一度方針を決めてしまえばあとの対応は気楽なもの。
郷に入れば郷に従え、年末にあれこれと考える必要はないのだろう。
『清隆ー!大晦日、平田くんと遊ぶんだけど、一緒にどぉ?』
『わかった、明日21時に体育館集合で!』
『清隆くん、この前のバンドカッコよかったよ!それで、大晦日もよければ一緒に過ごさない?』
『わかった、明日21時に体育館集合で!』
『綾小路くん、来年からのクラスの戦略で相談があるのだけど?』
『わかった、明日21時に体育館集合で!』
『王子ー!ファンクラブ会報で年末年始特集するので撮影させてくださーい』
『わかった、明日21時に体育館集合で!』
『綾小路くん、そろそろ次の勝負のお話などひとつ』
『わかった、明日21時に体育館集合で!』
あれからさらにたくさん連絡があったがこの通り。
誰かを優先したら角が立つからな。みんなで集まれば問題ないだろう。
年末年始の過ごし方とは、きっとそういうものだ。
……何通か変なチャットもあったが気にしないことにする。
それに一之瀬クラスとの付き合いもそこそこ長くなったとはいえ、クラスメイトだけのプライベートな集まりに1人で参加できるほどオレの面の皮は厚くない。
大勢で祝った方が柴田も神崎も喜ぶはずだ。
小橋へは少し人数が増えるかもしれないと連絡しておけば大丈夫だろう――小橋の連絡先は知らないため、一之瀬に聞いてみるか。
『どうして夢ちゃんの連絡先を知りたいの?』
『明日のことで伝えたいことがある』
『え?明日、夢ちゃんと一緒に過ごすの?』
『どういうことかな?』
『綾小路くん?』
間髪入れず連投されるメッセージ……人選を誤った気がする。
『何か誤解があるように思う』
『誤解ということは夢ちゃんと一緒には過ごさないの?』
『いや、過ごすといえば過ごすんだが……』
やましいことは一切ないのだが、浮気の追及でも受けているかのようだ……。
カウントダウンパーティーに参加する旨を一刻も早く伝えるべきだろう。
そう思って返信を打っていると、一之瀬から電話が来る。
『…………綾小路くん』
「言葉足らずだった。明日、一之瀬のクラスで開催するカウントダウンパーティーに小橋から誘われていたんだ。その件で伝えたいことがあった」
『えっ!?あ、そ、そうだったんだ。そうだよね、綾小路くんはそんな不誠実な人じゃないのはわかってるはずなのに…………ごめん』
「誤解が解けたならいいんだ。それで小橋の連――」
『その件なら、私が主催だしわざわざ夢ちゃんを経由しなくても大丈夫。遠慮なく私に言ってね』
「あ、ああ」
その後、人数が増える旨を伝え、許可を貰い通話は終了した。
……今の一之瀬の前では迂闊に他の女子生徒の名前を出さない方が賢明だな。
それにしても今日だけで大量のチャットが届いた。
一学期は連絡先が一つ増えるだけで喜んだものだが、変われば変わるものだ。
ただ、それが手放しで良いことだとは言い切れないが……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
大晦日の昼。
「これが年越しそばか」
櫛田の用意してくれたそばを受け取る。
海老の天ぷら、ごぼうの天ぷらに、かき揚げ、とろろ昆布、生卵、かまぼこ、鴨肉、ネギ、山芋のとろろ、わかめなどなど、これでもかとトッピングされている。
まさに一年を締めくくるに相応しい一杯といえるのではないだろうか。
「伸びないうちに食べよっ」
櫛田から促され箸をとる。伸びるも何も、もはやそばが見えないトッピングの量。
だが、それらをかき分けるとちゃんとそばも入っていた。
具材の量も考えるとのんびり食べていては、確かに伸びて味を損なう可能性がある。
時間との闘い――なるほど、1年の終わりまでもう幾何の時間もないことを表現しているのか。
急いで食べるのが年越しそばの食べ方なのかもしれない。
それならそれに従うまで。
「……すごい勢いで食べるね、綾小路くん」
「これは美味いな。トッピングの豪華さもそうだが、出汁も一味違う」
「あ、わかる?出汁とるところからこだわって作ったからね」
嬉しそうに笑う櫛田。
笑っている間にそばが伸びてしまうんじゃないか。
「この味ならどこで出しても恥ずかしくないと思うぞ」
「そう言ってもらえると悪い気はしないね」
「少なくともこの学校に来て食べたそばの中で一番だ」
「うーん、比較対象が微妙じゃない?ここ蕎麦屋さんとかないし」
櫛田にとってはそうだろうが、オレにとってはこれまでの人生で一番美味しいそばということ。
素直に来年も食べたいと思える一品だった。
年越しそばを堪能し、少しゆっくりしたところで、そろそろ茶道部の集まりの時間が近づいてきた。
茶道部の集まりは、茶道室で行われる。
ひより曰く、年末の掃除を名目に交渉し借りることに成功したそうだ。
「櫛田、年越しそば美味かった。おかげで良い年越しができそうだ」
「ううん。こちらこそたくさん資金貰えたから作り甲斐があったよ。これから茶道部の集まりなんだっけ?」
「ああ。慌ただしくなってすまない」
「大丈夫。綾小路くんも色々と付き合いを大切にしなきゃだろうしね。そんなことで怒ったりしないよ」
櫛田の物分かりが良くてよかった。
自分自身が人付き合いを重視しているだけあって、その辺りには理解があるのかもしれないな。
「それじゃまたね」
「ああ。また来年」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
櫛田を見送った後、オレも外出の準備を始める。
思い返せば、生徒会に入ってから最初の大きな仕事は茶道部に関してだった。
成り行きで指導員を務めることになったが、これまでの事を思うと悪い選択ではなかったな。
茶柱先生がやたらAクラスを目指すよう要求してくること以外は特に不満はない。
茶道室の前に到着するとすでにメンバーがそろっているのか賑やかな声が聞こえてくる。
「あ、清隆くん、いらっしゃい」
入室するとひよりが出迎えてくれる。
みーちゃんや朝比奈に櫛田と他のメンバーも揃って、軽食やスナック菓子、ジュースなどが広げてある。
茶道部だからと言って、和菓子や抹茶で1年を締めくくるわけではないんだな……。
いや、ツッコむべきはそこではなかった。
「……櫛田、どうしてここに?」
「こんにちは、綾小路くん。奇遇だね」
茶道部員に馴染みすぎて一瞬スルーしてしまった。
櫛田は茶道部ではない為、文字通りの部外者のはず。
「あ、すみません、私が誘いました」
申し訳なさそうにみーちゃんが手をあげた。
「なんでも桔梗ちゃんとの予定を急に変更する不届き者がいたそうなんです。桔梗ちゃんは優しいからいいよって許してあげたそうなんですけど、本当は大晦日に1人で寂しいって昨日電話で話してくれて。桔梗ちゃんにはいつも…平田くんのことで……色々アドバイスを貰ってお世話になっていたので放っておけなくて」
「そのアドバイスって『軽井沢を退学にすればいい』とかじゃないよな?」
「退学?そんなわけないです。優しく励ましてくれます」
そんなわけないのか……。
表の櫛田は本当に優しいな。
「そういうことなんだけど、お邪魔だったかな?」
「いや、そんなことはない」
何食わぬ顔でそんなことを聞いてくる櫛田。
やけに物分かりがいいと思っていたが、こういうことだったのか。
当然、ここで櫛田を追い返すことなどできるはずもない。むしろ最初からそう言ってくれれば歓迎したのだが。
表の櫛田は退学のたの字も言わないようだし、こういう場では話をうまく盛り上げてくれる貴重な存在だ。
「それでは茶道部の忘年会をスタートしましょう」
会の進行を始めるひより。
この集まりは忘年会だったのか。
年末らしいイベントとして存在を知ってから気にはなっていたが、まさか体験できるとは――
「乾杯の発声はもちろん、指導員の清隆くん、お願いしますね」
「ん?乾杯の発声?」
「ええ。清隆くん以外に適任はいないかと」
急な要請だったが、立場上オレが適任というのは一理ある。
しかし、乾杯の発声などしたことがあるはずもなく勝手がわからない。
「……えーと、一年間お疲れ様でした」
とりあえず労いの言葉でも言っておけばいいのか、と思ったのだが……コップを持って一同がこちらを見つめる。
何かを待っているようだが……どうすればいいんだ?
「綾小路くん、みんな『乾杯』って言うのを待ってるんだよ」
オレの様子を察した櫛田からひそっとアドバイスが送られる。
「なるほど……では、乾杯」
「「「かんぱーい」」」
今度正しい乾杯のやり方については調べるとして、ひとまず乾杯の任は全うできたようだ。
櫛田様様だな。秘書とか向いているんじゃないか。
その後は、茶道部の談笑に付き合い、各々来年の目標を話したりなど賑やかな時間を過ごした。
宴もたけなわということで片づけをして解散となる。
「綾小路くんはこのあとどうするんだっけ?」
「……Bクラスの柴田&神崎復帰祝い兼カウントダウンパーティーに参加予定だな」
「そんな会があるんですね」
櫛田からの問いに正直に答えたところ、ひよりが興味を示す。
「清隆くん、私も参加できないでしょうか?」
「構わないとは思うが……珍しいな」
いまさら一人二人増えたところで問題ないだろう。
だが、普段のひよりならそんなパリピ(?)な場に積極的に顔を出すとは思えない。
「一之瀬スポンサーにはお世話になりましたし……それに、私たちのクラスの責任もありますので一言謝罪をしておきたいと思いまして」
「そういうことか。それなら一緒に行くか」
「はい。お願いします」
「じゃあ私も行こうかな。柴田君たちとも友達だし、心配してたんだ」
「そうだな、きっと柴田たちも喜ぶと思うぞ」
櫛田が来れば多くの生徒は喜ぶだろう。
サプライズで平田を連れていけば成功する理論は、櫛田に置き換えても成り立ちそうだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「まさか俺たちのこと、クラスメイト以外でこんなに心配してくれてた奴らがいたなんて、嬉しいな、神崎」
「あ、ああ。そうだな……」
体育館にはBクラス生の他に、Cクラスからは綾小路グループ、平田と軽井沢、麻耶、櫛田、堀北妹。
Dクラスのひより、諸藤。Aクラスからは坂柳と移動手段の葛城がやって来ていた。
もちろん、事情を知ってやってきたのは綾小路グループと櫛田、ひよりだけだったため
堀北を筆頭にグチグチ言われはしたものの、各々の用事を考えたところ別にここでも問題ないということで話はまとまった。
今はファンクラブ会報の写真を撮り終え、会員に送るための年賀状にサインをしているところだ。
「ね、清隆くん。今さ、みんなで今年やり残したことはないかって話をしてたんだけど」
麻耶が話しかけてくる。
「満場一致の項目が出てきて……今年も残り1時間だし、清隆くんに協力してもらいたいなって」
「オレにできることなら手伝うが……」
「ありがとうっ!」
そういって麻耶が手招きをし、軽井沢に平田、波瑠加、愛里、櫛田が集まってくる。
「その、やり残したことって言うのが……いつものクールな綾小路くん以外の表情を見ることって話なんだけど」
「……つまり協力というのは、この場でスマイルなりなんなりを披露しろってことか?」
どんな羞恥プレイだ。
出来ないこともないが遠慮願いたい。
「いや、それじゃダメ。私たちの手で清隆の表情を変えてこそ、意味があんのよ」
軽井沢の意見に全員が頷く。
オレの表情の変化にそんな価値があるのか疑問は尽きないが、年末ってこういうものか。
ひとまず頑張ってスマイルを作る必要はなさそうなので安心した。
「そこでみんなで考えたんだけど、これから『愛してるゲーム』をして、清隆を照れさせた人が勝ちって話になったの」
「なんだって?」
「『愛してるゲーム』知らない?愛してるって相手に言って照れたり表情が変わったら負けって単純なゲーム」
軽井沢からとんでもない提案をされる。やはり羞恥プレイだったようだ。
「審判は平田くんお願いね」
「え、僕は参加できないの?」
「平田くん、彼女の前で他の女に愛してるって言うつもりなの?」
「……それもそうだね。任されたからには公平にジャッジさせてもらうよ」
残念そうな平田。偽装カップルであることが仇となったようだ。
確かに、奇しくもクラスのキレイどころが集まっている状況。
平田ほどの聖人君主でも愛してると言われたいし、言いたいのかもしれない。
「ふふふ、面白そうな話をなさっていますね。私もそのゲーム参加させて頂いてもよろしいでしょうか?」
オレとの勝負を渇望する坂柳が葛城に乗ってやってきた。
勝負であればこんな勝負でもいいのか?
「別にいいけど……坂柳さん、この手のゲーム強そうよね」
「どうでしょうか。ただ、感情のコントロールは比較的得意だと自負していますよ」
坂柳はこんなゲームにですら自信があるようだが……。
「じゃあスタートしようか。綾小路くんの表情を変えるのが目的だから、綾小路くん対みんなって感じでいくね。まずは綾小路くん、誰かに愛してるって言ってくれるかな」
平田が審判としてゲームを進行し始める。
いきなりハードルが高いが……ここでやらないと場が白けてしまうことぐらい、この1年でオレも学んだ。諦めてやるしかないか。
「坂柳、愛してる」
「はうっ……」
「坂柳さん、アウト!」
目が合ったので適当に言ってみたのだが、坂柳は葛城から落下しそうな勢いでのけぞった。
空気を読んだ葛城が落下を防ぎつつ、坂柳を抱えて静かに立ち去っていく。
「あの綾小路くんが私にあんなことを……あんなことを――」
去り行く葛城の背中越しに、うなされながら発する坂柳のつぶやきが虚しく響く。
「……坂柳さん、クソ雑魚じゃん」
呆れた目をした軽井沢からの一言。
強気なギャルの演技をしつつ、本人に聞こえていない距離になってから言うのは流石だな。
場の雰囲気を変えようと、平田が進行を進める。
「えーと、じゃあ攻守交代だね。次は佐藤さん、どうぞ」
「え、わ、わたし!?……えっと、その……清隆くん、愛してるっ!」
「ああ、知ってるぞ」
「ッ!!!」
「佐藤さん、アウト!」
クリスマスからまだ1週間も経っていないのに忘れるはずがないので、そう伝えたのだが、麻耶は声にならない声を出し、赤面して走り去ってゆく。
「きよぽ~ん?」
「いや、不可抗力というか、ゲームだからな?」
波瑠加から睨まれたが、理不尽極まりない話。
「綾小路くんの番だね」
「じゃあ……愛里、あい――」
「むきゅぅぅぅぅ」
「佐倉さんアウト!」
こちらが言い終わる前に、顔を真っ赤にした愛里がしゃがみ込む。
あい、までしか言っていないのだから、日頃名前を呼ぶのと大して変わらないのではないだろうか。
「このゲーム、何度も言ったり言わせたりするのが醍醐味なんだけど……」
軽井沢の言うように、ここまで一発アウトが3人連続で続いている。
「じゃあ次は軽井沢さんにお願いするよ」
「任せて。平田くんには悪いけど、恋愛上級者の腕を見せつけてあげる」
軽井沢が自信満々に出てくる。
恋愛上級者の肩書は詐称も良いところだが、周りを騙し続けている演技力はあるからな……。
「清隆、愛してる」
「そうなのか、恵?」
「たうわっ」
「たうわ?」
「軽井沢さんアウト!」
「ちょっとずるいじゃない、清隆。いきなり名前で呼ぶなんて」
「丁度いい機会かと思ってな。オレだけ名前呼びされているのも妙だと思っていた」
「ああ、もう」
「次は綾小路くんの番だよ」
「残りは波瑠加と櫛田か……」
どちらにしようか考えていると後ろから気配を感じる。
「ちょっとあなたたち、またくだらないことをしてるみたいね。クラスの主力が揃っているのだから来年の戦略でも話し合うべきじゃないかしら」
ツンツンブラコンの堀北が登場した。
「そこまで言うってことは、堀北さんならこのゲーム簡単にクリアできるってこと?」
「当たり前じゃない。話にもならないわ。ほら、綾小路くん、さっさと言ってちょうだい」
櫛田からの煽りにまんまと乗せられてしまう堀北。
確かに堀北が照れるところなんて想像できないが……。
「堀北、愛してる」
「全く響かないわね。これぐらいで動揺するなんてどうかしてるわ」
キリっとすました顔の堀北。
だったらこちらにも打つ手はある。
「この前、学が言っていたぞ『鈴音愛している』と」
「兄さんっ!」
「堀北さんアウト!」
口ほどにもないとはこのことだな。
弱点がはっきりしている相手ほど、対峙しやすいものはない。
問題は、本人がそのことにあまり自覚がないことか……。
「兄さんを出しにするなんて、綾小路くんも外道に落ちたものね」
「言っておくがさっきのはホントの話だぞ」
「兄さんっ!」
「堀北さんツーアウト!」
「とんだ茶番だねっ」
嬉しそうに笑う櫛田。少し裏の顔が混じってないか?
「みんな不甲斐ないなぁ。ここは私の出番かな?」
「じゃあ櫛田さんお願いするよ」
「綾小路くんが一筋縄じゃいかないのはみんなが証明してくれたからね。こっちも本気でいくよ」
櫛田は近寄ってくるとオレの両手をぎゅっと握る。
そうして上目遣いで目をうるうるさせて、ゆっくりと時間をかけて言葉を発する。
「綾小路くん……愛してる」
渡辺をはじめとしたBクラスの男子たちが恨めしそうにこちらを見ている。
波瑠加や軽井沢などもこちらを睨みつけている。
「……」
照れる以前にこの状態を続けることは非常によろしくない。
「キョーちゃん、ちょっとやりすぎじゃない?」
「やだなあ、あくまでもゲームだよ?綾小路くんのことは何とも思ってないし。それにこの調子なら綾小路くんを倒せるかも」
「ううー」
納得してはいないだろうが、そう言われてしまうと追及できない波瑠加。
「ね、綾小路くん、愛してるよ」
普通の男子であれば勘違いしてしまうような笑み。
流石に手ごわい相手だ。
仮にこういった特別試験があれば櫛田は無双するかもしれないな。
オレは他の誰にも聞こえないように、そっと櫛田の耳元で囁く。
「……堀北退学よりも?」
「ッ!!……そ、それは――――」
動揺する櫛田。もう一押しといったところか。
「オレの方を選んでくれるとは意外だったな。来年も一緒にそばを食べるのを楽しみにしている」
「……その選択を迫るなんて卑怯だよっ!綾小路くんの馬鹿ー」
「櫛田さん、アウト!」
櫛田は走って体育館から出て行った。
フェンスでも蹴飛ばしに行ったのだろう。
堀北と同じく、櫛田の弱点もわかりやすい。
「きよぽん、キョーちゃんになんて言ったの?」
「大したことは言ってない。少し褒めただけだ」
「あとは、長谷部さんだけだね」
「ま、きよぽんとの付き合いもそれなりに長くなったしね。いまさら何を言われても――」
「波瑠加、いつもグループをまとめてくれて助かる。愛してる」
「ん?」
「思えば波瑠加がいなかったらグループは成立しなかったな。愛してる」
「ちょっと」
「オレにとってもグループはかけがえのない居場所になった。波瑠加のおかげだ。愛してる」
「き、きよぽん」
「波瑠加には感謝しているんだ。今年中に思いを伝えられてよかった。愛してる」
「……いつもそんなこと言わないじゃん」
「ゲームという形になったが、素直な気持ちだ。オレだけじゃない、みんなそう思っている。だろ、愛里。愛してる」
隣で復活した愛里がうんうんと頷いている。
「ああもう、きよぽんも愛里も恥ずかしいじゃん、やめやめー!」
「長谷部さん、アウト!」
「……なんか『愛してる』が途中からおまけになってたわね」
軽井沢の言う通り……波瑠加には恋愛面よりもこういった方向性の方が効きそうだったからな。
愛のカタチも色々だ。……愛がわからないオレは言うのもおかしな話だが。
「えーと、愛してるゲームは、綾小路くんの勝ちってことで」
最初はどうかと思ったが、相手の思考を読み、効果的な一手を打つゲームと捉えれば、それなりに楽しめる内容だった。
気づけば新年まであと30分。
体育館のステージにはスクリーンが降りており、年末番組が映し出されている。
残り時間はテレビでも鑑賞しながらゆっくりと新年を迎えたいところだ。
「清隆くん、まだ時間あるし、2回戦目どうかな!?」
いつの間にか帰ってきた麻耶からの提案。
「いいんじゃないかな、私もさっきの結果は納得いってないし」
これまたいつの間にか戻ってきた櫛田も賛同する。
「次は僕も参戦したいな」
なぜか平田もノリノリだ。
「清隆くん、次は私も参加してもよろしいでしょうか」
先ほどまで神崎たちのところにいたひよりもこっちにやってきた。
「ねえ、他に兄さんは何か言ってなかったかしら」
「清隆。次は同じ手は通じないから、また名前言ってみなさいよ」
「千尋ちゃん、離して。私も、あのゲームに参加したいの」
「ダメっ。帆波ちゃんをあんなところに行かせるわけにはいかない」
「綾小路くん、再戦を、再戦を希望します」
「王子!こんなゲームは解釈違いです!!ほら、平田王子も悲しそうにしているじゃありませんか!!」
「黙ってみてれば、ずるいぞ、綾小路ぃ。俺たちも参加させろよ」
「なぁ神崎……これ、一応俺たちの復帰祝いだよな?」
「……ああ。そうだな」
「次は私が清隆を照れさせるんだから」
「いや、きよぽんの照れさせるのは私だから」
「わ、わたしも頑張るっ!」
「ふふふ、綾小路くんを倒せるのは私を置いて他にいないでしょう」
各々が主張を繰り広げる体育館。
――これはもう選択の余地はない。
「あ!綾小路が逃げたぞ!お前がいないとゲームが始まんないだろ」
「追いかけるわよ」
「王子も解釈違いに耐えられなくなったんですね。わかります」
「千尋ちゃん離してー。私も追うのー」
「認めませーん!!」
「なあ神崎……」
「諦めろ、柴田。俺たちは大人しく新年を迎えるのが一番だ」
「……来年はお互いもっと目立とうな」
オレはダッシュで体育館から立ち去った。
だが、問題はここからだ。
追跡を振り切るのは余裕だったが、自宅に戻れば合鍵をもった櫛田に攻め込まれる。
かと言って外で潜伏するには寒い時期。
店はどこも閉まっている。
そうなると確実に安全と言える場所は、ひとつしかないか。
オレは携帯を手に取り連絡をする。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「なるほど、それでここに来たわけか」
「年末のこんなタイミングにすまないな」
「構わない。今年は例年以上に色々あった。そんな年の締めくくりに相応しい展開とも言える」
そんな皮肉を言ってニヤリと笑う堀北兄。
オレは今、堀北兄の部屋に厄介になっている。
事情を説明し、ほとぼりが冷めるまで匿ってもらうことになった。
あのメンバーであれば、3年の寮に入ってくることはないだろう。
「結局、クリスマスも大晦日もアンタと過ごすことになるとはな」
「俺も丁度そんなことを考えていたところだ」
だが、悪い気はしない。
恐らく堀北兄も同じなのだろう。
2人で緑茶をすすりながら年を越すこととなった。
「あけましておめでとう。残り3ヶ月ではあるが、今年もよろしく頼む」
「ああ。あけましておめでとう。こちらこそよろしく」
携帯にはチャットがたくさん入ってきた。
新年の挨拶などの他に、一之瀬をはじめ数人からそろそろ戻ってこないかと提案も来ていた。
さっきのゲームは昨年のやり残しという話だったから、今年になってしまえばもう強要はされないだろう。
新年早々人付き合いを放棄するのも得策ではない。
「助かった。そろそろ落ち着いたようだから戻ることにする」
「ああ。お前の学生生活もだいぶ変わってきたようだな。……さっきの件だが、相談するなら橘にしてみたらどうだ?」
「……それもそうだな」
オレも堀北兄もこの手の話題は不得手。
餅は餅屋に聞けということ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――ということがあったんです。どうしてこんなことになったんでしょうか?」
オレは橘の頬に墨でネコのひげを描きながら尋ねる。
丁度6回目の勝利で、いい感じにひげが完成した。
「ぐぬぬぬ、雑談をしながらとは余裕を見せつけてきますね。次は負けませんからっ」
「これ以上やっても、ぶちネコになるだけですよ?」
「あー、綾小路くんが言っちゃいけないことを言いました。もう容赦しません、ここから集中モードですっ!」
そういって力強く羽根を打ちつけてくる橘。
正月の伝統的な遊び、ということで羽子板で対決していた。
羽根を落としたら相手から墨で落書きされるというルール。
コツを掴むまでの最初の数回は羽根を落し、橘からデコに『肉』などを書き込まれることとなったが
慣れてしまえばこの通り。次は鼻を黒く塗るか。
「さっきの話ですが、簡単です。どなたかと清い交際を始めれば解決しますよ」
ぶちネコになった橘が話を戻す。
「生徒会の副会長。モテるのもわかります。ただ、以前忠告した気もしますが、綾小路くんがみんなにどっちつかずで思わせぶりな対応をしているのが良くないんです。だからみんな期待しちゃうんです」
「そんな対応をしたつもりも、モテた覚えもないんですが……」
告白してきたのは麻耶ぐらい。……愛里が内心想っていてくれていたとしてもそれはまた別問題だろうし、他には――。
「そういうところです!私は綾小路くんを南雲くんみたいな軽い男に育てた覚えはありませんよ」
南雲のことはともかく、そうすると気になる点が出てくる。
「だったら学はどうだったんです?生徒会長で才色兼備のAクラスリーダー、それこそモテないはずがないと思うんですが」
「堀北君は……もちろん一時期そういう面でも大人気でした。その結果、卒業まで誰とも交際しない宣言を出して、それ以降そういった話はなくなりましたね」
当時を思い出す様に遠い目をする橘。
堀北兄のことだから、なぜ付き合わないのかまではしっかり説明していないんだろうな。
結果、周りが勝手に憶測して、クラスのためだとか、生徒会で忙しいとか、そういった内容で納得してしまったのだろう。
叶わぬ恋とわかっていてもずっと支え続ける橘も健気なものだ。
「堀北君と同じ方法を取る手もありますが……本音を言えば、綾小路くんには堀北君とも南雲君とも違う道を歩んで欲しいです」
オレも恋愛というものを学びたいため、そもそも同じ手段を取る気はなかったが、橘の願いは真に迫るものがあった。
「そうですね、オレも決断しなくてはいけないのかもしれません」
「その結果、悲しむ人が出てくるとは思いますが、このままずっと曖昧な状況ほど残酷なことはないですからね」
「ただ恋心がよくわかっていないので結局時間はかかりそうですが」
「……恋は頭で考えるものじゃないですよ?気づいたら落ちているものですから。綾小路くんは何でもできそうで、そういうところはまだまだですねー」
恋に落ちる、そんな事象があるなら是非とも体験してみたいものだ。
オレは誰かと付き合うなら、どんなメリットがあって、リスクはどんなものがあるのか、どんなことを学べるか、そんなことを計算することしかできない。
損得なしで相手の事だけを考える。……残念ながらそんな自分は想像できないな。
「今度の特別試験は男女別ですし、ゆっくり考えてみる良い機会になるかもしれませんよ。離れてみたら淋しい、なんて思う相手がいるかもです」
「いたらいいんですが……」
今度の特別試験は3学年合同。残念ながらオレが入会した時にはすでに生徒会チェックが終わった後だった。
なんでも南雲が意見をたくさん出し、それがかなり反映されたといった明らかに怪しい特別試験。
退学の可能性もあるだけに、呑気に異性の事を考える生徒などいないだろう。
「さ、次は独楽で勝負ですよ、綾小路くん」
「新年早々負け越すことになっても恨まないでくださいね」
「そっくりそのままお返しします!!」
特別試験についての準備は大方済んだようなもの。
今は正月にしかできないことを楽しむとするか。
そうして元旦はぶちネコになった橘と正月らしい遊びをしたのち、堀北兄の部屋で3人で餅を食べて過ごすこととなった。
今年はどんなことを学べるのか、楽しみだな。