「なに?あんた、そいつの味方なわけ?」
「綾小路くん、サイテー」
「生徒会役員だかなんだか知らないけど調子乗りすぎだよねー」
夏休み前日、ケヤキモールのカフェの一角で
クラスメイトの軽井沢、篠原、森が次々と罵声を浴びせてくる。
周囲からの視線が痛い。
アッシュの同調実験が示すように、明らかに間違った主張でも
大勢がそうだと言えば、そちらに合わせてしまう心理が働く。
このままでは、こちらが悪者にされてしまうのは時間の問題だ。
さて、どうしたものか。
ことの発端は数時間前に遡る。
終業式が終わり早めの下校となった午後。
人生初の夏休みを前に、どう過ごそうかと期待に胸を膨らませていたオレは——
生徒会室に呼び出されていた。案の定だな、もう慣れた。
「さっそくだが綾小路、今日から夏休み期間中は交代制で見回りを行うことになっている」
「見回り?」
「そうですよ。ハメを外して危ないことをしている学生がいないか確認してもらいます」
堀北兄と橘が当然の事のように話を進める。
生徒会役員に休みは来ないのだろうか……
「この時期は例年、特に1年生が問題を起こすことが多い。トラブルを未然に防ぐために、見回りをして生徒会による監視の目があることを認識させる」
「喧嘩の仲裁をしろ、なんて言っているわけではないので安心してくださいね」
「確かに見て回るだけならできるが……」
この暑さの中、広い敷地内を歩き回るのは遠慮したい。
ここはもっともな理由で断らせてもらおう。
「生徒会役員だと認知されていないオレが見回ったところで、効果が薄いんじゃないか?」
これは紛れもない事実だ。
目立たない生徒を演じてきた甲斐があったな。
こんな役は色んな意味で目立つ南雲にでも任せればいいだろう。
「そう言うだろうと思ってな」
「私たちから綾小路くんにプレゼントがありますっ」
「じゃじゃーん」と口で効果音を鳴らしながら、紙袋を渡してくる橘。
本当に愉快な人だ。
中を確認すると『生徒会』と書かれた腕章が二つ入っていた。
「お前を勧誘するときに約束したからな。俺たちで作ってみた」
「これをつければ皆さんから生徒会の人って気づいてもらえますねっ」
そういえば、入会特典で腕章をプレゼントとか言っていたな。
アレ、本当だったのか。
お手製というだけあって、布製の生地に「生徒会」の文字は、刺繍で入れてある。
一つは中々のクオリティだが、もう一つはギリギリ読めるぐらいの残念な完成度。
「裁縫は初めて挑戦しましたが、力作です!一つは洗い替え用で使ってくださいね」
橘が「えっへん」と自信満々にしていることから、高品質の腕章は橘作か?
「それで、綾小路くんはどっちをメインで使いますか?」
キラキラした目で尋ねてくる橘。
迷いようがない選択に思えたが——堀北兄と目が合う。
選択を誤るなよ、といった気迫のこもった目。
その目線が橘の手元に移る。つられてみてみると、絆創膏だらけの橘の指。
先ほどまでは気にしなかったが、すべてが繋がる。
「……コッチガ味ワイガアッテイイデスネー」
そう言って残念腕章を手に取る。
ついでに渾身の演技で褒めておいた、完璧だな——なぜ引きつった顔をするんだ?
堀北兄よ。
「そうですかっ!会長が作った方も当然素敵ですが好みは人それぞれですからね。綾小路くんはこっちを気にいると思ってましたよ」
ご満悦の橘に、ホッと胸を撫で下ろす堀北兄。
この男はこうして陰ながら橘のことを見守ってきたのだろう。
「うん!すごく似合ってますよ、綾小路くん」
試しに腕章をつけてみたところ
同意を求めるようにニコニコしながら堀北兄を見つめる橘。
堀北兄はとても優しい表情で頷いていた。
この光景、堀北妹が見たら嫉妬で卒倒しそうだな。
それにしても、この残念腕章をつけて猛暑の中を歩き回るというのは
なかなかの苦行に思えるのだが、どうなのだろうか。
腕章が腕章だけに生徒会と信じてもらえるかも怪しく、計画の段階で失敗が見えている。
だが、すごく断りづらい雰囲気が既に出来上がってしまった。
善意を盾に物事を進めていく、これが堀北兄のやり方なのかもしれないな。
もしくはオレに通じそうな戦略を打っているのか。
情に訴えかけるだけなら気にもならないが
断るのが面倒になるとこちらも一考してしまう。
どちらにせよ、オレには真似できない手だけに後手に回ってしまうのも事実。
「これで綾小路くんも生徒会役員として認知してもらえて、一石二鳥ですね」
ルンルン橘がどんどん話を進めていく。断るより諦めて見回った方が楽そうだ。
「ありがとうございます。見回り頑張ります」
「1年は月末からクルージングに出発だったな。それまでが綾小路の担当だ。1日1回、腕章を着用の上、巡回するように」
一通り見回りの説明を受けたオレは、早速巡回を始めた。
まずは校内を回り、部活動生の様子を確認する。
この暑い中、運動部の懸命に取り組む姿にはよくやるものだと感心させられる。
特に問題もなかったため、ケヤキモール周辺へ移動する。
明日から夏休みということもありすでに多くの学生の姿があったが
制服なのはオレだけで、それだけでもそこそこ目立っているように感じる。
いや、目立たないといけないので正しいのだが、少し落ち着かないな。
「休憩がてらカフェにでも寄るか」
今日は暑いからな、キャラメルフラッペに挑戦してみよう。
ソースやホイップなどちょっとしたカスタマイズも楽しそうだ。
なんて思いながら、入店した直後だった。
「ちょっと邪魔なんですけどー」
「で、でも、私が先に並んでて……」
「ハァ?聞こえなーい。もっと大きな声でお願いしまーす」
「えっと、だ、だから……」
レジへの順番待ちの列で、うちのクラスの軽井沢と
あれは——Cクラスの諸藤リカが、ただならぬ雰囲気で言い争い
正確には軽井沢が一方的に言い放っていた。
少し離れたところにはDクラスの篠原や森もいる。
「もういいからさー。アタシたち急いでんだよね、どいてくれる?」
「きゃぁっ!」
諸藤の肩に手を伸ばし突き飛ばす軽井沢。
諸藤は尻もちをつく形となり、その空いた列へ軽井沢が割り込む。
「ホントどん臭いヤツって存在がめーわく」
非常に面倒な場面に出くわしてしまったな。
いつもなら観察はしても関わることはないのだが
今はトラブル防止のための見回り中だ。
いや、起きてしまったトラブルならスルーもありか?
そんな詭弁は通じないだろうな……
万が一見逃した様子を誰かが見ていて噂になれば、抑止するどころか助長しかねない。
渋々オレは二人の元へ足を運ぶ。
「大丈夫か?」
今にも泣き出しそうな諸藤に手を差し伸べ、立ち上がらせる。
「す、すみません。大丈夫です」
特にケガなどはしていない様子だが、見るからに怯えきっている。
悲しいかな、ひよりと初対面時に立てた
『何かと粗暴なCクラスにいるとメンタルが鍛えられる』
という仮説が否定されてしまった。
それにしても須藤暴力事件の後に
軽井沢暴力事件だとCクラスから訴えられるのは冗談じゃすまない。
そこまでいかなくとも今の行動でクラスポイントが減る可能性は大いにある。
軽井沢には軽率な行動をしないように釘を刺さねば。
「軽井沢、何があったか知らないが突き飛ばすのはやりすぎだ」
「えっ……って何?なんであんたがこんなところにいるわけ?部外者はお呼びじゃないんですけど」
声を掛けられ一瞬ビクッとした軽井沢だったが相手がオレと見るや否や強気になる。
軽井沢にはオレがクラスメイトとして認識されていたという安堵と
完全に下に見られている悲しさが同時に襲ってくる。
だが、そんなことで仕事に支障が出ることはない。こちらも強気に出る。
「この通り生徒会の仕事中だ。さすがに今のは見逃せない」
『この紋所が目に入らぬか』ばりの勢いで残念腕章を見せつける。
水戸の印籠ほどのパワーは期待してないが、ないよりはマシだろう。
「ハァ?だからなに?」
全く目に入らなかった……
すまない橘、やはりこっちの腕章を選ぶべきではなかったのかもしれない。
「軽井沢さん、どうしたのー?」
遠巻きに見ていた篠原たちが、何やら様子がおかしいと駆けつけてくる。
「いやさー、列でもたもたしてる子がいたからどいてもらったら、綾小路くんが言いがかりつけてきてさー、マジ最悪」
どいてもらった(物理)を実行しておいて、被害者面できるその根性は評価したい。
「佐倉さんとも仲が良いみたいだし、もしかして綾小路くんて地味メガネがタイプなわけ?」
そこでどうしてオレの趣味趣向の話が出てくるのかはわからないが
タイプかと問われると即答は難しいな。
まだ恋愛感情というものをオレは学習していない。
一つだけ言えることは
付き合うとしても軽井沢みたいなタイプは無理だろうな、ということだけだ。
平田はすごい。
「諸藤が先に列に並んでいたんだ。強引に列に割り込むのはルール違反だろう」
「なに?あんた、そいつの味方なわけ?」
「綾小路くん、サイテー」
「生徒会役員だかなんだか知らないけど調子乗りすぎだよねー」
罵倒や不平不満を言わせたらDクラスの右に出るクラスはないんじゃないか。
イバラの女王堀北を筆頭に、
即答不満の池、虚言の山内、暴論の軽井沢
おっと、ストレスMAXの黒櫛田さんも忘れちゃいけない。
切れるカードはたくさんあるぞ……虚しい。
開き直ってそんな特別試験を提案してみようか。
周りの学生たちも騒動に気づき始めている。
生徒会としてもそうだが、Dクラスとしても騒ぎにするのはマイナスでしかない。
そうなると2、3手のうちに場を収める必要があるのだが……かなり手段は限られてくる。
「悪いが生徒会権限によりお前を連行させてもらう」
「はあ?わけわかんなーー」
「従わない場合、退学することになるぞ」
「うそっ!?」
そんな権限はないと思うが、相手は同じ1年。確認手段はない。『嘘』は強力な武器だ!
権力を存分に振るわせてもらう!!
「この人でなしー、生徒会の犬野郎!」
「軽井沢さんを返せー!」
「お騒がせしました。この人は生徒会で責任持って罰しますので、皆さんもハメを外しすぎないようにしてくださーい」
篠原と森が猛抗議しながら殴りかかってくるが無視して連れて行く。
——という作戦をシミュレーションしてみたが、軽井沢はDクラス女子のリーダーだ。
クラスでの今後の生活を考えるとやはり実行には移せない。
簡単な方法なので相手が他クラスならやっていたかもしれない……
他にも、目にもとまらぬ手刀で軽井沢を気絶させ黙らせる案もあったが
久しくやっていないため力加減をミスると大惨事だ。
こんなことで前科持ちにはなりたくない。
となれば、あまり気が進まない策でいくより他ないだろう。
「すまない、オレの言い方が悪かったな。軽井沢、オレはお前の味方だ」
「はぁ?」
友好的な姿勢を示し、相手の気が緩んだ一瞬で距離を詰め、小声で伝える。
「もしオレ以外の生徒会役員に見つかった場合、最悪、軽井沢含めDクラスから何人も退学になる可能性がある。オレはクラスを、いや、お前を助けたい。悪いがここはオレに合わせて諸藤に謝って欲しい」
「で、でも……」
「篠原たちにはオレが無理言ってお願いしたことを伝える。時間がない、このままじゃ大変なことになるんだ」
優しいトーンと重苦しいトーンを使い分け、静かにかつ早急に伝える。
このままでは本当に恐ろしい事が起きてしまう。
それを防ぐには唯一の味方であるオレに従うしかないと思い込ませる。
少しの沈黙の後、軽井沢は頷いた。
「悪いな、諸藤。軽井沢も急がないといけない理由があって、慌てていたんだ。やりすぎたと反省しているから許してやってくれないか?」
「悪かったわよ。ごめん」
「えっと、はい、こちらこそずっとメニュー見て悩んでしまっていたので、邪魔だったかもしれません。すみませんでした」
「ありがとう。諸藤が優しい子で助かった。また困った事があったらいつでも言ってくれ」
「え、あ、ありがとうございます」
あとから訴えられないよう最低限のフォローを入れておいたが
なぜか頬を赤らめ俯く諸藤。
「それじゃ、オレたちは向こうで話があるから」
Dクラスの女子3人を店から連れ出す。犯行現場からはすぐに撤退する必要がある。
目撃者を増やすことにメリットはないからな。
去り際に諸藤がぼそっと「おうじ」と呟いていた気がしたが
『あやのこうじ』の後ろ部分が聞こえただけだろう。
人気のないカフェの裏手に回ったところで、軽井沢が口を開いた。
「んで、どういうことか説明してくれんのよね?」
取り巻きの2人も睨みを効かせてくる。
「まずはお礼を言わせてくれ。折れてもらって助かった、ありがとう。軽井沢には伝えたが、あのままだとDクラス崩壊の恐れがあった」
「そんなことある?」
篠原が口を挟むが、良い合いの手だ。説明しやすくなる。
「あぁ。先日の須藤の事件は覚えているだろ?あの事件以来、生徒会は厳しい監視を実施し……特にDクラスは怪しまれている」
「どうしてDクラスが!?」
「暴行事件はCクラスが訴えを取り下げたから、真相は闇の中だ。だが、南雲副会長がそれを怪しんでいてな……軽井沢も平田から聞いたかもしれないが、あの人はこれまで多くの生徒を退学に落とし入れている」
事実は知らないが、平田の名前を出せば、軽井沢は聞いていないとは言えないだろう。
仲良しカップルの間に秘密はないと、見栄を張りたいはずだ。
「確かに、そんな噂があるらしいわね」
「それでそれで」
ゴシップネタに興味があるのか、篠原が前のめりで聞いてくる。
将来、昼ドラとかにハマりそうなタイプだな。
「Dクラスで似たような事件が発生すれば、学校の秩序を守るため、疑わしきは罰せよと秘密裏に指示が出ている。軽井沢はもちろん、須藤事件の関係者、須藤、堀北、佐倉、オレは虚偽の主張をしたとして退学だ」
ごくりと唾をのむ篠原。軽井沢も森も血の気が引いてきている。
「相手が前回と同じCクラスの生徒というのもまずかった。Dクラス全員で仕組んだ、Cクラスを陥れるための作戦だと判断されれば、クラス全体にもペナルティが科せられる」
「そんなことになっていたなんて……」
「こういったことを危惧して、事前に堀北がオレを生徒会に入れ、裏からサポートできるようにした、っていうわけだ」
無茶苦茶な話だがそれっぽくまとめておいた。
南雲の噂も事実だし、堀北(兄)がオレを生徒会に入れたのも事実。
そこに実際起きた事件を組み込めば、真実味が増す。
ついでに堀北(妹)の株まで上がるんだ、言うことなしだろう。
「堀北さんってすごいんだね」
「私、感動しちゃったー」
「ねー」
3人とも納得してくれたようだ。
諸藤を突き飛ばしたことを注意したオレへの怒りを
よりスケールの大きい話で塗りつぶすことでうやむやにした。
「そういうわけで今後も注意してほしい。あとくれぐれもこのことは——」
「ここだけの秘密ってやつ!私これ、一回言ってみたかったんだ」
「そういうことだ」
予想より篠原がぐいぐい来るのでこちらも興が乗ってしまったな。
今回の作戦は、軽井沢が謝罪を拒否した場合あっけなく破綻する。
だが、そんなことは起きないという確信があった。
諸藤を突き飛ばした時の軽井沢に、一瞬だが後悔の表情が見えた。
が、その直後、篠原たちを気にしたのか、すぐに傲慢ギャルの軽井沢に戻っていた。
つまり、本人もやりすぎたと思っていたが、仮にもDクラス女子リーダーだ。
仲間たちの手前、簡単に謝ることはできなかったのだろう。
なので、謝罪の大義名分を与えてやればいいだけの話。
事件を起こしたのは自分なのに、クラスの危機を救ったように錯覚し
少なからず満足感があるはずだ。
「じゃあオレはまだ見回りがあるから失礼する。今度、今日飲めなかった分のドリンクを奢らせてくれ」
そうしてこの場を離れて、ケヤキモール内へと向かう。
だいぶ時間を使ってしまったからな、早く済まして帰りたい。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「綾小路くんてあんなにしゃべる人だったんだねー」
「ねー、意外としっかりしてたー」
のんきな感想を述べる2人を他所に去っていく綾小路くんの背中を見つめる。
「綾小路くんか……」
生徒会の権力を持つ頭のいいクラスメイト。保険として使えるかもしれない。
「どうしたの軽井沢さん?」
「んー、何でもなーい。それよりさ、カラオケでも行こうよ」
「「いいねー」」
大切なのは私自身を守ること、そのためだったら何だってする。
私はひとりで生きることのできない、弱い生き物なのだ。