気になさる方はご注意ください。
一応、ネタバレ配慮をしたダイジェスト版をのちほど活動報告に記載予定です。
『一之瀬帆波は犯罪者だ』
朝、登校前に郵便受けを確認するとそんなことを記載した紙が出てくる。
登校する生徒やオレの後に来た生徒の様子を見るに、どうやらオレだけではなく、1年生の全員へ投函されているようだ。
しばらく観察していたが、どの生徒もその紙を見た時は驚くものの、すぐに何事もなかったかのように学校へ向かう。
根も葉もない誹謗中傷。
一之瀬を妬んだ度の過ぎた悪戯。
誰もがそう思ったのだろう。
それだけ一之瀬帆波という人間と犯罪行為は結び付かない。
正義感に溢れ、仲間想い、まっすぐな性格で、生徒会の一員。
入学してからこれまでの間、一之瀬帆波が築き上げてきた善の印象はとても大きかった。
誰も信じないのであればこんな行為は意味がない。
気にするだけ時間の無駄だと多くの生徒が思ったことだろう。
ただ一人、一之瀬本人を除いて、だが……。
教室に入り席に着くと隣の堀北から話しかけられた。
「あなたの郵便受けにもあの紙は入っていた?」
「ああ」
「まったく酷い悪戯をする人間がいたものだわ……一之瀬さん大丈夫かしら?」
「あとで確認に行こうと思う」
「それがいいわね。生徒会で同じあなたなら話しやすいだろうし」
「あまりに荒唐無稽な話だからな。本人も気にしていないだろう」
Bクラスとはこれまで共闘することも多く、一之瀬自身にも須藤の暴力事件や無人島では助けられている。流石の堀北も心配しているようだ。
ただ、あくまでも他クラスの話、また大きな問題にもならないと考えたのか、ペーパーシャッフルの話題に切り替える。
「ということで、私たちは龍園くんのクラスを攻撃しようと思うわ」
「それがいいだろうな」
理由は明白。問題を作る、という特異性があったとしても筆記試験は筆記試験。
総合的な学力の高い、A、Bクラスを狙うのは勝率を下げる行為でしかない。
「肝心のペアだけど、今度の小テストで点数が高い生徒と低い生徒が組むことになるはず。その対策もできているわ」
「今回は本当に出番がなくて何よりだ」
「満点小路くんにはテスト問題の作成をお願いしても良いのだけれど?」
「悪いがオレは解く専門なんでな。指導も、作成も向いていない」
「……まあいいわ。こうやって話を聞いてくれてるだけ、マシになっているものね」
それはこっちのセリフなんだが……。
以前の堀北なら、こうと決めたら突っ走って、よほど困らない限り意見など求めてこなかっただろう。
方針の共有をしてくる、ましてクラスメイトと話し合い済み、なんてことは今までは考えられなかった。体育祭を経て堀北の確かな成長を見ることができた。
「それじゃ、ちょっとBクラスに行ってくる」
「ええ。お願い」
朝のホームルームが始まる前に、少し一之瀬の様子を見ておきたかった。
「……綾小路。良ければ中で話さないか」
「随分、神妙な面持ちだな、神崎」
Bクラスの教室の近くで、神崎に呼び止められた。教室の中に入ると、いつも和気あいあいとしているクラスの空気が、ずっしりと重くなっている。
「あ、綾小路くん。来てくれたんだ」
そう話しかけてきたのは、一之瀬の親友、網倉麻子。
肝心の一之瀬は教室にいないようだ。
「……実は帆波ちゃん、風邪で今日は休むらしくって」
「タイミングがタイミングだ。例の件が関わっているんじゃないかと心配している」
本当にただの風邪なのか、もしくは犯罪者呼ばわりされた影響なのか、判断に迷っているようだ。
「綾小路くん、何か心当たりはない?」
恐らく網倉は一之瀬が昨晩オレと一緒に居たことを知っているのだろう。
「……ダンスで汗をかいた後、寒空の下で話し込んでしまったからな」
「え?なんて?」
「いや、とにかく風邪でもおかしくはない、とは思うぞ」
「そっか。あんなバカバカしい嫌がらせでも、帆波ちゃん優しい子だからさ。気にしちゃってるんじゃないかって心配で」
「時期も時期だ。一之瀬から今回も綾小路のクラスとは協力すると聞いている。一之瀬の風邪の具合次第では、俺が代理で交渉させてもらう予定だ」
「わかった。ひとまずお互いを攻撃相手に選ばない、ということだけは決まりでいいか」
「もちろんだ。俺たちは少しでもAクラスとの差を縮めるため、坂柳クラスを攻撃しようと考えている」
「なるほど。こちらは龍園クラスを攻撃予定だ。その他、協力できることがあれば後日詰めよう。今は一之瀬が心配だ」
オレのせいで風邪を引いていたとしたら申し訳ない。
放課後、お見舞いに行ってみるか。
「うん、私たちの方でも、また何かわかったら連絡するから、よければ連絡先を交換しとかない?」
「そうだな」
情報を探るルートは多い方が良いだろう。
網倉と連絡先を交換し、Bクラスの教室をあとにする。
廊下で龍園クラスの石崎たち数名とすれ違う。
どうやら廊下での談笑を装い、Bクラスの様子を伺っているようだ。
つまり、今回の騒動の発端は――――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「龍園さん、あんまりビラの効果なさそうですぜ」
「クク、あんなもんただの火種だ。火をつけるまでは効果はねえよ」
「にしても本当なんですか?あの一之瀬が犯罪なんて信じられねえっすよ」
「確かな情報だ。石崎、お前たちはこれからどんどん噂を流していけ、内容はメールで送っておいた」
「うっす」
体育祭の出場表を買っていったヤツとの会話を思い出す。
『出場表を売るんだ、これでうちのクラスは敗退決定しちまう。ましては雑魚どもの集まりの白組だ。200クラスポイントのマイナスに見合った報酬なんだろうな?』
『300万でもまだ不満か。その欲深さ、嫌いじゃないぜ、龍園。ま、俺の生徒会には相応しくないがな。いいぜ、とびっきりの情報をくれてやる。一之瀬帆波の弱点だ。あいつはな――――』
『ククク、大事な生徒会の後輩を陥れる情報をくださるとは、次期生徒会長さんはなかなかに狂ってやがるな』
『その情報をどうするかは、お前次第だ。精々楽しませてくれよ』
俺に情報を売った男、南雲の野郎の考えは予想がつく。
あいつは一之瀬を手駒にしたいんだろうよ。
2年の噂は耳にしているからな。一之瀬を傀儡にして1年も掌握しようという計画。
その尖兵として派遣していたのが、生徒会の綾小路だ。
初めはBクラスがDクラスを利用していると考えたが、どうもしっくりこなかった。
あいつらは結局平和主義のあまちゃんでしかねえ。
だが、無人島試験の結果を経て、一之瀬が生徒会入りしたことで一つの可能性に気がついた。綾小路が南雲のバックアップの下、一之瀬に実績を与えるため補佐していた、ということ。
無人島での不可解なDクラスの動きも、南雲の副会長の権力で何かしら事前情報を掴んでいた、もしくはルールに細工をしたとすれば辻褄が合う。
ミッションをやり遂げた綾小路は見返りとして副会長のポジションを得ている。
ところが、そのまま一之瀬を傀儡とする予定だった南雲に誤算が生じた。
綾小路の離反だ。
あいつは相当な女好きだからな、一之瀬に絆されたか、自分のものにしたくなったのかはわからねえが、今じゃすっかり一之瀬の犬になっている。
その確証を得たのは体育祭。
出場表はBクラスが有利なように組み分けされており、もっとも警戒すべき俺にはずっと綾小路が張り付いてやがった。
Dクラスを退場させる作戦は、あいつらならある程度予想できていたはず。
そんな中、一番危険な俺のところに自ら進んで配置するわけがない。
差し詰め、万が一の時、Bクラスの連中を守るナイト役を頼まれたのだろう。その証拠に、障害物競走ではあえてBクラスのヤツを狙ってやると、相手クラスにも関わらず、綾小路はBクラスを見捨てなかった。
綾小路の実力の高さは今更語るまでもないが、そんなヤツが求心力のある一之瀬のコントロール下に居れば、いずれ南雲政権も脅かされる。
それを危惧した南雲はいくつかの手を打った。
出場表を渡すなど、表向きは一之瀬の味方を演じつつ、裏では俺に情報を渡すことで一之瀬を陥れる。そうして没落したところで、味方を演じた南雲が救いの手を差し伸べることで一之瀬を手に入れる筋書き。
……もちろん、綾小路が一之瀬をコントロールしている可能性もないわけじゃねえが、綾小路の野郎からは欲を感じない。
色欲はおいておくが、あれだけの力を持っていながら、この学校で成り上がろうとする意志が感じられない。
そんなヤツが一之瀬をコントロールしてまで何をする?女のケツを追いかけて、女のために動いている、と考えた方がまだしっくりくるぜ。
だが、どちらにしろ、南雲が一之瀬を欲しているという事実は変わらない。
綾小路が使えなくなった以上、別のルート、つまり俺を利用しようとしていることも理解できる。
それなら俺も利用させてもらうだけだ。
南雲が一之瀬を救い出す、そんな余地がないほど徹底的に一之瀬を追い詰める。
そして退学一歩手前まで来た時に、南雲に『高額のポイントを寄こせば、これまでの噂は俺達のでっち上げた嘘だったとして謝罪し、なかったことにしてやる』と脅しをかけてポイントを頂けるだけ頂く。
一之瀬がいなくなれば、南雲の損失も大きい。無下にはできないだろう。
このペーパーシャッフルは丁度いい試験だ。
一之瀬を揺さぶり動揺したBクラスのヤツ等から、クラスポイントまで奪える。
最後に笑うのは俺だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「38.4℃……」
体温計を見て自分の現状を振り返る。
今朝、学校へ行く前までは元気だったのに、あの紙を見た途端、急に目眩がし始めた。
オマケに熱まで出てきちゃって……。
病院で診察を受けて、一日休んだけれど、体調は戻らない。
病は気からっていうけど、ほんとだね。
あの紙……適当なことを書いた悪戯にしては、的を射ている不気味さ。
逃げ出した過去が私を捕らえるために戻ってきた、そう思えてならない。
私が犯した罪、それによって癒えぬ傷を負った大切な人たち。
この学校に来て、クラスのみんなと頑張って、生徒会でも頑張って、明るく前向きに努めてきたけれど、拭いきれなかった心のモヤ。
私は許されることはない、それはわかっていたのだけれど……唯一、彼と一緒に居る時だけは、そんな気持ちから解放されて、心の底から楽しいと思える時間を過ごせるようになっていた。
……だから、絶対にこのことは彼には知られたくない。私が罪人であることを知ったときの彼の顔を想像したくない。彼がいなくなるなんて――
時刻は22時過ぎ。
遅い時間にも関わらず、部屋のチャイムが鳴る。
放課後の時間になるとクラスメイトが何人も心配してきてくれた。
とてもありがたかったのだけど、風邪を移しても悪いし、面会せずに帰ってもらった。
今度は誰だろう……。
「一之瀬、オレだ。風邪だと聞いたが、大丈夫か?」
ドアの向こうから届く、聞き親しんだ声。
誰よりも会いたくて、誰よりも会いたくない、そんな人の思わぬ訪問。
嬉しい思いと苦しい思いが混じり合い、恐怖で塗りつぶされる。
「……心配かけてごめんね。ちょっと熱が出ちゃっただけだから、休めば元気になると思う。でも、移したら悪いし、まだふらついてるから……今日は帰ってもらえる……かな」
大丈夫。いつも通り言えたはず。
「そうか。大丈夫ならいいんだ。夜中にすまなかった、お大事にな」
そう言って声の主は離れていく。
これでいい。これでいいはずなのに、頬を涙が伝う。
この問題は、私が解決しなくちゃいけない過去。踏み出せ私、負けるな私。
そんな気持ちとは裏腹に、暗い部屋の中、その場に座り込むことしかできなくなっていた……。