放課後の生徒会室。
事務作業をこなしながら一之瀬とした交わした約束――24億ポイントを稼ぐための方法を思案する。
この作戦を成功させる前提条件として、学校関係以外でポイントを得る必要がある。
これは憶測だが、ポイントの総数はおおよそ決まっており、それ以上のポイントは発生しないようになっているのではないだろうか。
平たく言うとこの学校の運営資金の限界という話。
よって24億を残りの期間で稼ぐのであれば、学校以外からポイントもしくは現金の入手が必要不可欠になってくる。
そのためにはまず外部から稼いでもいいという許可を学校からもらう必要があるのだが……このハードルは相当高い。
たとえば、学生のアルバイトを認めたとする。
毎日授業後に時給1,000ポイントで3時間働いて、土日は休んだとしてもおおよそ月6万ポイント。クラス全員40人が働くと月240万。これだけのポイントがコンスタントに入ってくるのであれば、戦略も変わってくるし、クラス争いに興味のない生徒はバイト生活になるだろう。
そしてこの生活区域内にそんな大人数の働き口はないため、それこそバイト先の争奪戦になり、不平等が生まれてしまう。
そういった諸々の事情を考慮すると、許可を下ろさないだろうということ。
さて、どうしたものか……。
「綾小路くん、付き合ってくれないかな?」
「……ん?」
あれこれプランを練っていたところ、一之瀬から声をかけられた。
というより、今、告白された……のか?
騒がしかった生徒会室が一変、静寂に包まれる。
「ン“んん。お前たちの仲が良いのはわかっていたが、せめて他所でやってくれないか?」
気まずい雰囲気をかき消すかのように、桐山が咳ごみながら指摘する。
その後、俺たちに背を向けた桐山は『綾小路くんの愛ノ恋路を応援する会』のチャットグループに『綾小路に春来たり!!』と素早く投稿。
『あわわわ、一之瀬さん大胆です』
『まさか卒業までにこんな日が来るとはな』
とさっそくレスポンスが返ってくる。
一之瀬とは一言も書いていなかったはず。……隠し部屋のモニターで見てたな。
「……えーと」
「にゃわわわ、違うよ、違うよ。そっちの意味の付き合うじゃなくって……一緒に行ってほしい場所があるって話」
何と答えるべきか、悩んでいると一之瀬も異変を感じ取ったのか、慌てて言葉を補足する。慌て方が橘に似てきたな。
チャットグループには『チーン』と両手両膝を地につけて落ち込む人物のスタンプが連投されている。
よくあるオチだったか……。
しかし一之瀬がそんなベタなことするだろうか。
もし、OKの返事をしていたら――
「そういう話か。詳しく聞かせてくれないか?」
「うん」
そういうとオレの隣にピタッとくっつくように座る一之瀬。
もともと距離感が近いタイプではあったが……。
なんだかこれまでと違う様子の一之瀬に少しどぎまぎしてしまう。
「あの……一之瀬……さん?」
「ん?どうしたの?」
「いや……何でもない。早く用件が聞きたい」
まったく気にしていない様子でこちらをまっすぐ見つめてくるので、思わずこちらが自意識過剰なのでは?という錯覚に陥る。
というより、この距離感で見つめあうのは青少年には危険すぎる。
何やらチャットが盛り上がっているようだが、当然確認する余裕はなくなる。
こうなったら話を早く聞いてしまうほかない。ああ、シトラスの香りがするな……。
「うん。ケヤキモールに新しく誘致するテナントの候補が決まって、明日試しに特別棟に来てもらうことになったんだ。綾小路くんも一緒に視察して意見をもらいたいなって」
「そういうことなら同行するが……どんなテナントなんだ?」
「それは行ってみてのお楽しみってやつ、と言いたいところなんだけど、視察前に情報はあったほうがいいよね」
よほど自信があるのか、楽しそうに話す一之瀬。
「実は動物カフェなんてどうかなと思ってるんだ」
「動物カフェ?」
小さな動物園のようなものだろうか?
「そうそう!この前の件で思ったんだけど、この施設って癒しのスポットがないと思うんだ」
「確かにそうかもな」
「だから、例えばネコとかウサギとかと触れ合うのは良い癒しになるんじゃないかなって」
アニマルセラピーというものがあるぐらいだ。ストレスに対する効果はあるだろう。
動物と触れ合える施設か。興味はあるな。
世の中にはモフリストなる専門家もいるほど、動物の毛並みを愛でることには価値があるらしい。
このセリフも何度目だといった感じだが、当然ホワイトルームでは動物と触れ合う機会などなかった。知識では知っていても、実際に触ってみると違うもの。
楽しみだな。もふるとはどんな世界なのか。
「でね、そこのカフェで綾小路くんの抹茶ラテを置いてもらえばいいんじゃないかなって思っているんだけど」
「なるほど。いいアイディアかもな」
確かに、自然と出店場所を確保できるな。
一之瀬も一之瀬で目標達成を考えていたようだ。あとはその利益が学校側にどう判断されるか、か。いくつか交渉方法を考えておこう。
「明日が楽しみになった」
「うん。私も綾小路くんと一緒に行けるの楽しみだよ」
そうして立ち上がり自分の業務へと戻る一之瀬。
いつもと違う雰囲気だったが、チラッと見えた長い髪に隠れた耳は真っ赤だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その日の夜。
「櫛田は動物カフェ行ったことあるか?」
「うーん、猫カフェぐらいかな。どうして?」
「今度ケヤキモールにできるかもしれないんだが、どんなものかと思って」
夕食を食べながら動物カフェがいかなるものかを探ってみる。
「へぇ、悪くないね。完成したら一緒に行ってあげてもいいよ」
「そうだな、一人で行くのはハードルが高そうだ。櫛田と一緒なら安心だな」
「素朴な疑問だけど……あんた猫にデレたりするの?」
「どうだろうな、実は触ったことがない」
映像でしか見たことがないものに心が動くかどうかなどわかりようがない。
だが、これで心が動くようなことがあればホワイトルームの改善策としてペットの飼育を提案するのもいいかもな。
「綾小路くんってちょいちょい世間離れしてるよね?実はどっかの御曹司で箱入り息子とか?」
「高円寺と一緒にはして欲しくないな」
箱入り息子か……ホワイトルームを箱とするならいい得て妙な表現ではある。あいつが代表であることも息子とかかっていて、皮肉が効いている。
「ま、でも猫もいいもんよ。抱きかかえてるだけで可愛い、可愛いって周りの馬鹿共は騒いでくれるし」
猫を被っている櫛田が猫を抱えるのは面白いな。猫を被った可愛さと抱えた猫の可愛さで、真っ黒な本心を挟み込むサンドイッチ状態。
「あんた今、猫を被ってる私が猫を抱えてるのは可笑しい、とか思ってないわよね?」
「……思ってないです」
ジト―とした目でこちらをにらみつける櫛田さん。
今の櫛田は猫を被ってはいないが、なんか機嫌の悪い猫みたいだな。
「特別に信じてあげる」
「ありがとうございます」
「周りの反応はともかく猫が可愛いのは本当だよ。なでると甘えてきたり、肉球もぷにぷにしてて気持ちよかったり……ほら、こんな感じ」
そういって猫の可愛い動画を見せてくる櫛田。
「なるほど。これは確かに可愛いな」
「でしょ。ほら、こんな感じでなでなですると気持ちよさそうにごろんとしちゃって」
櫛田もなでたら大人しくなるとかだったら簡単なのにな……。
「私をなでたいなら、ひとなで1万ポイントだよ?」
こちらの考えを読みつつ、からかってくる櫛田。
やられてばかりもなんなのでたまにはからかい返してみるか。
「本当か?ここに10万ポイントあるんだが、10なでしてもいいってことになるな」
「……べ、別にポイントがなくたって――」
「え?」
櫛田にしてはぼそぼそッと小さい声での反応。
「何でもないっ!やっぱりひとなで100万ポイントにするって言っただけ」
「そうか、じゃあたくさん稼がなくてはいけないな」
「そうよ。精々わたしのために身を粉にして働いてね」
そんな冗談を言い合いながら猫の動画を観て過ごす。
なるほど、確かにモフモフしたものをなでるのは気持ちよさそうだな。
明日の視察がますます楽しみになった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ほら見て綾小路くん、目がギョロッとしてて可愛いね」
「……ああ」
「あ、やっぱりひんやりしてるんだ。手触りもすべすべだよー」
「………ああ」
「え、抱っこしてもいいんですか。わあ、大人しいんですね。ほら、綾小路くんも」
「…………ああ」
そうして一之瀬が抱きかかえている動物を受け取る。
人を除いた生物との接触は、無人島での魚や昆虫をカウントしないのであれば、これが初。
まさか初めての接触が……イグアナになるとは思ってもみなかった。
「確かにひんやりすべすべだな」
「だよねー!」
テンションの高い一之瀬。楽しそうにはしゃいでいる。
こんな一面を見れるようになったのは、本当に良いことなのだろうが……モフモフは?
「その、一之瀬……どうしてイグアナなんだ?」
「ん?ネコとかウサギとかってこれまで触れ合う機会はあったと思うんだ。だから、これまで触れ合ったことのない動物の方がいいかなーって」
そう話す一之瀬は今度は大きな蛇を身体に這わせている。
……意外と似合うな。
動物カフェの中でも一之瀬が今回チョイスしたのは『爬虫類カフェ』というものらしく
今回特別棟に飼育員の方が、イグアナや蛇、トカゲにカメなどを連れてきている。
……モフモフは?
この場にはフワフワした存在など皆無だった。
変化球ではなくストレートを期待していた身からすると肩透かしを喰らってしまった感が否めない。
「この子も可愛いなぁ」
トカゲを掌にのせてニコニコする一之瀬。
「え?餌やりもできるんですか?ぜひお願いします」
そういって飼育員から渡された小松菜を持ってやってくる一之瀬。
「ほら、あーん」
オレの抱えているイグアナの口元にエサの小松菜を運ぶ一之瀬。
イグアナはパクっとかじる。
「綾小路くんも交代しよー」
一之瀬にイグアナを預け、オレも餌やりに挑戦する。
オレも一之瀬を真似て小松菜をイグアナの口元へ。
じっと見つめるイグアナ。
ちょっとした間が空く。
……食べてくれないのだろうか。
そう思い始めた時、パクっと口を開け小松菜をかじってくれた。
……確かにちょっと可愛いかもしれない。
「あっ、綾小路くん、ちょっと嬉しそうだね。ついてきてもらった甲斐があったよ」
「ああ。悪くないな」
モフモフでなくとも動物は動物。
未知との出会いであることに違いはない。
せっかくの機会だ、オレもじっくり観察させてもらおう。
そうして一之瀬と2人、爬虫類と触れ合って、あっという間に時間が過ぎていった。
「イグちゃん……」
別れの時間となり、名残惜しそうにイグアナを見つめる一之瀬。
「バイバイ」
飼育員の車に乗せられていく爬虫類たちに、手を振り、ほろりと涙を流す一之瀬。
余程気に入っていたんだろう。
「本格的に誘致すれば、また会えるだろ」
「……うん」
わかってはいても別れとは淋しいものなのだろう。
イグアナたちと楽しそうに触れ合っていた時とのギャップ……
しゅんとしている一之瀬に、これまで感じたことのない何かを感じ、気づけば頭をなでていた。
ああ、これがモフるという感覚か。
悪くないな。
「……えっとぉ、綾小路、くん?もう、私、大丈夫になった、よ?」
イグアナたちと違い、とても熱気を帯び始める一之瀬。
「あ、悪い。つい手触りが良くて……不快だったよな」
「いや、うん、嫌とかじゃないんだけどね。ただ、場所が場所だし、ちょっと恥ずかしかっただけだから……」
「今日はいい経験になった。ありがとう、一之瀬」
「そ、それは、どっちのことに関するお礼なのかな?」
「ん?」
「ううん、何でもない。こちらこそ視察に付き合ってくれてありがとう。これでまた目標に近づけそうだね!」
「ああ。あとは上手く学校を説得するだけだ」
少し先の未来、無事にオープンした爬虫類カフェに行くと、イグアナや蛇と戯れる美少女の姿を高確率で拝めると話題になり、大盛況となるのはまた別のお話。