夏の日差しが降り注ぐ、夏休みの最中。
オレは今日も今日とて生徒会室にきていた。
だが、もう1人ではない。
「――という感じで見回りをしていくことになる」
「うん、了解だよ」
新メンバーの一之瀬に見回りの説明をしていると、生徒会室のドアが開いた。
「あ!おはようございます、綾小路くん、一之瀬さん」
「お前たちか、精が出るな」
「堀北生徒会長、橘先輩、おはようございます!」
堀北兄と橘の登場だ。
この2人も夏休みにも関わらず、高頻度でここに来ている気がするのだが、高校最後の夏をそんな過ごし方でいいのだろうかと心配になる。
いや、3年も閉鎖された場所にいれば大抵のことはやり尽くしてしまうのかもな。
2年後の自分を想像することはできないが、もしそうなってしまったら――。
「そう憐れむな、綾小路。今度、生徒会室の改装工事が実施されることとなった。その関係で忙しくしているだけだ」
「工事中の数日間、ここには入れなくなるので注意ですよ」
「改装なんてするんですね」
「ええ。これまで一度も手を入れていないそうなので、この機会にとびっきりの生徒会室に大変身予定です。楽しみにししてくださいね」
うーん、嫌な予感しかしないな。
この2人がどんな改装をやらかすのか想像もできない。
「2人はこれから見回りですか?」
「はいっ!生徒会での初仕事頑張ってきます」
橘からの問いに一之瀬が元気よく答える。
眩しいな、オレにもこんなフレッシュな時代が……なかったな。
身近に比較対象ができたことで、自分があまり可愛い後輩とは言えなかったことを実感する。学年屈指の陽の者一之瀬と比較するのは酷な話ではあるが。
「それじゃ、出発するか」
そういって残念腕章をカバンから取り出し、腕につける。
「綾小路くん、なかなか可愛い腕章つけるね」
橘が一之瀬の後ろで「この娘、見る目ありますね」とドヤ顔をしている。
「これは橘先輩が作ってくれたんだ。一之瀬も生徒会役員だとわかった方がいいな……これを譲るからつけてくれ」
そういって堀北兄の作った方の腕章を渡す。
「え、いいの?……大切なものなんじゃない?」
「2つも使わなかったからな。腕章も使ってもらった方が嬉しいだろ」
貰いものを渡すのもあれだが、一之瀬の後ろで堀北兄も頷いてくれている。
橘は……少し羨ましそうにしている。堀北や桐山も入れて、競りに出した方が良かったか?
「ありがとう。大事にするね」
「これで一之瀬も生徒会役員だと認知してもらえるな」
「うん!でも、そうすると綾小路くんは副会長になったことを周知しなきゃだよね?」
一之瀬の発言を聞き、橘が「私の出番ですね!副会長腕章作っちゃいますよ」と言わんばかりに身を乗り出したところで、堀北兄が橘の肩に手を置き、首を横に振る。
「でも会長……」とうるんだ瞳で訴える橘。
「お返しに私が今度副会長腕章作ってくるよ」
そんな寸劇が背後で繰り広げられているとは知らず、一之瀬が提案してくる。
「ああ。ありがとう」
「一之瀬さん、良ければこれを使ってください。材料は一式揃っています」
「いいんですか、橘先輩。ありがとうございます」
腕章の材料の入った紙袋を一之瀬にサッと差し出した橘。
元々このことを予測して作るつもりだったのだろう。
「ああ、これが手のかかる弟が巣立っていくのを見送る気分なんですね」
と寂しくてたまらない、でも嬉しくもある、そんな顔をしている。
「手がかかるほど成長が楽しみでもある。鈴音もいつか立派に巣立って欲しいものだ」
「わかってくれますか、会長」
「もちろんだ、橘」
そんな会話を繰り広げていそうな2人。完全に保護者目線だな。
後日、一之瀬が作ってきた副会長腕章はプロの仕事を思わせる出来だった。
本人曰く「あんまり裕福な家庭じゃなかったから裁縫はよくやってたんだ」とのこと。
この腕章ならつけていても恥ずかしくないが、どのみち残念腕章と2つつけるので大差はないな。
そんなやり取りがあって見回りを始めたオレたち。
「やっぱり暑いな」
「だねー。あとでカフェで休憩しようか?」
「いや、あのカフェにはちょっとしたトラウマがある。少なくとも見回り中に行くのは避けたいな」
「綾小路くんにそこまで言わせるとは余程のことだったんだね。じゃあコンビニで飲み物買う感じにしよう」
「すまないな」
あの日あの時あのカフェに行ってしまったことが、船上での面倒事の原因だったからな。
しばらくは寄りたくない。
それにしても
「帆波ちゃんだー、ヤッホー」「生徒会に入ったのすごいね」「おはよう、一之瀬」「わぁ、帆波ちゃん……良かったね」などなど
どこを歩いていても声を掛けられ、一之瀬の人気を改めて実感する。
オレが一人で見回っていた際にはひと声もかからなかったのにな……。
そんなことを考えていると数人のグループが声を掛けてきた。
どうやらオレも副会長になって人望が増したらしい。
書記とは違うのだよ、書記とは。
「お、おはよう……綾小路くん」
「おはよう、佐倉」
何とそこには、篠原たちDクラスの女子と一緒にいる佐倉の姿が。
「えっとね……篠原さんたちが、その、誘ってくれてランチに行くんだ」
「よかったじゃないか」
「う、うん」
1学期、佐倉もクラスでは1人で過ごす仲間だったが、クルーズ旅行で同室の篠原たちと無事仲良くなれているようだ。
夏休み中に一緒に出かかる関係まで発展しているとは。
最初の頃の佐倉を知っている身としては喜ばしい限りだ。
……あぁ、さっき橘が感じていたのはこんな気持ちだったのかもしれないな。
「そ、それでね、こ、こ、こんど、綾小路くんとも一緒にランチできたらなって思うんだけど……どうかな?」
「それは構わないが、せっかくできた新しい友人との時間を大事にした方がいいんじゃないか?」
「それはそれ、これはこれだよ。じゃ、じゃあまた連絡するね」
そういって篠原たちの元へ戻っていく佐倉。
何かを伝えると、大きな歓声が上がった。
篠原が佐倉に抱き付いている。
「どうしたの綾小路くん?」
「いや、手のかかる娘の巣立ちを見守っていたところだ」
「うん?無事大人になって良かった……ね?」
「ああ」
今日の分の見回りを済ますと、オレは午後から茶道部の指導があったため、現地で解散させてもらった。
「清隆くん、お疲れ様です」
「お疲れ。ひよりたちも夏休みなのに熱心だな」
「はやく清隆くんみたいになりたいですからね」
あれ以来、定期的に指導を行ってきているが、徐々に腕を上げてきている茶道部員たち。
ただ、ひよりのドジなところは変わらずで、高確率ですべってこけて、抹茶をばら撒いたり、お茶をひっくり返しそうになる。
逆にそれに慣れてしまったので、「あ、来るな」と思ったらひよりを支えて防ぐことができるようになっていた。
その度に
「清隆くんと一緒だと安心ですね」
などと、なんともひよりらしいのんびりしたことを言っている。
だが、いつまでもそういうわけにはいかない。
これまで観察してきて、おおよその原因は掴んでいる。
恐らくひよりは俯瞰して物事を捉えることが習慣になってしまっているのではないか。
読書をこよなく愛するが故に、現実の自分ですら登場人物の1人として空から見ているイメージなのだろう。
自分の姿を上から眺め全体を把握する感覚、そのため洞察力に長けている……が、俯瞰しすぎて自身の足元がおぼつかない、どこか自分の身体が自分のものでないような状態なのではないだろうか。
要は目の前の自分を自分だと認識していないため、モニター越しに遠隔操作しているようなもの。
それを改善するには、自分がここにいるのだと自覚させるより他ないだろう。
一番効果的な方法は――
「ひより、ちょっといいか」
「え、き、清隆くん!?」
茶碗を持って運ぼうとするひよりの正面に位置取り、その茶碗を持つ手の上にオレの手を重ねる。
「このままゆっくり運ぶぞ」
以前、堀北妹にも使ったが、意識の覚醒を促すには外部からの刺激が一番だ。
あの時は両脇を刺激したのだが、そのあと怒った堀北から蹴飛ばされたからな。
今回は手にしておいた。
万が一の際も茶碗を支えているので安全だ。
ひよりも目を見開いてこっちを見ているし効果テキメンだろう。
その結果、問題なく茶碗を運ぶことに成功した。
「ひより、今の感覚を忘れないようにな」
「は、はい。忘れられそうにありません」
これでひよりのミスも減っていくはずだ。
我ながら良い改善策だったと思う。
「清隆くん、とても大胆ですね。私もそのぐらい積極的になるべきなんでしょうか。でも……」
みーちゃんが戸惑いながらつぶやく。
「何か悩み事なら相談に乗るが」
「い、いえ。大丈夫です」
「そうか。困ったことがあったら言ってくれ」
指導している立場として監督責任は果たすつもりだ。
「清隆くん、ちょっとよろしいですか?」
「どうしたんだ、ひより」
「みーちゃんのことで相談があるので部活後、お時間いただけないかと」
「わかった。特に予定はないし大丈夫だ」
「ありがとうございます」
部活後、ひよりの提案でケヤキモールに向かうことになった。
「実は今度みーちゃんのお誕生日なんです」
「そういえば、8月21日生まれだったか」
「さすが清隆くん、よくご存じですね。そこで、みーちゃんに誕生日のサプライズをしようと思いまして」
「誕生日に……サプライズ?ひより、悪いことは言わない。簡単な気持ちで行っては、痛い目を見るぞ」
覚えのあるワードの登場にオレの中の黒歴史が暴れ出しそうだ。
友人としてサプライズの恐ろしさを警告しておかねばならない。
「大袈裟ですよ、清隆くん。部活後にプレゼントとケーキを渡してお祝いするだけですよ?」
「え、そんな感じでいいのか?しゃれたレストランは?ピアノの演奏は?」
「よくはわかりませんが、そこまでしてしまうと重荷になってしまうのではないでしょうか」
「……そういうものなのか」
「おそらく」
お互いそこまで人付き合いの経験が豊富ではないため、はっきりとした結論は出なかったが、少なくともオレよりはひよりの方が世間一般の感覚に近いことは疑いようがないだろう。
なるほど、サプライズは奥が深いな。
「そういうことなので、今からプレゼント選びを手伝ってもらいたいのですが、よろしいですか?」
「役に立つかはわからないが、それでいいなら」
「はい。大丈夫です」
2人で向かったのはショッピングセンター内の可愛らしい雑貨屋。
男一人では入りにくいような場所だった。
「うーん、何がいいでしょうか……」
店内をうろつきながらプレゼントを探していると、レジで会計をしている体格のいいスキンヘッドの男が目に入る。
「あの方は……どなたでしたか?」
「Aクラスの葛城だな」
「そうなんですね。どうしてこう、人の顔と名前は覚えにくくていけません」
葛城はいくらなんでも一度見たら忘れるような見た目ではないと思うぞ。
「誕生日のプレゼントですか?」
「はい」
「誕生日カードはお付けになりますか?」
「お願いします。8月29日になります」
どうやら葛城も誕生日プレゼントを購入したようだ。
ラッピングが可愛らしいことから女性向けだろうか。
……この学校の全生徒の誕生日を思い出しているが、その日は葛城本人以外に該当する人物はいないな。いったい、誰に渡すんだ。
「私たちも素敵なプレゼントを選ばなくてはなりませんね」
少し気になったが、今すべきはみーちゃんのプレゼント選びだな。
実用性を考えるなら、携帯の保護フィルムなんていいんじゃないだろうか。
提案してみたが、冗談がお上手ですねと却下されてしまった。
結局、あれこれ悩んだ結果、ハンドクリームを購入することになり、葛城の様に誕生日カードをつけてもらう。
「ところで清隆くん、誕生会の時にお願いがございます」
「なんだ?」
「ゲストで平田くんという方を呼んできてくれませんか?」
「平田を?」
「みーちゃんが仲良くしている男子は、綾小路くん以外ですと彼ぐらいらしいのです。一緒にお祝いしてもらえれば、みーちゃんも喜びます」
「なるほど」
確かにより多くの友人から祝ってもらった方が嬉しいかもしれない。
平田はクラスメイトのためなら喜んで参加してくれるだろうしな。
「わかった、声を掛けておく」
「ありがとうございます。きっと素敵なサプライズになりますね」
「そうだな」
こんなに早く誕生日サプライズのリベンジをすることになるとは思わなかったが
今度はひよりたちもいるし、きっとうまく行くだろう。