ようこそ実力至上主義の生徒会へ   作:まぐまれむ

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敗者が語る物語

1年Cクラスの教室、担任が試験結果を発表する。

 

結果に対して各々思うところはあるようだが、その中で一人、顔から色が抜け、目の焦点が定まらない生徒がいた。

 

「BADなニュースをお伝えしなくてはいけまセン」

 

担任がそう切り出したことで教室が静まる。

そして腕を組みその手で震えを抑え込もうとする生徒へ視線を合わせた。

 

「Mr.ハタノ、残念ながらあなたは退学デス」

 

そうして無慈悲にも、覆ることがない事実が伝えられたのだった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

生徒会室のドアが勢いよく開かれた。

 

「……来たか、帆波」

 

「あっ……はい……お疲れ様、です」

 

1年生の特別試験の結果についての噂を聞いても信じられず、藁にも縋る想いで急いで生徒会室にやってきた一之瀬。

 

南雲に桐山、溝脇、殿河と3年生の面々は揃っているが、いつも元気いっぱいの挨拶で迎えてくれる後輩の姿はそこにはなかった。

まだ来ていないだけだと言い聞かせたかったが、どこか息苦しさを感じる空気感から全てを察してしまう。

 

「噂は、ほん…とう、だった……んですね」

 

やっとの思いで絞り出した言葉。

 

「ああ。俺が教師から直接仕入れた情報だ。波多野が退学になったのは間違いない」

 

南雲は無感情に努めて事実を述べる。

 

「……信じたくないですね」

 

私の予想は的中していたんだ、と一之瀬は悔いる。

波多野が狙われていると気づいていながら何もできなかった。

 

「堀北先輩、すみません。俺は後輩を守ることができませんでした……」

 

普段なら物事を上手く割り切れるタイプの桐山も今回ばかりは感傷に浸っている。

 

「アイツはこの生徒会で俺の武勇伝を目を輝かせながら聴いてくれる唯一の後輩だった……。くそ、こんなことなら2000万ポイントぐらい貸しておいてやるんだったぜ」

 

他人を退学にすることに躊躇がない南雲らしからぬ言葉まで零れる。

 

「短い間だったけど、波多野君がみんなに好かれてたってことだよね……」

 

もうあの屈託のない明るい笑顔を見ることはできないのかと思うと、一之瀬も思わず目頭が熱くなってきてしまう。

 

「お疲れ様です」

 

「綾小路くん……」

 

そんな時、綾小路が入室して来た。

波多野が一番懐いていたのが綾小路だ。

綾小路自身も良い先輩であろうと努めていたのは一之瀬もわかっていたため、その胸の内を想像するとこの時だけは綾小路の顔を見ることができなかった。

 

だが、それじゃいけないと一之瀬は考えを改める。

いざという時は生徒会として抗議する、綾小路とした約束を思い出したからだ。

きっと綾小路も波多野の退学が不当なものであったという証拠を集めるため動く、なんならもう動いていてもおかしくない。私だけ諦めるわけにはいかない。

そう思って顔を上げたときだった。

 

「……やけにしんみりしてますが、何かあったんですか?」

 

「え?」

 

想像の斜め下の発言に一之瀬の思考が止まる。

 

「おいおい、綾小路、まさか知らねえのかよ」

 

「……波多野が退学になったんだ」

 

そんな一之瀬に代わり、南雲が呆れ、桐山が事実を述べた。

 

「綾小路も辛いだろうが、生徒会の仕事は山積みだ。切り替えろ、とまでは言わないが業務に支障がでないようにな」

 

桐山なりの気遣い。仕事をしていれば気がまぎれるというのは、桐山自身たくさんのクラスメイトを失った経験からのアドバイスだった。

 

「オレもその情報は聞いていましたが、そんなに悲しむことですか?」

 

だが、そんな気遣いを土足で踏みにじり蹴飛ばすような綾小路の爆弾発言に生徒会室の空気が凍りついた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

ストーリーテラー試験の編纂時間が始まってしばらく経った頃。

 

「波多野くん、物語集め、上手くいってる?」

 

「椿さんのおかげで何とか戦えてるっす」

 

椿は、自分がいる教室に顔を出した波多野に声をかけた。

語り部は配置された教室から出れないため、他の教室はもちろんのこと、クラスの動向など情報はほぼ入ってこない。

 

先の一件から他クラスが攻撃的な戦略を取って来たことは想像できたため、波多野たちがどう対抗するのか、いやできているのか、椿は気になっていた。

 

「そっか。なら安心かな」

 

「それは……何とも言えないっすけど、このあと宝泉君のところへ行ってくるっす。それ次第っす」

 

「それって大丈夫なの?」

 

何をするつもりかはわからないが、わざわざ宝泉と対峙するなど、安心できない要素しかない。

 

「やるしかないっすから」

 

「それって……」

 

深く話を聞こうとしたところで監督官に睨まれる。

当然ながら必要以上の私語は認められない。

 

「じゃ、時間もないっすからもう行くっすね」

 

そうして波多野は足早に退出してしまった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「よぉ、随分待たせくれたな」

 

宝泉君の凄味に気圧されそうになる。

でも、ここで引いてしまったらうまくいくものもいかない。

 

「負け犬仲間の八神は置いてきたのか?」

 

「自分たちはまだ負ける気はないっす」

 

そう、八神くんのおかげで活路が開けた。

 

「ハッ、弱い犬ほどよく吠えるってか。まあいい。条件を飲むってことだろ。お得意様にはサービスしねえとな」

 

「それは違うっす。自分は宝泉くんと取引をしにきたっす」

 

「取引だぁ?笑わせんな」

 

「その通りっす。自分の話を聞けば宝泉君は笑顔になれるっすよ」

 

相手のペースに乗ってはいけない。意表を突き、少しでも興味を引くように話す。

普段、南雲生徒会長の話を上手く逸らしたり話題をすり替えたりする一之瀬先輩や綾小路先輩から学んだこと。

 

「……話ぐらいは聞いてやってもいい」

 

「ハイっす!!」

 

そうして自分はなんとか交渉のテーブルに着くことができた。

ここから頑張れば、きっと大丈夫、そう信じてこちらの要求を伝えていった――。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「それは、それはあんまりだよ、綾小路くん」

 

オレの発言からしばらくの間があった後、一之瀬から向けられた初めての表情。

何か間違ったことを言っただろうか。

 

確かに一之瀬なら他クラス、他学年の生徒が退学になったとしても悲しみそうではある。

だが、それにしても限度はあるだろう。

 

今の一之瀬、いや、生徒会の空気は、まるで仲の良い友人が退学になったとでも言わんばかり。

 

「見損なったぞ、綾小路。堀北先輩も橘先輩も今のお前を見たら悲しむ」

 

「ハッ、ついに本性を出しやがったな。血も涙もないこんな男のことは見限っちまえよ、帆波」

 

桐山、南雲からも謂れのない罵倒を浴びせられる。

特にどうということはないが、この認識のずれは気になるところだ。

 

「あんなに慕ってくれていた後輩が退学になったんだ。他に言うことぐらいあるだろ」

 

「慕っていた?そんな憶えはない」

 

「……そこまで腐っていたとはな。流石の俺もドン引きだぜ」

 

「さっきから何の話をしているんっすか?」

 

「だから波多野が退学にな――」

 

「あ、はい、自分に御用っすか?」

 

「「「え?えええええーっ!!?」」」

 

俺の後ろから顔を出した登場した波多野を見て、絵に描いたような橘ばりの驚きのリアクションを披露する生徒会一同。

やはりオーバーリアクションがあると空気が和むな。

 

「波多野、退学になったんじゃないのか?」

 

幽霊でも見ているかのような表情で南雲が問いかける。

数多くのライバルを蹴落とし退学にしてきた南雲でも退学になった生徒が戻って来た事例を見たことはなかったのだろう。

 

「あ、みなさんもご存じなんですね。自分、とても悲しいっす……」

 

「随分、客観的に捉えてるんだな。まるで他人事みたいだ」

 

桐山も唖然としている。

 

「もちろん自分事のように捉えてるっすよ」

 

「そりゃそうだろ。自分事なんだから」

 

「……?」

 

南雲のツッコミに違和感を覚えたのか、首を傾げる波多野。

それに合わせて生徒会一同も首を傾げる。

 

そして 「――あぁ、そういうことっすか!」と波多野は声を上げ、 右手の拳を左手にぽんと置く。

 

「実は――」

 

そうして波多野の口から特別試験の詳細が語られた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「ええ。あなたの成長をきっと喜んでくれます」

 

八神君からこのセリフを聞いた時に、思い出したことがあった。

 

サッカーの試合の件で落ち込んでいた自分に、綾小路先輩は何と言ってくれたのか。

 

焦って無理をすると空回りをすること。

自分らしく成長して欲しいこと。

地道な努力ができる人間だと認めてくれたこと。

 

サッカーの時は、安易に人の力に頼ってまで背伸びをしてしまったことが失敗だった。

偶然にもあの時と同じく今回も八神くんが手を差し伸べてくれている。

 

とてもありがたいし、こんな自分に声をかけてくれて嬉しい。

 

携帯端末に目を落とす。

 

『今度の特別試験、自分の力を信じて取り組むこと。応援している』

 

この前、忙しいだろうに綾小路先輩がわざわざ送ってくれたメッセージ。

 

八神君の提案をなぜか受け入れられなかった理由がいまはっきりとわかった。

 

だから、気づかせてくれたこと、自分なんかを誘ってくれたことへの感謝の気持ちを込めて八神君の手を握る。

 

「八神くん、ありがとうっす。でも今回は共闘はできないっす」

 

「……どうしてでしょうか?」

 

「それじゃ綾小路先輩が信じてくれた自分じゃないっすから」

 

「そうですか……それなら仕方ありませんね」

 

「時間も限られてるっすから自分行くっすね」

 

八神君のおかげで思い出したことは他にもあった。

もしかしたらこれで宝泉君と交渉できるかもしれない。

そのためにも、まずはもともと狙っていた章を他の編集が買ってしまう前に確保する必要がある。宝泉君に会いに行くのはその後だ。

 

そう考えて八神君を残して急いで目当ての教室に向かう。

 

「あれが誰かを信じるなんてあり得ないですよ。ましては君のような――」

 

いつもの明瞭な明るい声とは違い、ぼそぼそと何かを呟いた八神君。

 

「へ?」

 

距離があったこともあり、何と言ったのか聞き取ることはできなかった。

やっぱり共闘を断ったことを怒っているのだろうか。

 

「お互い残り時間精一杯頑張りましょう」

 

「ハイっす!」

 

そんなはずはなく、とても気持ちよく送り出してくれた八神君に感謝しながら目当ての教室に入った。

 

そこから幸いにもBクラス、Cクラスの語り部から狙っていた章を買うことができ、椿さんと少し話した後、宝泉君のもとへ向かった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「……話ぐらいは聞いてやる」

 

「ハイっす!!」

 

おっかない表情のまま宝泉君は視線を向けてくる。

ただそれ以上は特にアクションはなく、本当にこちらの話を聞いてくれるようで安心と嬉しさがこみ上げてきた。

 

「まずこちらの要求っす。三神くんが持っていた携帯端末を今持っている人を知りたいっす」

 

その携帯に狙っている章が入っている。

そもそも冷静に考えれば、Dクラスの語り部、全員の情報を知る必要はないため目当ての1人分教えてもらえば十分だ。

さっきは色んな事が立て続けに起きたため、そのことにすら気付けなかった。

 

「んで、そっちは何をしてくれるんだ?」

 

「綾小路先輩にファンクラブがあるのはご存じっすか?」

 

「あ”?ふざけてんのか」

 

案の定、綾小路先輩の名前を出したら宝泉君のこめかみには青筋が浮き上がり、試験中じゃなければそのまま拳が飛んできそうな形相に。

でもこれは想定内。一度感情を昂らせてからの方が良いギャップになる。

 

「ファンクラブって生徒会役員にのみ許されてるらしいんっす。南雲生徒会長にも去年の生徒会長にもあったって聞いてるっす」

 

「だからなんだ?興味ねえよ」

 

「綾小路先輩たちにファンクラブがあるのは納得っすよね。でも、だとしたら一つ腑に落ちないことがないっすか?」

 

「知らね……おい、まさか」

 

「そうっす。ある人のファンクラブがないことが自分不思議でならないんっす」

 

「……」

 

「多分、謙虚な方ですからこれまで断りを入れてたんだと思うっす」

 

「………」

 

「ただ、今後気が変わってファンクラブができたとしても、その運営をしたいって人も数えきれないほどいると思うっす」

 

「…………」

 

「綾小路先輩は、ファンクラブを運営している方と定期的に2人っきりで会って、会報のために取材を受けたり、ご自身の写真を渡したりしてるっすね」

 

「……………ごくり」

 

「自分がその人に口利きをすれば、ファンクラブを作ることも、頼りになる運営担当を推薦することもできるっすけど、今まさに退学するかしないかのピンチなんっすよね、自分」

 

「…………………」

 

「断言するっす。ここで自分が退学したら、優しい先輩っすから、心を痛められて当面ファンクラブなんてもの作る気分になることはないっす」

 

八神君と話したことで思い出したサッカーでの出来事。

あの時の宝泉君らしからぬ行動の数々を振り返って、気づいたことがあった。

 

宝泉君はきっと一之瀬先輩のことを――とてつもなく尊敬しているに違いない!

自分が綾小路先輩に憧れているように!!

 

だったらこのファンクラブを作れるかもしれない、という話は交渉カードになり得ると考えた。

自分もずっとあの一之瀬先輩にファンクラブがないのは不思議でならなかったので、この機に作ることができれば先輩も喜んでくれるはず。

多額のポイントを消費してクラスのみんなに迷惑をかけることもなく、自分も助かって、宝泉君も一之瀬先輩も喜ぶ、まさに起死回生の一手っすね。

 

言いたいことはすべて伝えることができた。

自分の予想が外れていれば足蹴にされるだろうけど……。

反応を確認するため、さっきから沈黙している宝泉君の顔を恐る恐る覗き込む。

 

するとがっちりと肩を掴まれて、死を覚悟する。

 

「よぉ兄弟。ピンチなんだって。水臭せえなぁ。情報ぐらいいくらでも持ってけや」

 

それはそれは不気味……素敵な笑顔で携帯端末を操作し、三神君の携帯を持っている生徒の名前を表示してくれる。

 

「あの宝泉君が笑ってる!?」と周りの語り部の人たちも距離をとりながら驚いている。

 

「その代わり絶望的な窮地を俺に助けられたってしっかり伝えておけよ」

 

「あはははは……了解っす」

 

その絶望的な状況を作った本人にそんなことを言われ、マッチポンプだなとは思ったものの、指摘する勇気はなかった。

 

「取引成立だな。兄弟、約束を違えたらわかってるよな」

 

「自分、嘘はつかないっす」

 

「良い返事だ、期待してるぜ」

 

そう言って宝泉くんから背中をバシッと叩かれ、力強く送り出してもらう。

そうして最後の章を無事買うことができた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

特別試験を終え、結果発表のためにCクラスの担任の先生が登壇してきた。

 

「エブリワン、ロングタイムの試験、お疲れ様デーシタ。これから『決算時間』――つまり結果を発表シマース」

 

相変わらずヘンテコな口調でなんとも引き締まらないとは思いながらも、高校から始めた自分の「っす」口調もまだまだ下手なので人のことは言えない。

 

「1位は……売上7.5万ポイントのAクラスが出版した『吾輩は猫である』デシタ」

 

あー…とクラスに落胆の声が広がる。

終始自分たちの土俵を作り上げたAクラスは本当に強かった。

 

「2位デスが、売上7万ポイントのCクラスが出版した『羅生門のような話』デス。Mr.ハターノの出版社デスネ、コングラチュレーション」

 

「マジかよ、おしいっ。けど、2位だぜ、2位!」

 

新徳君が飛び上がって喜ぶ。

 

「ごめんね、波多野くん。せっかく『羅生門』の章を揃えてくれたのに、あたし、あんまりうまく書けなかったみたい」

 

Aクラスの作戦で『承』は揃えることが不可能だったため、『出版時間』で作家に執筆をお願いした。

作家を担当したクラスメイトが申し訳なさそうにしているが、自分としては十分健闘してくれた結果だと思っている。

 

「そんなことないっす。『承』だと認識されたから自分退学にならずに済んでるんっす。ありがとうっす」

 

恐らくタイトルが『のような話』となっているため、羅生門の『承』としては認識されなかったが、物語の『承』としては認められたのだろう。

 

「3位は売上4.5万ポイントのBクラスが出版した『蜘蛛の糸のような話』、4位は売上1万ポイントのDクラスが出版した『よくわからない話』デス」

 

2位という健闘した結果に教室が沸き立つ中、淡々と結果の続きを発表する先生。

 

「波多野、悪かった。波多野を信じていなかったわけじゃないが、俺の方でAクラスの語り部が持っていた章の続きをいくつか買っておいたんだが、妨害にはならなかったようだ」

 

「宇都宮くんの判断は正しかったと思うっす」

 

実際Aクラスの語り部への接触は失敗した以上、高橋が買っていった物語を揃えられない状態にしたことは一矢報いたと言える。

 

「あれ?」

 

「波多野も気が付いたか。どうやら俺たちが気づけなかったルールは他にもあるらしい」

 

「本当に特別試験は奥が深いっすね……」

 

「ああ」

 

反省点はいくつもある。

だけど、焦る必要はない。

ひとつひとつ、できるようになっていけばいい。

できないことだらけの自分でも、努力できることだけはちゃんと認めてもらえているのだから。

 

「But……」

 

そう決意を新たにしたところで、そんな声が聞こえてきた。

それは、すっかり意識の外においてしまっていた先生の一言だ。

 

「BADなニュースをお伝えしなくてはいけまセン」

 

担任の先生がそう切り出したことで教室が静まる。

そしてその目線がいつになく静かだったその生徒へと向かっていく。

 

「Mr.ハタノ、残念ながらあなたは退学デス」

 

「え?」

 

突然の宣告に自分だけでなく、他のみんなも理解が追いつかない。

ただ一人、そう宣告された生徒だけが力なく床に膝をついていた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「――というわけで、退学になったのは自分じゃなくって、デンヤく……波田野くんっす」

 

「「「んんん?」」」

 

南雲、桐山、一之瀬は、なお首を傾げる。

先程の認識の違いが理解できたため、こちらで補足をするか。

 

「波多野のクラスには『ハタノ』が2人いたってことです」

 

「綾小路先輩のおっしゃる通りっす。自分の『多い』じゃなくて『田んぼ』の『田』って書いて波田野。愛称は『田』と『野』を音読みにした『デンヤ』くんが……今でも信じられないんっすけど退学になってしまったんっす」

 

「「「あー……」」」

 

ようやく状況が飲み込めた生徒会メンバーたち。

 

「綾小路は知ってたのか?」

 

「ここに来る前に波多野に会いましたから」

 

「それを早く言えよ」

 

「OAAがあるんです、全生徒の名前と顔、成績ぐらいは頭に入っているものかと」

 

「ぐっ……さりげなく自分できますアピールまで入れてきやがって」

 

そんなつもりはなかったが、確かに交流のない他学年の生徒をいちいち覚える方が珍しいか。

オレも生徒会に入るまでは知らない生徒だらけだったしな。

 

「綾小路くん、その……ごめんね。勘違いで、酷いことを言っちゃった」

 

「気にすることはない」

 

一之瀬から謝罪を受けたが、仮に退学になっていたのが波多野でも似たようなリアクションを取っていた可能性がある。交流のある誰かが退学になった場合の一般的な反応として、今後の参考にさせてもらうことにしよう。

 

「話を聞いてた限りそのもう一人の波田野が退学になるような要素はなかったが、何があったんだ?」

 

今回の一件で興味があるのはそこだけ。

1年Aクラスが1位を取れた理由も天沢が作家をしていた情報を掴んでいる(本人からの自己申告だった)ため不思議ではない。

 

「それがさっぱりわからないんっす。本人に聞こうにも、すごく取り乱してしまって話せる状態じゃなくって……そのまま先生に連れて行かれたっきりっす。勝つことにこだわってくれてたっすから、無理して攻めた章の選択をしちゃったのかもしれないっす」

 

「そうか……」

 

正しい章を揃えることが難しいとわかれば、ハズレでも起承転結が揃うように物語を購入することで簡単に退学だけは回避できる。

それがこの結果になっているということは――。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

ずっとアイツのことが気に入らなかった。

 

入学してからしばらく経ったある日のことを思い出す。

 

「うちのクラス、『ハタノ』が2人かー。生徒会の波多野をあだ名呼びは何か申し訳ないから、ただの波田野の方にあだ名をつけようぜ」

 

そこからクラスメイト内であだ名のつけ合いが始まった。

実にくだらない。なんだよデンヤって。

 

中学時代は勉強も運動もできた。

高校では生徒会に入って人望でも集めてやろうかと思っていたが、部活動紹介のクソみたいな映像をみて、入るのをやめた。

こんな馬鹿げた生徒会に入ったところで人気が出るとは思えなかったからだ。

そんな感想を持ったのは俺だけじゃない。初めは生徒会に入ったアイツを変わり者だと、陰で笑っていた奴もいたぐらいだ。

 

ところがどうだ。

化け物揃いの生徒会だと判明してからクラスの連中は手のひらを返したようにアイツを敬いだした。

 

学力で言えば同じぐらいだが、運動面を考慮すれば俺の方が上。

何なんでアイツばかり……俺の高校生活は出だしからそんな嫉妬に塗れた日々だった。

 

ただ――

 

クラスの連中から馬鹿みたいなあだ名で呼ばれ続け、幾度となく張り合って罵倒してもへこたれないアイツと接するうちに、この生活も別に悪くない、そんな気の迷いが生じ始めていた。

 

だから、今回の特別試験の開催を知って、これは俺らしくあるために、俺を取り戻すための最後のチャンスだと感じずにはいられなかった。

 

ここでアイツより活躍すれば、他の連中も俺を見直す。

そうすれば生徒会の方から入会してくれと声がかかるかもしれない。

 

なにがなんでも勝つ。

 

だから廊下でアイツが八神の誘いを断った時、馬鹿なヤツだと思うと同時に千載一遇のチャンスが転がり落ちてきたと喜んだ。

 

俺はアイツが別の教室に入ったのを見計らい、俯く八神のもとへ向かった。

 

「なあ、お前も困ってるんだろ、だったらアイツじゃなくて俺と取引しないか」

 

八神もAクラスとDクラスの戦略にまんまと嵌った状態。

アイツを頼りたくなるぐらい窮地にいるのなら簡単に取引に応じるだろう。

 

「そうですね……。ただ僕も100万ポイントを使ってまで得た情報です。クラスメイトの手前、手放しでお渡しするわけにはいきません」

 

「何が望みだ?」

 

「簡単な話です。宝泉くんがしたように、こちらも情報屋を経由してもらいます。それを購入して欲しいんです」

 

クラスメイトには形だけでもCクラスとの取引が上手くいったとみせたいのだろう。クラスリーダーならではの苦労ってやつか。

 

「それは構わないが、そんな都合よく情報屋に情報を出させることなんてできるのか?」

 

Cクラスも情報屋に情報を販売してもらう戦略を取っていたが、あくまで事前の取り決めありきのもの。

任意の情報を書き込む方法はないはずだ。

 

「これはあなたにだけ話すんですが、Bクラスは記者の携帯を予め一台、情報屋に渡してあるんです。そうすれば僕が購入した情報を共有することができる。そして僕がカメラの前で特定の動作をすれば、これまで得た情報、そしてその後買った情報を全て書き込んでもらう手筈になっているんです」

 

「なるほどな」

 

Bクラスもどうして中々抜け目のない連中だ。

Cクラスとの共闘に備えて、取引方法まで準備していたということ。

俺たちが気づかなかった、あらゆる事態への想定を考えていたことがわかる。

この情報を含め、結果発表の際に推測として披露すれば、よりアイツの鼻を明かせる。

 

「いま、出品されました。宝泉くんにバレると大変です。すぐ購入いただけますか?」

 

「ああ」

 

残り少ないアポイントの消費は痛いが、無駄に物語を買う必要がなくなったため問題はない。

 

「念のため八神の持っているデータと照合させてもらいたい」

 

「もちろんです」

 

差し出された端末を受け取る。八神がDクラスから買った情報が表示されており、それが現在出品されているものと一致した。

 

「それでこっちの情報はどうやって渡せばいい?」

 

「僕が集めようとしているのは『蜘蛛の糸』の物語です。それを持っている人を知っていたら口頭で構いませんので教えて下さいませんか」

 

「それならわかるぜ」

 

こちらの持っている情報を渡すと八神は頭を下げて教室へ戻っていった。

八神が集めようとしている物語も上手く判明した。

それらを避けながら高得点を狙える物語を集めればいい。

だが、それだけじゃ気が収まらない。Dクラスから受けた屈辱を晴らすことも必要だ。

 

「デンヤくん、調子はどう?無理はしないようにね」

 

「心配無用だ。俺は絶対に勝てるんだ、絶対にな」

 

「ねえ、ホントに大丈夫?」

 

「まあ見とけって。今から宝泉のヤツに会って目にもの見せてやるからよ」

 

普段あまり話さない椿から心配をされたが、余計なお世話だ。

今の俺は、誰がどの物語を持っているのか全部わかっている。宝泉たちへはわざわざ入れ替えまでしたのに無駄骨だったとわからせてやらなくてはいけない。

 

「宝泉、お前のちんけな策は俺には意味ねえって証明してやるよ」

 

「誰だお前?今、俺はよぉ、最高にキマってんだ。雑魚に構って台無しにしたくねえ。見逃してやるから消え失せろ」

 

まさに負け犬の遠吠えだな。

雑魚がどっちか判明する結果発表が楽しみだ。

 

「なぁデンヤ、お前が集めてきたの判明してない物語の章ばっかじゃん。これでどうしろと?」

 

出版時間に入ると、作家が苦い顔をする。

クラス内、そして八神と情報を共有したとはいえ、自分たちの記者が取材したもの以外は表示されないため、当然と言えば当然だ。

だが、こちらは確かな情報を元に購入したのだから問題はない。

 

「安心しろ。この順番で起、転、結だ。お前は『こころ』の『承』を書いてくれればそれでいい」

 

「本当だろうな。ま、ここまで来ちまったらどうしようもないけどさ」

 

こいつは読書好きらしいからな。文句は言ってもうまく書くだろう。

 

俺の予想じゃ、完成させた本の売れ行きは認知度の高さに比例する。

『こころ』であれば高得点は間違いない。

 

アイツに負けることはない。

 

結果発表が楽しみだ。

 

そう楽しみだったんだ……。

 

それがどうしてこうなった。アイツの出版した本が高得点?あり得ない。

 

作家がミスったのか?いや、書き終えた後の報告では自信満々だった。わざと間違えるメリットはない。

きっと何かの間違いだ。間違いに違いない。

 

「Mr.ハタノ、残念ながらあなたは退学デス」

 

担任が何を言っているのかわからない。

 

俺が退学?

 

あり得ない。ありえない。アリエナ――。

 

「退学の手続きがありマス。職員室までお願いします」

 

「ふざけんな。何で俺が!!!!」

 

何かの間違いだと抵抗を試みるが、上手く力が入らない。

クラスの連中に取り押さえられ、自分でも何と言っているかわからない罵詈雑言をまき散らすことしかできなかった。

 

一体、どこで俺は間違えたんだ……。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「退学ってどこか他人事というか、実感がなかったんすけど……今回の特別試験で、やっと自分たちがどんな学校に来たのか、どうやって戦っていかなくてはいけないのか、身に染みてわかったっす」

 

波多野は目頭を指先で押さえ、顔を伏せる。だが、次に顔を上げた時は潤んだ瞳であっても、まっすぐと前を向いていた。

 

「デンヤくんは何だかんだでクラスのことを考えてくれてたっす。その気持ちに恥じないよう頑張っていくっす。先輩方、これからもご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いしますっす!!」

 

力強く頭を下げた波多野の肩に桐山が手を置き頷いて、南雲が参考にしろと武勇伝を語り始めた。

一之瀬はもらい泣きなのか、涙を堪えるので手一杯のご様子。

この雰囲気だと流れで一之瀬のファンクラブが作られようとしている事への言及はできそうにないし、本人もすっかりその点が抜け落ちてそうだな。

 

オレは波多野たちから視線を外し、窓の外を見る。

 

結局のところ、今回の特別試験での月城たちの目的は何だったのか。

 

1年Cクラスは試験結果こそ2位だったが、退学者が出たことで‐200クラスポイント。

1年生のクラス順位が変わることはなかった。

 

よって、この試験の前後で変わったことは、1年Cクラスの人数が一人減ったことだけとなる。

 

波多野が退学しなかったのは本人の判断によるものではあるが、どうにでもできたように思えてならない。

わざわざ本人の意思で退学を回避できるようなルールにする必要はないからだ。

 

あえて生かされたのか。

あるいは、最初から波多野はどうでもよかったのか。

 

クラスメイトの犠牲を代償に決意を新たにできた1年Cクラスとは裏腹に、オレには釈然としない結果となった。

そして釈然としない出来事はこの後また起きることになる。

 





かなりの力業展開でしたが、原作ではふわっとしていた波田野くんが退学になる試験を書き終えることができました。

実は波多野くん、当初のプロットでは3つの運命がありまして、本来退学ルートで考えていたのですが、見事生存ルートを勝ち取った形になります。
そのあたり含めた諸々の補足は近いうちに活動報告に書けたらと思いますので、興味のある方はぜひそちらも読んでいただけると嬉しいです。


感想もありがとうございます。お返事できておらず申し訳ないですが、順次お返事させていただきます。
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