「麻耶お嬢様、こちら本日の献上品です。どうぞお納めください」
「えっ、ちょ、急にどうしたの?そういうプレイ?な、なんか照れちゃうなー……なんて」
執事のような振る舞いで佐藤さんにホットの抹茶ラテを差し出す。
状況が呑み込めない佐藤さんは動揺する。
「こちらささやかですが感謝の気持ちです。受け取っていただけませんか?」
「そ、そんなことない。もらう、もらう」
そうして抹茶ラテを受け取り、ゆっくりと口に運ぶ佐藤さん。
「なにこれ、めちゃくちゃ美味しい」
「お口に合って何よりです。丹精込めて作った甲斐がありました」
「えーっ!これ綾小路くんが作ったの!?すごーい」
「お嬢様が望まれるのでしたらいつでもお持ちいたします」
どうやら佐藤さんも喜んでくたようだ。
頑張った甲斐があるというもの。
「なあ、お前らその茶番いつまでやってんだ?」
「朝からいちゃつくなよなー」
山内と池の指摘に佐藤さんが周りを見渡すと、朝の教室内ということもあって、かなりの注目を浴びてしまっていることに気づく。
佐藤さんの顔が赤くなる。
抹茶ラテで内側から温まったのだろうか。寒い時期にはぴったりだな。
「え、えっとこれは違くて……ねえ、綾小路くん」
「いえ、麻耶お嬢様のために尽くしている最中です」
「あ、綾小路くんっ!?」
佐藤さんのツッコミが教室に響き渡った。
どうしてこんなことになっているかというと話は前日に遡る。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
テストが終わり部活動が再開したため、久しぶりに茶道部の集まりもあった。
ひよりは図書館にお目当ての本が入荷したため少し遅れるとのことだったので、みんなでお茶を飲みながらまったりとした時間を過ごしていた。
基本的に穏やかな生徒で構成されていることと茶道の特性が生み出す、他では過ごすことのできないゆっくりとした時間。
茶道部を廃部から救い続けているのもそういった理由が含まれる。
「ところでみーちゃん。日頃の感謝の気持ちを伝えたい女子生徒がいるんだが、どうすれば喜ばれるだろうか?色々考えてみたが最適解が見つからなくて困っている」
先日、佐藤さんに救われてから何かしらのお礼をしたいと考えていたが、堀北や櫛田ならともかく、普通の女子高校生代表のような佐藤さんが何に喜ぶのか、皆目見当がつかなかった。
ちなみに、堀北なら1兄貴エピソード、櫛田なら1堀北ざまあエピソードを提供すれば大喜びだろう。
また、綾小路グループで相談すると、波瑠加が茶化して、愛里があわあわするだけで話が進まなそうなので、今回はみーちゃんに聞いてみた。適材適所だな。
「そういうことなんだね、清隆くん!」
なぜか嬉しそうにするみーちゃん。
「それで言うと、ひよ……じゃなかった。女の子は一度は男の子に尽くしてもらいたいと思うものだから……執事みたいな感じで抹茶ラテとかを差し出して労ってあげるのがいいんじゃないかな?」
「なるほど」
「それいいね。綾小路くん、クールだし、執事とか似合いそう!」
話を聞いていた朝比奈も混ざってくる。
「相手のことはお嬢様呼びで、丁寧な言葉遣いを心がけるよーに」
ピシッと人差し指を立ててアドバイスをくれる朝比奈。
彼女も対人関係は良好な生徒で、ギャル寄りであることも踏まえると佐藤さんに近い人種だろう。その朝比奈が言っているのだからセカンドオピニオンとして参考になるな。
2票も入れば十分だろう。
「わかりました、明日にでもやってみます」
「それがいいよ。最近なんだか悩んでるみたいだし、清隆くんからアプローチがあれば絶対喜ぶから」
「ん?相手がだれかわかっているのか?」
「あっ、こういうのは言わないお約束。すみません、忘れてください」
みーちゃんもクラスメイトであるため、佐藤さんの様子を知っていてもおかしくはないのだが、普段グループが違うことなどもあり2人が会話している姿を見たことはない。
……佐藤さん、何か悩んでいるのか?
「はぁ、平田くんも執事だったらなあ……」
「平田なら頼めばやってくれそうだな」
気遣いの達人の平田であれば執事は割と天職なのではないだろうか。
主人に対して礼節を保ちつつ、しっかり支え続ける姿が浮かぶ。
「綾小路くんが上手くいったら考えてみます」
……その言い方だと、失敗する可能性もあるのか、執事作戦。
一抹の不安はあったものの、他に手は思いつかないため、さっそく明日朝から実行させてもらうことにしよう。
時にはトライ&エラーの精神も大事だろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ということがあったのだが、アドバイス通り、佐藤さんにも喜んでもらえたようで良かった。これぐらいなら定期的に行えるし、あの時の気持ちを忘れないためにも、しばらく続けるか。
「き、清隆くん。そ、それは話が違うよ」
「え?」
みーちゃんが慌てて駆け寄ってきてオレの腕を引っ張り廊下に連れ出す。
普段の大人しさからすると大胆な行動で珍しいな。
「私はてっきり……えっと、ともかく佐藤さん相手だとは思っていなくて。これ以上はアドバイスした手前、見過ごすことはできないよ」
「対象相手の誤認があったことはわかったが、佐藤さんも喜んでいたし、別に良かったんじゃないか?」
「だ、ダメだよ。これ以降は禁止です。ただでさえ、最近は色んな子が集まってきてるのに……。ひよりちゃんには私の様になって欲しくないから」
「どうしてひよりの名前が出てくるんだ?」
「あっ……」
どうやらみーちゃんはオレがお礼を伝える相手はひよりだと思っていたようだ。
確かに、ひよりには個別に誕生日プレゼントも貰ったし、本の話題を共有できる仲でもある。以前はアルベルトを紹介してもらったりとお世話になっていることには違いないな。
「と、ともかく、ひよりちゃんも最近悩んでいるみたいなので、それも聞いてあげてもらえないかなって……お願いしますっ!」
「そういうことなら……」
「ありがとう。これで私も安心できるかな」
そういって教室に戻るみーちゃん。
オレも後に続いて戻ると――――
「えっと、執事くん。次は一緒にお出かけしたいから、お供するように。いい…よね?」
佐藤さんがそんなことを言ってくる。
「気持ちに応えたいのも山々だが、執事作戦は今しがた禁止令が発行されてしまった。また別のお礼を考えるから、次の機会に頼む」
「えぇぇっ!?」
驚き残念がる佐藤さん。お嬢様のご要望にお応えできないとは執事失格だな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
昼休みの図書館。
予想通りひよりの姿を発見する。
高いところにある本を取ろうとしているようだが、どうみても届きそうにない。
「ひより、大丈夫か?」
「あら、綾小路くん。ありがとうございます」
取ろうとしていた本をひよりに渡す。微笑みながら受け取るひより。
そこまで変わった様子もなさそうだが……。
「エミリー・ブロンテか。好きだったか?」
「いえ、私個人としてはどちらでもございませんが……ジャンルの違う本が置いてあるのが気になりまして」
「言われてみるとそうだな。いや、この本棚、『ねむけ』って本ばかり色んな所にならんでいるぞ……こっちを戻す方が先じゃないか?」
「……それもそうですね。ミステリーコーナーにあるのも不自然ですし」
そういって2人で棚の整理を始める。
「ひより、何か悩みがあるんじゃないかと聞いたんだが……」
「みーちゃんあたりからお聞きになったんでしょうか……。そうですね、最近悩みがございまして」
本を並べながらのため、ひよりの表情は見えないが少し声のトーンが落ちている。
想像以上に深刻な悩みなのか?
「実は……私たちのクラスはこれまで多くの試験で負けてきてしまいました……」
クラスに関することか。
先日の特別試験は、龍園クラスにとってショッキングな出来事だったに違いない。
なぜか退学者はでなかったようだが、それ相応の代償は払っているはず……。
この学校の仕組み上、仕方がないとはいえ、間接的にひよりを傷つけてしまっていることになる。
クラスの方針に疑問が出てきたのか、今後の不安なのか、いずれにせよ、この学校で生き残っていくためにこのままじゃいけないと感じているのだろう。
「そのため、現在はクラスポイントも200を切ってしまっています」
「そうだな」
一度ゼロになった身からするとポイントがなくなることの不便さはよくわかる。
ポイントが減ればクラスとして取れる戦略も絞られていくからな。勝つことが難しくなっていく、負のスパイラル状態だろう。
オレも身近に一之瀬がいなければ、もっとピンチになっていたかもしれない。
ひよりの悩みもそれに近いものなのかもしれないな。
「その結果……」
「その結果?」
ここまでで一番暗い声になり、言葉を詰まらせるひより。
「その結果……月に購入できる本が限られてしまい、非常に残念です」
「あー……」
そういえばひよりはそういうやつだった。
「これは死活問題ですね」
「そういうことなら買いたい本があったら折半するか。ひよりのおすすめならオレも読みたい」
「え、よろしいんですか?」
「もちろんだ」
「ありがとうございます。冗談半分だったのですが、言ってみるものですね。ふふふ」
「え?」
日頃の感謝の気持ちから救いの手を差し伸べようとしたら
聞き捨てならないことをさらっというひより。
「クラスの事は勝負事ですから仕方ありません。龍園くんに任せきりにしていた私たちにも責任はありますし。ですので、今回悩んでいたことは全く別の事なんです」
「というと?」
「実は、このままだと……茶道部が廃部になります」
「……わかった、これも冗談だな?」
「ふふふ」
「オレも何度も騙され――」
「残念ながら事実です」
「……まじかー」
「でも、綾小路くんには心あたりがあるのではないでしょうか?」
ひよりからの鋭い指摘。
というより、廃部の危機の理由はひとつだからな。
「やっぱり厳しかったか」
「ええ。2、3年の先輩方、毎日何杯も召し上がっていらっしゃったので……。部費が底をつきました」
「まあ妥当だな……」
体育祭で高円寺の彼女たちを買収した際に渡した、抹茶ラテ1か月飲み放題券。
少しは遠慮というものはないのだろうか、というぐらい、毎日のようにやってきて飲んでいたらしい。まあ高円寺の彼女だしな、そのぐらいの面の皮の圧さがなければ、アイツの恋人は務まる気がしない。
結果、財政難になってしまったわけだ……。
完全にオレのせいだな。
「だが、安心して欲しい。手は考えてある」
「本当ですか!?」
「こうなった元凶には責任を取ってもらう義務があるとオレは思う」
「なるほど?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ということで、体育祭での無茶ぶりを達成するためにこんなことになりました。助けてください、茶柱先生」
「それは本当に私のせいなのか?」
「ええ。あの元Dクラスを体育祭で優勝させるにはあらゆる手段を使うしかありませんでしたし、そこまで追い込んだのは先生との約束のせいですよ。オレは見事優勝へ導いたんですから、その分の報酬があってもいいはずです」
そう、最近調子に乗っていた茶柱先生にもしっかりと対価を払ってもらう時だ。
「お前な……。それで具体的には何を望む?」
「もうすぐ冬のボーナスではないですか?部費がなくて困っている生徒に救いの手を差し伸べてくださってもいいのでは?」
「おい……教師をゆする気か?」
「いつも美味しそうにお茶を飲んでる顧問の先生がいるとか……ああ、あの分の茶葉があればまだ活動もできたかもしれないのになあ……」
「……仕方ない、綾小路の言うことも一理ある。今回は補填しよう。だが、今回だけだぞ」
「ええ。それで大丈夫です。ありがとうございます」
次の手もあるしな。取り急ぎの活動資金が工面できればそれでいい。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ということで、茶道部はいまや人気の部活動。その抹茶ラテを飲みたい生徒は数多くいます。このまま廃部はおかしいですよね。部活に割り振る活動費のアップを要求します」
放課後の生徒会室で南雲に通達する。
「綾小路、マジで言ってんのか?」
「はい、書類類は揃えました。あとは南雲生徒会長のサインだけです」
「俺がそんな話飲むとでも?」
「朝比奈先輩が悲しみますよ?」
「なずなは関係ないぜ。あくまで公平にジャッジするのが生徒会長だ」
どの口が言っているのか案件だが気にはしない。
「なら、これで勝負しましょう」
「これは……」
そういってヘルメットとピコピコハンマーを机に並べる。
橘に手早く決着がついて、合法的に相手を叩けるようなゲームがないか聞いたところ
この『たたいてかぶってジャンケンポン』を提案された。
ジャンケンで勝った方がハンマーで相手を叩き、負けた方はヘルメットで防げればセーフ、防げなければ負け、という単純なゲーム。
「ハッ、面白いじゃねえか。お前を叩けるなんて願ってもないぜ?」
それはお互い様だな。
「それじゃ、同意ということで」
「いいぜ、万が一俺に勝ったら部活動費倍にしてやるよ」
「では、ジャンケンポン」
南雲の手の動きを見る。どうやらグーを出すようだ。
ならこちらはパーにすばやく変える。
「かかったな」
南雲は出し切る直前で右手のグーを引っ込め、左のチョキを前に出した。
「お前の目の良さはわかっているからな」
「でしたら、南雲会長もよく見てください」
南雲の手は予測できたので、こちらも左手をグーで用意しておいた。
後は相手の動きをみて、こちらも変えるだけ。
「はっ?」
急いでヘルメットを取ろうとする南雲だが、もう遅い。
バシーン、という軽快な音と南雲の悲鳴が生徒会室に響き渡る。
この前の一之瀬の一件、南雲にはお咎めがなかったからな。
これで一之瀬も少しはすっきりしただろう。
向こうでこちらの様子を伺っていた一之瀬と目が合い、無意識にしたり顔になっていたことに気づいたのか、苦笑いをしながら頬を掻いた。
「ちっ仕方ねえな。なずなのために譲ってやった俺の寛大さに感謝しろよ」
頭をさすりながらちょっと涙目で書類にサインする南雲。
流石というかなんというか……。
兎にも角にも部費のアップも決まった。一石二鳥だな。
茶道部に向かい報告するとひよりと事情を聴いていた部員たちが喜び合う。
活動費を増やせば、より質の高いものが作れ、それで売価も上げられるようになるかもしれない。そうして、土台を作っていき、綾隆のように販売する計画を立てれば……。
「ところで清隆くん。執事ができるそうですね?私にはしてくれないのでしょうか?」
「……それは困ります、ひよりお嬢様」
どうやらみーちゃんは余計なことまで情報共有してしまったらしい。
しばらくひよりと執事のまねごとをする羽目になった。
図書館でひよりの代わりに本を取る綾小路くんのシーン。
アニメでは本棚をよく見るとあちこちに「ねむけ」と書かれたタイトルの本が置いてあり、そっちは気にならなかったのか、ひより……と思ったので描いたネタでした。
『ねむけ』というミステリー小説があるのかどうかは調べた限り見あたりませんでしたが、実在するのか、背景美術の方の心の叫びだったのか。