ようこそ実力至上主義の生徒会へ   作:まぐまれむ

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※今回の話にはアニメ3期にあたる部分のネタバレ要素が少々あります。アニメご視聴のみの方はご注意ください。



一之瀬帆波の過ち

夏休みが始まって数日。

見回りを済ませたオレはちょっとした雑務を片付けるため、生徒会室へ向かっていた。

 

1年はもうすぐ豪華クルージングで2週間ほど不在になるので

その分の皺寄せが来ている。

夏休み返上で仕事をする。これのどこが平穏な学生生活だろうか。

……まぁ、だからと言って、夏休み中に誰かと遊ぶ約束など全くないのだが。

 

そんな感傷に浸りながら校舎に入る。

 

夏休みともなると部活動生や図書館など一部施設を使用する生徒しかいないため

普段賑やかな校内も静まりかえっており、不思議な感じがする。

 

足音すら響いてきそうな静寂。長い廊下をゆっくり進む。

遠くから運動部のものだろうか無数の掛け声が聞こえ

その声に混じるミンミンゼミの鳴き声。

あぁ、これが外の世界の夏か。

そうして聞こえてくる『様々な声』に耳を澄ます。

 

まもなく生徒会室に到着というところで、ドアが開いた。

 

「今日はお時間いただきありがとうございました。失礼します」

 

挨拶をし生徒会室から出てきたのは、意外な人物。Bクラスの一之瀬帆波だ。

 

丁寧にドアを閉め、歩き出したところでこちらに気づく。

思いがけない遭遇に驚きがあったのか、バツが悪そうに目が泳ぐ。

だが、すぐに落ち着いて声をかけてきた。

 

「久しぶりだね、綾小路くん」

 

「あぁ、そうだな」

 

こうして一之瀬と話すのは、須藤の暴力事件解決に協力してもらって以来だ。

つまり、監視カメラ購入の際に借りたポイントを返すことがまだできていない。

卒業までに返してくれればいいと言っていたが……

まさか生徒会にやってきたのは

いまだポイントを返す気配がないオレたちを訴えるため、とか言わないよな。

 

さっき見せた動揺の理由に一応の説明がつくが……

『親切を装い近づき相手の弱みを握る』

これがBクラスのやり方だとすると

暴力事件をでっち上げたCクラスよりも狡猾だと評価を変えなければならない。

 

この場で満額返せたら解決する話だが、借りたポイントはそれなりなわけで

一人で払おうとすると現状のクラスポイントでは1年以上かかりかねない。

その辺り堀北はどう考えているんだ。

須藤を助けるために借りたのだから、当然みんなで折半だよな。

金欠で無料の山菜定食しか食べれない生徒会役員とかあまりにかっこ悪すぎるぞ。

 

などと考えていると、こちらの焦りが伝わったのか

不思議そうな顔でこちらをのぞき込む一之瀬。

少し余所事を考えすぎた。ひとまず探りを入れてみるか。

 

「その節は本当に助かった。ちゃんとしたお礼もできないままですまない」

 

「当然のことをしただけだよ。『悪党を成敗!!』って感じで少し楽しかったぐらいだし」

 

にゃはは、といたずらっぽく微笑む一之瀬。どうやらこちらの考え過ぎだったらしい。

となると別の疑問が出てくる()()()()()()()()()()()()()だろう。

 

「生徒会に何か用があったのか?」

 

「あ~……えっと、ね」

 

何気ない質問に、歯切れが悪くなる。

 

「実は生徒会に入りたくて、その相談をしてたんだ」

 

「そうなのか」

 

現状1年はオレひとりのため、何かと雑務を回されて仕事がたまる一方だ。

人手が増えるに越したことはない。まして、それが一之瀬なら大歓迎だ。

知らない人物と一から関係を築くのは少し面倒だし

ないとは思うが高円寺のような問題児が入ってきても困る。

 

「綾小路くんはどうしてこんなところに?」

 

「生徒会の仕事があってな。悲しいことに休日出勤ってやつだ」

 

「え……綾小路くん、生徒会役員なの!?」

 

信じられないものを見た、といった表情をする一之瀬。

生徒会に入っていることは特にアピールしているわけでもないので

他クラスの一之瀬が知らなくても仕方ない。見回りも始めて数日だしな。

そもそもオレだって生徒会に入るまで、詳しいメンバーを知らなかったのだから

そんなものなのだろう。

 

「堀北生徒会長になぜか目をつけられてしまって、半ば強引に入れられたんだ」

 

自分の意思でも実力でもなく、たまたまであることを強調しておかなければならない。

一之瀬のような他クラスの生徒へは尚更に。

 

「堀北生徒会長自ら指名して!?」

 

「雑用にでもちょうどいいと思ったんじゃないか。どうも堀北って名前のやつにはこき使われる運命らしい」

 

「そんなことないよ……とても、とてもすごいことだと思う」

 

一之瀬の思わぬ食いつきに、適当な冗談を交えて話題を逸らそうと試みるが

どうにも上手くいかないようだ。

 

「あの、もし迷惑じゃなかったらなんだけど……綾小路くんの仕事が終わってから、お茶でもどうかな」

 

灰色だと思っていた夏休みに、早くも色のある予定ができてしまった。

これが生徒会の力ってやつか。ありがとう、堀北兄。ありがとう、生徒会。

 

「迷惑なんてことはない。オレで良ければいつでも歓迎だ」

 

「ありがとう。じゃぁ、仕事が終わったら連絡してくれるかな。ケヤキモールで待ってるね」

 

眩しいぐらいの笑顔で手を振って去っていく一之瀬。

これはサクッと仕事を片付けねばならない。

これからの時間、オレは実力を出し惜しみするつもりはない

と、意気込んで生徒会室に入っていったところ、中にいた南雲と目が合う。

 

チッと舌打ちが聞こえてきたが、それはこちらも同じ気分だ。

 

「夏休み早々雑務か、綾小路。良い心掛けだ、さすが堀北先輩が認めた1年だぜ」

 

「仕事が遅い分、休みの日にでも頑張らないといけないのが辛いところですね。南雲副会長こそ一人でどうしたんですか。人気者の副会長なら夏休みは充実していると思っていたのですが」

 

嫌味には嫌味で返しておくことにした。

 

「オレほどになると頼りにしている生徒も多い。力を貸して欲しいっていう相談事は尽きないのさ」

 

一之瀬、絶対相談する相手間違ったぞ。

 

「つーことで、オレは忙しい。代わりに、この書類の山の確認と承認可否、今度の体育祭予算のチェック、あと議事録の整理も頼む」

 

余計な仕事の追加においおいと思っていると南雲は満足したのか、生徒会室を後にした。前言撤回、生徒会なんてろくなもんじゃない。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

南雲から押し付けられた仕事を片付け終わる頃には、すっかり日も暮れてしまっていた。

 

一之瀬との約束があったため急いだが

普通の生徒だったら一週間はかかったのではないだろうか。

南雲の嫌がらせは面倒だが、この程度で満足しているのであれば底が知れるというもの。

気にするほどでもない。

 

それよりも重要なのはこれからの時間だ。

夏休みに女子と二人きりでお茶をする。

しかも相手が学年でもトップクラスの人気を誇る一之瀬となれば緊張もする。

 

遅くなった謝罪と今から向かうことをチャットすると、すぐに既読がついた。

 

「大丈夫」とパンダのキャラクタースタンプが送られてきた後、せっかくならディナーにしようかという提案が返ってくる。

 

ちょっとした雑務のつもりだったので昼の用意もなく、正直空腹だった。

ここは一之瀬の気遣いに甘えさせてもらおう。

 

そこで、ふと思い出したことがあり、せっかくならと実行してみることにする。

大量の仕事を捌いた直後だったこと、空腹だったこと、いろいろな要因が重なり

普段ならあり得ない判断をしてしまったと思う。

 

後で振り返ると恥ずかしくなる思い出……黒歴史、というんだったか。

まさにそんな歴史を刻もうとしていたことを、この時のオレはまだ理解していなかった。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

ケヤキモールのカフェで綾小路くんからの連絡を待っている。

私、一之瀬帆波は、中学時代は生徒会長を務めていた。

少しでも誰かの手助けをしたくて頑張っていたんだけど

色々あって中途半端に終わってしまった。

 

高校ではその分も頑張らなきゃって、また生徒会の門を叩いたんだけど……

そう上手くは行かない。何度面接しても堀北生徒会長が許可してくれなかった。

 

精一杯熱意をアピールしてみたけど手応えがなく

落ち込んでいたところに南雲副会長から声がかかった。

 

南雲副会長曰く、格式や実力を重んじる堀北生徒会長が

Bクラスである私の力を認めていないことが理由らしい。

 

この場でBクラスの配属理由が実力とは関係ないこと

本来であればAクラス相当の力があることを証明できれば

南雲副会長から口利きをしてくれる、そんな提案。

 

私には、Bクラスに配属されたことに心当たりがあった。

誰にも言うつもりがなかった私の過ち。

 

生徒会活動が贖罪になるとは思わない。

でも生徒会に入って尽力することが、今の私ができるせめてもの償い。

私が私らしくあるために、必要なことのように思えてならなかった。

 

だから、藁にもすがる思いでその罪を告白する。

幸いこの場だけの秘密にしてもらう事も約束してもらえた。

あとは南雲副会長を信じるだけ……

 

だと思っていたんだけど、今日綾小路くんと出会った事で疑問が生まれてしまった。

それを確認するまではこの不安を拭えることはなさそうだ。

 

そんな事をウダウダ考えていたらあっという間に時間が過ぎていき

暗くなってきた頃に綾小路くんから連絡が来た。

 

遅くなったことの謝罪だったが

生徒たちの為にこんな時間まで働いていた彼を誰が責めることができるだろうか。

 

もしかしたら食事すら取っていないかも、ディナーへの変更を提案してみる。

労いの気持ちもあるけど、これから貴重な話を聞かせてもらえるかもしれないのだ

どーんとご馳走してあげたい。

 

「そうしてもらえると助かる」という返事を見て予想が当たっていたことがわかった。

 

「何か食べたいものは?」と聞いてみると「一之瀬は?」と返ってくる。

 

譲り合いになりそうだと思ったけど

私から誘ったので綾小路くんの食べたいものに合わせる旨を伝えた。

 

しばらくしてケヤキモール内のレストランを指定してきた。

行ったことはないけど、ちょっぴり大人びた雰囲気の店内で

何でもピアニストが生演奏してるとか。

 

いつか彼氏ができたら行ってみたいね、なんてクラスメイトが話していたのを思い出す。

そんな理由もあって学生は普段利用しない場所。

あまり人に聞かれたい話でもないし、ちょうどいいかもしれない。

 

レストラン前に集合することにして、荷物をまとめて移動する。

 

綾小路清隆くん。

Dクラスの生徒だけど、この前はストーカーから佐倉さんを助けていて格好良かった。

ストーカーを追い詰める時に

なぜかはじめたチャラ男の演技があまりの棒読みで笑いそうになっちゃって

こっちまでメチャクチャな演技をしてしまった。

状況が状況だっただけに不謹慎だけど、事件を防げた今となっては面白かった思い出だ。

 

何事もないように颯爽と人助けできる彼だからこそ、生徒会に入れたのかもしれない。

他クラスの生徒はライバル同士。本来警戒しないといけない相手。

でも純粋に尊敬できる。

まだまだ掴めないところはあるけれど

綾小路くんは私ができないことをできる人なのだ。

 

今日はBクラスのリーダーとしてではなく

一人の生徒として綾小路くんに色々話を聞いてみたい。

集合場所に到着し、なんだか普段よりもちょっと緊張するかも、なんて考えていたら

向こうから綾小路くんがやってくるのが見えた。

 

「お、お疲れ!綾小路くんっ!」

 

何だかちょっと硬かったかもしれない。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「お、お疲れ!綾小路くんっ!」

 

「お、おう。遅くなって悪いな、一之瀬」

 

持前の元気良さに少しの緊張が混ざった挨拶を受け取ったオレも

ちょっと緊張が移ってしまった。

 

「全然だよ。忙しいところ無理言ったのは私だし」

 

いや正確に言うと忙しくなったのは南雲のせいであり、一之瀬は全く悪くない。

南雲許さん。だが、お茶からディナーへの変更は

南雲の無茶振りのおかげとも言えるかもしれない。南雲今回だけは褒めてやろう。

 

「とにかくお腹も空いたし、早速入ろうか」

 

「だな。すみません、先ほど予約した綾小路ですけど」

 

「えっ!予約しておいてくれたの?」

 

「夏休みだし、時間も時間だからな。念を入れておいた」

 

ちょっと驚いた様子の一之瀬だったが、予約するのは当然のことだろう。

満席でどこにも入れず解散なんてことになったら笑い話にもならない。

それにメリットは他にもあるしな。

程なく店員に案内され、窓際の夜景が見える席に案内される。

ケヤキモール自体そんなに高さはないので見える景色は限られているが

広場やライトアップされた並木道を一望できる。

 

「えっと、今日は時間作ってくれたお礼もあるからご馳走するよ、遠慮なく好きな物を食べてねっ!」

 

「いや、そういうわけにもいかない。むしろこういう時は男の方が甲斐性をみせるものだと聞いた」

 

「でもDクラスの懐事情は……」

 

クラスポイント=月の収入なので甲斐性がないのはバレバレで

加えてポイントを借りている状況。かなり気を使わせてしまっている。

だが、『今回に限って』は譲ることはできない。

 

「そこは心配しなくていい。ちょっとした収入があってな。店を決めたのはこちらだし、例の件のお礼もしたい。ここは任せてくれないか」

 

こっちには南雲さんがくれた5万ポイントがある。

なんだ今日は大活躍じゃないですか。

 

「うーん、でもなぁ……」

 

「どうしてもご馳走してくれるというなら、また今度こうして食事をしたときに頼む」

 

「え、あ、うん……わかった。意外と強引というか、なかなか大胆だね、綾小路くん」

 

どうにか了承を得たが、大胆とはなんのことだろうか。

 

 

食事を楽しみながら、雑談をして過ごす。

少し緊張したが、こういう時間も悪くない。

有難いことに一之瀬から話題を振ってくれるので

女性と二人でディナーという何を話していいかわからない場面でも困ることはない。

 

そうしているうちに一之瀬の表情が少し真剣なものに変わった。

何か大事な話でもあるのだろうか。

 

「あのさ、綾小路くん。少し生徒会のことについて聞いてもいいかな」

 

「あぁ、オレでわかることなら構わない」

 

どうやら生徒会について気になっていたようだ。

新メンバーになる可能性もある、協力しておくべきだろう。

 

「ありがとう。今朝の続きなんだけど、綾小路くんは堀北生徒会長に声をかけられて生徒会に入ったんだよね」

 

「そうなるな」

 

「実は……何度か生徒会へ入るために面接を受けたんだけど、生徒会長から許可が出なくてずっと落ちてるんだ」

 

「そうなのか。一之瀬の実力を考えるとおかしな話だな。オレが生徒会長なら迷わず採用するが……」

 

「そ、そんなでもないけど、あ、ありがとう。それで、今日南雲副会長から理由を教えてもらったんだけど……」

 

少し照れた様子の一之瀬だったが、続きの言葉に少し詰まる。

 

「その理由っていうのがね……その、私が、Aクラスじゃない……から、らしいんだ」

 

「ん?それは本当なのか」

 

「南雲副会長が言うにはね。堀北生徒会長は厳しい人で肩書を重視するって」

 

「それは色々矛盾する話だな」

 

「そうなんだよね。Dクラスの綾小路くんがいるわけだし。あ、いや綾小路くんが生徒会に入ってるのがおかしい、とかいうわけじゃないからね」

 

慌ててフォローする一之瀬。

しかし彼女にしてみれば、Dクラスの生徒より劣っていると言われたようなもの。

最初に勧誘された時の橘の反応からオレが特例なのは間違いないが

これまでの堀北兄を見る限り所属クラスが原因で落とすことはないだろう。

 

「オレのことは置いておくとして、オレの前にAクラスの……たしか葛城という生徒が面接をして落ちたと聞いた。葛城の実力は知らないが、少なくとも所属クラスは関係ないんじゃないか」

 

「え、あの葛城くんが!?」

 

「葛城を知っているのか、一之瀬」

 

「うん、Aクラスのリーダーの一人だよ。何度か話したことがあるけど、理由もなく生徒会に入れないとは思えない、かな」

 

そういって、うーんと首をかしげる一之瀬。

てっきり部活動紹介で威圧をかけすぎた結果、ろくに入会希望者が現れなかったため

オレに白羽の矢を立てたのだと思っていたが……そうでもないらしい。

 

「これまで過ごしてきた所感だと、生徒会長はクラスで人を判断したりしない、とオレは思うんだけどな」

 

「だとすると、やっぱり綾小路くんがすごい人ってことだよね」

 

「そこは何かの間違いだと思うんだが……」

 

自分が入れなかった生徒会に所属している同じ1年の生徒。

今の一之瀬に下手な誤魔化しは効かないだろう。

それならばいっそのこと、この状況をうまく利用する方が都合がいいか。

 

「ひとまずオレの方でも理由を探ってみることにする」

 

「え、それは悪いよ……」

 

「正直一年一人では荷が重かったんだ。一之瀬が入ってくれるならそれ以上のことはない。協力させてくれ」

 

「やらなくていい」と強く拒否しないあたり

この件で一之瀬が相当悩んでいることがわかる。

 

堀北兄の考えはわからないが、こちらから推薦すれば少なくとも落とす理由ぐらいは聞けるだろう。

 

まだ浮かない表情の一之瀬。原因はわかっているが、あえて触れない。

今ここで根本的な解決はできないからだ。

それよりもこの時間を楽しんでもらうことを優先しよう。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

生徒会へ入るために協力してくれるといってくれた綾小路くん。

本当にありがたい話。

少し救われた気持ちになったけれど、私には別の不安が残っている。

今の話を前提に考えると、南雲副会長が噓を言っていたことになるからだ。

 

南雲副会長も堀北生徒会長のことをわかっていなかった?いや、そんなことはないはず。

副会長は何かと生徒会長をライバル視して勝負を持ちかけている、という話は有名だ。

そんな相手のことを全く理解していないなんてことはないはず。

 

それに南雲副会長といえば、元BクラスをAクラスへ導いた2年Aクラスのリーダーで

その力はクラスの垣根を越えて、2年生全クラスへ影響力を持つらしい。

 

確かな実力と実績、だから信用して私の秘密を話せた......いや、話してしまった。

 

その信用に揺らぎがではじめた今、心の奥で不安の火がくすぶり始める。

早く消火しなければ手遅れになってしまいそうな悪い予感。

 

でもそれは綾小路くんとは関係のない話。

せっかくの時間をこんな気持ちで過ごしてしまっては申し訳ない。

大抵のことなら、何とかなると前向きに頑張る自信がある。

けど今回は事が事だけになかなか切り替えられない。

 

そんな風に悩んでいると、綾小路くんがこちらを見つめていることに気づく。

表情に出したつもりはなかったけど、もしかして不快にさせてしまったかも。

「ぼーとしちゃってた、ごめんね」と謝罪をしようとしたところで

綾小路くんは立ち上がり口を開いた。

 

「一之瀬、ここで少し待っていてくれないか」

 

「えっ、う、うん」

 

綾小路くんはポーカーフェイス(?)なので感情がわかりにくいんだけど

なんだかとても暖かな目をしていたように見えた……うーん、気のせいかも。

ただ、気分を害した様子ではなかったのでほっとした。

 

お手洗いかな、と見ているとレストラン中央で演奏していたピアニストのところへ。

ちょうど曲が終わったところで、何やら声をかけている。

 

そしてピアニストと交代してピアノの椅子に座る。

まさか、と思う間もなく、ピアノを弾き始める綾小路くん。

 

曲名はわからないけど、どこかで耳にしたことがあるクラシック。

優しくも芯のある綺麗な音色で、耳から体に染み込んでいく感覚が心地良い。

 

ゆっくりと流れる時間に、ピアノの旋律が溶け込む。

音楽に詳しくない私でもわかるほどの腕前。

先ほどまでは誰もピアノの演奏を気にもしていなかったのに

言葉を発することを躊躇われる、雑音は許されない、そんな空気が出来上がっていた。

 

「ドビュッシーの月の光。う~ん、美しい私に相応しい曲だねえ」

 

って思った途端、誰かの声が聞こえる。

声の方を見ると、お店の端、ここから5~6席離れたところから聞こえたようだ。

ここからじゃよくわからないけど、学校ですれ違ったことがある人な気がする。

声の主はともかく、周りのお客さんもみんな聴き入っている。

さっきまで演奏していたピアニストなんて涙を流す始末。

 

曲が終わると、一斉に大きな拍手が起こる。

スタンディングオベーションって初めて見た。ここレストランだよね?

そして演奏はまだ続くみたい。綾小路くん、どこを目指しているの?

 

でも、次に弾き始めた曲は、私だって知っている曲。

そう、バースデーソングだ。

 

圧倒的な技術で奏でられる聴きなじみの曲は

なんだか特別な感じがして不思議な気分だと他人事のような感想が出てくる。

そんな風に他人事のように感じていたから

なんで彼がバースデーソングを弾いているのかまで頭が回らなかった。

 

だから、曲に合わせてウエイターさんがケーキを運んできたときには驚いた。

 

「お誕生日おめでとうございます」

 

そう言いながら、曲の終わりに合わせてケーキを置くウエイターさん。

周りのお客さんからも再び大きな拍手が起こる。

この通常ならあり得ない一体感を生み出したのは

紛れもなく綾小路くんの演奏の賜物だろう。

 

でも……当然、私はパニックだ。

ツッコミが追い付かない。

ケーキに刺さっている花火キレイだなぁ、なんて現実逃避も効果が薄い。

心音がスゴイことになっている。

 

「えっと、えっと、え~っと?」

 

「一之瀬、この前誕生日だっただろ。少し遅れてしまったがサプライズってやつだ。もちろん、プレゼントも用意した。誕生日おめでとう」

 

いつの間にか席に戻ってきた綾小路くんから、包装された小さな箱を受け取る。

びっくりするほど手の込んだサプライズ。

もう訳が分からなくて動揺している。

 

「あ、綾小路くん!こ、これっ、好きな人とか恋人にするやつだよっ!!!」

 

混乱してる中でも、一番最初に指摘しておかなくてはいけない部分だと思った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「え、そうなのか。誕生日をサプライズでお祝いするのは友達同士でもするものだと思ったんだが……」

 

一之瀬からの思いがけない指摘。

誕生日を本人に内緒で企画して祝う。

友だち同士のイベントとして、一度くらい挑戦してみたいと思っていたのだが

どうやらどこかで間違ってしまったらしい。

 

「限度があるというか、ほら、周りのお客さんも生暖かい目で見守ってるし……」

 

これからプロポーズする男を見守るような視線とでもいうのだろうか。

「頑張れ!」「漢をみせろ!」「今ならいけるって」など無責任な声援が飛んでくる。

 

やり過ぎてしまったことを実感し冷や汗が出てくる。ちょっと誕生日を祝っただけだぞ。

 

どうすればこの窮地を乗り越えることができるのか。

ここで下手なことをすれば大ブーイングは避けられない。

が、もちろん告白の予定などはないわけで。

 

形だけ告白して一之瀬に断ってもらうという手もあるが

これから生徒会のメンバーになるかもしれないのに、気まず過ぎる。

 

そんな答えの出ない思考に陥り始めた時だった。

 

「こんなサプライズ生まれて初めてだから驚いちゃったけど、本当に嬉しい。ありがとう」

 

周りに聞こえるように、そう言って一之瀬が右手を出してきた。

その手を取って握手を交わしたところで、三度目になるか、大きな拍手が湧き上がる。

 

「おめでとう」「お幸せに」などという祝福がひっきりなしに投げかけられる。

パパパパーンとピアノの演奏が聞こえた。先ほど交代してもらったピアニストだ。

してやったり顔で結婚行進曲を演奏するんじゃない。

 

困り果てていたこちらを見かねて、助け舟を出してくれた一之瀬。

周囲には明らかに勘違いされているが、幸い学生はいな......

高円寺っぽい姿が見えた気がしたが気のせいだ。

仮に本人だとしても問題にはならない、と思いたい。

 

とりあえず窮地を脱したオレたちは

長居は無用と急いでケーキを食べてその場を後にした。

 

異性へのサプライズは注意が必要だと覚えておこう。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「いやぁーもうびっくりしたよー」

 

レストランを後にした私たちは寮へ帰るため、暗くなった並木道を歩く。

 

「もぉ」と怒った風にからかってみた。

実際、少しも怒ってはいなかったんだけど

「これから告白されるの!?」

って勘違いしてしまった分ぐらいは意地悪しても許されると思う。

あれれ、少し前、私も綾小路くんに似たようなことしちゃってたな。お互い様かも。

 

「本当にすまなかった。まさかあんなことになるとは」

 

なんでもすまし顔でやってしまいそうな綾小路くんだけど

ちょっと抜けてる一面もあることがわかって少し嬉しかった。

当たり前のことだけど、誰だって失敗することはあるんだって感じることができたから。

 

気づけば私の心の中で燃え広がりそうだった不安はどこかへ行ってしまっている。

状況は変わっていないはずなのに、あんなに悩んでいたのが嘘みたいに晴れやかだ。

 

「不思議な人だね、綾小路くんって」

 

思わずそんな言葉が出てしまう。

 

「よくわからないが、ちょっと世間知らずなだけだぞ」

 

「まぁそこは否定できないかもね」

 

にゃはは、とからかいながら肘でつつく。意地悪はこのくらいにしといてあげようかな。

 

「でもよく私の誕生日知ってたね」

 

「生徒会役員として同級生の基本情報くらい覚えておいた方がいいと思ってな。幸いその手のデータなら生徒会室に置いてある」

 

同級生、つまり160人分のデータ。さらっとすごいことを言ってのける綾小路くん。

これは敵わないわけだと実感する。

 

「ピアノの演奏もすごかったよ」

 

「小さい頃習っていたことがある。普段披露する場がないからな。こんな時ぐらいと少し張り切ってしまったんだ」

 

「なるほどねー。あの曲が一番得意なの?」

 

「得意というより、あの時の一之瀬に贈るならこの曲かなと選ばせてもらった。明るい曲調のものと迷ったが、たまには落ち着いた曲も悪くない」

 

「うん……とても、心に沁みたよ」

 

「ちょっとでも一之瀬の気分転換になったなら良かった」

 

「うん!またぜひ聴かせてね」

 

多分、綾小路くんは私の異変に気づいて

慣れないサプライズを企画してくれたんじゃないかな。

付き合いは短いけど、綾小路くんなら気づいてくれそうだな、と今なら思える。

 

「堀北生徒会長の目に狂いはないことがわかったし、私も認めてもらえるように、もっともっと頑張るよ」

 

「あぁ。でも無理は禁物だぞ」

 

そう、とってもシンプルな話だったのだ。

まだまだ私の実力が足りていないから生徒会に入れない。

Bクラスだからとか、誰が生徒会長だからとか関係なかったんだ。

上手くいかなくて弱っていた私は

他に原因があるのだと決めつけて現実から逃げようとしていた。

綾小路くんのおかげで、その思い上がりに気づいて受け入れることができた。

 

もっと早く綾小路くんに逢えていたら、なんて考えても仕方のないことを思う。

って、あれれ、さっきから、私————

そんな気づきにフタをして

照れ隠しにポケットに手を入れると、何かに手が当たったことで思い出す。

 

「あっ」と思わず声が出てしまい、なにごとかとこちらを見つめる綾小路くん。

 

「そういえばプレゼントまだ開けてなかったんだけど……ここで見てみてもいい?」

 

「もちろんだ」

 

あの時は動揺しててすっかり忘れてしまっていた。

サプライズ、という意味では本当に成功だよ。

 

男の子からプレゼントされるのは初めてだ。

……もしかして、中身はハート型のネックレスや指輪だったりして。

綾小路くんならやりかねない。しかも深い意味はなしで。

ちょっとドキドキする。

 

深呼吸して、箱を開ける。

中から出てきたのは、パンダのキャラクターのキーホルダーだった。

 

「これって……」

 

「チャットのスタンプを見て、初めて会ったときに、このキャラクターのハンカチを使っていたのを思い出したんだ。レストランに行く前に雑貨屋に寄ってみたら、丁度置いてあったから選んでみたんだが……」

 

プレゼントを呆然と眺めていた私の反応に心配になったのかもしれない。

 

「このパンダね、妹が大好きなんだ」

 

そう、妹が大好きで大好きで。

でもうちは母子家庭で貧乏だったから

ぬいぐるみとかグッズとか買ってあげられなくて。

だからお母さんと協力して

ぬいぐるみを手作りしたり、カバンに裁縫したり、絵を描いてあげたりした。

決してクオリティの高いものではなかったけど

それでも喜んでくれた妹の顔をみるのが好きだった。

 

この学校は外部との連絡は一切取れない。

だからどうしても寂しくなったときは、このパンダを見て元気をもらっていたのだ。

 

「ありがとう。大事にするね」

 

笑顔でお礼を言ったつもりだったのに、一筋の涙が溢れた。

最後の最後までサプライズを仕掛けてくるなんてずるいよ、綾小路くん。

 

「い、一之瀬!?」

 

そんな私の様子を見て

また何かやってしまったのだろうかと心配してくれる。

 

「ち、違うよ、違うよ。これは、嬉し涙だから」

 

涙を拭って、私は……うん、心の底から微笑むことができた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

長い一日だったが、やっと部屋に帰り着いた。

「ふぅー」と息を吐きベットへダイブする。

 

途中こちらの計算外のことがいくつか起こったが、概ね計画通りの展開となった。

 

あの状況で実力を隠し切るのは難しく、一之瀬も思い詰めているようだった。

だから、あえて力の一部を開示することでオレとの実力差を感じさせ

一之瀬が生徒会に入れない理由付けを行った。

堀北兄の真意はわからないが、これで一之瀬も迷わず進めることだろう。

 

併せて一之瀬の沈んだ気持ちをリセットするためにサプライズを用意してみたが

こちらはなかなか難しいものだということがわかった。

改善点は把握できたので次はもっと上手くやれるだろうが、二度目はないだろう。

誰かの誕生日を祝うのは難しい。

それでも一定の効果はあったようで、最後の笑顔には思わずドキッとした——

 

また、必要経費と割り切っていくつか実力を見せたが

ピアノがいくら上手くても試験に関わることではないし

記憶力や洞察力など、その他の能力もそれほど脅威と捉えるほどではない。

むしろ一之瀬からの信頼を得ておくことが、これからの計画で大きな意味を持つ。

次に一之瀬に会うときが楽しみだ。

 

 

生徒会に入ってもうすぐ1か月。

今までのオレなら考えられないような思考をするようになってきた。

どこまでいっても他人は道具でオレが勝つ為の駒でしかないはず。

というのに、最近は本来通らなくてもいい道を選び、遠回りをしようとしている。

 

道具に愛着を持つことは誰にでもある。

だが、その愛着が行くところまで行った時、それは本当にただの道具なのだろうか。

 

くだらないことを考えているなと思う一方で

未知の感覚を少し面白いと思う自分もいる。

 

そうやって黒歴史を刻んでしまった事実から目を逸らすように瞼を閉じた。

 




今回これまでの2倍ぐらいの長文になってしまいました。2部構成にしようかと思いながらも、区切りの良い場所を作れず……お付き合いいただきありがとうございました。


この話を書くときに悩んだのは、一之瀬いつ生徒会に入ったんだ問題です。
原作では、最初に堀北兄が誘った時はまだ書記の枠が空いていたので加入していないはず。
そしてクルージングがから帰ってきた後、再び勧誘された時には橘先輩が『先日』1年の女子を採用したばかり、と言っています。

『先日』がどのくらい前を指すのか曖昧で、上記の情報から7月中旬から8月中旬ぐらいと予想できるかな、ぐらいです。※どこか記載があるのを見逃していたらすみません。
あとは、南雲が一之瀬さんを呼び出したのは『休みの日』ということ。

そのためこの作品では、まだこの時点では生徒会に入っていないものとして話を進めることにしました。また、すでに綾小路くんが空いていた席にいるため、今後彼女が加入できるかどうかは一之瀬さん次第……かどうかはわかりませんが、この先の物語で書いていこうと思います。


もうひとつ一之瀬関連で気になっているのが、一之瀬のパンダイラストのハンカチってなんだ問題です。(かなりどうでもいいかとは思いますが……)
原作2巻、特別棟で出会ったときに取り出した『パンダのようなイラストが描かれた可愛らしいハンカチ』ですが、そこまで具体的な描写があったのに、それ以降の出番はなし。一之瀬さんに、パンダ好きのイメージもあまりピンとこなかったので、勝手に解答を出してみました。
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