生徒会室へと続く廊下。
オレは思いがけず、この男と出くわすこととなった。
だが、コイツがオレを放置しておくはずがない。いずれ何らかのアクションを起こすことも、それだけの力も持ち合わせていることもわかっていたこと。
お互いにお互いの事を見ているようで見ていない、そんな状況で沈黙が続く。
後ろにいる一之瀬たちも何事かと疑問に思い始めているだろう。
「先生、どうぞこちらの応接室でお待ちください。お約束通り、彼をお連れします、はい。」
男の背後から現れたのは、60代の男性……この学校の校長だったか。
滅多に見ることのない人物であるため、これといった印象はなかったが――今のやり取りだけでも校長はこの男の言いなりと見てよさそうだ。
生徒会室の隣は相談室だが、廊下を挟んで向かい側は応接室となっている。
本来なら、その応接室にこの男を通してオレを連れてくる算段だったのだろうが……間の悪いことに鉢合わせてしまったということか。
基本生徒会以外は余り立ち寄る場所じゃないからな。
「突然腹が痛くなってきた。悪いがみんなは先に相談室に入っていてくれ」
一之瀬たちにそう告げて、先に相談室に入ってもらう。
廊下には校長とオレが取り残された。
よし、ダッシュで逃げるか。あんな奴と話すことなど何もない。
「待ちたまえ。ここで帰ったら君は退学、私もクビが飛ぶ。頼むから、応接室でお父様と面会してくれ」
踵を返そうとしたところで、校長から必死の嘆願が飛んでくる。
「面会を断ればオレは退学ですか……」
「ああ、そうだ」
「そしてあなたはアイツの手によってクビになると」
「……ああ」
大の大人が、怯え大量の汗を流している。
政府肝入りの学校の校長を任される。それは大層、心地の良いポジションだったろう。
ただの学校では得られない優越感。
それに浸り続けた男が、そのポジションを剥奪される。
栄えある経歴に傷がつく。この手の人間はそれを許容はできない。
「考えが甘いんじゃないですか?クビで済めばいい方。アイツに恥をかかせたのだから、二度と表の世界で生きていけないよう手回しされるか、最悪家族ともども闇に葬られるでしょうね」
「そ、そんな……」
校長の顔に絶望が広がる。
半分は脅しであり、半分は忠告でもある。
アイツならやりかねない。それをどこまで防げるかはこの学校の力次第だが、クビになって出て行ったあとのことまで面倒はみてくれないだろう。
見せしめにはこれ以上ない存在となる。
これまでの反応から校長もあの男の素性はある程度把握しているのだろう。
そうでなくとも、外部との接触を一切禁じているこの学校に堂々とやって来れる、それだけで男の持つ絶大な権力を感じ取ったはずだ。
「オレは退学になるだけで人生までは終わらない。ですが、校長先生は……ご愁傷様です」
「ま、待ってくれ。君が面会してくれるだけでいいんだ。この通りだ」
「頭を下げられても困りますよ。オレはアイツとは話したくない。校長先生を助ける義理も特にない」
懸命に縋り付いてくる校長。顔から血の気が引いて、真っ青だ。
「そうですね……私も鬼ではありません。こちらのお願いを聞いてくださるのなら、考えないこともないですよ」
「な、なんだね」
「校長先生にとっては簡単な話です。この書類にサインをください」
そう言ってカバンから書類を取り出し、校長に渡す。
「……こ、これは」
「オレが今後の学生生活で、学校内外問わず、何かしらの商売をして利益を得ることへの許可書です。もちろん、学校の事情も理解しているつもりです。ここに記載しているように、表沙汰にはせずに、得た資金の使用についても制限はかけますよ。学校のバランスを壊すようなことはしません」
元々、なんやかんや理由をこじつけてお馴染みの茶柱先生を利用し、通そうと思っていた書類だが、思わぬ機会を得ることができた。
「わ、わかった。サインさせてもらう。だから頼む」
「ご理解いただけて幸いです。ただ、万が一反故になさった場合は……言うまでもありませんね?」
「も、もちろん、約束は守る、守らせていただきます」
そうして書類にサインする校長。
怯えて腰を低くしている校長だが、腹の内では大笑いしてこちらを罵倒しているだろう。
校長の算段では、オレは面会に行けばあの男の手で退学になる。
ならば、ここでどんな契約を結ぼうと、結んだ相手がいなくなるため問題ない。
「確かにいただきました。これでお互い幸せですね」
「ああ。では、さっそくだが……」
「ええ、約束ですからね」
そうしてオレは応接室のドアを開け、部屋に入る。
中には男が退屈そうな顔をしてソファに座り待ち構えていた。
「来たか、清隆」
「韻でも踏んでいるのか?」
「随分とふざけたことを言うようになったものだ。それがホワイトルームを抜け出してまで学びたかったことか?」
「案外悪いものでもない。外の世界は色んな人間がいることがわかった」
「くだらんな、底辺のモノたちから学ぶことなど無駄でしかない。それが理解できないお前ではないだろう」
全て自分の考えが正しく、その他は無価値と決めつけている。
だが、ここでオレが学んできたことは誰にも否定はできない、オレだけのモノ。
「しかし……医者の総回診の如く歩いてくるのがお前で、しかも侍らせていたのが全員女とはな。お前との間に戸籍以上の繋がりを感じたことなど一切なかったが、はじめて血は争えんと思わされた」
「今更、父親風を吹かせるつもりか?」
「そんなわけはないだろう。ただ、そんなに女が欲しいのであればいくらでも用意してやる。それで手打ちにしろ、清隆。ホワイトルームに戻ってこい」
「勘違いしているようだが、全員ただの友人だ」
「馬鹿を言うな。お前に友と呼べる人間ができるとは思えん。いや、たとえ、本当にあれが全員友人だとしたら……清隆、お前は修羅の道を進むことになる」
「まさか心配してくれるのか?」
「それこそまさかだろう。ホワイトルームの最高傑作が女の痴話喧嘩で刺されて死んだなんてことになったら、私の計画は終わる」
それはそれで面白い結末ではあるが。物理的に葬られることになるとは思えないが、オレの予想を越えてくるのであればそれはそれで楽しめる。
「あんたもくだらない冗談を言うようになったじゃないか」
「女は怖いぞ、清隆」
「それは理解できないこともない」
パッと思い浮かんだのは櫛田と軽井沢、そして堀北の顔だったことは本人たちには口が裂けても言えないな。
「その点に関してはホワイトルームのカリキュラムに改善の余地があると考えている。異性の扱い方を学ばせておくべきだ。そのせいでオレがどれだけ苦労しているか、アンタにわかるか?」
ホワイトルームで学んだ人心掌握術では対応できない、そんな可能性を感じさせる何かをここ最近は強く感じる。
茶柱先生たちのような大人とは違い、思春期の高校生、それも異性の行動ともなれば理解が及ばないことも多い。
「……無駄な問答だったな。ここに来た目的はひとつだ、退学届けにサインしろ。校長とはすでに話は済んでいる」
やはりあの校長は簡単にオレを売っていたか。
保身第一の姿勢。分かりやすい男ではある。
「オレが退学する理由はどこにもない」
「お前になくともこちらにはある」
男がこちらを鋭い眼差しで睨んでくる。
大抵の人間は、その視線に怯み、心を読まれているような錯覚に陥るかもしれないが、オレには関係のないことだ。
「すでにホワイトルームは再稼働している。今度こそ完璧な計画だ。これまでの遅れを取り戻す準備もある。時間は有限だと理解しているなら、お前の成長のためにはどこにいるのが一番か理解しているはずだ」
「それはそっちの都合だろう。たった三年間、息子が出て行ったからといって慌てるなんて、可愛いところもあったもんだな」
「やはり変わったな、清隆。このくだらない学校生活の影響か」
コイツがそう思うのも無理はない。だが、どこまで変わったかなど、コイツには永遠に理解できないのだろう。
「くだらないとアンタが切り捨ててきたもののおかげだな」
「それが良いかどうか判断するのは私だ」
「それは暴論だな。親だからと言って子供の生き方にケチをつけられても困る」
どこまでも自分中心の考え方。
コイツの事は、人として、親として、一生好きにはなれそうにない。
「無駄な抵抗は止せ。俺の命令は絶対だ」
「それはホワイトルームの中だけの話だ。いまはその命令に従う必要はない」
「詭弁だな。なら一つ忠告をしてやる。お前のせいで1人死んだぞ」
突然何を言い出すかと思えば、またつまらなそうな話だ。
「秘書の松雄を覚えているな?俺を裏切り、お前をこの学校に入れた男だ」
「そんな奴もいたな」
非情に面倒見がよく、愛想がいい、60歳前ぐらいの男。
中々子宝に恵まれず、40代でやっと授かった子供の出産で不幸にも妻を失った。
その息子はオレと同じ年齢だったようで、軟禁状態のようなオレの状況に特に同情したのかもしれない。この学校の存在を教えてくれて、入学の手続きを整えてくれた。
「松雄は当然クビにして、その後の再就職も悉く妨害してやった」
「雇用主に逆らったんだ、松雄もそのリスクは承知だったろう」
「それだけじゃない、その息子も、高校の合格を取り消しにし、どこにも入学できないよう手回しさせてもらった。親子そろってニート生活だ」
どこまでも陰湿なことをする男だ。
そんな暇があるならもっと生産的なことに時間を回した方がいいのではないだろうか。
「その結果どうなったと思う?松雄は『息子は許して欲しい』と焼身自殺した。お前を逃がしたばかりにこんなことになってしまったな」
「それで?」
下手人が何を言っているのか、といった話。
こんな話をする目的は、オレの良心の揺さぶり狙うことではない。
その気になれば手段は選ばないというメッセージ。
「お前を助けてくれた男が死んだというのに、まるで興味がなさそうだ。ひどいものだな」
「アンタが言うことが本当だとして、松雄の願いはオレがこの学校で多くの事を学ぶことだった。なおさら退学することはできないな」
「一体何がそこまでお前をこの学校に留める?」
男は心底理解できないといったような呆れた顔をする。
ホワイトルームで見てきたオレとは別人のように感じているのかもしれない。
「道徳面に目を瞑れば、ホワイトルームそのものを否定するつもりはない。だが、外の世界に出た結果、ひとつ大きく考えが変わった」
「……なんだ」
言ってみろ、と促す男。
「アンタの目的は政界へのカムバックだろ?ホワイトルームの目的の一つにそれもあるはずだ。ただ、正直オレは興味がなかった。日本や世界がどうなろうと知ったことではないからな。アンタが何が好きでそんなものにこだわるのかも理解できない。だが、ここでの学校生活を通して、人と関わり、誰かを救うために動くやつらを見て……なるほど、と思うこともあった」
「何が言いたい」
「ホワイトルームにいただけでは興味が沸かなかった政治の世界も、少しだけ前向きに考えてやってもいいと思えるようになった、ということだ」
「お前が心の底からそう思って発言しているのであれば、確かに悪くない変化だ。だが、簡単に信じることはできんな」
「なら、急ぎ連れ戻さずに、残り2年半ぐらい様子を見てみても良いだろう」
「確証のないことに費やすにしては長すぎる」
期待はしていなかったがコイツの説得は無理か。
ある程度食いつきそうな話題を提供してやったつもりだったんだがな。
さて、どうしたものか。このままでは話は平行線を辿る。
早くコウィケの準備にかかりたいところなのだが……。
「失礼します」
その時、応接室の扉が開く。
「お久しぶりです。綾小路先生」
「坂柳か。随分と懐かしい顔が現れたものだ」
「父からこの学校の理事長を引き継いでからもう8年ぐらいですか。早いものです」
予期せぬ来客に男の顔が険しくなる。
どうやら既知の間柄らしい。
それにしても坂柳か……。無関係ではないのだろうな。
葛城の肩に座る少女の姿が頭を過ぎる。……雑念が多い。
「君が清隆くんだね、初めまして。学校での活躍は耳にしているよ。君が来てくれたおかげで、ここ最近は有栖もご機嫌でね」
「そういうことですか。その、娘さんは中々お転婆が過ぎるような気もしますが……」
「最近は男子生徒を乗り物にしているとか。僕が子供の頃、よく抱えていたからね、それを思い出しているのかもしれないよ」
そう言って優しく微笑む理事長。
……もしやこの人親バカか?奇しくも目の前の男とは真逆だな。
「綾小路先生、話は校長から聞きました。なんでも清隆くんを退学にされたいとか?」
「その通りだ。親の私が言っているんだ。問題はないだろ」
「残念ながらこの学校では子供の自主性を尊重しています。本人の同意なしではいくら先生の頼みとは言え、聞けないこともあります」
親バカではあるものの、この理事長は頼りになりそうだ。
一切の物怖じがないことから、この学校はこの男の権力に対抗できる力があるのかもしれない。
そこからはオレの入学の裏話など問答が繰り返されたが、坂柳理事長は折れることはなかった。
「……そういうことならこちらも考えを変えるまでだ」
「あまり手荒な真似をされますと――」
「わかっている。何らかの圧力をかけるつもりはない。学校のルールを元に清隆が退学する分には問題が生まれるはずもない、そうだろ?」
「ええ。それは約束いたします」
「なら話は終わったようなものだ。これで失礼する」
そうして男は応接室から立ち去った。
「君も大変だね、何かと苦労するんじゃないかい」
「いえ、別に」
2人きりになったことで理事長が少し気を緩めた様子で話しかけてくる。
「君のことは小さい頃から知っているんだよ。ガラス越しに君の活躍は見学させてもらっていた。この学校でも生徒会で活躍していると聞いて嬉しく思うよ」
「生徒会に入ったのはたまたまですがね」
「それでも君のような生徒が前に立つことで、他の生徒にはいい刺激になっているように思う。有栖がいい例だよ。この学校にはそんなに興味を持っていなかったのにね」
「それが良いことなのかは一考の余地はありそうですが……」
「ははは、手厳しいね。ただ、清隆くんには何も心配することなく、この調子でたくさんのことを学んで欲しいと思う」
「ええ。この学校の仕組みは気に入ってきたところです」
「それは良かった。ただ、僕は学校の責任者としてルールの中で生徒を守る。その意味はわかるね?」
「もちろんです。これから先あの男の取る戦略は大体わかりますから」
学校のルール内でオレを退学にさせる方法は限られている。オレはそれに向けて対策をしておけばいいだけの話。
「それでは失礼します」
応接室を出ると、息を切らして汗だくになっている茶柱先生と出くわす。
相当動き回ったのか、肩で息をしながら前かがみでゼェゼェと呼吸を整えている。
その状態で、前かがみになると教育上よろしくないと思うのはオレだけだろうか。
オレが生徒会ではなく風紀委員会だったら最優先で取り締まっていただろうな。
「さ、探したぞ、綾小路ぃ……校長から応接室に連れてくるように頼まれていたのだが、お前は一体どこに……まさか」
「お察しの通り、すでにその用件でしたら済ませてきたところです。お疲れ様でした、茶柱先生」
「……帰る」
徒労に終わったことを察した茶柱先生が、もう知らんと帰宅を宣言する。
校長はあの後、首の皮一枚繋がったことに歓喜して、茶柱先生へ用件が完了した旨を伝え忘れたのだろう。
だが、ここで会えたのは手間が省けていい。
「まあ待ってください。茶柱先生、せっかくここでお会いできたんです。少し有益な話をしましょう」
「有益な話?」
「ええ。Aクラスになるために必要な話です」
「ほぅ。歩き回った甲斐はあったか」
疲労困憊だった表情に生気が戻ってくる。
この人もこの人でわかりやすいな。
「ご覧の通り校長から許可を貰えたので、これから先生にはチャバンクとして活躍していただきます」
「なんだって?」
思わず心の呼び方が出てきてしまう。
最近、この人相手に遠慮しなくなってきてしまったように思う。
「間違えました、茶柱先生には銀行役として活躍して頂こうと思います」
「お前の言うことはいつも突拍子もないな……さすがに慣れてきたぞ」
「それだけAクラスへの心構えができてきたってことですね」
これからの労働を考えるとおだてるだけおだてておいて損はない。
チャバンクの活躍次第で、24億ポイントの実現性が変わってくるからな。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
学校の敷地を出て急ぎ電話をかける。
清隆の変化にこちらも対応する必要があるだろう。
「月城か。来年送り込む生徒の条件に、少し注文をつけたい」
『ええ、構いませんよ。それでどんな子をご所望ですか』
「ロングヘアーで、巨乳の、活発さがありながら知性も感じさせるような女だ」
『なかなか難しいご注文ですね。しかしまたどうされたんですか?』
「今日清隆に会ったが一番近くにいた女の特徴だ。恐らくあれが清隆の好みなんだろう」
『ご子息も隅に置けませんね』
「そうであれば話は簡単なんだがな。あれが恋愛感情で動くとは思えん。……思えんのだが、俺の知る清隆はもういないものと考えた方がいいかもな」
『……保険といったところですか。いずれにせよ、懐に入りやすい特徴がそれであれば私も精一杯候補を探してきますよ』
そういって月城との通話を終える。信用はできないが、依頼は確実にこなす男。
来年のこの学校の入試までに清隆の好みの女を見つけてきてくれるだろう。
アイツがあんなことを言うようになるとは……全く、教育とはまるでわからんものだ。
世の中の親はどうやって子供を躾けているのだろうか。
反抗期を迎えた息子に対し、今更になって少しだけ考えさせられることになるとは思いもよらなかった。
「カリキュラムに異性の扱い方を組み込むか……」
疲れていたのだろう、帰りの車の中でそんな馬鹿馬鹿しいことを呟いてしまった。
アニメ一期と二期で応接室の場所違うんじゃないか問題。
DVD、BDの特典でついてくる美術設定集。
一期では、生徒会室に続く廊下に応接室もあると記載され、反対側にそれっぽいドアまで描いてあるのに、なぜか二期の設定資料の応接室では廊下の反対側にあった生徒会室の扉が消えていて……扉も違う。
単純に応接室が2か所あるのか、改装工事の時に変わったのか……。
よくわからなかったので、今回は一期の設定資料に準じた場所に配置しています。