高円寺六助について。
これまで観察を続け、どんな人間でどうすればコントロールできるのかをシミュレーションしてきたが、うまく行くビジョンが全く見えてこない。
唯我独尊で堀北もビックリの協調性のなさ。
しかし、学力、運動能力については計り知れないものを持っている。
本人が平田並みの人格者……いや贅沢は言わない山内レベルでもいいので話が通じれば、今頃DクラスはAクラスだったかもしれない。
そう思わせるだけのポテンシャルがある。
そんな高円寺には独自の感性とルールがあるようだ。
判断材料は少ないが、これまでの行動を振り返るとわずかながらにヒントが見られる。
・テストに関して
どこまで本気を出しているかは不明だが、常に上位の成績を収めている。
・特別試験に関して
無人島試験は即リタイアし、干支試験は優待者を当てている
・普段の授業に関して
初の水泳の授業など、たまに本気を出すが、基本的には手を抜いている
・私生活に関して
上級生の女子とよく遊んでいるらしい。船上では筋トレやプールでバタフライなどとにかく肉体美を追求していた
以上の事からわかるのは、
・赤点など自分が退学になりそうなリスクは避ける
・興味のないことはやらない
・プライベートポイントが入手できるのであれば動くこともある(無人島と干支試験の違いより考察)
ぐらいだろう。
よって、体育祭のルールを生徒会で確認した際に、予防線として欠席をできないようにルールを追加しておいた。これで無人島試験の二の舞にはならない。
故意のケガをする可能性もなくはないが、肉体美を追求している男があえて相応のケガをしてまで体育祭を欠席するとは考えにくいだろう。
だが問題は、これで高円寺は出場はしても、どこまでやる気を出すかわからない点にある。
同条件のテストでは、赤点で退学しないぐらいの成績ではなく、高得点を取っている。
それをそのまま当てはめれば、個人競技では上位に食い込んでくれるかもしれない。上位者にはプライベートポイントも出るしな。
しかし、確証はない。
そして団体競技の綱引きや棒倒しなどは、手を抜く可能性大だ。
間違っても騎馬戦の人員には入れられない。
プライベートポイントさえあれば、高円寺を推薦競技に登録しておき、本人のやる気をみて代打を出すなり、そのまま参加してもらうなり臨機応変に判断する安全策を取れたのだが……現実は無常だ。
本気を出してくれれば好成績を期待ができるが、本当に当てにならない。
……戦略に不確定要素や運を組み込むわけにはいかないため、ダメもとでできる限りの対策はする、ぐらいに留めておいた方がいいだろう。
ホームルームの2時間目は体育館で、それぞれの組の顔合わせの時間となった。
赤組の総指揮は藤巻という三年生が担当する。
簡単な挨拶やアドバイスの後、全学年が直接関わるのは最後のリレーのみということで全体の話し合いは終了し、各学年の組ごとで話し合いをする時間となった。
「綾小路、またお前とチームメイトになれたことを心から嬉しく思う。頼もしいパートナーだ、よろしく頼む」
葛城を含めAクラス全員がDクラスの集団にやってくる。
Dクラスの生徒は、オレや平田、そして櫛田以外、少なからず動揺をしてるようだ。
干支試験での圧倒的な敗戦の記憶――それがなくともエリート集団の登場ともなれば萎縮してしまうのも無理ないか。
「ああ。こちらもAクラスが一緒であれば心強い」
「それで早速協力内容についてなんだが――」
「ちょっと、綾小路くん、勝手に話を進めないでもらえるかしら」
自分抜きで話をされることが気に入らなかったのか、堀北が話に割り込んでくる。
こいつにもリーダーとしての自覚が芽生えたのだろうか。
「まずは彼の肩に乗っている彼女について突っ込むのが先でしょ?」
「あー……」
一度見てインパクトが薄れていたが……それでみんな動揺していたのか。
Aクラスの1人の生徒だけがこの場で浮いていたが、誰も口には出さなかった。
「Dクラスの皆さん、こんにちは。坂柳有栖と申します。ご覧の通りこの身体ではご迷惑をおかけしてしまいますが、お役に立てる部分もあると思います。どうぞよろしくお願いしますね」
葛城の右肩に座る坂柳がぺこりとお辞儀する。
身体が不自由なことを平田を始め、須藤も、誰もそのことを追及したり、不満を漏らしたりすることがなかった。
それ以上の衝撃を受けただけかもしれないが……。
「それで協力内容についてですが――」
と、そんなDクラスの不可思議な視線と感情に気付いているのかいないのか、坂柳が何事もないように話を進めようとした時だった。
「話し合いをするつもりはないってことかな?」
少し離れた白組の陣地から一之瀬の声が体育館に響いた。
何事だろうと皆の視線が集まる。
一之瀬が声を掛けた先には、今にも体育館をあとにしようとするCクラスの姿があった。
その中の1人、龍園が振り返る。
「クク、お前がオレの提案を蹴ったんじゃねえか、一之瀬。こっちは善意で提案してやったんだぜ。飼い犬のDクラスがいなくて不安だろうから、Cクラスの『出場表』を売ってやるし、上位になれるよう手を貸してやるってのに何が不満なんだ?Dクラスの不良品とは組めても俺らとは無理って言われちゃ、こっちだって傷つく。帰っても文句は言えないだろ?」
「なるほどー。あくまで私たちのせいだって主張するんだねー。なるほどー」
「そういうことだ。今ならまだ許してやってもいいが?」
「馬鹿にしないでもらえるかな。そんな取引はせずに正々堂々戦う、それが私たちの方針だよ」
「クク、無人島であれだけのことをしておいて正々堂々とは良く言うぜ。お前ら帰るぞ」
龍園は笑い、Cクラス全員を率いて歩き出す。
このまま帰ることに反対する生徒がいないことから、Cクラスの独裁政権に乱れがないことを確認させ――あ、ひよりが小さく手を振っている、オレも振り返しておこう。ん?諸藤たちに手を振ったわけではないんだが、嬉しそうに振り返してくるな、訂正する必要はないか。最後に出ていくのはアルベルトか。お、こっち向いてサムズアップしてくれた。今回は敵同士だがお互い健闘できるといいな――られたな。
「あちらは苦労しそうだな」
「そうだね。改めてAクラスと組めてよかったと思うよ」
葛城と平田がそんな感想をこぼす。
「それで私たち赤組についてですが、正直中途半端な協力は逆効果だと考えます」
「そうね」
「ですので、徹底的に協力、そして連携しましょう」
「えっ?なんですって」
堀北が思わず驚き聞き返す。
組は同じでも学年で成績を争う立場、てっきり必要最低限の協力で行きましょうと提案されると思っていたんだろうな。
「ふふ、赤組の勝利のためには連携が必須ですからね。後日代表同士で具体的な話し合いをいたしましょう。Aクラスからは私、Dクラスからはそうですね……綾小路くんにお願いしたいです。万が一にも情報が洩れたら一大事、ですが生徒会の副会長である彼ならこちらも安心してお話できそうです」
坂柳の意図が見えてきたな……。
だが、それならそれで好都合。元々オレも密な連携を提案しようと考えていた。
「そう言うことなら仕方ないわね。綾小路くんもそれで問題ないかしら」
「問題ない。クラスのために頑張ることにする」
「……今の一言で一気に不安になったのだけど。似合わなすぎよ」
「では、交渉成立ということで。楽しい体育祭になりそうで何よりですね」
Aクラスとの協議を無事に終え、オレも体育館を去ろうとすると後ろから引き留められた。
「よう、綾小路。せっかく同じ組になったんだ、先輩に挨拶ぐらいあってもいいんじゃないか」
「こんにちは、南雲先輩。同じ組でウレシイナー。では、失礼します」
「まあ待てよ。お前に話がある。ここじゃ目立つからな。放課後、生徒会室に顔出せよ」
「……わかりました」
オレからの返事を聞くと、南雲は満足そうにクラスの集団に戻っていった。
一体何の用事なのか……大体予想はつくな。
「あちゃー、完全に雅に目を付けられちゃったねー。最近はどうやって君を叩きのめすか、ずっと考えてるみたいだよ」
先ほどの様子を見ていたのか朝比奈が近寄ってきて話しかけてくる。
「ご愁傷様です」と言いつつもなんだか嬉しそうだ。
「全く穏やかじゃない話ですね。仮にもこっちは後輩なんですが……」
「あいつ、そういうの気にしないからね。実力があるなら学年問わずって感じ。堀北先輩に対してもそうだし」
「それは困りましたね」
「そうは見えないけど?」
「顔に出にくいだけです。……ところで、そんな困り果てた可哀そうな後輩を助けると思って、お願いを一つ聞いてくれませんか?」
「本当に、困り果てて可哀そうな後輩は、そんなセリフ出てこないような……ま、綾小路くんにはこの前のお礼もしたいし、一応聞いてあげる」
「ありがとうございます。実はある人を探してまして――」
「うーん、パッと思いつきはしないけど、そんな噂は聞いたことあるんだよね。ちょっと調べてあげるよ」
「助かります」
上手く見つかると良いのだが……朝比奈も交友関係は広そうなので、大人しく吉報を待つことにしよう。
そんなやり取りを済ませ、今度こそ体育館をあとにすると、廊下の途中に堀北妹が待機している。
兄貴の出待ちか?と思ったが、どうやら用があるのはオレのようで、こちらを確認するなり近づいてきた。
「待ったわよ、綾小路くん。それで、この特別試験で勝つにはどんな方法があると思う?」
「そんなのは簡単だ。棒倒し当たりの混乱に紛れて、有力選手を全員潰せばいいだけだ」
「その案、採用するわ!龍園君とアルベルト君、あとは石崎君あたりを任せるわ」
堀北の目つきが真剣だ。悪の道へ進む気なのか?
実際、手っ取り早い作戦なのは間違いないし、実現も可能なのだが――。
「冗談だよな?」
「不正の発覚を恐れているのかしら?そんなもの生徒会なんだからどうとでもなる、違う?」
「なるかならないかで言えば、なるかもしれないが……そもそもオレがその3人を倒せるとでも?」
「できないことは提案しないで頂戴、ということよ。私は真面目に聞いているのだけど」
さすがに外道に身を落とすような真似はしなかったようだ。
「だが、お前の求めていた攻略法はこういうことだ。基本的に体育祭では身体能力が試される、搦め手、裏工作で抜け駆けできるほど甘くはない」
「基本はそうでしょうけど、運動神経や運に頼らない、確実に勝利する方法が欲しいの。これまでの試験には無限の可能性があった、だから今回も――」
これまでの試験を通して思うことが山ほどあったのだろう。
自信満々だったのにどの試験でもほとんど役に立たなかったこと、オレや龍園が自分の想像もできなかった搦め手を使って試験を攻略しようとしていたこと、干支試験では坂柳にいいようにやられ法則にも気付けなかったこと……。
いま、堀北は誰よりも勝利を渇望しているのかもしれない。心酔する兄へ、自分のことを認めてもらうために……。
「策云々の前に、現状のDクラスの戦力では勝負にならない。そこをどうするのか考えるべきだと思うんだけどな」
「……それはそうかもしれないわ。でも、本当にそれだけで勝てると思うの?」
「勝つ手段はある。だが、大事なのは本番までの準備、それがこの体育祭の本質だ。本番中に何かとんでもない策を披露して、大局を動かすことはできない。それこそ、バレずに全員を不参加に陥れることができれば話は別だが、それをしてお前はアイツに認めてもらえるのか?」
「確かに、兄さんなら対戦相手を害することで勝つ戦法はとらないわね……」
「兄貴に限らず、相手がどんなことをしてくるのか、想像し、対策することがお前の視野を広げてくれるはずだ。一度、その点を見つめなおしてみたらどうだ」
「……そうさせてもらうわ」
ささやかながらヒントを出しておく。
これで堀北が気づくことができるかは、本人次第だ。堀北の成長を考えるなら、体育祭はこいつに任せてもよかった。
だが、それでは惨敗する可能性が高い。残念ながら今回は勝つ方を優先させてもらう。
放課後になり、南雲との約束のため生徒会室に向かう。
少し早めに来たためか、もしくは人払いを済ませた後なのか、生徒会室には南雲しかいなかった。
「来たか、ボイコットする可能性も考えていたんだがな」
「次期生徒会長候補の南雲先輩からの呼び出しを無視するはずがないですよ」
「心にもないことをスラスラいえる根性は大したもんだな。まぁいい。お前を呼んだのは他でもない。堀北先輩と勝負、そのための橋渡しを再度依頼したい」
案の定、その話だったか。南雲がなぜそこまで執着しているかはわからないが、何としても堀北兄と戦いたいようだ。
「体育祭では他学年と勝負できるのは最後のリレーだけだ。お前にはここで機会を作ってもらいたい。3人でアンカーやって、誰が勝つか、なんて感じでな」
「そうすることでこちらにメリットは?」
「お前は堀北先輩がどれだけの実力を持っているのか気にならないのか?もう先輩は引退しちまう、ここで勝負することの意味は大きい」
思えば、直接堀北兄と対決したことはなかったな。
これまで時間を共にしてきて、相応の実力があることはわかってはいるが、対峙した時どのくらいの勝負になるのかはわからない。
オレの事を倒しうるだけの実力があるとは思えないが、ないとは言い切れないだけの何かを感じさせてくれるのも事実。
「では、こちらからのお願いを飲んでいただければ、そちらのお願いも叶えると約束しますよ」
「取引か。元よりタダで動くとは思ってなかったからな。いいぜ、話してみろよ」
オレは南雲にこちらの条件を告げると、南雲はニヤつく。
「そんなことでいいのかよ、なんならもっとサービスしてやってもいいんだぜ」
「いえ、頼んだ分だけで大丈夫です。欲はかきすぎるものではありませんから」
「ま、それでいいなら、異論はねえな。取引成立だ。楽しい体育祭になりそうだぜ」
意気揚々と南雲は生徒会室をあとにした。
いや、生徒会の仕事をしていかないのか、次期生徒会長候補さん。
かく言うオレも今日は茶道部の指導の日なので、生徒会室を後にしようとすると橘がやってきた。
「綾小路くん、今日は茶道部の日ですか。この前の抹茶ラテ、3年生の間でもかなり噂になってますよ。私もあれは大好きです。また作ってくださいね」
「ええ。気が向いたら持ってきますよ。何ならこの後にでも」
「ホントですか?」
嬉しそうに飛び跳ねる橘。
「その代わりと言っては何ですが、先輩にお聞きしたいことがありまして」
「タダでは渡せないということですね。いいですよ、話してください」
なんだかさっき似たようなやり取りをしたな。
「実はある人物を探してまして――」
「……綾小路くんもそういう話に興味があったんですね。うーん、ちょっと調べてみるので、お返事は今度でも大丈夫ですか?」
「はい。急ぎではないので」
「わかりました。では、抹茶ラテ楽しみにしてますからね」
橘と別れて茶道部に向かう。
「こんにちは、清隆くん。今日もよろしくお願いしますね」
「ああ。ひよりも元気になって良かった」
先日ダウンしてしまったひよりだったが、みーちゃん含め2日休んだところ回復したそうだ。
「お店を任せっきりにしてしまいすみませんでした」
「気にする必要はない。だが、その調子だと体育祭は大丈夫か?」
「そうですね。運動はできませんが、楽しみではありますよ」
「それならよかった」
「清隆くんは運動できるって聞きましたので、応援してますね」
「ありがとう。ただ、相手の組になるからそこそこにな」
オレの身体能力について、どこから知った情報かはさほど重要ではない。
バスケやバレーなど少し派手に動いた結果だろうが
Cクラスのひよりがそれを知っていることが大事になってくる。
交友関係が決して広くないひよりが知っている、それはつまり龍園の耳にも入っているということになるからな。
そんな話をしているうちに、みーちゃんや朝比奈など他の部員も揃ってきた。
「さて、橘先輩用に抹茶ラテを作らなきゃな」
「私も飲みたーい」「私もー」
他の部員たちにも好評なようだ。
「よければ私にも一杯分けてもらえないか?」
突然、入口に現れた、茶道部員ではない女子生徒。
「先日の出店の話を聞いた時は、所詮学生が作ったものとスルーしていたのだが、日が経つにつれてどんなものか気になり始めた。ここに来れば飲めるかもしれないと噂を聞きいてな、足を運ばせてもらった」
状況を丁寧に解説する凛とした立ち姿のその女子生徒は――
「うそ!?鬼龍院さんがこんなところに来るなんて……」
朝比奈のリアクションから、只者ではないことが伺えた。