無人島試験終了から2日が経過した。
その間、堀北兄と橘が遊びに来たこと以外は特に変わったこともなかった。
生徒たちも初めは疲労やら次の試験への警戒やらで大人しくしていたが、次第にそれも薄れ、今では豪華客船を満喫している。
オレもプールや食事、舞台など色々堪能していたが、何だかんだ展望デッキから海を眺めて過ごすのが性に合っていた。
ないものねだりのようなもので、必死に友人を作ろうとしていた時とは逆に、いざ賑やかになってくると一人の時間も欲しくなる。不思議なものだと思う。
今日も潮風を浴びながら、どこまでも続く青い海をただ眺めていた。
そんなとき、携帯が鳴りメールの着信を告げる。
それと同時に船内アナウンスが入る。
『生徒の皆さんにご連絡します。先ほどすべての生徒宛に連絡事項を記載したメールをお送りしました。重要事項ですので必ず確認するようお願いします』
特に明記はなかったがすべての生徒に一斉に連絡をしたことから、特別試験の実施だろう。生徒会で閲覧した過去の試験データに、船上で行われたものはなかったため、このタイミングで試験がある可能性は五分五分だと考えていた。
データがなかったということは――これから行われる試験は、例年行っているか、『裏のルール』がわかると攻略が簡単なものか、もしくは完全に新規の試験ということになるだろう。
今回は事前準備なしの勝負になる。先日の坂柳との約束を果たすには丁度いいかもしれない。
送られてきたメールには18時までに2階の202号室に来るようにと指示があった。一体どんな試験になるのだろうか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
指定の時間に部屋を訪れると、中には真嶋先生と幸村、外村の村村コンビがすでに席についていた。
「残り2つの椅子の1つは綾小路殿でござったか」
外村と呼ばれる生徒から話しかけられる。あだ名が「博士」なだけあって歴史や機械に詳しく、アニメやゲームはオールジャンルいけるオタクの中のオタクといった人物。オタクがどういったものかいまいちはっきりしないが、自他ともに認める猛者とのこと。学校がどんな実力でも評価するのであれば、外村はクラスの戦力になる可能性もある……かもしれない。
「綾小路がいるなら心強い。勉強が主軸の試験なら俺たちの勝ちが決まったな」
特に何をしたわけではないが、幸村からはそれなりに信頼してもらっているようだ。テストの点数力はすごいな。
椅子の数からして、この時間この部屋に呼ばれたのはあと1人か。次は何村がくるのだろうと待っていると、やってきたのは軽井沢だった。
軽井沢には今のところ良いイメージがない。ここに平田がいないことがせめてもの救いだな。
「綾小路くんいるじゃん、ラッキー。よろしくー!」
他の2人には目もくれず、こちらへと寄ってくる軽井沢。
何がラッキーなのか……思い当たることはひとつしかないな。
平田本人はいなくとも現代社会、いくらでもやりようはある。盗撮、盗聴への警戒を強めることにした。
「それではこれより特別試験の説明を行う」
「え、試験?どういうこと、綾小路くん?」
特別試験と聞いて混乱する軽井沢。
オレに尋ねてくるが、こちらを巻き込むのはやめて欲しい。
何が減点に繋がるかわからないため「しー」と黙っておくジェスチャーをしたところ、大人しく従ってくれた。素直な部分もあるのか、空気が読めるのか、どちらにせよ意外だった。
「今回の特別試験では、1年生全員を干支になぞらえた12のグループにわけ、そのグループ内で試験を行う。試験のテーマは『シンキング』だ」
シンキング……考える力を問う試験か。つまり、過去の法則でいえば、『裏のルール』を見つけさえすれば簡単に攻略できる試験の可能性が高い。先入観は重大な見落としへと繋がるかもしれないため、ひとまず頭の片隅に置いておく。
「今回はこの4人が同じグループとなり、他の部屋でも君たちと同じグループの生徒が説明を受けている。そしてそのグループは各クラスから3~5人ほどを集めて作られるものになっている」
つまり他クラスのメンバーと協力、もしくは競ってこなす試験か。真嶋先生が説明していることが気になっていたが、各クラスの公平性を保つため、自分の担当クラス以外のメンバーに説明しているのかもしれない。
……こういう時、茶柱先生はどうしているのだろうか。これまでの適当な説明でDクラスを困らせてきた姿をデフォルトとすれば、他クラスへの説明が適当でも許されるのでは?情報差はアドバンテージになる、頼んだぞ、やる気ない方の茶柱先生。
「お前たちのグループは『卯』だ。そしてそのメンバーの一覧はこれになる。リストは回収するので必要と感じればこの場で覚えておくように」
その言い方だと確実に必要になるパターンだな。
Aクラス・竹本茂 町田浩二 森重卓郎
Bクラス・一之瀬帆波 浜口哲也 別府良太
Cクラス・伊吹澪 真鍋志保 藪菜々美 山下沙希
Dクラス・綾小路清隆 軽井沢恵 外村英雄 幸村輝彦
一之瀬と同じグループか。内容次第ではやりやすくなりそうだ。よく言い出してくれる浜口もいるな。
あとは……伊吹と同じグループか。
伊吹にしてみれば、目が覚めたらリタイアしていた。
BとDクラスからしてみれば、恋敵へ嫌がらせをしてそのまま消えていった存在。
お互い中途半端な形で無人島試験を終えてしまっている。
「この試験ではクラスの関係性をリセットして兎グループとして行動してもらう。当然、試験の合否の結果はグループごとに設定されている。結果は4通りで――」
真嶋先生からの説明を要約すると
グループごとに一人割り当てられた『優待者』を探し出す試験。
休日1日を挟んだ、4日間で1日2回グループごとに集まって話し合う場を設ける。
ただし話し合う内容は自由。
試験の解答は試験終了後の特定の時間で優待者が誰であったかをメールにて所定のアドレスに送る。
その解答で4つのうちのどれか1つの結果になる。
結果1 グループ内の優待者及びその所属クラス以外の全員の解答が正解していた場合、報酬としてグループ全員にそれぞれ50万プライベートポイント、優待者は倍の100万ポイントが支給される
結果2 優待者のいるクラス以外の解答で誰か1人でも未回答、不正解があった場合、優待者には50万プライベートポイントを支給する
結果3 優待者とその所属クラス以外が試験終了を待たず解答し正解した場合、答えたクラスは50クラスポイントを得るとともに、正解者に50万プライベートポイントが支給される。また、優待者を見抜かれたクラスは50クラスポイントを失う。
結果4 優待者とその所属クラス以外が試験終了を待たず解答し不正解だった場合、答えたクラスは50クラスポイントを失う。また、優待者には50万プライベートポイントが支給され、その所属クラスは50クラスポイントを得る。
結果3と4の解答は試験中24時間受け付けるが、解答が送られた時点でそのグループの試験は終了する。
大体こんな感じだろう。
優待者を探し出すか、守るか、誤認させるかの試験といったところか。
あとはいくつかの禁止事項もあり、携帯の略奪や脅迫行為で優待者に関する情報を確認すること、勝手に他人の携帯を使って解答することなどの行為は『退学』となる。
発覚した場合、徹底した調査が行われるそうなので、ここから裏をかくのはリスクが高いか。
試験は明日からスタートし、午前8時に話し合いの時間のメールが来るようだ。自分が優待者かどうかもその時にわかる。
そういった説明の後、質問タイムを挟んで、この場は解散となった。
「なんで私がこの人たちと同じグループなわけ……綾小路くん以外無理なんですけど、平田くんと一緒が良かった」
部屋を出るなり軽井沢がぼやく。やはり平田の参上を心待ちにしている。
「もしもし平田くん?ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど――」
平田に電話をし始めたことで危険を感じ、オレはその場をあとにすることにした。
この試験を説明するにあたって、真嶋先生は人狼ゲームみたいなもの、と話していた。
その人狼ゲームがどんなものかさっぱりわからなかったので、部屋に戻って詳しそうな人にチャットを送る。
『人狼ゲームってどんなゲームですか?』
『綾小路くん人狼ゲームに興味を持ったんですね!いいですね、面白いですよ。今度生徒会のみんなでやりましょう!』
橘なら絶対知っているという予想は当たったが、情報が欲しいのは今なんだ。決して遊びたいわけではない。
『どんなゲームかはわかりませんが、また負けても怒らないでくださいね』
これ以上の情報は出てこないと判断し、切り上げさせてもらった。
何やらスタンプ爆撃をされているが、無視だ無視。
そうして携帯を放り投げようとしたところで、別の人物からチャットが来た。
『人が来ないところで2人っきりで会いたいな』
櫛田からだった。
これは何も知らない生徒がみたらデートのお誘いだと誤解するだろう。
だが実際は甘い逢瀬などではなく、例の約束についてのお話か。
……念のためにシャワーを浴びてエステに行ってから落ち合うか。
待ち合わせは客船の最下層エリアにした。ここ数日、色んな場所を探索したが、まず学生が来ることはない場所だった。
「密会に良い場所だね、ここ」
「そうだな」
「……やけに肌ツヤがいいね、綾小路くん」
「そうだな」
「変な期待してたとか?」
「そうだ――なんてことはないぞ」
「ふーん」と周囲に人がいないことを確認する櫛田。ということは、そろそろ来るか。
「んで、無人島ではアンタの役に立ったよね?堀北を退学させてくれる?」
ブラックな櫛田さんが早々に登場した。無人島試験で相当ストレスをお溜めになられていたのであろう。この変貌、おいたわしや。
「確かに櫛田には助けられた。ありがとう」
「堀北なんかずーと寝てただけだしね」
心の底から馬鹿にしたようなそんな笑みを浮かべる。
「だが、伊吹を止めてくれた。聞くところによると伊吹は格闘経験者。対峙したのがオレならボロボロにされていただろうな」
「なに?堀北の方が役に立ったって言いたいの?」
「いや、櫛田とは比べるまでもない。最悪伊吹は止められなくても問題なかった。オレは誰よりも櫛田を評価している」
「わかってるじゃない、なら――」
「退学はそんなに安くはない。だが、櫛田の貢献は大きかった。堀北より優秀だと認めるまであと一歩だと思っている」
「何が言いたいの?」
「今回の試験で櫛田が勝利することができれば、堀北を2学期中に退学させることを約束する」
「ホント!?」
オレからの思いがけない提案に、表とも裏ともつかない表情の櫛田が喜ぶ。
一周回って浄化され純粋な心に戻ったような、そんな無邪気さ。
「ここでの勝利は、櫛田が優待者になったら結果2か4、優待者じゃなかったなら結果3ということでお願いする」
「もちろん、それで問題ないよ。ありがとう綾小路くん」
「書面か何かで残すか?」
「大丈夫、綾小路くんを信じてるから」
そういってご満悦の櫛田は去っていった。
この試験、交友関係が広く、コミュニケーション能力の高い櫛田は有利だと言える。加えて普段の気遣いから考えるに人間観察能力も相当なもの。
櫛田はこの試験向きの生徒であることは間違いない。
だが、櫛田が勝つことはないだろう。
オレはエステ中に堀北にチャットし、グループ情報を共有していた。
シャワーやエステは各グループの情報がでるまでの時間稼ぎをしていただけで、決して下心などなかった。
堀北の竜グループは、Dクラスから平田、そして櫛田が選ばれている。
このグループは曲者ぞろい。龍園や葛城、神崎と各クラスの代表ともいえる生徒がいた。
だが、何よりもこのグループには……坂柳がいる。
あそこまで大口を叩いていて、櫛田に敗北するようなことはないだろう。
もし敗北したなら、オレも覚悟を決めて堀北を退学にするしかない。……坂柳、頼むぞ。
そんな馬鹿なことを考えながら、実際はどうでもよいことではあった。
坂柳が勝てば問題はないし、坂柳が敗れるなら櫛田の実力の証明になる。
堀北を切ってでも手駒にする価値が出てくる。
そんな思考をしてしまうオレは、まだこの学校生活に馴染めていないのかもしれない。
まだオレは――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
消灯時間後、3人の教師がバーに集っていた。
「例年、竜グループへはクラスの代表を選出する決まりだ。チエ、私情を挟むのはよしてもらえるか?」
「えー、一之瀬さんのこと?それを言ったら綾小路くんだっておかしいじゃない」
「綾小路が台頭し始めたのは、生徒会に入った7月の上旬、そして学年末テストぐらいからだ。この試験のグループ決めは時間がかかる。一か月前に決めた内容を簡単には変更できない。ましてはア行の綾小路を動かすと、すべて最初からやり直しだ」
「そんなの言い訳じゃない。実際坂柳さんは飛び入りしたんだし」
「坂柳に関しては、サ行が竜グループに影響を及ぼすことはなかったからな、オレの采配で問題ないと入れることにした」
「二人ともずるいよねー。じゃあ私が一之瀬さんを兎グループに入れてても問題ないじゃない?とはいっても、その役目ももう不要になっちゃったんだけどね~」
「やはりそういうことだったか」
「でもまさか2人が協力しちゃうとは思わなかったな~」
「今年の一年は例年とは少し違うのかもしれないな」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
次の日の朝8時、試験のメールが届く。
残念ながらオレは優待者ではなかった。この試験、優待者でない場合、個人的にプライベートポイントを得ようとすれば、同じクラスに優待者がいては不可能になる。
正直なところ、一之瀬への借金をそろそろ返済したい。こんな大量にポイントを得る機会もないため、ここは頑張りたいところ。
頼む、優待者は他クラスにいてくれよ。
とそんな時、平田からメッセージが届く。
『軽井沢さんが優待者に選ばれたんだ。同じグループの綾小路くんに託すね』
託すとか言わないで欲しい。もうそっち方向にしか聞こえないんだ。
見事借金返済への道が閉ざされた試験がスタートする。