ようこそ実力至上主義の生徒会へ   作:まぐまれむ

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スズーズブートキャンプ

「ダァー。勢いで出てきちまったが、鈴音に連絡しても無視されるし、どうやって会えばいいんだ?てか、生徒会長の言ってた空回りってどうすれば解消できんだ」

 

案の定、路頭に迷っていた須藤。

頭を抱えあれやこれやと悩んでいる様子。

即行動できる点は評価できなくもないが、今のままじゃ本当に役立たずだろう。

考える力を養うか、知恵を授けてくれる存在が必要になってくる。

今回だけはオレが代役を務めよう。

 

「それならオレに作戦がある」

 

「うぉっ!?綾小路、いつの間に……。いや、そんなことを気にしてる場合じゃねえ。綾小路は他のヤツと違って、間違いなく堀北の味方だもんな。その作戦ってやつを聞かせてくれ」

 

間違いなく堀北の味方、か。

予測できていたにも関わらず、こんな事態になるまで傍観を決め込んでいた人間は果たして味方と言えるのだろうか。

これが一之瀬なら、きっとクラスで言い争う前に止めるんだろうな。

いや、それ以前にクラスメイト同士で言い争うことなど起こりようがない、そんな気がする。

どちらが正しいかは置いておいて、オレにはマネのできない芸当だな、と思う。

 

「作戦自体は単純だ。そのために体育館へ移動したいんだが――」

「おうよ。そんなら早くいこーぜ」

 

食い気味に返事をする須藤。

もっと色々聞いてくるなり反発するなりあるかと思っていたが、やけに素直だ。

 

「作戦の詳細を聞かなくてもいいのか?」

 

「俺一人じゃどっちみち詰んでんだ。ダメもと……いや、綾小路は、この前の試合もなんとかしてくれたからよ、その作戦も信頼できるぜ」

 

須藤は須藤で色々考えて成長しようとしているのかもしれない。

気に入らないことがあれば当たり散らしていた入学時とはだいぶ変わってきた。

ここが普通の学校であれば、そうやってゆっくりと成長していけばいいのだが……。

いずれにせよ、今の須藤では堀北を説得するのは不可能だろう。

 

「それでここでどうすりゃいいんだ?」

 

体育館に着いたところで須藤が尋ねてくる。

部活も終わっているため、他に生徒の姿はない。

 

「すでに堀北にここに来るように連絡してある」

 

「マジかよ。じゃ、これから2人で堀北に戻ってくるよう説得すんだな」

 

「いや、オレはもうすぐ帰る。説得は須藤の役目だ」

 

「ンぁ”?俺だけじゃ無理だから頼んでんじゃねーか」

 

オレからの理解できない話に少し怒気の混ざった返答をする。

だが、この程度で怒るのは早いだろう。次の言葉はもっと強烈なはずだからな。

 

「今のままのお前ならな。須藤、オレと1on1で勝負しないか?」

 

「なめてんのか、綾小路?そんな無駄なことしてる暇はねーだろ」

 

「オレに勝てるつもりなのか?」

 

「ンだとっ!!いいぜ、やってやるよ。だがよ、瞬殺だぜ?2度となめた口きけないようにしてやるからな」

 

大事なプライドに傷をつけられた須藤は当然激昂していた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「須藤君の次は綾小路くんから……全くしつこいわね」

 

チャットの通知を見るだけで中身も確認せずに携帯を放り投げる。

放課後のトレーニングは個人で行うことにした。

あんなやる気のないクラスメイトたちと一緒に居てはこちらのレベルも下がってしまう。

 

兄さんに言われたように、仲間たちと共に歩むこと、その大切さはこれまでの試験やこの前の出店を通して実感していた。

だから私なりに頑張ってみたのだけど……結果はこの通り。

私には土台ムリな話だったみたい。

きっと兄さんならあんな状況でも簡単にクラスをまとめて指導できるのだろう。

そう考えるだけで、自分の不出来さに胸が苦しくなる。

私はもっと努力して、少しでも兄さんに追いつかなくてはいけない。

やはりクラスメイトに構っている時間などなかったのだ。

 

携帯の通知が鳴る。

 

構わずトレーニングを続ける。

1人でも勝つための力をつけなくてはいけない。

 

また通知が鳴る。

構わずトレーニングを続ける。

兄さんに一歩でも追いつかなくてはいけない。

 

またまた通知が鳴る。

 

「いい加減にして!」

 

放っておいて欲しいのに、こんな私の事なんて構わなければいいのに……。

迷惑チャットの下手人、綾小路くんに止めるよう返信するため、携帯を確認する。

 

「……うそでしょ」

 

最後の1通は、兄さんからの、話があるから体育館で待っている、そんな連絡だった。

こんな時に限って、会いたいけれど会いたくない人からのお誘い。

……偶然ではないのでしょうね。

私の失態を知った兄さんから、今度こそ退学するように告げられるのかもしれない。

 

「私は……どうすればよかったのかしらね」

 

らしくもない弱音が零れてしまう。

いっそのことあがくことを諦めて素直に身を引いた方がいいのだろうか。

兄さんにはいくら頑張っても追いつけませんでしたと、謝ってしまえば楽になるのだろうか。

既に兄さんを待たせてしまっている以上、答えが出ないままでも行かないわけにはいかない。

どんなトレーニング後でも音を上げずに動いてくれていた足が、今この時は酷く重い。

 

「……兄さん、来ました。鈴音です」

 

明かりのついた体育館に入り、声にならない声を絞り出して伝える。

 

でもそこにいたのは兄さんではなくて

 

「よう。兄さんじゃなくて悪いな、堀北」

 

須藤健君が待っていた。

 

「どういうことかしら?説明ぐらいは聞いてあげる。ただ兄さんまで利用したんだから、その代償が高くつくことを覚悟してもらうわよ」

 

「堀北はよ、何のためにAクラス目指して頑張ってんだ?」

 

珍しく……いいえ、初めて見たかもしれない、こんな真剣な表情の須藤君は。

ただ、問いの内容は抽象的でよくわからない。

 

「何のこと?」

 

「俺は勉強ができない馬鹿……なのは知っての通りだ。他のことも碌にできないが、バスケだけはこれまで一生懸命取り組んできた。バスケさえしていれば、どんなに素行が悪くても、どんなに馬鹿でも周りは認めてくれた。俺にとってバスケは存在理由っつーの、そんな感じだった。だから俺は絶対に勝たなきゃいけないし、努力した分、負けるとも思えなかった。実際、最近は先輩たちともいい勝負できてんだぜ」

 

「……それがどうしたのかしら。自己主張なら余所でやってもらえる?」

 

いまいち要領を得ない話。

兄さんがいると思ったから来ただけで、できれば誰にも会いたくないのが本音だった。

ただ、それを語る須藤君があまりに真剣な目をしているからか、この話をちゃんと聞かなくてはいけない、そんな気持ちにもなっている。

 

「でもよ、さっき、綾小路のヤツと勝負して……手も足も出なかった。何度やっても、一本も取れやしねえ。完敗も完敗だ」

 

「綾小路くんがあなたと?」

 

運動はそこそこできるぐらい、なんて言っていたのに、やっぱり嘘だったのね。それにしても、バスケで須藤君に勝つなんて、にわかには信じられない。信じられないのだけど、彼ならやれるかもしれないと思わせるだけの……そんな何かを感じる。でも、腑に落ちないのはそんな経験をした後なのに、須藤君がどこかつきものが落ちたような晴れやかな表情をしていること。

 

「俺のこれまでの人生を全否定された気分だったぜ。どんなに練習しても一生敵わないような壁ってやつを突き付けられた……。そんでよ、トドメとばかりにこういうんだ『お前は何のためにバスケをやっている?』ってよ。わけわかんねーよな。たった今自分の手で俺の存在理由を奪っておきながらそんなことを言うんだぜ」

 

「……」

 

須藤君にとってバスケは、私にとっての兄さんみたいなもの。目標であり、存在理由であり……自分が自分であるために欠かせないもの。

 

「でもよ、悔しかったから、ボロボロになった状態で考えて、考えてさ。気づいたっていうか思い出したんだよな。俺はバスケが楽しいから、好きだからやってんだって。俺の存在を証明したくてやってたんじゃねーんだ。いつからかそんな風に誤解しちまってた。上手くはいえねーけど、大好きなバスケを道具にしちまってた自分の小ささを実感した」

 

自分が強いからバスケをやっているわけではない、ということなのだろう。

例え努力が実を結ばずとも歩み続けるし、結果が欲しくてやっていたわけではない。

バスケだけが須藤健ではない、そう言いたいのかもしれない。

 

「俺はどっかで間違ったみたいだ。バスケで活躍することだけが俺だって決めつけて、それを守るために他をテキトーにしてきちまった。そんな俺にお前やクラスメイトを引っ張る魅力なんてないよな」

 

「そう……あなたは自分の道を見つけられたのね」

 

「まだわかんねーけどな。ただ、このままじゃダメっつーことだけは身に染みてわかったぜ。だからもう一回聞くけどよ、堀北は何のためにAクラス目指して頑張ってんだ?」

 

「私は……」

 

何のために頑張っているのだろうか。

Aクラスになって兄さんに認めて欲しい。

そんな思いで走ってきて、気づいたらまた一人になっていた。そもそも本当にAクラスになったら兄さんは認めてくれるのかしら……。

いえ、そうじゃないわ、認めてもらうこと、追いつくことは本質じゃない。

初めの想い、私が見てきた兄さんの姿はどんな姿だったか。

 

そうか、私は……

 

「Aクラスに上がることで兄さんに認めてもらいたかったんじゃない。幼い頃、誰かを救い導いていく兄さんの姿に憧れて、自分もそうありたいと願ったのがきっかけだったわ。なのに、私は兄さんのすごさにばかり目が行ってしまって、兄さんがやってきたこと、その過程を見ていなかった。結果だけ同じでもダメだったのね……道理で追いつけないわけだわ」

 

仮にAクラスに私ひとりの力で昇格したとしても、兄さんと同じAクラスになったという結果だけ。

兄さんが大事にしているのは、クラスで協力して成長していく過程。その先にAクラスがあっただけ

試験を突破するためにクラスメイトと協力するんじゃない。

クラスメイトと協力するから、試験を突破できる。

 

その違いに私は気づいていなかった。

Aクラスに上がるためだけに必死になって、周りをみることを蔑ろにしていた。

 

本当に須藤君を馬鹿にできない。

……だから、ここから私たちは始めて行かなくてはいけないのだろう。

 

「須藤くん、私はAクラスに上がりたいわ。そして兄さんに認めてもらう。その想いは変わらない。でも、クラスのみんなで頑張った先に初めて見えてくるのがAクラスだったの。この3年間、みんなで協力してお互いに成長していきたい……そのための第一歩、最初の仲間として私に力を貸してくれないかしら。もちろん、私も須藤君のために力を貸すことを約束する」

 

「もちろんだぜ、堀北。俺もこの3年間でバスケ以外でも須藤健って男を磨いていきたい」

 

不器用極まりない2人だけれど、大事なことに気付けた。

今日ここから本当の意味で学生生活をスタートできた、そんな気持ちだった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

そろそろ、2人の話はうまくまとまった頃だろうか。

体育館で須藤を完膚なきまでに叩きのめして、自室へと帰ってきた。

 

堀北と須藤、この2人は似ている。

他者に媚びることなく、己に妥協することなく、自己研鑽を積み重ね培ってきた実力。その実力に裏付けられたプライドを支えに生きている。

例え誰にも理解されずとも、1人になろうとも、自分の道を突き進める力は武器にもなる。が、2人のそれはあまりにも中途半端だ。

高円寺が良い例で、実力に自信があり、己の道を進んでいる本物は他者からの評価など気にしない。

だが、あの2人は孤独で構わないとしながらも、堀北なら兄に、須藤は自分を馬鹿にする人間に認められたい、見返したいと思う矛盾を抱えてしまっていた。

 

そしてその矛盾は、プライドによって崩壊しないように支えられている。

実力さえあれば、自分は1人でも大丈夫。実力さえ伸ばしていけば、いつか認めてもらえる。

そんな勘違いが成長の機会を奪い、どんどん道を狭めていく。

だが、本人たちはその道しかないと思い込んでいるため、失わないように必死に守ろうとする。

 

そんなくだらないものを守ろうとするから歯車が狂う。

勝つためなら、プライドを大切にする必要はない。捨てるべき感情だ。

 

もちろん、それができない人間が大半であることも理解はできる。

なら、そんなプライドがくだらないものだということを無理やりにでも認識させるしかないだろう。

そうしなければ、あの2人は次のステージへ進むことはできない。

自室でここ最近の研究成果を吟味していると、チャイムが鳴った。ドアを開けると堀北が待ち構えていた。

 

「貴方が色々画策していたことはわかっているわ。責任をもって最後まで手伝ってもらうわよ、綾小路くん」

 

そんないつもの無茶苦茶な言いようでこちらを巻き込もうとする堀北。

だが、その瞳にはこれまでにない熱を感じる。どうやらうまく行ったようだ。

ただし、面倒なことに巻き込まれるのはオレとしても歓迎すべきことではない。

無言でドアを閉めさせてもら――おうとしたところで、ガッチっとドアを引っ張られる。

 

「綾小路、逃がさねーよ?」

 

「いい反応だわ、須藤君。彼、一度逃げられたらなかなか出てこないもの」

 

こちらが逃げの一手を打つことを予測し、死角に須藤を配置していたか。

悪くないコンビになったな。

 

「酷い言われようだ。オレだってクラスのためにいつも頑張っているんだぞ?」

 

「なら、今からさらに頑張ってもらって問題ないわね」

 

「邪魔するぜー」

 

こちらのことはお構いなしに入室する2人。

 

「さっそくだけど、今回の事を反省して明日からのトレーニングメニューを変えていきたいと思っているの。クラスみんなで無理なく楽しく鍛えていくことがテーマよ」

 

「……恐ろしいほど似合わないな」

 

「これからそうも言えなくなるように努めていくつもりだわ」

 

「俺たちならできるぜ!」

 

人間は生理的早産の生き物だと、スイスの生物学者、A・ポルトマンは言った。

他の哺乳類と比べ未熟なままで生まれてくる。

だが、それは未熟であると同時に無限の可能性を含んでいる。この2人はこれからどんどん成長していくことだろう。

どのような道を進んでいくのか、少しだけ楽しみだと思った。

 

「それで、画期的なアイディアを考えてきたわ。これを実現するためにはあなたの力も必要よ。これから練習に付き合ってもらうわ」

 

堀北がまとめてきたノートを確認する。

 

「嘘だろ……」

 

これはある意味、最初のメニューの方がオレとしては何倍もありがたかった。

 

「ところで、何でこんなに色んな牛乳が置いてあるのかしら?」

 

「……体育祭に備えて、骨も鍛えておこうと思ってな」

 

「……それはいい心がけね」

 

そうして夜通し特訓に付き合わされることとなった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

翌日の体育の時間。結局、堀北と須藤の姿はなかった。

 

「今日は種目別の練習をしようか。二人三脚のペアや騎馬戦のチームも決めたいしね」

 

平田の提案で、まずは各々ペアを組み二人三脚の練習を行う。

 

「綾小路くん、私と一緒に走ってくれないかな?」

 

櫛田がオレのもとにやってくる。

 

「ああ。よろしく頼む」

 

櫛田がお互いの足を紐でしっかりと固定する。

 

「昨日は助かった。あれは中々効いたと思う」

 

「んー、ああ、堀北さんへの発言ね。やっと綾小路くんもその気になってくれたんだって嬉しかったよ。ああいう手伝いならいつでも喜んでするからね」

 

準備が整ったところでトラックまで移動する。

二人三脚は初めて挑戦するが……異性とこの距離感で一緒に走るのはかなり緊張するな。上手く走れるだろうか。

 

「じゃあ私の掛け声に合わせて動いてね」

 

「わかった」

 

櫛田がうまくリードしてくれそうで安心だな。

 

「せーの、堀北、退・学、退・学、退・学、退・学。絶・対、退・学、退・学、退・学……」

 

なんて掛け声だ。櫛田さん絶好調だな。

 

「私たち、堀北さんの退学で息ぴったりだね。ふふふ」

 

あどけない笑顔で物騒なことを言う櫛田。

 

「昨日の様子じゃクラスで弾き者にされて、居場所がなくなって、自主退学してくれるかもね。嬉しいなぁ。退・学、退・学……」

 

掛け声はともかく、タイミングが合わせやすく、かなり速いペースで走ることができている。これなら本番でも好成績を残せそうだ。

……この掛け声でなければペアになるのをためらうことはなかったのだが。

 

そんな櫛田だったが、急に足を止めたので、思わず転びそうになる。

何事かと思ったら、グラウンドに堀北と須藤がやってきたようだ。

クラスメイトを中央に集めている。

 

……準備が整ってしまったか。

 

「まず最初に謝罪させて。私は勝ちにこだわるばっかりに、みんなのことをしっかりと考えることができていなかったわ。本当にごめんなさい」

 

そう言って頭を深々と下げる堀北。

 

「俺もこれまで自分が迷惑かけてきたことをそのまんまにしてきちまった。謝らせてくれ」

須藤も続けて頭を下げる。

 

これまでの2人では考えられない光景に、Dクラス一同、信じられぬものを見たと度肝を抜かれていた。

 

「それで、私たち、みんなで無理なく楽しく鍛えられるメニューを考えてきたの。実演してみせるから、それで気に入ってくれたら、一緒に練習してくれないかしら」

「よろしく頼む」

 

2人の懸命な姿勢に毒気を抜かれた一同だったが、簡単に心を許してまたとんでもないメニューであれば目も当てられないと慎重姿勢。ひとまずその実演を見てみようということで意見がまとまった。

 

「みんなありがとう。それじゃ、須藤君、そして綾小路くんも準備して頂戴。名付けて『スズーズブートキャンプ』スタートよ」

 

その声を合図に須藤が携帯で音楽を流す。

 

「みんな準備はいいかしら?これは最高のトレーニング、1か月後には想像できなかったような身体を手に入れることを約束するわ」

 

ビ●ー隊長よろしく、スズー隊長が軽快なトークで前置きをはじめる。

オレと須藤はその後ろで音楽に合わせ左右にステップを踏んでいる。

 

「両手を合わせてウォーミングアップよ」

 

そう言って堀北が動き始めたのに合わせ、オレたちも実演する。

 

「次は腕立て伏せ。きつい人は私の様に膝をついてやっても大丈夫だわ」

 

音楽と堀北のトークに合わせて次々とメニューをこなしていく。もちろん、できない人への配慮や途中に激励などを混ぜてやりやすい様に考えられている。

 

「次は、左右に身体を捻るステップ。ここで、ダッキングよ」

 

須藤はぎこちないが満面の笑みで取り組んでいる。楽しく見えるよう、そう指示が出ている。もちろんオレはいつも通りだ。

 

「堀北さん、面白ーい」「須藤くんのニヤけ顔と綾小路くんの真顔の対比がヤバい」「これなら続けられるかも」

 

身を犠牲にした甲斐があったようで好評な様子。

みんな笑いながら見守ってくれている……それでいいのか?と疑問に思ったら負けだろう。

 

櫛田だけは一瞬「裏切ったの?」といった目で見つめてきた。

オレもできることならこんな晒し者にはなりたくなかった。

 

「OK!よく頑張ったわ。このトレーニングで大事なのはマインドを変えること、みんながベストを尽くせるよう、私たちは手助けをするわ。時には誰かが背中を押さないと、自分自身だけでは変えられないこともある。最後までできなくてもいいの、続けていけば習慣になって、きっと人生が変わるわ。諦めないで」

 

スズー隊長の締めの熱い演説にクラスメイト達からは大きな拍手が起きる。

 

「堀北さんがここまで真剣にクラスの事を考えてくれたなんて嬉しいよ」

「これさー、やってたらメッチャ痩せそうだよね、良くない?」

 

平田、軽井沢の発言にみんな同意しさっそくやってみようということになった。

 

「いい汗かいたわね、綾小路くん。あなたが考案してくれた、ねじれやダッキングを入れたステップも中々効いて心地いいわ」

 

「それは良かった。この調子で本番まで続くと良いな」

 

「いいな、じゃなくて続けていけるよう私が導いてみせる、それぐらいの気持ちでいなくてはいけないわ」

 

「それもそうだな」

 

すっかり振り切れた堀北。クラスのみんなの前で再びブートキャンプを始める。

体育祭に向けて今度こそクラスが一丸となった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

出場表提出期限の日。

オレは約束通り、一之瀬を呼び、話し合いをしていた。

 

「一之瀬、ぎりぎりまで待たせてすまなかった。これがA・C・Dクラスの出場順が全て記載された出場表だ。これに合わせてBクラスが有利になるように配置してくれ」

 

「えっと……聞き間違い、見間違いでなければ、綾小路くん、またまたとんでもないことをサラッとやり遂げてない?」

 

「こんなこと、クラスメイトの前でスズーズブートキャンプすることに比べれば、何の障害もなかったぞ」

 

「すずぅずブートキャンプ?」

 

「つい愚痴が零れてしまっただけだ。気にしないでくれ」

 

「あ、全然大丈夫だよ。むしろ、綾小路くんが愚痴をこぼしてくれるなんて今までなかったから、ちょっと嬉しいかも」

 

「そういうものなのか?」

 

愚痴何て聞かされても得はないと思うのだが……。

気にしていないようなら良かった。

 

「ところで、こんな重要な情報をタダでもらうわけにはいかないよね?」

 

「そうだな。代わりに四方綱引きでは最初にCクラスを落としたい。協力をお願いできないか?」

 

「それは構わないよ。私たちとしてもCクラスとは協力の話は出てないし」

 

と言いながら少し残念そうな一之瀬。

四方綱引きだけは、リレーを除けば団体競技でのクラス対抗戦といえる。

組が違っても協力できる競技だと思ったのだが、やはり正々堂々戦いたかったのだろうか。

 

「よし、これでうちのクラスの出場表も完成したよ。早速提出してくるね」

 

「ああ」

 

思った通り、一之瀬の意思で自由に配置してもいいと言っても、オレたちのクラスに不利になるようなメンバーの配置は避けてくれた。その分、AとCクラスの負担が増えるだけなのでオレとしては取引ですらない。しかも四方綱引きで厄介なCクラスも落とせるおまけつきだ。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

その日の放課後、いよいよここ数日の研究成果を披露する時だ。

 

オレは2年の教室付近で待ち構え、目的の人物が現れるのを待つ。

程なくして、ひときわ目立つその人物がやってきた。

 

「鬼龍院先輩、お疲れ様です」

 

「……綾小路か。こんなところまで何の用だ」

 

「鬼龍院先輩にお会いしたくて」

 

「ほぅ。それは嬉しいことを言ってくれる。だが、私を満足させてくれる時間が提供できる自信はあるのか?」

 

「もちろんです。茶道室までお越し頂けると答えがわかりますよ」

 

「いいだろう。可愛い後輩のお願いだ、一肌ぐらい喜んで脱ぐさ」

 

そうして茶道室に移動し、準備をする。

 

「あれから研究を重ね、自分なりの答えにたどり着きました。ぜひ、ご試飲いただけませんか?」

 

そういって、新アイス抹茶ラテを手渡す。

鬼龍院はそれを受け取ると、おもわず見惚れるような所作で口へと運ぶ。

 

「うむ。完璧だ。美味いと太鼓判を押せる。ここまで私の指摘に真摯に取り組んだ人間は初めてだ。礼を言う」

 

「こちらこそ、いただいたアドバイスのおかげで自分の未熟さを知ることができました」

 

「気にすることはない。私のクラスメイトはアドバイスに聞く耳を持たなくなってしまったからな、新鮮な体験だ」

 

鬼龍院は、桐山の言っていた奔放な側面もあるのだろうが、基本的に嘘は言っていない。

桐山のクラスにそれを受け入れるだけの度量がなかったのではないだろうかと考えている。

少なくとも高円寺よりは話の通じる相手だ。

 

「理解してもらえないというのも大変ですね」

 

「気にする事でもないさ。ところで、ここまでして私を呼び込んだんだ。なにか用があるのだろ?」

 

話が早くて助かる。

オレはあえて少し先の計画について、鬼龍院に話すことにした。

 

「――といった感じです。早ければ来年の今頃でしょうか、学生生活をもっとエンジョイできるようになります。その時、一番にお声かけすることを誓います」

 

「ふふ、なんだか告白でもされているようだな、なるほど、悪くない。そんなことを本当に実現できるかどうかも含め興味がわいてきた」

 

「ただ、その代わり、その時までにあなたの力を見せてもらいます。鬼龍院先輩が噂ほどの方ではなかったら困りますからね」

 

「いいだろう。私をパートナーに選んだこと、後悔はさせないさ」

 

こうしてオレは体育祭へ向けた最後のピースを手に入れることができた。

 

 

 

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