5日目、昼過ぎ。
下着紛失事件が解決し、B&Dのベースキャンプも落ち着きが戻ってきた。
「いやー、一之瀬さんカッコよかったね」
「龍園君相手に全然怯まないし、ほんとすごーい」
「Bクラス羨ましいー」
「えー、でもDクラスも頼りになる人いっぱいるじゃん」
女子生徒たちがそんな話をしているのをそこかしこで耳にする。
対龍園で一歩も引かず、事件解決へと導いた一之瀬の評価は上がる一方だな。
キャンプ地での一之瀬の様子を伺っていると
Bクラスだけでなく、Dクラスからも頼りにされているようだった。
その分、色々な生徒の対応に追われるわけで自分の時間を作ることができそうにない。人気者の辛いところだ。
この時ばかりは日陰者で良かったと他人事のように考えていると、ヤツがやってきた。
「人数が増えても、ぼっちはぼっちね」
堀北の小言がキレを取り戻していることから、風邪が完治したことがわかる。
体調の確認方法が残念だが、かといってコイツの額に手を当てて体温を測る勇気はないな。
「何を隠そう、ここ数日は、みんなで楽しんでたんだ」
「ごめんなさい、あなたに風邪をうつしてしまったのかしら」
「熱で見た幻じゃないからな?」
全く信じていない様子の堀北。
こんな時に限って、渡辺や柴田はどこに行ったんだ。
「綾小路、釣りいこーぜ」と気軽に誘ってきてくれて構わないんだぞ。
「……それにしても信じられない光景ね。あのDクラスが手を取り合って生活しているなんて」
「だな」
「伊吹さんの事といい、あなたはどこまで関与していたのかしら?」
「何を言っているんだ堀北。須藤の事件も、今回の事件も、解決できたのは全部一之瀬さんのおかげじゃないか」
「……あなた、ふざけているの?」
大抵の高校生には通じると渡辺から教わった言い回しだったのだが、堀北には全く通用しなかった。
「要は話す気がないってことだ」
「あなた、病み上がりの私に伊吹さんを止めさせたわよね?少しでも感謝の気持ちがあるなら一つだけ教えて」
「いや、それとこれとは――」
「この試験、勝つだけならBクラスと共闘する必要はなかったんじゃない?」
有無を言わさず質問を投げかけてくる堀北。
やり方にはモノ申したいが、オレの事を理解しようとする目的であれば、なかなかいい質問ではあった。ちゃんと答えるかは別だが――。
「試験内容を聞いた時、堀北は『私たちには厳しい試験になる』とでも思ったんじゃないか?」
「ええ、そうよ。団結力を問われる試験なのに、Dクラスはバラバラ。そして私たちは彼らを統率できるほどの信頼関係を築けていなかった」
しれっと「私たち」って言ったな。
オレを当然のように同じにしないで欲しいんだが……
「今の状況がその答えだ。BクラスはDクラスの良き手本となる。今回、協力することの大切さを身をもって体感できたなら、この試験が終わっても簡単にはいがみ合う関係に戻らないだろ」
「Dクラスの成長のためにわざわざ共闘したというの?」
「それもある。だが、一番学んで欲しいのはお前だぞ、堀北」
「私?私にこの状況から何を学べというのかしら」
出来れば自分で気づいて欲しかったのだが、残り日数では難しそうだな。
「さっき自分で言っていたろ。統率するための信頼関係って。Bクラスにはそのスペシャリストがいる」
「……一之瀬さんのことね」
「そうだ。一之瀬はどうやって相手に接しているのか、どうやって信頼を得ているのか、色々と学ぶべきことは多い。この試験の様に一人でできることには限界がある。お前にも仲間が必要なんじゃないか?」
「否定はしないわ。実際に協力し合ったからこそ、この試験をここまで乗り切っているのだから」
クラス一丸となり協力して特別試験に立ち向かう。
そのための土台をこの試験で作り上げることができた。
あとはそれを率いるリーダーの成長だけ……なのだが、それが一番手がかかりそうだ。
堀北が成長してくれれば、オレがわざわざ動かなくともAクラスへの道は見えてくるだろう。そうすれば厄介ごとが一つ減り、学校生活を満喫する時間が増えるはず。
クラス昇格だけに全てをかける3年間にはしたくない。
堀北は少し考えた後
「それもそうね。せっかくだから一之瀬さんとも話してみる」と、一之瀬の方へ歩き出した。
これまでの堀北なら「不要よ」と切り捨てていたような気がしたので、アイツもアイツで変わることの必要性を感じ始めたのかもしれないな。
と、そこで一之瀬の仕事をさらに増やしてしまったことに気づく。堀北の相手を押し付けた形になってしまったな……。
少し気がかりだったが、今は誰かといる方が気も紛れるか。
オレはオレでこれからの準備だけはしておくことにしよう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夕食後、7時過ぎ。
「茶ァ柱先生、いますかー?」
「綾小路、まだ微妙に伸ばしているな。それで要件は?」
チャーナビを使ってから、すでに4日も経過したのか。
もう遠い昔のようだ。呼び方もほとんど元に戻ってしまった。
「いつものヤツで」
「ここを行きつけの居酒屋か何かだと思ってないか?」
「慣れ親しんできた、という意味じゃそうかもしれませんね」
「普通の生徒からの言葉なら嬉しくも感じるのだろうが、お前相手だと裏があるようにしか思えんな」
素直な感想だったのだが、これまでがこれまでだ、すっかり疑り深くなっている茶柱先生。
「裏なんてないんですけどね。あ、あとこれを預かってもらえませんか。もしかしたら使うかもですし」
「早速矛盾してないか?私がおかしいのか?」
「頼りにしているだけですよ」
「お前と話していると、どうも調子が狂う。まあいい、確かに受け取った」
茶柱先生にオレの点呼時間の解除をお願いし、龍園が置いていった金田たちの荷物の1つ、トランシーバーを渡しておいた。
さて、夜の散歩に出発だ、とキャンプ地を出ようとしたところで網倉に声を掛けられる。
「ごめん、綾小路くん。帆波ちゃん見なかった?」
「見てないが……どうかしたのか?」
「女子で集まろうって話が出て、帆波ちゃんも誘おうと思ったんだけど……見当たらなくて」
「そうか。オレの方でも見かけたら声を掛けておくが、恐らく試験関係で動いているとかそんな感じだと思うぞ」
「そうだよね。ありがとう」
そういって網倉は焚火近くにいる女子生徒たちの方へ合流した。
一之瀬の事だ、もし外出しているとしても、人の迷惑になるようなことはしないはず。
夜道で迷子になって点呼に間に合わない、そういったリスクがある場所にはいかない。
丁度、目的地の途中に思い当たる場所があるな。
足を運んでみるか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
Dクラスが最初に占有した川辺のスポット。
案の定、一之瀬はそこにいた。
川辺に体操座りで、川の流れを何するわけでもなくただ見つめている。
この場所は川に沿って下っていけば、けもの道に出ることができ、そこからベースキャンプまで繋がっているため、道に迷うことはほぼないだろう。
懐中電灯の光に気づいた一之瀬がこちらに振り向く。
「あ、綾小路くん?……ぐ、偶然だね」
「ああ、偶然だな」
「……ちょっと頭を冷やそうかなと思って」
ばったり会ってしまったことが気まずかったのか、こちらが聞く前にここにいる理由を答える。
「日中大変そうだったもんな。人気者の辛いところだ」
「にゃはははは~、頼ってくれるのは嬉しんだけどねー」
笑ってはいるものの、どこか覇気のない回答。
純粋に疲れているだけかもしれないが、龍園との対峙した時の様子といい、何か思い悩むことがあるのかもしれない。
こういう時は、気分転換が一番だ。
流水のせせらぎで癒されるのもいいが、じっとしていても始まらない。
ちょっとしたイベントが必要だろう。
「いまから散歩がてらAクラスのリーダーを確認してくるんだが、一之瀬も一緒にどうだ?」
「ええっ!?ものすごいことをものすごい軽く口にしたね!?」
「ん?ああ、点呼の心配なら大丈夫だ。船上で星之宮先生にプライベートポイントは預けているよな」
「う、うん。それは、そうだね。意味はわからなかったけど、綾小路くんのマネをってことだったから」
「だったら、問題ない。少し待ってくれ」
そう言ってオレはバックからトランシーバーを取り出す。
「こちら綾小路、応答されたし、オーバー」
『……さっそく使うやつがあるか』
「……」
『おい、綾小路、聞いているのか』
「……」
『……オーバー』
「ありがとうございます、茶ァ柱先生。星乃宮先生に交代してもらえますか?オーバー」
『本当に人使いの荒いやつだ……おい、チエ、綾小路が呼んでいる』
『ん~なになに。どうしたの?』
「一之瀬の点呼をポイントを使って、今からトランシーバー越しにお願いしたいんですが」
『おい、チエにはオーバー言わせないのか、綾小路』
以前見た映画のワンシーンにあった無線機でのやりとりに興味を持っただけで、一回やってしまえば特にそれ以上の感情はない。さっきので十分だ。
「お願いします、星乃宮先生」
一之瀬がそう付け加える。
『え~、夜に二人っきりで点呼さぼってどうするの?そういうの先生感心しないなぁ』
「先生が思っているようなことは何もありませんからっ」
『ジョーダンよ、冗談。じゃあ今から点呼しまーす。一之瀬さんいますね。はい、オッケー。あとは若いお二人だけでゆっくりお過ごしくださーい。お幸せに~』
「星乃宮先生っ!」
「なんかBクラスも大変なんだな……」
変な空気にするだけしていって、さっさと退散する星乃宮先生。
「それで……いったいどうするつもりなのかな?」
「簡単なことだ。Aクラスのベースキャンプに侵入して、スポット更新の現場を確認し、バレないように戻ってくる」
「それを簡単って言えるのは、綾小路くんぐらいだと思うよ?」
そう言った一之瀬の表情は少し呆れているような、期待に胸膨らませるような、不思議な色を見せる。先ほどのどこか重い雰囲気は吹っ飛んでいったようだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「それでは点呼を始める」
Aクラスベースキャンプ。洞窟入口前のスペースにキレイに整列した生徒たちの名前を呼んでいく、担任の真島先生。
私たちは入口付近の茂みに潜伏していた。
「いまだ、行くぞ一之瀬」
綾小路くんの合図で物音を立てないよう慎重に、かつ素早く暗幕を押しのけ洞窟の中に入り込んだ。
生徒たちは入口を背にしているため、こちらが侵入したことには気づいていない、と思う。
スパイものの潜入みたいで、とてもドキドキした。
「よし、このまままっすぐ行って、あれが占有機だ」
洞窟を少し進んだところに占有機を発見する。
綾小路くんはここがベースキャンプになる前に一度来ていたらしく地形をしっかり把握していた。
占有機の表示を見ると、あと30分で占有がリセットされるタイミングだった。
洞窟の中はライトで照らされていて明るい。
パッと確認した限り物資も潤沢にある。
やっぱりAクラスはCクラスからポイントの援助を受けていた。
「あのくぼみに入って隠れよう。周りに足跡がないし誰か来ることはなさそうだ」
洞窟内は意外と広く、わざわざ凸凹しているくぼみまで使うことはなかったみたい。
その少し高いところにあるくぼみからは丁度占有機の様子を覗くことができる。
まさにベストポジションなんだけど……ちょっと狭いのでぎりぎり2人入れるか、といった感じ。
ちょっと躊躇していると外から声が聞こえてきた。点呼が終わって生徒たちが戻ってきたようだ。
迷っている時間はない。ええいままよ、といった勢いでくぼみの中に隠れる。
続いて綾小路くんも入ってきた。
少し肩が触れているけど、うん、このぐらいなら問題ないはず。
星乃宮先生が変なこと言うから意識してしまってるだけ。健全、健全。
「あとはスポットを更新するのを待つだけだな」
この状態で30分かぁ……。綾小路くんはいつも通り冷静みたい。
息をひそめる彼に、このドキドキ音が聞こえていないことを祈るしかない。
Aクラスの生徒たちの会話を聞いたりして
なんとか30分耐えることができた。
一人の生徒の声が聞こえてくる。
「じゃあ葛城さん、スポット更新しますね」
あれは……戸塚弥彦君だ。
キーカードを手に、スポットを更新している。
暗幕を張って中が見えない状態ということもあり
周りの警戒をすることなく更新をしていた。
なにはともあれ、リーダー情報を獲得することに成功した。
ただ、どうやってここから出るんだろう?
まさか、みんなが寝静まるまでこのままとか言わないよね!?
もう心臓が持ちそうにないよ、綾小路くん。
「一之瀬、目を閉じてくれ」
えぇぇぇぇぇっ!?それはつまり、そういうことなの!?
「時間がない、急いでくれ」
「う、うん」
もうわけがわからないパニック状態。
と、とにかく、目を閉じるしかない。
ギュっと必要以上に瞼を閉じる。
すると程なくして、ブツんという音と共に周りから悲鳴がたくさん聞こえる。
「もう開けて大丈夫だ。目を閉じていたから慣れるのも早いはずだ」
さっきまで明るかった洞窟内はなぜか真っ暗になっている。
「このスキに出るぞ」
私の手を取り、真っ暗闇をダッシュで入口まで引っ張ってくれる綾小路くん。
まるで明るい場所を進むかのようにすいすいと進んでいく。
前世はフクロウだったのかもしれない。
そうして無事私たちは洞窟を脱出できた。
急な停電でパニックになっていたAクラスの生徒たちはこちらに気を向ける余裕はなかったと思う。私も余裕がなかったから自信はないけど……。
「何が起きたの?」
「洞窟内はライトで照らされていただろ。その電力は発電機を使用していた。だから、洞窟に入ったときにその燃料を抜いて30分ぐらいで切れるように調節しておいたんだ」
「何でもありだね、綾小路くん」
「言った通り簡単だったろ?」
「うーん、ノーコメントで」
最初から最後までドキドキしっぱなしのこの状態は、簡単とは程遠いものだった。
Aクラスのリーダー情報がわかったのに、全然それどころじゃなかったよ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
以前、一之瀬にサプライズを仕掛けたことがあったが
思えば今日の一之瀬は、あの時の様子と似ているところがあった。
生徒会に入れない不安や焦り、その他、様々な悩みに傷ついていたあの日。
そんな様子を一度見ていたから、今日の違和感にも気づけたのかもしれないな。
残念ながら、無人島にはピアノはなかったため
今回は、無茶苦茶な体験をしてもらうことで感情の上書きを狙ってみた。
あんな隠密行動、なかなか体験できるものではないからな。
さぞ刺激的だったに違いない。
「帰る前に1か所寄りたいところがあるんだがいいか?」
「うん、大丈夫だよ。あ、Aクラスの洞窟とか言わないよね?」
「まさか。ここから近いスポットだ」
そうして到着したのは、高台にある塔のスポット。
見晴らしがいいぐらいの恩恵の少ないスポットだが
試験とは別に考えると文字通り絶好のスポットのはずだ。
梯子を上り、塔の見晴らしスペースへと到着する。
そこは――満天の星に包まれる、そんな景色が広がっていた。
「わぁ」と一之瀬から感嘆の声が漏れる。
島の中だと、木々が邪魔をしてここまでキレイに見上げることはできなかった。
星が落ちてきそうな、なんて表現があるが、こういうことだったのか。
「世界は広いな、一之瀬。こんなに広いものだとは思わなかった」
「私もこんな景色初めて見たよ」
その言葉を最後にお互い星空を見上げ、しばらくの沈黙が流れた。
今この時間ぐらい、色んな事を忘れ、ただただ広い世界に身を包むのも悪くはないだろう。