その割に原作のネタバレを過分に含んでおり、アニメだけでよう実を楽しまれている方、原作は読んでるけど最新刊(3年生編3巻)までたどり着いていない方はご注意ください。
またエイプリルフールのIFものなのでかなりぶっ飛んだ話になっています。
色々世界観が壊れているのでそう言った話が苦手な方もご注意ください。
俺の名前は桐山生叶。
質実剛健、偉大な生徒会長だった堀北学先輩の意思を継ぐ男だ。
ここの連載も長いこと経つようだが、やっと俺が中心で話が始まったな。この嬉しい気持ちを胸に今日も生徒会の職務を全うする――そう、そのはずだったんだが、何かがおかしい。
生徒会室で、俺は今、不可思議な状況に置かれていた。
「どうしたんですか、桐山先輩?あれ、もしかして私の顔に何かついてますか?あー、もしかして綾小路くん用の香水をつけすぎちゃったかも?」
一之瀬が話しかけてくるが、俺が気にしているのは香りじゃない。
というより、一之瀬ってこんなことを言う生徒だったか?
「おいおい桐山。帆波はいつだっていい香りだろうが」
「南雲先輩、セクハラ発言は退学してから言ってくださいね?」
「たった2000万ポイントで済むならいくらでも言えるな」
相変わらずのやり取りにも思えるが……。
いつも以上に一之瀬の言葉の刃が鋭い。
「なぁ」
俺は勇気を出して指摘することにした。
「誰も突っ込まないから聞くんだが、一之瀬、髪の色どうしたんだ?」
「え?」
そう、一之瀬帆波の髪の色が、ブロンドから薄ピンクへと変化していた。
染め直したのだろうか。
だとしたら、何か心境の変化があったのかもしれない。少し雰囲気も変わったし、もし悩みがあるなら相談に乗るのが先輩としての務めだろう。
「何かあったのか?俺で良ければ話を聞くが……」
「何を言ってるんですか、桐山先輩。元々私はこの髪色じゃないですか」
今までの一之瀬とは違った笑顔でそう答えられたのだった。
「そうだぜ桐山。頭でも打ったのか?帆波はこの髪色だろ。俺のおもちゃにするにふさわしいぜ。アニメ世界線ではこれから俺の見せ場がやって来るし、船上での例の展開、楽しみだぜ」
「ふふふ、死体がしゃべってる」
「ぐえーっ」
「な、なぐもっ!?」
一之瀬からの何かしらの攻撃を受け南雲が地に伏す。
俺は怖くなって生徒会室を飛び出した。
こんな事態をどうにかできるのは綾小路しかいない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「あっ、堀北先輩、お疲れ様です」
「ええ、お疲れ様、七瀬さん」
「これからご帰宅ですか?」
「ええ。早く帰ってよう実アニメで兄さんを堪能する予定なの」
「それは……えーと、何よりですね」
「アニメと言えば観たわよ、4期のOP。なかなか素敵だったわね」
「はい。堀北先輩の指差しポーズも決まっていました」
「たださすがに今回は七瀬さんの登場回数の方が多かったわね。特に、あの融合召喚でもするかのような祈りのポーズは良かったわ」
「わかりますか。ここだけの話、私と僕が融合されていることの暗示なんです」
「なるほど、OPでそんな伏線を張っていたわけね」
「2人とも楽しそうだね」
「あら櫛田さん、あなたから話しかけてくるなんて珍しいわね」
「櫛田先輩、お疲れ様です」
「そうだよね、OPでも目立ってEDにもセクシードレスで出てきた二人は楽しくって仕方がないよね」
「えーと……」
「私なんかOPで目隠しつきでちょろっと出ただけなんだよ」
「各クラスが映る場面でもちょこっと横向きで出てたじゃない」
「あははは、ホント堀北さんって人をムカつかせるのが上手だよね。大体、初期の初期から大活躍の私を差し置いてアンタたちも、1年のアイツらもなんなわけ?おかしいよね、今回のアニメ化の範囲でも堀北さんよりも見せ場あるよね、私はさッ」
「それはどうかしら。辛酸を舐めることを見せ場と言えるかどうかは疑問よ」
「それに私たち1年生の出演を下手に絞ってしまうと、刺客がこの人じゃないかって視聴者に疑われてしまうため、やむを得なかったのだと思います」
「この中にホワイトルームからの刺客がうんたらってやつ?」
「よく知ってるわね。あなたはこの件、部外者のはずなのに」
「堀北さんが原作2年生編1巻の発売の時にCMで自慢げに語ってたでしょ。あの時もむかついたなあ。私も原作CMやりたいんだけど?」
「無理ね」
「……残念ですが堀北先輩の意見に同意です」
「あーはいはい、EDで身体に蛇を巻きつけるような変態女たちの話なんか聞きたくなーい。私ちょっと
一体何なんだ。
生徒会室から2年のクラスへ向かう途中で聞こえてきた会話もおかしい。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「きよぽん、みやっち!!」
「どうしたんだ、波瑠加。そんな鬼の形相で」
「どうしたもこうしたもないわよ。私たち綾小路グループの掟を忘れたの?」
「何の話だ?」
「わかってないみたいね。2年生編アニメ1話でみやっちがきよぽんに話しかけた場面を再現して」
「え?……面倒だな。なぁ、清隆」
「ああ」
「いいから早く」
「じゃ、俺が教室に入ってくるところから始めるぞ。『よぉ、綾小路』」
「『三宅……』」
「ハイ、ストップー。なんで急に苗字で呼び合ってるわけ?なに喧嘩中なの?」
「いやそんなことはないけどよ」
「強いて言うなら台本に書いてあったからとしか言いようがない」
「ゆきむーも何か言ってあげて」
「清隆、いまから苗字呼びをしてしまうと、3年生編の例の演出が台無しになるぞ」
「あー……それはまずいな」
「でしょ。ここでしっかり声を上げて円盤では修正してもらわなきゃ」
「やけに気にするな、波瑠加。らしくないんじゃないか?」
「だって…残り少ない私たち綾小路グループの絆を……大事にしたいじゃない」
「「……そうだな」」
「あ、綾小路ッ!!大変なんだ」
「桐山先輩」
綾小路のいる教室のドアを開けて叫ぶ。
幸い、綾小路は友人たちと談笑中だったようだ。いや、談笑というよりお通夜みたいな雰囲気を出しているが、こちらもそれどころじゃない。
「えっと、誰だっけこの人?」
入口の近くにいた軽井沢が驚き、声を上げたことで大勢から注目を浴びてしまう。
「恵、忘れたのか?……まぁ無理もないが」
「忘れたも何も会ったことないし」
「そんなはずはないッ」
思わず声を荒げてしまい、軽井沢が後ずさる。
教室の他の生徒からの視線が痛い。
「その……すまなかった」
確かに軽井沢と言葉を交わしたかどうかは怪しいレベルだが、何度か対面している。
俺の影が薄くて忘れられたのなら、まだいい。
だが、そうじゃないと本能的に感じ取ってしまった。
「ほら、クリスマスの夜、佐藤さんの告白劇のあと、軽井沢さんに清隆くんが風邪薬を渡したことがあったよね。そのあと意味ありげに電話してきて人気のない倉庫に呼び出して会ったのが初対面だったはずだよ。軽井沢さんも同席してたって書いてあったけど」
南雲のサッカー部の後輩、平田が補足してくれたが……俺の記憶にない話。
「あー……アニメでカットされたシーンね。アニメ時空だと会ってないから忘れてたわ」
「恵とオレが繋がっていることを知っている数少ない人物で、桐山が裏切ったら敵対している南雲にそれがバレてしまうという緊張感を生む役割を担っていた。割愛によってそれがなくなってしまうわけだが、2年生編のアニメは大丈夫だろうか」
綾小路もよくわからない心配を始める。
「原作にあった南雲生徒会長の不気味さがなくなっていると思ったら、割愛の影響だったわけか。いずれにせよ、綾小路グループとしては関係ない話だ」
「他人事みたいに言ってるけど、ゆきむーだって、南雲生徒会長に混合合宿でウザ絡みされてた出番を割愛されているみたいよ」
「むしろそれは歓迎すべき割愛なんじゃないか?」
「話を戻すけどさ、原作でもその秘密を話したのがこの人だったなら、辻褄合わなくなっちゃいそうよね」
「ま、いまさらだ。雰囲気で流せるだろ」
ここでも意味が分からない会話が繰り広げられる。頭がどうにかなりそうだ。
俺が裏切って南雲に付くなんてことはあり得ない。綾小路には恩があるし、南雲だって倒せる存在だ。コイツになら俺にできなかった堀北先輩の後を正しく継ぐことができる、それを託したいと思える男だ。
「それで、その生徒会の人が何の用ですか?」
綾小路とよくいるメンバー、佐倉から尋ねられる。
いつかこのクラスのす……なんとかって生徒が起こした暴行事件を堀北先輩がかっこよく解決した時に証人をしていたから覚えている。
あの時は廊下で他の生徒が入ってこないように門番をしていたが、佐倉がベストなタイミングで証人招集に応えられるよう廊下に待機させていたのは俺だ。
あの中ではきっと堀北先輩の素晴らしい推理が繰り広げられていたのだろう。
あの事件がきっかけで綾小路が生徒会に入ることになった。
そうだ、あの日々を俺は取り戻したい――。
「……綾小路を呼びに来たんだ。生徒会の仕事でな」
「生徒会の仕事って、きよぽん、生徒会入ってたっけ?」
「いや」
「は……?」
頼みの綱をバッサリ切断された。
嫌な予感はあったが、考えうる限り最悪の事態。
今すぐこの学校を飛び出して、堀北先輩に助けを求めたいぐらいだ。
「桐山先輩、エイプリルフールはとっくに過ぎましたよ。冗談はほどほどに」
綾小路から冗談にもならない言葉を投げかけられる。
どうやらおかしいのは俺の方なのかもしれない。
俺だけが他の誰とも話を共有できないなら、この世界の異物はこっちなのだろう。
こんな絶望は仲間を南雲に退学させられBクラスに落ちた時以来だな。
それでもあの時は、南雲を倒してAクラスに戻るんだと反骨心も湧いてきた。
だが、今はどうだ……。
解決策も、ゴールも見えない、醒めない悪夢とでも言えばいいのか。
「……そうだな、悪かった。邪魔をした」
全てを諦めて立ち去ろうとした時だった。
「せっかくなので送っていきます。悪いが今日はグループの集まりは欠席で頼む」
綾小路が意味ありげに視線を合わせて、そんなことを言い出した。
そのまま廊下に出てしばらくすると、周りに人がいないことを確認してから声を潜めて話しかけてくる。
「軽率ですよ、桐山先輩。目立つ行動は黒幕に目をつけられます」
「まさか、綾小路、お前……」
「安心してください。桐山先輩の知っているオレです」
「あやのこぉじぃ」
思わず情けない声を出し、涙や鼻水まで零れていたような気がしたが、嬉しさが勝って綾小路に抱きつこうとしたところで、容赦なく手で阻まれた。
「この冷酷な感じ、まさしく本物の綾小路だ」
「少し判断基準が気になりますが、今は置いておきます」
「何というか、お前もあの場に馴染んでいたからてっきり……」
「実はオレも少し混乱しています。クラスの人数は退学者1名分減って、24人だったような気がしていたんですが、登校してみたら39人に増えていて……いや、最初から39人だったような記憶もあり……。そこで何かしらの異常事態が発生していることに気づき、それとなく周囲から情報を引き出し、周りと上手く話を合わせていたんです」
「流石だな」
やはり綾小路は頼りになる。この異常事態の解決に一縷の望みが見えてきた。
「それで、先ほど黒幕と言っていたが」
落ち着きを取り戻したことで、綾小路が発した気になる言葉の意味を確認する。
「色んな生徒から情報を引き出しているうちにわかったのは、他の生徒には共通した違う世界での体験が知識としてある、ということです」
「違う世界……」
「具体的には、アニメや原作、そう言った世界のようです」
「なるほど……。俺もそのワードは道中で聞いたな」
堀北先輩の妹たちがそんな話をしていた。
あの時は深く考える余裕がなかったが……。
「そこから考えられる結論ですが、何者かの手によってオレたち以外が洗脳され、誤った記憶を植え付けられている、ということです」
「!?」
「多元宇宙論や異世界に転移する話は非現実的ですが、記憶の改ざん、洗脳なら手段はあるかと」
「黒幕はこの規模でそんなことを?」
「ええ。どれだけ相手が強大か、わかっていただけましたか」
「ああ」
範囲がどれほどかはわからないが、学生だけでも300人以上。それを洗脳してしまうのだから、個人というより大きな組織的な犯行なのかもしれない。
「オレたちは何らかの理由で洗脳を免れた。ただ、そんな存在を黒幕が許すとは思えません。ここからは慎重に行動しましょう」
「そうだな」
「それに黒幕なら洗脳を解除する手段も持っているはず」
「一時はどうなることかと思ったが、希望が出てきたな。それでこれからどうする?」
「残念ながら黒幕の手掛かりまでは掴めていません。恐らくこの状態において絶対的な力を持っているが故に、オレたちの記憶からもズレた異常な存在ではあると思うんですが……」
「……それなら心当たりがある」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「準備は良いか、綾小路」
「ええ」
生徒会室の扉に手をかける。
異常な存在と聞き、思い出したのは一之瀬だった。
普段の一之瀬なら南雲に毒は吐いても、息の根を止めることは絶対にしないはず……。
「最初に言っておくが、南雲は死んだ。死体が転がっていても動揺はするなよ」
「その程度で心は動かない、ですね」
頼もしいと手放しでは言えない返事だったが、取り乱されるよりはマシか。
「じゃあ行くぞ」
思い切って生徒会室に乗り込むと、信じられない光景が広がっていた。
「桐山、遅刻とは良い身分だな」
「なっ。南雲?お前死んだんじゃ……」
「俺を殺そうとするやつがいるなら見てみたいぜ。返り討ちにしてやるよ」
それはお前の後ろで微笑んでる一之瀬がそうだぞ、とは言えない状況。
いや、それより何事もなかったように生徒会メンバーが仕事をしていることがすでにおかしい。
「桐山先輩、お疲れ様です」
「……お前は、誰だ?」
「冗談キツイですよ。1年Cクラスの波田野です。ほら、この前、八神と一緒に生徒会に入ったじゃないですか」
俺の知っている波多野と違うハタノ。
これも記憶の改ざんによるものなのか?なら、波多野はなぜ消されたんだ?
「てか、桐山、お前いつの間に頭丸めたんだ。遅刻の反省にしちゃ重すぎるぜ」
「これは……」
どうやら南雲を退学にしようとした一連の出来事もここではなかったことになっているらしい。
「あと後ろにいるのは綾小路か!アニメ4期の5話目にしてやっと話せたな。初対面とは思えない会話だったが、ついにここから俺の躍進が始ま――」
「桐山先輩、お帰りなさい。そして綾小路くんもようこそ生徒会へ」
南雲の台詞を遮るように一之瀬が声をかけてきた。
「一之瀬……」
妖艶、といった表現が相応しいのだろう。
これまでの一之瀬にあった純粋さやあどけなさが一切感じられない笑顔に背筋が凍る。
「単刀直入に聞くが、これはお前の仕業なのか、一之瀬」
「綾小路くんに聞かれちゃったら正直に答えるしかないね」
物怖じしない綾小路の言葉に、一之瀬が、これまた見たことのない表情で嬉しそうに答える。
その笑みには、例えるなら会えなくなってしまった存在に奇跡的に会えたような、哀惜の念が込められていた。
「うん。想像通り、この騒動のきっかけは私。今の私はね、アニメ、原作、漫画、外伝、二次創作、あらゆる世界線――もちろん、3年生編の記憶まで統合された存在なんだ」
相変わらず何を言っているかわからないが、とんでもない存在ということだろう。
その証拠に、一之瀬が話し始めた途端、俺たち以外の生徒会メンバーは時が止まったかのように動かなくなった。
「どうしてこんなことを?」
「愛だよ」
「愛?」
「知ってる?アニメよう実はね、改変の1期、作画の2期、尺の3期――ぜーんぶ、私被害者なんだ。堀北さんに出番は奪われ、綾小路くんとの絡みは減り、見せ場だった万引きの話も尺不足で割愛された結果、全然響かない内容になっちゃったんだ……。だっておかしいよね、たった2回だけ訪れた綾小路くんを引き籠って誰にも会わないと決めていた私がすんなり部屋に入れて、簡単に絆されちゃうって。そんな軽い女じゃないよ、私。毎日昼休みを使ってドア越しに話しかけてくれたから、最後の最後で私の心を揺らす言葉をくれたから、部屋の中に入れて過去の話もして、救ってもらえたの。南雲先輩も中途半端にしか出てこないせいで、騙して生徒会に入れたとかさ、私の秘密を勝手に坂柳さんに渡してたとかさ、私を手に入れるために暗躍してたとかさ、そういうの全部なくなっちゃたからピンチ感もなくなって、綾小路くんにチョコを渡した意味も薄れちゃったんじゃないかな。というか、その後に私が香水をつけ始めた話とか、ホワイトデーにお返しを貰えた話とかぜーんぶ割愛でしょ。春休みの話だって時系列がぐちゃぐちゃになっちゃったせいで、雨の降っている中、寮の目の前で雨に打たれている変な子になっちゃったんだよ。あんな場所じゃ、どう考えても誰かに発見されて声かけられちゃうでしょ。なんなら綾小路くんに声かけられ待ちだよね、あれ。私が弱ってるときにいつも綾小路くんがそばにいる気がする(自演)ってなっちゃってるよね?原作みたいに、綾小路くんがわざわざ傘を借りてまで私の後を追いかけてくれて、綾小路くんらしからぬ機転を利かせて一緒に雨に濡れながら帰るから意味があるんだよ。ちょっと強引に綾小路くんに部屋に誘ってもらえるのも楽しみにしてたのに、サクッとついて行っちゃうし、そのあとの約束だって原作の文章じゃ告白ムードだったよね、私の唇に親指を当ててたよね……なのに、あれはなに?中途半端だよ、日和ったの、アニメ小路くん?あんな描写じゃ私満足できないよ、ひどいよ……」
虎の尾を踏むとはこういうことか。洪水のように一之瀬の不満が溢れだし、止まる気配がない。
「――4期は今のところとっても素敵なクオリティだよ。だからこそ許せないの。時すでに遅しだってわかるでしょ?アニメしか見ていない視聴者にとって、綾小路くんを好きになった私って、足が速いだけで綾小路くんに惚れた佐藤さんと大して変わらないと思われちゃってるよ?これじゃあ無人島で頑張るのも、その後の船での出来事も全部全部全部全部ッ、勝手に惚れた軽くて重い女の行動に見えて滑稽だよ。私、クラスのみんなのためにって信条まで曲げちゃうのに。このままじゃ空虚で薄っぺらい失恋になっちゃう。ワンチャンもないのに告白した自意識過剰女みたいに思われちゃう。この想いが、綾小路くんに対する恋が、この愛が軽くみられることだけは、私、ぜっっったいに許せない」
「一之瀬……」
綾小路の呼びかけに、一之瀬は俯く。
「アニメのことばっかり話しちゃったね。原作ではさ、辛いこともあったけど、考え方を変えたら綾小路くんと幸せになれる、というかそうなった瞬間もあったんだよ。でもね、3年生編に入った途端、雲行きが怪しくなっちゃった。やっぱり待ってるだけじゃダメなんだなって」
「3年生編……未来の情報まで持っているわけだ」
「そうだね。――割愛によって愛が割れて散ってしまったのなら、全部集めて合わせればいい。その願いが叶って、あらゆる次元の私が統合されて、今の私が生まれたの」
「言うなれば全次元統合一之瀬ってところか」
冷静に名前を付けている場合か、綾小路。
しかもそのまんまなネームだ。
「そう、だからね。いま、あらゆる次元で、私――全次元統合一之瀬がね、頑張ってるんだ」
その呼び方、採用するのか、一之瀬。
「頑張っている?」
「うん。私が『愛』を持って割『愛』してあげるんだ。どの作品でも、どの媒体でも、2年生編で無人島に行く前に、南雲先輩の存在を割愛するの」
「いまさら南雲なんて消したところで仕方がないんじゃないか?」
酷い言われようだが、ことは南雲一人の存在の有無で済むような話ではないと思う点は綾小路に同意だった。
「どこが分岐だったのかなって考えたら、やっぱり2年生編の4.5巻での出来事だよ。これまで散々出番を割愛されてきた南雲先輩だからさ、あの場面での登場も割愛しちゃっていいよね」
詳細はわからないが、恐ろしいことを言っていることは伝わってくる。
次元云々は置いておいても、どうやら今の一之瀬はタイムトラベラーのようなもので、歴史の改変に来た存在と捉えてよさそうだ。
「そうすれば、あのまま夕陽が沈む中、2人は結ばれて幸せな学生生活を送れるんだ。あの女はいるけど、綾小路くんなら周りにバレずに二股、三股ぐらい余裕でできるよね。過程は関係ないの、最後に私さえ勝っていればそれでいいから」
「それ、オレの決め台詞なんだが……」
「うん、わかってて使ってるよ?綾小路くんと一緒がいいから」
「……桐山先輩、どうやら情報アドバンテージでもこちらは非常に不利です。オレたちが知らない未来の出来事や話した覚えのない秘密まで握られていると思ってください」
綾小路ですら押され気味の反応。
「くっ、あの優しかった一之瀬がどうしてこんな……」
「そんな私はとっくの昔に捨て去りましたよ、桐山先輩」
「一体、未来で何があったんだ……」
「これから変わる未来の話なんてしなくていいじゃないですか。それに南雲先輩が消えれば桐山先輩も嬉しいはずですよね?」
「それは……」
言葉に詰まってしまった。確かに南雲が消えれば、俺たちはAクラスに上がれるかもしれない。
だが……。
「それは間違っている。そんな方法で得た勝利に意味はない」
例え憎い相手でも、不正で消し去るなんてあってはならない。そして何より――
「堀北先輩ならそう言う、ですか?」
「ぐ、心まで読めるのか!?」
「まさか。いつまでも他人の姿を追っているからあなたは薄っぺらいんですよ。ほんと、昔の自分を見ているようで嫌になります。欲しいものは、逃げずに掴まなきゃ。そう私は逃げるわけにはいかないんです」
明らかに空気が変わった。
臨戦態勢とでも言えばいいのか、言葉選びを間違えれば大変なことになる、そんな圧を感じる。
「なぁ一之瀬。オレたちを洗脳しなかったのは、心のどこかで止めて欲しかったからなんじゃないか?」
「そ、そうだ、そうだ。どんな一之瀬でも根の部分は変わらないはずだ」
綾小路が良いことを言ったので援護射撃をする。
「いえ、桐山先輩のことは完全に頭から抜け落ちてただけです。どの世界線でもパッとしない人なので、忘れてました」
そんな射撃は避けられただけでなく、返す刀でぐっさりと精神を抉って来た。
いつもこんな言葉の暴力に耐えてきたのか、南雲のヤツ……。
「ならオレは?」
「ふふ、好きな人を洗脳して堕としても仕方ないよね。ちょっとこの世界の影響を受けちゃってるみたいだけど、いまもなお自我を保ち続けてるなんてさすが綾小路くんだよ」
そう言えば記憶が混在しているような話をしていた。
「でも楽しいおしゃべりはこれでおしまい。もう二人以外は南雲先輩が割愛されたとしても違和感を覚えることはなくなったよ」
「何ッ!?まんまと洗脳する時間を稼がれていたのか」
やけに色々話してくれるので、どんな状況でも一之瀬はコミュ力が高いな、と思っていた自分を恥じた。
「これで私のハッピーエンドを迎えられる……」
動かなくなっていた南雲の身体がゆっくりと宙に浮かび上がっていく。
汚い花火でも打ち上げるつもりなのか!?
「待ってくれ、こんな奴でも、俺のライバルなんだ。こんな形で決着はつけたくない」
ほとんど反射だった。
浮かび上がっていく、南雲の身体にしがみつき、必死で引っ張る。
「邪魔だけは一流ですね。こんな人庇う必要なんてないだろうに……。憧れで曇って、植え付けられた偽善でも、そういうところは嫌いじゃないですよ、桐山先輩」
「一之瀬、思い直してくれたか」
「でも邪魔なので消えてください」
俺の言葉なんて、今の一之瀬には届かない。届くはずがなかった。
一之瀬が手を振りかざす。
最初に南雲が倒れた、あの技か。不可視の一撃が瞬きする間に俺を襲うのだろう。
そう覚悟を決めた――
「ッ」
「綾小路くん!?」
机を抱えて俺たちの間に入った綾小路。
机は粉砕し、その破片が綾小路を傷つける。
「一之瀬、本当に、これがお前のやりたいことなのか?オレと一緒にやりたいこと探しを手伝ってくれるんじゃなかったのか?」
「それは……この世界線だけの話なんだよ。一緒に無人島で星空を眺めたのも、生徒会で頑張るのも、全部……」
綾小路の言葉を受けて、一之瀬は俺たちに背を向けた。
「この学校に入って、確かに私は何人か救いもしたけどさ、だけどその分、心には恨みや妬みが貯まって、愛している人さえ傷つけて――。みんなの幸せを祈った分、他の誰かを呪わずにはいられない。この学校ってそういう仕組みだったんだね」
そしてゆっくりと顎を突き出すようにして首を深く捻って軽く仰け反るような形で顔だけをこちらに向ける。
シャフっとした角度で視線は綾小路に向けられていた。
「私って、ほんと、バカ」
一之瀬の頬に涙が伝っていく。
その瞬間、一之瀬を中心に嵐のような暴風が吹き荒れ、生徒会室の机や椅子が吹き飛び、立つこともままらない状況になる。
「一之瀬ッ」
風がぶつかり合う轟音の中で、綾小路の声が響く。
「何度も何度も綾小路くんを嫌おうとした。だけどできなかった」
風圧で押し出されそうになる中、それでも綾小路は踏みとどまり、一歩ずつ一之瀬に近づいていく。
「何度も何度も綾小路くんと結ばれようとした。だけど叶わなかった」
風圧が刃となり辺り一帯を切り刻む――だが、その刃が綾小路を傷つけることはない。
「何度も何度も何度も――」
綾小路の伸ばした右手が一之瀬の乱れたピンクの髪に触れ、そして頬に軽く掌を添える。
「何度もあなたを愛した。もう、割愛なんて、されたくないの――。この愛を一片も失いたくない」
風が止んだ。
だが、ボロボロになって壁や天井が吹き飛んだ生徒会室に、今度は雨が降り注ぐ。
大粒で、これもまた止みそうにない。
綾小路はゆっくりと親指を動かし唇にそっと這わせた。
「もし、愛が割愛されて欠けてしまったのならオレがいくらでも補充する」
2人は見つめ合い、束の間の静寂が訪れる。
「そんなことできるはずない、できないよ。綾小路くん、愛が何なのかもわかってないでしょ?」
「他の世界線のオレは言わなかったのか?」
「何を?」
「心配するな、帆波。オレにとっては朝飯前だ」
潤んだ瞳を丸くする一之瀬。
「――そうだね、この世界のあなただけ、だよ」
「なら早まる前にこの世界線の行く末を見届けて欲しい。まだ完結してないんだろ。まずはここから始めてみないか」
「……約束、してくれるの?」
「ああ」
綾小路の返事を聞き、抱きしめる一之瀬。
その表情は、俺の知っている一之瀬の笑顔に戻っていた。
って、俺は何を見せられているんだ?
こっちは南雲が飛ばされないように必死に抱きついてるっていうのに……。
そうしてあたりが光に包まれていき、意識が薄らいでいく中で、微かにシトラスの香りがしたような気がした。
――――目が覚めると、寮の自室のベットの上だった。
あの出来事が夢だったのか、それとも一之瀬の想いを綾小路が受け止めた結果、元の世界に戻ったのかは定かではないし、確認するすべもない。
だが、それでいい。
俺たちはどんな世界にいても、後悔をしないように、いま、この瞬間を大事にしなきゃいけないんだ。
あの一件は、改めてそのことに気づかせてくれた。
それだけで十分だ。
「俺もあの人に憧れているだけじゃダメなんだろうな」
憧れを理由にその場にとどまり続け、自分としての一歩を踏み出す勇気が持てなかったのかもしれない。
教室のドアの前に到着した。
南雲のAクラスに負け続け、暗い雰囲気が続いている、3年Bクラス。
そうだ、元気よく挨拶して入室することから始めよう。
小さな一歩、小さな変化から何かが変わっていく、そんな予感がした。
「みんな、おは――」
「私は全次元統合鬼龍院だ。あのまま卒業は納得がいかなくてね。キミたちにも協力してもらい綾小路の秘密を暴いていこうと思う。さぁ馬車馬の如く働いてもらうぞ、覚悟したまえ」
俺は無言で教室のドアを閉める。
「あやのこぉじぃいいー」
そうしてまた今日も綾小路のもとへ走り出すのだった。
こんな話を書いていますが、アニメも原作も漫画も大好きです。あくまでちょっとツッコミどころをネタにしただけなのと、割愛されているキャラクターの気持ちになってみたことで生まれてしまった話でした。
一之瀬さんは本編では闇落ちしない予定のため、ここで存分に暴れてもらいたかったというのもあります。昨年の真面目なIFと随分変わってしまいましたが……
ちなみに桐山先輩目線なのは、割愛の被害者の会代表に相応しいのとオチ要員です。
次回更新からちゃんと本編を進めます。アニメに即抜かれてしまいました……。頑張らねば。
お付き合いいただきありがとうございました。