コウィケの相談のため、生徒会相談室に今日はたくさんの来客が……っていくらなんでも多すぎじゃないかな。
でも、この場にいるのは生徒会役員は私だけ。
綾小路くんに代わってここを取りまとめなくてはいけない。
ただ、Bクラスのリーダーを任されている身でも、このメンバーをまとめることが容易でないことは一目瞭然……。
心なしか以前と比べ私への視線に鋭さがある人が数名いるし……もしかすると、この前の噂が尾を引いてるのかも。
Bクラスのみんなにはわかってもらえたけど、他クラスともなるとそうはいかない。
でも、そんなことで落ち込んではいられない。そういう人たちにも認めてもらえるように、私は未来へ進んで頑張るだけだ。
「よし!みんな、話を聞くよ。合流した順番ってことでまずは茶道部のみなさんから」
「その……一之瀬スポンサーのお気持ちはありがたいのですが、生徒会というより清隆くんに相談がありまして……」
「……それは仕方ないね。じゃあ、き、清隆くんが来るまで待とう」
いきなり空振り。こんなこともあるよね。
「次は、佐倉さんたちだったけど――」
「うん、私たちもきよぽん待ちだから、飛ばして大丈夫」
「そうだよね、バンドの話だし。じゃあ、き、きよ、きよぽんくん待ちで」
綾小路くん、親しい人にはきよぽんって呼ばれてるんだ……。
きよぽん、きよぽん、きよ……ううん、私にはまだ少しハードルが高いかも。
「次は櫛田さんと軽井沢さんだったね!」
やっとまともに話が進みそう。
2人ともしっかり意見を言うタイプだし、実行委員を手伝いたいって話だったから、私でも対応できる。
「一之瀬さんゴメンね、私のことは気にせずに他の人を優先してあげて欲しいな」
「私もパスでー」
「えぇっ!?」
結局、残った堀北さんにお兄さんの写真集を出すことはできない旨を説明するだけの時間に……。
その堀北さんも「わかったわ」と納得した後はすぐ帰ってしまったので、相談室が何とも言えない空気になってしまう。
これからコウィケを盛り上げようっていうのに、これだけの人数で手こずる様じゃ綾小路くんに顔向けできない。
うん、と気合を入れなおしてみんなへ向き合う。
こういう時は共通の話題で話を膨らませるに限る。
ここにいるメンバーの共通の話題、話題、わだ……。
そんなものあるかな?
そもそも、真鍋さんたちCクラスのメンバーや長谷部さんとは特別試験以外では碌に話したこともない。ちょ、ちょっと困ったな……。
うーん、と頭を回転させて、みんなの共通点を探す。
すると、あっさり一つの答えが浮かんでくる。
なんだ、深く考える必要なんてなかったんだ。
みんなの目的とも合致するし、私もこの話題なら結構話せる自信もある。
「じゃあまだ時間もありそうだし、みんなで綾小路くんの話でもしようか!」
私からの何気ない提案が、爆弾の導火線に火をつける発言だったことをこの時は知る由もなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
茶柱先生との打ち合わせも完了し、やっとコウィケの話に戻れるなと、相談室のドアに手をかけた時だった。
何やら、中が騒がしいことに気づく。
『きよぽんはね、勉強を教えてくれる時、ずっと横にいてくれるんだよねー』
『うん、問題解けたら、す、すごい褒めてくれるし……』
『すごいのはみんなわかってんじゃん。清隆ってさ、意外とドジなところもあんのよ、知ってた?』
『それなら、みんなは綾小路くんの好きな食べ物は知ってるよね?え、知らないんだー、へえ』
『食べることより、清隆くんは読書の方がお好きかと。好きな作家さんについて皆さんはご存じでしょうか?』
『ち、違います!王子が好きなのは、平田王子だけですっ!!!』
『みんな落ち着いて!わ、私だって綾小路くんのピアノの腕とか頼りになるところとか、たくさん知ってるんだから……あれ?』
……これ、入って大丈夫か?
正直、先ほどあの男の待つ応接室に入っていった時の方がまだ気が楽だった。
何がどうなってこうなったのか……。この中に入ったら、無事では済まないかもしれない。
あの男と対峙した時には一滴の汗すらかかなかったオレだったが、今は背中にじわりと気色の悪い感覚が広がっていくのを感じていた。
本当に腹痛になってもおかしくないな。
あ、やっぱり痛むぞ、これは保健室に向かわなくてはいけないな。よし。
そうして相談室から離れようとした時だった。
「あなた、ドアの前に突っ立ってどうしたのかしら?早く入って頂戴。私が入れないじゃない」
なぜか外にいた堀北から声を掛けられる。
「堀北、どうしてここに?」
「不思議なことは何もないわ。兄さんの写真集を販売するために一之瀬さんを説得する材料を集めてきたの。ほら、こんなに署名が集まったわ」
そうして見せてきた署名は4名分。
『堀北(妹)』『橘』『桐山』『南雲』
これ、ちょっと隣の生徒会室寄って戻ってきただけだろ。
橘は今日は普通に生徒会室に顔を出していたのか、もしくは署名のために呼び出されたのか……。
いや、そんなことはどうでもいい。
堀北をどうにかしてオレは退散しなくてはいけない。
「あっ、あんなところに野生の学が」
「馬鹿ね、綾小路くん。学さんは堀北の姓のもとでしっかりと生きているわ。野生なわけがないでしょう」
「じゃあ、堀北さんところの学さんが歩いてるぞ」
「どこかしらっ!」
振り向く堀北。
逃げるなら今だ。
さっと走りだそうとしたところで、手首を掴まれる。
「どこにもいないじゃない?騙したのだとしたら、わかっているでしょうね」
オレを捕まえた堀北の瞬発力に少し驚く。
この能力をもっとクラスのために役立たせるべきではないか。
「あー。アレだ、オレもお前の兄貴とは久しく会ってなかったからな。恋しくて幻覚が見えたのかもしれない」
「それなら仕方がないわね。私も似たような症状に覚えがあるわ」
覚えがあるのか……。
「綾小路くんも兄さんの魅力がわかってきたわね。それなら早く相談室に入って用件を済ませてしまいましょう」
そう言ってオレの手を掴んだまま部屋に入る堀北。
議論が過熱していたところに、堀北妹と手を繋いだような状態で入ってくる当事者。
飛んで火に入る何とやら。当然、注目を集める。
部屋が一瞬で静まり返った。
「一之瀬さん、先ほどの話の続きなのだけれど……」
「き、きよぽん。堀北さんとは何ともないって話だったよね?」
「綾小路くん、どういうことかな?やっぱり堀北さんを選ぶってことでいいの?」
堀北の発言を遮り、直ぐ反応したのは波瑠加と櫛田。
ひよりは本で口元を隠しながら目で何かを訴えてくる。
軽井沢はジトっとした目でこちらを観察し、愛里はあわあわしていて、一之瀬はフリーズしているな。
諸藤はわなわな、といった表現が適切か。それを真鍋たちが抑制している。
朝比奈とみーちゃんはあちゃーっといった表情で天を仰ぎ手で額を押さえている。
「ご覧の通り、何ともないぞ」
「ええ。私たちはただの(堀北学に)魅了された者、同志よ」
「「「「「魅了されたもの同士!?」」」」」
かつてないほどのビリビリした空気に包まれる室内。
ああ。これがあの男の言っていた修羅の道なのか……。
なるほどな。
「誤解だと主張させていただきたいのだが……」
「音声は録音済みだよ?どういうことかな、綾小路くん」
「や、やっぱり、堀北さんみたいな人が、タイプ……ってこと?」
「嘘でしょ、清隆。私、認めないから」
「堀北さんは友だち、友だち、友だち、ともだち、ともだち、友断ち……」
「解釈違いです!!!!」
「り、リカー」
この日は結局、誤解を解くのに力を注ぐこととなり、コウィケの話などできるはずもなかった。違った、堀北兄の写真集販売は断固拒否させてもらったので、一歩は進んだな……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そんなことはあったものの、誤解が解けてからは順調に準備は進んでいった。
ステージでの出し物の決定や出品物も出そろい、あとは各々の当日へ向けて準備をする。生徒会のオレと一之瀬、実行委員会は、会場の設営周りや出店スペースの振り分け、当日の役割分担など事務作業が残ってはいるものの、櫛田や軽井沢も加わり、比較的余裕ができていた。
バンドの方も、オレは元々ピアノが弾けるため、あとは残りの4人の練習に付き合う形となった。初めはぎこちなかった演奏も、だいぶ形になりはじめる。
そうして明日は2学期の終業式。
休みに入ったら本格的にコウィケに取り掛かるぞ、と各自やる気に満ち溢れていた。
出店しない生徒も、ステージイベントや出品物を楽しみにしているようで、学校中がその話題で持ちきりとなる。
そんな中、学校から1、2年の全生徒へ一斉メールが届いた。
一斉メールと言えば、船上での干支試験の記憶が呼び起こされ
このタイミングでまさかの特別試験か、と慌てる一同。
急ぎ、そのメールを確認する。
タイトルは
『生徒会企画~リアルケイドロ~開催のお知らせ』
特別試験ではなく、生徒会主催のイベントとのこと。
趣旨としてはクリスマス前に生徒会からのプレゼントだそうだ。
南雲たちがここ最近忙しそうにしていたのはこのため。
恐らくだが、南雲の言っていた真の実力主義の学校に変えていく活動の一環だろう。
その根拠に、このイベントでの活躍次第では大量のプライベートポイントを入手できるようになっている。
生徒会でも特別試験を根本から変えていくのは限界がある。
しかし、学生主体のイベントであれば融通は利く。
肝心の資金は学校と交渉し、いくらかは援助があったと見るべきだろう。
不足分は参加費を徴収することで補っているようだ。
自由参加だが、参加料は1万ポイント必要となる。
その分リターンは大きいようだが……。
イベントの概要はこんな感じだ。
基本ルールはイベント名の通り、ケイドロ(ドロケイ)をベースに作られており、そこに宝探しのエッセンスが追加されている。
参加者の携帯で各地に配置されたお宝のQRコードを読み込むことで、盗んでいくというもの。
①参加者は泥棒となり、学校、一部の生活区域を含めたフィールドの各所に隠されたお宝を盗み出すことができる
※お宝の場所は泥棒の持つ携帯端末のマップに表示される
②盗んだお宝の価値によって、個人にプライベートポイントが支給される
※1個のお宝につき盗めるのは最初の1人のみ
③ポイントの支給は終了時間まで逃げ切った場合に限る
④フィールドには警察が徘徊しており、タッチされることで泥棒を捕まえることができる。捕まった場合は牢屋(本校第一体育館)に投獄されることとなる
⑤泥棒が牢屋で終了時間を迎えた場合は、その分の入手していたポイントは警察側で山分けとなる
⑥牢屋に入った泥棒は、捕まっていない泥棒がミッションクリアで手に入る牢屋の鍵を入手し、扉を開けることで解放される
⑦解放された泥棒がイベントで所持していたポイントは3分の1になり、その後、牢屋の解放者には捕まっていた泥棒の所持ポイントの総額の3分の1が加算される
※例 30万ポイントを持っていた泥棒3名を解放した場合、解放された泥棒の所持ポイントは30万→10万になり、3人の合計30万の3分の1で解放者には10万ポイントが加算される
⑧お宝を盗む以外にも、各地でミッションが発生し、それをクリアすることでアイテムやポイントをゲットできる
⑨1人でいくつものお宝を盗むことは可能だが、盗んだもの数が増えるごとにペナルティが発生する ※例 5つ以上盗んだ泥棒は10分ごとに現在地が表示される、など
大まかなルールは以上となる。
時間は、明日の終業式後、13時から16時までの3時間。
参加者は終業式までにこのメールに返信する必要がある。
注目すべきは、総額で2,000万ポイント分お宝が配置されているという点。
1、2年生限定のイベントであるため、総人数からするとリターンが大きそうだ。
肝心の警察側だが、すでに決定されており、1年Dクラス(龍園クラス)と2年Dクラスが担当するという。
警察側はポイント獲得の可能性が泥棒側より高く、一攫千金とはいかないが、手堅くポイントを増やせる。
これは、下位クラスからの下克上を支援する、という建前だろうな。
これで確信したが、ペーパーシャッフルで龍園クラスから退学者が出なかった理由は、南雲による資金援助があったからだろう。その対価として、忠誠を誓わされているといったところ。今回、龍園クラスが警察側であることはそういうことだ。
「なんか面白そうなイベントだね、清隆くん」
「そうだな」
イベントメールを確認した愛里が話しかけてきた。
順次、綾小路グループがオレの机の周りに集まってくる。
「これも清隆たちが作ったのか?」
「いや、今回はノータッチだな。2年の先輩方の企画だ」
「となると、参加はできるんだな?」
「ああ。むしろ会長からは参加者側として盛り上げるように言われている」
オレと一之瀬は事前に南雲たちから知らされていた。
2年生徒会役員は運営に回るが、1年の役員は参加者としてイベントを内側から盛り上げるようにとのお達しだった。要は、強制参加命令だ。
「じゃあみんなで参加しちゃおうか。協力してさ、あとでポイント分配するとか!」
「悪くないな。バンドの練習はイベント後でも出来るし、たまには息抜きも欲しいしな」
「俺もそれで構わない」
「楽しみだね、清隆くん」
「ああ」
「頑張って一攫千金狙っちゃう?」
ウキウキで話す一同だったが、これは南雲が作ったゲーム。
つまりどうあがいても南雲が得をする仕組みになっている。
2年生は所持ポイントが一定値を超過した場合は、南雲に献上しなくてはならないからな。龍園クラスが勝っても同様だろう。
泥棒側の1年が大勝しなくては、南雲の思い通りになってしまうということ。
さて、どうするか。
わざわざ時間をかけてこのイベントを準備した南雲の狙いはどこにあるのか。
そしてそれを阻む必要性はあるのか。
大量のポイント獲得チャンスはこちらとしても願ったり叶ったり。
少しだけ南雲のお遊びに付き合うのも悪くないかもしれない。
「何か作戦立てておく?参謀のゆきむーさん」
「そうだな……このイベント単純なようで奥が深い」
「例えば?」
「警察側は盗みを働いていない泥棒を捕まえてもあまり意味がないこと、とかな」
「どういうこと?」
言葉の意味がさっぱりといった様子の波瑠加。
啓誠もそれはわかっており気にせず補足する。
「極端な話、誰も盗んでいない状態で全員捕まえてしまったら、誰もポイントが手に入らないで終わってしまうってことだな。それを防ぐために、盗んだヤツを確実に捕まえたいはず」
「なるほどな。盗んだヤツが誰かわからないうちは無闇に捕まえてくることはなさそうってことか」
「だが、それは警察側もわかっているだろうから、宝の前で張り込むとか、母数を減らすためにある程度は盗んでいない生徒を捕まえるかもしれない」
「そういうこと……」
「そうなったとき、狙われるのは運動ができる奴だろうな。俺みたいなのはいつでも捕まえられるから泳がせておいた方がいい。逆に明人や清隆は真っ先に狙われてもおかしくないってことだ」
「わぁ、それは大変だ。清隆くん、明人くん、大丈夫?」
心配してくれる愛里。
だが、それに関してはいくらでもやりようはある。
「それを見越して、お宝をゲットする人間を絞っておくことが重要かもな」
「そうだな、例えば明人が捕まってもお宝を持っていなければ、こちらもポイントは失わない」
「うーん、結局誰が持っているのが一番いいってこと?」
「それを考えるのが作戦なんだろ」
啓誠の言う通りで、単純に盗んでいけば良いというわけでもない。
盗めばそれだけ狙われやすくなる。分散するか、一括するか。
盗んだ数に応じて何かしらのペナルティも発生することから、1人に任せすぎるのも考えものだ。
「ミッションとかも気になるよね」
「そうだな…ただ、理想は潜伏かもしれない。見つからないようにお宝に近づき、こっそり盗んでいく」
「まぁ俺たち泥棒だからな、そりゃ警察の前で堂々と盗むのもおかしな話だ」
「さすが、みやっち!わかりやすい」
「オレも基本的にはそれでいいんじゃないかと思う。警察にバレないに越したことはない」
「そっか。ミッションは目立っちゃいそうだもんね……」
そう、基本的に体力の問題もあり逃げ続けるのは難しい。見つからずに済むのであればそれが一番だ。ミッションも内容次第だが、無理に参加する必要はない。
「そしてある程度稼いだら、身を隠す安全地帯を探すのも大事だな。残り時間次第では、誰かが囮になって他を逃がすとか……ただ、ペナルティの内容が不明である以上、状況判断がカギになる」
啓誠はそう分析する。問題は隠れるのに適した場所があるのか、というところか。
5人で行動するならなおさらだ。
「これ、思った以上に難しそう……」
「ま、あの会長が準備したんだろ、それぐらい捻くれたものを用意しそうだよな」
「明人、よくわかってるな。南雲はそういう男だ」
「部活でああいう先輩ひとりはいるよな」
ニヤッと笑う明人。
南雲の意地悪さを見抜くとは、なかなか見る目がある。
だが、南雲みたいな生徒が部活ごとに一人ずついたら、単純に嫌だな。
「とりあえず、明日に向けて軽く下見するぐらいはやってて損はないと思う。見晴らしがいい場所とか、囲まれにくい場所とか、把握しておきたい」
「いいね、ゆきむー!さすが参謀」
「まあ、本番じゃ文字通り足を引っ張る可能性が高いからな。作戦ぐらいでは貢献しておきたい」
「ポイントも大事だけど、私は、みんなで楽しめればそれでいいかなって。誰が退学になるわけでもないし」
「そうね。確かに、楽しむのが大事だー。綾小路グループで楽しみながら一攫千金!ガンバロー」
「おう」「うんっ」「ああ」「だな」
「全然統一感がない返事~ま、悪くないけど」
それぞれの波瑠加の声に賛同したものの、誰一人言葉が被らないのはこのグループらしい気がした。
果たして明日はどんな結果になるのか。
友だちとイベントで遊ぶというのは楽しみな予定だな。
作戦を考える啓誠たちとフィールドの下見をしながらそんなことを考えていた。