いよいよ体育祭本番がやってきた。
あれからDクラスは、毎日スズーズブートキャンプに取り組み、各種目の練習もこなすというハードなトレーニングを続けてきた。
さすがに運動能力の飛躍的な向上とまではいかなかったが、そんなメニューを乗り越えてきたんだという自信は、この体育祭で力を発揮してくれることだろう。
その証拠に入場行進する生徒たちの中でも、Dクラスが一番統率のとれた動きをしていたように思う。みんなで動きを合わせることはお手の物だ。
開会式は滞りなく済み、各自クラスのテントに移動する。
赤組と白組はトラックを挟んで向かい合う形に設置されているため、競技中以外は接触できないような作りになっていた。
グラウンドの周りには。この敷地内で働く大人たちだろう、一般のギャラリーの姿も見える。……向こうに『健闘!橘茜』と書かれた大きな旗を振っている集団がいる。
「今年もケヤキモールの皆さん応援に来てくださったんですね。恥ずかしいので旗はやめてくださいって言ってあったんですが……」
ひょこっと橘が現れて、オレが見ていた集団に両手で大きく手を振っている。
そういえば、商店街の人たちをはじめとし、学校外でも橘を慕う人は多かったな。
以前、勉強会のため橘から追いかけ回されたことを思い出す。
それにしても旗の文字が『必勝』とかではなく『健闘』なあたり、橘をよくわかっているなと感心する。
「綾小路くん、何か失礼なこと考えてませんか?」
「いえ、橘先輩は勝つ姿より、負けてても頑張ってる姿の方が似合うなと思っていただけです」
「そ、そうですか。綾小路くんも良いこと言いますね」
ムフンとどや顔を決める橘。怒るところのはずだが気づいていない様子。
「会長と私の雄姿をよく見ておいてください。あ、私たちは、クラスのテントというよりは来賓の方々への対応で、あっち側にいることも多いんですけど……見かけたらいつでも私の頑張りを褒めてくださって構いません。代わりに綾小路くんの応援もしてますからね」
「了解です」
「では、お互い赤組のために頑張りましょう」と橘は3年Aクラスのテントへと進んでいった。
「よぉ、綾小路、約束忘れんなよ」
「綾小路くん、今日はがんばろーね~」
南雲と朝比奈がそんなことを言いながら通り過ぎていく。
奥から3年Aクラスのテントとなるため、順番的に1年Dクラスのテントは一番手前になる。多くの生徒が通過していくため声を掛けられやすいようだ。
「綾小路、今日はお互いベストを尽くそう」
「そうだな、葛城。団体競技では頼りにさせてもらう」
「任せてくれ。なんだか今日は……自分でも不思議なんだが、すごく身体が軽くてな。ゾーンに入ったってやつなのかもしれない。フルパワー100%中の100%で戦えそうだ」
「そ、そうか。それは何よりだな」
身体が軽いのは、肩に坂柳を乗せていないからじゃないか?なんて野暮なことを言うのは止めておいた。本人がそれでやる気に満ちているのなら、それに越したことはない。
その坂柳はすでにクラスのテントの椅子で休んでいる様子だった。
現場で直接指揮を執るためと、棄権はせずに参加できる競技には出る方針らしい。
「みんな今日までホントによくついてきてくれたわ。この努力は結果に繋がるはず。優勝目指して頑張りましょう」
「「おぉー!!!」」
堀北の激励に一部を除いたDクラス一同が湧き上がる。
一部は言うまでもないが、オレと高円寺と盛り上がっているふりをしている櫛田だ。
それ以外が頑張ろうという意志を見せているのは、自分の性格とは合わないと自覚しながらも率先してスズー隊長を務めた堀北に、各々感じるところがあったのかもしれない。
体育祭、最初の競技は100m走だ。
1年男子からスタートするため、1組目はとても目立つことになる……のだが、Dクラスから出場するのは『池』と『外村』だ。
「寛治のヤツ、デブとガリしかいない組で羨ましいぜ」と山内は言っているが、池はそれなりにプレッシャーになっている様子。
「ホントに俺たちで大丈夫なのかよぉ~」
「安心なされ池殿。拙者たちは過酷な特訓を経て性能が段違いに上がったのでござる。そう、例えるならザクⅡ改とザクⅢぐらい違うのでござる」
「それ、どう違うんだよ?」
「なんとこの違いが判らぬとは……いいですかな、まず出力が――」
「そこ位置についてください」
池に外村が何か熱弁していたが、係りのアナウンスでスタート位置へと移動する。
「よーい、スタート」の掛け声とともに鳴り響いた銃声で体育祭最初のレースが火蓋を切った……という表現がもったいないほどの泥仕合で、出場者のほとんどが可もなく不可もない……どちらかというと不可寄りの速さ。
「やっぱり俺が1組目でドーンとぶっちぎってやった方が良かったんじゃねえか?」
そんな様子を見て、須藤が尋ねてくる。
「いや、あのメンツで須藤を使うのは余りにもったいなかった。須藤にはもっと強敵を倒して1位をとってもらいたい」
「おうよ、任せとけ」
まるで誰がどこに出場するかわかっているかのような口ぶりで話したのだが、須藤は全く気にも留めず良い返事だけが返ってきた。
考えるのは堀北やオレ、自分はその策を信じ結果を残すだけと、自分の役割を自覚し始めたのかもしれない。
1組目の結果は、1位Bクラス……渡辺じゃないか。良かったな。2位Aクラス。3位に池が滑り込み、4位はCクラスの生徒だった。外村は6位だったが健闘した方だろう。
「お、俺、3位に入っちまった!信じられねぇよ、やったぜ、おい」
「嘘だと言ってよ、寛治ィでござるな。1人で先に行ってしまうとは……」
喜ぶ池と謎のリアクションの外村。
本人たちは知る由もないが、出場メンバーを決めた際に、池は3位ぐらいがとれるような調整をしていた。外村に関しては最下位覚悟だったため、どちらかといえば金星をあげたのは外村の方だったりする。
そのまま順調に進んでいき、須藤も平田も1位を獲得。問題は……
「こんな結果のわかりきった競争なんて、時間の無駄でしかないねぇ」
高円寺のいる組が回ってきた。アイツがちゃんと走るかはどうかが微妙なところ。
こういった目立つ場所で活躍することを良しとしそうでもあるし、不要に体力を使わないと適当に流しそうでもある。
そのため、打てるだけの手は打たせてもらった。
「高円寺くーん、頑張ってー!」「キャー六助様ー!」「高円寺くんのカッコいいところが見てみたーい」
2年の女子生徒たち5~6人から黄色い声援が飛んできた。
彼女たちには高円寺の応援を派手にやってもらうよう交渉してある。
高円寺は日頃年上の女子生徒とよく遊んでいるという噂は耳にしていたので、朝比奈に頼んでその人物を探してもらっていた。
朝比奈から見つけたという連絡を貰った際には、思いの外たくさん現れたのでマジかよと思ったものの、多ければ多いほど声援としては効果が出るだろう。
ちなみに交渉で使えるようなポイントはなかったが、抹茶ラテ1か月飲み放題チケットで快く引き受けてくれた。材料費は部費から出るので実質こちらの負担は0だ。
さて、普段から懇意にしている女子生徒の応援、これなら流石の高円寺も走ってくれる……と信じたい。
「フフ、キュートなレディたちが私に期待してくれているようだ。ここはひとつ、その期待に応えようじゃないか」
どうやらうまくいきそうだ。
高円寺は同じ組の生徒を寄せ付けず、堂々の1位でゴールした。
次はオレの番だな。
「クク、綾小路。おめぇと同じの組かよ。ついてねーな」
オレは龍園と同じ組にしておいた。
確実に勝っておきたい相手であるのもそうだが、コイツのことだ、レース中に何かやってくる可能性もある。
「おいおい、靴紐がゆるんでるぜ。結びなおした方がいいんじゃないか?」
「そうか」
そんなこともないと思ったが……龍園の指摘通り、しゃがんで靴紐を結ぼうとした時だった
「龍園さーん、頼まれてた飲み物です。おっと足がもつれた」
などと言いながら石崎が露骨に俺の方へ倒れ込んでくる。
しかもエルボードロップの姿勢で。
「わっ、危ない!」
外から見ていた生徒たちが衝突を予見し、声を上げる。
が、当然衝突など起きるはずもない。
スッと立ち上がって後ろに回り込み、石崎の体操着の首元を引っ張ってすんでのところで転倒を防ぐ。
もしエルボーを避けられたとしても、手に持った飲み物……よく見たらオレンジジュースをこちらにぶちまける算段だったのだろう。嫌がらせにも程がある。
「ぐえー、く、くるしい」
「おっとすまない。転倒したら危ないと思って咄嗟にな。コケなくてよかったな」
それなりの勢いで倒れこんできていたからな。
石崎の首も相当締まったのかもしれない。こちらはあくまで人命救助だったことを主張しておく。もちろん、引っ張るのは首元である必要はなかったが。
「さすがは副会長様だ。石崎、助けてもらえてよかったな」
「う、うっす」
龍園クラスの方針はどさくさに紛れてDクラスの主力と思われる生徒を潰す作戦のようだな。Dクラスは活躍できる層が薄い上に、交代のポイントを何度も支払えない財政難だ。こちらの弱点を的確に突いてくる。
綿密に計画されていた動きだった。この後の競技も何かしらやってくるはず。須藤や平田、女子なら堀北に小野寺、松下あたりに特に警戒するよう伝えておくべきだろう。
レース自体はあっという間に終わった。
わざわざ全力で走るメリットもないので2位の生徒にギリギリで勝つよう調整し、1位を頂いておいた。
その後のレースも概ね順調に進んでいき、男子の100m走は終了する。
Dクラス以外の目ぼしい結果と言えば、Bクラスの柴田、神崎が1位、Cクラスはアルベルト、Aクラスはゾーンに入った男、葛城が1位を獲っていた。
10組中、4人1位を獲得したのはDクラスだけなので上出来だろう。
次は女子の番になる。
本人たっての希望で1組目は堀北が走る。
女子の中で最初に走り1着を獲ることで、Dクラスを鼓舞したいそうだ。
だが、この1組目は混戦が予想される。
Cクラスからは伊吹、そしてなぜかBクラスからは一之瀬が出てきていた。
一之瀬はなぜわざわざこの組を選んだのだろうか。中学時代は陸上をしていたと話していたため自信があるのかもしれない。
「やっほー、堀北さん。同じ組だね」
「ええ。お互い頑張りましょう」
「うん!一度堀北さんとは勝負してみたかったんだ。……負けないよ」
「望むところよ」
「堀北!一之瀬!無人島での借りはここで返させてもらうわよ」
「あら、クラスから追い出されたあなたを拾ってあげたお礼でもしてくれるのかしら」
「違うわよ!」
「あ!彼氏ができたことの感謝とか?全然気にしなくて大丈夫だよ」
「……アンタそれ素で言ってるの?」
「え?違ったかな。ごめんね。噂ではとても仲良くやってるって聞いてたから」
「アンタたちこのレース覚悟しておきなさいよ。絶対倒す」
テントで見守るオレの方まで声は聞こえてはこないのだが、3人で何やら火花が飛び交っているようにも見える。
そんな様子の1組目がスタートラインに並ぶ。
合図と同時に一斉にスタートした。
好スタートを切ったのは伊吹。
何があったのか、一心不乱に走っている。
続いて堀北、やや遅れて一之瀬が後ろにつく。
伊吹はひたすら前を向いて走り続けているが、堀北も負けられない戦い。
徐々に差を詰めていき、ついには並んだ。
並ばれたことで少し動揺したのか、一瞬ペースがダウンする伊吹。
その隙に一之瀬が前に出て、そのまま堀北も抜き去る。
一之瀬、堀北、伊吹の順番になるが……
少し一之瀬のスピードに陰りが見え始める。
先ほどの追い上げで体力を使ってしまったのかもしれない。
ゴールテープまであと少し、といったところで堀北が抜き、伊吹も一之瀬に並ぶ。
1位はギリギリで堀北だった。
2位は目視では判断できずビデオ判定までもつれ込んでいる様子。
はた目からはほぼ同時にゴールしていたように見えたが……2位は一之瀬と判定が出る。
どうも何かの差でその部分がわずかに先にゴールインしていたらしいのだが、伊吹の名誉のためその理由が公にされることはなかった。
何はともあれ、堀北の1位に沸くDクラス。
体育祭最初の出だしは好調だ。
と、そんなところへ高円寺がやってきた。
コイツから話しかけてくることは珍しいが……
「どうやら私のキュートなレディたちにちょっかいを出したのは君のようだね、綾小路ボーイ」
「……なんのことだ?」
「チアガールたちがいるのはクールだが、応援は気持ちがこもってこそ初めて意味があるものなのだよ。だが、どんな応援でも、もらってしまったら応えてしまうのが私だからねえ。彼女たちには次から心の中で応援しておくよう言っておいたよ。こんなことで私をコントロールしようなんて思わないことだよ」
ハッハッハッ、と笑いながら自分の席に戻っていく高円寺。
一度でこちらの仕込みと見破るとは……。
だが、悪いな高円寺。こちらもまだ手は残っている。まだまだ活躍してもらうぞ。
「綾小路くんっ。私の、は、走り、見てくれた?」
息を切らせながらも目を輝かせながら佐倉が寄ってくる。
残念ながら高円寺とのやり取りのせいで見逃してしまった……。
「もちろんだ。頑張ったな」
「うん、ありがとう。わ、わたし、まさか、3位を獲れるなんて……思ってなかったから、ホントに嬉しいっ」
出場順を操作したとはいえ、3位になるのはこちらも想定外の出来事だ。
「実は……あれからずっと、堀北さんの最初のメニューも早起きして挑戦してたんだ」
「そうなのか?」
「うん。どうしても変わりたかったから」
えへへと疲れながらも笑顔を作る佐倉。
その原動力がどこからきているのかわからないが、そこまでの努力ができる佐倉は、もう立派に変われているのではないだろうか。
「本当に、よく頑張ったな」
改めて労いの言葉をかける。
直接見ることはできなかったが、あとで判定用のビデオ映像を生徒会権力で拝借して、佐倉の頑張りを確認することにしよう。
そんな嬉しい誤算はあったものの、こちらも概ね計算通りの結果で終了した。
「堀北たちのおかげだぜ」「隊長!ありがとう」「私もはじめて入賞出来て嬉しいです」
などなどテントに戻ってきて各々の活躍を称え合い、功労者の堀北へと感謝を述べるDクラスの面々。
他クラスの出場表を把握した状態での勝てる配置だったため、ほぼほぼ出来レースのようなものではあるが、それでもここまで鍛えて来た毎日がなければ、このように気持ちよく勝つことはできなかっただろう。
なんか走ったらたまたま相手が弱くて勝てた、よりも、今日まで頑張ってきたからきっと勝てたの方が何倍も人をやる気にさせてくれる。
このモチベーションを保って団体戦に挑めば、そちらの結果も期待できそうだ。
こうして体育祭はDクラスの活躍でスタートした。