「あなたは優待者ですか?平田くん」
「えっ、僕は違うよ、坂柳さん」
「フフフ、そうですか。平田くんは正直者ですね。では、龍園くんはどうですか?」
「クク、俺が優待者かもしれないぜ、坂柳」
「なるほど、そうですか。だとすると、自ら言い出すなんて間抜けもいいところですね」
「ほざいてろ。そういうてめーが優待者なんじゃねーだろうな?」
「まさか。私は一刻も早く優待者さんを見つけてしまいたくて、堪らないんです。いまは楽しくて仕方がありません」
自己紹介が済んだ直後から私は皆さんに問いかけてきます。
ちょっとした仕草や発言から、その人が嘘を言っているかどうかわかるものです。普段の皆さんを存じ上げていればもうこの時点でわかったかもしれませんが、生憎初めてお会いする方ばかり……。それでも時間の問題ですが。
さて、綾小路くんはどのくらいのスピードで優待者に辿り着くのでしょうか。今頃グループ内で大活躍の大立ち回り。優待者を追い詰めていることでしょう。楽しみですね。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「何?綾小路くんは私たちとこれから遊ぶんだけど?」
「はぁ?他クラスの女子が調子にのんないでよね。綾小路くんは私と遊ぶ約束があるんだから」
「ちょっとちょっと、2人とも。綾小路くんが困っているのがわからないのかな?綾小路くんは誰のものでもないよ。強いて言うなら、わた……わたたた、綿あめっておいしいよね、私は好きだよ」
3名の女子がオレを挟み、火花を散らしている。まったくもって試験どころじゃない。どうしてこうなってしまったのか……。
兎グループの試験開始後、部屋に集まった俺たちは、一之瀬の提案で自己紹介から始めることとなった。
「Dクラスの綾小路清隆です。……最近ハマっているのは釣りとトランプです。……海を眺めるのも好きです。……逆に嫌いなのは、人に自分たちの趣味を押し付けてくる人です。よろしくお願いします」
よし。入学時と生徒会とで自己紹介をしてきたからな、今回は完璧だろう。
ちゃっかり隣に座ってきた軽井沢もニコニコしながらこちらを見ている。
……コイツ、オレの自己紹介聞いていなかったな。
「綾小路くん、この試験も一緒だね。よろしくっ!」
一之瀬は普段にも増して元気いっぱいだ。
先日の生徒会加入が良い方向に作用している。
「一通り自己紹介は終わったね。もしよければこのまま私が進行役を務めさせてもらうけど、反対意見のある人がいたら言ってね」
場の主導権を握っていく一之瀬。
ここで反対意見を出せば、じゃあ君が進行してね、という流れになるのは明白。
この試験、話す機会が増えれば増えるほど情報を与えることになる。
誰もが率先して進行役をやりたいとは思わない。
「いないみたいだね。じゃあ早速なんだけどこの試験でわからないことや疑問に思うことがあったらそれを解決していくことから始めようか」
「悪いが俺たちAクラスは沈黙させてもらう」
Aクラスの森重という生徒が話を遮る。
「どうしたの森重くん?」
「俺たちは話し合うことで優待者が見つかるとは思っていない。悪いがこんな茶番に付き合うほど暇じゃないんでな」
「うーん、それは考え方次第だと思うよ。もしかしてAクラスは何か秘策でもあるのかな?」
「調子にのるなよ、Bクラス。それを含めて俺たちは何も話すつもりはない」
いまAクラスとBクラスの関係は非常に険悪な状態だった。
独走していたAクラスは無人島試験でBクラスに敗退し、僅差ではあるがクラスポイントで抜かれてしまった。だが、この試験の結果次第では、再度Aクラスに浮上することも大いにあり得る。
森重たちAクラスは、テーブルから離れ、部屋の隅のソファーへと移動した。
「ありゃりゃ、ちょい攻めすぎたかな」
「そんなことはありません。一之瀬さんは進行しようとしていただけですから」
浜口、同意以外もできるんだな、と当たり前のことを思う。
そんなこんなでスタートした話し合いは全員で結果1を目指そうということになり、落ち着いた。
実現の可能性がほぼないことを除けば、一番プライベートポイントを手に入れられる方法だ。ひとまず様子を見ることにしよう。
特に話すことがなくなったところで、Cクラスの女子、真鍋が口を開く。
「ちょっと確認したいんだけど、夏休み前にリカと話したのってアンタ?」
真鍋は、カフェで軽井沢が突き飛ばした諸藤の友達か。
マズいぞ、軽井沢、お前絡まれてるぞ。あの場では上手く仲裁したつもりだったが……。
あとからそのことを友達に話して、友達が代わりに怒ったパターンか?
ちらっと隣を見てみると携帯をいじって全く見向きもしない軽井沢。
メンタル強すぎだろ。
「聞いてるの、綾小路くん」
絡まれていたのはまさかのオレだった。
「ああ。諸藤と話したことは間違いないな」
「やっぱそうなんだ。リカがね、生徒会の綾小路さんって人が、性悪ブサイク女から助けてくれたんだって話しててさ」
その女、オレの隣にいるんだが……。
「しっかりお礼を言いたいらしいの。リカを呼ぶからさ、この後、私たちの部屋で遊ばない?」
「は?」
「え?」
それまで黙っていた軽井沢、そしてなぜか一之瀬が反応する。
「俺は生徒会として当然のことをしただけだ。気にすることは――」
拒否しようとしたところで、間の悪いことに一回目の話し合い終了のベルが鳴る。
「それじゃいこう、綾小路くん。もうリカもここに呼んじゃったからさ、すぐ来ると思うよ」
そういって真鍋に手を引かれ立たされたオレは、後ろを藪、山下に包囲され、背中を押され、退室を促された。
女子の部屋で数名の女子に囲まれるのは、精神衛生上よろしくない。
そうでなくても龍園のクラスだ。これがハニートラップでない保証などないだろう。
「ちょっと待ちなさいよ」
「何?綾小路くんは私たちとこれから遊ぶんだけど?」
「はぁ?他クラスの女子が調子にのんないでよね。綾小路くんは私と遊ぶ約束があるんだから」
真鍋たちに連れていかれそうになるオレを、助け船とは思えない船に乗って軽井沢がやってくる。その船に乗ったら平田もついてくるんだろ、断固乗船拒否だ。
「ちょっとちょっと、2人とも。綾小路くんが困っているのがわからないのかな?綾小路くんは誰のものでもないよ。強いて言うなら、わた……わたたた、綿あめっておいしいよね、私は好きだよ」
こんな時に甘いものの話題なんてのんきなことを言っている場合じゃないぞ一之瀬。この中じゃ、お前が頼りだ、助けてくれ。……いや、顔を真っ赤にしてオレの袖を引っ張るぐらいじゃ解決しないだろ。いつもの聡明な一之瀬はどこに行ったんだ。
「バカバカしい。邪魔だからどいて」
ここまでAクラス並みに沈黙を守っていた伊吹が真鍋たちを突っぱねようとする。
もう伊吹でも何でもいいのでこの状況を打破してくれ。
「彼氏持ちは黙ってなさいよ!」
「なっ、あれは、ちが……わないけど」
真鍋の一言で撃沈してしまう伊吹。
無人島での一件以来、金田と伊吹は交際しているという噂が広まった。
本人たちも経緯が経緯だけに否定することができない状況。
よくボロボロになっている金田を見かけるが、喧嘩するほど仲が良いからはじまり、噂に尾ひれがつきまくって、バカップルの愛情表現、金田ドM説などなどおよそ豪華客船の中だとは思えないほど、下世話な噂が広がりとどまることを知らない。
閉鎖された空間だからこそ、そういった噂話にみんな飢えていたのかもな。
このままじゃオレも、他クラス女子の部屋で豪遊野郎とか、その手の噂で仲間入りしそうではあるが……
そうこうしていると次の来訪者の到着だ。
「あ、あの、綾小路王子。この前は助けてくれてありがとうございました」
その呼び方、呼びづらくない?などと突っ込んでいる余裕もない。
元凶の諸藤までやってきてしまった。
「王子さえよければ、もっとお話ししたいです……」
普段は大人しいであろう女子生徒が、精一杯の勇気を出して伝えた言葉。
無下に断るのも気が引ける。
真鍋たちも「頑張ったねリカ」「答えは当然イエスよね」「うちの子を悲しませたらわかってんでしょうね」みたいな感じの雰囲気を出している。
「ちょっと待ってくれないかな。綾小路くんは渡せないよ」
ヤバいときにヤバいやつがヤバいことを言いながら現れた。
軽井沢のやつ、大人しくなったと思ったら平田を呼んでいたのか。
状況が悪化する一方だ。
「みんな冷静になって欲しい。今は試験期間中だよね。1回目の話し合いをしてみて各クラス戦略を練る必要があるんじゃないかな。僕も綾小路くんと大事な話があるんだ。申し訳ないけど連れていくね」
そうしてこの場の全員を諭し、オレを連れて脱出してくれた。
コイツの裏の顔を知らなければ、素直に感謝できたのだが……。
「王子が王子に連れ去られた……綾×平……」
「り、リカー」
「大変、諸藤さんが鼻血を出して倒れちゃった。誰か先生を呼んで」
後ろの方でそんな騒ぎになっていたようだが、気にする必要はないだろう。
それよりも問題はこちらだ。
クラスの平和を心から願い尽力する男。
言葉にするのは簡単だが、実際に行動することは容易ではない。
その反動から自分の心の平和を乱すことで快楽を覚えるようになってしまったのかもしれない。あまりにも悲しすぎる。
クラスメイトとして、生徒会役員として、何より巻き込まれている者として、不純異性交遊、しかも不純も不純な行動をこれ以上放置するわけにはいかない。
オレにはまだこの恋愛の教科書上級編は早すぎる。
面倒だが、放置して取り返しのつかないことになる方がもっと厄介だ。
「平田、ちょっといいか?」
「どうしたんだい綾小路くん、改まって」
「軽井沢との関係についてだ。お前は今の状態が正しいと思っているのか」
「……そうか。綾小路くんは僕たちの関係に気づいていたんだね」
「当たり前だろ!軽井沢の事、大事じゃないのか」
「もちろん、大事に思ってるよ。じゃないとこんなことできないと思う」
「だからといって……その、オレに押し付けるのはどうかと思うぞ」
「迷惑だったかな?……軽井沢さん、綾小路くんと仲良くなりたがってて、僕と一緒にいるよりも健全かなって応援してたんだけど」
「迷惑?健全?応援?平田、しっかりするんだ。多様性の時代、頭から否定する気はないが、それでも、それは本当の愛じゃない、とオレは思うぞ」
「本当の愛……難しいことを言うんだね、綾小路くん。僕は、本当の意味で相手を思いやれなかった……勇気がなかったんだ。そんな人間であることから変わりたいと思って頑張ってきたんだけど、やり方を間違っていたのかな?」
「ああ。間違いだ。もっと他に方法はあったはずだ」
「そうかもしれないね。うん、わかったよ。軽井沢さんと話してみる――」
「それがいい。はっきり伝えるんだ――」
「偽装カップルはやめようって」
「寝取られはやめようって」
「「ん?」」
「何の話をしているんだ、平田」
「綾小路くんこそ」
盛大な勘違いをしていたことが判明した。
軽井沢は過去9年間いじめられており、高校では自身の身を守るために、学年ヒエラルキーの上位に君臨する平田にお願いして、偽のカップルになってもらった、ただそれだけだった。人騒がせにもほどがある。
平田にはかなり失礼な間違いをしていたが、笑って許してくれた、多分。
「ちょっと疲れた。外の風を浴びてくる」
平田と別れ、展望デッキへと移動する。
散々な目に遭ったので、一人の時間が必要だ……なのに空気を読まず、彼女はやってくる。オレが一人になるのを見計らっているかのようだ。
「綾小路くん、残念ながらグループがわかれてしまいましたね。綾小路くんが竜グループにいないのはおかしいと先生に抗議してみたのですが、聞き入れてもらえませんでした」
坂柳は心底残念そうにぼやく。
「ですが、それでも勝負は可能です。どちらが先に自分のグループの優待者を見つけるか、などいかがですか?もちろん、綾小路くんが優待者でない前提ですが……」
「お前はもう見つけたのか?」
「いいえ、でもそんなに時間はかからないと思いますよ?」
「なら勝負にならないな。オレはもう誰が優待者か知っている」
「知っている……そういうことですか。では、仕方がないですね。勝負はまた次の楽しみにしておきます。綾小路くんにはあまり興味を持ってもらえていないようですし、ここはひとつ私の力を見せて差し上げることにしますね」
そういって坂柳は展望デッキをあとにした。
坂柳には申し訳ないが、とても試験について考えるような気分ではなかった。
というより、この試験早く終わって欲しい。
潮風が妙に生暖かく感じる、そんな日となった。