ようこそ実力至上主義の生徒会へ   作:まぐまれむ

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もっともらしい語り

『それではこれより③共有時間です』

 

教室内にアナウンスが入り、同時に廊下で待機していた記者が教室に戻って来た。

各々が各出版社の席につき、語り部の誰がどの物語を持っていたのかを共有していく。

 

それが通常であるが、Cクラスの様子は異なっていた。

 

「いやほんとびっくりしたぜ。Dクラスはほとんどの人数語り部だったんじゃないか」

 

記者の新徳が波多野の出版社に戻り、その状況を語っていた。

 

「Dクラスについてはそこまで問題じゃないっす」

 

「そうなのか?」

 

「恐らく宝泉君は今回の特別試験、クラスポイントじゃなくてプライベートポイント狙いの作戦なんだと思うっす」

 

「あー……試験後に余った物語を売れるってやつ?」

 

「単純計算っすけど、1つ2万プライベートポイントで語り部1人につき3章あるっすから、1人6万ポイント。語り部が30人いたら全部で180万ポイントになるっす」

 

「そう考えると結構な額だな」

 

「いくつか編集に買われるとしても、十分な収入になるっすね」

 

「1位のクラスが200クラスポイントだから40人でも1月80万か。勝てなくても1位のクラスの2か月分以上の収入を得るわけだ」

 

「だから順位は捨てて、物語も最低限適当な起承転結を揃えて終わらせる気なんだと思うっす」

 

「ま、なんにせよライバルがひとクラス減るなら願ったり叶ったりじゃん」

 

そう言って喜ぶ新徳。

当然波多野も同意してくれるかと思いきや、そうではなかった。

 

最下位のクラスは-100クラスポイントになることを踏まえれば、得か損かを測るのは難しい。ただ前回の特別試験で2年生はプライベートポイントを上手く使い、優秀な生徒を獲得していたように、次回の特別試験である無人島試験でもより良いチームを作るためやより強いカードを手に入れるためにポイントでの交渉は有効だ。宝泉は当然無人島試験のことは知らないだろうが、今回文学の知識が必要とされる試験よりも、今後ポイントが大きく動く試験で万全を期すことができる準備をしている。未来への投資と割り切れば、悪くない策、いや無駄にライバルと競った結果、失うばかりで何も得られない可能性がある以上、確実に収入を得られる点では良い策だと言わざるを得ない。

 

「南雲生徒会長もポイントが全てってよく言ってるっす」と心の中で波多野はつぶやく。

 

他クラス以上に資金を手に入れたDクラスの反撃は脅威になるだろう。

 

前向きに考えれば新徳の言う通り、宝泉が早々に競争から降りてくれたのは安心できる部分ではある。どんな卑劣極まりない手を使ってくるかに気を揉む必要がなくなるのは精神的に有難い。

だが、目下の問題はDクラスではない。

 

「何よりAクラスの策が危険なんっす」

 

記者が持って帰って来た内容と情報屋から得た情報を照らし合わせて、波多野は自分の推測が正しかったことを確信していた。

 

「たった一人しか語り部がいないってわけわかんねえけど、Aクラスも勝負捨てちゃった感じ……ではなさそうだな」

 

冗談を言おうとした新徳が途中で止めるほど波多野の顔が重く沈んでいた。

 

「自分たちは正直窮地に立たされているっす」

 

そう言って波多野は情報をまとめ、出版社メンバーに提示する。

 

「自分、これを見てこの試験の本質に気づいたんっす」

 

「本質?」

 

波多野はゆっくり頷くと、少し間を空けて答えた。

 

「この試験は……物語をちゃんと揃えようと思ったら、必ず全クラスの語り部から購入しないと無理みたいなんっす」

 

「えっ……」

 

思っても見なかった発言が飛び出し、出版社のメンバー全員が石像のように固まる。

 

「それがAクラスが語り部を1人にした理由だと思うんっす」

 

波多野も心を鬼にして伝えていく。

 

「まず自分たちのクラスの語り部の章を見ていくっす。わかってる範囲だけっすけど、誰も『結』の章を持ってないんっすよ」

 

「……マジだ」

 

確認した新徳の額から冷汗が流れる。

 

「他のクラスを見ていくと、Aクラスは『起』、Bクラスは『承』、Dクラスは『転』を持ってないっす」

 

「でもよ、足りない章は1つなんだろ。だったらどこか別のクラスから1章買うだけで済むんだから、そこまで問題ないんじゃないか」

 

「自分も最初はそう思ったんすけど……」

 

波多野は言い淀む。

言葉を選ぼうにも事実はひとつなのでどうしようもないと腹を括った。

 

「自分たちのクラスで言うと、『起』以外の章は確認できる限り他のクラスの誰も続きをもってないんっす」

 

「は?」

 

「つまり各クラスに正解の物語の章がひとつずつ割り振られていて、他は完成しない偽物の章ってことになる、っていうのが自分の推測っす」

 

「えーと、つまりAクラスの語り部は1人だから……」

 

その語り部が持っている章は3つとも『承』

ルールでは完成できる物語は全部で10種類とあった。

語り部が10人以下のクラスは最大数割り振られ、10人以上いるクラスは文章は違うが被る章が出てくるようだった。

 

「自力で完成させることができる物語は最大で3つまでってことっす」

 

「嘘だろ……」

 

ちなみにAクラスの持っている物語は

 

① メロスは、悠々と身仕度をはじめた。

 

② 「銀河ステーション、銀河ステーション」という、ふしぎな声がしたと思うといきなり眼の前がぱっと明るくなって、ジョバンニは、さっきの丘の上のすすきの中に、じっと立っているような気がしました。

 

③ 吾輩はここで始めて人間というものを見た。

 

といった3つ。

波多野の推理が当たっていれば自動的にどれも完成する物語の章であると確定している。

 

「じゃあ何が何でもこのAクラスの章を手に入れなきゃいけないってことか」

 

どの文もどの物語の一文かはわかりやすい。取材した中に他の章も見つけてある。

ただこれを幸いと思うかどうかは別の話だった。

 

「……一概にそうとも言いきれないっす」

 

「え、違うの?」

 

驚く新徳のリアクションに頷き口を開く波多野。

 

「ここから取れる方針は主に2つっす。一つは新徳君が言ったみたいにAクラスの語り部が持っている物語を揃えに行くこと」

 

正しい4章を揃えて物語の完成を狙うならこの方法を選ばざるを得ない。

 

「リスクとしては、他のクラスも同じ考えに至ってAクラスの語り部の物語は即売り切れる可能性があるっす」

 

「あー……」

 

狙いを定めて完成を目指した結果、購入できなかった場合のリカバリーが困難となる。

その間に他の編集に物語を買い漁られて、他の物語を集めようにも既に手遅れになっている可能性まである。

 

「二つ目はAクラスの『承』は作家に任せて、他の物語の完成を目指すことっす。こちらのリスクは語り部から目当ての物語が購入できなかった時に作家に任せることができない点っす。いずれにしても作家への負担が大きいのがネックすね」

 

作家は集めきれなかった最後の章を書くことで物語を完成させることができる出版社の最後の砦。

そのカードを『承』で強制的に切らされてしまうため、他の章を確実に集めないといけない状況になる。

 

Aクラスの策によって、強制的に選択肢を絞らされ、そしてどちらを選んでも相応のリスクを負わなくてはいけない。

 

「どっちもどっちだけど、見えてるだけAクラスの語り部から買うのを目指した方が安心できないか?」

 

「ただ仕掛けたAクラスも同じ土俵のはずっす。こんなリスクのある戦略を取ったってことは勝算があるからだと思うんっすけど……それが何かまではわからないんすよね」

 

波多野が警戒しているのはそこだった。

現状トップを走るAクラスが失敗すれば物語を完成させられない賭けに出る必要はない。

何かしらの必勝法があるからこそ取れた策。

それがわからないまま行動しなくてはいけない現状は罠のように思えてしかたがなかった。

 

「そんなに重要な事か?先手を打たれた以上、もう足掻きまくるしかない気がすんだけど」

 

焦る新徳の気持ちは痛いほどわかり、波多野も同じ気持ちではあったが、リーダーとして不用意な発言はできないし、焦るわけにもいかない。

こんな時、綾小路先輩なら広い視野で見て淡々と対処するはずだと、自分に言い聞かせ冷静さをなんとか維持している。

 

「例えばAクラスの編集が最優先に買える何かしらの方法があったとするっす。その場合、Aクラスの語り部に接触されて物語は3つとも買い占められるっす」

 

物語の購入は早い者勝ちであるため、Aクラスの編集が近くにきた瞬間に、語り部がそっちへ近づくなどして他の編集を出し抜くのかもしれない。

こんなに単純な策ではないだろうが、見当外れでもないと波多野は思う。

 

「そして残念ながら物語の購入合戦になったら勝ち目がなくなるっす」

 

Aクラスは語り部が1人。それはその分、記者、情報屋が多いことを意味し、たくさん情報を集めた上でアポイントも潤沢にあると予想できる。

 

対してCクラスは、3班作った上で、作戦を変更し、まんべんなく章の情報を収集した結果、大量のアポイントを消費してしまった。

どの出版社も最大で5つしか購入することができない。

 

「なるほど……これってガチでヤバい状況じゃね?」

 

新徳たちも概ね状況の把握ができた。

Aクラスが大量の情報を元に正しく揃う物語の章を買い占めた場合、他クラスはどうやっても章を揃えることができなくなる。

その影響がないのは最初から違う土俵を選んだDクラスだけ。

 

「Aクラスの牙城を崩すにはAクラスの語り部は諦めて、他の必須の物語を持つ語り部へ直行することだけっす」

 

本来ならAクラスが持つ『承』に対応する物語の他の章を購入すれば、多少の妨害にはなる。

だが、Cクラスにそんな余裕はない。

 

物語の完成を目指すなら、他のクラスが購入しないであろう物語を見極めて、売り切れる前に買うことだけが残された道。

 

「クソ、Aクラスの奴らとんでもねえことしてきやがって」

 

深刻な顔で俯く出版社メンバー。

パーテーションで区切られているため目視はできないが、他の2つの出版社も似たような状況だろうと波多野は考える。

 

「悲観することはないっす。特別棟でその状況に気づけたことで、こうして物語を揃えるルートがなくならなかったんっす。諦めるのはまだ早いっすよ」

 

現場での気づきがなければ自クラスの語り部にしか取材をしていなかったため、その場合、どう頑張っても自力で物語を完成させることはできなかった。

前向きに捉えて励ますこと。

Aクラスの策を事前に見抜けなかった、こんな可能性を考えきれなかった自分を、心の中で誰よりも責めている波多野だったが、諦めるわけにはいかなかったし、そのつもりもなかった。

 

気休めでも何でもやる。

発した言葉に嘘はない。

自分の判断が本当に正しいのか、振り返ってはいけない。

立ち止まってもいけない。

諦めるにはまだ早いのだと自分に言い聞かせ続ける。

 

そうでなければ、結局自分は――楽な道に逃げてしまうに違いないから。

 

そこからの残り時間は、どの物語を狙うべきか相談し、起の章を作家が書けそうな物語を絞っていく。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「クソッ、どうすんだよっ」

 

「落ち着け、デンヤ」

 

次の『編纂時間』時間へ向けて、Cクラスの編集3人は特別棟まで移動していた。

その間に手早く情報のすり合わせを行った結果、デンヤが取り乱し、宇都宮はそれを宥めている。

 

「俺の出版社は予定通り適当な起承転結を揃えるつもりだ。その際、できるだけAクラスの邪魔をできるように物語を選ぶ」

 

Aクラスの戦略に嵌った状況でも動揺を見せないどころか冷静に対応する宇都宮を頼もしく思いつつ、宇都宮も各クラスのリーダーや生徒会のメンバーのように常人離れした存在なのだと波多野は実感した。

その隣の落ち着きがないデンヤの様子こそ、ほんの3ヶ月前まで中学生だった自分たちの等身大の姿に思えてならない。

だが、波多野は等身大でいるわけにはいかなかった。あまりに高いところにいる先輩たちに追いつくために背伸びをしてでも、高いところへ行かなくては――。

 

「ありがとうっす。自分はダメもとでAクラスの語り部を最初に狙ってみるっす。デンヤくんは逆に他の物語の完成を目指して欲しいっす」

 

それは暗にデンヤに高得点の可能性を譲ると言っているようなもの。共倒れを防ぐため、波多野はそう決断した。

 

「そんなんでAクラスに勝てるのかよ」

 

そんな意図に気づかず、弱気な発言と捉えたデンヤは矛先を波多野に向けた。

もちろん、デンヤ自身もそれがただの八つ当たりでしかないことはわかっていたが、そうでもしないとどうにかなってしまいそうなほど心に余裕がなくなっていた。

 

「こうなったらプライドもクソもねえ。Bクラスと情報交換するしかないんじゃないか。その上でお互い狙ってる物語を取り合わない協定まで結べれば、まだ勝てる見込みもある」

 

だからデンヤがそんな結論に至ることも仕方がないことだった。

 

「……」

 

実際、波多野も悩んでいた。

寧ろ、なぜ自分もデンヤのようにBクラスを頼る選択をすんなりしないのか、不思議に思う。

誰がどう見ても協力するべき局面。

恐らくBクラスも同様の窮地に立たされている以上、お互いに対等な関係で協力できるはずでマイナス要素はどこにもない。

今回のことがきっかけで、その後もBクラスとは共闘関係を続けていけるかもしれない。

改めてAクラスが脅威であることが判明した現在、仲間は多い方がいい。

 

頭ではわかっている。

そして客観的に見ても間違いは見当たらない。

 

それでも波多野の中で、何かが引っかかっていた。

 

「どうする波多野?」

 

きっと自分なりの答えを持っているだろうに、律儀に返答を聞いてくれる宇都宮。

それがどことなく生徒会の先輩たちを彷彿とさせ、ひとつの決断をすることができた。

 

「自分は――今回、Bクラスとの共闘をするつもりはないっす」

 

「はぁ?わけわかんねーよ」

 

予想に反した結論を持ち出され、デンヤは憤りを隠さない。

極限状態で波多野が正常な判断を下せなくなったのではないかと。

 

「うまく言語化はできないんっすけど……。長期的に考えて、ここは自分たちの力で乗り切ることが大事なんじゃないかって気がするんっす」

 

言葉を発した波多野自身、それが本心かもわからない。

何とかひねり出した考えだが、大きく外れても当たってもいない、そんな感覚。

 

「いやいやいや。長期も何も失敗したら退学だってわかってんのか?」

 

「無理する必要はないっす。正しい物語が揃わないと思ったら、起承転結だけ揃える方にシフトしてもらえば退学はしなくて済むっすから」

 

「問題はそこじゃねえよ。負け前提になってんじゃねえか」

 

「デンヤ、そこまでだ。俺は波多野の意見を支持する。他クラス頼みで掴む勝利に価値があるとは思えない。まだ5月だ。大事なのは今回の反省を次回以降の試験に活かしていくことじゃないか?」

 

「宇都宮、お前まで……。勝てる可能性を捨てて負ける方がおかしいだろ」

 

「自分も勝つことを諦めたつもりはないっす」

 

「……納得できねえ。それが本当にクラスのためになるのかよ」

 

平行線を辿るやりとりだが、特別棟に入り階段を上っていく。試験会場が近づいてきたため、終わりは来る。

デンヤには申し訳ないが、このまま押し切るしかないと波多野が思い始めた時だった。

 

「皆さんお揃いのようで助かります」

 

「……八神くん」

 

恐らくこちらを待っていたのだろう。階段の踊り場に八神が立っていた。

 

「例の話の返事をいただけますか?今の状況はもうお分かりですよね」

 

八神もAクラスが仕掛けた策を理解しており、Cクラスとの共闘がこのピンチの打開策だと考えているようだ。

 

「その件っすけど……」

 

断るということはBクラスも苦しめることになる。

そう考えると言葉が出てこない。

 

「どうやら急かしすぎてしまったようです。編纂時間は30分。手遅れになる前に、と考えると残り15分までに声をかけてください」

 

「え?」

 

「では良い答えが聞けることを楽しみにしています」

 

そう言って八神は先に特別棟の指定場所へと歩いて行った。

クラスのピンチを救うため、八神からもっと説得されると考えていた波多野ははしごを外される。

そもそも15分も経ってしまっては物語の情報を交換するメリットもなくなってしまうのではないか。

八神らしからぬ言動に疑問符で頭が満たされそうになるが、考えてすぐに答えが出るものでもない。

 

「んんんー!!!」

 

「ああ、悪かった」

 

突然の奇声に我に返り、振り向く波多野。

どうやら八神を見た瞬間に邪魔をしないよう宇都宮はデンヤの口を塞いでいたようだ。

 

「とにかく時間がないっす。自分たちも急ぐっす」

 

デンヤが物を言いたそうに睨んできたが、Cクラスを置いて『編纂時間』が始まってしまったら大惨事だ。

結論は出ないまま、語り部たちが待つ教室へと走り出すしかなかった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

指定の場所、つまり語り部のいる4つの教室に繋がっている廊下に着くと他のクラスの編集は全て到着しているようだった。

波多野の見知った顔は、八神を除けば七瀬ぐらいで目が合うと軽く会釈をしてくれた。

今まで他クラスが何社作ったかは不明だったが、ここでAクラスが2社、Bクラスは八神の言う通り3社、Dクラスが1社であることが判明する。

 

「編集には、これから4つの教室を自由に周って物語を購入してもらうが、最初に入る教室だけはスタート前に決めてもらう」

 

この廊下で監視役をしているDクラス担任の司馬先生から淡々とこれからの動きの説明がなされる。

 

「制限時間は30分だ。時間になったらチャイムを鳴らす。その後は速やかに退出し、各自の教室に戻るように。では、各自希望する教室のドアの前に進むこと」

 

波多野はAクラス唯一の語り部がいる教室を選択。

案の定、Aクラスの編集である高橋も同じ教室に入るようだ。そして八神もここを選択したため、合計3人の編集が集まった。

 

「安心してください。先にAクラスの語り部を押さえることができても買い占めはしません」

 

八神がこそっとそんな耳打ちをして、波多野とは反対側のドアへ向かう。

これは波多野にもそうして欲しいという意図だろうが、そもそも Cクラスはアポイントが限られているため、買い占めをする余裕はない。

 

宇都宮、デンヤもそれぞれ違う教室を選び、入口へと進む。

幸い、デンヤの選んだ教室には他の編集はいない。狙いの物語をひとつは確実に獲得できる。

ちょっとした安心した心を再び引き締め、波多野は覚悟を決めた。

 

「それでは『編纂時間』を開始する」

 

司馬先生の掛け声とともに開始のチャイムがなり、教室のドアを開け一斉に入室する。

 

Aクラスの語り部は教室の黒板側、右奥に滞在しているのを発見する。

波多野が入ったドアからだと一直線。

八神には悪いが、先に購入できそうだ。

 

問題はAクラスの高橋の存在だったが、気にするよりも先に足を動かす。

注意されないギリギリの早歩きでAクラスの語り部を目指す。

 

購入画面を表示させるには、お互いの携帯端末を近づけなければならず、語り部は携帯を手に持って待機させられていた。

 

もうすぐ辿り着く。

波多野は携帯端末を開きながらいち早く名前をタップする準備を整える。

文字通りタッチの差で負けるわけにはいかない。

 

Aクラスから物語を入手できれば、勝ち筋も見えてくる。

油断大敵と抑え込もうとしても、一度見えてしまうと希望は溢れて止まらない。

 

クラスメイトの喜ぶ顔、褒めてくれる生徒会の先輩方の顔が波多野の脳裏をよぎる。

 

Aクラスの語り部の名前が表示され、急いでタップする。

 

「あれ……」

 

表示された物語を見て、波多野はフリーズする。

 

 

この語り部には取材して情報屋から情報も買ってある。

何も表示されないなんてことはあり得ない。

 

故障か?と波多野が疑いかけて、ふと気が付く。

途中まで後ろにいたはずの高橋の気配がない。

 

「どうしたんですか?」

 

反対の入り口から入り、追いついた八神が波多野の様子がおかしいことに気づき、話しかけてくる。

 

「それが……」

 

30秒が経過したため、購入画面が閉じた。

 

「悪いな、2人とも」

 

声をかけてきた高橋はなぜか教室の後方に設置されている掃除ロッカーの前にいる。

それに合わせてAクラスの語り部が後方へ移動しロッカーを開ける。

そのまま中を漁り、なぜか出てきた携帯端末をバケツの中から取り出す。

 

そして元々持っていた携帯端末にポケットから取り出したピンを差し込み、SIMカードを取り出し、入れ替えた。

 

「3つとも全部購入っと」

 

わざわざ聞こえるように端末を操作していく高橋。

 

その間、波多野はあっけにとられ何が起きたのかわからなかったが、処理が追いつきおおよその状況を把握する。

 

「そんなのありっすか……」

 

「試験官が注意しないということはそういうことなんでしょうね」

 

八神が目配せした方を見る。

さきほどの開始宣言後、教室の隅に滞在している司馬は沈黙したままだ。

 

「ハッ、まさか似たようなことをよりによっておりこうちゃんクラスがやってくるとはな」

 

そんな様子を見て笑っていたのは、この教室に配属されていた語り部の宝泉。

 

「似たようなこと?」

 

一瞬でも希望を持ってしまっただけに、それがまるっと消失したことで、高い崖から転落したような、いやまさに転がり落ちている最中である波多野にとって聞き捨てならない台詞だった。

 

『ふざけんなよッ!!!!』

 

宝泉に聞き返したタイミングで隣の教室から怒号が聞こえてきた。

しかも聞き覚えのある声――間違いなくデンヤのものだった。

 

「早速どっかの馬鹿が引っかかったみてえだな」

 

「どういうことっすか、宝泉君」

 

「一見は百聞にしかずだろ、俺の物語を購入してみろよ」

 

煽るように自身の携帯端末を寄せてくる宝泉。

警戒していても埒が明かないため、波多野は言われた通りに端末を操作していく。

 

宝泉に対しても取材して情報も購入済みであるため、数字だけが表示されることはないはず。

 

宝泉の名前が表示され、購入画面を開く。

今度は物語が内容と共に表示されたが……

 

「……なんでっすか」

 

やっと絞り出せたのはそれだけだった。

宝泉が現在持っている章は、取材した内容と全く異なる物語。

Dクラスの他の語り部が持っているはずの物語だった。

 

「Dクラスの語り部の携帯端末は『共有時間』中に全部シャッフル済みってわけだ」

 

「そんなのインチキじゃないっすか」

 

悔しさのあまり思わず漏れてしまった一言。

 

「逆にお前らは練習時間で何をやってたんだ?普通、物語が人に紐づいてんのか、それとも端末に紐づいてんのかぐらい確かめるだろ」

 

「宝泉君、必要以上に煽るのは止めてください」

 

波多野の様子を見た八神が宝泉との間に割って入る。

 

宝泉はあえて語らなかったが、試験専用の端末を用意するわけではなく、各自の端末をそのまま使用する、という点がキナ臭いと感じ、練習時間にプライベートポイントを払い、SIMカードを交換してみた。

その結果、誰のSIMカードを入れても物語の章は変わらないことが判明。練習だから同じ物語なのかと担任の司馬に追及したところ、『仕様だ』とだけ返って来たため確信し、今回の作戦の実行を決めた。

恐らくAクラスも同様の気づきを得たうえで、試験中唯一携帯端末を使わない役職、情報屋から携帯端末を預かり、2台携帯を持つことで、先ほどの罠を張ったのだろう。

 

「八神君、いいんっすよ……自分の力不足が招いた結果っす」

 

勝負を降りたと決めつけ、警戒から外した相手にまんまとしてやられている。

波多野は、全身の力が抜け、携帯端末を落としそうになるのを堪えるのがやっとの状態だった。

 

Aクラスの章を取り逃しただけでなく、Dクラスからの正しい章の購入が困難になった。

今から誰がどの物語を持っているのか、1人ずつ確認していては時間がいくらあっても足りない。

加えてDクラスの全ての語り部を取材しているわけでもないため、判明している物語を見つけ出すことすら手間がかかる。

すでに敗北以外の選択肢が見えない。

 

「聞き分けが良い負け犬は嫌いじゃないぜ。だからよ、特別に取引してやってもいい」

 

「……取引っすか?」

 

「ああ。Dクラスの情報屋のコメントを見て見ろ」

 

言われるがまま端末を操作し、掲示板を見ると、計ったように新しい情報が一見売り出されていた。

そのコメントを確認すると――

 

******************

 

【取引内容】

 

提供するもの:現在、Dクラスの誰がどの端末を持っているかの情報

 

対価:100万プライベートポイント

 

契約不履行の場合、自主退学することを誓う。

この情報を購入することで、取引内容に同意したとみなし契約が結ばれる。

 

******************

 

「この情報を購入すれば、情報屋がさらに新しく情報を売り出す。そこのコメントに正しい所有者を記載してやるよ。ま、他のクラスの奴らに見られたくなければ即購入するんだな」

 

コメントは誰でも覗けるため、そのまま放置すると他クラスも覗けてしまう。

購入した情報は購入者以外の画面から消えるため、それを防ぐことはできる。

ただし、そのためにはさらにアポイントを消費する必要があり、どこまでもポイントを稼ごうとする宝泉のいやらしさが感じられた。

 

「100万ポイント……」

 

「ま、いますぐこの場で払えとは言わねえよ。来月頭まで待ってやる。ポイントが振り込まれた後にクラス中から集めれば余裕だろ」

 

高額とは言え、現実的に払える額の設定。

宝泉という男が、ただ試験のルール通りに物語の売却だけの稼ぎで終わるはずがなかった。

 

「で、どうすんだ?ここまで温情をかけてやるのは今だけだぜ」

 

その情報さえあれば最低限、この試験を戦うことはできる。

契約を結び、不履行の場合は自主退学という枷がある以上、間違った情報を売りつけられることもない。

だが、その情報を得た対価で今後Cクラスが窮地に立つことは目に見えている。

既にいっぱいいっぱいになりつつある波多野には何が正しい判断なのか、わからない。

 

「少し廊下で話しましょう、波多野くん」

 

「邪魔すんのか、八神?」

 

「そのぐらいサービスしてくれてもいいはずです」

 

「ハッ、まあいい。返事は少しぐらい待ってやるよ」

 

やけにすんなり折れた宝泉に見送られ、八神に押されるまま廊下に出た波多野。

 

「まずは謝罪させてください。実は僕はすでに宝泉君が携帯端末を交換していることを知っていました」

 

「え?」

 

「踊り場で波多野君たちに会う前に、七瀬さんが接触してきたんです。提案された内容は先ほどの宝泉君のものと同じでした」

 

「まさか……」

 

踊り場で感じた八神の違和感の正体。

 

「ええ。僕はクラスのためにその場で情報を購入しました。先ほど宝泉君が妙に素直だったのもそのためです」

 

「そうだったんすね……」

 

クラスのため即決できた八神と、できなかった自分を比較してしまう。

 

「だからCクラスはDクラスから情報を買う必要はないんです。ここで話を最初の提案に戻させてください。この購入した情報を含め、改めてBクラスと協力しませんか?」

 

「……」

 

渡りに船、藁でもなんでも掴みたい波多野からすれば、棚から牡丹餅、いや棚から綾小路が落ちてきたぐらいの提案に、言葉を失う。

 

「僕以外のクラスの編集には、すでにハズレの物語で起承転結を揃えてもらっています。あとはCクラスと情報を交換した僕が、Cクラスと購入する物語が被らないようにして高得点を狙うだけなんです」

 

「でもそれじゃ自分たちCクラスにに都合が良すぎるっす」

 

「この提案は波多野君への僕なりの贖罪でもあるんです」

 

「贖罪っすか?」

 

「ええ。サッカーの大会で、僕の提案のせいで波多野君に辛い経験をさせてしまいました」

 

八神の提案に乗って八神を囮にゴール前に走り込んだ結果、綾小路のシュートを邪魔してしまったことがあった。

あの時は椿の活躍で事なきを得たが、一歩間違えれば試合に敗北していたかもしれなかった大きなミス。

 

「でもあれは結果論っす。作戦は上手くいっていたっす。結局周りを見ていなかった自分のせいっすから」

 

あの出来事で八神を責めるのはお門違いだろう。

 

「いいえ、僕はあの時、綾小路先輩に褒めてもらいたいと功を焦っていたんです」

 

「その気持ちは痛いほどわかるっす」

 

「だから、今度こそ波多野君とタックを組んで、この難局を乗り越えたい。そうして勝つことができれば綾小路先輩もきっと褒めてくれますよ」

 

「綾小路先輩が褒めてくれる……」

 

「ええ。あなたの成長をきっと喜んでくれます」

 

それは誰よりも波多野が望んでいることだった。

携帯端末に目を落とす。

編纂時間終了は刻一刻と迫っていた。

 

沈んでいた思考が働きだす。

 

どういうわけか、いやこんな状況だからか、やっと答えに辿り着いたような感覚だった。

 

そうして波多野は八神の手を取り、答えを伝えた。

 





【補足】
・物語の章はクラウド保存ではなく、ローカル保存で端末本体に記録されている、そんなイメージです。電子書籍(物語)を購入したらダウンロードして保存後に読む、そんな発想から来ています。

・eSIMの登場で、SIMカード交換作戦も不可能になっていくとは思ったものの、本家でもやってるしいいかということで……。
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