「綾小路ボーイ、私たちとダンスパーティーと行こうじゃないか」
誕生日だという3年の女子生徒と一緒に高円寺がそんな提案をしてくる。
ケヤキモールの一角のレストランで、ピアノを弾くだけのはずが……どうしてこうなった。
新たな黒歴史が目の前まで迫ってきていることを、この時のオレはまだ気づく由もなかった――――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
帰りのホームルームの前。
これから中間テストの結果が発表される予定だ。
体育祭からほとんど日を開けず実施されたため日頃の勉強への取り組みが反映されやすいテストだろう。
クラスメイト達もテスト結果を気にしてか、どこか落ちつきのない様子だった。
茶柱先生が教壇に上がる。
「これから中間テストの結果を発表する」
貼り出されるテスト結果。
今回もすべて満点をとっておいたのでオレの成績はおいておく。
総合点の順位は、2位が高円寺で、3位で櫛田、そして4位に堀北という結果。
「桔梗ちゃんスゲー!!」
これまでのテストでも優秀な成績だった櫛田だがこのクラスには、幸村、みーちゃんなど学力特化の生徒に、堀北、平田、高円寺など文武両道の猛者がいるためクラス内でも上位5名に入ることは難しい。
今回の中間テストは体育祭の結果によって、ボーナスで加点、逆にペナルティで減点を受けている生徒がおり、見た目の順位と実際の得点は異なる。
そのため、高円寺との差は、体育祭での入賞数の差と見てよさそうだ。
また、幸村やみーちゃんの成績がペナルティにより落ちているのも上位に入れた要因の1つだろう。
「そんなことないよ、寛治くん」
「櫛田さん、急に成績伸びたね、勉強法変えたとか?」
「本当にすごいです。体育祭で大変だったのに勉強もしてたんですね」
「さすが俺たちの女神だぜ」
謙遜した櫛田だが、周りは聴く耳を持たずに称賛する。
「たまたまだよ~」と笑顔で対応する櫛田。
普段通りの対応だが、内心では『堀北ざまぁ、二度とデカい態度とんじゃねーぞ、ぎゃはははははー』と小躍りしていてもおかしくない。
むしろ日頃の退学に懸ける情熱を知っている身としては、普段通りの振る舞いをできる自制心は評価に値する。こと自分の仮面を維持することにおいて、並みの人間では敵わないだろう。
堀北の悔しがる顔が見たかったのか、先ほどからチラチラとこちらの方――オレの隣の堀北を見てくる。
だが、肝心の堀北は気にもしていないのか「今回のテスト、櫛田さんも相当気合を入れたのね」などとコメントしている有り様。
「意外だな。櫛田に負けたら、もっと悔しがるのかと思っていた」
「伊達に兄さんを追ってはいないということよ。敗北はむしろ慣れているから」
「……そういうもんなんだな」
この前の体育祭のリレーといい、ブラコンってもしかしてプラス要素が多い属性なのか?
「冗談よ。元々私は彼女のことを嫌ってなどいないもの。努力をして結果を出したなら素直に称賛するわ」
「そういうもんなんだな」
本当に冗談だったのか?こちらのリアクションを見て、言い繕ってないか?などと聞き返した日には面倒なことになるだろう。
安心しろ、堀北。オレはお前のブラコンっぷりを疑ったことなど一度もない。
「まあ次の試験では私が勝つけれど」
表情には出していないが、それなりに悔しがってはいるようだ。
だが、表情に出ていないのが不満なのか、堀北と会話するオレを横目で観察していた櫛田の表情が一瞬だけ鬼面のように変わり、怒気を醸し出したような気がする。
とにもかくにも、今日の夕飯のメニューには期待できそうだな。
櫛田の躍進に目を奪われ、クラスメイト全員が触れるのをすっかり忘れているが、地味に須藤の成績も上がっていた。
また、最下位の生徒も赤点は回避できているあたり、勉強会を開いていた堀北の成果が伺える。
正直、その時間を自分の勉強時間にあてていれば、櫛田に負けなかったかもしれない。
また、慣れとは恐ろしいもので、誰もオレの満点の方にも触れてない。
『生徒会だからな』と言う準備をしていただけに、肩透かしを喰らってしまった。いや、触れてこないだけで、いくつか視線を感じるといえば、感じるのだが……。
「私が着任してから3年間、この時期までDクラスから退学者がでなかったのはお前たちが初めてだ。ましては、来月からCクラスになるのも前代未聞だろう。よくやった」
最後の一言はこちらをちらっと見ながら発していた茶柱先生。
思えば無茶苦茶な体育祭になったのは茶柱先生の意向を汲んだからに他ならない。
存外、茶道部の居心地も悪くはないため、できることなら存続させたい。多少の無茶ならこなしてみせる。
ただ、「それなりの代償を払ってもらいますよ、茶柱先生?」と見つめ返すと、ニヤリと微笑み返された。
絶対伝わらなかったな……「この調子で頑張ります」とかだと思ってる顔だ。……訂正する義理もないので、つかの間の幸せを味わっておいてもらおう。
「だが安心するのはまだ早い。本番は期末テストとして行われる新たな特別試験――通称ペーパーシャッフルだ」
「ペーパーシャッフル?」
特別試験と聞いて、堀北がメモを始める。
クラスメイト達も突然の特別試験の通達に戸惑いつつも、茶柱先生の話を聞こうとする。ここまでゆっくりとだが成長してきた、堀北とクラスメイト達。今回オレは静観に回ってもいいかもしれない。
「クラス内でペアを作ってもらい、そのペアで試験に挑んでもらう」
茶柱先生の話を要約すると
・ペアで試験に挑戦し、各教科、また総合点においてボーダーがあり、ペアの合計点がそれ以下なら2人とも退学・ペアの決定方法は来週実施の小テストのあとで発表・小テストは0点でもペナルティはない
・試験問題はクラスですべて作る
・作った問題を別クラスを指定して解かせる(指定クラスが被った場合は抽選)
・解かせる側と解いた側の総合点を比べ、勝った方が50クラスポイントを負けた方から奪うことができる
・AクラスとBクラスが解かせ合うなど相互で交換した場合は、100クラスポイントが変動する。
・問題のチェックは学校側が厳正に行い、相応しくない問題は修正するように指示が入る
・カンニングは即失格、ペア共々退学となる
「例年、ペーパーシャッフルでは1組か2組の退学者を出している。心しておくことだ」
そう言って茶柱先生からの試験の説明が完了する。
「この試験どう見る?」
堀北に任せても大丈夫かどうかの確認をする。
「先生の話の中にいくつものヒントがあった。勝ち筋には気づいているわ。後程、平田くんたちを呼んで作戦会議よ」
「そうか、それならよかった」
どこまで堀北たちができるのかお手並み拝見だな。堀北が平田に声を掛けるため席を立つと、入れ替わりでオレのもとにやってきた生徒がいた。
「ねぇ、これからちょっと顔貸してくんない?」
クラスメイトの佐藤麻耶だ。
派手さはないものの、池や山内たちとも仲良くできる優しいギャルといった印象。
普段は、篠原や松下などと話しているようないないような……。
もちろん、オレもこれまでちゃんと話したことがない生徒だが、一体何の用だろうか。
こちらの様子を伺う、櫛田や篠原&佐倉、軽井沢の視線が痛い。
「……悪い、生徒会があるから――」
「ほんのちょっとでいいからさ、お願いっ!」
万能ワードで断りを入れようと試みたのだがあえなく失敗する。これ以上、この状態を維持するのは得策ではないだろう。
「わかった」
「ありがと、ちょっとついてきて」
ほんのちょっとと言いながらも、体育館裏まで移動する佐藤。
あのまま教室でできる話ではない、ということ。
……ここ、以前、一之瀬が白波から告白される際に、彼氏役にさせられそうになった場所だな。
「変なこと聞くけどさ、綾小路くんって……誰か付き合ってる人とかいるわけ?」
なんだ、やっぱり彼氏役の依頼か。一之瀬の時もまずそこを確認された記憶がある。今は曲りなりにも生徒会役員だしな、困っている生徒がいるなら話ぐらいは聴こう。
「いないな。安心してくれ」
「ふーん、そうなんだ」
彼氏役を依頼できることに安心したのか、表情が和らぐ佐藤。告白してくるのは誰だ、山内か?池か?
「……友達からでいいからさ、電話番号交換してよ?」
「……ん?なんだって?」
「そのままの意味じゃん、綾小路くんの連絡先が知りたいっていってるの」
「とりあえずわかった」
言われるがままに連絡先を交換する。彼氏役じゃなかったのか……この手の話はいつも想定の逆になるな。これからは裏の裏を考えた対応をするべきか。
「野暮なことを聞くが、どうしてオレなんだ?」
「体育祭のリレーとか他の競技も……綾小路くんすごくカッコよかったっていうか、ただ
のがり勉じゃなくって、よく見ると顔もイケてるし、生徒会の副会長だし、優しそうだし……ぁッ、と、とにかくそういうわけだからっ!」
顔を真っ赤にしながら走り去る佐藤。オレはこの連絡先どうすればいいんだ。
うーん、と悩みながら荷物をとるため、教室に帰ろうとする。
「あーやのん」
こちらから連絡するのも違うよな。第一話題が思いつかない。
「おーい、聞いてるー?」
なら、とりあえず向こうのアクション待ちか。
「えい」
背中を軽く叩かれたことで、オレに話しかけられていたことがわかる。……周りには他に人影がないので、そりゃそうか、という話だが、逃げ切ることはできなかった。
「無視するなんて冷たいじゃん」
そう言いながらニコッと笑うのは、またまたオレが話したことのないクラスメイト、長谷部波留加だ。
「まさかオレに話しかけてるとは思わなくってな……あやのん?」
「わーやっぱり最初から聞こえてたんだ。私、あだ名付けるの好きなんだけど、確かに、あやのんはしっくりこないんだよね」
「……それで何の用だ?」
長谷部は1学期にDクラス男子が作ったとあるランキングで、最上位の佐倉と並んだポテンシャルの持ち主。
これまでは、クラス内の誰かと特別に親しくしている様子はない生徒だ。そんな生徒がいきなり話しかけてくる理由は、思いつかなかった。
というより、先ほどの流れが頭の隅に残っているため、変に予想すると火傷しそうだ。
「さっきの偶然見ちゃったんだけど、佐藤さんから告白された感じ?」
「いや、連絡先を交換しただけだ」
「ふーん、なるほどねぇ。確かにここ最近の綾小路くんって大活躍だし……同年代の男子と比べても落ち着いてるっていうか、格段に大人だよね」
「そうなのか?」
恋のゴシップが大好きなのか、現場を目撃した以上、確認せずにはいられなかったのかもしれない。少し警戒を緩める。
「もしかして自覚ない系?罪な男だねー、このこのー」
わき腹を小突いてくる長谷部。普段の印象とは違い、距離感が近い。
……それに関してはオレもあまり人のことは言えないか。
どうも対人関係の経験不足か、他人との適切な距離感がわからないときがある。
長谷部も同じなのかもしれない。
「じゃあついでに私とも連絡先交換しよっか。なんかの役に立つかもよ?」
「……ああ」
何のついでなのか……。しかし、ここまで来たら1人も2人も変わらない。
どんな理由であれ、連絡先が増えるのは何だか嬉しかったりもする。
これまでクラスメイトとの交流も少なかったことだし、いい機会と割り切ることにした。
連絡先を交換した長谷部も「じゃ、そういうことで」と足早に立ち去っていく。
日頃話したことのない人物との会話は気疲れするな……。
生徒会休んでもいいだろうか……南雲がグチグチ言ってきそうだな、うーん。
今度こそ帰ろうと体育館裏から出ようとしたところ、先の方で声が聞こえた。
「ここで構いません、葛城くん。しばらくしたら戻ってきますので」
話したことがある人物との会話でも気疲れはする。
踵を返し、別ルートから教室に向かうことにしよ――
「こんにちは、綾小路くん」
逃げ遅れてしまった。今からダッシュで走り去っても、葛城に乗って追ってくる姿が想起され、諦めることにする。
「突然やってきてどうした坂柳?」
「テストの結果、お見事でした。最近は、すっかり能力を隠されなくなったようで。私としても綾小路くんが他の方に目を付けられないか気が気ではなくて、ついマイカーを飛ばしてやってきてしまいました」
「杞憂だと思うぞ?」
「少なくとも卑しい雌猫がたくさん寄ってきていたように思うのですが?」
「それは誤解だな。さっきのはメル友が増えただけだ」
「そういうことにしておきましょう。私としては、綾小路くんとの勝負に割り込まれるのが許せないだけですので、他の用件なら気にいたしません」
新しい特別試験。
ましては今回は相手を選べるタイプのモノ。
坂柳が黙っているわけもなかったか……。
体育祭で共闘した背景には、こんな時にオレから勝負を拒否されないための予防線的な意味合いもあったのだろう。
「お前の言いたいことはわかった。だが、こちらにも色々とある。Aクラスからのテスト問題は受け入れる、だが、こちらの作成した問題は別のクラスに解いてもらう、それで妥協して欲しい」
「なるほど……。確かに妥協点としては無難なところですね。今回の試験ではお互いの実力をぶつけ合う勝負、という内容ではないですし、それで我慢いたしましょう。差し詰め、前哨戦というところでしょうか」
Aクラスと学力勝負をしても勝てる可能性は低い。
今回は堀北たちに一任しようと考えていることもあり、傷は最小限に収めておくべきだろう。オレはその分、備えるべきことに備えるだけだ。
お互いに伝えるべきことは伝えたので、葛城の前まで2人で戻る。
「すまないが俺も綾小路と少し話がしたい」
「構いませんよ」
坂柳から少し離れたところで葛城が真剣な顔で話し始めた。
「体育祭は見事だったな、綾小路」
「それは葛城もな」
「お前たち生徒会と比べるとまだまだだ。だが、俺から一つ忠告させてくれ」
「忠告?」
「坂柳に気をつけろ。少なくともアイツの前で『重い』というワードは絶対に口にしてはいけない」
「……あ、ああ」
「俺はあれから、坂柳が特注した等身大アルベルト君人形を背負わされて、スクワットを毎日100回こなす羽目になった……たしかにトレーニングにはなるが、俺でなければ潰れていただろう」
「それは……間違いなく重いな」
「そうだろう。だが思っても決して口にはしてはいけないこともある。忠告はした。しっかりと肝に銘じておいてくれ」
そう言って坂柳のもとに戻り「楽しみにしていますね」という坂柳を乗せて葛城は帰っていく。
「苦労が絶えないな……お互いに」
そうつぶやかずにはいられなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――ということがあったんです」
「今回も満点ですか!おめでとうございます。綾小路くんも勉強できる基礎が身についたのかもしれません、私もこれで安心です」
テスト結果の報告と先ほどの出来事を話す。
疲れたので、直接生徒会に行く前に隠し部屋に寄ることにした。いまこの状況で、南雲から不用意な煽りを受けたら、面倒になってみぞおちを殴り黙らせてしまう可能性がある。
「それにしても綾小路くんにモテ期到来ですかー。どうしましょう」
「あれだけ活躍すれば、不思議なことではないだろう」
「それはそうなんですが……恋する乙女の味方の私としては、複雑な気持ちです」
「まだ恋愛ごとと決まったわけでは……」
「ほらー、綾小路くんがそんなんだからこういうことになるんです。一途が一番ですからね、大切な人を泣かせないように」
「先輩に言われると説得力が違いますね」
「そうでしょう、そうでしょう」
連絡先が増えたぐらいで大げさな橘。
ちょっとした意趣返しのつもりだったが、気づかれていない。
橘の様に誰かに一生懸命仕える、というオレの姿は想像できないためその辺りは掛け値なしで評価している。ただ、それが正しいかどうかは検証が必要だが……。
「ちなみにオレはどうするのが正解だと思いますか?」
「ひとまず様子見じゃないですか。あ、でも連絡が来たら無視はダメですよ。その子は勇気をだして送ってきてくれたんです。綾小路くんもその気持ちには答えなくてはいけません」
「なるほど……」
以前、オレも、一之瀬が告白された際に似たようなことを言った気がする。
もっとも、あのときは聞きかじった話を流用しただけだったが……。
オレも恋愛に興味がないわけではないし、学んでみたい内容でもある。
だが、どうも平田の様子を見ていると、相手選びは慎重にならなければいけないような気がしてならない。
「困ったときは、以前作ったあのグループチャットに連絡してください。恋愛初心者の綾小路くんのために、私たちが力になります」
……あのグループって、あのグループだよな。メンバーは堀北兄と橘と桐山。
果たして問いを投げたところで有効なアンサーが返ってくるのか。
返ってきた内容の精査をできるだけの経験がこちらにもないため、大惨事になりそうだが……。
「うーん、一之瀬あたりに相談した方がいい回答が来るような気がする……」
一之瀬も恋愛ごとに関しては初心者のようだったが、少なくともグループメンバーの3人よりは信頼できる回答を持ってきてくれるだろう。
「ぜ、ぜ、ぜ……」
「ぜ?」
「ぜーーーたいにそんなことしちゃいけませんっ!!修羅場が好きなんですか、綾小路くんは!!」
「いえ、平穏が好きです。でも一之瀬に話すとどうして修羅場になるんですか?」
なぜか全否定されてしまった。繰り返さないためにも原因の特定は大事な作業だ。
「え~と……ですから、それはですね~」
「同学年に相談すると変な噂になったり、余計ないざこざに巻き込まれることもある。こういう場合は関係のない他学年を頼るのが安全だと橘は言いたかったんだ」
言葉に詰まっていた橘を堀北兄がフォローする。
「確かに一理ありますね。他学年の方がフラットに見れるかもしれませんし」
「その通りです。ですので、困ったときは私たちに相談すること、いいですね?」
「わかりました」
そんなやり取りをした後、仕方がないので生徒会の方にも顔を出す。
「遅かったじゃねーか、綾小路。女でも出来たか?」
妙に鋭い南雲のツッコミ。
「えッ!?」
素早く反応する一之瀬。
「いえ、そんなんじゃないですよ」
「だよね!」
さらに素早く反応する一之瀬。
「そうか、ならいいんだ。体育館裏に女子生徒と一緒に入っていく姿を見たって話を聞いたんだが、誤情報だったか」「綾小路くん?」
さらにさらに素早く反応する一之瀬。
「告白を断るための彼氏役を頼まれただけですよ」
「なーんだ、それなら仕方ないね」
自分にも心当たりのあることを耳にしたことで大きく頷き安心する一之瀬。
橘のリアクション芸でも受け継ぐつもりなのだろうか。
「ま、そういうことにしといてやるよ。だが、遅れた分もしっかり仕事はしてもらうぜ」
いつもよりも大量の仕事を渡された気がするが、橘たちでワンクッション入れておいた甲斐があった。難なく完了させて帰路につく。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
帰宅すると部屋の鍵が開いている。
さて今日のメニューは何だろう。
「お帰り、綾小路くん。もうご飯の準備できてるから、座って座って」
櫛田にせかされて、テーブルに着くと、確かに料理が準備されていた。
白米を挟んで
右側には、ハンバーグ、エビフライ、から揚げ、フライドポテトにサラダ、スープといった豪華なラインナップ。
だが、左側は隣と同じサイズの皿に、めざしが一匹のっかっているだけ。具なしの味噌汁も一応おいてある。
「あ、あの櫛田さん?」
「ごはんの前に聞きたいんだけど、綾小路くん、今日の放課後はお楽しみだったよね?」
「いえ、何も楽しいことはございませんでした」
笑顔を崩さないまま強烈なプレッシャーを放つ櫛田。どうやったらそんな技ができるんだ?
「そうだよね?綾小路くんにとって女の子と一緒に居るのって別に楽しくないもんね?」
一手の間違いすら許されない選択を余儀なくされている、そう感じさせられた。
「……少なくとも櫛田とのこの時間はいつも楽しみだ」
「少なくとも?」
「当然いつも楽しみで仕方がない」
「だよね、そうだよね。分かってるならいいの。うんうん、じゃあ、ご飯はこっちを食べようね」
そういって、めざし定食を片付ける櫛田。
※めざしは翌朝、丁度具のなかった味噌汁に入れて朝食として美味しく頂いた。
「さ、食べよっ!味はどうかな?」
もはや正確に味を判断できるか自信がないほど口の中が渇き、胃がキリキリしていたが、そんなそぶりを見せるわけにもいかず、まずはお腹に優しそうなサラダに手を付けた。
「うん、美味い。この味、いいな」
「ふふふ、この味がいいなと君が言ったから、今日は『堀北ザマア記念日』」
とんでもない記念日が誕生した……。
毎年祝い出さないか不安だ。
来年聞かれたときに忘れていたら逆鱗に触れそうなので念のためしっかりと記憶しておこう。
とりあえず機嫌は良くなったようなので、残りの料理も美味しくいただいた。
食事を取りながら、放課後行われた堀北のペーパーシャッフル対策会議の内容について共有してもらったが、小テストの結果でペアが決まることなどしっかり見抜いていたようで心配はいらなさそうだ。
「でさ、今回は堀北退学のチャンスじゃない?カンニング容疑でしょっぴくとか、どうかな?」
「その場合、アイツのペアも巻き込まれるだろ。それは気の毒だ」
「別にいいじゃない、どーせ成績の低いクズだろうしさ」
ブラックな櫛田さんは本当に容赦ないものいいである。
「それじゃ、また勉強教えてよ。個人的に勝負しかけて退学にしちゃうからさ」
「中間テストで借りは返したつもりだったんだが……」
「協力してくれないの?アイツの事だから他の馬鹿たちの面倒見て成績を落すかもしれないんだよ。チャンスじゃない」
「それとこれとは話が別だ。やるなら一人でやるといい」
「ひどい、綾小路くんとはわかり合えたと思ったのにっ!」
「わかり合うも何も、オレの言った条件を櫛田はまだクリアしていない」
「なんでわかってくれないの?私の事なんてどうでもよくなった?……もう知らないっ!せっかくの記念日が台無しだよ、綾小路くんなんて退学しちゃえばいいんだっ」
そんな罵倒を浴びせてエプロンを投げつけてから部屋から出ていく櫛田。
変わりに先ほどまで賑やかだったとは思えない程の静けさが訪れる。
後に残ったのは散らかったままの食器、冷蔵庫にはデザート用に買ってあったのか、プリンが2つ入っていた。
先ほどの櫛田の反応は、どこまでが本音でどこまでが偽りだったのか、その点だけが気になった。
ものすごい文量となってしまい、泣く泣く前後編に分けることとなりました。
冒頭の続きは次話になります。