「ど、どういうことだ」
「悪いな、健。こうなることは決まってたんだ」
頭を切り替えて、現状を整理すると答えは一つしかない。
「……単純な話よ。彼がさっき手に入れたのは変装のカード。すぐに使用して警察になったんだわ」
「でも、警察は動けねえんだよな?」
橋本くんが指摘する。突然の出来事に少なからず動揺している様子。
「いや、ルールではミッション終了時にその場にいた警察が動けないだけ。そしてミッションエリアに他の警察は近づけないわけだけど……」
「神室さんの言うとおりね。でも、ミッション終了後、泥棒だった者が警察になった場合、その限りじゃない。まさか山内君がそんなことをするとは微塵も思っていなかったけれど」
ルールの穴をついた作戦。こんなこと、彼にできるのかしら。
そうして再度山内君の方を見る。
本当に愉快そうな顔でニヤニヤしているのが腹立たしいわね。
「いやあ、流石は優等生の集まりだな。おっしゃる通り、俺はいま警察ってわけ。つーことで、堀北も大人しく捕まってくんね?」
「馬鹿は顔とテスト結果だけにしなさい」
「ひでえーこというなぁ。でもよ、そんな余裕あるのか?いま、ミッション終了後何分だっけ?」
このやり取りを見ていた諸藤さんは、状況についていけていないのかオドオドしている。でも、金田君と伊吹さんは違った。
山内君の言葉に合わせて、動けるようになった金田君が教室後方の扉を塞ぐ。
そして、山内君は教室の前方の扉へ。
まさに袋小路ってわけね。
どういった経緯かわからないけど、少なくともこの3人は繋がっていた。
「やっとアンタを倒せるわね、堀北」
じりじりと伊吹さんが詰め寄ってくる。
諦めるつもりはないけれど、狭い教室では逃げ場も少ない。
「ちょっと待てよ、お前たちがやり合うのは自由だが、俺らは体育館の牢屋に移動しなきゃなんねーんだ。ちょっとどいてくれ」
「アンタが捕まえたんでしょ、無責任なことすんじゃないわよ」
「もはや囚われの身なれば、貴様らを葬り消えるのも悪くはない」
橋本くんたちが前方扉の前に移動し、大声で山内君に抗議する。
調子に乗っていた山内君だけど、別に真の実力を隠していた最強のエージェントってわけではない。Aクラスを代表するような彼らから責められれば、当然、たじろぐ。
「しゃ、しゃーねーな。ほら、早く通れよ」
山内君が扉をから離れた瞬間、神室さんが扉を開け、橋本くんと鬼頭くんが山内君の進路を遮るように止まる。
「お、おい」
その意を汲み取った私は前方扉へ駆け出す。
「させないわよ」
伊吹さんが私を捕らえようと動く。
「おっと、すまねえ、足がもつれちまった」
「ちょっ、邪魔すんな」
須藤くんが上手く間に入ってくれる。
その隙に教室の扉の前にたどり着いた。
「助かったわ」
「気にすんな。代わりにうちの姫さんのこと頼んだぜ」
橋本くんから謎の依頼。
でも廊下を出ると状況を把握する。
「すみませんが堀北さん、私を抱えて逃げていただけませんか?」
教室の出口でしゃがんでいた坂柳さんを発見した。
「……いいわ。借りっぱなしは性に合わないもの。ただ、葛城くんのような乗り心地は期待しないで欲しいわね」
「ふふふ、構いません。あれ以上の乗り心地を実現できるとすれば、この学校でも一人ぐらいでしょうからね」
そんなことを言う坂柳さんを背負って、廊下を走り抜ける。
このぐらいの重さであれば、少しの時間なら体力も持ちそう。
「逃がすかよ、ってわぁぁあああぁ」
「ば、ばか。何すんの」「ぎゃふっ」
「いてててて、誰だこんなところに雑巾置いたヤツ」
勢いよく雑巾を踏んで、滑って転んだ山内君に他の2人が巻き込まれていた。
おかげで逃げ切るだけの時間は稼げそう。
「これで少しすっきりしましたね」
「さっき橋本くんたちの連携はあなたの指示?」
「ええ。色々ありまして、近くにいた3人の様子を伺いに来たのですが、何やら物騒な話が聞こえてきましたので、教室の外からこっそり指示を出させていただきました」
「その様子だと葛城くんはもう……」
「勝負の世界ですから、そういうこともあります。ただ、このままで終わるつもりはございません。そこで提案ですが、よろしければ、一時共闘いたしませんか?」
葛城くんがやられて、近くにいた側近のクラスメイトを頼りに来たら、まさかの全滅。
坂柳さんも当てが外れたに違いない。
それでも諦めなかった坂柳さんは、私を生かすことでこの状況を作り出した。
「その提案乗るわ。このままこんなことをした奴らの思い通りになるのは面白くないものね」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
先にお宝を探していた2年生が急に反転し、近くに寄ってきていた波瑠加、明人をタッチする。二人の腕時計が赤く光る。
「な、何が起こった?」
その状況を少し後ろから見ていた啓誠が慌てて逃げようと踵を返すが、時すでに遅し、あっという間に捕らわれた。
「愛里、きよぽん、逃げて―!!」
愛里を引っ張っておいたことで俺たちと2年生との距離はそれなりにある。
「で、でも……」
突然の惨劇に足が震えて動けない様子の愛里。その間にも2年生は迫ってくる。
「悪いな、愛里」
「わわわっ」
こんなところで100万ポイントを失うわけにはいかないため愛里をお姫様抱っこして走り出す。
愛里も努力の結果、出会った頃よりも何倍も速く走れるようになっていた。
ただ、相手が上級生の男子であれば敵うはずもない。
結果、このスタイルでの逃亡は一番効率がいいな。
「清隆くん、一体何が起きたんだろう……泥棒の人が泥棒を捕まえるなんて」
追っ手を引きはがし、徐々に落ち着きを取り戻してきた愛里が、一番気になっているであろう疑問を口にする。
「愛里はなぜさっきの奴らを泥棒だと思ったんだ?」
「それは、警察の制服を着てなかった…から」
「そうだな、そこがミスリードだった。顔を見るまでオレも気づかなかったが、あれは2年Dクラスの生徒たちだった」
「えっ?そんなこと――」
「指定の制服以外で参加したらもちろん失格だろうな。ただ、そういった仕様を変更する方法があったんだ」
「……本当の警察に人に怒られたとか?」
急に現実的な話を持ち込む愛里。間違いではないがここでは間違いだ。
「それなら全員着替えるだろうからな。……オレはアイテムカードの効果だと踏んでいる」
「でもそれって泥棒側が使うものだよね」
「泥棒側に専用のアイテムカードがあるなら、警察側にあってもおかしくない。恐らく、意図的に伏せられていた情報だ」
「そ、それって大変なことだよ、ど、どうしよう」
「すまないが、携帯を使ってクラスのチャットに今の情報を流して欲しい」
「うん、任せて」
警察が未知の力を使ってくる。中々厄介だ。こうなってくると、警察の位置を確認できる偵察や警察に情報がバレない潜伏のカードが欲しくなってくるな。
今頃、多くの泥棒が捕まり始めているかもしれない。
「あ、堀北さんからも情報が来たよ!えっ!?」
「どうしたんだ?」
「その……山内君と戸塚くんが変装のカードを使用して裏切ったんだって。2人も警察の格好じゃないから注意するようにって」
「なるほど……」
事態が飲み込めてきた。
泥棒に扮した警察、泥棒の中の裏切り者、協力しなければ高レアリティのお宝をゲットできない仕様、お宝を守る2年生……。
「私たちこれからどうしよう?」
「どうしようも何も、やることは変わらない。予定通りミッションでアイテムカードを入手する」
今のところ南雲はルール内でできることをしている。
というより、これだけの規模のイベントだ。何でもありにしてしまえば企画の許可は下りないだろう。
今後のことも考えるとそれではマイナスだ。つまり、あくまでもルールの中での戦い。
ルールをどう解釈するかで、明暗が分かれるようになっている。
正直ここまではポイントがもらえるだけのレクリエーション感が否めなかったが、少し面白くなってきたな。
「あ、あの清隆くん、もう大丈夫だよ?」
「悪い、降ろすタイミングを失っていた」
このままの方が生存確率は高そうだが、本人からの要望であれば仕方ない。
愛里を地面に降ろし、携帯を確認する。
いくつかチャットを送り、目的地を探す。
ここから近い、ミッション開催地は――1年学生寮前か。
愛里と二人この場所を目指すことにする。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「クク、わざわざ雑魚どもを裏切らせるなんて粋な真似をするじゃねえか」
「イベントには盛り上がる演出が必要だからな、ヒール役はいるだろ」
俺はこのイベント開催を理想の形で終えるにあたり、いくつか戦略を打っている。
これもその一環、事前に裏切りを苦にしない奴らを勧誘しておいた。
戸塚は復讐心を煽ってやっただけ、山内には上手くやったら女をあてがってやる約束など、目の前の男と違い、この手の人間は簡単にコントロールできてラクだ。
「でもいいのか?一部、ミッションであからさまに勝っちまってる野郎がいる。どんなお人よし集団でも不正に気付くぜ」
「言ってる意味が分かんねーな。不正なんてないだろ。事前にミッション情報がたまたま一部の生徒に流出してしまった不手際があっただけだ。あとで担当した殿河を注意しとかないとな」
鈴音の絵がゴミみたいなできだったからな、仕込みの山内が露骨になっちまった。
本来なら、もっと自然に勝てたはず。堀北先輩の妹だからと言って完璧ってわけじゃねえな。
ま、そんなトラブルもイベントを盛り上げるスパイスさ。
「クク、建前は大事か。だが、よかったな、アンタの狙い通りになってるみたいだぜ」
「何のことだか。お前にはお前の仕事がある。メリットのある提案にしてやったんだ。そっちに集中しろ」
龍園は常にこちらの寝首を掻こうとしている。
俺にとってただの駒であるコイツに、余計な情報を与える必要はない。
「そうさせてもらうぜ。邪魔したな」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
愛里と2人、学生寮の前に到着する。
ここはある程度の広さがあるのだが、その地面に縦横10mぐらいの正方形のコートのようなものが作られていた。
すでに参加希望者が何人か到着している様子。
「あそこにミッション内容が記載されているみたいだよ」
「そうみたいだな、確認しよう」
受付なのか、仮設テントが設けられており、そこにルールが貼ってあった。
『サバイバルドッチボール』
参加人数最大20名。
制限時間5分間、コート内の内野(泥棒)は、外野(警察)から投げられるボールをキャッチするか、回避し続けて、生き残れ。
※キャッチしたボールはすみやかに外に戻すこと
ボールは複数用意してあり、その中の逮捕ボールに当たってアウトになった生徒は、その場で逮捕扱いとなる。
通常のボールに当たってアウトになった場合は、このミッションから失格になるのみ。
その他は通常のドッチボールのルールに準ずる。
5分間生き延びた生徒には、ランダムでアイテムカードを配布。
「うーん……難しそう、だね」
「だが、これなら一緒に参加でき、愛里を守ることもできる」
「……え、うん、そ、そ、そ、そ、そ、そうだよね。清隆くんがいるから安心だ」
急にあたふたする愛里。
口では安心と言っているが、一方的に攻撃され続けるミッションに不安があるのかもしれないな。
「おっ、綾小路じゃん!」
ふと声を掛けられてので振り返ると、そこには渡辺、網倉、小橋の姿があった。
「綾小路くんたちも参加?お互い頑張ろうね」
「ああ。よろしくな」
「このミッションならワンチャン勝てそうだからな、俺達も頑張るぜ」
「このミッションなら?」
「えーとね、噂なんだけど、図書館のミッションが難しいらしくて、結構な人がそこで逮捕になっちゃってるんだって」
オレの疑問に対して小橋が補足してくれる。
図書館と言えば、ひよりがいそうだが……まさかな。
時間があれば覗いてみたいが、難しいか。
「でもよ、せっかく勝っても変装のカードとかだと最悪だよな」
「だよねー」
「そうなのか?」
何も知らないフリをして聞いてみる。
「そりゃな。いま、泥棒側は裏切りが何人か出てきたらしくって疑心暗鬼状態だぜ。仲間だと思っていたら、いきなり捕まるかもしれないんだからな。そんな元凶のカードを持ってる奴がいたら、即村八分だろ」
「使う気がないと言われても、ちょっと不安になっちゃうよね」
「そんな感じで、泥棒間では所持してるアイテムカードを見せないと協力するのも一苦労になってるんだ」
「なるほどな」
泥棒同士で疑心暗鬼になっている状況。
そのうえ、アイテムにより私服(?)警察までいるのだから、迂闊には動けない。
「参加お願いします」
「おい、あれ櫛田さんじゃん」
そんな話をしていると、受付にやってきたのは櫛田。
渡辺がいち早く反応した。
「あ、みんなも参加するんだ。よろしくねっ!」
「うん、よろしくー」
櫛田はBクラスの面々とも仲が良いようで、突然の登場であったが、すぐに受け入れられる。
だが、オレとは目を合わせない。
ペーパーシャッフルでは、表面上、クラスを裏切りつつ、オレにそれを利用された、というのが龍園の認識になっている。
龍園クラスの目があるところで、仲良くすることはできない。
オレは気配を消してさっとBクラスと櫛田の輪から外れて、同じくすでに気配を消して立ち去っていた愛里の下へ戻ろうとする。
「すまないが、まだ受付はやっているだろうか?」
そこに新たな参加者が登場した。
「久しぶりだな、綾小路」
「そうですね、鬼龍院先輩」
「このイベントは楽しめているか?」
「ええ、それなりには」
「そうか。安心しろ、これからもっと楽しくなる」
不敵に笑う鬼龍院。
この人も参加するとなるとかなりカオスなミッションになりそうだ……。
「参加受付を締め切りましたので、ミッションの準備をはじめます」
2年Dクラスの受付担当者がアナウンスする。
すると、外野で参加するであろう警察がぞろぞろと学生寮から出てきた。
その中には警察の制服が今にもはち切れんばかりの状態でいるアルベルトの姿もあった。
捕まった泥棒ですが、牢屋に入る際に携帯は没収されます。
牢屋内から外へと情報のやり取りや指示ができないようにするためです。
※解放されたとき、返却されます。
外のイベントの様子は、スクリーンに各地の監視カメラの様子がいくつかピックアップされて上映されているので、捕まっていてもそれなり楽しめる仕様です。
解放された場合、未使用のアイテムカードは残っていますが、使用中だったカードの効果はなくなっています。