放課後の生徒会室。
2年Bクラスのキーパーソン鬼龍院についての談義は、他の生徒会役員たちがやってきたことで終了した。
何とか体育祭で勝利し、それを南雲のAクラスへ反撃の狼煙としたい桐山だったが、具体策が浮かばず意気消沈中。
しかし、生徒会業務の時間になるとしっかりと切り替え、自分の仕事をこなしていく。そういったところは桐山の数少ない長所だろう。9月に入って間もないが、堀北兄と一緒に仕事ができる残りの時間を何よりも大事にしているようだった。
それだけに、もし桐山がAクラスであれば体育祭は堀北兄と同じ赤組として戦うことができた未来もあった、そのあり得たかもしれない時間を想像すると悔しさが何倍にも膨れ上がるのだろう。南雲が堀北兄との対決を望むのに対し、桐山は共闘を望んでいる。一緒に戦って役に立ちたい、いずれは堀北兄のようになりたい、そんな思いが伝わってくる。
だが、現実は非情である。桐山には堀北兄に追いつくほどの才能、それをカバーするだけの努力、本人は頑張っているつもりでも傍から見れば何もかも足りていない。堀北兄に憧れ、目指す者の末路……モデルケースとしては面白くなるかもしれないな。
そんな桐山の悪戦苦闘を眺めながら、本日の生徒会業務が終了した。
「綾小路くん、よければ一緒に帰らない?」
「ああ。問題ない」
一之瀬からの誘いを断る理由はなかった。
南雲から恨めしい目で見られること以外は、だが。
そんな視線には一切気付かないふりをして2人で帰路につく。
「……組、わかれちゃったね」
「そうだな」
「今回は、敵――ううん、ともに競い合う仲間だけど、お互いベストを尽くそうね。綾小路くんの活躍も楽しみにしてる」
体育祭で別々の組になってしまった相手にも敵ではなく仲間としてエールを贈ってくれるのは、なんとも一之瀬らしい。
ただ、その表情はとても残念そうだ。相方があの龍園クラスともなれば、そうなるか。体育館での顔合わせで、ひと悶着あった様子だったしな。
「オレも一之瀬の事は陰ながら応援しておく。大手を振って応援できないのは申し訳ないが、堀北にバレたらあとが怖いからな」
「……ぅぅん、ぁりが、と」
オレからの返事は予想外だったのか、一之瀬の反応がぎこちない。
てっきり「大手を振る綾小路くんは想像できないね」ぐらい返ってくると思ったのだ、……堀北ジョークが笑えなかったか。堀北がそんな現場を目撃したら、蹴りの2、3発入れられて、物理的に応援できなくしてきそうだしな。
「あ、えっと、今年みたいに2組に分ける方式って珍しいらしいし……同じ組なら遠慮なく応援し合えたのにな~残念、残念」
らしくないと思ったのか、何かを振り払うかのように明るく振る舞う。
どうやら一之瀬の中の誤解を解いておく必要がありそうだ。
「一之瀬、今回はオレとの共闘が無理だと思っているのか?」
「えっ?」
「オレは一之瀬と共闘する道はあると思っている」
「でも組は分かれちゃってるし……」
「考え方次第だ。オレも諸事情で今回は学年でのクラス1位を目指してはいるが、お互いのために協力できる部分はある」
「ほ、ほんと!?あ、もしかしてポイ――あ、違うんだね……」
携帯を取り出そうとした一之瀬の手を掴み制する。この思考、まだ完全に抜けきっていなかったか……。何か根強い理由があるのかもしれない。
「できれば出場表の決定を期日ギリギリまで待っていて欲しい。準備が整ったら連絡する」
「うん、わかった。そうするねっ!」
そう言って頷く一之瀬の表情には先ほどまでとは違い晴れやかだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日から体育の授業、放課後の時間を使い、体育祭に向けた特訓が堀北主導で開始された。
「まずは、腕立て伏せ100回、上体起こし100回、スクワット100回やった後に、10㎞走ってもらうわ。これを毎日欠かさず続けることで最強になれるの。敵はすべてワンパンよ!」
「よっしゃぁぁ、お前らやるぞー!俺に続け―!!」
堀北と須藤はやる気に満ちているが、運動部以外のクラスメイトは少なからず絶望感を抱いているように見える。
特に、『まずは』といったところが気がかりな様子だ。
「早速、腕立て開始よ。みんな準備をして……いくわよ、いーち、にーい、ほらそこ、肩甲骨が開いているわ。もっと寄せないと効率が落ちるわよ、さーん、しー……」
軍隊を鍛え上げる教官のように腕立てをするクラスメイト達の間を練り歩き、事細かにチェック、指導していく堀北。
間違ったことは一切言っていないのだが……。この調子で、クラスメイトがどこまで持つのかは不明である。
「も、もうムリぃ~ふしゅぅぅぅ~……」
腕立てを何とか乗り切った――もちろん、100回できていなかったが、必死に食らいついていた佐倉だったが、上体起こしの途中で遂に力尽きた。
大丈夫?と駆け寄る篠原たち。
「ちょっと堀北さん、厳しすぎるんじゃないの?いきなりこんなメニュー無理に決まってるじゃん」
「まだ始めたばかりよ?この程度で音を上げていては優勝なんて不可能ね」
「そうだぜ、こんなん楽勝だろ」
「須藤君は黙ってて!」
「……お、おう」
須藤も押し返すほどの篠原の圧。
だが、そんな篠原を他所に堀北は佐倉へと話をする。
「佐倉さん、確かに今はきついかもしれないわ。でも、私は兄さんに振り向いてもらいたいと、このメニューを3年間こなしてきた。そうして生まれ変わった結果、最近少しだけ褒めてもらえたの。後悔はさせないわ」
「……頑張れば振り向かせたい人に振り向いてもらうことができる?」
「そうよ。このメニューを1ヶ月こなし続ければ、あなたもきっと変われるわ」
「……もう少しだけ、私……頑張ってみる」
「その意気よ、佐倉さん」
「佐倉ちゃんがそういうならいいけど……無理はしないように!」
佐倉が戦う意志を示したことで、ひとまず篠原も矛を収める。
だが、佐倉の闘志を燃やすことはできても、他のクラスメイトはそうはいかない。スクワットを終えた頃には、死屍累々のありさまだ。
「はい、1分のインターバルはおしまい。次は10キロ走るわよ。この後は種目別の特訓も待ってるわ。みんなついてきて」
そんな様子もお構いなしの堀北。
だが、クラスの大半は動かない。というより半数は動きたくても動けないようだが……。
「どうしたの?こういうのは初日が肝心なのだから、しっかりしてくれないと困るのだけど」
「無茶言わないでよ、堀北さん。これでケガでもしたら体育祭どころじゃなくなるじゃん」
「そうだそうだ、篠原の言う通りだぜ」
篠原の抗議に池が乗っかる。
それを皮切りクラスメイトからも次々に反発の声が出てきた。
「このぐらいじゃケガなんてしないわ。やる気のない人たちに何を言っても無駄ね」
これまで人付き合いをろくにしてこなかった堀北。相手が自分と同じぐらいの志を持っていて当然だと思っている節がある。それがない人間を見下し、向上心がないと決めつけてしまうところも悪い点だろう。
「そんな言い方ないんじゃない?みんな頑張ってるってわかんないわけ?」
「この程度で不満を漏らす人間は頑張ってるとは言わないと思うのだけれど」
軽井沢もクラスの女子の意見を代弁するが、堀北は聞く耳を持たない。
「みんな落ち着いて。堀北さんはクラスのために、あえて厳しくしてくれているだけなんじゃないかな。やり方はちょっとどうかと思うけど、悪気はないと思うの」
櫛田が堀北を庇うような発言をする。こうすることで、スパルタ堀北と天使の自分を比較させて堀北を陥れることができると思ったのか……ともかく善意でないことだけは確かだ。
「僕もそう思うよ。堀北さんは憎まれ役を買ってでてくれたんだ。ただ、体力は人それぞれだから、まだ動ける人は走れるだけ走って、きつい人は動けるようになるまで休憩にしよう。それでいいよね?」
すかさず平田もフォローに入る。こっちは平和を愛する男、善意での提案であることは確かだ。
平田からの提案に堀北も納得はいっていないようだが、これ以上話しても無駄だと判断したのだろう、頷き、トラックに向かった。
意外だったのは、佐倉もランニングをはじめたことだ。
ランニング……というより園児の徒歩の方が早そうなペースではあったが、それでも前に進む意志は伝わってくる。
そんな姿をみて休んでいた生徒たちも思うところがあったのか、1人、また1人とトラックへ向かっていく。
坂柳や龍園のような支配型のリーダーは堀北に向いていない以上、一之瀬のような信頼で引っ張っていくスタイルしかないと思っていたし、そうなるように働きかけていたのだが……DクラスにはDクラスのまとまり方があるのかもしれない。
篠原の言っていたようにケガ人が出るようなら、堀北を止めようと考えていたが、オレが動かなくても上手く他がカバーしてくれそうだ。オレは別のことに注力することにしよう。
後で文句を言われても面倒なので、ささっと10キロ走った後、オレはこの場をあとにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
特別棟の一室でオレは体育祭の方針を坂柳と話し合うことになっていた。
「今回は同じ組……勝負はできませんでしたが、同じ組でご一緒するというのも一興ですね、綾小路くん」
坂柳は微笑みながら今回の組み分けをそう評する。他者が見れば素直に好意的な解釈をするのだろうが、どうにも坂柳の内面は複雑なようで文字通り額面通りには受け取れない。
「間近でお互いの戦略を披露し合い、議論する。こんな素敵な時間は滅多にございませんもの」
「オレの戦略は須藤と高円寺でごり押し。以上」
「フフ、冗談までおっしゃるようになられて……思いの外、この学校生活が綾小路くんに合っていたのかもしれませんね」
なぜか嬉しそうにそう返してくる坂柳。
適当に流すことはできないか。
ただ、Aクラスの協力がなければDクラスの勝利は遠のくことも事実であるため、真面目に話す部分は必要だ。
「まず、出場種目のうち、個人種目はお互いの主力メンバーが同じグループで走らないようにする。その他の生徒もうまくパワーバランスを計算して配置する、で問題ないだろ」
「ええ。私も同じことを考えていました」
「団体競技、1年赤組の指揮はオレ、女子は坂柳で問題ないか」
「もちろん、異論はありませんよ」
「……坂柳から何か要望はないのか?」
議論云々言っていた割にイエスウーマンと化している坂柳。
こちらの出方を探っているのか、特にこだわりがないのか。
「そうですね。概ね、綾小路くんと同じ意見だったので嬉しく思っていただのですが……あえて一つ注文をつけさせてもらえるのでしたら、Cクラスを徹底的に潰して差し上げましょう」
「オレとしてもその方がありがたいが……どうしてBではなくCなんだ?」
「Bクラスと言っても賛同は得られないでしょうからね。まあCクラスにするのは
……葛城くんって言ったよな?聞き間違えでないなら良かった。オレも堀北メニューをこなしてきたからな、疲れでも出たのだろう。
「そういうことならメインターゲットはCクラス。次に団体戦について詰めていきたい」
「はい、喜んで」
「特に棒倒しが総合力で白組に押される可能性が高い。俺なりに勉強したんだが、役割分担をする必要があるだろう。Aクラスから適した生徒を借り受けたい」
「もちろんです」
こうして坂柳との話し合いは進んでいき、AとDクラスの出場表は完成した。
団体競技については後日合同で練習をしていくことになり、チームワークといった面でも問題はなさそうだ。
「ところで、美味しい牛乳を探しているんだが、オススメはないか?できれば乳脂肪率の高いものがいい」
「これは予想外のご質問ですが……さすが綾小路くん、私に聞いたのは正しい選択と言えるでしょう。一時期、牛乳にはこだわっていましたので。オススメは、そうですね……成長には個人差があることをあらかじめ断っておきますが――」
よく甘いものを食べていたからなんとなく聞いてみたのだが、なぜか牛乳に強いこだわりがあるらしく、色々と教えてくれた。
「坂柳、迎えに来たぞ」
「あら、もうそんな時間ですか、楽しい時間はあっという間ですね」
牛乳の話を聞いていると、葛城が迎えにやってきた。
「綾小路くんも乗っていきますか?左肩空いてますよ」
「いや、無理だろ」
タクシーの相乗りでも提案するように言われても困る。
「そんなことはないぞ。坂柳を乗せるようになって以来、毎日鍛えているからな」
「悪いが、遠慮しておく」
自信満々な葛城だったが、仮に乗れたとしても、悪質な罰ゲームでしかない。
現役生徒会副会長がかつて生徒会を志望し叶わなかったAクラスの生徒を女子生徒と一緒に乗り物にしている、なんて周りからどう思われるか……想像したくもないな。
「それは残念です。綾小路くんにもこの景色を楽しんでもらえたらと思ったのですが、欲張り過ぎでしたね。それではまた近いうちにお会いしましょう」
そういって坂柳は葛城に乗り込み出発する。
そんな2人を見送った後、オレはケヤキモールのスーパーに立ち寄り坂柳からオススメされた牛乳をいくつか購入し、帰宅した。
体育祭までの準備は着々と進んでいる。
そう思っていたのだが、翌日、登校してきたクラスメイトの大半の動きが鈍い。
それに気づかないわけはないのだろうが、体育の時間になるとお構いなしに昨日同様のトレーニングを始めようとする堀北。
「いい加減にして、堀北さん。私たち昨日の疲れが全然抜けてないの。わかるでしょ?」
「憎まれ役はもういいからさ、ちょっとは俺たちのことを考えてくれよ」
「ぶっちゃけこんなことして意味あんの?って感じだし」
次々と溢れる不平不満。
久々のDクラスの口撃――堀北への糾弾がはじまった。
原作を読み返したら、出走表ではなく出場表と表現していたため、しれっと前回ぐらいから出場表に変更しています。
その前のも時間ができたときに、訂正しておきます。