早いもので、学校はテスト期間に突入し、部活も生徒会もしばらく休みになる。
『――て感じで言われたことはやってるけど……これ、なんか意味あるの?』
「それがわかるまでには少しかかるだろうな。だが効果があるとは思うぞ。引き続き頼む」
以前頼んでいたことの進捗を軽井沢から電話で受け取る。
元々オマケ程度の気持ちだったが、状況が変わってきたことで重要な一手となるかもしれない。
『ふーん、まあいいけど。清隆の言うことだから信じてあげる。……で、頑張ったんだしさ、明日授業が終わったらさ、勉強会も休みだし、平田くんと一緒に3人で映画でも観に行かない?』
「その気持ちには答えてやりたいが……生憎、その日は俺たちのグループでも映画に行く事になっている」
『えー、じゃあ次の機会に必ずだかんね。平田くんも喜ぶと思うし』
「もちろんだ。……ところで、平田の事は、洋介くんから平田くん呼びに戻したのか?」
ふと気になったので聞いてみる。
『あ、それ聞いちゃう?なんていうか、体育祭の事があって心境の変化というか、一度フラットな関係に戻して、平田くんとのことを見直したくなったていうか、ま、そんな感じ』
「いまいちよくわからないが、平田に頼りっきりになることを止めた、と思っていいのか?」
『うーん、それに近いかも。守ってもらってるだけじゃダメだって思ったのも事実だし。まあ複雑な乙女心は清隆にはわかんないかなー』
「そうかもな」
軽井沢の言うような乙女心だとすると、今のオレには理解できない部分が多いのも否定できない。いずれにせよ、軽井沢も少しずつ自分の足で前に進もうとしているのは、平田にとっても朗報だろう。
「じゃ、そういうことで」
『ちょ、ちょっと待って。ちなみにそのグループでは何の映画見るのよ』
「気になるのか?」
わざわざ話を切ろうとしたところで話題を戻すほどのものだろうか。
『そりゃね。私たちと見る時と同じ映画じゃ嫌でしょ』
「なるほど、それはそうか」
そうして映画の話などをしつつ、軽井沢との通話を終える。
俺たちの綾小路グループは発足して以来、勉強を行うだけの関係性から少し進展して、昼食や授業間の休憩時間に集まったり、チャットグループで遅くまで話し込んだり、息抜きに映画を観る約束をしたりと交流の機会が増えていた。
口を開けば、AクラスAクラスの堀北や退学退学の櫛田とは違って、普通の高校生らしいことができるクラスメイトたち、貴重な存在だ。
そんなこともあってか、翌日の授業は普段よりも長く感じられた。
これまで何度か1人で映画を見に行くことはあったのだが、クラスメイトと一緒に行くのは、もちろん初めてだ。
やっと訪れた放課後。愛里たちと映画館へ向かう。
「なんだかワクワクするね、き、清隆くんっ」
控えめながらも子供のように無邪気な様子の愛里。だが、オレも似たようなものか。
「そうだな、悪い気はしない」
「えへへへ、清隆くん」
「どうした?」
「あ、え、ち、違うの。あの、清隆くんと一緒にお出かけするのはあの日以来だな、って」
あの日以来、というのは櫛田に連れられて愛里のデジカメを修理に持って行った日の事だろう。
「そうだな、思えば休日に誰かと出かけたのはあれが初めてだったかもしれない」
「そ、そうだったんだ。なんだか嬉しいな」
そんな昔の話ではないはずなのだが、あれからオレを取り巻く環境もだいぶ変わったな。あの頃のオレであれば、考えないこと、しないことを積極的に行うようになっている気がする。それがプラス面に働くかどうかわかるのは、もっと先、きっとこの学校を卒業する時に感じることだろう。
「はい、これはきよぽんの分、こっちは愛里ね」
波瑠加が発券したチケットをそれぞれに配る。
「楽しみだね、清隆くん」
「あ!綾小路くんだー」
そんな声に振り替えると佐藤がこちらに向かって小走りで寄ってくる。
「もしかして今から映画見るところだった?偶然だね、私たちもなの。一緒に見ようよ」
そういって佐藤は俺の腕を両手でつかんだ。
「ふあっ!?」
後ろで佐倉が悲鳴を上げる。
佐藤が来た方角からは軽井沢や他のクラスメイト女子数名がやってくる。
「もしかして軽井沢から誘われたのか?」
「ううん。私たちが映画の話をしてたら、軽井沢さんも来たいって言うから。今日公開の映画だし、みんな気になってるよねー」
「偶然ね、清隆。あと他の人たちも」
自然と合流し、会話に加わる軽井沢。
なるほど、偶然か。昨日の今日だけに説得力はないが……目的が見えない。
適切な報酬を払わなかったオレへの嫌がらせだろうか。
「それにしても、近くないか?」
「え、そう?私は全然気にしないよ」
両腕でオレの左腕をぎゅっと抱きしめる佐藤。
これが許されるのは熱々のカップルぐらいなものじゃないか。
「私は気になるかも。綾小路くんも一応男の子なんだし、佐藤さんも少しは警戒しなきゃだめだよ」
当然の如く会話に入ってきたのは櫛田だった。
なぜいるのか?
「今日公開の映画気になってたから、みんなで息抜きに来たんだ。偶然だね」
そうか、こっちも偶然か。
櫛田の後ろにはみーちゃんなど、櫛田と特に仲のいいクラスメイト達。
「こ、これはひよりちゃんに、なんと伝えるべきなんでしょうか……」
こちらの様子を見ていたみーちゃんが神妙な面持ちで何かをつぶやいている。
「櫛田たちはともかく……嫌な偶然だ。俺は先に入る」
日頃からクラスの喧騒を嫌う人間たちの集まりの綾小路グループ。
中でも啓誠はその傾向が強く、軽井沢たちとは特にそりが合わない。
「それじゃオレも行くから……」と啓誠に続こうとしたが、佐藤がなかなか離してくれない。
「ちょっと待ったー。悪いけど麻耶ちゃん、この件では私は佐倉ちゃん押しなの」
そう言って現れたのは、篠原とその後ろに松下。
「佐倉ちゃん、何のためにグループ入りしたの。ここで負けちゃダメだめだよ」
「う、うん。そうだよね」
篠原からの激励に、クラスメイトの登場で気配を消していた愛里が前に出てくる。
「き、清隆くんは私たちと映画を観るので、えっと、ごめんなさい」
そう言ってオレの空いた右腕をぎゅーと引き寄せる愛里。
愛里が同じことをすると、右腕の収まる場所が、佐藤とは違ったことになるため、非常にマズい。愛里も一生懸命でその事実に気づいていない様子。
素直に引っ張られるわけにもいかなくなる。
両サイドからの引き合いに真ん中のオレが上手くバランスを調整するといった奇妙な展開に。
引っ張られるオレが悲鳴を上げることはないため、大岡越前もこれでは裁けない。
「2人とも綾小路くんが困ってるよ。離してあげた方がいいんじゃないかな?」
「あ、ごめんね、綾小路くん」
「清隆くんごめんなさい」
2人とも櫛田の声にハッとして手を放してくれた。
困ったときはやっぱり櫛田さんだ。
一瞬、干支試験での出来事が頭を過ぎったが、平田なしでも無事に生還できた。
あの時のメンバーには……。
「それじゃ今度こそ先に失礼する」
そういって愛里と一緒に映画館の中に入っていく。
それにしてもあの場にクラスの女子の半数以上が集結するという異常な事態。
息抜きという話だったが、特別試験大丈夫なのだろうか。
そんな騒動があったものの、さすがに綾小路グループで取った座席とは、他のクラスメイトは離れていたため、映画自体は落ち着いて楽しむことができた。
ただ鑑賞後、お互い映画の感想を述べて盛り上がるであろうタイミングで、愛里や波瑠加から真っ先に佐藤との関係を疑われ問いただされることとなったが……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そんな日もあったが、グループメンバーで勉強を進めて日々を過ごしていた。
木々が色づき、道には落ち葉のカーペットが引かれている。
すっかり寒くなった11月下旬、試験まで残り一週間となる。
「おはよー!綾小路くんっ」
その声だけであたりを照らすような元気な一之瀬のあいさつ。
それを聞かなくなってから、随分と日が経った。
最後に一之瀬の明るい声を聴いたのは……高円寺とのバースデーサプライズの日か。
あの頃はまだ、紅葉もまばらだった。
相変わらず連絡しても返事は来ないが、Bクラス生の話だと昨日から学校を休んでいるそうだ。
また風邪かもしれないが、どちらにせよ、試験への影響も出てしまうだろう。
彼女を欠いたBクラスはその動揺からテストで本領を発揮できないかもしれない。
万が一風邪で欠席でも、ペーパーシャッフルはこれまでの試験の結果から算出した点数を参照できるルールであるため退学にはならないだろうが、それはどうしても出席できないほどの風邪であることが前提だ。
学校が認めなかった場合は、0点扱い。ペアの成績次第では退学となるだろう。
「相変わらず嫌がらせが続いていてな。最近では一之瀬がいない時にでも勉強会の邪魔を始めるようになった」
「それで帆波ちゃんとみんなで抗議に行ったんだけど、龍園くんに何か言われた途端、帆波ちゃんの顔色が変わって……それから、休みはじめちゃったんだ」
様子が気になり、Bクラスを訪れたところ、神崎と網倉から一之瀬の現状を聞く。
「俺たちやクラスの女子が部屋の前まで行ったんだが、大丈夫だから試験に集中して欲しいと一蹴されてしまってな。居座り続けても悪化させても悪いし、どうしようもない状態だ」
「私たちも励ましのメッセージとか送ってるんだけど……」
どうやら風邪ではないらしい。
むしろ、あれだけの嫌がらせを受けながらよくここまで耐えていたようにも思える。
「オレも似たようなものだ。何を送っても良い返事は来ない」
「綾小路くんでダメなら、どうにもならないかも……今はそっとしておくしかないのかな。ホントに心配だけど、逆にそれが帆波ちゃんを苦しめちゃうのかもしれないし」
「龍園たちの蛮行を許すことはできない。俺達も妨害を受けた証拠は映像で残しておいた。これをもとに生徒会に訴えることはできないか?」
「今回の件は南雲生徒会長が生徒間での解決を推奨している……。オレの方でも出来るだけ動いてはみるが……ペーパーシャッフルまでには間に合わないだろうな」
「クソ、泣き寝入りしろっていうのか」
「それだけ学校の反応を見切った龍園の手口が姑息で上手いということではあるな」
「帆波ちゃん、大丈夫かな……」
これ以上話しても進展はないためBクラスを後にする。
一之瀬は、あり得ない噂なら突っぱねて戦うことができるだけの強さを持っている。
ポイントを貢いでる、なんて話もあったが、個人間でのポイントのやり取りは認められている以上、気に病む必要はない話だ。
つまりこの状況になったということは、あの噂には一之瀬なりに思うところがあるからに他ならない。
それをどう乗り越えるかは一之瀬にしかできないことだが……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「綾小路くん。あなたにお願いがあるのだけれど」
試験まであと4日。下校前に堀北からそんな声がかかる。
「一応用件だけは聞こうか」
「テスト問題の最終チェックをお願いできないかしら」
「また唐突だな。試験問題を知る人間は少ない方がいいんじゃないか?」
今回のテストは、堀北と平田、そして啓誠が協力して作り上げた自信作。情報漏洩などもっての他、本日までその3人しか問題を把握していない。
「私もそう思ったんだけど、平田くんと幸村くんが、成績トップのあなたに最終チェックをしてもらえれば安心だって言い始めて」
「なるほど……そういうことなら見てみるが、余程のことがなければ手は加えないぞ」
「それはそうよ、私としてはこれ以上ないものだと思っているわ。あなたでも満点は難しいんじゃない?」
「それは楽しみだ」
「ただ、ここで見るのは危険だから、寮に帰ってからか自室でお願いね」
そうして問題の入った封筒を手渡される。この中に、堀北たちの努力が詰まっている。丁重にカバンにしまって帰宅した。
「あ、お帰り、綾小路くん。ごめんね、ご飯まだなんだ」
仲直りして以来、それまでの様に櫛田がオレの部屋をたまに訪れるようになっていた。
「テスト期間中は生徒会もない。勉強会がない日はほとんど帰宅時間は一緒だからな、仕方ない。ただ、今日もちょっとこれから出かけてくる」
「そうなんだ。じゃあご飯作って待ってるね」
そうしてオレはカバンを部屋に置き、エプロン姿でお玉を片手に持つ櫛田に見送られ、部屋を出る。最近はそこへ向かうのも日課のようなものだ。
そうして迎えた翌日。
試験まで残り3日を切った。試験問題の提出の締め切りだ。
すでにAクラスもBクラスも提出を完了していると噂では聞いたが、俺たちのクラスは情報漏洩対策とギリギリまで調整をしていたため、この日の提出となった。
今日が終われば、土日を挟んで月曜日にテストとなる。
……結局一之瀬は今日までずっと休み続けている。
「堀北、確認したが良いテスト問題だった」
「そう……あなたが言うなら安心ね。早速だけど提出に行きましょう」
テストの受理は18時まで。
それに間に合わなければ、学校の用意した問題が採用される。恐らくだが、間に合わなかったクラスがその分不利になるように学校の作る問題は簡単になっている可能性が高い。
職員室に向かう廊下で、じっと待っている生徒が一人、龍園だ。
「よお、鈴音に綾小路、これから問題提出か。奇遇だな。俺もなんだ」
「悪いけど、あなたみたいな下劣な人間と話す言語は持ち合わせていないわ」
一之瀬、そしてBクラスへの言動に少なからず堀北も嫌悪している様子。
いくら勝つための戦略とは言え、度が過ぎている、そういった感情だろう。
「そういうなよ。せっかくなんだから一緒に提出してもいいだろ」
「綾小路くん、テスト勉強はバッチリかしら。私たちの敵はあくまでAクラス。絶対勝つわよ」
本格的に龍園を無視することに決めたようだ。
敵はAクラスだけだと煽りも忘れないのは堀北らしい。
「クク、それならそれでいいさ。勝手について行くだけだからな」
言葉通り、職員室まで一緒にやってきた龍園。
こちらの問題をこの場で盗み見る、などということは不可能なはず。
龍園もそんな気はないのか、手早く担任の坂上先生に封筒を渡して、隅の方に下がり離れたところから俺たちの様子を観察している。
「茶柱先生、これが私たちのクラスの問題です。よろしくお願いします」
「わかった、預かろう」
「ただ、一つだけ約束してください」
「なんだ?」
「この問題を見たい、というクラスメイトが現れても絶対に開示しないで欲しいんです」
「それは難しいな……ただ、制作者代表の堀北を連れて来なければ閲覧できない、ということでなら対応できるが」
「それでお願いします」
テスト問題をクラスメイトが見れる状態になってしまえば、その人物経由で龍園のクラスに問題を晒されるかもしれない。そういった対策をしっかりと立てる。
「ではお前たちの問題は確かに受理された。以後、理由なしには変更できないから注意するように。万が一問題に不備があった場合はこちらで修正させてもらう」
「わかりました」
そういって茶柱先生は封筒を持って行った。
「無事に提出出来てよかったじゃないか、鈴音。お前の作った問題、楽しみにしてるぜ」
龍園も何をするわけでもなく去っていく。
「あとはこの土日でテストに向けて最後の追い込みよ」
「そうだな」
土日は各々の時間を過ごし、試験当日を迎える。
朝から廊下が騒がしい。Bクラスの前に人だかりができてた。
「なんだろうな、テスト前に……ちょっと行ってみないか」
明人の提案にオレも続く。啓誠はギリギリまでテスト勉強をしたいとのことだった。
「しばらく休んで元気になったかよ、一之瀬」
「龍園くん、何か用かな」
「俺は用はねえさ、だがな、テスト前にお前こそ自分の罪を白状しておいた方がいいんじゃないか?クラスメイトが心配してるぜ?」
一之瀬は登校してきていた。
だが、それを確認した龍園は、そんな一之瀬とBクラスにとどめを刺すため、最後の攻撃を仕掛けに来たという場面だろう。
ここをどう乗り切るかでこのテストの結果が決まる。
一之瀬……お前なら大丈夫だ。
オレは廊下からこのやり取りを静かに見守ることにする。