特別水泳施設開放日、1日目、早朝。
寮の入り口でひより、みーちゃんと待ち合わせをして、出店スペースまでやってきた。
急な参加であったため、出店の場所は入口から遠い端の方になってしまったが、逆にプールには近いので丁度いいかもしれない。
出店用のテントがずらりと並んでおり、映像でしか見たことがないが縁日の出店っぽさがある。
すでに上級生たちも何組か準備をしている様子。
ホットドックに焼きそば、お好み焼き、フライドポテトなど出店の定番と思われるラインナップ。
幸い、ドリンク専門店は存在しないため、他がどんな商品を売っていても客を奪い合うことにはならないだろう。
オレたちもさっそく準備を進める。
牛乳等の材料を簡易冷蔵庫にしまい、前方に会計と商品の受け渡し用にテーブルを設置。
後方にも設置しそこに道具や資材を出して、調理スペースにする。
今思えば、焼きそばやお好み焼きのように大掛かりな設備を使用しなくて済むのも、飛び入りできた要因だろう。
最後に昨日突貫で作ったアイス抹茶ラテ専門店『綾隆』の看板を置けば完成だ。
「清隆くん、とても達筆なんですね」
「ホントですね。雰囲気が出てとてもいいと思います」
「実は小さい頃、書道を習っていたことがある」
看板を見たひよりとみーちゃんがそう評価する。
ホワイトルームでは文字の美しさも重視された。
当時は視認できればそれでいいのではないかと思わないこともなかったが
このように文字から受ける印象というものは意外と大きい。
こんな時に役に立つとは思わなかったが……。
ちなみにアイス抹茶ラテの価格設定は強気の一杯1,000ポイント。
他にドリンク販売店がないこと、その場で点てた抹茶を使う本格的な商品であることなどを踏まえ、お祭り価格でいけるのではないかという判断だ。
材料費だけで言えば一杯100ポイントもかからないため、原価率は10%以下ととんでもない商売。
ただ、ここにコストとして、牛乳や氷を保管しておくための簡易冷蔵庫、お湯を沸かすポッドなどのレンタル費や電気代などが加わってくるため純利益はもう少し下がる。
問題点はこの水泳施設にどのぐらいの生徒がやってくるのかだ。
朝比奈曰く例年大盛況らしいのだが、どんなに多くとも1学年160人の3学年分なので480人しかいない。
そのうち、堀北妹やオレの様にプールに来ない人間もいることを踏まえると、自ずと利益の限界は見えてくる。
学校側もそれがわかっているので許可しているのだろう。
「出店だけで2,000万ポイント稼ぎました、これでAクラスに移動します」なんて展開になってしまったら特別試験の意味がなくなるからな。
「担当だが、オレが抹茶を作り、みーちゃんがラテを完成させる。ひよりは接客と会計だ」
ある程度改善されてきたとはいえ、ひよりに調理を任せるのはあまりにもリスキー。
転んだ拍子に材料をすべてぶちまけて、隣のフライドポテトの出店のフライヤーに氷が入り、油がはねて引火。あたり一帯燃え上がり、けが人はなかったものの弁償等で大赤字になる……そんなオチが目に浮かぶ。
「みーちゃん、調理に疲れたらいつでも交代しますよ」
「ありがとう。……でも、私、計算は苦手なので、調理の方が向いてると思います。会計はひよりちゃんが適任です」
みーちゃんはDクラスでもテストの成績優秀、値段も均一、文字通りポイント決済でお釣りの必要がないため、色々無理がある理論だった。
間違いなく、みーちゃんもオレと同じような未来を見てしまったのだろう。
「適材適所ってやつだな」
ひよりが申し訳なさそうにしていたので一応フォローを入れておいた。
「3日間、協力して頑張るぞ。目指すは売り上げ100万ポイントだ!」
「「おー!」」
そうしているといよいよ施設が開場になり、生徒がたくさん入場してくる様子が確認できる。
とはいっても、喉が渇くのは遊び始めてからしばらく経ってからだろう。
まずは焦らずに慣れていくところから始めよう。
と思っていたのだが、早々にこちらにやってくる生徒が何組もある。
「なずなが言ってたお店ってココ?めっちゃ美味しいらしいじゃない。1つお願いしまーす」
どうやら朝比奈が宣伝していてくれたらしく、滑り出しは好調になった。
「えー、本当に美味しい!来てよかったー」「友達にも宣伝しとくねー」「1,000ポイントでも納得」
などラテ自体も好評だ。これはこのまま大繁盛するかもしれないな。
と思っていたのだが、そこまで客足は伸びていかない。
「このままだと出店料などでとんとん。利益がほぼなし……むしろ、私たちの人件費を考えるとマイナスになりそうです」
昼過ぎを回ったところでひよりが計算結果を伝えてくれる。
「オレたちは思い出作りの遊びでやっているわけじゃない。必要なのは利益だ。ポイントだ」
「もちろんです。赤字じゃなかったからよかったなんてぬるいことは申しません」
「でも、どうすれば売れるのでしょうか……」
「原因はわかっているが……」
「客層が主に女子生徒になっていることですね」
「ああ」
朝比奈が宣伝してくれたことも含め、女子生徒には人気なのだが抹茶ラテという性質上なのか、あまり男子生徒は買いに来ない。
「どうやって男子生徒を確保するか……だな」
「うーん。一度でも飲んでもらえれば良さは伝わると思うんですが……」
そう悩んでいると、騒がしさに包まれている施設内の男子たちが一斉に一か所へと視線を向けていることに気づく。
そしてその視線がこちらに移動してくる。いや、正確には視線の先にいる水着姿の生徒がこちらに近づいてくる。
「おーい、綾小路くん、お疲れー。生徒会の仕事が終わったから応援に来たよー」
一之瀬が笑顔で手を振りながらやってくる。だが『綾隆』の名前でお茶を売っている場に、「おーい」と言うのは危険すぎるぞ。色んな所から怒られる。
「2人とも。スポンサーの一之瀬さんがお越しだ。ご挨拶を」
「一之瀬さんのおかげで私たち商売できています。本当にありがとうございます」
「「ありがとうございます」」
3人でピシッと見事なお辞儀をする。
茶道部で鍛えた作法は伊達じゃない。
「や、やめてー。私はそんなんじゃないんだから、頭を上げて欲しいなー」
慌てる一之瀬。
ちょっとからかいすぎたか。ひよりもみーちゃんも変なところでノリがいい。
「販売は順調かな?」
「実はちょっと伸び悩んでるところだ」
「そうなんだ。でも大丈夫だよ。ここからは私も手伝って一生懸命売るから」
「それは心強いな。一之瀬がいれば100人力だ。というよりおかげでこれからとても忙しくなる」
「どういうこと?」
一之瀬は疑問に思ったようだが答えるまでもない。
オレのその予想通り、一之瀬が店頭に立っただけで、大勢の男子生徒が押し寄せ長蛇の列ができていた。
「一之瀬がわざわざ身体を張って水着でやってきてくれたんだ。この商機を活かすぞ!」
「「はい!」」
「え!?プールっていったら水着だと思って着てきたんだけど……3人とも普通の格好だね」
「まぁプールに入るわけでもないですしね……」
「……着替えてきてもいいかな?」
「この状況を見るに水着姿の可愛い売り子の販売力を捨てることはできないな」
「だよねー……」
一之瀬の大活躍もあり、男女ともに客足が伸びてきた。
「男の子は単純で助かりますね。みーちゃん、私たちも水着になりましょう」
さらなる売り上げを目指し、ひよりが水着になる作戦を提案する。
人には色々な好みがある。一之瀬でカバーできない部分も2人が参戦すれば問題ないだろう。
「え、で、でも……」
「ポイントを稼げれば、きっと――」
恥ずかしいのだろう、躊躇するみーちゃんにひよりが耳元で何かを囁く。
「わ、わかりました。私も水着になります」
何を言われたのか、やる気に溢れるみーちゃん。
「もちろん、清隆くんも水着ですよ?」
「……それ、意味あるのか?」
「……清隆くんって呼ばれてるの?」
一之瀬の発言と被ってしまい上手く聞き取れなかった。
本人も言いなおすつもりはないようなので、重要な話ではなかったのかもしれない。
「大アリです。さらに売り上げが伸びると思いますよ」
「そういうことなら着るしかないな」
順番で着替えをし、慣れてきたためオレ1人で調理を担当し、3人で売り子をしてもらっり、材料の補給をしてもらったりした。
飲み物ということもありリピートもあるようだ。来場数に対して想定より売れている印象がある。
「綾小路くん、みんな、こんにちは。面白いことしてるんだね。僕にも1つ貰えるかな」
「ひ、ひらたくん!?」
ここ最近、音信不通で行方不明だった平田じゃないか。無事でよかった。
突然の平田の来訪に、みーちゃんは、とても恥ずかしそうにしているが、同時に嬉しそうでもある。
「わぁ。これはおいしいね」
爽やかなスマイルで抹茶ラテを飲むイケメン。
裏で起きている惨状、苦労を一切感じさせない。
「なあ、平田。ちょっといいか」
「どうしたんだい?」
他のメンバーに聞こえないように裏に呼んで話を聞くことにする。
「実は先日、軽井沢に遭遇してな……その、大丈夫なのか?」
「その件だね……。自分でも未熟で情けない話なんだけど、最近軽井沢さんの束縛が激しくなっちゃって……残りの夏休みぐらい、羽を伸ばしたかったんだ。それでリフレッシュしたら、また2学期から彼氏役を頑張るつもりだよ」
いくら聖人の平田と言えど、同じ人間、限界はある。
それでも投げ出さないあたり、本当に責任感がある。
「軽井沢さん、なぜかプールには近づかないから、この3日間はここに潜伏する予定なんだ」
「なるほどな。無理はしないようにな」
「うん、ありがとう」
苦労の絶えないイケメンを送りだす。
どうか平田に一時でも安らぎがありますように。
その後も順調に売り上げていき
まもなく閉館時間が近いということで、1日目の『綾隆』は大盛況で幕を閉じた。
売り上げは40万ポイントほど。上々の出来だ。
この調子で稼いでいけば、借金返済だけでなく、体育祭に向けた資金作りもできるだろう。
「じゃあ私はこの辺で。明日は友達との約束があって来れないんだけど、最終日はまた手伝うね!」
夕方から用事があると一足先に帰宅する一之瀬。
ひよりとみーちゃんも少し疲れが出ているようだが、とても喜んでいる。
「ポイントがたくさんですね!あ、そうです、良いことを思いつきました!茶道室を拡大して書室を作りましょう!たくさん本が置けますよー」
これが漫画の世界なら目が『¥』マーク――いやここだと『P』か、になっていそうなひより。
茶道部の伝統を残したいと廃部に立ち向かっていた人物が、茶室の改造を目指し始めている。
みーちゃん何か言ってやってくれ、とみーちゃんの方を向くと
「ひよりちゃんが言ってたようにポイントがあれば平田くんも……レンタル彼氏……」
みーちゃんまで……。
悪いがレンタル彼氏平田は軽井沢が無料で無期限貸し出し中だ。
借りパクされなければ、いつかチャンスがあるかもしれないが……。
……ポイントは人をここまで変えてしまうのか。
「そうです、綾小路くん、販売価格もっと上げても売れるかもしれませんよ!」
「セットで茶菓子とかつけてお値段を吊り上げるのはどうですか?」
疲労と大金で思考が危ないことになっているな。
目を覚まさせる必要があるだろう。
そうして2人を両脇に抱え歩き出す。
「「きゃぁッ」」と驚きの声が聞こえたが気にしない。
そのまま2人と共にプールの中へダイブした。
バシャーンと水しぶきが立ったが、2人が安全な角度で入水できるよう飛び込んだので大丈夫だろう。
「ハッ、私は一体なにを?」
「冷静に考えて、平田くんがポイントで買えるわけないですよね」
プールの監視員から注意が飛んできたが、2人は文字通り頭が冷えて正気に戻ってくれたようだった。
「せっかくプールに来たんだ。ちょっとぐらい遊ぶか」
「そうですね」
「うん」
閉館までのわずかな間、オレたちは1日目の労いを込めてプールで遊んだ。
とは言ってもはしゃぐタイプではないため、プカプカ浮いて流されただけだったが
それでもそれはそれでこの3人らしい気がして悪くはなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝。
さぁ2日目も稼ぐぞ、と気合を入れて寮を出たところでチャットが飛んでくる。
「清隆くん、すみません……ちょっと熱が出てしまい……」
「清隆くん、ごめんなさい、朝から少し体調がすぐれなくて……」
ひよりとみーちゃんがダウンした。
2人ともインドア派だ。真夏の炎天下、一日中働いていたら疲れも出るよな。
気にせず、休むように返信をする。
さて、こちらはどうしたものか。
当然1人では効率も落ちるため、助っ人を探すしかないのだが……。
昨日の一之瀬の活躍を考えると人選は重要だ。
よし、茶道部の切り札を呼ぶ時が来たな。
携帯の電話帳からその人物の名前を探し、電話を掛ける。
『朝から何の用だ、綾小路』
「オレと一緒に水着で抹茶ラテを売ってください、茶柱先生」
プツンと通話が切れた。
かけなおす。
「これはAクラスに上がるために必要なことなんです」
『いや、騙されんぞ。たかが数十万ポイントでAクラスになれるなら、全生徒Aクラスになれるからな。断固拒否だ』
再び切れる電話。
そして着信拒否設定をされたのか、繋がらなくなってしまった。
茶柱先生が水着で売り子をしてくれれば、それだけで大量の集客が見込めただけに残念だ。さすがにこのやり口への対抗策を学んでしまったようなので、次があれば、もっと逃げられないような方法を使って勧誘するしかないな。
そうなると、他に手伝ってくれそうなのは……。
開場の時間も迫っている。厳選している余裕はなさそうだ。
ここは確実に戦力になり、こちらのお願いを聞いてくれる人物に頼るしかないな。
こうして2日目はスタートから波乱の1日となった。