試験5日目の朝。事件は起きた。
「ちょっと男子、起きなさいよ」
篠原の声が、男子のテントとハンモックのある就寝ゾーンに響く。
少し怒気を帯びた声に何事だろうかと寝ぼけ眼をこすりながら起きる男子生徒たち。
オレもハンモックの上から様子を伺う。
「どうしたのかな、篠原さん」
「平田君、実は……白波さんの下着がなくなっちゃったみたいなの」
こういう時に率先して確認してくれる平田。
平田が出てきたことで少し安心したのか、篠原も先ほどより落ち着いたトーンで返事をする。他のDクラス男子が対応すればこうはならないので本当にありがたい。
「……それは本当なのかい?」
「いま、白波さん、テントの中で泣いちゃってて……」
女子の下着がなくなるというとんでもない事件に、さすがの平田にも動揺がみられた。
しかも篠原がここを訪れたということは目的は、ひとつだろう。
「平田君は関係ないと思うんだけど、男子の持ち物チェックをさせて欲しいの」
「えっと、それは……」
「な、なんだよ、篠原。俺たちが盗んだっていうのか?」
「女子の下着を盗むなんてアンタたちぐらいでしょ、気持ち悪い」
2人のやり取りを聞いていた池が、その他男子を代表して反論するが、聞き入れてもらえない。
「私も……Dクラスの男子からしつこく話しかけられて、変な目で見られてた気がする」
というのは網倉の発言。池、山内のこれまでの行いが火に油を注ぐ。
もちろん、そこまでの事はしていなかったとしても状況が状況だ。
一度疑われてしまえば、もう止まらない。
「やだ、最悪」「気持ち悪い」「無理無理無理」
集まってきた女子生徒たちの嫌悪が膨れ上がっていく。
この共闘関係は、残念ながら即席の脆い関係だ。
成り立っているのは、一之瀬の人徳とBクラスの協調性の高さによるところが大きい。
そのため順調なときは問題ないが、こういった事態になったとき、いとも容易く結束は崩壊する。
そして日頃の行いの差が出ており、真っ先に疑われるDクラスの男子。
自業自得としか言いようがないな。
神崎や柴田、渡辺、浜口などこれまで接してきたBクラス男子が下着を盗むイメージは全く沸かない。それに対してDクラスは……語るまでもないか。
「早く持ち物チェックさせてよ」
「篠原さんの意見に同意です。皆さん、バックの中身を見せましょう。言い出しっぺの僕はもちろん見せられますよ」
Dクラス男子の中に犯人がいる可能性を平田も懸念したのかもしれない。
平田にしては珍しくどうしたものかと思案していたところに、浜口が動いた。
浜口からしてみれば、男子に犯人がいるはずがない。それならばこの疑心暗鬼の悪い雰囲気を解決するために動くのは当然の判断だ。
「浜口君は違うみたいね。ありがとう」
Dクラスの男子への態度とは違い、柔らかな対応を見せる篠原。
「仕方ないね。男子の潔白を証明するためにもみんな協力して欲しい」
平田が残りの男子生徒に声を掛ける。
浜口の持ち物チェックが行われたことで後には引けなくなった。
『スポット殲滅作戦』で使っているのは、すべて男子のバック。
BとDクラスで半分ずつ負担している。また、食料の運搬用にいくつか提供しているため、バックを持ったままの男子は限られている。
間が悪くDクラスでは池に山内、そしてオレもバックを所持していた。
身に覚えはないが、バックを掴みハンモックから降りて、荷物チェックの列に並ぶことになった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
フフフフ、混乱してますねぇ。
付け焼刃の協力関係なんて、ちょっと火種を作ればこの通り。
仲良しこよししていた頃を思い出すと笑いを堪えるのが大変ですよ。
このキャンプに潜入してずっとリーダーを探していましたが、昨日ようやく尻尾を掴むことができました。色々と警戒はしていたようですが、この智将金田の目は誤魔化せませんでしたね。
まず、拠点のスポット更新時には食料調達に回されていましたが、言い換えれば食料調達のメンバーは白になります。
次に、他のスポットを占有するために出ていくメンバー、監視に出ていくメンバーも明かされませんでしたが、拠点に残っているメンバーから大体の見当はつきました。
そうして候補を絞っていき、一番の決め手は、昨日のスイカ割りです。
あれだけ一之瀬氏を慕う白波氏が不在なのは妙でした。彼女が参加できる状態ならいないはずがない。仮に、スポットの監視やリーダーのダミー要因で巡回する役だったとしても、あんなイベントがあるなら誰かに交代してもらってでも来る。
そのぐらい彼女の一之瀬氏への愛は尋常じゃありません。
美術部でも自由課題のときは一之瀬氏の絵しか描きませんしね。
そしてそれを伊吹氏に伝え、深夜彼女の荷物を確認してもらいキーカードの写真を撮ってもらう作戦。こればかりは男の自分がやって万が一誰かに見られたら、人生が詰みますからね。
ただし、少し厄介だったのは、隠密行動ですので不用意に明かりをつけることができない点。
トランシーバーを隠してある場所まで月明かりでの移動は困難です。かといって早朝は、これまた厄介なことにBクラスの男子が釣りの支度を始めるため鉢合わせする可能性が否めませんでした。
そこで、もう一つの策の出番です。
荷物を漁ったついでに下着も取っていただき、Dクラス男子のバックの中に入れておきます。バックはテントの中を少しでも広く使うため、外にまとめておいてありますから、入れること自体は簡単です。
また入れるバックですが、Bクラスは白。Dクラスは青ですので、暗いとはいえ、さすがに間違えはしないでしょう。
そうすることで、朝になったらご覧の通り、騒ぎになりますので、それに乗じて伊吹氏に抜け出してもらい、龍園氏と合流してもらう計画です。
今頃、伊吹氏はトランシーバーの元へ向かっていることでしょう。
そしてこの策の最大の利点は、Bクラスの所持品がDクラスに略奪されたということ。
共闘関係に亀裂を入れるだけでなく、上手く誘導すればDクラスは失格になります。
邪魔なDクラスさえ消えてしまえば、スポットの監視も人手が回らず、ここからの逆転も余裕でしょう。
さあ、仕上げの時間です。BクラスがDクラスを許してしまうといけません。
煽りに煽って、失格に追い込みましょう。
「何やら大変なことになっていますね。これは立派な略奪行為。ペナルティは避けられませんよ。白波さんの友人として私も許せません。犯人の方は大人しく自首すべきでは?」
持ち物チェックをしている集団へと混じり、火種を追加していきます。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
下着騒動はビックリするぐらいうまく行った。
こちらを監視していた神崎は金田についていたし、一之瀬は白波のケアに回っていた。
他に厄介そうな綾小路や世話焼きの櫛田や平田も、下着泥棒捜しの渦中で注意を払える状態ではない。
それを確認した私はBとDのキャンプ地を抜け出し、トランシーバーを隠している大木を目指す。もう誰も止めることはできないだろう。
そこで龍園に連絡して、カメラを渡せば作戦終了。
やっとこの集団生活から解放される。勝負は私の勝ちだ、龍園。
そしてあの女ったらしの綾小路も今頃は断罪されているだろう。いい気味だ。
下着を入れる対象は、Dクラスの男子なら誰でもいいって話だったけど、船上で1日を無駄にさせられたし、拠点でもキャーキャー言われているのは正直ムカついてた。
暗い中でどれが誰のバックかさっぱりわからなかったけど、アイツのバックだけは別。
一つだけあったスイカのシミと匂いのついたバック。そこに下着を入れてやった。
あの仏頂面がどう歪むのか、この目で見れなかったことだけは残念だ。
大木が見えてきた。あと少しで到着すると安心した時だった。
大木の裏からすっと人影が射した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一番怪しいとされていた、池、山内の荷物からは下着は出てこなかった。
その場にいた全員が「信じられない」と、この2人だけボディチェックまでされていたのは流石に気の毒だったと思う。
だが、それもそのはずで、もうDクラスでバックの中を見せていないのはオレだけだったからだ。
生徒会の人間であること
一之瀬から少なからず信頼を寄せられている人間であること
何より楽しくこの数日を過ごしてきた仲間であること
そういった要因からか「じゃあ残ったこいつが犯人で決定だな」といった雰囲気にならなかったことが、少し嬉しくもあった。
「じゃあ残った綾小路が犯人で決定だな」
おい、山内、空気を読んでくれ。
……人はそんなに簡単には変わらないかと思い直すことにした。
「それは誤解だ。オレもこの通り下着なんて入っていない」
確認するね、と篠原がバックを漁る。
「うん。綾小路くんも犯人じゃないね。まぁ当然よね」
「だよなぁ」と周りから安堵の声が聞こえる。
「じゃあ誰が盗ったんだ」
池が疑問をぶつける。こういう時、素直に声をあげられるのは池の良いところかもしれない。
「寛治、まだ一人だけバックを見せてないヤツがいるぞ!」
「あー!ホントだ!俺らじゃなくって、まずこいつを疑うべきだったろ!」
山内、今度は空気を読めたナイスな指摘だな。
一同は池の指さした人物、金田へと注目した。
「へ?ぼ、僕なわけないじゃないですか?」
予想外の出来事に唖然とする金田。
「だったらバックの中、見せてもらってもいいよね」
篠原が唯一残っていた金田のバックを手に取り、中を確認する。
そのCクラスの緑のバックには、とても見事なシミがついていた。
「あ!これ……」
他の女子も集まって確認する。
表情が見る見るうちに恐ろしいものへ変わっていった。
そして、汚物を見るような視線を金田に向ける。
「この変態!犯罪者!」
第一声は篠原。
「マジキモイ。ありえないんだけど」
軽井沢も続く。
「変態キノコ頭」「クソダサメガネ」「豚野郎」「女の敵」「退学だ、退学」などなど、Dクラスの男女からそれはそれは聞くに堪えないほどの罵声が金田に向けて放たれる。
どうだ金田。Dクラス最大の武器を喰らった気分は。
人格をすべて否定されるかのような罵詈雑言の集中砲火に、金田は完全にフリーズしている。
「うまく行ったね、綾小路くん」
「ああ。まさか下着を入れてくるとは思わなかったが……結果、気の毒なことになったな」
少し離れたところから、Dクラスの『口撃』を眺めていたオレに、櫛田がそう話しかけてくる。
トランシーバーを発見した時に、Cクラスの取る戦略の見当をつけ、罠を張らせてもらった。
前提として、ここから逆転するためには、BクラスとDクラスの共闘を崩す必要がある。
その方法として現実的なものは、バックに何かを入れて罪を擦り付ける手だろう。
2クラス間の信頼関係は崩れ、あわよくばペナルティで失格も狙える。
それを行動に移すのはBクラスのリーダー情報を得た時。
これまでの生活でリーダーは白波だと察していたため、櫛田を使い、金田にもそれがわかるように誘導した。
昼過ぎの時刻に何かイベントをすること、それに金田も誘うこと、そして金田のバックをスイカで汚すこと、それらが櫛田に依頼した内容。
その結果、櫛田はBクラスにスイカ割りの企画を提案して、楽しく遊びながらも、不慮の事故を装い金田のバックにスイカを落としてくれた。
また、伊吹はオレに対して少なからず思うところがあったようなのでそれも利用した。
狙いをオレに定めてもらうため、目の前でバックにスイカの汁がつくように動き、オレのバック=スイカで汚れているもの、という認識を持ってもらった。
明かりのない暗闇では、白はともかく、緑と青を正確に区別するのは不可能だ。
シミのついたスイカの香りのするバックを見つけたら、オレの物だと思って疑わない。
ちなみにオレのバックはハンモックで抱えておいたため、万が一にも入れられることはない。
「全部櫛田のおかげだ。ありがとう」
「ふーん。ちょっと調子が良すぎるんじゃない?スイカ割りの時は信じてくれなかったよね?あれ、ショックだったなぁ」
「すみません」
「今後は信頼してくれるんだよね?」
やはりご立腹だったか。しかしスイカ割りを提案したのは櫛田なのだから、ここまで見越していた可能性も捨てきれないな……。
「そろそろ仕上げをする。フォローを頼む」
「あー逃げた。ホント調子がいいよね、綾小路くんは」
逃げてないぞ、金田の元へ向かうんだ。
「残念だが、Cクラスは略奪のペナルティで失格。それとは別に女子生徒の下着を盗んだんだ、金田は生徒会での審議後、退学の処分とさせてもらう」
「ば、ばかを言わないでください。そもそも僕は盗んでいません」
「状況証拠で十分だと思うが……金田には他にそんなことをする人物の見当でもあるのか?」
「そ、それは……」
「伊吹がやりました」とは簡単には言えない。
それを言ってしまえば、この行動の説明、つまりリーダー情報を盗む戦略だったと自白することになる。クラスのために退学を選ぶか、クラスを裏切って戦略をバラすかの2択。
「言っておくが、BクラスもDクラスも大事な仲間だからな。仲間の下着を盗むやつなんて居るはずがない」
「そうだ、そうだ」と援護の声が飛んでくる。
さっきまでの疑心暗鬼などなかったかのようだ。こういう場合、共通の敵ができると心理的にも一体感が強まる。金田はBとDの絆を強固なものにする架け橋となってくれた。
その金田の精神は、Dクラスによってギリギリまで追い詰められている。
冷静な状態であればいくらでも反論の余地はあるだろうが、今の状態じゃ無理だろうな。
だから、こちらから逃げ道を用意すればすぐに落ちる。
「みんな落ち着いて。私には金田君が好きで下着を盗むようには思えないの」
「そんなやつのこと庇う必要はないぜ、桔梗ちゃん」
「でも……私は信じたい。きっと何か理由があったんだよね?」
天使のような悪魔の囁き。
相手を思いやる、助けたいんだ、という気持ちが前面に現れた表情。
櫛田が金田に救いの手を差し伸べた。
その瞳に見つめられた金田の目から涙が零れる。
「す、すみませんでした。実は……」
こうして金田は、龍園の指示で動いていて、下着は仲間割れを狙って盗みあとでどこかに隠す予定だったと話し始める。
伊吹のことやリーダー情報を狙っていたことには決して触れない。
折れたようでまだ折れていない。そのマインドの強さは評価に値するな。
時間を稼ぐことで伊吹が龍園と合流するのを狙っている……。
いや、正確にはリーダー情報をAクラスに持っていくまでの時間稼ぎだろうな。
「理由はわかったけど、結局どうすんの、コイツ」
軽井沢が冷たく言い放つ。他の生徒も冷ややかな態度は変わらない。
性的趣向が理由の窃盗ではなかったとはいえ、女子の荷物を漁って下着を取った、ということになっているため当然だろう。
「それはやっぱり直接龍園君と話をつけるしかないんじゃないかな?」
白波が落ち着いたのか、テントから出てきた一之瀬が提案する。
「千尋ちゃんを傷つけたことも許せないけど、モノを盗むのは絶対にダメ……ダメなんだから!」
状況は把握しているようだが……一之瀬の瞳にはこれまで見たことがないほど真っ黒な感情が宿っていた。