もともと 一之瀬さんの誕生日に更新しようと書いていたはずが、気づけば綾小路くん&龍園くんの誕生日公開に……
気づけばアニメ4期も終わっていてBDが3巻まで届いていて……
気づけば3年生編もかなり進んでいて……もうすぐ5巻発売!?
6月も中旬に差し掛かった頃、教室で茶柱先生から夏休みのスケジュール――無人島試験の実施が告知され、今はそのルール説明が始まっていた。
戦略カードの導入は生徒会の尽力によって何とか納期に間に合い、正式に受理されたが……この期間中、早朝、昼休み、放課後から深夜まで授業以外は殆どパソコンに向き合う日々だった。
これが俗に言うブラック企業というやつなのかもしれない。どうやら白でも黒でも色の名前を冠する組織は人権を無視する傾向にあるようだ。
そうした新しい学びがあっただけでなく、事前に無人島で使用する予定の腕時計やタブレットに触れる機会を得られた点も悪くはなかった。
ただテストプレイと称して主に実機を使っていたのは南雲たちなので、経験値ではあちらが一歩リード。
こっそりやればいいものをわざわざ見せつけてくるあたりが南雲らしい。ただ、オレを焚き付けるための無駄な挑発は、今回に限って言えば普段とは違う理由で無駄だった。それを伝えても南雲を喜ばせるだけなので口にはしないが……。
そんなことを考えている間にグループ組みについての説明が終了した。
一般生徒へはグループを組んで戦うことのみ説明され、無人島で具体的に何をするかは不明のまま。参考までに『学力や身体能力をはじめ、あらゆる力が試される』とだけ伝えられた。
つまり試験内容を予想しながらグループを作らなければならない。ここから試験は始まっている――。
流石に2年目ということもあってか、クラスメイトの大半はそう捉えているようで各々複雑な表情に変化していった。
だが、そんな心境はお構いなしと特別試験は彼らを追い詰めていく。
ここ数日の生徒会の成果、戦略カードの説明が始まったからだ。
課題やエリア移動に触れない一部のカード――「ロブ」「リーブ」「レベルアップ」が参考例として紹介され、他にどんなカードがあるのかと生徒たちの頭を余計に悩ませる要素となる。
その手の思考に時間を割く必要がなく、適切な対応を取れるのは生徒会所属の特権だろう。
今になって思えば、生徒会役員を集める手間を考慮し、学校側としても退学の確率を下げているのかもしれない。ただそれで退学の確率が減るかと言われると微妙なところ。
役員として活動する以上は嫌でも目立ち、対抗クラスから標的にされるリスクが出てくる。特殊な環境であるからこそ、うまく調整をしている節が見受けられた。
「どういった戦略を立てるかゆっくり考えることだ。時間はまだある」
そう茶柱先生は試験の説明を締めくくり、『今回も期待しているぞ』と言いたげにこちらに視線を寄こしてから退出した。
続いて高円寺が席を立ったが、わざわざ追いかける必要はないな。
全校生徒に説明が行き渡ったことで、ここから期限までグループ作りの期間となる。
オレも『リーブ』のカードを必ず入手できるという確証はないため、慎重にメンバーを選ばなくてはならない。
可能性は低いが、月城がオレのグループメンバーを買収し、開始早々リタイアするよう命じた場合、苦戦を強いられる。
無人島試験で月城から仕掛けられた勝負内容は『オレを退学にする試験の参加者がいるグループよりも上の順位を取る』こと。
つまり、3年は南雲のグループ。1年は正確なメンバーは不明だが、宝泉とホワイトルーム生の2人も対象だろう。
総合評価B以下になるメンツで、これらのグループに渡り合える戦力かつ月城に買収されない人物で揃えることが最低条件となる。
「綾小路くん、ちょっといいかしら」
休み時間に入ると堀北から声を掛けられた。
「堀北、なんだか随分久しぶりだな」
「おかしなことを言うのね。毎日教室で顔を合わせていると思うのだけれど」
「……そうだよな、今の発言は忘れてくれ」
どうもGWにサッカーをして以来、会話をしていない感覚があった。そのサッカーもつい先月の出来事だが、遠い昔に思える……が、気のせいだったな。連日の過労で疲れでも出たのだろう。
「なら早速本題に入らせてもらうわよ。この無人島試験は私たちのクラスがAクラスに上がるチャンスだと考えているの」
「……は?」
真面目にそう訴える堀北には違和感があり、すぐに言葉を返せない。
「何かおかしなことを言ったかしら?お化けでも見たような顔をしてるわよ」
霊的現象を目の当たりにしたら好奇心を抑えられない可能性があるため、その例えは適切とは言えないな。
「なんというか、てっきり『去年兄さんたちがヘリで視察に行っていたのは今回の無人島に違いないわ。この夏は兄さん公認の無人島ライフをエンジョイするわよ、綾小路くん』とでも言うのかと」
試しに違和感を正直に伝えてみる。
「久々にコンパスの出番のようね」
「悪い、ちょっと疲れてるみたいだ。聞き流してくれ」
結果、生命の危機が訪れたため慌てて訂正する。
自覚はなかったが、ブラック生徒会での疲れはそれなりにあるのかもしれない。
……いや、やっぱりブラコン発言がない堀北の方がおかしいんじゃないか。
「疲れ?あなたも一応ヒトの子だったということね。まぁその指摘は一理あるのだけれど、今はクラスを優先よ」
「ブラコンも成長するんだな」
皮肉には皮肉で返しておいたが、堀北からの反論が来ない。それどころか、黙って俯く表情には悔しさのようなものが滲み出ていた。
「成長なんて、してないわ……。最近は実力不足を痛感することばかりよ」
DクラスからAクラスに昇りつめて卒業する。そんな前人未到の快挙を成し遂げることで兄を超えてみせる。そう意気込んだものの、気持ちひとつでいきなり状況を変えられるほど世の中は甘くない。
堀北も考え、悩み、足掻いている最中。
学の見立て通りならいつか芽吹く可能性を秘めている、はずだが……アイツも妹には甘い部分があるからな、手放しでは信じられない。
「話を戻すわ。クラス内でグループを組んで1位、2位、3位を独占すれば600ポイント。一気にAクラスよ」
あまり触れられたくないのか、無理に表情を作り直したように見えた。
「不可能に近いことを除けばその通りだな」
何を言い出すかと思えば、あまりにも強気な考え。
対戦相手が同学年だけならまだしも全学年参加の戦いで実現は困難。誰にでもわかることだ。
勇敢と無謀は異なる。
やる気が空回りし始めたのだろうか。
「そうかしら。綾小路くんのグループが1位、高円寺くんが2位、そしてクラスの精鋭を集めた私のグループで3位を獲る。死ぬ気で頑張ればいけると思わない?」
「どこからツッコめばいいんだ」
とは言ったが、高円寺次第では不可能と断言しきれない部分もある。もちろん、それなりの犠牲も必要だが、そこをクリアすれば夢物語ではない。
例えば、メイングループ以外は反則にならない範囲で早々にどこか他クラス、他学年の3グループをリタイアに追い込み退学枠を埋める。そして残り期間で他の有力グループの妨害に徹し続ければいい。
クラス内外で高難易度の交渉と連携が必要になってくるが、その算段までついての発言だというのなら、堀北を甘く見積もっていたことになる。
「所詮、机上の空論だってわかっているわ。あなたも高円寺くんも全力で戦ってくれるとは思えない。仮に戦ったとしても今回は学年全体の戦い。勝てる保証はないものね。あぁ昨年の体育祭が懐かしいわ。あなたたち、兄さんの次に輝いていたのに」
「発破をかけてるつもりなら無駄だぞ」
残念ながら堀北の狙いがはっきりしてしまう。
ただオレを焚き付けるための大袈裟な方便。
それ以上でもそれ以下でもなく、堀北に対して夢物語を描いていたのはオレだったようだ。
堀北にしろ、南雲にしろ、安い挑発が好きなのは構わないが、オレがそれを買うと思われているとしたら少し心外ではある。
「……そう」
期待はしていなかっただろうに、それでも落胆を隠せない様子。
ここまでポイントが動く試験もないため無理もないが……。
少しやり方を変えてみるか。ここで堀北が自暴自棄になりクラスが混乱するのはオレの望むところではない。
「だが、喜べ堀北」
「……?」
「今回、オレは1位を目指す。これは決定事項だ」
「……目指すだけなら誰にでもできるわよ?池くんにだって余裕よ」
堀北は信じられないと言わんばかり。
たまには素直に喜んでみてもいいんじゃないか。
まあそんな堀北は想像できないが……。
「以前、茶柱先生にも似たようなことを言われたが、言葉遊びをしているつもりはない。1位は確定したと思ってもらっていい」
「大した自信ね。根拠もなしに、信じろと言うの?」
棚から牡丹餅が落ちてきたが、落ちてきたのが本当に牡丹餅かどうか吟味する。甘い話に簡単に飛びついて来たりはしない。
「学公認のオレを信じられないのか」
「兄さんが認めたあなたならその自信、虚言ではないと信じれるわ」
前言撤回。簡単に飛びついて来た。
言っててなんだが、ここまでだと心配になってくるぞ、チョロ北。
「高円寺くんが無理でも、残りの選抜グループで2位か3位に入ればいよいよAクラスが見えてくるわね」
ひっそりと拳に力が込められているのがわかる。
学が卒業してからどこか迷走していた堀北だったが、Aクラスで卒業するための道を堀北なりに模索して頑張って――
「ねえ綾小路くん」
「どうした?何か気になる点でもあったか?」
試験に関する懸念点でもあるのだろうか。
確かに明かされていない情報を推測すれば疑問はいくらでも出てくるだろう。
堀北は真剣な眼差しでまっすぐこちらを見つめてくる。
「Aクラスの卒業特典で『兄さんのお嫁さん』って希望したら叶うかしら」
「……無理なんじゃないか?いくらこの学校でも法律を破ることはできない」
「……」
「……」
「やっぱり方針を変えるわ。今年の夏は兄さん公認の無人島ライフをエンジョイするわよ、綾小路くん」
「おい」
「冗談よ」
本当に冗談だよな、堀北。
オレはお前のブラコン力に関していえば絶大な信頼を寄せているんだぞ。
「それより綾小路くんこそ、どういう風の吹き回し?」
「何のことだ?」
「とぼけないで。これまでの試験、あなたが活躍することは多々あったけれど、始まる前からここまで積極的な姿勢を見せるなんて。無人島で大雨が降ったら綾小路くんのせいよ」
「変なフラグを立てないでくれるか」
ホワイトルームの環境であっても、天候を操作する術はカリキュラムにない。できるのはせいぜいデータを元に予測することくらい。
オレとしても昨年に続き今年も大雨に見舞われるのは勘弁願いたい。
「まぁ堀北の言い分も理解できる。だからこそ、その疑問の答えを提供するのはオレよりももっと適任がいる」
「適任?」
「そのうち、向こうから連絡が来る」
「それっぽいことを言って逃げてるわけじゃないわよね」
「学公認のオレを信じてるんじゃなかったのか」
「信じるわ」
あっさり引き下がる堀北。
こうなると、この戦法がどこまで通用するのか気になってくる。
「そう言えば、学が卒業前に『試験のためなら綾小路にポイントを好きなだけ貸してやれ』と言っていたのを思い出した。さっそく入り用なんだ、10万ポイントほど貸してくれないか?」
「兄さんはあなたをそんな子に育てたりはしないわ」
「育てられた覚えはないんだが」
仮に学に育てられていたら、オレもブラコンになっていたのだろうか。危なかった。
「私の兄さんへの想いを測ろうとしても無駄よ。元からインフィニティなのだから」
「流石だな」
盲目的なイエスマンではなかったか。
もっとヤバい発言が出たような気がしたが、オレには聞こえなかった。何も聴いていない。つまり何か起きたとしても知らない、ということ。頑張れ、学。
「それにしても――」
こんな無駄としか思えないやりとりも、時間の浪費だと思えなくなっているから不思議だ。
「それにしても、なに?」
「それにしても、学は良い兄貴だったな」
「当然でしょ。いえ、勝手に過去形にしないでくれるかしら」
喉元まで出そうになった言葉を口にするのは止めておいた。
遠くない未来、堀北にも決断を迫られる時が来る。評価が二転三転するやつだが、その時どんな選択をするか、少し楽しみに思えた。
予鈴が鳴り、騒がしかった教室が徐々に静かになっていく。
「ひとまずしばらくは迂闊にグループ作りをしないようクラスの連中に周知しておいてくれ」
「そうね。私も考える時間は欲しかったし丁度いいわ」
これで話はついたと思い、オレも席に戻ろうとすると、堀北から呼び止められた。
「そう言えばあなた七瀬さんに何をしたの?」
堀北の神妙な面持ちから、明るい話ではないと察する。
「七瀬に?身に覚えはないが……」
強いて言うならサッカーの試合でポチ呼ばわりしたことか?いやそれは関係ない。
普通に考えればポチと同じ扱いなら不満はないはず……。
「サッカーの試合会場へ行く途中、何かとあなたのことについて聞かれたの」
そう言えばバスの中で親しげに話していたな。
あの時はてっきり七瀬もブラコンなのかと思ったが……。
「具体的には?」
「普段の印象とかクラスではどう過ごしてるのかとか……」
他愛のない話に聞こえるが、何らかの目的がなければわざわざ聞かない質問でもある。
「ちなみになんて答えたんだ?」
「親愛なる兄さんの下僕」
「……あれ以来、七瀬とはなぜか疎遠になっていたんだが、いま原因が分かった」
「安心なさい、もう少し言葉は選んだわ。綾小路くんが距離を置かれているのとは無関係よ」
「安心できる要素が見当たらないんだが?」
言葉を選んだ結果、『私の次に兄さんを愛する者よ』くらい言っていてもおかしくはない。
どう転んでも印象は好転しない事実を前に膝をつきたくなる。
「今度の試験、1年生も競争相手。女心を弄び過ぎれば無人島で刺されるかもしれないわよ」
「堀北みたいに気軽に刺してくる人間はいないんじゃないか?」
「あら刺されたいなら最初からそう言ってくれればよかったのに」
「……ご忠告、有難く受け取っておきます」
本鈴が鳴り、教師が教室に入って来たため会話を切り上げ着席をする。
七瀬の件は頭の隅に留めておくことにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「珍しいですね、一之瀬さんからお誘いいただけるなんて」
「そうかな?特に意識したことはなかったけど、坂柳さんはいつも忙しそうだし、遠慮しちゃったのはあるかも」
坂柳さんは葛城くんから降りるとゆっくり教室の中に入って来た。
「終わったら連絡しますね」と葛城くんに伝え、頷いた彼はさっとその場から立ち去る。
無人島試験の概要が発表された放課後、特別棟の一室を借りて、坂柳さんに会談の申し入れをした。
今回の試験、ここが最初の関門だと思っている。
坂柳さんを説得できるかどうか。これが私たちの無人島試験での行動に大きく関わって来るからだ。
「どうぞ座って」
「ありがとうございます」
用意しておいた席へ案内し、坂柳さんと机を挟んで対面する形で座る。
彼女へ本題を切り出す前に、少し深呼吸をして、戦略カードの提案後にした綾小路くんとの会話を思い出す。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「初日から大忙しだったね」
携帯を確認すると時刻は22時を回っている。
流石の綾小路くんも疲れてるかな?と思ったけど、そうでもなさそうないつもの表情。
表に出していないだけ、でもなさそう。なんとなくだけどそう思った。
「一之瀬の方は大丈夫か。よくわからないイベントを押し付けられていたが」
「うん、大丈夫。私、こういうの企画するの好きだし」
自分の方が大変なのにそうして気遣ってくれるところが――だ。
ただちょっとだけ後ろめたい気持ちになる。
実際、誰かが笑顔になるために頑張る、というのは好き。
何でかって言われるとはっきりとした理由は出てこないけど。
ううん、それは嘘。きっと家族の影響だったり、贖罪の意味だったり、色んな気持ちがあって――と思いを馳せるのは今じゃなくてもいいこと。
この企画を受けた理由は善意からだけじゃない。
「……今回の試験だけど、私たちの目標に近づくチャンスだよね」
「そうだな」
24億のプライベートポイントを稼いで全員Aクラスで卒業する。
そんな途方もない目標。
所詮、夢物語。
でも、私たちの大事な夢で、綾小路くんとなら叶えることだってできてしまう、そんな気持ちにさせてくれる、なくてはならないもの。
この目標を達成するための一番の障害は特別試験の仕組みだった。
クラス同士でクラスポイントを奪いあう関係で、クラス単位でのポイント増減はあっても、学年で見ると総数にさほど変化がない。
どこかのクラスが増えた分、どこかのクラスは減ってしまうのでは。もらえるプライベートポイントの対象が変わるだけ。
つまり通常の試験をこなしているだけでは24億ポイントは到達できるはずがない。
過去に誰も試さなかったのはそれがわかりきっていたからだ。
そんなこともあって、試験以外の収入を得るため色々な活動をしているわけだけど、今回の特別試験は別だ。
学年の垣根を越えてクラスポイントが変動する。
他学年のみんなには申し訳ないけど、勝てば大幅に総数を増やすことができるわけだ。
ただしそのためには大きく2つの条件を達成しなくてはいけない。
「綾小路くん、私の提案……聞いてくれるかな?」
「それは楽しみだ。ぜひ聞かせてくれ」
綾小路くんは相変わらずの表情だけど、ちょっとだけ嬉しそうに見えた。
「今回の試験、まずは2年生全体が協力する必要があると思うんだよね」
南雲先輩が支配する3年生たちは統率の取れた動きを見せてくるはず。
1年生だって、初の無人島試験だけどグループ人数が4名まで組めるハンデもあるし、経験で劣る分、上級生を倒すため団結する可能性が高い。
これらの脅威に対して、2年生同士で争っていては勝負にもならず、最悪の場合、私たちの学年から退学者が続出する。
「それで?」
細かい説明をしなくても綾小路くんは状況を的確に把握してくれ、その先の私の考えを促してくれた。
「2年生をまとめるのは私に任せて欲しいの。なんとしても団結して2年生のグループが上位を独占できるようにするよ」
「それはたのもしいな」
難しい話だと綾小路くんもわかっている。だけど「お前にできるのか?」とは言わない。
だから安心して私は次のお願いをすることができた。
「それでね、綾小路くんには、もう一つの問題を任せたいんだ」
「なるほど……それが一之瀬の助けにもなる、ということか」
「うん。そこが約束できるのとそうじゃないのとじゃ交渉の仕方が変わってくるから」
どちらかの前提が崩れれば無人島試験での快勝は実現できない。
お互いがお互いの役割を達成して、初めて目標に近づける。
「わかった。約束しよう。オレのグループが『1位を獲る』」
「ありがとう」
無茶なお願いだけど、綾小路くんならできると信じている。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「それでお話というのは?」
何食わぬ顔でにっこりと笑顔を向けてくる坂柳さん。
「下手な探り合いはナシだよ。このタイミングで話す事は試験の話以外にないよね」
わかっていることを敢えて尋ねてくる。
その反応を観察し、情報を引き出し、相手より一歩先に立つことで話の主導権を握る。そんな話術なんだって、今なら理解できる。だからわざわざ相手の土俵に乗ってあげる理由はない。
「ふふふ、なかなか強気ではありませんか。ではお伺いします。一之瀬さんたちBクラスが私たちAクラスに何のお話ですか?まさか勝ちを譲って欲しいなどと言うわけではないでしょう」
「そのまさかだよ」
「ご冗談を」
「ううん。私は本気だよ。今回の試験、Aクラスには勝ちを譲って欲しい」
絡め手を好んで使う相手には正面から直球をぶつける。予測できても避けられない、そんな速度で。
実際、多少なりとも効果はあったようで、こちらの真意を探るように少し目を細めた坂柳さん。でもそれは動揺を隠す仕草にも思える。
「これはこれは……」
坂柳さんはきっと『共闘の申し入れ』が来るのだと考えていたはず。
無人島試験は大前提として体力は必要不可欠。その面で言えば、A、Bクラスよりも、綾小路くん、椎名さんクラスの方が何枚も上手だ。
だから下位クラスの追い上げを許さないように上位2クラスで協力することで苦手分野をカバーしあう。普通ならそんな提案をする場面。
「まったく、平和主義も極まったと言いますか、戦わずして勝利の意味を間違えていらっしゃいませんか?一之瀬さんのそれはただの我が儘というものです。失礼ですが普通に勝負すればあなたのクラスに負けることはありません。何をしてくるかと期待していたのですが、まさか泣き落としとは」
「ひとつ誤解を解いておくけど、私たちBクラスも勝つつもりはないんだ」
「探り合いはナシとおっしゃったのは一之瀬さんですよ」
「うん。だから単刀直入に言うね。私は今回の試験、2年生として他学年と戦って、上位3位までを独占したいと思ってる。そこで1位にするのは、私たちじゃなくて下位クラスのグループだよ」
「Aクラスがそんな仲良しごっこに付き合う理由がありますか?ましては、みすみす下位クラスの追い上げを許すなど馬鹿げています」
「逆に聞くけど、坂柳さんは綾小路くんを相手に1位を獲れる自信があるの?」
「もちろん、負けるつもりはありません。ですが、そもそも彼が本気で試験に挑むとは思えませんね。私もそこでいつも苦労して――」
『わかった。約束しよう。オレのグループが1位を獲る』
録音しておいた音声を流して聞かせる。
「……」
「今回の提案は綾小路くんも了承済みだよ。綾小路くんを含めた2年BCDクラス連合と同時に他学年を敵に回して戦うか、1位を諦める代わりに、みんなで協力して安全に2位、3位を獲っていくか。どっちが正しいか、賢い――ううん、彼の幼馴染である坂柳さんならわかるよね」
「かなり一方的な押し付けではありませんか。少し一之瀬さんを誤解していたようです。ですが、私がこの手の脅しに屈すると思ったら大間違いですよ」
「脅し?これは私がやろうとしている事実を伝えただけだよ」
「ではまだ本題に入っていないと?」
「もちろん、お願いはここから。当然、坂柳さんを説得する材料も用意しているよ」
「それは面白い。あなたが私に何をしてくれると言うのでしょうか」
坂柳さんは、すでに協力するしかない状況だと頭ではわかっている。
でも、すんなり承諾するより、こちらからの譲歩を引き出したい。もしくは反撃の糸口を見つけたい、そんなところだろう。
何を提示されたところで、ゴネて少しでも条件を良くしようという思考が見える。
「うーん、それで言うと何もしない、かな」
「何もしない?」
「そう、この試験でAクラスが協力してくれるなら、私は9月まで『正妻戦争』に参加しないと誓うよ」
「はい?」
彼女にしては珍しくきょとんとした顔。
「9月いっぱいまで綾小路くんを倒すのは待っててあげる。それまでに坂柳さんは勝負をしかければいいんじゃないかな」
「ふ、ふふふ」
くすくすと坂柳さんは笑って見せる。
「失礼しました。本日一番の面白い冗談でしたので、つい」
「冗談?」
「一之瀬さんが綾小路くんに勝つなど夢のまた夢。彼を一番理解している幼馴染の私が言うのだから間違いありません」
「なるほど。確かにわたしがいつでも正妻戦争に勝てるって証明しないと意味がないよね」
「冗談も2度目は面白くありませんよ」
すっと笑みが消え、冷たい目で静かに圧が飛んでくる。
「それはこれから判断してもらうよ」
明るく振り払うようにそう言って私は携帯を取り出した。
誰にかけるか坂柳さんに見えるように通話ボタンを押し、スピーカーモードにしておく。
『どうした?』
程なくして携帯端末から綾小路くんの声が聞こえてくる。
「いま坂柳さんと議論してて、よかったら綾小路くんの意見を聞きたいなって」
『わかった。何を聞きたいんだ?』
「パンはパンでも食べられないパンは?いくつか正解があると思うけど、一般的な回答が欲しいんだ」
『なるほど。面白い議題だな。例えばカビたパンやデッサン用のパンなど食べることができないパンは存在するが、味や健康的リスクを度外視すれば食べられる。そのあたりがひっかけになっているのか。ただ少し考えれば難しい話でもない。答えはハードタック――堅パンだな。戦時中の保存食でアイアンプレートと呼ばれただけあってそのままの状態ではあまりの硬さに食べることはできない。実物は見たことはないが、記録によれば迂闊に噛みつくと歯の方が折れると聞く。さらに補足すると――』
「ね?」
「……」
『――というのがオレの見解だ。一之瀬、これが正解で間違いな――』
用は済んだので通話を切る。
名残惜しい気持ちはあっても優先順位は間違えない。
「あーあ、坂柳さんとの交渉もこれ以上進まないみたいだし、もうこの辺りで切り上げて、正妻戦争の申し込みをしてこようかなー。無人島試験で団結できないなら私も頑張る意味はないし、彼氏小路くんと一緒にバカンスするのも楽しいよね。うん、そっちが良い気がしてきた。去年はポイントでジェットスキーを借りれたよね。今年もあるかな?あ、生徒会の力で備品に入れればいいんだ。きっと彼ならかっこよく乗りこなせるんだろうなぁ。その後ろに私も乗せてもらって、ふふふ、強い波が来たらぎゅっと……。あーごめんね?坂柳さんには関係ない話だったよね。坂柳さんはこれからも、ずーっと葛城くんに乗ってればいいんだし」
もう一度携帯に手をかけて、綾小路くんの名前を表示し電話をかけようとする。
「お待ちなさいッ」
「待つ?そのお願いを聞いて私が待つ理由がないよね?」
「一之瀬さんの提案を受け入れると言っているのです」
「そっか。じゃあ無人島バカンスは見送りだね。残念……」
そう言って携帯をしまう。
思ったよりもバカンスの想像が楽しくって、本当に残念な気持ちになってしまったけど、うん、説得する言葉の重みが増したということで前向きに考えよう。
狙い通りなんだし……。うん。ひとまずジェットスキーのレンタルはできるようにしておこう。
「ふぅ……あなたも随分変わりましたね、一之瀬さん。本格的に認識を改める必要がありそうです」
「そう思ってもらえたなら光栄だよ」
「ですが、後悔することになっても知りませんよ」
「後悔?」
「ええ。自ら綾小路くんに勝つチャンスを捨てるのですから」
「あー……それについては何も心配いらないかな。私の見立てでは坂柳さんじゃ、綾小路くんを倒せないから」
目を見開く坂柳さん。
でもこれは挑発でもなんでもなくて本当に思っていることを言っただけ。
だって坂柳さんは、私から見ればすごく――中途半端だから。
綾小路くんを想う気持ちがあるのに、勝負に勝つこと、そして勝ち方にもこだわっている。
だからさっき私が使ったような綾小路くんの攻略法をわかっていても、選べない。
あくまでもちゃんと綾小路くんを倒したい。そこに価値を見出している。
なんて無駄なプライドなんだろう。
本当に欲しいものがあるなら何としても手に入れるべきなのに。
「言ってくれるではありませんか。一之瀬さんが後悔する様を、綾小路くんに乗せてもらって高いところか見物させてもらうとしましょう」
そう言って、坂柳さんは杖を手に持ち、床を何度か叩く。
御乱心!?ちょっと言い過ぎちゃったかな。
そう思った直後に葛城くんが教室に入ってきた。
「待たせたな。話し合いはもういいのか?」
「ええ。つつがなく」
さっきのは葛城くんを呼ぶための合図だったみたい。
二人の親密さ(?)が伺える。
でも万が一、綾小路くんと坂柳さんが付き合ったら、葛城くんは用済みの中古車になるんだなって気が付いて、少しいたたまれない気持ちになってしまった。
「詳しい作戦はまた後日伝えるね」
「ええ」
なるべく葛城くんを見ないようにして、乗車中の坂柳さんに声をかける。
「あと葛城くんも、その、頑張って」
「む?ああ。無人島でもしっかり坂柳を運ばせてもらう」
思わず応援してしまったら、どこまでも献身的な言葉が返ってきた。健気すぎるよ、葛城くん。
「では、一之瀬さんがどこまでやれるか見物させていただきます。もちろん、ダメだと思った時はーー」
「うん。その時は見切りをつけてもらって構わないし、それで責めたりはしないよ」
「そうですか。私たちが乗る船が泥舟ではないことを祈っております」
それはそれは素敵な嫌味を残して、葛城くんに乗って坂柳さんは退室した。
その姿が見えなくなったところで、大きく息を吐き、その分、吸い込む。
第一関門をどうにか突破することができた。
「――ありがとう、綾小路くん」
静かになった部屋でつぶやく。
真正面からの読み合いや戦略で私はまだ坂柳さんに勝てる自信はない。
でも、今回戦うことができたのは――綾小路くんが武器をくれたからだ。
綾小路くんがわざわざ正妻戦争なんてものを開催した理由。
最初は驚いたし、ジムでサンドバックも散々叩いたけど、あの綾小路くんが考えなし、あるいは俗物的な考えであんな催しをするとは思えない。そこには何らかの意図があるはず――だから私は必死に答えを探した。
私の推測だけど、正妻戦争はただ勝つだけじゃ意味がない。
交際後にすぐ別れた天沢さんが良い例。
綾小路くんに極端に不利な勝負を仕掛けて、当たり前の勝利を手にしたとしても、彼は約束を守り、交際はスタートする。
そして、遠からず別れを告げられると思う。
実際、提示されているルールに『交際期間』についての言及は一切ない。
ちゃんと交際するためには、文字通り綾小路くんを恋に落とす必要がある。
けど、そうやって相手を選ぶなら正妻戦争をやる意味はないよね。
それは綾小路くんらしくない。
彼のやることに意味がないはずがないんだから。
もちろん、交際後の相手のことを考えてみんなが納得する形でとか、いくつかの目的はあるんだろうけど、それが本命じゃない。
これまでの傾向から、きっと彼は試している。
何を?何のために?
そういった答えは綾小路くんにしかわからない。
でもはっきりわかることもある。
その答えに繋がるものを提供できたとき、彼の心を掴むことができるんだって。
だから慎重にひとつひとつの事柄に目を向けていく。
大々的に発表して実施した――つまり、みんなに知らせることにメリットがあった?
だったら、正妻戦争自体をひとつの道具として扱って欲しい、あるいは扱えるのかを見ているからなんじゃないかな。
その考えに辿り着き、私には全てが繋がったような気がした。
そうして、私は交渉カードとして正妻戦争を利用するに至った。
このカードは、トランプでいうジョーカーのようにテーブルについた相手に対して、切るべきところで出せば必ず勝つことができる、強力な武器。
このジョーカーをうまく扱って戦い抜き、最後はそのカードで綾小路くんをも倒す。
そう、これが私に求められていること。
「綾小路くん、まだいるかな」
時刻を確認すると生徒会室に残っていてもおかしくない時間だった。
順調にことは進んでいると伝えにいくのも悪くない。
生徒会室へ向かう足取りが自然と早くなっていく。
もう少しで到着だと先を見ると、ちょうど生徒会室から出てくる綾小路くんの姿が見えた。
ここからでも元気よく呼びかければ気づいてもらえそうだ。
「おーい」と声を出そうとしたところで、いかにも綾小路くんが出てくるのを待っていましたと言わんばかりに女子生徒が1人現れて、急接近し、声をかけ始めた。
あまりのスピード感に呆気に取られてしまう。
ワンテンポ遅れ慌てて私も二人の元へと駆け出す。
「どなたかと思えば、朝比奈先輩じゃないですか?生徒会にご用ですか?それとも南雲先輩?」
「あ!帆波ー!ちょうど良かった。いま清隆に正妻戦争を申し込んだから、見届け人になって欲しいんだけど」
「はいぃぃ?」
この頭向日葵女は何を言っているんだろう。
尊敬できる先輩だって信じていたのに、とんだ食わせ物だよ。
いや、南雲先輩に見切りをつけて将来有望な綾小路くんを狙うのは理解できる。
でも、朝比奈先輩には南雲先輩がお似合いだと思うな、心の底から。
「勝負はシンプルにじゃんけんね!あー、心理戦要素を入れとくか。私が出すのはグーだよ。清隆はそれでOK?」
トントン拍子に話が進んでいく。まさかこんな運任せみたいな勝負、了承しないよね、綾小路くん?
「ええ、わかりました。パーを出せば勝てるんですね」
って、えええっー!?受けるの?信じるの?純粋すぎるよ、綾小路くん!!向日葵女狐に騙されてるよ。絶対チョキ出すつもりだって!
と、止めなきゃ!!
「ちょっと待っーー」
「じゃんけん、ぽんッ」
「あーーーっ!!」
止めるまもなく勝負が始まり、そして終わった。
怖くて2人の出した手を見ることができない。
もしかして私の推論って間違ってたのかな。
綾小路くんは本当は誰でもいいから彼女が欲しかっただけだったのかも。真っ先に自分に声をかけてくる勇気を持った女性が本当の愛情を持ってる、って考えてたとか?
ここで2人が付き合ったら坂柳さんとの取引も無意味になって試験が大変なことにーーなんて考える余裕もないくらい私は動揺していた。
恐る恐る向日葵女狐の顔を見る。
目が合うと勝ち誇ったようにニコッと笑う。
血の気が引いてゆくのがわかる。
胸が締め付けられて息もできない。
「あー、負けちゃったかぁ。ざんねーん」
「へ?」
朝比奈先輩の手は、予告通りグー。
綾小路くんはパーを出していた。
「これで私は今後正妻戦争に挑めなくなっちゃった。清隆と付き合ってみたかったのになー」
「オレとしてはこの件で朝比奈先輩のことをより信用できる方だと見直しました。今度からなずな先輩とお呼びしても?」
「もちろん。じゃ、用事も済んだし、私は行くねー」
状況が飲み込めず立ち尽くしていると、去り際に朝比奈先輩がこそっと耳元で囁いた。
「私が清隆を盗るわけないじゃん。帆波は本当に可愛いなー」
顔が熱を帯び耳まで赤くなっていくのがわかったけど、反対に頭は冷静さを取り戻した。
「朝比奈先輩、私、信じてましたっ!」
「うーん、そうは見えなかったけど。ま、私もちょっと意地悪しすぎちゃったし、お互い様ってことで」
そう言って今度こそ朝比奈先輩は去っていった。
「ああ見えてかなりできた人だよな」
「うん、そうだね」
綾小路くんは最初から気づいていたんだ。
朝比奈先輩が、わざと負けに来たことを。
正妻戦争は基本的には挑まれたら断ることができないルール。そこを悪用して勝負の内容を『南雲先輩と勝負する』みたいに設定されたら、 極論 、南雲先輩は3年女子生徒の数(鬼龍院先輩は協力しないだろうけど)まで綾小路くんと戦うことができる。
いつ誰がどう仕掛けてくるかわからない状況はすごいストレスだよね……。
特に今度の特別試験ではその手の悪用にも警戒しないといけない。
でも裏を返せば一度倒した相手は安全。
利用される前に負けておくことで朝比奈先輩は敵じゃないことを証明してくれた。
学校全体が、正妻戦争に巻き込まれて、各々考えで動き始めていることを感じる。
一体どこまでが綾小路くんの計算の内なのか。そこにどんな狙いが隠されているのか。
すぐ隣にいるのに、考えても考えても答えは出ない。
ふと、相手のことを考えて悩むのってまさに恋みたいだと気づいて、なんだか可笑しくなる。
案外、綾小路くんもそんな考えだったりしてね、なんて。
争うのは好きじゃないけど、この戦いだけは絶対に負けられないってそう気を引き締め直すことができた。