る」
「むむむ、それは看過できないなぁ」
軽く口にしているようで表情が硬い。この先に待つ最悪の結末、その可能性に考えが至り、どうすればいいかを試行錯誤しているのだろう。答えが出るまで待ってもいいのだが、それでは手遅れになるかもしれない。
「オレはこれからそれが起こると仮定して防ぐための行動をするつもりだ。一之瀬にはその手伝いをお願いしたい」
「ここまでの話もそうだし、どうしてそこまでしてくれるの?綾小路くんには関係ない話だよね」
「ポイントを借りる時に言っただろ、一之瀬にとっての正念場がやってくる。全面的に応援するつもりだって」
「そうじゃなくて——」
「一之瀬はピンチの友達を助ける時に理由を考えてから助けているのか?」
一之瀬には一之瀬に効く言葉がある。
「それは……うん、確かに考えてないね」
「そういうことだ。もしそれでも気が引けるのであれば、この試験が終わったときに、一之瀬の感じたことを聞かせてくれないか?」
「そんなことでいいの?」
「そんなことが大事なんだ」
駒としての成長の可能性、それを確かめたいからな。
身近でオレの戦略や考えに触れてどう変わるのか……
真っ白のキャンバスに最初に色をつけるような、そんな感覚。
この画がどんな作品になるのかは、塗ってみなければわからない。
「それで具体的には何をするのかな?」
「そうだな、あえて名付けるなら『スポット殲滅作戦』だ」
「……綾小路くん、たまに中2だよね」
『チュウニ』が何を指すかわからないが、これまでの説明とは違い、作戦名はあまり響かなかったようだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
試験3日目朝。
ほとんどの生徒がこの無人島生活にも慣れ始めた様子。
今朝も釣りに行ってきたのだが、残念ながら大物は釣れなかった。
ビギナーズラックなんて言葉があるが、そんな運はないのかもしれない。
まぁ運に頼るのもどうかと思うが。
一方、柴田はヒラメやらタイやらと色々釣っている。
これが俗にいう持っているヤツなのだろうか。
「せっかく釣ったけど、また焼くだけじゃ味気ないよな」
最低限の調味料や調理セットは購入したが、最低限なので手の込んだ料理を作ることはできない。そもそも作る腕もないのだが……
「だったら、シンプルにお刺身にしてはどうでしょう?」
柴田が悩んでいると、Bクラスのメガネ男子、浜口が話しかけてきた。
「刺身かいいなー、でも捌くの難しそうじゃないか?」
「大丈夫です。言い出しっぺの僕は捌けますよ」
「マジかよ浜口!頼むぜー」
そういって浜口に魚の入ったバケツを渡す。かなりの数があるが一人で捌ききれるだろうか。
「何か手伝おうか」
釣ってきた手前、少し申し訳ない気がするので手伝いを申し出た。
「ありがとうございます、では——」
「あのさ、私たちも手伝っていいかな?私、料理部だし役に立つと思うよ。佐倉ちゃんも頑張りたいっていってるし、ね?」
「う、うん。えっと……一緒に頑張ろうね、綾小路くん」
そう言って声を掛けてきたのは篠原、そしてその後ろに佐倉。
この特別試験が始まってから、佐倉は篠原たちと行動を共にしていた。
船上で変な形で別れてしまったので気になっていたのだが、どうやら昼ドラの話題は上手く篠原に刺さったようだ。
佐倉の方はまだぎこちなさそうだが、篠原は姉御肌なのだろう、よく面倒をみてくれているようだった。
「もちろん歓迎しますよ、みんなで頑張りましょう」
そうして浜口による魚の捌き方講座がスタートした。
「まずは鱗を剥がします。ペットボトルのキャップでこすると、この通りです」
「そしたら頭を落として——」
「包丁は背骨に沿わせるように、ガガガってなるくらいが丁度いいですよ」
といった具合にレクチャーを受けた結果、なんとか刺身が完成した。
言い出しっぺの浜口はもちろん、料理部の篠原も上手く捌いていた。
佐倉は……刺身のはずが、なめろうみたいになっている。
今後の活躍に期待だな。何事も継続が大切だぞ。
「佐倉ちゃん、今日は一歩前進って感じだね。この調子でどんどんアピールだよ」
「う、うん。篠原さん、ありがとう」
篠原も佐倉の調理の上達を応援しているんだな、良かったな佐倉。
さて、オレはこのなめろうを、美味しく食べてくれるスタッフ、もとい山内に渡してこよう。噂では佐倉を狙ってるとか言ってたしな。喜んで食べてくれるはずだ。
「なぁなぁ、寛治。網倉ちゃんって良くないか。フリーかな」
「わかるぜ、春樹。優しさとか奥ゆかしさとかあってさ、話してると知性も感じるし、同じポニテでもどっかの金色とは大違いだぜ」
「だよなー!うぉぉぉぉまこちゃぁぁん。よし、ちょっとなんか手伝うことないか、聞いてくる」
「ずりーぞ、俺も行く」
なめろうはオレが美味しく頂くことにした。
なめろうと思えばなかなかイケたので、そんな感想を佐倉に伝えたところ喜んでいた。
オレから褒められても仕方ないかもしれないが、これを励みに頑張って欲しい……捌かれる魚のためにも。
さて、食事も取ったことだし、スポット殲滅作……スポットを上手く占有してAとCクラスを倒す作戦を開始するとしよう。
「みんなー、今日から本格的に試験を攻略していくよー!」
「おっしゃー」「頑張ろうねー」
一之瀬の呼びかけに、生徒たちも士気高く応える。
「作戦名は『スポット殲滅作戦』だよー!」
「カッコいいな!」「どんなことするのか、楽しみだね」「帆波ちゃんかわいいー」
「にゃはっ」とこちらを見てウインクする一之瀬。昨日のやりとりから、なぜ採用したのかはわからないが、気に入ってくれていたのなら良かった。それに意外と好評じゃないか。オレのネーミングセンスは間違っていなかったな。
これでオレも気持ちよく準備に向かうことができる。
「チャー柱先生、いますかー?」
教師のテントスペースで茶柱先生を呼ぶ。
昨日も今日も点呼の時以外はテントから出てこないのだが、どうしたのだろうか。
「ん?綾小路か。ちょっと待ってろ。っ、あぁ~いたたた」
のそのそとテントから顔を出す。
「大丈夫ですか、チャー柱先生?」
「誰のせいだと思っている……そしてなんか変に伸ばして呼ぶのはなぜだ?」
「気にしないでください。癖が抜けていないだけです」
「それで何の用だ?いくら積まれても山の中は歩かんぞ」
「そんな無駄なことにポイントは使わないですよ?この前みたいに、これから伝えるメンバーの点呼時間をずらして欲しいんです」
「いいだろう。ポイントの額は前回同様1人につき1000ポイントだ」
「ありがとうございます」
この作戦に必要なメンバーを伝え、夜の点呼時間の制限を解除した。
早速メンバーの点呼を済ませてもらい、各自目的地へと移動していく。
この島のスポットは初日に調べた限り全部で26か所ある。
目標は、殲滅の名の通り、そのすべてをBとDクラスでいただくことだ。
スポットの数についての補足。
アニメでの描写で葛城のメモには獲得したスポットとして、A~Pまでの16スポットの記載があります。
他のクラス分のスポットを追加すると最低19はあることがわかりますが、地図を見る限り、まだあってもおかしくない余白が多いので、ここではアルファベットの数分の全26か所ということにしました。
それにしても、スポットだけで274ポイント獲得予定だった葛城さん。同じスポットからは一日最高3ポイントしか取れないのに、19ポイントの箇所が4つ(初日から毎回獲得の必要あり)、その他も次の日から、そして3日目から毎回占有しないと間に合わない計算。
そこから出てくる結論は、『弥彦最強説』でしょう。毎日、8時間おきに、島の端から端までスポットを回って6日間過ごした男。尋常じゃない体力です。しかも他クラスに見つからない隠密行動。葛城さんの右腕をやっているのは伊達じゃないですね。
あと余談としては、唐突に出てきた浜口君について。
これを執筆しているときはよくよう実のアニメをBGMにしておりまして、なぜか特に耳に残るのが、浜口君の「言い出しっぺの僕は見せられますよ」のセリフ。なんか面白い言い回しというか、高校生らしからぬ発言というか。地味にアニオリのセリフだったり。
その後、一之瀬が「浜口君!」と呼ぶので名前まで覚えてしまい、登場させるしかないなと。2年生編のイメージから料理もできそうですしね。
可哀そうなのは、一之瀬から名前すら呼んでもらえない方のメガネくん。いつまでも名前を覚えられない。