朝5時からオレたちの朝食作りが始まる。
「あああクソ眠ぃ……」
石崎が目を擦りながらぼやく。
調理中なんだから衛生面には気を遣って欲しいところ……。
「石崎、もう一回手を洗ってこい。ついでに顔も洗えば目が覚めるんじゃないか」
「……しゃーねーな」
代わりに啓誠が指摘してくれた。
その啓誠は学校から配布された朝食のメニューとレシピを見ながら、各々に調理の指示を出している。
用意する人数が人数であるため、調理場は大忙しだ。
オレはアルベルトと一緒に野菜のカットをしている。
アルベルトの調理方法は片手でリンゴを潰しながら「HAHAHAHAHA」と笑うのが似合いそうなイメージだったが、意外なことに繊細なタッチで熟練の主婦の如き包丁捌きでトントントンと音を立てながらキレイに野菜を切りそろえる。
オレも見よう見まねで後に続く。
橋本はコンロで器用に卵焼きを作っていた。
Bクラスの連中は卵を割ったり、野菜を洗ったり、皿を出したりと縁の下の力持ちといった感じだ。流石にBクラスっぽいな。
弥彦はどこかに消えた高円寺を探しに行ったきり帰ってこない。
「お、美味そうじゃん」
「褒めてくれんのは嬉しいが、つまみ食いはなしだぜ。朝食まで我慢してくれ」
手洗い顔洗いから戻ってきた石崎が皿に盛られた卵焼きに手を伸ばそうとしたところで橋本から制止が入る。
「ケチだな。だったらお前が思わずつまみ食いしたくなるような味噌汁を作ってやるよ。あとから後悔してもしんねーからな」
気合を入れて調理をし始めた石崎。
「おい、石崎!ちゃんと分量を量ってから味噌を入れろよ」
「気にすんなって。こういうのはよ、レシピ通りじゃなくってよ、アレンジが大事なんだよ、アレンジが」
不安になるセリフが聞こえてきたが、果たしてどんな味噌汁ができるのか……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ぶふっ……おい、一年、なめてんのか。何だこの味噌汁」
「どうすりゃ、味噌汁がこんなふざけた味になんだ」
「昨日の仕返しのつもりか?いい度胸じゃねえか」
「味見くらいしとけや」
朝食の味噌汁を飲んだ上級生から苦情が出る。
これはオレでなくても簡単に予想ができた事態だろう。
向こうで石崎が上級生にペコペコ頭を下げている。
石崎は次回から盛り付け担当だな……。
オレも怖いもの見たさのような気分で試しに少量だけ口に含んでみた。
「……まずい。櫛田の作る味噌汁が恋しいな」
「なんか言ったか、清隆」
「いや、あまりのまずさに思わず妄言が出ただけだ、気にしないでくれ」
「確かに、これじゃ無理もないな……」
啓誠も苦い顔をしている。
それにしても櫛田の料理が恋しくなるなんて……おなじクラスの悪魔様にいつの間にか駄目人間にされていた、のか?
とは言え、こんなことになるならオレも少しは料理を教えてもらっておくべきだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あわや味噌汁で全滅しかけたオレたちの大グループは、しばらく不調を訴える生徒もいたが、午前の3限目、道徳の授業の時間には回復していた。
オレもまだ胃のあたりに違和感があったため、外でも眺めて気を紛らわしていると、元気よくグラウンドを走る女子生徒の姿が目に入る。
というより元気すぎないか、一之瀬?
授業とは言え、そこまで懸命に走らなくてもよさそうなスピードで走っている。
他にはひよりやみーちゃん、真鍋たちも一緒に走っていることから同じ小グループのメンバーなのだろう。パッと見た感じではひよりクラスの人数が多い。
一之瀬以外は各々のペースで走っていることから、特に課題としてスピードが求められているわけではなさそうだ。
「これからお前たちには最終日に向けて毎日スピーチしてもらう。学年ごとにスピーチのテーマは異なるが、判断基準は『声量』『姿勢』『内容』『伝え方』の4つ。今日は試しに自己紹介だ」
担当の教員が道徳の授業にもかかわらず、スピーチが云々言い始めたことで授業の方に意識を戻す。
これも最終日の試験科目の1つだろう。
コミュニケーションを不得意とする人間にしてみれば、地獄のような試験内容かもしれない。
1年生はこの一年を通じて学んだこと、これから学びたいことをスピーチしろ、ということだ。
オレも生徒会を通じて色々学んだからな、スピーチも問題ないだろう。
「では、今日は名前順で始めてもらう。綾小路、前に出てこい」
さっそく成長を見せる時が来たか。
自己紹介は入学時、生徒会入会時、干支試験でも披露してきた。
その都度、精度を上げてきた自負がある。
「えー、綾小路清隆といいます。……生徒会で副会長してます。好きな食べ物は美味しい味噌汁で、嫌いなものは金色のヤツです。えーと、そんな感じでよろしくお願いします」
まばらな拍手が起こる。
今回もしっかりと主張したいことはできたな。
「清隆、何かの作戦か?」
「作戦?」
席に戻るなり啓誠から話しかけられる。
「……いや、気にしないでくれ。まだスピーチの機会はあるしな。その中で学んでいけば良いだけだ。まだ焦る時間じゃない」
妙に優しく伝えてくる啓誠に疑問を抱きはしたものの、確かに今回は慣れた自己紹介だったから問題なかったが、テーマ次第では苦戦もありうる。警戒はしておくべきだな。
他の生徒のスピーチが順調に進んで行き、コイツの順番が回ってきた。
「俺はこの学校の生徒会を仕切る男、南雲雅――」
……聞く価値はないな。
グラウンドの一之瀬を眺めて過ごそう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夕食の時間がやってきた。
食事の席を探していると、とある一行から声を掛けられる。
「清隆くん、お疲れ様です。よろしければ一緒にどうですか?」
ひよりとみーちゃん、諸藤が一緒に食事をしていた。
「ひより姐さんじゃないですか。お疲れ様です。調子はいかがですか」
「……石崎君ですね。その呼び方は止めて欲しいとお伝えしたんですが、ケジメみたいなものと言って聞いてくださらず」
「あだ名だと思って割り切るしかないな。オレもそうしている」
「王子も変な呼ばれ方をしているんですか?それは会報に載せたい情報ですね」
……諸藤、無自覚なのか。
「ま、まあいいじゃないですか。せっかくの夕飯が冷めてしまいます。食べましょう」
こちらの意を察したみーちゃんが話題を変える。
そこからはグループの話や授業の内容などについて話すこととなった。
「それにしても道徳や作法など高校生にもなって時間を割くほどのものなんですかね」
諸藤から多くの生徒が思っているであろう素朴な疑問が飛び出す。
「どうだろうな。これを物語として考えるなら、それらはマクガフィンとしての意味合いが強いんじゃないかと考えている」
マクガフィン――物語の登場人物が行動を起こすきっかけのようなもので、登場人物にとって重要でも物語としてはそこまで比重を置かれていない物事。
オレなら3年間の普通の高校生活、堀北であれば兄貴に認めてもらう、櫛田なら全校生徒と友だち(堀北退学)といったところか。
もっと大きな視点で言えば、この学校の生徒にとってのマクガフィンはAクラス卒業の特典、ということになるのだろう。
「なるほど、マクガフィンですか。……期間を合宿中だけにするか、卒業までにするかで捉え方が変わってきそうですね」
主に創作物で使われる用語であるため、ひよりにはピンと来たようだ。
「え、マグカップ?」などと言ったボケが発生しないのは楽なような、少し淋しいような……。
「そうだな。学校の意図としては『ここでそれらを学ばせたい』というよりは『学ぶ機会を作ってここで過ごさせる』ことを重視していそうだ」
「うーん、わかったようなわからないような」
「極論、別の科目でもいいのかもしれませんね。ただ、3学年合同で合宿をするために、修学範囲が関係ない道徳などになったのかもしれません」
疑問顔の諸藤にひよりが補足する。
それがあっているかは、今後の特別試験で道徳や作法が活かされる試験が出るかどうかまでわからない。
ただ、もしそれらが学校生活で必須の項目であれば、これまで学ばずに過ごしてきてもう数か月で卒業する3年生の存在が浮く。
そう考えると、ひよりの推測は概ね合っているように思える。
「なるほど……でも理由はともあれこうして皆さんと一緒に過ごせるのは楽しいですね。王子たちの活躍が見れないのは残念ですが」
「こうして交流する時間があるだけでもいいじゃないですか」
「そうですね」
俺の顔を見ながら微笑むひより。
諸藤も同意する。
ここで会ったのも何かの縁。オレもそろそろ動き出すことにする。
この試験、異性側の様子はほぼわからないため、この時間に聞き込みをしていくことが重要だ。
人脈がモノを言う試験。学や南雲、一之瀬にとってはやりやすいことこの上ないだろう。
「そういうことなら、諸藤にひとつ提案があるんだが」
「なんですか、王子?」
アイディアを諸藤に伝える。
「それは素敵です。さっそく明日から実施しましょう、王子!」
「ああ。大変かとは思うが任せた」
「はいっ!」
オレからの提案に喜ぶ諸藤。
こちらとしてはこの試験を有利に進めること以上の目的はないのだが……本人が喜んでいるなら水を差す必要もない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その日の夜。大浴場に入った時だった。
浴場の一角で、山内や池、柴田など数名が集まっていた。
「珍しい組み合わせだな」
偶然居合わせた神崎も驚いた様子で集団を見ている。
「調子はどうだ。森山たちからは高円寺に手を焼いていると聞いたが」
「あれはそういう生き物だ。諦めるしかない」
「綾小路でもどうにもならないことがあるんだな」
「さすがに買いかぶりすぎだ。割とよくあるぞ」
驕っていたわけではないがこの学校に来てからそう思う機会が増えた。
「一之瀬は綾小路を高く買っている。もちろん俺もだが……少なくともAクラスを倒すまではこの関係を続けていけたらと思っている」
「そうだな」
無人島以降Bクラスの面々とはよく過ごしてきたこともあり、一定以上の信頼を得ることができている。
オレとしても居心地の良さは断然Bクラスの方がいいというのが素直な感想。
オレのクラスは雑音が多いからな……。
「おっ、神崎に綾小路、いいとこに来たじゃん。ちょっとこっちこいよ」
こちらに気づいた柴田から手招きされる。
「どうした?」
「いやさ、今学年で一番アレがデカいのは誰かって話になってよ。みんなで勝負してんだ」
「……アレ?」
「アレと言ったら、そりゃイチモツのことに決まってんじゃねえか」
急に出てきた山内が得意げに話す。
「……そうか。頑張ってくれ」
神崎は足早に身体を洗いに移動した。
オレも嫌な予感がしたのでそれに続こうとする――が、目の前に須藤が立ち塞がりグイっと寄ってくる。
「んで、暫定王者は誰なんだよ」
余裕綽々の態度で、自らのイチモツを隠す素振りもない須藤。
万が一接触事故が起きたら反射で葬りかねないのでできれば離れて欲しい。
「金田だぜ」
柴田が湯船に浸かっている金田を指さす。
金田も居心地が悪そうな顔をしていた。
「なるほど、鼻のでかいやつはイチモツもでけえって言うからな。見せてみろよ、金田」
「健!よく来てくれた、俺らの仇をとってくれよ~」
池が須藤を集団の中に迎え入れる。
脅威が去って安心する。隙を見て逃げ出そう。
「あいつあのサイズで伊吹ちゃんと……何もかも許せねえぜ」
「んん”っ、生々しい話は控えてくださいませんか。僕らはプラトニックな関係ですので」
「嘘つけ!伊吹&金田カップルと言えば、学内でも有名なSMコンビって噂じゃねえか。それでプラトニックは無理があるぜ」
「そ、それは……」
妬み満載の山内からの不必要に問い詰められ顔を真っ赤にする金田。
偽装カップルには少し酷な展開。
「下世話な話はどうでもいいだろ、早く比べようぜ」
そんな空気を須藤が変えて金田の隣に並び立つ。
金田もこれ以上追及されるよりはマシだと判断したのか、大人しく立ち上がった。
勝負は一瞬だった。
「っしゃああ」
須藤の雄たけびが浴場に響く。
オレは興味がないのでわざわざ目視して確認はしないかったが、リアクションから須藤が勝ったことがわかる。
金田はやっと解放されたと言わんばかりにサッと湯船に浸かりなおす。
これで終わるかと思った不毛な争いも、弥彦が葛城を指名したり、石崎がアルベルトを連れてきたりと一波乱あり
結局、越えられない国の壁を感じてお開きになるかと思われたときだった。
「はっはっは、君たちは愉快なことをしているようだねえ」
湯船の中から高円寺の高笑いが聞こえてきた。
「なんだよ高円寺。お前は悔しくないのかよ、健のこの無様な姿を見て何も感じないのかよ」
膝をつき己の実力不足に打ちひしがれている須藤を指さし叫ぶ山内。
死体蹴りもいいところだったが、須藤も反論する気力が沸かないほどの力量の差。
須藤も池も山内も、テストの結果でもこれぐらい落ち込み、悩んでくれればいいのだが……。
「レッドヘアー君にしては健闘したようだがねえ」
「くそ、なんだよ、てめーならアルベルトを倒せるって言うのかよ。そんなん無理だろ」
「私はすべてにおいて完璧、つまり男としても究極なのだよ」
「だったら証明してみろよ。お前の息子がアルベルトと戦えるってのを見せてみやがれ」
「マイ ソンを男に見せびらかす趣味はないのだがね。だが、たまには君たちの遊びに付き合ってみるのも面白いか」
「いい度胸だぜ。やっちまえよ、アルベルト」
……石崎、誤解を招く表現は避けて欲しい。
石崎から促され、海外代表のアルベルトがその巨大なブツを曝け出す。
「ブラボーブラボー。さすがワールドクラスといったところだねえ。伊達ではなくて安心したよ」
「どうだ高円寺。お前のその鼻柱へし折ってやるぜ。いやこの場合折れるのはお前の粗末なアソコか」
勝ちを確信した石崎が今日までの不満をぶつけるように高円寺を煽る。
「最初から勝負するまでもないことだがねえ。君たちには生き証人になってもらうよ」
傍に置いてあったタオルでその秘部を隠し、アルベルトの隣に並ぶ高円寺。
浴場中の男子が固唾を飲んで2人の様子を見守る。
「さぁその目に刻むといい。これが真の男のみが持つことを許された男根さ」
高円寺はポージングを決めながらタオルを投げ捨てる。
飛び出したのは、あまりにも巨大すぎるナニ。
アルベルトが小さく『Jesus』とつぶやく。
「これで私が完璧な存在であることが証明されたね」
生き証人として指名された周りの男子は声を失って、ただただその大木を眺めるしかできなかった。
魚で例えるなら、須藤や葛城がブリ、アルベルトがマグロだとすると、高円寺はジンベイザメといったところ。
圧倒的サイズ感の違いに成す術がない。
「……人間じゃねえ」
やっと声を振り絞って出した須藤の言葉には一切の生気が含まれていなかった。
須藤だけでなく、先ほどまでのバカ騒ぎはどこに行ったのか、多くの生徒から瞳の輝きが失われていた。
知らなければ幸せなこともある。楽しいうちに止めておくのが正解だったな。
「ちょっと待てよ、高円寺」
そんな絶望に満ちた空間を切り裂くような一言が湯船の奥から聞こえる。
「りゅ、龍園さん!?」
バスジェットで身体を温めていた男、Dクラスの元リーダー龍園翔。
なぜかこの男の瞳には色が宿っていた。
「まさかドラゴンボーイ、君が相手になるとでも?名に恥じぬドラゴンを飼っているというのかな」
「残念ながらこの世界にいる龍はタツノオトシゴぐらいなもんだ。だが、いい勝負するやつが1人いるかもしれないぜ?」
龍園の発言に、生徒たちは周りを見回す。
そんな存在がいるのかと。
そして注目がこの場で唯一腰にタオルを巻いたままのオレに注がれる。
「なんせ生徒会副会長様のブツだ。さぞ立派に違いねえぜ」
「確かに、綾小路も規格外の男だからな。高円寺とも戦えるかもしれん」
龍園の言葉に、まさかの葛城が賛同する。
「葛城さん、こんな奴が葛城さん以上のモノを持っているとは思えないですよ」
「弥彦、人を見た目で判断するな。綾小路の実力とこの学校の生徒会の力は知っての通りだろ」
「ですが、それとこれとは全く関係ないんじゃ……」
「確かに綾小路ならやってくれる!」
「甘かったな高円寺、俺らには綾小路がいんだよ」
外野が無茶苦茶を言い始める。弥彦の言う通り、生徒会加入条件にイチモツの大きさは関係ないのだから、この理論は破綻している。
だが、一度注目を浴びてしまえばそれが収まることはない。
奇しくも生徒会がこの絶望に満ちた浴場に一筋の光として他の生徒たちを照らしている。
「ここまで隠しておくなんて味な演出だぜ、綾小路」
「ククク、副会長様の偉大さをぜひ誇示してくれよ」
どんな形でもいいからオレに敗北を味わわせたい龍園の言葉巧みな誘導。
まだ身体すら洗っていないが、全力で逃げだせばこの場はしのげる。
だが、まだ合宿3日目。
残り期間を風呂無しで過ごすことは不可能。
つまりこの不毛な戦いを避けることはできないということ。
どうしたものかと考えを巡らせ活路を探してると、高円寺が笑う。
「はっはっは、恥じることはないよ、綾小路ボーイ。例え指に収まる黒鍵サイズでも音を奏でられるのはみんな同じさ。ましては君は一流の演奏ができるからねえ。不足することはないよ」
「お前ら、コールしてやれ、コールを。最高の舞台じゃなきゃ、副会長様も乗り気にならないだろ」
龍園が周りを焚きつける。
こちらが見せるまで策を打ち続ける腹積もりか。
「外せ!外せ!外せ!」
石崎をはじめ、男子一同からの外せコール。
こんなことでクラスの垣根を越えて一致団結するんだから、やはりこの世界はわからないことだらけだ。
生徒会権力でいじめの現行犯として全員停学処分にでもするか?
だが、そんな理由で生徒をしょっ引いたとなれば、それはそれであまりにも格好が悪い。
噂が噂を呼んで、自身のイチモツのサイズを隠すため、他の生徒を犠牲にした、なんてことになるかもしれない。
そんなヤツの大きさはどんなものだろうと合宿後も話題になること間違いなしだ……。
「……仕方ないか」
こうなれば戦うしかないだろう。
オレは高円寺の隣に立ち、腰に巻いたタオルを自ら外す――。
先ほどまでの盛り上がりが嘘のような静寂。
「なん……だと…」
それを破る龍園の驚嘆の声。
「ま、マジかよ綾小路……」
「ホントに生徒会ってやべーとこだったんだな」
「俺もまだ生徒会に入るには実力不足、ということか」
本当にオレが高円寺と戦えると思っていなかったのだろう。
ひそひそとオレの話をしている。
「これはこれは、正直感心したよ、綾小路ボーイ。まさかこの私と互角の戦いをする人間がこの国にいるとは思ってもみなかった」
「……まるでTレックス同士の戦いを見ているようだ」
湯船から、信じられないものを見たというような目でオレたちを見上げる男子たち。
「フフフ、私たちにしてみれば数ミリの誤差などあってないようなもの。ただ厳密にいえば私の勝ちだろうね。同じTレックスなら獲物を喰らってきた経験の差……おっとすまない、キミのTレックスも私と同じく荒れ狂うモンスターだったね。今回は引き分けを認めようじゃないか。綾小路ガールも大変だねえ、ハッハッハ」
全てにおいて誤情報しかない。
そんな余計な賛辞を残し、ささっと出ていこうとする高円寺。
「綾小路ガール?」
「おい、高円寺、その綾小路ガールってのは誰のことだ?」
余計なことを言うから余計な詮索が入る。
このままではTレックスの披露よりも面倒な出来事に発展しそうだ。
「その質問に答えてあげてもいいが――」
高円寺がこれ以上余計なことを口にするなら、武力行使も視野に入れなければならなくなる。
「私は答えない方がいいんじゃないかな?君たちの楽しみを奪ってしまう行為は避けたいからねえ。それじゃあもう私は行くよ。シーユー」
最低限のモラルは守ったのか、ただの気まぐれか、それ以上高円寺は何も語ることはなかった。
「綾小路ぃ?白状しろ、誰だ、誰がそのTレックスの犠牲になったんだよ!?……す、鈴音じゃねえよな、なあ」
「待て、誤解だ」
「そんな立派なもんぶら下げて女々しいこと言ってんじゃねえぞ」
「高円寺の言うことを信じるのか?」
「でもあいつホントにTレックスだったしよ~」
須藤や山内、池からの問い詰め。
結局、この後の風呂の時間はほとんど誤解を解くための時間となってしまった。