2年生女子の100m走が始まった頃、オレは龍園クラスが攻撃してくる可能性が高いことを伝えるため、堀北に声を掛けた。
「堀北、気づいているか?」
「ええ、もちろんよ」
先ほどのオレと龍園達のやり取りから、どうやら堀北も警戒をしているようだ。
この1か月で本当に頼もしくなったな。
「もうすぐ兄さんが走るってことは、あなたに言われるまでもなくチェック済みよ。しっかり見ておかなきゃ」
……そんなことはなかった。
成長はしていても、ブラコンは治っていなかった。
「帆波ー、見てたか、俺の華麗な走りを……って帆波は向こうのテントか。いつも綾小路の隣にいるのは帆波だから間違っちまったぜ。この際、綾小路お前でもいい、俺の走りなら堀北先輩に勝てそうだろ?」
南雲の余計な一言のおかげで一部生徒からの視線が痛い。
そういえば南雲の走りは全く気にもしていなかったので見ていない。
そのまま伝えたら面倒な絡みをされそうだが、例え適当でも褒めるのは抵抗があるな。
どう返答したら面白くなるだろうか。
「それは無理だと思います」
「おい、堀北……」
南雲を煽るのは俺の楽しみだぞ。奪うんじゃない。
「堀北、だと?」
「ええ。完全無欠で至高の天才、生徒会長堀北学の妹の鈴音です。兄は誰にも負けませんから」
ブラコンが噛みついた。
良かったな、南雲。こっちの堀北は構ってくれるぞ。
「面白いことを聞いた。鈴音か、覚えておくぜ。おっと堀北先輩がもうすぐ走るな、こうしちゃいられねえ。ゴール付近でじっくりと見てくるぜ」
「そんな方法が!?……私もご同行させていただきます」
「もちろん、いいぜ」
変なところで意気投合した2人はゴール付近まで移動していく。
堀北兄もあの2人に観察されながら走るのはやりづらいだろうな。
だが、それは杞憂でしかなく堀北兄は他者の追随を許さぬ走力で颯爽と走り、文句なしの1位を獲得した。
会場の至る所から大きな歓声が聞こえる。
思えば、全学年で何かをするのはこれが初めてだな。
普段の生徒会活動ではわかりにくかったが、堀北兄がいかに人望があるか伝わってくる。
3年男子が走り終わったところで、次の競技『ハードル走』のためにスタート地点付近に移動を開始する。
「あっ、綾小路くん!わざわざスタート位置まで応援に来てくれるなんて、出来た後輩になりましたね」
橘は3年女子100m走最終組、オレは男子ハードル走の1組目だったため、たまたまだったのだが本人が嬉しそうなので誤解は解かないでおこう。
「ケガなさらないよう頑張ってください」
「はい、もちろんです。私も会長に続きますよ」
張り切っていたものの結果は6位。
橘が運動するところは見たことがなかったが
案の定、そんなに得意ではないみたいだ。
ハードルの設置で開始までに時間があったため、その間に、平田、須藤にはCクラスの動きに注意するよう伝えておいた。
「わかったよ」「おう」と2人ともしっかりと返事をし、表情は真剣なものに変わった。
サッカーもバスケも相手選手と接触する機会の多いスポーツであるため、この2人ならある程度対応はできそうだ。
ハードルの設置が完了し
1組目の準備が始まる。
「クク、またお前と一緒か、綾小路。足も相当早いんだな、お手柔らかに頼むぜ」
Cクラスからは龍園と小宮が走る。
一応警戒はしていたが、今回レース前には何もしてこなかった。
「位置について、よーい、スタート」
合図とともに一斉に走り出す。
オレは2位にギリギリで勝利するため少し様子をみながらハードルを越えていく。
するとすぐ左隣のコース後方でガシャッと音がした。
「おっと、跳びそこなってハードルを蹴飛ばしちまった」
小宮の白々しいセリフの通り、振り向くとこちらに向けて勢いよくハードルが飛んでくる。
避けるのは簡単だが、その分のロス、そして避けた場合は俺のハードルが倒れることになる。
この学校の競技ルールによれば、いかなる場合でも自分のハードルが倒れれば、倒れた数だけゴールしたタイムから時間を引かれてしまう。
驚異のコントロールでハードルを飛ばしてきた小宮。
恐らくこの練習にこの1ヶ月心血を注いだのだろう。
オレも一発ではここまでうまく蹴り飛ばせるかはわからない。
小宮はハードル走を失格になるだろうが、オレがケガすればよし、避けてタイムが遅くなればそれでもよし。考えたものだ。
この状況を打破して1位を獲る方法はひとつだろう。
オレは前を向き、自分のハードルを跳びながら、空中で飛んでくる小宮のハードルを左手でキャッチし、そのまま担いで、どんどんハードルを跳び越えていく。
「はぁっ!?」
後ろで小宮の驚嘆の声が聞こえた。
悪いな小宮。1か月の練習、無駄にしてしまって。
「なんだあの1年」「あれ、噂の副会長だろ」「やっぱ生徒会半端ねえな」
そのまま1位でゴールしたものの、思いっきり目立ってしまった。
ただ、生徒会には堀北兄に南雲と、ある程度ぶっ飛んだ連中がいるためか
あー、また生徒会ね、みたいな空気で済んでしまっている。
……これまで実力を隠してきたのがバカバカしくなってくるな。
これから何かあったら生徒会だから、でごり押ししよう。
「雑技団にでも育てられたのか、綾小路?それとも生徒会は体育祭を盛り上げるために必死なのかよ、大変じゃねえか。同情するぜ?」
「生徒会が大変なことは否定できないな」
ちゃっかり2位でゴールした龍園。
策がことごとく交わされているにも関わらず、動揺は見られない。
むしろ不気味な笑みさえ見せている。
今度こそ女子の主力へと注意喚起を促すため、スタート地点に戻る。
1年女子はすでに何人か集まってきていた。
「あなたも大概無茶苦茶するわね」
「生徒会だからな」
「それもそうね。兄さんでも同じことできるでしょうし」
この言葉は便利だな。
堀北も納得してくれている。
「とまあ、こんな感じで龍園はオレたちを負傷させる狙いがあるみたいだな。さっき見たいな大胆な攻撃はないかもしれないが、注意しておいてくれ」
「わかったわ。それじゃ他の女子にも伝えに行くから」
さすがにCクラスの半数がハードル蹴り戦法を行えば、いくらなんでも故意の犯行としてクラス全体にペナルティが科されてもおかしくはない。
というより、女性の脚力でハードルを隣のレーンまで飛ばしきれるだろうか……伊吹ならやれるか?ぐらいのものなので、先ほどのような真似はしてこないはず。
「あ、綾小路くん、大丈夫だった?ケガはない?」
慌てた様子で一之瀬がこちらに近づいてくる。
「大丈夫だ、生徒会だからな」
「その理屈で言うと、私もあれ出来なきゃ生徒会にいれなくなるんじゃない?」
「……それは困るな。一之瀬に対しては何と答えるのが良いんだ?」
完璧だと思われた『生徒会だから』も当然ながら身内相手には効果がなかった。
……正解がわからないため素直に聞いてみると。
「うーん……『心配するな、帆波。オレにとっては朝飯前だ』とか?」
「心配するな、帆波。オレにとっては朝飯前だ」
「…………」
顔を赤くして俯き黙り込む一之瀬。
「一之瀬?」
「え、あ、うん。いいと思う。大丈夫みたいで安心したよ。じゃあね」
そう早口で言って足早に立ち去っていく。
走る前に体力を使うのは勝率を下げるぞ、一之瀬。
そうこうしているうちに、男子は高円寺が走る組となった。
2年女子は高円寺が言った通り、黙って様子をみている。
だが、詰めが甘かったな。
「高円寺くんファイトー」「いつもの華麗な動き見せてー」「ろっくん、らぶ~」
今度は3年の女子生徒たちから応援が飛んでくる。
3年生にもいるだろうと思って橘に調べてもらって正解だった。
同じく抹茶ラテ1か月飲み放題券で事前に買収しておいた。
「今度はこっちのガールたちかい。綾小路ボーイにも困ったものだ。そこまで私を頼りたいのだね。フフッ仕方ないねえ、レディたち、私の美しい跳躍をみたら、ハートが高鳴って今夜は眠れなくなるかもしれないよ」
そんなことを言いながら、宣言通り華麗に跳び越えていき1位。
毎回、こんな手を使わなくていいのであれば、こちらももっと手堅い戦略で他クラスに勝てるのだが……。
あ、高円寺が3年女子応援団のところに向かっている。この手ももうダメなようだ。
一応、手は残っているがこれは実験の要素が強い。1位を2つ獲得できただけでも良しとするか。
次は平田の組だ。
この組のCクラスは石崎がいて、先ほどのエルボードロップといい、何かしてくる可能性が高い。
その予測通り、ハードルをいくつ跳び越えたところで、石崎は大げさなフォームで腕を横に振り、それが隣のレーンの平田を襲う。
だが、平田はクイッと身体を捻り回避した。
何度か攻撃は繰り返されたが、なんなく避ける平田。
しかし、回避行動でロスした分、着順は2位となってしまう。
怪我無く完走できたことをよしとしよう。
また、事故にもならず故意ではない範囲ということで石崎は失格にならなかった。
これもギリギリの事故を装う練習をしていたからだろう。
須藤は、アルベルトと対戦してもらう。
アルベルトは見た目通り足もなかなか速い。持久力は不明だが、バスケの時の運動量を考えると、それなりにありそうだ。
ここで須藤にCクラスのエースを落としてもらう算段だ。
スタートは須藤に軍配が上がり、身体ひとつ他の選手より抜ける。
妨害担当と思われるもう一人のCクラス生からは距離ができたため、平田のような嫌がらせは受けないだろう。
後は真剣勝負。
アルベルトも豪快な走りと跳躍を見せ……あまりの対格差にハードルが小さく見えるな。跳ぶというよりほぼ跨ぐような感じで走っている。
そのアドバンテージは大きく、徐々に須藤との距離を詰めていくアルベルト。
だが、須藤もジャンプの高さを最小限にとどめてロスを減らし、着地後は脚力を活かしてすぐに加速している。
バスケはすべてのスポーツに通ずる、なんて言っていたが、あながち間違いでもないのかもしれない。
そのまま何とか逃げ切ることのできた須藤が1位、アルベルトは2位となった。
こうして男女ともにハードル走を終える。
女子の方でも走行中に妨害が入ったようだが、うまく躱していた。
「石崎君の手が目の前に来た時、自然と身体が動いたんだ。それで思ったんだけど――」
「私も妨害受けた時、それ感じた」
「「あ、ここスズーズブートキャンプでやったとこだ!って」」
平田と小野寺が熱弁する。
「さすが堀北さん。ここまで考えていたなんて」
「おかげでケガせずに済んだよ、ありがとね」
2人はお礼を述べて自分たちの席へ戻っていく。
「……綾小路くん、あなたが考案したあの動き、もしかしてこれを予測していたの?」
「念には念をってやつだな」
普通、突然モノが飛んできた場合、咄嗟に避けようとすると大げさに転がってしまったり、あるいは目を瞑って動けなくなったりと
とてもじゃないがレースどころではなくなる。
だが、この1ヶ月反復していた動きがあれば話は別だ。
スズーズブートキャンプには、身体を急に捻る動きやダッキングの動きを取り入れておいた。
そのためDクラス生は、何かが起きた時、捻ったり、素早くしゃがんだりの回避行動を無意識に最小限の動きでできるようになっている。
こっそり最低限の自己防衛手段を身につけておいてもらった。
龍園クラスが妨害のために特訓していたのであれば、こちらはそれを避けるために特訓をしていたということだ。
3種目目はいよいよ団体競技、棒倒しの時間だ。
ルールは至ってシンプル。相手の陣地の棒を倒した方が勝ち。2勝先取で勝敗が決まる。
「それじゃ、各自作戦どおりに頼む」
事前の打ち合わせ通り、AD連合軍を指揮する。
坂柳からの指示もあってAクラス生もすんなり従ってくれる。
「お、おい、あれ何やってんだ!?」
こちらの布陣をみて、BCクラスからそんな声が上がる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
話はAクラスとの合同練習の時まで遡る。
「色々研究した結果、まず必要なのは自陣の棒の上に乗る生徒だな。Dクラスにそんな器用なやつはいないんだが、Aクラスから選出できないか?」
「ええ。問題ございません。橋本くんなら器用に務めを果たしてくれることでしょう」
「お、おい。坂柳……」
「できますよね?」
「あ、ああ」
坂柳からの圧に押され了承する橋本。
「この役割は重要だ。棒を掴んでくる相手を上から妨害し、相手が倒そうとしてきた方向と逆に体重をかけることで棒の転倒を防ぐこともできる。そして高い位置から戦況を把握できため、攻撃陣への指示出しも頼みたい」
「ふー、こうなったらやれるだけやってやるよ。今日から棒の上でバランスとる練習だな」
開き直ったのか、橋本が棒を見つめながらそんな風に話す。
Dクラスの生徒では上手く乗れそうになかったので、非常にありがたい。
「次に攻撃陣についてだが、間違いなく須藤はマークされる。よってあえて正面から須藤先頭に隊列を組み突撃してもらう」
「須藤君を囮にして左右から攻めるわけですね」
「そうだ。こちらは三宅率いるDクラス数名で右側を担当したい」
「わかりました。でしたら左側の攻撃は鬼頭君を先頭に数名つけましょう」
「俺のダークネス・ハンドが敵を葬るだろう」
鬼頭が前に出てきて、手袋を口で外す。
よくわからないがそのやる気と殺意は伝わってきた。
葬ると反則になるのでほどほどにな。
「正直、身体能力の総合はこちらが圧倒的に劣っている。特に特記戦力のヤツをどうにかしないと勝負にならないだろう」
そう、ヤツを任せることができそうなのは……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
グラウンドで対峙する両陣営。
向こうに見えるのはひと際目立つ体格の男。
「葛城、この勝負はお前がアルベルトに対してどれだけ時間を稼げるかにかかっている。頼むぞ」
そう、アルベルトが棒に直進してきたらそれを止めることのできる生徒は限られている。
須藤が攻撃の要であれば、守備の要は葛城だ。この2人が上手く時間を稼ぐことで他が活きる。
「ああ。時間を稼ぐのはいいが――別に、あれを倒してしまっても構わんのだろう?」
「もちろんだ、遠慮なくやってくれ」
「ならば期待に応えることにしよう」
今日の葛城は一味も二味も違うな。
だが、妙に死にそうなセリフに聞こえるのだが……。
スタートの合図で、両軍、攻撃陣が勢いよく相手の棒目がけて進んでいく。
「須藤を止めろ!」
守備の指揮を神崎が執っていた。
向こうは、攻撃をCクラス、守備をBクラスが担うようだ。
クラスの特性を活かした戦術と言える。
「うりゃあぁあぁ」
4~5名に囲まれながらも棒へと進む姿勢の須藤に周りの警戒が強まったところで
三宅、鬼頭が数名が両サイドへ移動し攻撃を仕掛ける。
「須藤は囮か!柴田左をカバーだ。右は俺でどうにかする」
だが、須藤を放置するわけにもいかず、戦力を思うように分散できない。
じりじりと左右のチームが棒へと近づいている。
一方、守備陣営では、攻め込んできたアルベルトと葛城が両手をがっちりと合わせ拮抗状態。
こちらの予想では、アルベルト優勢で何秒か押しとどめられるか、と思っていただけに葛城の活躍はありがたい。
坂柳を乗せて移動する毎日や乗り心地をよくするため筋トレをしてきた成果が出ているのかもな。
「どうしたアルベルト!坂柳(のプレッシャー)はもっともっと重いぞぉぉぉぉ」
「Unbelievable!」
そんな咆哮がグラウンド中に響き渡り、アルベルトを押し返す勢いの葛城。
「……葛城くんには後でしっかりとお仕置きが必要なようですね」
Aクラスのテントで状況を観察していた坂柳からそんな声が聞こえた気がした。
アルベルト以外のCクラスは、守備担当の平田の指示で上手くやり過ごしている。
今のところ龍園も高みの見物。ついでに高円寺も高みの見物中。
それなら、そろそろ試合を決めに行くか。
「橋本、左右どっちが優勢だ?」
「あー、左だ」
「わかった」
守備陣はBクラスであるため無意味に傷つけるわけにもいかない。
鬼頭の奮闘もあり、須藤だけでなく鬼頭にも注目が集まっている。
そのためこっそり右に回りこみ、三宅に合図を出す。
「いまだ、発射台を作れ」
三宅の指示で、攻撃の手を緩め数名のDクラス生が三宅を囲み守る。
三宅はしゃがみ、両腕を前に構えるバレーのレシーブの姿勢に。
その三宅の両手にオレが踏み込んだところで、三宅は腕を思いっきり持ち上げる。
「あ~綾小路くんが飛んでます!」
どこからか橘の驚く声が聞こえてきた。
跳躍してBクラスの守備陣を飛び越え、棒を掴む。
そのままの勢いでオレごと倒れていけば、突然の衝撃で支える生徒も力を入れきれない。
そちらの敗因は棒の上に誰も乗っていなかったことだな。
そうしてBCクラスの棒は抵抗虚しく倒れて行った。
棒倒しは防衛大の動画を観ながら参考にしています。本格的な棒倒しはもう別の競技ですね……。