今回、オリジナルの特別試験が出てきてルールが複雑です。ルールは流し読みでも大丈夫だと思います。
「これから今月末に実施する特別試験のルールをレクチャーシマース。タイトルは『ストーリーテラー試験』デ、今回は1年生のクラス同士で順位をバトルデース」
放課後のホームルームの時間、ここ1年Cクラスでも担任から特別試験の説明が始まった。
英語の教員でもある担任のトンチキイングリッシュに気が緩みそうになるが、内容が内容だけに話を遮る生徒はいない。
例年、問題児が集められるDクラスが悪目立ちして陰に隠れてしまうが、A、Bクラスと比べるとCクラスの素行も良いとは言えない傾向にある。
だが、今年のCクラスは珍しくその傾向に当てはまっていなかった。
それにはいくつか理由があるのだが、その内のひとつは――。
「特別試験っすか!?」
夏の無人島試験へ準備を始めたばかりだった波多野にとっては寝耳に水。
思わず驚きが口に出てしまう。
そんな波多野に担任は視線を向けたが、すぐに教室全体へ戻し、変わらず陽気に話を進めていく。
「エブリワンにハッピーなインフォメーションデス。ナンバーワンのクラスには200クラスポイントをプレゼント、アーンド、プライベートポイントもゲットできるチャンス!ユーたちのベストプレイをビリーブデス。レッツファイティング!」
「え、なんて?」
「要は1位のクラスはクラスポイントが200ポイントって話みたいだぜ」
きょとんとする生徒に別の生徒が通訳をした。
「200ポイントも!?」
「すげえよな。絶対勝とうぜ」
担任のテンションに当てられたわけではないが、Cクラスの生徒たちも盛り上がりを見せる。
それも無理はなく、今年の1年生は例年と違い800クラスポイントからのスタートだった。
つまり今回の試験1回で初期の1/4ものポイントが手に入ることになる。
加えて前回のパートナー筆記試験では1位のクラスでも50クラスポイントしか入手できなかったため、各クラスの合計ポイントに大きな差は生まれなかった。
この試験に勝つことができれば、一気にAクラスになることも夢ではない。
そんな突然のチャンスに浮かれる生徒が多い中、意外にも波多野は落ち着きを取り戻していた。
寧ろ、背筋が凍るような嫌な予感が思考を侵食し始める。
つい先日、生徒会で夏の無人島試験の内容精査をするために、過去の試験の資料を確認したばかりだ。
その時に知り得た情報では、短い期間に特別試験が続けて行われることも、1年生の5月という早い段階で高額のクラスポイントが提示されることも異例だった。
波多野が思い当たったのは現2年生が体験した異例の試験――『クラス内投票』。
通例では3月の特別試験は学年末試験だけの予定が、現2年生は誰も退学になっていなかったために、急遽必ず退学者が出る内容で試験が実施されたと記録にはあった。
理由は見当もつかないが今回もイレギュラーで実施が決定したのではないか。
その仮説が正しかった場合、クラスが浮かれた状態で試験に臨むのは危険だ、と波多野は息を呑む。
持っている情報差で生まれた認識の違い。
ただ、生徒会で得た情報を他の一般生徒に伝えることはできない。
「美味しい話には裏がある、ってあの最強無敵超人生徒会副会長の綾小路先輩も言っていたっす。この特別試験もそうなんじゃないっすか?」
悩んだ結果、波多野は虎の威を借る狐作戦で注意喚起を促した。
「波多野が言うならそうかもな」
「だよね。みんな油断大敵だよ」
それだけ聞けば根拠に乏しい波多野の発言をクラスメイトの多くは真に受ける。
理由は明白。
「頭も良いし、何と言ってもあの生徒会役員だもんね」
この学校の生徒会が中学までのそれと違うことがわかるにつれて、クラス内で波多野の評価は見る見るうちに上がっていった。
その後実施された生徒会役員の追加選考でも、多くの1年生が挑戦したが、採用されたのはBクラスのリーダー八神のみだったことも大きい。
そのため、本人が名乗り出たわけではないが、波多野は実質クラスリーダーのポジションに落ち着きつつある。
そんな周りの反応を波多野自身は過大評価だと思いながらも、生徒会の先輩たちがそうであるように自分もその評価にふさわしくなりたいと、よく言えば前向きに向き合い、悪く言えば重荷になっていた。
先日の綾小路のアドバイスもあり幾分か焦りが緩和されたとはいえ、八神に宝泉と関わってきた他クラスのリーダーは自分より遥かに優秀。今のままでは勝てるビジョンが見えない。個人の敗北だけで済むなら、いつか必ずとリベンジに燃えることもできるが、クラスを背負う身となれば話は変わってくる。自分なんかを頼ってくれるクラスのみんなに迷惑をかけるわけにはいかないという責任感が波多野を動かす。
たとえそれが分不相応な試みだったとしても、今回の試験のようにいつ逆転のチャンスが訪れるかわからないのだから止まることはできない。
「Mr.ハターノの指摘はトゥルーデース」
担任の言葉に思考の渦から抜け出し波多野は顔をあげる。
視線が交差したのも束の間、担任は説明を続けた。
「今回の試験では、特定の条件を達成できなかったスチューデントはグッバイ……つまり退学です」
らしくない真剣な表情と口調によって、『退学』という言葉の真実味が増し、生徒たちは時が止まったような感覚に陥る。
あの高育に入学するんだと親をはじめ友人、知人に自慢して来ただけに、たった2ヶ月足らずで出戻りするのは恥ずかしいどころの話ではない。いや、それよりも高校中退となってしまう自分の将来は……。各々が似たようなバッドエンドを頭に描きはじめたタイミングで、担任が叩いた両手の音が教室中に響く。
「バーット、よほどのことがない限り退学の条件にマッチングすることはないので安心してくダサーイ」
打って変わってパァッと明るくなった担任の顔を見て、生徒たちもほっと息をついた。
「脅かさないでくれよ、先生」
「アメリカンジョークというヤツデース」
「ぜってーアメリカ関係ないって」
直前までの緊張と安堵が相まって教室で笑いが起こる。
そのことで、波多野が作った試験に対する警戒心はすっかり薄れてしまった。
波多野自身ですら自分の考えすぎだったかもしれないと思い直すほど。
「ではルールのレクチャースタートデス。まずユーたちにはクラス内のメンバーで、『出版社』というチームを1から3チームメイクしてもらいマース」
担任の説明に合わせて、教室の電子黒板にルールの詳細が映し出された。
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『ストーリーテラー試験』
【概要】
各クラス、クラス内のメンバーで『出版社』と呼ばれるグループを、1~3グループ作り、その出版社の成績を学年全体で競い合う
【事前準備】
試験前日までに各役職を決め、特別試験専用入力フォーラムに登録しておく
※入力されていない生徒は失格となりペナルティが発生する
『出版社』には下記の3つの役職を設定できる
編集・記者・作家
出版社に所属しない生徒は『フリーランス』となり下記のどちらかの役職につく
語り部・情報屋
この際、1つの出版社につき、編集と作家は1名だけで、その他は任意の人数を設定できる
ただしどの役職も0人にはできず、必ず全員何かしらの役職を設定する必要がある
【勝敗について】
本試験では 『起』『承』『転』『結』に分けられた物語の章を集め、各出版社ごとに1冊の本を完成させ、その本の出来によって、売上が決定される。
売上の高い順に出版社を順位付けし、各クラスのトップの出版社の順位で勝敗を決める
報酬は下記の通り
1位 200クラスポイント
2位 100クラスポイント
3位 ‐50クラスポイント
4位‐100クラスポイント
【試験の流れ】
試験当日。
出版社のメンバーは自分の教室、情報屋は情報室、語り部は特別棟の教室(4か所にランダム)に配置される。
出版社には記者1名につき3アポイントが配布される
①『準備時間』20分
試験スタート後、語り部には 『起』『承』『転』『結』のストーリーが書かれた物語の『章』がランダムで3つ配られる。この『章』の内容は、後述の②以外で他言することはできない。
②『取材時間』60分
記者は特別棟の各教室に移動し、『アポイント』を1つ語り部に支払い、1回『取材する』ことができる。
『取材』によって語り部の持つ物語の『内容』を任意の数を聞き出すことができる。
情報屋は特別棟の教室での様子を監視カメラの映像越しに情報室のPCから確認でき、必要に応じて任意の記者を合計で3名まで指名し、その記者が聞き出した物語の情報を得ることができる。この際、得ることができるのは『どの語り部がどの『章』の物語を持っているのか』となり、『内容』は得ることができない。
③『共有時間』60分
②の後、記者は出版社に戻り、編集、作家へ情報を共有する。この際、記者は他の出版社に情報を渡すことはできない。
情報屋は試験専用の『掲示板』に、『誰の情報を持っているか』を記載し、情報量として任意のアポイントを提示して出品できる。編集はこの掲示板を見ることができ、情報の購入が可能。ただし、ひとつの情報を購入できるのは1人だけで売り切れた場合、再度同じ情報を出品はできない。
④『編纂時間』30分
編集は特別棟に移動し、記者、情報屋からの情報を頼りに語り部から任意の物語の章を入手することができる。1章を入手する際に1アポイントを支払う。
※編集はこの時入手した章を他者に売ることはできない。
⑤『出版時間』30分
作家は編集が入手した物語の章から3つ、もしくは4つ選び物語を完成させる。
3つ選んだ場合は、残る1章を自分自身で書くことになる。
作品の出来は、本来の物語に近いほど売上が高く、乖離するほど低くなる。
完成させることのできる作品は全10作品、ただし中には関係ない作品の章も『ハズレ』として含まれている。
もし、出版した本が『起』『承』『転』『結』を揃えられなかった場合、編集は退学。作家は3か月間プライベートポイントの支給がなくなる。
※退学者を出したクラスは1名につき200クラスポイントを失う
⑥『決算時間』
出版社のメンバー、その出版社に物語を提供した語り部、情報屋は獲得した売上に応じたプライベートポイントをそれぞれの役職に決められた比率で得ることができる。
・編集 5
・作者 3
・記者 1
・語り部 0.5
・情報屋 0.5
例:出版社が10万プライベートポイントを獲得した場合、編集5万、作者3万、記者1万、語り部と情報屋5000プライベートポイントを得る
また試験終了時に手元に残ったアポイントや章はプライベートポイントに換金される
・アポイント
出版社に残っていれば1アポイントにつき1万プライベートポイント、語り部と情報屋が持っている場合は1アポイントにつき3,000プライベートポイント
・物語の章
語り部の手元に残っていれば、1章につき2万プライベートポイント入手できる
出版社が持っている章は換金されず破棄となる
【禁止事項】
・暴力や恐喝などで双方の合意のないまま情報の交換をすること
・『取材』や『購入』の希望を受けた場合に拒否する行為、また明らかな遅延行為
・盗聴、盗撮による情報の入手
・指定された場所以外に理由なく滞在すること
***********
「うーん、わかったようなわかんないような……」
ルールを読み終えた生徒の1人、新徳太郎が素直な感想を呟く。
クラス全体で見ても新徳と同じ感想を持つ生徒が多かった。
「オーケー、Mr.シントクの主張は最もデース。1度プラクティスチャンスをプレゼントシマース。では、言い出しっぺのMr.シントクを編集、Mr.ハターノを作家、Ms.イグチを記者、語り部にMs.ツバキ、情報屋をMr.ウトミヤにお願いシマース」
「了解っす」
と勢い良く返事したのは波多野だけで、他はあまり乗り気ではなかった。
それぞれ思うところはあったが、失敗例として人柱にされる予感がしたからだ。
「Doしましたー?プラクティスは不要デシタか?」
「いや……。俺が恥をかいてクラスのためになるならまぁ……」
そう言って新徳が了承したことで他の3人も諦める。
「ではスタートデス。今回はプラクティスですので各々が所定の場所にいるということにシマース。①『準備時間』で、語り部のMs.ツバキの端末に3つの章がランダムで配布されました。携帯端末で確認クダサーイ」
担任に促され椿は携帯端末を取り出し、送られてきたURLから専用ページを開くと、自分の所属が語り部と記載されており、その下のステータス画面には『1』『2』『3』と書かれたカードが表示されていた。
「……来てますね。でも物語の内容がわかんないんですけど、仕様ですか?」
カードをタップしても特に変化は起きない。
「イグザクトリー。Ms.ツバキをチョイスした甲斐がアリマシタヨ。語り部自身もどんな物語を持っているか、記者に『取材』されるまでわかりません」
「……語り部とは?」
ツッコミはしたが椿もこの意味はわかっている。最初から語り部が自由に物語を閲覧できるのであれば、自クラスが有利になるように立ち回れるからだ。だが、逆に言えば取材された後は開示されるため、語り部はその後の動きが重要になりそうだ、と椿が考えている間にも練習は進んでいく。
「次に②『取材時間』デス。今回はプラクティスナノーデ、語り部はオンリーワンですが、本番はたくさんいる語り部の中から記者は取材対象を選んでください。では記者のMs.イグチ、携帯をMs.ツバキの方へ向けてください」
井口は指示に従い携帯端末を椿に向ける。
すると、画面に椿の名前と所持している章が『1』『2』『3』と表示された。
「名前をタップし、アポイントを消費して取材をお願いします」
指示通りにすると、画面には『1アポイントを消費して取材しますか?※現在の出版社の所持アポイント3』という確認の下に、『はい』と『いいえ』の選択肢が出てきた。
井口は『はい』を選択すると、続いて『どの章の内容を聞きますか?』という質問が表示される。
「センセー、これはどうすればいいんですか?」
「好きな章を好きなだけチョイスしてクダサーイ」
「えっとじゃあ3つ全部選んじゃお。その方がお得だよね」
「イグっち、単純すぎー」
「えー、練習なんだしいいじゃん」
友人から茶化されながらも井口はすべての章を選択し『決定』を押す。
すると各カードがめくられる演出が入り、それぞれのカードに文章が表示された。
1:むかし、むかし、あるところにおじいさんとおばあさんが暮らしていました
2:犬がきびだんごをひとつもらって、桃太郎のあとから、ついていきました
3:こうして桃太郎は鬼を退治しおじいさんとおばあさんの待つ家に帰り、みんなで幸せにくらしました
「本番ではアポイントがある限り、語り部に取材を出来マスが、ここで全てのアポイントを消費してしまうト、あとから章を買うことができなくなってしまうので注意デス。デハ、次に情報屋の出番デス。Mr.ウトミヤ、本来は情報室のPCを使用しますが、今回はこちらのノートPCをお貸しします」
宇都宮は練習用に準備されたノートPCを受け取り、画面を確認する。
情報収集と掲示板のアイコンがあり、指示に従い情報収集をクリックしたところ、語り部の名前一覧が表示され、そこに『ツバキ サクラコ』の名前があった。
「本番ではここにすべての語り部の名前が表示されます。その中から3名までチョイスして『情報』を得ることがデキマス。今回はMs.ツバキをチョイスください」
宇都宮は言われた通りにPCを操作し選択する。
短いロード画面が出た後に『獲得情報』として
語り部『ツバキ サクラコ』
『1』:『起』
『2』:『承』
『3』:『結』
と表示された。
「このように起承転結のどの章を持っているのかがわかりますので、出版社のエブリワンは購入する章を迷った際に情報屋を頼ることも選択肢のひとつデス」
「質問だ、ですが、ルールに記載されていた文言が『記者が聞き出した情報』ということは、もしさっき井口が『1』しか選んでいなかった場合、ここで俺が得られるのは『1』のみだけということか……です」
宇都宮がぎこちない敬語で尋ねた。
「イエース。あくまで開示された章のみデス。もちろん、今回『1』しか『取材』されなかったとしても、他の記者が『2』や『3』を選択したあとに情報屋が選択した場合は、すべての『情報』を得ることが可能デス」
「そうなるとあとから情報収集した方が都合が良さそうだが……。他の情報屋が情報収集した語り部を選ぶこともできるんですか?」
「そちらもイエスデス。他にクエスチョンはありマスか?」
「じゃあ、自分からも。他の記者が取材して開示された章は、その後取材する記者にはどう見えるんっすか?」
「記者が見えるのは自分が取材した章だけデスので、語り部がそれまでに他の記者にいくら語っていても、記者には数字しか見えマセン」
「了解っす」
「他にクエスチョンはなさそうなので、次のステップへゴーシマス。今はプラクティスですので皆さんにも確認いただきましたが、本来は③『共有時間』で初めて語り部から得た『情報』を出版社のメンバーは知ることがデキマス。端末を確認してみてください」
波多野や新徳が携帯を開くと、記者の得た情報が開示されていた。
「ではMr.ウトミヤ。PCを操作して掲示板に『情報』を記載ください」
宇都宮は先程選択しなかった『掲示板』のアイコンをクリックし出てきた入力フォームへ
試しに打ち込んで決定ボタンを押した。
「Mr.シントク、端末から掲示板をシーください」
「うっす」
新徳が『掲示板』を開くと
『提供者』
・ウトミヤ リク
【提供情報】
・『ツバキ サクラコ』の持っている章『1』『2』『3』の情報
【取引価格】
・2アポイント
【コメント】
・記入なし
と記載されていた。
「じゃあこれを購入すればいい感じか。はい、ぽちりましたよっと」
新徳がそう告げた後、出版社のメンバーの画面には情報屋が椿から得た情報と同じものが表示されていた。
「このように情報屋から購入した時点で、その出版社に所属する生徒には同じ情報がオープンされマス」
「それって……何でもないです。続けてください」
担任の補足を聞いた椿が疑問を口にしようとしたが、この場での発言は控える選択をした。
ルールを見る限りクラス内でも争う可能性があり、Cクラスがどういう方向で試験に挑むのかを決めるのは自分の役目ではないと思ったからだ。
極論を言えば、椿はクラスの勝ち負け――というよりも学校生活そのものにそこまで関心がなかった。
「このコメント欄は何に使う、んですか?」
「情報屋は1回だけフェイク情報を売ることがデキマス。その時に有効活用してくだサイ」
「有効活用……か」
質問の回答を受け宇都宮は考えを巡らせていく。
その傍らで井口がハッとして声を上げた。
「つまりさっきのトクくんみたいに考えなしに購入するのは危ないってこと?」
「いやいや、練習なんだから買わなきゃ始まんないと思うじゃんか。てか、そんな重要事項はちゃんとルールに明記してくれよー」
「プラクティスのこのタイミングでレクチャーするプランデシタ。そういう意味ではMr.シントクはナイスアクションだったと言えマース」
「ほら、聞いたかみんな」
「トクくん、それ褒められてないと思うよ?」
「だよなぁーわかってた」
井口と新徳のやりとりに、一部を除き教室は笑いに包まれた。
「では、次のステップ④『編纂時間』デス。編集のMr.シントクは、語り部から好きな章を購入してください。今回はすでに『アポイント』がナッシングですが、プラクティスですので無料で購入できるようにしておきました」
「もうトラップはないよな。まぁ今回は全部購入する以外の選択肢ないし、大丈夫か」
そう言って新徳は端末を操作するが、画面には何も映らない。
「あれ……なんか間違った?」
「ナイスなフラグビルドデス。Mr.シントク」
「あちゃー、また嵌められたかぁ」
担任の笑みを見て察した新徳が指で頬をかく。
「この『編纂時間』は、『編集』が特別棟に移動し『語り部』から購入シマス。遠隔で購入できないようにお互いの端末を近づけないと表示されないようになっていマス。Ms.ツバキ、Mr.シントク、レッツチャレンジ」
指示通り2人が端末を近づけると
語り部『ツバキ サクラコ』
1 むかし、むかし、あるところにおじいさんとおばあさんが暮らしていました:『起』
2 犬がきびだんごをひとつもらって、桃太郎のあとから、ついていきました:『承』
3 こうして桃太郎は鬼を退治しおじいさんとおばあさんの待つ家に帰り、みんなで幸せにくらしました:『結』
と表示された。
「今回Mr.シントクの出版社はMs.ツバキの『情報』を全て得ているのでこのように表示されマースが、例えば何も得ていなかった場合は数字オンリーデス。ただその場合でも購入はできますのでデスティニーを信じてシックスセンスで購入するのもイイかもしれませんね」
「やっと購入できる」
新徳は1、2、3と選択後、表示されている購入ボタンを押した。
すると、椿の画面からは物語の表示が消え、新徳の出版社の画面に表示される。
「先生、語り手は売りたくない相手に売らないってできるんっすかです?」
「それはデキマセーン」
「もし購入希望者が被ったらどうするんですか?」
「購入画面が表示されるのは1組だけデス。画面表示の有効範囲内に編集が複数人いても操作が早かった1人の画面に対象の語り手が表示されます。仮に同時だった場合は、コンピューターによるランダム抽選デス。ただし、購入画面は30秒しか表示サレマセンので、編集が購入しないまま放置して他の編集が購入できなくするような妨害はインポッシブルデス」
「それを聞いて安心したっすです」
質問をした波多野の頭の中では、その手の妨害を嬉々として繰り出してくる宝泉の姿が浮かんでいた。
実際のところ、編集の人数は各クラス最大3名で、語り手の人数はそれなりの人数になるはずであるため妨害策としては弱い。
波多野もそのことは分かっていたが、疑問は残さず、僅かでも可能性があるなら確認する。そういう視点の大切さは生徒会で学んだこととして大事にしていた。
「デハ、ファイナルステップの⑤『出版時間』に進みまSHOW。作家のMr.ハターノは編集が購入した章を最大4つまで選んで、起承転結の順番に並べてください」
「今回は3つしかないっすから、残り1つ……転の章を空白にして、作家が自分で描くってことっすね」
「パーフェクト」
「この物語は桃太郎で間違いないと思うっすけど、転の部分っすか……。ちなみに、どのくらいの文字数を書けばいいんっすかです」
「『転』の章だと判断できればオーケーデス。たくさん書いたからといって加点などはアリマセン。むしろ、うっかり次の章の箇所まで書いてしまったら減点対象デス」
「了解っす」
それならと波多野は端末を操作し、文字を打ち込んで決定を押す。
転:『いよいよ戦いが始まった』
「作家が決定を押した時点でその出版社の試験は終了デス。全ての出版社が出版を完了するか、終了時間になるまで待機となりマス。今回はこのまま結果発表の⑥『決算時間』に進みマス。各自携帯端末から確認してくだサイ」
担任の話に合わせて、画面には『決算』のアイコンが現れ、それをタップすると――。
【結果】
出版失敗
【理由】
『転』の章がなかったため
と表示された。
「Oh、これが本番ならMr.シントクは退学デース」
「波多野ぉ、勘弁してくれよー。さすがにあれじゃ無理だって」
わざとらしく哀しそうな表情を作り、茶化すように笑った新徳だったが、波多野は真剣な表情のまま、考え込んでいた。
「先生、すみませんが、もう1回できませんか、っす」
「残念ですがプラクティスはワンチャンスのみデス」
「気にしなくて大丈夫だよ、波多野くん。退学になるのトクくんだし」
「イグっちの言う通りだぜ。っておい」
「冗談じゃん」
「まぁ、さっきはああ言ったけど俺もたくさんミスったからさ、練習だし仕方ねーよ」
思い悩むような表情の波多野を見て、自分たちが思うよりもミスを気にしていると考えた新徳たちがフォローを入れる。
だが、波多野の考えは別のところにあった。
「だったらプライベートポイントで練習する機会を売って欲しいっす」
「それならデキマスが1回10,000ポイントデス。どうしマスか?」
決して安くない価格を提示され、誰もがやめるだろうと思う間もなく
「払うっす」
波多野は即決した。
「波多野、そこまで俺のことを……」
練習とは言え退学になった自分のためにと捉えた新徳は感動していたが、もちろん波多野にそんな意図はなかった。
否定しても空気が悪くなるのでとりあえず笑顔を向けて流しておき、手早く携帯を操作して指定された宛先に入金を済ませる。
「入金の確認ができました。デハ、⑤『出版時間』のリトライをドウゾ」
改めて波多野が作成した文章は
転:『いよいよ鬼との戦いが始まった』
と、先ほどとあまり変わらない文章だったため、クラスメイトたちも少し困惑する。
結果は1回目と同じ理由で失敗に終わる。
「Mr.シントクは再び退学デース」
「Oh……」
だが、波多野は止まらない。
「もう1回お願いしますっす」
「おいおい、俺のライフはとっくにゼロだぜ」
新徳の訴えを余所に波多野は追加で入金し、3度目の挑戦。
蛮行とも思える様子にクラス内がざわつき始めた。
転:『いよいよ桃太郎と鬼との戦いが始まった』
そんな中波多野が書いたのは相変わらず簡潔な文章だったが――。
【結果】
出版成功。作品名『桃太郎』
【売上】
100,000円
「コングラチュレーション。このように出版が成功した場合は売上が表示されマス。その後、出版社ごとの売上のランキングは、この電子黒板に表示しますので、出版社の名前もちゃんと登録しておいてくだサーイ」
やっと出版ができたことでこれ以上波多野が無茶をしないことが分かり、クラスメイトたちもほっとする。
「他に何か質問がなければプラクティスは終了デス。ホームルームの残り時間はミーティングタイムでドーゾ」
そう言って担任は教室隅にある教師用の席へと座った。
「えーと、とりあえずどうする?」
新徳が席につきながら波多野へと問いかけたことで、クラスの注目は波多野に向けられた。
「まず話を進める前に、今のルールを聞いて疑問や不明点がある人がいれば解消しておきたいっす」
「じゃあ疑問っていうか、波多野くんのさっきのやつは何だったのか気になるかな」
波多野の投げかけに滑川あずきが小さく手を挙げて口にした。
「あーそれ私も気になった。ナイス、アズアズ」
滑川に向けて井口が親指をたてる。
「あれはちょっと検証をしてみたっす」
「検証?」
「作家がどのくらい書けばいいのかのボーダーラインを確かめておきたかったってことっすね」
「んー……?」
滑川は首を傾げたが、いまの説明でわかった生徒とわからない生徒は半々ぐらいだった。
「1回目はあえて『転』で戦闘が起こる物語なら何でも当てはまるような書き方にしてみたんっす。もしこれが成立するなら作家の負担は減るし、試験の難易度も下がるっす」
「あー、なるほど。いざという時に当てずっぽうで書けるかどうか判別してたってことかぁ」
「そんな感じっす。実際『転』で戦いが始まる物語はたくさんあるはず。でも認められなかったってことは幅広い書き方じゃダメで、その物語をある程度特定できる要素がいるのかもしれない。そう思って2回目は鬼を入れてみたっす」
「ふむふむ」
「それでも結果はダメだったっす。だから3回目は桃太郎を入れて、確実にその物語の章だと分かるようにしたっす」
「そしたら成功したってわけだね。じゃあ作家が書く時は必ずその物語だと特定できるようにしなきゃってことなんだ。そこまで考えてたなんてすごいよ、波多野くん」
「物語が特定できる固有名詞を入れる、というのが仮説のひとつっすね。ただ一概にそうとも言い切れないんっす」
「え?」
「さっきの『起』の文章に注目して欲しいっす」
「よくある始まり方だけど……あっ、そっか」
「この文章はおじいさんとおばあさんが登場する物語ならすべてに当てはまるはずっす」
「よく分かんなくなってきた。作家が書いてない時は幅広くても大丈夫とか?」
「その可能性もあるっすけど、あえてあの一文を例に出したのは学校側の意図があるのかもしれないっす。だから、『起』の文章と『転』のダメだった文章を比較する必要があるっす」
「それでそれで」
思いの外、深い意図があった行動だったと分かり関心を寄せる生徒は滑川だけではなかった。特別試験の攻略が進んでいる感覚に他のクラスメイトも前のめりで傾聴する。
「可能性の域は出ないっすが、主語の有無なんじゃないかと思うんっす。先生に質問した時も文字数を聞いたのに『転の章だと判断できればOK』って返答をいただいたっす。その言葉通り受け取るなら、最初に書いた転の文章『いよいよ戦いば始まった』でも、何かの物語の『転』であることに違いはないっすよね。だけど成立しなかった。ということは判断できる基準を満たしていなかった、ということだと思うんっす」
「おー!つまり、大事なのは固有名詞じゃなくって、主語を必ず入れるようにしなきゃってことか」
「正確に言えば、主語と述語が必要、なんだと思うっす。でも、100%そうだと決めつけるのも危ないっすから、作家になった人は可能な限り、その物語の固有名詞も入れたら安心っす」
波多野の出した結論に感嘆の声が上がる。
「これはすげえ気づきなんじゃないか。他のクラスの奴ら気づいてないって」
「ね!やっぱり波多野くんに任せればこの試験勝てるよ」
「クラスのために2万ポイントも払ってくれるなんて……」
勝利ムードが漂い始め大半の生徒がその気になっていたが、波多野はもちろん、宇都宮や椿など一部の生徒はそう楽観的にはなれなかった。
加えて違った意味でこの状況を面白く思わない人物もいる。
「いやいや、お前らさ、そんな簡単な話なわけないだろ」
「なんだよ、デンヤ。いつもの嫉妬か?」
デンヤと呼ばれた生徒はこれまで何かと波多野に対抗心を燃やしていたため、クラスメイトたちからまたかと半分呆れた反応が返ってくる。
「ちげーよ。さっきのアイツの検証が本当ならもっと警戒が必要だろって話だ」
「どういうことだよ」
「さっき先生から提示されたルールが全てじゃないってことだ。今の作家の話みたいに説明された以外にも細かく裏のルールが定められてて、それを見抜いて戦えるかどうかが勝敗の分けれ目だ」
「うっ……デンヤにしてはまともな意見じゃん。腐っても学力Aってか」
「えーと、せんせー、そこんところどうなんですか?」
「カタギィナイス」
デンヤの意見が正しいかどうかは本人に聞けばいい、とカタギィと呼ばれた男子生徒は担任に問いかけた。
「ティチャーはノーコメントデース」
「まぁそれってほぼほぼ答えだよな」
「アイドントノウデース」
明言を避けた担任の様子から、デンヤの仮説が正しいのではないか、とクラスメイトも考え始める。
「自分もデンヤくんの意見は正しいと思うっす。それを洗い出すための疑問解消でもあるっす。他に疑問がある人はいないっすか?」
不安の色が見え始めたことを察した波多野は話をまとめ、先に勧める。
「えっとじゃあよ、作家は結局自分で書いた方がいいのか。4つ選べるなら4つ選んじゃった方が安全だと思うんだけど」
これまで様子を見ていた倉地が尋ねる。
「単純なメリットとしては、物語の購入数を抑えられればその分、プライベートポイントが増えるっす。ただ、そう都合よく購入できるとも限らないっすから、買えない時や、あえて買わない時に備えて基本的に書くつもりでいた方がいいかもしれないっす」
「あえて買わないとき?」
「これもルールに明記されてないっすけど、情報屋が『誰がその物語を取材していたか』か『編集がどの物語を購入しているか』の情報を販売できるなら、その出版社がどの物語を狙っているのか分かると思うんっす。そうなった場合、編集は他の出版社が揃えるのを防ぐために自分たちが作ろうとしている物語以外も購入する必要が出てくる。だからその物語の購入を狙っているようにみせて作家に書いてもらえば、他の出版社は無駄にアポイントを消費してくれるってわけっす」
「うげぇー、結構心理戦みたいなところあるわけだ。え、この試験結構難しいんじゃないか?」
「だからそう言ってんだろ、クラナオよぉ」
あまり真剣に考えていないことが分かる倉地の反応に苛立ったデンヤが声を荒げる。
「まぁまぁ、だったらさ、編集って滅茶苦茶重要だね……。どれを買って、どれを買わないかを臨機応変に対応しなきゃじゃん、私、出来る気がしないよ」
滑川がデンヤをなだめる様に意見を出す。
「トクくんが良い例だったように、考えなしだと詰むよね」
「おいおい、ならお前やってみろって」
「私だって退学は勘弁だよ」
「てか、やりたいやつなんかいるのか」
退学の言葉が頭をちらつき、編集のなすりつけ合いを始める一同。
「そもそも何社作るか、からじゃないか」
そんな様子を見てか、ここまで静観していた宇都宮が口を開く。
「え、3社じゃないの?多い方が有利だし」
当然じゃないと井口が答える。
「いや、戦略次第だな。3社ならそれだけ高い売上の出版社が出る可能性が上がるし、どこかがミスっても他でカバーできる。だが、クラスを3つに分けるということは1社あたりの記者の数が減るということだ。1社に人員を集約することで情報の密度を上げ、手持ちのアポイントも増やすことで、高価格の物語の完成を目指すのも手だろう」
「なるほど」
宇都宮の説明を受け、井口が頷く。
だが、頷くだけで結論は出ないため、波多野を見て問いかけた。
「……だそうだけど、どうする波多野くん」
再び波多野へと注目が集まる。
「退学の可能性がある以上、無理矢理指名するものじゃないと思うっすから、希望者を募ってその人数次第で戦略を決めていく、っていうのでどうっすか」
戦略よりも心情を優先した波多野の提案にクラスメイトは頷く。
立候補制であれば少なくとも波多野が名乗り出るため、自分たちに退学のリスクはないと考えたからだ。
「それじゃあ希望者は挙手をお願いするっす」
波多野の問いかけに沈黙するクラスメイト。
ただ、そんな展開は予想で来ていたのか、はたまた最初からそうするつもりだったのか、誰も名乗り出ないことを確認し波多野が勢いよく手を挙げた。
「至らない点はあると思うっすが、自分、編集に立候補するっす」
起立し、頭を下げた波多野に対し、クラス内で拍手が起こる。
「ありがとうっす。1位になれるよう頑張るっす。他には――」
波多野が半ば形式的に他の立候補の確認を取ろうとした時に、静かに挙手する生徒が現れる。
「俺も立候補する」
険しい表情をした宇都宮だった。
普段から鋭い目つきではあるが、いまはより一層凄味が増していた。
「おぉ、宇都宮もやるなら百人力だな」
「いいじゃん、いいじゃん。頑張って2人とも」
学力も身体能力も高水準の宇都宮は、波多野と並んでCクラス内で一目置かれた存在。
反対意見は出るはずもなく、クラスはより盛り上がる。
だが、そのことも含めて宇都宮には不快だった。
「少し他人任せが過ぎるんじゃないか?」
静かに発せられた宇都宮の声は不思議と教室の隅まで届き、多くの生徒が息を飲んだ。
「分かっていると思うがこの試験は編集だけじゃ勝てない。むしろ、他の役職のミスが編集を退学にする恐れだってある。そのことを自覚して欲しい」
「宇都宮くん……」
椿は少しだけ気が引ける想いだった。
宇都宮は波多野だけに負担をかける現状の注意喚起のために、自ら退学のリスクを背負って立候補したのだろう。クラスを想って正しい道へと導こうとしている。
それに対して自分はどうだろうか。元々高校生活を充実させるつもりはなかった。というより、自分だけ学校生活を楽しむことが、椿には罪深い行動のようにさえ思えている。
だが、クラスを蔑ろにする行動は、つまり自分が気に入らない連中と同じ行為ではないだろうか――。
そんな葛藤を抱き、自分も立候補すべきか迷っていると
「俺もやってやるよ、その編集ってやつ」
「デンヤくん、いいの?」
「アイツばっかりに良いかっこさせんのも面白くねーからな。宇都宮の言う通りだぜ。このクラスで一番が誰かってのを証明してやるよ」
宇都宮と違う部分でいらだっていたデンヤも名乗り出た。
と、同時にホームルーム終了を知らせるチャイムが鳴る。
「Mr.ハタノとMr.ウトミヤも編集希望ということデスカラ、3人揃いましたネ。残りの役職は期限までに各編集を中心に決めておいてクダサーイ。シーユーアゲイン」
担任はそうまとめて足早に退出していった。
「部活動がある人もいると思うっすから、今日はこれで解散して、明日朝から話し合う形にするっす。一度家に帰った後どの役職をやりたいか各々考えて来て欲しいっす」
そうして3人の編集だけ決まったところで、1年Cクラスのホームルームは終了した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――ということがあって今度特別試験があるっすけど、もちろん、綾小路先輩達に迷惑をかけるわけにはいかないっすから、夏に向けての準備も怠るつもりはないっすです」
放課後。月城から呼び出しを受け、新しい勝負内容に合意した。
その後、早速ではあるが、夏の無人島試験に向けて、どんな戦略カードの提案をするか、オレと一之瀬、波多野の3人で打ち合わせしようとカラオケの個室に集まっていた。
そこで波多野から告げられたのは1年生に課せられた退学のリスクのある特別試験の実施の話。
「これって……」
試験の概要を聞いた一之瀬は表情に出さないが、ある可能性に気づいた様子。
「どうしたんっすか?」
「ううん、何でもない。立て続けの試験で大変だと思うけど頑張ってね」
「はいっす!生徒会の一員として誇れる成績を収めてみせるっすです」
「うんうん、その調子だよ!そうだ、綾小路くん。流石に今日は波多野くんも戦略を練りたいだろうし、打ち合わせは次の機会にしない?」
「そうだな。こっちはまだ時間もある。ここで無理をする必要はない」
「そ、そうっすか?……じゃあ今回はお言葉に甘えさせてもらうっすです」
「私たちはせっかくカラオケに来たし、何曲か歌って帰るね!」
そう言ってマイクを手に取り、オレのすぐ隣にスッと座る一之瀬。
「はっ、理解したっす。自分はクールに去るっす。お疲れ様でしたっす」
一之瀬の誘導に乗せられ誤認した波多野は慌てて退出した。
一之瀬が念を押しただけあって、いつもの波多野なら無理してでも残ることを選ぶ可能性もあった。すんなり帰る決断をしたのは、今度の試験に思うところがある証拠か。
波多野の姿が見えなくなり、少ししたところで、一之瀬は口を開いた。
「ねえ、綾小路くん。さっきの試験、私には別の目的があるような気がしてならなかったんだけど……考えすぎかな」
「現状では何とも言えないが、タイミングがタイミングだけに一之瀬の考えも理解できる」
一之瀬が言いたいのは、このストーリーテラー試験が波多野を退学させるために作られたものではないか、という推理。
「普通ならあり得ないって思うんだろうけど……」
言葉を濁したが、学校側にはオレの退学を特別試験にしている前科がある。
今回の標的が波多野になってもおかしくはない。
そしてなにより
「動機も十分だしな」
戦略カードの提案ができるのは生徒会役員だけ。
各学年2人ずつという話だったが、仮に波多野が退学になった場合はどうなるか。
総数が1枚減るだけならまだマシな方。唯一の1年役員となった八神が2枚決める権利を得る可能性は十分考えられる。
月城と無人島試験での勝負に合意した途端の出来事だ。
平等な条件を提示しこちらの合意を引き出して、その後、波多野を退学にすることで、あちらに圧倒的有利な状況を作り出す戦略だと嫌でも結びつけたくなる。
その視点で見れば、万引き事件の調査はオレがこの試験に介入し波多野の退学を阻止する時間を削るためだった、とも考えられるか。
「どうする?綾小路くん」
元々誰であっても退学になることを良しとしない一之瀬だが、対象が生徒会役員ともなれば、その想いはひとしおだろう。
この前のオレの時がそうだったように、自己犠牲を厭わず、無茶をしてでも救い出しかねない。
「実際のところ、波多野が話したルール通りなら、余程のことがない限り退学者が出ることはない」
「そう、だよね……」
理解はできても納得はできない、そんな感情の籠った相槌。
余程の行為をやってくる月城の存在が一之瀬を不安にさせているのだろう。
「あくまで推論だが、今年の1年は最初からSシステムの説明を受けていた。その影響で、オレたちの学年、特に当時のDクラスが5月に味わったこの学校の洗礼――通過儀礼のようなものを受けずにここまで過ごしている。今回の試験は1年生この学校の過酷さを認識させるための代替案、そう捉えている」
現に波多野も生徒会活動よりも次の試験を優先したように、特別試験に対する認識は変化している。
「うん」
「この学校で1年間戦い抜いたオレたちなら、勝つための戦略、裏のルールや抜け道の想定、他クラスの動向で注意すべきこと、そのあたりをアドバイスすることはできるだろうな」
「そうだね」
「だが、それは1年生の成長機会を奪うことでもある」
人のために行動する一之瀬に効く言葉を選ぶ。
「でも……ううん、その通りだね。ちょっと過保護だったかも」
「ああ。時には見守ることも大事だと、オレは先輩たちから学んだつもりだ」
それでも退学になるよりはいい、そんな思考が拭えないでいることも見て取れる。
「それに万が一、学校側に一之瀬の想像する別の意図があるとわかった時は、生徒会として学校に抗議することを約束する」
だから勝手に無茶はしないで欲しい、という意図は口にせずとも伝わる。
そして大事な一言を忘れてはいけない。
「もちろん、その時は一之瀬にも手伝ってもらいたい。お願いできるか?」
「うん。その時は喜んで協力するよ。……はぁ、やっぱり綾小路くんには敵わないな」
やっと一之瀬に笑顔が戻ったことで、思考のリソースを今後の予測にあてる。
月城の意図。
刺客や南雲の動向。
波多野を救うか否か。
それによる無人島試験の攻略方法の変化。
あらゆる予測からいくつかルートを選んでいく。
そうしてオレはこの1年生の特別試験での行動を決めた。
結論だけ述べるなら――静観だ。
特別試験を作るって大変ですね……。次もなるべく早く更新できるよう頑張ります。
Cクラスの担任は完全にオリジナルですが、新規(?)で出てきたCクラスの生徒は原作でも名前が確認できる人たちを採用しました。