中間テストが返却された週の日曜日。
高円寺から依頼されていたサプライズ演奏の時間が近づいてくる。
ディナーとのことで、レストランに19時集合だ。
すでに店には全て話が通っているらしい。そういったところは、手際が良いな。
普段のクラスでの活動もこのぐらい積極的にしてくれれば、オレも楽なのだが……。
助っ人の一之瀬とは、ケヤキモール入り口で待ち合わせをしている。
前回あのレストランに行ったときは7月だったこともあり、この時間でも暑さが残っていたが、もう10月だ。少し肌寒くなってきた。
「綾小路くん、こんばんは。すっかり寒くなって来たね」
「ああ。そうだな」
木々も僅かに紅葉がはじまり、少し物寂し気な街並みを眺めていたら一之瀬が到着する。
「今日はお呼ばれしちゃって迷惑じゃなかったかな?」
「気にする必要はない。高円寺に振り回されそうで気が重かったから助かる」
「そっか。もし困ったことがあったらいつでも相談してね。心細いときは力になるから」
「すまないな」
「ううん。ところで今日はどんな曲を演奏するの?」
「高円寺から事前に希望があって、リストの曲が好きらしい。『愛の夢』などを演奏予定だ」
『私に相応しく美しくも気高い音楽さ!』なんてことを主張していた。
「なるほどー。でもリストはなかなか難しいんじゃない?」
「わかるのか?」
「……実はあれからクラシックにハマっちゃって……よく聴くようになったんだ」
そう言って携帯の音楽アプリの曲一覧を見せてくる一之瀬。沢山のクラシックがダウンロードされており、あの日、弾いた月の光もある。最近はきらきら星変奏曲を入れたようだ。
「でも生で聴くのとは大違いだから、綾小路くんの演奏楽しみだよ」
「ああ。楽しんでもらえるように善処する」
約束の時間になったため、店内に入ると、以前と比べ花や豪華な装飾などで彩られた空間となっている。この日のために特注したのだろうか。高円寺は干支試験で50万ポイントをゲットしているからな……。
「ようこそ綾小路ボーイ。今日は素晴らしい演奏を期待しているよ」
「ああ。期待に沿えると良いんだが」
「ハッハッハ、謙遜する必要はナッシングさ。キミの演奏の腕と頑丈さは私が保証するよ」
大きな声で笑いながらオレの背中を叩く。
「えーと、高円寺くん、私もお邪魔するね」
「もちろん、構わないよ。綾小路ボーイが連れてきたパートナーだ。歓迎しよう」
一之瀬の参加は事前に伝えておいたものの、予想以上に快く受け入れられた。
特にギャラリーが増えることは気にならないようだな。
高円寺の案内でピアノの前に到着する。
『綾小路ボーイ スペシャルバースデーリサイタル』と書かれた派手な看板が設置されていた。
「ギャラリーの諸君、本日のピアニストを紹介するよ。綾小路ボーイだ。彼の演奏で、今宵は諸君の一生の記憶に残るディナーとなるだろうね」
おい、どれだけハードルを上げる気だ。
高円寺の挨拶にギャラリーから大きな拍手が巻き起こる。
近くの席で待機している一之瀬も楽しそうに拍手をしている。
頼む一之瀬、そっち側に行かないでくれ。
いや、ギャラリーってなんだ?一般客ではなく高円寺が招待したのか?
「それじゃあ後は頼んだよ。私は私のガールとゆっくり楽しませてもらおう。アデュー」
そう言ってオレを取り残し、さっさと自分のテーブルへ移動する高円寺。
こうなればオレはただただピアノを弾くだけだ。もう他の事を考えるのは止めよう。
そうして、ピアノの演奏をはじめる。
周りが聴いてくれる姿勢であるのなら、オレは構わず演奏するだけでいいはずだ――
――どのくらい演奏しただろうか、ふと意識をこちら側に戻すとオレの演奏に合わせて、高円寺とその彼女が演奏に合わせて優雅に踊っていた。
なんだこれ。
しかしそういうことなら踊りやすい曲をチョイスするか。
ショパンの華麗なる大円舞曲、チャイコフスキーの花のワルツなど優雅に踊れるクラシックを奏でる。
「わかってるじゃないか、綾小路ボーイ」
演奏に合わせて踊る高円寺たち。
曲の終わりには、ギャラリーの皆さんから、惜しみない拍手が贈られる。
なるほど、本人参加型のサプライズもあるんだな。
恐らく社交ダンスはあの女子生徒の特技なのだろう。
それを誕生日の場で披露する計画だったようだ。
普段の学校生活ではせっかく練習しても披露する場が限られている。
相手は3年生。残りの学生生活でこんなチャンスはなかったかもしれない。
ここでこれまでの集大成を多くの人に観て楽しんでもらいたい、そんな熱意が踊りに込められていた。
「充実した時間だねぇ。だが、そろそろ綾小路ボーイも休憩したい頃合いじゃないかい?」
高円寺が気を遣ってくれる……だと?
そんなことありうるのか。
しかし、今日の高円寺はご機嫌だ。そんなこともあるかもしれない。
「そうだな、そろそろ一息つきたいと思っていたところだ」
「では、綾小路ボーイ、私たちとダンスパーティーと行こうじゃないか」
休憩って言わなかったか。余計に疲れることをする気はない。
「ダンスは契約外だ、断らせてもらおう」
「おや、いいのかい?綾小路ガールは満更でもないようだよ」
綾小路ガール……一之瀬のことか?
「あ、綾小路……ガール……」
顔を真っ赤に染める一之瀬。多分水をかけたら蒸発して湯気が出る。
「一之瀬、高円寺の言うことを真に受ける必要はないぞ」
「え、あ、うん。えっと、でもせっかくなら綾小路くんも一緒に楽しめたらなって……どうかな?」
一之瀬が俯きながらも、そんな提案をしてくる。
ギャラリーも男なら一緒に踊ってやれよ、みたいな雰囲気でオレたちの動向を見守っている。
逃げ出したいが逃げ出せない空気。
「だが、オレが演奏しないとダンスも何もないんじゃないか?」
もっともな理由を述べてみる。
こういった手法を選ぶ際、これまでうまく行った試しはないが、抵抗をする権利はあるだろう。
「心配には及ばないさ」
高円寺が指を鳴らすと、この店のピアニストがやってきた。
「また、あなたの演奏を聴けて光栄です。私で良ければ演奏させて頂きます」
「それじゃぁ頼むよ」
高円寺とその彼女がホールドを組む。
凛としたポージングは見事なものだ。
こちらも、もう踊るしか選択肢がないようだ。
「ちなみに一之瀬は社交ダンス経験は?」
「……初めて、です」
申し訳なさそうに申告する。
誘った手前、無責任なことをしてしまったと思っているのだろう。
「わかった、ならオレに任せてくれ。上手くリードするから、一之瀬は見よう見まねで合わせてくれればいい」
そう言って一之瀬の右手をとり、ホールドを組む準備をする。
ダンスのペアの身長差の理想はヒールの高さを考慮しなければ、10センチぐらいらしい。
オレと一之瀬は17センチ差くらいか。おまけに靴も普通の靴だ。
問題は色々あるが、カバーできない範囲ではない。
腹部を密着させ、右手を一之瀬の左肩甲骨の下あたりにそえて、しっかりと支え合う。
「これはスポーツ、これはスポーツ、スポーツ、スポーツ、スポーツ……」
一之瀬が何やらぶつぶつ言っているが気にしている余裕はない。
ホワイトルームで社交ダンスは経験済みだが、こちらも10年近くブランクがある。
幼い頃、一緒に踊ったペアの名前はすでに記憶から消し去っていたが、必要な所作に抜かりはない。
ホワイトルームの目的の一つは、世界に通用する人材の育成。
それはつまり政界への進出も視野に入れている。
茶道を例にするとわかりやすいが、外交の際に、来日した外交官、あるいは大統領などを総理大臣自らお茶を点ててもてなしたら、相手国の人間はどう思うだろうか?
ピアノもダンスも同じだ。これらは世界で通じる共通言語のようなもの。素晴らしい出来なら、心の距離も埋まる。それだけで外交もスムーズにいくという打算まみれの考え。
まさかこんなところで役に立つことになるとは思いもよらなかった。
ピアニストの演奏がはじまる。
ショパンのノクターン第2番。ゆったりとした曲調で初心者でも踊りやすいだろう。
まずは一之瀬に慣れてもらうためにクローズドチェンジからはじめるか。
「基本は1・2・3のリズムだ。ゆっくり動くからオレと反対の動きをして欲しい」
「う、うん」
左足を一歩前進、右足を横へ、そして左足を揃える。
右足を後退、左足を横へ、右足を揃える。
そして次は右足の前進から始める。
元々相手を観察し、求められていることを察する能力の高い一之瀬。
こちらが次にどう動きたいのかを示せば、たどたどしくはあっても合わせることができる。
「不思議。なんだかそれっぽく踊れてる気がするよっ!」
「ああ。いい感じだ」
重心の移動やライズなど細かいことを言い出したらキリがないため今はステップをスムーズに行えるように意識してもらう。
慣れてきたところでスピンターンを入れてみる。
意外となんとかなってスピンすることができた。
正確に言うと、回すというよりは前進後退を上手く使っている感覚。
ここまで来ると一之瀬がどれだけ対応できるのか、試してみたくなるというもの。
「1・2・3、1&2・3」くるくると回っていく俺たち。
見れば高円寺ペアも回っている。これは負けられないな。
ほら――もっと回るぞ――
「やややわわわわぁー」
一之瀬の足がもつれて倒れそうになる。
流石に無茶しすぎたか。一之瀬をぎゅっと抱き寄せて転倒を防ぐ。
「にゃうわ」
「にゃうわ?」
「なななんでもない」
オレの胸を押して、慌ててオレから離れる一之瀬。
丁度互いに見つめ合う形となる。
会場から歓声が沸く。演奏もクライマックス。
もしこれがラブロマンスものの映画なら、確実にキスシーンだろう。
だが、もちろんそんなものを期待されても困る。
こんな時、一之瀬なら機転を利かせて乗り切って……だめだ、明らかに今回は一之瀬もパニックに陥っている。
「そのくらい照れる必要があるのかな。まったくピュアなカップルだねえ」
隣に回転しながらやってきた高円寺ペアがこれ見よがしに熱い接吻をかます。
何でもありだな……。
そんな2人をみて完全に硬直する一之瀬。
だが、こちらも何かしらのフィニッシュを決める必要がある。踊った者の最低限度の責務だろう。
動かない一之瀬をそっと抱きかかえ、その場で数回転、その後降ろしながら一之瀬を独楽のように回して、腰に手をやり、きゅっと止めて抱き寄せる。
「一之瀬、笑顔で手を振ってくれ」
「あ、え、うん」
多少目が回っているようだったが、ニコッと笑顔で会場に手を振る一之瀬。
オレたちのダンスは決してクオリティの高いものではなかったろうが、頑張る一之瀬の姿はきっと見る人の心を打ったことだろう。
大きな拍手がしばらく鳴りやまなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……なんだか巻き込んですまなかった」
「ううん。踊りたいって言ったの私だし……」
レストランを後にし、夜風を浴びるとだんだん冷静さを取り戻す。
会場の謎の空気にあてられて、つい色々やらかしてしまったような気がする。
いくらダンスとは言え、密着しすぎたような気がしてならない。
非常に気まずい空気が流れる。
「せっかくだから、温かい飲み物でも買って行こうか?わたし御馳走するよ」
帰り道の途中にあるコンビニを指さす一之瀬。
「いや、むしろオレが御馳走するべきだろう」
「いやいや、素敵な演奏もきかせてもらったし、そのお礼だと思って受け取って欲しいな」
「……それならお言葉に甘えさせてもらうか」
「うんっ!」
ホットコーヒーを買ってもらい、途中のベンチに座り、海を眺めながらゆっくりと口に運ぶ。
このまま黙って過ごすのも悪くないが、せっかくの機会だ。
一之瀬に尋ねてみたかったことを聞いてみる。
「オレが言うのも変な話だが、一之瀬は多額のポイントを貸してくれたり、気前よく奢ってくれたり……普通もう少し躊躇するというか、迷ったりするような気がするんだが、何か理由があるのか?」
最近は鳴りを潜めているが、油断するとポイントを貸してこようとする姿勢に少し興味があった。
「うーん、理由かぁ……」
少し考える一之瀬。
「お金って――この学校ではポイントだけど……やっぱり大事だよね。あるかないかで全然生き方が変わってきちゃう。もちろん、なくても幸せな生活はできるとは思うんだ。でもね、もしもの時、お金さえあれば、後悔するような選択肢を選ばなくって済むこともあると思う」
遠くを見つめる一之瀬は、オレに語っているというより、自分自身に言い聞かせているようにも見える。
「極論だけど、みんなお金があればもっと争いは減るんじゃないかな。だからってわけじゃないけど、私の周りでお金に困ってる人がいたら、できるだけ助けてあげたいって思うんだ。それが原因で間違いを起こしちゃだめなんだよ、私、そんなの絶対に許さないんだから」
その辺りの感覚は物心ついた時からホワイトルームで育ってきたオレにはピンとこない部分もある。何かを自分の所持金から購入したこと自体、この学校に来て初めて体験したことだ。
「……ポイントがたくさんあれば、みんな争うことなく卒業できるのにね」
争いを好まない一之瀬が見るひとつの夢の世界。
2000万ポイントでAクラスへの移動を全員で行うということだろう。
「1クラス40人、全員で8億ポイントの3クラス分か」
「アハハハ……やっぱり非現実的だよね」
馬鹿なことを言ってしまったなと苦笑いの一之瀬。
出来ないと切り捨ててしまうのは簡単だろう。だが――
「じゃあ稼ぐしかないな。オレが在学中にやってみたいこと……その一つに加えてみるのも悪くない」
「え?でもそういうの校則で禁止されてるよね?」
この前の綾隆のような例外を除き、外部からポイントを稼ぐ行為は禁止されている。
だがそれは関係ないことだ。
「オレたちは生徒会だからな。自分たちで変えていけば良いだろ?」
「そっか、そうだよね。うん、きっとそうだ!なんだか綾小路くんが言うならできるような気がする」
「手始めにピアノのリサイタルでも開いてチケット販売やネット配信ができるようにできるよう取り組んでみるか」
「ふふふ、ノリ気だね。その時は私も宣伝頑張るよ」
「ああ。頼りにしている」
例え叶わない世界だったとしても、実現に向けて行動することは誰にも邪魔できない。
普段の自分であれば選ばない選択肢、そこから見える未知の世界。
未来は誰にも分らない。一之瀬はどんな世界を作り出してくれるのだろうか。
少し楽しみが増えた。
「でも、まずはお互いに次の試験を乗り越えなきゃだね」
「こんな約束をして、退学になったら笑えないな」
「だね。……今回も綾小路くんのクラスとは協力出来たらって思うんだけど、どうかな?」
「もちろんだ。こちらとしてもその方がありがたい」
「決定だね!よし、私も頑張る!見ててね、綾小路くんッ!」
「ああ」
そうして、寒空の下、温かいコーヒーを飲みながら、お互いに一之瀬の話した夢のような世界へと想いを馳せた。
だが、この日を境に一之瀬は学校を休み、姿を見せなくなった。
社交ダンスの知識は皆無だったため、ネットやら動画やらで得た知識やそれっぽい表現をしているだけとなります。読む人が読めば粗があるかと思いますが、ご容赦頂ければと思います。
最近、動画サイトのホームが、棒倒しやら綱引きなどに侵食されはじめ、社交ダンスも加わってしまうこととなり、訳が分からないことに……。