試験6日目。
「みんな、丸太は持ったな!行くぞー」
「「おぉー!!!」」
柴田の掛け声に男子生徒たちが丸太――というには粗末な木材を数人がかりで抱えて進んでいく。
どうしてこんなことになったのか、話は昨晩まで遡る。
夜の散歩から帰還したオレは、男子テント付近で柴田や渡辺たちに声をかけられた。
昼間から姿が見えなかったが、ベースキャンプから少し離れた所にある古びた工房のスポットにいたらしい。
なんでもそこを占有していると、木材やそれを加工するための道具が使えるようになるのだとか。木材は、薪にするもよし、簡単な椅子やテーブルを作ってみるもよし、そんな創意工夫の試されるスポットだ。
「んで、俺たちは思ったわけよ。キャンプファイヤーやるしかねぇって」
ノリノリで計画を話す柴田。
創意工夫などお構いなし、すべて燃やして楽しもうの精神だった。
「薪を組みやすい形に加工するまではやれたんだけど、この拠点まで運ぶのが難しくってさ……」
「途中険しいくだりがあるんだよー。木材抱えたままだと危なくて降りれそうにないんだよなぁ」
うーん、と頭を抱える2人。
諦めるという考えはないようだ。
「話は聞かせてもらった。迂回ルートの構築は任せてもらおう」
突然話に入ってきたのは神崎だった。
「お!さすが神崎、頼りになるな」
「……こういう話に乗るんだな」
意外な男の参戦に尋ねずにはいられなかった。
神崎はやれやれ顔で遠巻きに眺めるタイプだと思っていたんだが……
「龍園を撃退したんだ、みんなで騒いで祝う場があってもいいと思ってな」
明日で実質最終日。最後に盛り上げて、今後の士気へと繋げたい考えか。
「女子たちには秘密にしといて、驚かそうぜ」
「いいな、それ!」
「あとはなんと言っても人手が必要だ。綾小路、Dクラスの連中にも声をかけてくれないか?」
トントン拍子で話が進んでいく。いつの間にかオレもメンバーの一員になっている。
嬉しいような、面倒なような。
キャンプファイヤーか。正直なところそこまで興味が湧かない。
火を囲むなら、いつもの焚き火でも良くないか?
火力が欲しいならマニュアルとかよく燃えるんじゃないか?
という考えなのだが……とても言いだせる空気ではない。
「平田あたりに聞いてみる」
正確には平田ぐらいしか相談相手がいないのだが……。
幸村など最近話すようになったクラスメイトたちは、試験も終盤、疲労のピークが来ているようで、動くのもキツそうだ。
「キャンプファイヤーしようぜ!」と無理やり動員したのなら、今後口を聞いてもらえなくなる恐れがある。
それと比べBクラスは元気だな。
同じ高校生、体力にそこまで差があるとは思えない。日頃からクラスみんなでトレーニングでもしている……可能性も捨てきれないのがBクラスの怖いところだ。
だが、よく考えると答えはシンプルで、Dクラスは初日に森を歩き回った分の疲れが出ているだけだろう。オレのせいだった、すまない。地図情報は、食料確保に、スポット占有など値千金の品となったため、みんなの犠牲は無駄じゃなかった。
この計画には乗り気ではないが、散っていった仲間たちのために一肌脱ぐとしよう。……柄でもないな。
「平田、実は男子でこっそりキャンプファイヤーの準備をして、女子を驚かせようって計画があるんだが、一緒にどうだ?」
「それは本当かい、綾小路くん。だとするとみんなが仲良くなる良い機会だね。喜んで協力するよ」
「ありがとう。木材を運ぶ肉体労働がメインになるらしいんだが、他にも出来そうなやつがいたら声をかけてくれると助かる」
「わかったよ」
当然、平田はこの話に乗ってくる。
一生懸命準備をするだけして、肝心のキャンプファイヤーが始まると「僕はみんなが楽しめればそれでいいから」と、少し離れたところで見守っていそうだ。
そんなこんなで夜のうちにメンバーを募り、翌朝から木材の運搬を行っていた。
Dクラスからは平田の他に、須藤や三宅などが参加している。
「鈴音と一緒に火を囲んでよ、フォークダンスなんてサイコーじゃないか?」
そんな妄想の実現のため、人一倍働く須藤。そのやる気を他の試験の時にも発揮してほしい。逆に考えれば、堀北をエサにすればいいのか。エサが獲物を喰いそうではあるが……。
「そして手を取り合い、熱い炎の側、俺たちの愛も燃え上がるってわけよ」
現実は無常なもので、もし『鈴音』と呼びながらダンスに誘いでもした日には、そのまま炎の中に投げ込まれるだろう。1人で燃え上がり、燃え尽きるだけの悲しい結末。キャンプファイヤーぐらいでは堀北の凍った心は溶かせない。
「三宅はどうして参加したんだ?」
須藤の相手も疲れるので、思いきって三宅に話を振る。
三宅にはクラスで誰かと一緒に行動しているイメージがない。
堀北と同じ、好きでお一人様をやっているタイプ。
どうしてこんな手伝いに名乗りでたのか、気になった。
「この試験ではあまり役に立っていないからだな。後から文句を言われないように、仕事をしたと主張できる話を一つや二つ欲しかった」
「なるほど。気持ちはわかる」
「せめて弓でもあれば役に立てたかもしれないんだが……」
弓道部の三宅らしい意見だ。
「この試験で弓を使うことなんてないだろうし、気にしなくていいんじゃないか」
「だよなー」
試験会場にする島だ。当然といえば当然だが、クマやイノシシと言った危険性のある野生動物は生息していなかった。
かと言って、リスやウサギなどをハントしようものなら、女性陣からドン引きされそうだ。
そうこうしているうちに、ベースキャンプに到着だ。
木材を運んできた男子の軍団の登場に、何事だろうかと女子が集まってくる。
「え、キャンプファイヤーするの!?楽しみー!」
「やるじゃん男子」など、概ね好評のよう。
頑張った甲斐があったなと讃えあう男子たち。
「鈴音もこっちみてるぜ!これはワンチャンあるんじゃないか」
ワンチャンスぐらいの成功率だと思っていたとは……須藤も意外と謙虚というか、現実が見えている。ただあの目は、またくだらないことしてるわね、の目だと思うぞ。
「みんなもうひと頑張りだ、暗くならないうちに組み立てよう!」
平田が、女子の歓声に浮つくことなく冷静に指示を出す。
と、その時だった。頬に一粒の雫が落ちてくる。
「げっ、雨!?」「マジかよ」
ポツポツと降り始め、徐々に雨足が強くなってきた。
「どうして……どうしてこんなことになるんだ……僕は何のために、今まで――」
平田がめちゃくちゃ落ち込んでいる。
そんなにキャンプファイヤーしたかったとは……どうにかできればいいのだが、流石にオレも天候を操る力は持ち合わせていない。
強いて言えば、昨日雨が降らなかったのは運が良かった。
「平田ー!キャンプファイヤーぐらいで落ち込みすぎだって」
「確かに残念だが、ここまで運んでくるのも中々楽しかったじゃないか」
柴田や三宅が平田を励ます。
「それもそうだね。ちょっと思い詰め過ぎたよ。ひとまず荷物が濡れないように避難させようか」
直ぐに平田も持ち直し、外に出している荷物などをテントに移す。
「残念だけど、止みそうにないね」
平田が寂しそうに木材の方を見つめている。
既に運んできた分は湿ってしまったので、これから止んだとしても手遅れだろう。
「まー、しゃーないさ。もしまた無人島で集まることがあったら、今度こそみんなでキャンプファイヤーしようぜ」
「そうだね」
そう言って柴田がまとめる。
恐らくこの約束が果たされることはないだろう。
だからこそ、みんなで運んだこの薪がどのように燃え上がるのか、少しだけ見てみたかった気もする。
降り注ぐ雨の情景に、あり得たかもしれないキャンプファイヤーの様子を重ねてみた。
ところで、ハンモック組はこの雨の中どうやって寝るんだ?
葉っぱが自然の傘とか限界があるぞ……
結局、キャンプファイヤー用の木材にビニールシートを組み合わせて即席の雨除けを製作した。
木材が大量にあって助かったな。燃やすだけが全てではない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
雨が降ってきました。
客船に雨の音が反響します。
島にいる綾小路くんは大丈夫でしょうか。
彼に心配は無用だとはわかっているのですが、やはり気になってしまいます。
試験開始から6日目。
やっと明日戻ってきてくれます。
フフ、ダメですね。彼がいると知ってからは、本当に我慢ができなくなってしまいました。彼との勝負――胸踊る瞬間が楽しみで仕方がありません。
「よぉ、坂柳。1人でティータイムとは寂しいじゃないか。一緒にいてやろうか?」
「どなたかと思えば龍園くんじゃないですか。お早いご帰還でしたね、体調でも崩されましたか?」
「クク、こんな試験、わざわざ最後まで付き合ってやる義理もねぇ」
強がっているようですが、すべてお見通しですよ。途中Cクラスの生徒がたくさんリタイアして戻ってきたことから、何をしようとしていたかは明白。
葛城くんの妨害でもしてくれればと思っていたのですが、期待外れも良いところですね。
大方、綾小路くんに痛い目に合わされたのでしょう。
龍園くんの手に負える相手ではありません。
「何がおかしい?」
綾小路くんの活躍を想像し、思わず笑みがこぼれてしまったようです。
「いえ、龍園くんも可愛いところがあるんですねと思っただけです」
「坂柳、お前自分の立場わかってんのか?護衛どもはまだ島の中。ここでお前をぶっ飛ばしても誰も助けちゃくれないんだぜ」
「確かにそうかもしれませんが、そんなことをしても無意味ですよ。あぁ、あれだけ息巻いていたのに、余所のクラスにしてやられた分の憂さ晴らしくらいにはなるかもしれませんね」
この客船にも監視カメラはありますし、クルーの方々もいらっしゃいます。
暴行を受けた事実が残ればCクラスはそれでおしまい。
「いつもなら笑ってゆるしてやるところだが――」
ザンッと私の顔の横を龍園くんの拳が通り過ぎます。
どうやら虫の居所が悪いようです。少しは頭の回る方だと思っていたのですが……
「う~ん、美しくないねぇ。リトルガールに拳を振るうのは紳士のすることではないよ」
その時、通路から現れた短パン1枚の金髪マッチョさん――Dクラスの高円寺くんでしたか。
なぜかびしょ濡れの彼はこちらに歩いてきます。
「なんだてめー、邪魔すんのか」
「邪魔?私は美しくないものが嫌いなだけさ。道端のほこりを払うのを邪魔とは言わないんじゃないかい」
「いい度胸だ、そのムカつく顔を歪ませてやるよ」
「ナンセンスな発言だねえ。私の顔はいついかなる時も美しい」
龍園くんの矛先が高円寺くんに向いた時でした。
「お客様、濡れたままで船内を歩き回られたら困ります」
客船のボーイさんがやってきました。
「わたしは身体を拭かない主義なのだよ」
「チッ」と龍園君は立ち去っていきました。彼は何をしに来たのでしょう。
ひとまず龍園くんから助けてもらった形になるのでしょうか。
一言、お礼を言わねばなりませんね。
「すみませんが、私はリトルガールではありませんよ」
先に思っていたことが口に出てしまいました。
「それを判断するのは私さ。君は間違いなくリトルなガールだよ」
よくわからない方に絡まれてしまっただけのようです。
彼と同じクラスになるとは綾小路くんも大変ですね。
「それじゃ私はエステの予約があるので失礼するよ。アデュー」
結局、訂正しないまま立ち去っていきました。
彼にはいずれ時が来たら、しっかりとわかってもらわないといけないようです。
全く、雨は憂鬱でいけません。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
明日のAクラス大敗を坂柳に伝えることで、煽って様子をみてやろうかと思ったのが間違いだった。
アイツはAクラスがどうなろうと、まるで興味がない。短いやりとりでそれを感じ取った。だが、坂柳の瞳に宿るあの闘志は本物。それが何に向いているのか見当がつかないことが気味が悪い。
金田たちからの話を聞いた限り、一之瀬だけであれだけのことをできるのか疑問が残った。裏で何者かが糸を引いているのではないか、そんな違和感。
坂柳が葛城を潰すため、一之瀬と事前に組んでいた可能性も考えていたが、あの感じでは無関係だろう。
どちらにせよ、今後Bクラスを潰してやればわかることだ。
この試験で葛城派は衰退し坂柳が実権を握る。相手が坂柳ならば、今回のような契約を結ぶ隙は生まれない。千載一遇のチャンスだった。それがこんな無様を晒すとは笑えねえ。
Bクラスのヤツら、オレの計画を邪魔した代償は払ってもらうぜ。
クク、にしても葛城のヤツ、今頃どんな顔してんだろうな。
それを想像すると少しだけ溜飲が下がる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
待てど暮せど龍園からの連絡が来ない。
あいつ、裏切ったのか?いや、Bクラスに何らかの形で敗北したのかもしれない。それだけBクラスは脅威だと、今回の試験を通し認識を改めた。
龍園からのリーダー情報が見込めない以上、お互いリーダー情報を守り抜いた形になる。
結果は純粋にスポット占有でのポイントの勝負に委ねられる。
こちらはCクラスからの物資提供があった分ポイントを節約できたはずだが、BクラスもDクラスから支援を受けている。DクラスはCクラスと違いリタイアせず島にとどまった分、食料などでポイントを使っていてもおかしくはないが……
それを踏まえてもこちらが数十ポイント負けてしまう計算だ。
Aクラスの勝利とはいかなかったが、結局クラス順位に影響はない。
今後いつでも取り返せる範囲だ。
今回はBクラスのやり方を学べただけで良しとしよう。
そうして洞窟の外に目をやる。
雨足が一層強くなったようだ。龍園との契約といい、スポットの件といい、昨日の停電といい、この試験は碌なことがなかったように思う。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
こうして各クラスの試験最後の1日は終了したのだった。