ようこそ実力至上主義の生徒会へ   作:まぐまれむ

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ひとりとたくさん

『各自所定の位置へ移動するように』

 

教室のスピーカーから試験監督の指示が聞こえてきた。

 

1年生の特別試験、ストーリーテラー試験がまもなく開始される。

 

日常生活では味わうことのない、独特の緊張感。

テストや部活動の大会で感じるものとは似て非なるもの。

前回は2年生と合同であった上に、ペアさえ決まってしまえば、あとはただの筆記試験だったこともあり、1年生にとって今回が体感としては初の特別試験とも言えた。

 

そんな未知への戦いに対する高揚や不安はもちろんのこと、結果次第でクラス順位が変動し、日々の生活の質、将来の進路にも直結するだけに、どうしても重圧はある。

中でも退学の可能性まである編集を担当する生徒にとっては平静を保てという方が酷な状況。

 

1年Cクラスはそれに加え一抹の不安を抱えており、その影響が如実にクラスの雰囲気に現れていた。

 

「みんな大丈夫っす。今日までしっかり準備をしてきたんっすから自信を持って戦うっす」

 

波多野も例外ではなく退学のプレッシャーにさらされていたが、クラスリーダーとしてそんな姿を見せるわけにはいかない。不安を闘志で塗りつぶし精一杯明るい声を上げた。

 

「でもよ、波多野ー。結局、Bクラスとのこととか決まってないしよー」

 

だが、その甲斐虚しく普段はお調子者の新徳ですら弱気の返答しかできない。

それは新徳だけでなく、八神が訪問してきて以来、その不安を解消しきれなかった大半の生徒たちも似たり寄ったりだった。

 

「チッ、八神の野郎、何が協力関係だ。妨害工作の間違いだろ」

 

クラスの雰囲気をみてデンヤが嘆く。

 

「Bクラスとの判断は自分に任せて欲しいっす。責任は自分が取るっすから、みんなは自分の仕事に集中して欲しいっす」

 

それでも真っ直ぐに想いをぶつける波多野の姿勢に感化され、できるだけ気持ちを切り替えようと試みるクラスメイトたち。

判断ミスが宣言通り退学という形で責任を取ることに繋がる波多野の言葉はそれだけで響くようだった。

クラスメイト達も出会って間もない仲ではあるが、リーダーである波多野や実力者の宇都宮はもちろん、デンヤにだって退学になって欲しくはない。

 

「Bクラスと組むか組まないかで記者の動きも変わってくると思うが、その点はどうする?」

 

手を組む場合、Bクラスの語り部に取材するとアポイントの無駄になる可能性があるため、認識を揃える目的で宇都宮が波多野へ質問を投げかける。

 

「Bクラスから情報共有を受けたとしても裏取りは必要になるっす。だからBクラスとのことは一旦気にせずに、まずは各自必要だと思った人に取材をお願いするっす」

 

「了解した」

 

波多野の指示にクラスメイト達は頷く。

 

取材対象を事細かに決めておく戦略も考えたが、決めすぎることで想定外の事態に弱くなる方がリスクだと判断した。

結局、蓋を開けてみないと試験の全貌も他クラスの戦略も読むことはできない、と。

 

「時間が迫っている。各自すみやかに移動するように」

 

教室の隅である程度動向を見守っていた試験監督から催促の声がかかる。

 

語り部は特別棟の指定された部屋へ、情報屋は情報室に移動となる。その間、教室に残る編集や記者、作家は机を運び出版社ごとに島を作り、パーテーションで区切って試験の準備を整えていく。

 

次に全員が教室に集まるのは試験終了後。

不安はまだあるが、それでも初めよりは軽くなった。

覚悟を決めて各々が歩みはじめた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

特別棟の教室が特別試験仕様――と言っても違いは普段置いてある机が撤去されているぐらいだが――になっており、各クラスの語り部が4つの教室に割り振られていた。

 

その中の一室にCクラスの椿の姿があった。

波多野、宇都宮と主力生徒がほとんどの時間を編集として教室で過ごすため、特別棟の状況を把握できる人間が必要だと思ったためだが、椿自身積極的に動くつもりはなく、あくまで念のための保険ぐらいの気持ち。クラスのことに協力的になったかと言われれば、まだ本人も気持ちの整理はできていない。

いや、深い所を紐解くのであれば、自分の知らないところで取り返しのつかないことが勝手に起きる、それだけは嫌だった。

 

教室には椿の他に11人の語り部がいる。

試験開始までは自由に話せるため、基本的にはクラスの仲間で他愛のない会話をしながら気を紛らわせている様子。

椿は誰かと過ごすわけでもなく、携帯に目を落とし、時折周囲を観察しながら、やはり自分の考えは杞憂だったのだろうと思い始めていた。

 

「……?」

 

何事もないはずの教室の様子を見て、ふと疑問が浮かんできた。

教室にいる生徒たちにおかしいところはない。

こっそり策を弄しているわけでも、会話による誘導もない、どこにでもいる普通の高校生が緊張しながら開始を待っているだけ。

だが、微かな違和感が拭えない。

 

自分を除くCクラス生は2人いる。

現在教室の真ん中あたりでしゃべっている男女がそれだ。

入学から2か月経とうとしている現在、まだ一言もまともに言葉を交わしたことはないが、それでもクラスメイトだということは流石の椿でもわかる。

 

問題は他クラス生。

 

自分が興味を持たなかったことも原因ではあるが、他クラス生から見た自分がそうであるように、あまり印象に残らないような生徒はどこのクラスの所属かもわからない。

OAAは特別試験中使用できなくなっており、裏で確認もできない。

たとえ勇気を出してCクラス生と初の会話を試みたとしても、ちょっと聞き耳を立てれば話の内容を聞き取れる空間であるため内緒話をするのは難しい。下手に聞かれて他クラスへの手助けになる可能性があるなら他の手段を取るべきだろう。

 

仮説を立てても決定打に欠け検証できない。

普段からもう少し周りに興味を持ち、友好的に接しておくべきだったかもしれない。そんな入学前では考えられないような反省が椿の中に生まれ、それは気の迷いだと心の中で首を横に振る。

入学した目的が予想に反して早くも達成の目途が立ってしまった。そのため学生生活を捨てるつもりでいた椿にとって、良くも悪くも計算が狂っている。

正直、自分一人の力でどうにでもできる自信が少なからずあった。ここ最近、それが驕りだったと感じずにはいられない。

 

椿が違和感を解消できないまま、無情にも試験開始のアナウンスが入り、自分の携帯端末を確認するように指示された。

 

ここからは①『準備時間』だ。

椿も一旦違和感を頭の隅に置き、携帯端末を操作する。

練習の時と同様、ステータス画面には『1』『2』『3』と書かれたカードが表示されていた。

取材されるまで自分がどんな物語を持っているか知ることはできない。

 

知ることができればハンドサインでクラスメイトの記者に情報共有ができる。

つまり理想は他クラスから取材を受け、物語の質を確かめてから自クラスに取材させるかどうかを判断し伝えること。

ちょっとしたことだが、アポイントを節約するためCクラスの語り部と記者はなるべくその順番で自クラス生を取材する方針になっていた。

 

しばらくして再びアナウンスが入り、②『取材時間』になることが周知された。

程なくして記者役の生徒たちが入室してきた。

 

椿はその中に新徳の姿を見つけると手招きをする。

作戦の性質上、スタート直後は用がないはずだと不思議に思いながらも、椿は無視して怒らせたら恐そうな女子だなと新徳は素直に近づいていく。

 

「新徳君にお願いがあるんだけど、ちょっと他の教室を回ってきて確認して欲しいことがあって」

 

「今、試験中だぞ。そんなに大事なことなのか?」

 

「……気にしすぎならいいんだけど、もし予想が当たってたらこの試験一波乱あるかもしれない」

 

「なんかマジっぽいな。わかった、詳しく聞かせてくれ」

 

珍しく真剣な表情で訴えてくる椿を見て新徳も了承する。

 

「そこの2人、進行に関係ない話なら慎むように」

 

「あ、はい、ちょうど今から取材するところッス。ちょっと操作わかんなく手間取ってました」

 

教室の隅に立つ監督官から指摘を受けて慌てて取り繕う新徳。

不正防止のため、事細かに動向を見られているようだ。

 

下手な私語はペナルティ対象になる可能性もある。

携帯端末を取り出しながら「どうするよ?」と目で訴える新徳。

 

椿は逡巡したが結論は変わらない。

 

「語り部がたくさんいて記者は大変だね。他の教室はどのぐらい語り部がいるんだろ」

 

監督官に目を付けられたため他愛のない会話を装って新徳に「お願い」する。

あとは新徳が気づくかどうかだが……。

 

「んじゃ、取材も完了したし、次の教室に向かうとするか」

 

どうやらこちらの希望は伝わったらしいと椿は安堵した。

そして新徳からの報告を待つ間は試験の方に思考を割り振る。

 

成り行きで自分の所持している章が判明したため、改めて目を通してみる。

 

①吾輩は猫である。名前はまだない。

 

②その変に熱いほど緊張した手で、私は不意に、そのレモンを画集の積み重なりの一番上へ、そっと置いてみた。

 

③ 「料理はすぐできます。ぜんぜん待たせません。すぐできます。注文の多い料理店ですから、どうかそこはご承知ください。」

 

案の定、練習で出てきた桃太郎のようなわかりやすい作品ではなかった。

だが、これはこれで悪い引きではないように思える。

 

①は誰もが知っているであろう小説の冒頭。確実に「起」である。

②はよくわからないがレモンというワードがキーになっていれば、他の章にも登場するかもしれない。

③はタイトルが回収されている分、どの小説の一文かは明白。問題はどの章なのか。

 

恐らくだが、作品がある程度判断しやすい一文が採用されているのだろう。

他の語り部の所持文章も似たようなレベル感なら起承転結を揃えるのは難しくなさそうだ。

 

問題は、順位の決め方だ。

ルールでは、出版した本の売り上げが高い順にとあったが、売り上げはどんな要素で決まるのか。

もちろん、同一作品の章を4つ選んだ方が売り上げは高いのだろう。

だが、どの出版社も完璧に物語を完成させたとしたら、どう勝敗を付けるのか。

 

クラスでもこの議論は行われたが、売上と表現されている以上、人気の小説なら順位は高いのでは?という可能性が挙げられたのみで、明確な結論は出なかった。

 

仮にその仮説が当たっていたとしてこのラインナップでどれが人気かを意識しながら、「起承転結」を揃えるのは至難の業。

結局は揃えることができそうな作品の中から選んでいくしかない。

 

特にクラス方針が『クラス内で章を集めて完成させる』であるため、選択肢は限られてくる。

ひとまずクラスメイトの記者には自分を取材するように伝えようと決めて、新徳の帰りを待つ。

 

他の記者たちも次々と取材を開始しているが、今のところどの生徒にも妙な動きは見られない。

 

このまま何事もなく試験が進行していけばいいんだけど、と椿が淡い期待を抱いたところで、新徳が何とも言えない困惑した表情で再び入室してきた。

 

椿の脳裏に微かに戦慄が走った。

 

直接会話をすると反則になりかねないため、新徳は監督官に見えないようハンドサインを出す。

 

『A』『1』『D』『3・3・3・3・3……』

 

元々ハンドサインは必要最低限の単語しか用意していないため、新徳なりの工夫が見られる。

 

そして椿はそれで十分に状況を把握できた。

 

Aクラスの語り部は1人。

逆にDクラスは『3()』がいっぱいだから『たく()()』ということだろう。

 

それはつまり椿の嫌な予感が的中したことを意味していた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

同時刻、1-Aクラスの教室。

Aクラスは出版社を2社作っているため、人数分の机を合わせて2つの島が作られていた。出版社の間はパーテーションで区切られているため、お互いの動きは見えず、仕切り越しに聞こえる音量での会話は禁止されていた。

現在は記者が取材中で留守のため、作家と編集が滞在しているのみ。

40人のクラスが4人になっているのだから、教室内は静けさに包まれそうなものだが、そうはならなかった。ひとつの出版社は作家を天沢が務めており、編集のクラスメイトと注意されないギリギリの声量で他愛のないおしゃべりを続けているからだ。

もう一方の出版社は対極的で私語もなく静かにしていたが、情報屋の情報を買い集めていた編集の高橋修が自分たちの戦略が上手くいっていることを確信し、作家の石上京に話しかける。

 

「今頃、他クラスの奴らは驚いているだろうな。京もえげつねえ手を考えたもんだぜ」

 

「試験に勝つために当然の選択をしただけだ」

 

フレンドリーに話しかける高橋に対し、表情一つ変えずに淡々と返答する石上。

高校生活が始まって2か月が経とうとしているが、石上のこういった態度からクラスメイトは近寄りがたい生徒だと感じていた。

 

「当然ねぇ……。俺は京が指摘するまで全然考えもしなかった。マジな話、どうしてわかったんだ?」

 

「試験名の『ストーリーテラー試験』に注目すれば答えは見えてくる」

 

「あー……何か気にするところあるか?」

 

だが高橋としては、石上は自分から積極的に話すタイプではないが、聞けばちゃんと答えてくれるため、ちょっと会話が苦手な性分なのだと解釈していた。

だから今回の戦略が上手くいけば、クラスメイトからの石上への評価も一新される。優秀な生徒が多いが故に、未だ明確にリーダーが決まっていないAクラスを導く存在になる、そう考えていた。

こうして話しかけているのもその布石に他ならない。

 

「大事なのは『ストーリーライター試験』でも『ストーリーエディッター試験』でもないことだ。あえて試験名になっている『語り部』に何かあると考えるのが普通だろう」

 

「そうか?……そうかも、うん、確かにそうだな!」

 

わかったのか、わかってないのか、高橋本人も曖昧だったが、せっかく解説してくれている石上を立てるため明るく肯定した。

 

「いくつかパターンは考えられたが、悪くない結果だ。これで他クラスを相当追い詰められる」

 

「追い詰められるっていうより詰んだんじゃないか?これに気づいて、しかも現場判断だけで対応できるヤツが居るとは思えないんだよなー」

 

「それは早計……いや、早計であって欲しい。異常事態が起きた際の対応ぐらいどのクラスも考えている、と信じたい」

 

「ま、そうだよなー。このままAクラスの圧勝じゃ、3年間張り合いがないしな」

 

石上の真意はともかく、ポジティブに捉えていく高橋。

その裏で何やら大きな笑い声を上げていた天沢が監督官に注意をされていた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

所変わって、1年Dクラスの教室では普段よりも穏やかな空気が流れていた。

 

出版社が1社しかないこともあるが、たとえ記者が戻ってきたとしても、Dクラスが選出した記者の人数は4人。大した変化はないだろう。

 

穏やかな一番の理由は、何と言っても学年でトップクラスの問題児、宝泉がこの場にいないことが大きい。

圧倒的な力でクラスリーダーの座につき、完全にクラスを掌握した宝泉。

そのためこの試験の戦略、方針も宝泉の独断で決定し、実行することとなった。

 

「七瀬さんはさ、なんて言うか唯一宝泉君に意見できる人じゃない?」

 

作家の十手がそっと話しかける。

 

「宝泉君は少し暴力的な一面もありますが、有益な話であればちゃんと耳を傾けてくれますよ」

 

「あれを少しで済ませられるのが凄すぎ」

 

不思議そうに首を傾げる七瀬に十手は半分呆れ半分憧れた。

 

「そんな七瀬さんが反対しなかったってことはこの作戦って勝算高めなの?」

 

退学が掛かっている試験で、宝泉の出した方針はリスキーなものに見えた。

 

「そうですね……」

 

七瀬は少し考える。十手の言う勝算と宝泉の考える勝利は異なるからだ。

それを正直に話したところで余計な混乱を招くだけ。

 

「少なくともこの作戦なら私が退学になることはありませんから。成績に関しては、他クラスの対応力次第だと思います」

 

「確かに、他のクラスには同情しかないなぁ……」

 

どことなく他人事な十手を前に七瀬もまた曖昧に微笑んで応じた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

BクラスはCクラスと同様に3つの出版社を作っており、そのうちの一社の編集は八神が務めていた。

 

「大丈夫ですか、榮倉さん。顔色が優れないようですが」

 

「わ、私のせいで八神くんが退学になるかもって思ったら、ちょっと気が気じゃなくって……」

 

作家の選択次第では編集が退学になる。特にBクラスは八神の指揮のもと役職を割り振っていたため、重要なポジションについた生徒は最初こそ八神から信頼を勝ち取ったと喜びもしたが、試験が近づくにつれ覚悟が甘かったと少し後悔していた。

 

「キミになら任せられると判断したのは僕です。仮に退学になったとしてもそれは僕の責任で、誰にも榮倉さんを責めさせません」

 

「八神くん……」

 

「だから安心していつも通りの頑張り屋さんの榮倉さんでいてくだされば大丈夫ですよ」

 

「うん、うじうじしててもダメだよね。ありがとう、元気出てきたよ」

 

八神に励まされ今にも泣き出しそうな表情から一転、榮倉の表情に明るさが戻る。

 

「でも作戦らしい作戦もないけど、どうするの?」

 

「この試験は運も絡んでくる以上、難しく考える必要はありません。編集として高得点になりそうな物語を選んでくるのでドンと構えていてください」

 

「それはちょっと頼もしすぎじゃない」

 

自分を励ますための冗談だと受け取り、笑みがこぼれた。

榮倉は一般的な女子高生。八神の笑顔の裏の感情まで見抜けるはずもなかった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「あー、クソ。特別棟の連中を待つ時間がこんなに長く感じるなんてな」

 

Cクラスの教室では、デンヤが苛立ちを見せていた。

 

基本的に教室に残った編集、作家が特別棟の状況を知ることはできない。

そのため、他クラスが何か奇策を披露していても、それを知ることができるのは記者が取材から戻って来たタイミング。状況によっては手遅れだ。

 

だから現場判断でどう対応するかが鍵に――

 

「ごほん、ごほん、ごほんっす」

 

下手くそな咳払いが教室に響く。

だが、それを聞いたデンヤは悪態をつくわけではなく、急いで携帯端末を操作し始めた。

それは仕切りで区切られた先にいる宇都宮も同様だった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

『波多野くんにだけ話すんだけど、情報屋の掲示板の使い方って応用が利くと思う』

 

特別試験のレクチャーがあった後、椿はこっそり波多野を呼び出して自分の気づきを共有した。

レクチャーの段階で恐らく意図的に伏せられていた事実。それを椿は悩んだ結果、波多野に託すことにした。

 

『応用っすか?』

 

『うん。情報屋の書き込みってさ、レクチャーの時は③の共有時間にやったけど、実際は②の取材時間からできるんじゃないかな。あくまで可能性があるっていうか、できないとか必ず③からとかっていう記載がないってだけだから憶測の話にはなっちゃうんだけど』

 

『……それでも聞かせて欲しいっす』

 

波多野もレクチャーによって固定観念を学校側に植え付けられていたことに気づく。ルール画面でも③の時間で情報屋の動きが記載されていたが、椿の言った通り②で情報を得た直後に売り出すことができない、とは言われていない。特別試験ではこういった抜け道に気づけるかも学校側から試されている。そのことを生徒会活動で知っていた波多野ですらスルーしてしまっていた事実に椿は気が付いた。

 

『椿さん、すごいっす』

 

『別にたまたまだから。じゃあ本題に入るけど』

 

椿は、波多野の真っ直ぐな賞賛を受けきれずに目を逸らす。

 

『コメント欄ってあったよね』

 

説明では、情報を売りやすく、また騙すために使うと言われていた機能。

 

『情報屋の情報を購入すれば同じ出版社にその時点で情報が共有される。それはコメントも反映されるはず。つまり、うまく活用すれば試験途中でも、離れた場所にいる仲間にメッセージを届けることができるってことだと思う』

 

『ほえ~、自分、全然思いつけなかったっす』

 

純粋な眼差しがより輝きを増す。

純粋だからこそ、素直に物事を受け取ってしまい、波多野は気が付けなかったのだろうと椿は分析していた。

それが波多野の明確な弱点でもあるが、美徳でもあり、とっくの昔に捨ててしまった椿にはもう取り戻せないもの。

 

『この試験、不測の事態は起きると思う。その時に各々が勝手に行動したら混乱するし、逆に誰も対応しなかったら最悪の結果になるかもしれない。どうにかして意思統一する必要が出てくる。その手段に使えればって』

 

『もちろんっす。これのおかげでクラスのピンチが救われることもあるっすよ』

 

『そうかもね。実際にどう利用するかは波多野くんに任せる。ただ……くれぐれも私が気づいたってことは言わないでね』

 

『え、どうしてです、っすか?椿さんが頼れるすごい人ってわかって、みんなも喜んでくれると思うっすよ』

 

自分が入学してきた理由――いつ消えるかもわからない身であること、クラス争いより優先すべきことがあること、そんな人間が中心に立つのは無責任だろう。それに目立つことで他クラス生から狙われたり、注目されることは百害あって一利なしだ。

 

『ガラじゃないって言うか、目立つのが苦手ってだけ。だからお願い』

 

本心ではあるが全ては話せない。

そんな後ろめたい気持ちが椿の行動を抑制している。

 

『……わかったっす。教えてくれてありがとうっす!』

 

お礼を言われるような人間じゃないのにな、そう思いながらも心のどこか片隅が薄っすら温まる感覚を椿は確かに……感じてしまっていた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

波多野の下手くそな咳払い。

 

あらかじめ決めていた合図だ。

すなわち特別棟で不測の事態が発生したことを意味する。

 

波多野が咳払いをしたときは、その回数に応じて他の編集も特定の情報屋から情報を購入することになっていた。

 

その情報屋にはあらかじめ適当な記者の情報を獲得しておいてもらい、指定のコメントを表示して待機してもらっている。

 

それを購入すれば、特別棟にいる記者もそのコメントによる指示を確認できる、という作戦。

 

椿の洞察力によって特別棟で異常事態を察した新徳は、その後、監視カメラに向かって同じようにハンドサインを送った。

 

特別棟の監視カメラの映像は、情報室にいる情報屋は確認することができる。

Cクラスでは波多野指揮のもと、情報屋の中に予め担当を決めておき、記者がカメラ越しにハンドサインを見せたら、そのメッセージをコメントに記載して情報を売る手筈になっていた。

 

他クラスから見れば新徳が変な踊りを踊っているように見え、怪しまれはするだろうがその意味までは分からない。

情報屋のコメントも暗号のようになっているため、同様に意味までは分からない。

 

Cクラスが何かしらの動きをしていることまではバレてしまっても構わない。優先事項はクラスがその時その時でベストの動きをして物語を完成させること。

 

つまり咳払いに至るまでの経緯はこうなる。

②の取材時間が始まってからずっと波多野は何も起きないことを祈りつつ、情報屋の掲示板と睨めっこしていた。

だが、そんな祈りも虚しく、しばらくして担当の情報屋から、語り部『A』『1』『D』『3・3・3・3・3……』と読み解ける暗号のコメントで情報が売りに出された。

 

慌ててその情報を購入。

現場から送られてきた情報は、Aクラスが語り部1人、Dクラスは逆にたくさんの語り部がいるということ。

 

波多野は考える。

 

この2クラスの戦略は一体何なのか?

 

そしてある可能性に行きつく。

 

「このままじゃまずいかもしれないっす」

 

その可能性を検証するためにも、急に出品が増え始めた情報屋の掲示板から追加でいくつかの情報を買い、各クラスの語り部の持っている物語の章を確認した。

 

「やっぱりっすか……」

 

疑念が確信に変わり、波多野は咳込みし合図を出した。

 

現状Cクラスの戦略は、自クラス内で取材と物語の購入をする作戦。

その根本が崩れる事態に陥っている。

 

そうして波多野から合図があり、宇都宮とデンヤが購入した情報屋のコメントは『青』と記載されたもの。

 

それはパターン青――危険を察知し作戦の変更を伝える指示だった。

 

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