『リアルケイドロ』の余韻が残る中、12月24日、クリスマスイブがやってきた。
この日、ずっと伝えようと思っていたことを伝えるべく、これからオレはある人物と会う約束をしている。
昨夜、『大事な用があるので明日会えないか』とチャットを入れたところ、既読になってから30分以上時間が経った後、『私も会いたい』と返事が来た。
そうして昼前にケヤキモールのカフェで待ち合わせすることに――
午前10時50分。
待ち合わせより少し早い到着となったが、すでに向こうは到着していたようで、窓際の席に座り、ただただ遠くを眺めていた。
考え事をしているのか、こちらには気づいていない様子。
そっと近づき声を掛けることにする。
「おはよう、一之瀬」
「わわっ、お、おはよう、綾小路くん。は、早いね」
びくっと跳ね上がるように反応した一之瀬がこちらを振り返った。
急に声を掛けたのがいけなかったのか、一之瀬にしてはやけにぎこちない対応。
「悪いな、こちらから呼びだしたのに待たせてしまったみたいだ」
「ううん。約束の時間はまだなんだし、私もさっき来たところだよ」
テーブルに置かれているコーヒーは量こそ減ってはいないが、すでに湯気が出ていないことから少なくとも数分前に来た、というわけではなさそうだ。
いきなり本題に入ることも憚れたため、気になっていたことを聞いてみることにする。
「あの後、神崎たちは大丈夫だったか?」
「うん。大事には至らなかったんだけど、お医者さんからは、念のためしばらく安静にするようにって……」
「それは冬休み早々気の毒なことになったな」
先ほどのぎこちない様子は解消されたが、その代わりに表情に影が落ちる。
あの2人のケガは自分のせいだと責任を感じているのだろう。
「……今回の件で痛感したんだけどね」
それでも顔を上げ、こちらをしっかりと見て言葉を紡ぐ。
「私たちには根本的に力が足りない。精神面や絆は強くなって他のクラスには負けない自信があるけど……それだけじゃダメなんだよ」
「それはそうかもしれないが、人には向き不向きがある、とオレは思うぞ」
「確かにそうだね。私はなるべく荒事を避けてきた。だけど、大事なものを守るためには、時には武力も必要……そう感じたよ」
真剣なその表情から、思いつきではなく悩んだ末の結論だとわかる。
これまでのやり方を貫くのか、捨てるのか。
ここで出す答えが一之瀬にとってのターニングポイントになるかもしれない。
「昨日の綾小路くんを見て、やっとわかったことがあるんだ」
「というと?」
「なんで綾小路くんと一緒に居るとこんなに安心するのかなって。聡明さとか優しさとかいっぱいあるけど、一番は……どんな状況でも切り開けるだけの実力を持った人だから、だと思う」
一之瀬に深い意図はないだろうが、なかなか気恥ずかしくなるようなことを言われているような……。
「綾小路くんの様な頼れる人に、私もなりたい。そのために足りないのは、純粋な力なんじゃないかなって」
「一之瀬が、堀北や伊吹みたいになるのは想像できないな……」
「それを言ったら綾小路くんがアルベルト君を倒しちゃうのを想像できた人はいないと思うよ?」
昨日の体験が強烈に印象に残ってしまったのだろう。今一之瀬は文字通り戦う力を強く欲している。だが、仮に今から一之瀬が鍛えたところで卒業までにアルベルトを倒せるようになる可能性は限りなく0に近い。
「もしもの話だが、オレがあの時の一之瀬だったら、屋上から即退散していた。その結果、あの2人を置き去りにしたとしてもだ。正面から戦って勝てる相手じゃないなら他の方法を検討する」
そもそもオレが一之瀬なら、あの戦力であれば屋上に行かなかった可能性が高い。
行くとすれば確実に勝てる算段をつけてからだ。
必要な手足を持っているのに、頭自ら突っ込んで行ってしまう、そんな歪さ。
優しさ故の自己犠牲、そこを南雲や龍園に付け込まれている。
「でも……」
「あの場で最後まで逃げなかった一之瀬は十分に強い。だが、リーダーは、時には非情な決断をしなくてはならないこともある。その点で言えば昨日のあれは落第点だな」
「私に必要なのは……非情な決断をする覚悟ってこと?」
「だが、冷徹に仲間を見捨てる一之瀬は一之瀬ではなくなってしまう気がするな」
「……難しい、ね」
「自分の主義を通そうと思えば、相応の実力がいるってことだからな。一之瀬の理想を叶えるのはそれだけ大変だってことだ」
オレからの同意を得られなかった上に、難題を投げかけられて俯いてしまう。
だが、これは難題でも何でもない。そこに気づけるかどうか、気づいたらどうアプローチするのか。
あえて答えを教えることはしない。一之瀬がどんな結論を出すのか、見てみたいと思ったからだ。
「やっぱり私にリーダーなんて無理なのかな……」
「一之瀬が率いなければ、今頃Bクラスは悲惨なことになっていたんじゃないか」
個の力はともかく集団としてのBクラスは、他クラスの比でないほどの力を誇る。
無類の団結力が発揮できているのは、一之瀬の存在に寄るところが大きい。神崎や柴田ではこうはならなかったはずだ。
一之瀬不在の場合、クラス丸ごと早い段階で龍園や坂柳の遊び道具になっていた未来も考えられる。
「最初に言ったが人には向き不向きがある。オレも、一之瀬みたいにクラスをまとめろ、と言われたらできる保証はない」
「うーん、上手く言いくるめられているような……」
「とにかく、一之瀬が肉体を鍛えるのを無駄とは言わないが、それで解決する問題でもないってことだ。冬休みも始まったばかり、ゆっくり考えてみてもいいんじゃないか?」
「……そうだね、うん、そうするよ」
すぐに答えが出る話でもないと、一度切り替えることにしたようだ。冷めたコーヒーをグイっと飲み干し、いつもの笑顔を見せる。
「それにしても綾小路くん、とてつもなく強かったんだね、びっくりしちゃった」
「大した話でもない。たまたま親が教育熱心で、小さい頃から色んな教育を受けていたんだ」
嘘は言っていない。その熱心さの度合いは、誰にも想像できないだろうが……。
「それであれだけ強くなっちゃうんだから、やっぱりすごいよ」
目を輝かせながらこちらを見つめてくる一之瀬。
オレに言わせれば、敗戦濃厚なあの中に飛び込んで行き、最後まで仲間を見捨てなかった一之瀬の方がすごいと思うのだが……。
「そろそろ本題に入ろうと思うんだが大丈夫か?」
これ以上この話をしても仕方がないため、本題を切り出す。
「え、あ、うん。……えっと、ご、ごめん、心の準備がまだ……」
「丁度良かった。ここだと誰が見聞きしているかもわからないからな、少し歩かないかと提案しようと思っていた」
「う、うん。そうだよね、人気のないところの方が良いよね……」
そうして2人でカフェを出る。
ケヤキモールを出て、噴水のある広場まで歩く。
普段なら何かしらの話題を提供してくれる一之瀬だったが、今日は黙って後ろから付いてくるだけ。イブの昼間だからか、広場は閑散としており、話を始めるには丁度良さそうだ。
そうしてゆっくりと一之瀬を振り返る。
12月の寒空の下、ふわふわと舞う雪が一之瀬の頬にあたっては溶けてゆく。
それでも火照った顔を冷ますほどではないようだ、ほんのり朱色に染まる頬は熱を帯び続けている。
「思えば、一之瀬と知り合って、これまで随分と助けられてきたな」
「それはこちらこそ、だよ」
「今日は、ずっと伝えようと思っていたことを伝えに来た。聞いてくれるか?」
「は、はいっ!」
言葉にせずとも、こちらの想いが伝わったのか、真剣な顔になる一之瀬。
これならオレも伝えやすい。なにせこんなこと初めてだからな、上手く言葉にできるか自信がなかった。
そうして、一之瀬の手を取り、目を見つめて、しっかりと言葉を伝える――
「ポイントを長いこと借りたままですまなかった。昨日のイベントでやっとまとまった金額が手に入った、今から返金させてもらいたい」
謝罪の言葉と一之瀬の手に送金準備を済ませたオレの携帯端末を渡す。
長いこと借りていたからな。本人は気にしてないと言っていたが、所持金が少ないことで我慢したこともあったはずだ。
ポイントを返すのにも慎重な対応が必要だろう。
長期休みという何かとポイントが必要になるタイミングに間に合ったのは幸いだな。
「え?」
「ん?」
「ポイント?」
「借りてただろ、監視カメラ代に始まり、船上での10万ポイントとか」
「え、いや、それはもちろん覚えてるんだけど……えーと、本題の前に緊張をほぐすため、ワンクッション入れたの?」
「いや、これが本題だ。もちろん、待たせてしまった分、少量で申し訳ないが色は付けている」
「……」
「一之瀬?」
「やっぱり私、武道を習おうかな。今、猛烈にサンドバック叩いたり、瓦をカチ割りたい気分だよ」
何が一之瀬にそう決意させてしまったんだ?
やはり金銭周りの対応は難しいな。伝え方を間違ってしまったのか、色が少なかったのか……。
いや、こちらに気を遣わせないための、一之瀬なりのジョーク――という線はなさそうだな、このオーラは。
「はぁ~昨日の夜からの緊張を返して欲しいよ、もう」
「なんだかすまない」
「いや、勝手に期待したのは私だから自業自得というか、でもイブだし、昨日あんなことあったし……あぁぁもうなしなし。うん、綾小路くんだもん、こうなる可能性も十分あったよね、うんうん。こうなったらこっちから攻めるしか――」
ぶつぶつと何かつぶやいたかと思えば、ぶんぶんと顔を振ってこちらに向き直る一之瀬。そして意を決したようにカバンから何かを取り出す。
「えぇと、これ、クリスマスプレゼント兼、渡せてなかった誕生日プレゼント……も、貰ってくれるかな。なんていうか、こういうの渡したことなかったんだけど、昨日のお礼もしたかったし……」
「ありがとう。……開けてみてもいいか?」
「う、うん」
クリスマスイブに呼びだしてしまったため、気を遣わせてしまったか。
丁寧に包装された包みを開封すると、中から手編みのマフラーが出てくる。
紺色でジグザグ柄のシンプルなデザイン……だが、手編みで作るのは大変なんじゃないだろうか。
「ど、どうかな、気に入らなかったら、ぞ、雑巾にでも……」
「そんなことはしない。派手でなくて使い勝手も良さそうだ。うん、暖かいな」
そう言って早速首に巻いてみた。
デザインもいいが、機能性も文句のつけようがない。
丁度防寒具の購入を検討していたところだった。
「大事に使わせてもらう」
「うん、とっても似合ってる、と、思う。良かった」
ニコッと笑う一之瀬。
「じゃあ次はこれだね」
「ん?」
「マフラーはだいぶ前に完成してたんだけど、それだけじゃ足りない気がして帽子も作ってたんだ」
「そうなのか、ありがとう」
手渡された手編みのニットを被る。カラーもマフラーと統一されている。
「これも暖かくていいな」
「うん、とっても似合ってるよっ!じゃあ次はこれも着てみようか」
そうしてセーターを渡してくる一之瀬。
「あの……一之瀬さん?」
「あ、えっと、その、毛糸も余っちゃってたし、ついでだよ?」
なんなら一番毛糸を使いそうだが……
「これは昨日慌てて完成させたからサイズ感とかちょっと自信なくて」
「いや……驚くほどぴったりだ」
ひとまず上着を脱いで着てみたが、丁度いいサイズ感だった。
もはや外にいても寒さを感じることはないフル装備。
「本当は手袋も考えてたんだけど、それは次の機会だね」
「いや、もう十分受け取った。これ以上貰ったらお返しを仕切れる自信がない」
放っておいたら手袋だけでなく、ソックスなど手編みで作れるものを全て作って持ってきそうな勢いだったので止めておく。
せっかく借金を返済したのに、再び借りができた気分になるのも妙な話。
「これでも感謝しきれてないくらいなんだけどね」
「そんなことはない。手作りのプレゼントを貰ったのはオレも初めてだ」
「そ、そっか。なら頑張った甲斐があったかも」
ポカポカしてきたな。
なるほど、毛糸の装備も悪くない。
「それでこの後は……」
「そうだな、一之瀬もクリスマスイブは忙しいだろうし、オレもこの後、待ち合わせがある。この辺りで解散するか」
「んんん?」
複雑な表情を見せる一之瀬。
「どうした?」
「えっと、待ち合わせって言うからちょっと気になって」
「大した話じゃないぞ」
「あ、クラスの友だちと遊ぶとか?」
「いや、クラスメイトではないし、友達でもないな」
「……この前、似たようなパターンがあったよね?」
ジトーとした目でこちらを伺う一之瀬。
この前とは、南雲にカラオケに誘われたときの話の事を指すのだろう。
とは言っても、これから会うのは……龍園だ。
昨日の今日なので、一之瀬にその名前を出すのは躊躇われる。
「なんというか、野暮用というだけで、そんな重要な話でもないというか……」
「なんだか綾小路くんらしくないよね?何か誤魔化そうとしてる?」
「そんなことはないぞ」
「誰かから誘われたの?」
「いや、オレから声をかけたんだが……」
「へぇ綾小路くんから」
なんというか尋問を受けているような感じだ。
後ろめたいことは一切ないのだが、毛糸の装備のためか、体温が上昇する一方だ。
……何と答えれば解決するか。
「とはいっても男同士の会話だ。一之瀬の興味を引くような話題は出ないと思うぞ」
「あ、そうなんだ!最初からそう言ってくれればいいのに」
「そうだな、すまなかった」
ひとまず落ち着いてくれたようで助かった。
この学校では一之瀬とも付き合いが長くなってきたが、未だにわからないことも多い。
もっと一緒に居れば、分かり合えることも増えていくのだろうか。
「ここでお別れも残念だけど、また会えるし……それじゃ気を付けてね」
「ああ。今日はプレゼントありがとう。今度何かお返しさせてくれ」
「気にしなくていいのに。でも、楽しみにしてるね」
こういうもののお返しは何を選ぶべきなんだろうか。
今度櫛田にでも聞いてみよう。
色々と何か勿体ないことをしてしまったような気もしないではないが
そうしてオレは、来るかどうかは別として、龍園との待ち合わせ場所に向かうことにした。